2009年11月12日 (木)

「心神喪失等医療観察法」によって13人もの自殺者が 

命より観察法で守られるものは重いのか?

心神喪失等医療観察法(保安処分)によって強制入院、強制通院になった人の内、自殺者が13人もでています。入院で3人、通院で10人です。実に、対象となった千数百人の約1%も占めています。これは、偶然のことではなく、医療観察法と自殺に因果関係があることを示す数字です。

肥前精神医療センターの事例

その内、詳細が判明しているのは、2007年12月に起きた九州の肥前精神医療センターでの自殺事件です。
当該の方は、神奈川県にある職場で陰湿ないじめにあって統合失調症を発病ました。そして、職場を放り出されるようにして熊本の実家に戻されました。しかし、病気は改善されず、そこで心神喪失状態で刑事事件を起こし、鑑定、審理の結果、肥前精神医療センターの保安病棟に強制入院となりました。はじめての外出訓練のときに、二人ついていた看護師の目を盗んで逃走しました。そして、横浜の元の自宅・職場の近くまで逃げて鉄道自殺しました。この逃走距離の長さは、一時的・発作的な自殺ではなく、本人の絶望の底深さを示すものと考えられます。
しかるに、肥前精神医療センターの設けた第三者委員会は、「医師との信頼関係はあった」から、医師、病院、制度にはいっさい責任無しと結論付けました。厚生労働省はそれを追認し、さらに、報告書の全面開示を拒否し、開示されたものは半分が黒塗りでした。
どのように言おうが、患者の自殺というのは医療者としては敗北です。ところが、第三者委員会と厚生労働省は、現場の医師がマニュアルどおりに手順さえ踏んでいればどのような事態になっても国が援護・防衛してくれるという前例を作ったのです。

その他の12例

その他の12例については、政権交代によってようやく極一部が開示されました。
開示されたものによれば、「自殺事案の入院・通院期間別の内訳として、入院について、6ヶ月以内2件、1年6ヶ月を超えて2年以内1件。通院について、6ヶ月以内4件、6月を超え1年以内5件、1年を超え1年6月以内1件」としています。入院の長期化という結果がすでに現われています。
入院者の自殺の様態については、肥前の例の他、「外泊訓練中に自殺1件」「病院内での自殺1件」とし、通院者については「自宅において自殺を図り死亡5件、自宅外で自殺を図り死亡5件」としています。
入院中に自殺した3人についてはいずれも、「自殺の動機は不明」「遺書や遺言はなかった」「自殺の兆候はなかった」「医師との関係は良好であったと思われる」「治療内容および治療方針については、本人に説明し同意を得た上で治療を行なっていた」「とくに不満は言っていなかった」としています。入院中に自殺の3人について、外に出たいと言っていなかったか、強制入院との因果関係はという質問に対しては、「外出の希望を踏まえて、外出訓練を実施していた」「外出・外泊の希望を踏まえて、外出・外泊を実施していた」「とくに外に出たいと言っていなかった」としています。
また、どこの病院で自殺者が出ているかは秘匿すべき個人情報だとして開示しませんでした。まったく不当なことです。厚労省は報告などの全情報を開示すべきです。

「精神障害者」の命は軽いのか

13人もの自殺者にもかかわらず、厚生労働省は、何の反省も検討もせずに漫然と制度を維持し続けています。「医師との関係は良好であり、治療内容及び方針に本人は同意していた」と言ってしまえば、現場も制度も許されるというのです。自殺の兆候をつかんでいなくても「関係は良好だった」とは、何という言いぐさでしょうか。また、周囲や家族に遺言も遺書も残していないと強弁しています。しかし、肥前の例では遺族に本人の付けていた手帳を渡さずに、数ページが破り捨てられていたという、不審な動きをしています。遺族は自殺の真相を隠す目的があったのではないかと見ています。あくまで「医師との関係は良好であった」のだから、医師には責任はないし、病院にも制度にも落ち度はないと、「死人に口無し」を決め込んでいるのです。厚生労働省には、真相を解明し、次の自殺を防ぐという姿勢はいっさいないのです。
もし仮に、医療観察法で防げる事件があるとしても、それと引き換えにして13人もの死を我慢しないといけないのでしょうか。13人の「精神障害者」の命はそんなに軽いのでしょうか。13人の「精神障害者」の命より、そして次に現われる自殺者の命より、わずかばかりの事件を防ぐほうが重いということなのでしょうか。

医療観察法で予防される事件はあるのかそもそも疑問

山上皓ら保安処分の推進派は、犯罪を繰り返す「精神障害者」の8割は、もともと事件を繰り返していた「健常者」で、刑務所に収容中に「精神障害」を罹患した人だと言っています。それを防ぐには医療観察法は適していないのではないでしょうか。劣悪な刑務所の処遇を改善することがそのような例を防ぐ手段です。
何千人もの「精神障害者」の人権を侵害して、わずかばかりの事件を防ぐという法の構造そのものが問題なのです。すでに千数百人が対象となり、予防拘禁と不定期刑を受けています。また、この法の下で、1割の長期入院=社会的入院が生まれることを厚労省も認めています。
約1%の人の自殺が必然とされるような法は撤廃しかありません。私たちは、医療観察法には手直ししたり改善する余地はなく、いったん法を撤廃し、一から制度を作り直すしか問題解決の道はないと考えます。刑事事件を起こした人を特別視することがそもそもの間違いだと考えます。政権交代した今、小泉新自由主義政権のポピュリズム、ファッショ的手法によって作られた悪法をいま一度冷静に見直し、撤廃に向け、共に闘われんことを訴えます。

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2009年11月 3日 (火)

10・30障害者大集会

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10月30日障害者の大集会が開かれた。障害者自立支援法を廃止させ障害者が望むような新制度を作らせようと、全国から1万人が結集した。日比谷野外音楽堂には7000人、その他第二会場、厚生労働省前と展開した。

怒りネットは参加者にビラを配布したあと、2会場に別れて集会に参加。怒りネット関係で30人が参加した。集会後は国会方面と東京駅方面と分かれてデモンストレーション。写真下は国会へ向けてのデモ。

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2009年10月28日 (水)

加古川労働委員会集会

0910251 0910252 10月25日日曜日の午後、神戸勤労会館にて、加古川郵便局の労働委員会闘争の勝利を願う集会が開催されました。現場労働者の手作りの集会で、講師には大阪労働弁護団の永嶋靖久さんを招き、そのほかの発言者はすべて現場゛労働者が占めました。

写真上は講演する永嶋靖久弁護士、写真下は労働委員会に訴えた江渡前分会長です。

加古川郵便局労働委員会は、組合の機関紙で当局施策の批判文を書いたら、当局から批判を続けるならば組合事務所・組合掲示板を取り上げると最後通告を受け、機関紙の掲示をできなくされたという事件です。また当局施策を批判する組合員に対して不当処分を乱発したことも争点です。

いまは審理は終わり、12月ごろにも決定が出ると言われており、署名の提出とあわせて決定に向けて弾みをつける目的で開かれた集会でした。

講演の永嶋弁護士からは、団結権・争議権の歴史的総括について述べられ、歴史的に発展してきた労働組合がいまの新自由主義で後退させられようとしていること、闘い続ける事と労働委員会の活用で労働組合の権利を守り発展させることの重要性が述べられました。

現場組合員の発言は、処分を受けた当事者や労働委員会で証言に立った労働者、支援の労働者や青年部などが次々に発言に立ち、労働委員会提訴の重要性が浮かび上がるものでした。

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2009年10月19日 (月)

三里塚と弱者抹殺との闘い

0910111 10月11日、成田(三里塚)の空港反対闘争に行ってきました。成田では、1971年の農地強奪の大木よねさんの闘いと同じことが起きようとしています。0910112 1971年は、土地収用法にもとづく強制代執行との闘いでした。大木よねさんをしがみつく脱穀機から引き剥がし、暴行を加える様子は全国に知らされて、全国から三里塚に駆けつけて、闘う労働者・学生が多数出ました。三里塚の実力闘争が当時の安保沖縄闘争と結びつき、数万人の人たちが三里塚=安保・沖縄闘争の立ち上がる契機となったのは、歴史的事実です。

それと同じ攻撃が今度は農地法や裁判所の仮執行として襲い掛かろうとしています。集会で、基調報告をした空港敷地内農民の萩原進さんは、0910113 今行なっている裁判闘争は前哨戦に過ぎず、闘いの本番はこれからであること、闘いは農地強奪との実力の闘いであることを鮮明に述べられました。

また敷地内の市東さんは、第3誘導路による囲い込みに屈せずに、軍事空港と闘うという決意を述べられました。第3誘導路というのは、暫定滑走路に通じる航空機の通るための道のことですが、いままで第一、第二と一つの滑走路に対して二つも誘導路が作られているという異常なことのうえに、第3誘導路によって、市東さんの自宅を誘導路によって囲い込み、孤立させるという攻撃です。

市東さんが述べられたように、暫定滑走路は民間空港としては不要なものであり、空港の軍事利用のために必要なものとして造られています。三里塚は43年間、軍事空港に反対して闘ってきましたが、その闘いの正当性が示されているのが今の空港の軍事利用、軍事空港としてのあり方です。

またいま、農業破壊の攻撃は、「農地は耕す者の物だ」という農地法を改悪して、農地強奪を正当化しています。民主・社・国政権もその政策を転換するものではありません。羽田のハブ空港化が打ち出されていますが、成空港の完成という大命題をあきらめたわけではありません。裁判は空港完成のための攻撃として続けられています。農業より空港建設という資本主義が延命するための方策のほうが優先するという攻撃との闘いです。また、軍事利用のためにしか必要ない空港建設と闘い、米軍再編、有事立法の実体との闘いです。戦争に反対する人は三里塚闘争と結びつき、資本主義が延命するためには労働者を犠牲にしてかまわないといういまの体制と闘う人々は三里塚に結集していきましょう。

私たちは、いつでも現地に駆けつけて実力闘争を闘う態勢をもって、農地強奪攻撃との闘いを強めて行きたいと思います。三里塚(成田)の闘いを一人でも多くの人たちに知らせ、私たちと共に闘うことを呼びかけて行きたいと思います。障害者自立支援法との闘いは、国の無法による障害者抹殺との闘いです。その本質は三里塚農民にかけられている国の無法と同じものです。自立支援法による障害者の疎外・抑圧、抹殺という攻撃は資本主義が生き延びるためには、福祉を犠牲にしてかまわないというものでした。

また、「心神喪失等医療観察法」という保安処分の攻撃は、わずかな犯罪を防ぐためには、「精神障害者」を13人も自殺に追い込み、これからも自殺攻撃を続けてかまわないという「精神障害者」抹殺の攻撃です。その攻撃はまた、三里塚の攻撃と同じものです。資本主義が延命するためには、殺してもかまわない人がいる、延命するためには弱者を殺していくのだという、保安処分の攻撃は、三里塚の攻撃を許しておいては阻止することが出来ません。

私たちはいまひとつ大きな視点をもって、障害者自立支援法、「心神喪失等医療観察法」との闘いを普遍化していくことが必要なのでないでしょうか。

写真は上から空港敷地内の萩原さん、滑走路直下の廃村化攻撃と闘う鈴木さん、空港敷地内でいま農地取り上げ攻撃を受けている市東さんです。

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