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2005年11月

2005年11月30日 (水)

怒りネット通信 第16号

怒りネット通信 第16号
2005年11月30日発行
■怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワ-ク
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■もくじ
・特別国会での闘いの報告
・11・20怒りネット集会の報告
・国会審議を傍聴して
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●障害者自立支援法は、絶対認められない!・
●4月1日の施行を阻止しよう!
●自治体からも厚生労働省に抗議の声をあげさせよう!
●12月、厚生労働省行動に集まろう!
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特別国会での闘いの報告
古賀 典夫
 9月11日の衆議院選挙、「障害者自立支援法」案の内容を知る多くの障害者が与党の敗北を期待した。しかし、結果は自民党の圧勝となってしまった。もちろん、この圧勝というのは、投票数の半分もとっていないのに、多数の議席を獲得できるという小選挙区制度の結果だった。「こんなひどい政治をやる政党が何で勝つんだ」、そんな怒りとこれからの状況を想像すると暗澹たる思いがあった。
 しかし、こうした状況をうち破る動きが開票結果発表直後から、ただちに始まった。怒りネット関西の代表・住田さんは、「支援法」案の廃案を求める請願署名づくりを本格化させ、関東では特別国会開会に向けてのビラづくりと行動計画がすすめられた。ホームページづくりりなど、全国の人々に呼びかけるための体制づくりにも入っていった。
◆特別国会の開会
 9月21日、特別国会が始まった。26日には開会式があるという。この両日は、初登庁の議員もいて、それを取材するマスコミ関係者も来るであろうと予想し、わたしたちは「支援法」案反対の宣伝活動を衆議院会館の側で行った。30人近くの方々が参加した。
 議員会館前の人通りはかなり多く、怒りネットと茨城青い芝のビラをまいていたが、次々と受け取られていき、たちまち足りなくなってしまう状況だった。他方、わたしたち以外に「支援法」案に反対する団体はまだ行動を行っていないという状況もあり、わたしたちが状況を切りひらいていくしかない、という思いだった。一方、郵政民営化に反対する労働者や共謀罪新設に反対する人々も行動しておられた。

 21日、「支援法」の問題を取り上げてきた関西テレビの方が取材にこられていた。障害者の行動を期待していたようだ。記者の方は、「もっとこの問題を東京の基地局が取り上げてくれれば良いんですけどね。今度の選挙結果では大変ですよね。でもこの結果については、マスコミの責任がありますよ」と語られていた。あらためて現場の記者の方は、わたしたちと同じ思いでいるのだなあと実感した。
 当選した社民党の辻元議員が「わたしも反対で頑張りますから」と参加者に声をかけていく。また、民主党の山井議員も審議の進み方についての情報を教えてくれた。
◆法案をめぐる攻防
 9月30日「支援法」案が、再び国会に上程された。通常国会での法案と比べると、その施行時期を来年4月からと変更しただけのものだ。しかし、厚労省も必死だったようだ。あるシンポジウムに参加した厚労省の職員は、法案を通過させるために不眠不休で働くようにとの指示を受けた、と言う。9月16日、日身連、育成会、全家連、日盲連、脊損連の会長、理事長名で「障害者自立支援法案の特別国会での成立を強く要望します」という声明が出された。その中には、「本法案が特別国会に再提出されず、早期成立しなければ、今後の予算の執行や市町村の実務に困難が生じる」などと、まるで官僚の要請文かと思われる言葉がでてくる。これは、厚労省と密接な関係をもち、委託や補助金をうけてきた団体に対して、厚労省がオドシをかけて出させた様子がすけてみえる。
 参議院での本格審議が始まる直前に開かれた社会保障審議会の障害者部会には、応益負担のさまざまな減免措置が厚労省より示された。国会での批判にそなえてのことだろう。しかし、利用料がやはり大幅に増加することはたしかであり、減免措置もほとんどが3年間の期限つきだ。
 しかし、厚労省がどんなにあがこうとも、またそうした団体の幹部が屈服しようとも、闘いの前進をおしとどめることはできなかった。前述の五団体声明に対し、育成会の各地の支部から抗議の声があげられた。国会の参考人や公聴会の証言者となった大阪や埼玉の育成会の会員は、きっぱりと法案に反対の発言をおこなった。衆議院での審議段階では、奈良県や大阪府の全家連が名前をだして、国会への反対行動をおこなった。
 10月5日の参議院の本会議で、「支援法」の趣旨説明がおこなわれた。そして、翌日の厚生労働委員会から本格審議が始まった。この頃になると、13日の参院厚労委で採決が行われるとの情報が流れていた。
 怒りネットは、5日からの国会での徹夜座り込みを開始した。この日からピープルファーストもやはり泊り込み行動を開始した。 5日は雨が降り、気温がぐっと下がるという非常に厳しい天候だった。ぬれた議員会館の塀には、横断幕もはれず、ビラまきもむずかしい状況だった。その分、議員事務所訪問に集中した。そうした中で、自民党議員の中にも「支援法」案には問題がある、と考えている議員がいることを通常国会に続いて把握することができた。
 5日の寒さと雨はさすがに応えた。とくに車椅子を使用している人たちにはきつかった。結局5日の夜は、、わたしと世田谷の酒井さん、仕事が終わって駆けつけられた群馬介護保障を考える会の松本さんの3人だけが泊まりこむことになった。
 6日は、何とか天気が持ち直した。怒りネットも再結集した。そして、傍聴、ビラまき、議員事務所訪問をおこなった。7日は新大阪で公聴会を行うために、厚生労働委員がいなくなるということで、この夜の泊り込みは中止した。この日から、「大行動実行委員会」も行動を開始した。共作連も傍聴や議員要請をおこなっていたようで、ようやくいろいろな障害者団体が動き出したことを実感した。
◆11日からの4日間の泊り込み
 参院厚労委は、与党と野党の差が2名だ。与党が多いとはいえ、ここで何とか頑張って特別国会での採決を止めたい。そんな思いで、11日からの座り込みに入った。
 前の週に2泊3日の座り込みを行ったピープルファーストも同じ日から座り込みに入った。「大行動実行委員会」、全視協なども日中の座り込みや集会を行った。13日に向かっていよいよ闘いは盛り上がっていった。 
 11日は、厚労委の審議、12日は参考人意見聴取、13日が採決とも言われていた。この段階になっても厚労省は、介助の保障がどうなるのかなど、具体的なことを示そうとしない。2月に示していた予定では、6月から政令、省令を出し始め、7月には事業の基本骨格を示す、としていた。しかももう既に、「支援法」成立を前提とした来年度予算の概算要求も行っているのだ。出せないはずがない。
 福島みずほさんにこの点をついてもらい、具体的なことが明らかでない以上、法案の採決など行うべきではない、ということに持ち込めれば、と考えた。他の野党議員にもこうした内容で頑張ってくれるように働きかけ、与党にもこんな状態で採決すべきでないことを働きかけた。
 しかし、11日の夕方にはいやな情報が入ってきた。民主党がすでに付帯決議の検討を行っている、というのだ。付帯決議とは、法案の採決を行った後で、おこなうものだ。民主党が与党の審議打ち切り、採決の方針を飲んだことは間違いない。
 12日の議員事務所訪問は、民主党に重点をおいた。具体的なことが示されないまま、審議打ち切りなどというのは絶対におかしいので、とことん政府を追及してほしい、という訴えを行った。特に、民主党の厚労委の理事である谷議員と円議員には、請願署名の紹介議員になってくれるように要請も行った。
 参考人質疑では、参考人の5人中4人が反対、あるいは、問題ありと主張した。ピープルファーストの小田島さんも参考人として発言された。議員会館前に帰ってきて、「批判してきたよ」と語られました。しかし、なかなかお疲れの様子でした。
 この参考人質疑の後に、厚労委の理事懇談会が行われ、そこで13日の審議のことについて決められるはずだった。そこで、採決を行うと決めるのかに注目していた。しかし、この日には理事懇談会は行われず、13日の朝にもちこされた。参考人のほとんどが反対する中で、与党としても採決を行う、という決定を行うことができなかったのだろう。
 しかし、民主党の谷議員の事務所からは、請願の紹介議員の件について、「付帯決議の文章作りで忙しいので無理」と、訳のわからない断りの電話が入った。
 翌日の朝は、関西の方々が夜行バスなどに乗って次々と到着された。全国青い芝の片岡会長、怒りネット関西代表の住田さん、など朝の5時台から泊り込みの現場にかけつけられた。新潟の方々も車で到着された。

 7時半には宣伝活動を開始。青い芝の人たちは、永田町駅の出口でビラまきを行った。
 朝の理事懇談会が行われるのが9時50分。9時になったところで、関西の方々には民主党を対象に事務所訪問を行ってもらった。福島事務所を通じて、社民党の参議院議員名で2650名分の署名も提出してもらった。
 時間は10時を過ぎ、厚労委の審議が始まった。福島事務所から連絡が入る。野党が民主党も含めて審議の打ち切りに反対したため、採決が決定できなかった、とのことだ。昼の理事懇談会に決定は先送りされた。押しているという実感。
 次第にいろいろな団体が集まり、議員会館前は増えていく。7月13日の衆議院採決時を上回る600名の人々が集まった。怒りネットも50人以上結集した。
 しかし、政府、与党も特別国会で成立させようとすれば後がなかった。委員会の昼休みに持ち出されたのは、委員長職権で採決を行う、という手法だった。
 しかし、こうしたやり方に自民党の中からも事実上の批判が起こった。小規模作業所の問題などに取り組んできた坂本由紀子議員が厚生労働委員を辞任したのであった。そのことについて委員長より報告があったのは、最後の質問者である福島みずほ議員の発言の直前であった。もちろん新たな自民党議員が送り込まれたのではあったが。
◆「福祉は買うもの」と言う厚生労働省
 福島議員が一貫して「応益負担は、憲法25条違反」と主張してきたことに対して、厚労省側は「これからの福祉は買うものである」と述べてきたが、この日の中村社会援護局長の発言は、いっそう露骨なものであった。「電気やガスや水道や交通や、生活のもろもろの費用については購入せざるをえない。そういう世界の中で生きているということ」。
 この厚労省の論理は、1割負担どころか場合によっては全額負担も当然であるということだ。障害者の怒りが頂点に達する中、委員長は審議を打ち切り、裁決の手続きに入った。国会の前では「障害者自立支援法粉砕」のシュプレヒコールが続く。しかし、与野党の人数どおり13対11で可決された。採決に傍聴席で抗議した仲間が強制排除された。
 怒りネットは、参議院会館前で、激しくシュプレヒコールをあげた。そこに、民主党の円議員、谷議員、下田議員が「法案は通されてしまいましたが、福祉の後退を許さないために頑張ります」とそれぞれ発言された。また、社民党の福島議員は、「生存権を脅かすこんな法律は絶対に許せない。軍事費などを削って福祉に回すべきだ。衆議院での闘いも含めてとことん闘っていきましょう」と発言された。
 わたしたちは、当初座り込みの予定を13日までとしていたが、翌日が参院本会議の採決であるとわかった。そこで、3泊目の泊まりこみに入った。府中から行動に参加された3人の脳性マヒの方々は、この3泊4日を車椅子の上で過ごしつづけられた。絶対に屈しない、という怒りがわたしたちを突き動かしていた。
 翌日の参院本会議採決では、賛成127、反対99だった。これを午後に行われた郵政民営化法案に対する賛否、賛成134、反対100と比較すると、少なくとも7人の与党(自民党)議員が採決に加わっていないことがわかる。
 参考人の声も、公聴会の結果も、そして全国の障害者の声が与党によって無視された。「障害者の声などきくに足りない」という国家による障害者差別が行われたのだ。こんなことにわたしたちは絶対に屈することはできない。こうした思いで衆議院段階での闘いに入っていった。
◆衆議院での闘い開始
 10月18日、この日の衆議院本会議で、政府提出の「障害者自立支援法」案と支援費制度を改良する民主党案の趣旨説明が行われた。
 この日と翌日にかけて行った議員事務所訪問で、自民党の中にもやはりこの政府案への疑問があることがわかった。と同時に、自民党の中にはこの法案のことを知らない人たちがかなり多いということもわかった。他方、郵政問題で自民党とわかれて結成された国民新党は、政府案に反対するとのことだった。また、参議院厚労委採決の時に出会った方が知り合いを誘ってわたしたちの行動に参加し
てくれるなど、新たな闘いに出発した。
 21日になると、行動する団体がぐっと増えてきた。全視協が日中の座り込みを行い、「2週間行動実行委員会」(障全協を始め、いろいろな団体が参加)が議員事務所訪問をおこなった。この日わたしたちは、参議院につづき、衆議院に対して廃案要求署名を提出した。また、小泉総理大臣宛の署名を内閣府に提出した。
 国会内では、民主党の袖木議員が前日に報道されたニュースジャパンで示されたのと同じデータを使って、利用料の大幅アップを指摘した。利用者全員が払う利用料の総額が居宅が5.6倍、通所施設が12倍、入所施設が1.6倍になるというものだ。このデータは、厚生労働省内の試算であり、このデータの存在を厚生労働省に対して追及したが、結局厚労省はしらをきった。また、袖木議員が13歳
の少年が5000名の反対署名を集めたことを紹介しながら質問しようとしたところ、自民党議員から「どうせ特別児童扶養手当をもらっているんだろう」とのヤジがあったという。「福祉を受けている者に発言権なし」ともいえるような差別性がそこにはあった。
 25日、わたしたちは朝から翌日までの徹夜座り込みに入った。そして、その場で初めて記者会見を行った。フジテレビ、日本テレビ、テレビ朝日、『週間金曜日』がきてくれた。身体障害者からは青い芝の金子さんと八木さん、知的障害者としてピープルファーストの小田島さん、知的障害者の親の方、精神障害者として高見さんがそれぞれの思いを語っていただいた。この会見は、『週間金曜日』を除いては報道されなかったようだ。しかし、記者の方が「記者会見は、記者の問題意識をつくるためにも時々行った方が良いですよ」とのアドバイスを受けた。
 夜は、このところピープルファーストの人たちと相互に行き来しながら乾杯し合うのが通例になっているのだが、この日ピープルファーストのところに行ってみると、自民党の女性議員を相手に説得が行われていた。わたしたちも加わり、採決に加わらないように、あるいは、反対するようにと述べた。夜も11時近かった。彼女はやがて帰ったがかれこれ1時間ほどそうやっていたそうだ。
 翌26日は、その日に採決が行われるのではないか、雨が降り出す中との情報もあり、続々と障害者が国会に駆けつけてきた。衆議院会館前は、歩道の両脇にぎっしりと障害者が並んだ。その数は、1000人を超えていたという。九州から北海道まで全国の障害者関係者が駆けつけてきていた。こうした状況におされたのか、与党は採決に踏み切らなかった。しかし、よく27日の理事懇談会にお
いて、またもや委員長職権で、28日の採決とされた。
 特別国会での請願の受付が25日まででしめ切られた。そこで26日以降、内閣府に署名を提出しつづけた。その多くが「全国遷延性意識障害者家族の会」が集めたものだった。子供の病棟の医療スタッフに訴えて集めた方もいた。
 28日、常識から言えば、とても審議をうち切れる状況ではなかった。自民党議員の質問でさえ、政府案の問題点を指摘する発言が行われた。
 民主党の村井議員と社民党の阿部議員は、厚労省が示していたデータの問題を指摘した。それまで障害者のいる世帯で減免制度を受けられる世帯が95%だと厚労省は示していた。しかし、東京都のデータではわずか34.2%の世帯しか受けられないことが示されていた。このデータを突きつけられ、政府側は自らのデータの積算方法がおかしいことを認めたが、全国規模の正しい数値を示すこともなく、審議は打ち切られていった。
 600人を超える障害者があらためて国会前に結集してきていた。採決の手続きに入り、民主党議員の政府案反対発言に自民党の小泉チルドレンを中心とした連中がヤジを飛ばす。これに対して傍聴席から「障害者を殺す気か」と反撃が起こる。これに対して小泉チルドレンの1人が「まだ殺していないぞ」との暴言を吐いた。
 障害者の怒りは頂点に達するが、採決は行われて、政府案は多数で採決された。本会議も同じなのだが、衆議院では参議院のように正確に賛否の議員の数が報告されない。
 わたしたちは、議員前でシュプレヒコールを警察の規制がますます強まる中で行い、怒りの発言を行っていった。ピープルファーストの小田島さんもマイクを取り、「何でこんな法案を通すのか」と激しい怒りを語った。
 共産党の笠井議員、社民党の阿部議員、民主党の山井議員と村井議員が挨拶にきてくれた。また、山井議員は福祉の後退を起こさせないために厚労委理事会で申し合わせを行ったことを紹介した。
 「【障害者自立支援法の政省令事項に関する申し合わせ】 衆議院厚生労働委員会
 障害者自立支援法にかかる政省令事項や運営方針等については、その内容にかんする審議が社会保障審議会・障害者部会でおこなわれる際には、その都度ただちに衆議院厚生労働委員会理事会に報告をおこなう。各党理事は理事会において、上記政省令事項につき、意見を述べ、政省令事項を適切にフォローアップする。」
 本会議採決は31日に行われた。いろいろな団体がかけつけていた。わたしたちは、最後まで採決に抗議し、決してこんな法律を認めない決意をしめした。そして、その後に議員会館内で会議をおこない、今後の闘いの方針を検討した。裁判闘争をたたかう大田区の鈴木さん、厚労省との闘い、自治体相手の闘い、そしてあらためて国会にも闘いをもち込むこと。そうした決意をもって、わたしたち
はより大きな闘いに出発した。---------------------11・20 怒りネット集会の報告
渡辺 博
 11月20日、東京国立の北市民プラザで障害者自立支援法の成立に抗議する集会を行いました。
 はじめに、この間おこなわれた厚労省の主幹課長会議の中身について何人かの方から説明がありました。詳しい中身は省略しますが、行政の担当者相手ということもあって国会答弁よりも露骨な言い方をしています。国会では「障害者の皆さんの立場に立って」とか「皆さんの声をとり入れながら」等とあたかも支援法が障害者のための法律であるかのようなウソを並ならべ立ててきましたが、課長会議では「納税者の納得」「今の利用者は次の新しい世代の利用者のことも考えて」等と障害者と労働者の間や、さらには障害者の内部さえ分断しながら福祉予算を削減するための法律であることを、隠そうともしていません。

 精神通院公費負担については、当初の3つの病名に対象を限定するという方針を、反対の声におされて事実上撤回し、従来どおりとすることが明らかにされました。しかしながら、これ自体が経過措置であり、しかも1割の応益負担はそのままです。
 今後の具体的なスケジュールとしては、毎月1回から2回ほどのペースで主幹課長会議をひらく予定にしていること。12月の会議で障害程度区分の中身が明らかになるなどが報告されました。
■各地の動き
 「杉並では、18日から自立支援法の説明会が始まり、怒りネットとしてビラをまきました。説明会では、参加者の質問に対して区の担当者は『皆さんの疑問に思っていることは私たちもわからないんです。具体的なことは国からなにも出されていません』等と開き直っています。そのくせ『皆さんが困るようなことはありません』等と何の根拠もなしに無責任な発言を繰り返すばかりでした」

 「大田区による移動介助32時間制限を撤廃するよう訴えた行政訴訟第1回の裁判が11月10日に東京地裁で開かれました。たくさんの人たちに参加していただきありがとうございました。裁判では私と弁護士から冒頭陳述を行いました。大田区の代理人は答弁書作成に2ヶ月かかると引き伸ばしをしてきています。次回の裁判は来年1月20日です。よろしくお願いします」(大田区の鈴木さん)
 「府中では『現状の水準を引き下げるな』ということを中心に市への要望書を出しました。近く交渉を持つ予定です」(梶原さん)

 「板橋では、区議会に対して『障害者福祉の現状を引き下げないこと』を求める陳情を提出し採択されました。22日には区役所に対して支援法反対のデモ行進を行います」

 「世田谷では公務員ヘルパーの廃止問題で交渉を続けています。この問題もやはり支援法と同じ流れの中にあると思います。特別支援教育も含めて『一人一人のニーズにあわせて』といいながら障害者一人一人をバラバラにしていこうとしているような気がします」
■参加者の発言から
 ここでは参加者の発言からいくつかを紹介したいと思います。
 「私の息子は近々支援費の更新があります。4月からは支援法で負担がとられますが『私どもは負担金ははらえませんよ。それでもしも介助支援が受けられなくなったら緊急事態として措置制度で対応してください』という内容の要望を出して交渉しようと思っています」(板橋の知的障害者の親) 「僕らの運動は強烈なインパクトと影響を作り出していると思う。僕ら自身が体を張ってやらないと生き残っていけないと思う。一方で、最近会った友達から『ヘルパーって障害者にも派遣してくれるの?』と聞かれて驚いた。まわりには、まだまだ支援法の問題を知らない人たちがたくさんいる。こういう人たちも含めて運動を広げていかないといけない」(国立の障害者) 「支援法になると、ますます制度が複雑になります。いろいろな減免があるというけど申請しないと減免も受けられない。親がいなくなった知的障害者は果たして生きていけるのかがとても不安です」(板橋の知的障害者の親) 「私たちは力いっぱい反対運動をしたけど法律はとおってしまいました。作業所などでは障害者が休めばお金が出ない。作業所同士の競争が激しくなると思いますよ」(相模原) 「ナチスは戦争する前に障害者をたくさん殺した。支援法が成立した今の日本も、臓器移植法なども含めて同じ状況になってきた。このことをマスコミなども使って、もっと知らせていかないといけないと思う」(府中) 「僕も戦争に向かって着々と進んでいると思う。支援法は反対運動の盛り上がりでマスコミも取り上げた。一方で、『脳死』や『尊厳死』、親による障害児殺し等への関心が薄れていくことに注意しないといけないと思う」(茨城) 「国会にはじめていきました。そこで闘いはまだまだ終わりじゃないんだと教えられました。これまでは法律ができればそれで終わりと思っていたが、これからもがんばりましょう」(福生の介助者)
 
 集会では、「厚労省交渉を実現しよう」「4月施行に反対する署名を作ろう」「大行動実行委員会の対厚労省行動(12月中旬予定)に共に参加し、全国の仲間に訴えよう」「予算を握る財務省も追及しよう」等、今後の闘いに向けたさまざまな方針が提案されました。私たちはできることはすべてやって、すべての障害者の力を集めて自立支援法を廃止にするまで闘うことを誓い合って終了しまし
た。
■闘いはこれからが本番
 今回の集会は、自立支援法が成立させられてから怒りネットとしての初めての集まりでした。集まった人たちは、半年を越えて続いた国会闘争の疲れも見せず、また法案の成立にめげることなく、いや、むしろ今後の闘いへの満々たる意欲をみなぎらせていることがヒシヒシと感じられるものとなりました。
 通常国会で一度廃案になった法律を再び国会に提出し、わずか1ヶ月で成立させるというやり方自体デタラメ極まりないものです。このようにして成立した法律に私たち障害者が従わなければならない理由はどこにもありません。障害者は自立支援法を認めないという思いを政府・厚労省につきつけて闘わなければなりません。
 支援法の本質が明らかになるのは政省令が出てくるこれからです。まだ動きだしていない障害者も含めて大きな闘いとなることはまちがいありません。また、そう言う闘いを必ず巻き起こさなければなりません。
 闘いは、これからです。来年4月施行絶対反対を掲げて、がんばっていきましょう!--------------------------国会審議を傍聴して
青木 良子
 国会の外での必死の闘いを背にうけて、国会の中でも障害者の思いを代弁する形で、政府のウソとペテンとスリカエに満ちた答弁に対して、野党から力強い反論がおこなわれました。採決されたとはいえ、法案の問題性は通常国会につづいて、ますますあきらかになったと思います。応益負担や障害程度区分など障害者の生活と命を直接左右する問題について、政府が国会審議でいかにその責任をはたさなかったのか、この点で、印象に残ったのは、10月26日の民主党・山井議員の発言です。
 「今日も傍聴人も来られていますが国会周辺に多くの方が来られています。その不安な顔を大臣もごらんになりましたか。私の一生がどうなるかわからない、この法案で。さっぱりわからないわけですよ。それでは国会で法案審議をやったことにならないんじゃないですか。当事者不在ということなんですよ。与党の議員は地元の障害者にどう説明するんですか。多分大丈夫だと思うよと言って、半年後、一年後、支給決定が低かったらごめんなさいで済ますのですか。この法案の主人公はあくまでも障害者なんですから、障害者の方々がこの法案で私の生活どうなるかわからぬという状況での審議終了ということは決して許されません」。
 この発言は、国会審議全体の中身をよく表していると思います。10月28日には共産党の議員からは、北区議会が「法案の再検討を時間をかけてやることを求める」意見書を提出したことも報告されましたが、この直後に委員会採決がおこなわれました。
 内容はもちろん、手続きの点でもこんな形で成立がはかられた自立支援法ですが、それでも今後、自治体や事業者、利用者に対して「できた以上は従うべき」とおしつけられてゆくと思うと許せない気持ちでいっぱいです。11月11日の都道府県主幹課長会議では国会審議にどれくらい時間をかけたかという資料を配布し、まるで与党の数の力だけで押し切ったものではないかのように印象づけようとしています。それだけに今後、自治体に働きかけてゆくうえでも国会審議のデタラメさを暴露することは大事なことだと思いました。
 採決されたことは悔しい限りですが、特別国会では施行阻止にむけて、今後の闘いの原動力となる新たな怒りのエネルギ-を蓄えたと言えるのではないでしょうか。
★障害者の介助制度は、公的保障制度としての確立を要求しよう!
 もうひとつ、その一方で傍聴していて強く感じたのは、与野党とも契約制度を否定していないという土俵の上で国会審議がされていることの限界です。衆議院で民主党がだした支援費制度の充実をもとめる修正案に社共も賛成し、なんと言っても民主党は介護保険の障害者への適用をもともと積極的にすすめる立場です(まだ怒りネットの主張に一番近いのは社民党の福島議員なのですが)。政府もそうした野党の足元をトコトンみすかした答弁をしてきます。このあたりは聞いていて何とも相いれない思いがしました。 特別国会では尾辻大臣は「3年後の介護保険統合はありうる」とロコツに答弁しました。廃案においこまれた通常国会と違って、成立の見通しがでてきた特別国会では、自立支援法と介護保険との関係についてダンダン「正直に」なってきています。それにつれて国がなぜ支援費制度を導入したのかということも明らかになってきたように思えました。
 10月26日、社民党の阿部議員が、支援費制度の導入時には「応益負担に耐える所得保障がない」という理由で応能負担にしたのに、今も当時の状況が何も改善されていないのに、なぜ応益負担が導入できるとするのかと根拠を問いただしました。これに対して政府は「介護保険でもそうだったように応益負担は低所得者を対象にした制度で、支援費の時から所得の高い人でも低い人でも誰でも受けられる普遍的なサ-ビスに変えてゆくということで契約という考え方を入れた。ゆえに応益(定率)という考え方が自然。支援費制度の時にも応益負担を導入すべきという意見もあったが、制度の円滑な移行のために応能負担とした」と答弁しました。 
 「誰でも受けられるというなら応能負担でいいではないか、限りなく応能に近づけるというなら応能のままでいいではないか」という阿部議員の反論に尾辻大臣はまともに答えられません。所得の高い人も受けられるようして応能負担でなくせば、高所得の人がそれこそ優遇され、低所得の人は切りすてられるに決まっています。ひどい話です。
 でも大事なのは、契約制度は介助というサ-ビス商品を買った人がその分を支払う受益者負担の制度なのだから応益負担が当然という、この論理です。こうした契約制度は「考え方」としてはすでに支援費で導入し、本当ならその時に応益にするところを「制度の円滑な移行」のために応能にしたと言うのです。 そして今度は自立支援法を提出する理由として「支援費制度の施行によって予想をこえて予算が伸び、破綻をきたした」ことをあげています。この点では、10月11日の民主党の森議員の質問が大事なことろを指摘していました。

 来年度予算の積算根拠についての質問ですが「支援費で予想以上に予算がのびたと言うが、そもそも支援費予算の積算根拠があきらかではなく、その『欠陥を克服する』と出されてきている自立支援法の来年度予算も地域のニ-ズを把握し下からの積み上げで予算が組まれていない、これではサ-ビスは下がらないと政府が答弁しても根拠がなく支援費の二の舞のならない保障はない」という発言でした。残念ながら、この議員の話は、このあと野党の側から障害者に介護保険の適用を求めるというとんでもない方向にいってしまうのですが「支援費で予算がオ-バ-した」という政府の主張が本当は「つくられた不足」に他ならないことをあばくうえでは大事な点です。政府はこれにもまともに答弁していません。
 そして結局「支援費制度の欠陥を克服するためには、支給決定プロセスにきちんとした客観的ル-ルを導入することが求められる」と言って、支援費の時には「制度の円滑な施行」のために見送った応益負担や要介護認定を導入する口実にしています。
 このように国の手口は、いつもウソとペテンと既成事実の積み重ねです。聞いていて本当に腹がたちました。やっぱり地域自立生活運動の地平をまもり発展させるには、契約制度でなく公的保障制度が必要だと思います。

「自己決定・自己選択」をかかげて登場した契約制度ですが、導入されれば「自己負担・自己責任」の方が強調されます。国はまず「実施主体である地方のやる気だ」と自治体に責任転嫁し、その次には「足りない人はボランティアで補え」と言いだすでしょう。そして最後は「尊厳死という選択もあるよ」と。
 5月12日の日比谷集会で、たしか伊藤周平さんが「これだけ爆発した運動の力で介護保険にまでさかのぼって問い直すような運動をしてゆこう」と発言されたと思いますが、介護保険は障害者に対しても高齢者に対しても認めてはいけない制度だと思います。もう一度、原点にかえって「国の責任」の放棄を許さない公的保障を要求する運動をしてゆくことが必要ではないでしょうか。
 だから今回も「障害者団体の要望を政省令に入れる」とか、東京都などでは都がフォローするとか、自立支援法をめぐっていろんな話がありますが、この法律を認めれば介護保険統合への外堀は完全に埋められてしまいます。だから法案の成立という既成事実に絶対に負けないで闘いましょう。
 
★自立支援法反対を、改憲反対、尊厳死反対の闘いとひとつに闘おう!
 障害者の介助制度を公的保障制度として再確立することの必要性は「福祉は買うもの」という中村社会援護局長の発言でも感じました。「納税者の理解」とか「他制度との不均衡」とか、民衆同士を対立させたり足のひっぱり合いをさせたり、政府がもう介護保険などでよく使っている「不公平、不平等」の論理を国が障害者に対してもダンダン使いはじめているという印象があります。
 やはり一番、印象に残ったのは中村社会援護局長の「新しい福祉」という主張です。10月6日の答弁では「今度の法律というのはサ-ビスは買うものだという考え方に立ち、その費用については分担することによって当事者として参画してゆく。またそれは他の当事者である納税者にとっても負担増なのだから理解を得る。得るためには利用者の方も分担できる範囲でコストを分担してもらう、これが新しい福祉の考え方」と述べています。 こうした言い方で、もう介護保険の方ではサ-ビス向上を求めれば保険料がアップし、保険料の値下げを求めればサ-ビスが低下するという仕組みがつくられ、そのつど「保険料を収める人の納得が得られない」とか「高齢者は若年世代より優遇されている」とか言いながら、サ-ビスの抑制がおこなわれています。
 契約制度化が一段一段すすみ「国の責任」が一歩一歩後退するたびに、入れ代わりに「不公平」論を国はこれまた一歩一歩前面に出してきています。衆院選で小泉首相が郵政労働者は「優遇されている」とバッシングしましたが、本当は1円の税金も郵政労働者には使われていないのに、郵政民営化が財政再建の切り札でもあるかのように平気でデマをふりまくのが小泉政権です。自立支援法を「障害者福祉の充実」のため、靖国参拝を「不戦の誓い」と言いながら、実際には福祉をきりすて、戦争のできる国づくりをすすめる小泉政権ですから、今後障害者のことだってどんなデマを言いだすかわかりません。 来年の国会には、臓器移植法改悪案、医療制度改悪案、そして尊厳死法案が提出されると言われています。同時についに改憲のための国民投票法案、教育基本法改悪案までだされようとしています。また政府は介護保険との統合について「来年中に結論をだす」と言っていて自立支援法の施行が予定されている過程は、介護保険統合を社会保障審議会でもう一度審議する過程と重なってゆきます。
 「共に生きる」社会を目指して地域自立生活運動がきりひらいてきた地平をまもる闘いは、日本を再び「戦争のできる国」にしようとする憲法改悪に反対する闘いとひとつになって来年、大きな山場をむかえると思います。国と闘うことは障害者だけでなく、すべての人々にとっての課題になっています。自立支援法反対の闘いは、戦争に反対し、高齢者の福祉きりすてや労働者の首きりにも反対す
る闘いとつながって国にたちむかってゆきましょう。
★障害者運動の力は負けていない!
 国のペテンに満ちた手口は本当に許せません。でも支援費制度の時に「円滑な移行」措置とったのも、裏を返せば、障害者が30年かけてきりひらいてきた地平をくつがえすには、本音を言ったのでは強い反対にあって到底、契約制度を導入することはできないと国が認めていた証拠だと思います。
 事実、03年に「上限」がだされた時には2000人の障害者が厚労省をとりまいたし、04年に介護保険統合の話がでてきた時には障害者団体が激しく反対して社会保障審議会で合意ができなかったし、その結果、出されてきた自立支援法には05年の通常国会で1万人の障害者が国会を反対デモでとりまいて廃案に追い込みました。衆院選の結果を背景に特別国会でかろうじて採決しましたが、それだって小選挙区制でなかったら自民党の議席は半分にも達していません。自立支援法反対の闘いにとって、採決は決して「負け」ではないと思います。闘いは06年にひきつがれています。 郵政民営化も介護保険も、「官から民へ」の小泉改革という点では同じ民営化の流れの中にあると思います。そしてそれはもはやいろんな所で破綻をきたしています。いま問題になっている耐震強度偽造マンションも「民間にできることは民間に」と国の検査業務が民間委託された結果です。公共サ-ビスをもうけ最優先の営利事業に変えてしまうことがどれだけ安全対策をきりすて人命を奪うのか、
JR尼崎事故やアメリカのハリケ-ン災害が示しました。
 こんな戦争と民営化は、もうゴメン!とアメリカでもイラク反戦闘争がもりあがっています。競争にかりたてられ互いに蹴落としあう能力主義社会も、もうゴメン!と「共に生きる」社会を求めて「戦争ではなく福祉を!」の声も労働運動からあがっています。
 日本で「共に生きる」を率先してきたのは地域自立生活運動です。こうした障害者運動は障害者差別はもちろんイラクへの侵略戦争や憲法改悪にも反対し、地球規模で「共に生きる」社会の実現をめざす闘いとむすびつくことによって、未来をつかむことができると思います。たしかに簡単なことではありませんが、でもそういう目標をもつことによって自立支援法との闘いも既成事実に負けない運動をつくることができるではないでしょうか。そのためにも力をあわせてがんばりましょう。

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