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2006年6月 2日 (金)

怒りネット通信 第20号

怒りネット通信 第20号 
2006年6月2日発行
怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワ-ク       
■もくじ
・5・19撤廃署名提出の報告            
・毎日新聞「成否は健常者の意識次第」を批判する
・4・9怒りネット関西集会の報告
・在日無年金障害者の発言に心打たれて        
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5月19日、障害者自立支援法の撤廃をもとめる署名(第1次分)を提出しました!
 署名総数は6174人で、参議院に2674人分、衆議院に3500人分と分けました。参議院へのものは、社民党党首の福島みずほさんに直接受け取ってもらいました。福島さんは厚生労働委員会で質問するつもりだといっておられました。全国的な問題がおきていること、生の現実をもっと教えてほしいこと、改憲・共謀罪と一体の攻撃だと。外での闘いをどんどん広げてもらうことが国会での力になるとも言っておられました。衆議院へは、社民党阿部知子議員秘書の栗原さんに受け取っていただきました。この日も休憩の部屋を取っていただくなど心づくしがうれしかったです。
 署名は、撤廃まで今後も続けます。法の撤廃を本気で勝ち取ろうと思っています。署名というのは世論のバロメーターです。一人でも多くの署名を集め続けましょう!(高見)
毎日新聞「成否は健常者の意識次第」を批判する!
沼尻 かつえ
 毎日新聞に自立支援法について、成否は健常者の意識次第という大見出しの、タイトルで玉木達也記者の(社会部)文章が掲載されていました。かち―ん!ときたので、感想を書きました。言い足りなかったのですが、何日もかけて、文章を書いたので中途半端なのですが、読んでください。
●毎日新聞様
 3月29日のオピニオンワイド。記者の目「障害者自立支援法」について、一言申し上げたいと思いメールいたします。
 文字通り障害者が自立した社会生活を送れるように支援する法律と、書いてありましたが、この法律を理解しておられるのでしょうか。
 玉木記者の、言われるような自立生活が送れる法律ならば、昨年のような全国の障害者が反対運動を、何故起こしたのでしょうか。私達障害者が、ただワガママを言っている、贅沢を望んでいると思っていると、居られるのでしょうか?。
 三障害を一緒にしたのがアメと言われるのなら当事者である精紳障害者の中からも、反対の声が上がっているのは何故なのでしょうか。瀕死に陥っている私達障害者に、これでもかと鞭打っている状態が、この自立支援法なのではないのでしょうか。
 この、法律の問題点に触れておられないのは、何故なのでしょうか。
 昨年、ご存知の様に私達は1割負担について反対しました。けれど、それだけで反対した訳ではありません。このままでは必ず介護保険に組み込まれてしまう。そうなれば、介助時間が1日4時間になり、1日24時間介助の必要な人、1日8時間~12時間介助の必要な人にとって、それこそ死活問題となる事も重要な問題点であるのも、ご承知の事だと思います。「健常者の意識」を言われるのなら、私達がどんなに大変な思いをして、介助ボランテァを探しているのかを付け加えて、ぜひボランテァ参加を呼びかけてほしかったと思います。
 自立支援法の目玉の1つと言われる、施設入所者の1割を地域生活に移行させると、言われますが、本当に実現可能だと思われるのでしょうか。
 ここまで自己負担が進み、日常生活もままならない時に、介助時間は無いに等しい、介助者を探す事が困難な時代に、施設から出てこられると、玉木記者は本気で思って居るのでしょうか。
 また、福祉施設から一般就労への移行者云々にも、一言述べさせていたたきます。
 いくら行政が旗を振ってもと、言われていますが自立支援法が始まった今でも本当に旗振りをしているのでしょうか。私には如何しても旗を振っていると思えません。就労支援の準備を、厚生労働省がしていると言う事が見えてこないと思うのですが、私の認識不足なのでしょうか。
 施設にいる障害者が、いきなり社会に出て健常者と肩を並べて、職場で、地域で生活する事が、どれほどの努力と、忍耐を必要とするかを想像して見た事が、ありますか。私達は自分で、出来うる限りの努力をしていると、思っています。
 例えその努力が、どこかの大学教授には手を抜いているとしか見えないと思われても、、、。
 この、「ハンディに考慮しつつ頑張る人には応援し」の個所ですが、私の解釈は歪曲していると思われるでしょうが、働ける障害者が必要で、働けない障害者は必要ではないと、言われているように思われてならないのです。そしてそれは、優生思想につながってきませんか。この日本国には役に立たない障害者は、要らない。抹殺してしまえと言う、恐ろしい考えが潜んでいるのではないでしょうか。
 自立支援法には、憲法25条が守られていないと言う大きな問題が、あります。私達障害者にも、生存権があるのにそれさえ施行されない。人間として当たり前に生活する事が出来なくなる。其れが問題なのではないでしょうか。
 何度も言うようですが、言われ尽くしているからと、問題点を書かず、さもこの自立支援法によって、自立生活が出来、仕事をして健常者と肩を並べられると言ったいいかたをするのは、これで終わりにしていただきたいと思います。
 毎日新聞は、私達仲間の中で、比較的他の新聞社より、障害者の問題を多く取りあげてくれると、言われています。その毎日新聞までが、このような記事を堂々と掲載される事は、何としても残念だと、思われてなりません。
 しかし、玉木記者の言うことにも同感する部分も多くあります。たしかに健常者に障害者は理解されていないし、無関心な人が多いと感じています。けれど健常者と障害者がお互いに、人間として付き合うと言うことは、当然の事と思います。
 自立支援法とは、切り離して考えてほしいものです。
●資料
【記者の目:障害者自立支援法=玉木達也(社会部)】毎日新聞3/29
『成否は健常者の意識次第--当たり前に接しよう』
 障害者自立支援法が4月から施行される。文字通り、障害者が自立した社会生活を送れるように支援する法律だ。身体、知的、精神の3障害に分かれていた施策を一元化し、福祉サービスを利用しやすくする。一方で財源を安定化させるため、サービス料の原則1割を、利用する障害者本人に求める。障害者にとってアメとムチという面がある。この法律の成否は、健常者が「障害者とともに生きる」との意識をどれほど強く持つかにかかっていると感じる。
 障害者の福祉サービスといえば、障害者とその家族らサービスを受ける側と、国や自治体などサービスをする側の問題になりがちだ。健常者はいつ自分が障害者になるかもしれないのに、関心は高くない。
 だが、自立支援法は、都道府県と市町村に数値目標を入れた障害福祉計画の策定を義務付けた。厚生労働省は同計画の国の基本指針として、2011年度末までに現在の施設入所者の1割以上を地域生活に移行させ、福祉施設から一般就労への移行者を現在の4倍以上にすることなどを発表した。達成するには、国や自治体、企業、障害者の努力だけでなく、一般の健常者の意識改革が不可欠だ。
 自立支援法が目指すのは地域や職場で、障害者と健常者が肩を並べて生活することだ。施設から社会へ出てくる障害者の能力や適性、個性を健常者がどれだけ尊重し、受け入れられるか。健常者にとってひとごとではなくなる。いくら行政が旗を振っても、健常者の理解と協力がなければ目的は達成されない。
 だからと言って、健常者は身構える必要はない。単なる同情論ではなく、障害者側の努力も求めながらその幸せを考えた「障害者の経済学」(東洋経済新報社)の著者、中島隆信慶応大教授は「障害者を『社会的弱者』とひとくくりにするのではなく、人間一人一人が違うという当然のことから、改めて出発してつき合うべきだ」と話す。
 中島教授は多くの障害者や関係者から話を聞いた。「障害者の持つハンディを考慮しつつ、頑張る人は応援し、手を抜く人には注意する。障害者も突き詰めれば、当たり前に接してもらうことを期待している」と感じたという。ただ、一般の健常者は障害者と接する機会が少ない。そのため、時には信じられないような誤解をしていることがある。
 「精神障害者は話すことができるんですね」。東京都世田谷区で精神障害者の支援事業をしている「三軒茶屋地域生活支援センタープリズム」の指定相談員、進藤義夫さん(42)が数年前、ある企業の人に言われた言葉だ。「作業所で話す精神障害者を見て私に言ってきた。精神障害者と知的障害者の違いがよく分かっていない経営者もいる」と語る。無関心から生まれた無知としても、深刻だ。
 就職しても障害への配慮のなさや差別的な対応の問題がある。弁護士の有志で作る「働く障害者の弁護団」の清水建夫弁護士によると、▽視覚障害があるので、職場でパソコンの音声ソフトなどの使用を要望したが、特別扱いはできないと断られた ▽「障害者枠だからこそこの会社に就職できたので、そうでなければこの会社に入れる人間ではない」と言われた ▽ 毎日同じ単純作業しかさせてくれない、などの相談が寄せられているという。
 取材で知り合った統合失調症の20代男性も「働きたいけど、職場が病気を理解してくれるか心配」と話す。高校時代に発病し、精神病院への入院も経験した。現在はグループホームで生活し、日中は小規模作業所に通う。服薬はかかせないが、話す内容は明りょうで、就労への意欲は高い。進藤さんは「精神障害者を『怖い』と予断を持つ人がいるが、精神障害者のほうがよっぽど健常者を怖がっている」と指摘する。
 私は小学校の同級生に軽度の知的障害児と足が不自由な身体障害児がいた。最初は障害に絡んで2人をからかったこともあった。でも、日々の付き合いを通じ、2人の性格や人間性が見えてきて、気がついた時には障害をある種の個性として意識しなくなっていた。その後は仲良くしたり、時にはけんかもしたが、中島教授が言う「当たり前に接する」ことを自然にできていたような気がする。
 「障害者が生きやすい世の中は、健常者にとっても生きやすい」と言われる。力の弱い人には力の強い人が手助けをするように、障害のハンディをごく自然にカバーし合いながら生きる世界だ。実現への第一歩は障害の有無にかかわらず、お互いに人間として普通に付き合うことではないだろうか。
4・9怒りネット関西集会の報告  
高見元博
 参加者は35人でした。そのうち兵庫県精神障害者連絡会は4人でした。特徴的なのはビラをみて4人の方がいらっしゃったことです。2人は大阪東淀川の集会から、1人は堺の大行動実行委の集会から、1人は京都の集会からでした。電話をかけで来られた団体の方もいらっしゃいました。
 アンケートでは1人以外は良かったと書いてありました。
「撤廃と言い切っているのが良かった」等です。確実に情勢全体が動いています。単純には行かないかもしれませんが、1970年代の戦闘的障害者解放運動の出発時にも似ているのではないかと思います。
 韓国、フランス、アメリカでの闘いの高揚があります。韓国の民主労総や農民団体の闘い。フランスの2波に渡る300万人デモ。アメリカの移民労働者の闘いなど全世界で巨大な闘いが始まっています。
 日本でも「格差社会」という言い方をしてごまかされていますが、階級分裂が確実に起きています。小泉首相などは貧富の格差があるからやる気が生まれるなどと開き直っている始末です。「自己責任論」「勝ち組・負け組み」論=「負けた者の自己責任」を乗り越える論理を民衆が持ったときに決定的闘いが始まるでしょう。今私たちはその入り口にいるのではないでしょうか。
 この成功は、なんと言っても大量のビラをまききったことに始まっています。署名の取り組みも広がっています。それと一体にビラをまいたのが効を奏したと思います。
 私たちの最大の武器は、「怒り」「心底からの怒り」でした。そこが人をひきつけたのです。先ほど言った「負け組みの自己責任論」を打ち破るのは怒りの組織化なのかもしれません。
 また、実行委員会形式がよかったようです。誰か一人が中心になってがんばるという組織論ではなく、みんなが主体的に担うという風にできたことが参加の拡大につながったと思います。
★10月全面施行を迎え撃つ集会
 9月23日に10月全面施行を迎え撃つ集会を行いたいと思います。実行委員会を立ち上げていきます。4月施行は、生活保護の人には影響は少なかったですが(無かった訳ではありません)10月施行では大きな影響が生まれます。介助時間の制限が始まるからです。
 4月施行では利用料の徴収のなかった生活保護の人も直撃します。経過措置があるにせよ、3年後の介護保険との統合を含めて生活できない人が続出します。これから10月施行に向けてランク付けが始まります。
4・9集会に参加して。感想文集。
◆三好清二
 「病状」が落ち着かなくてあまり集会には集中できなかったのですが、法の施行後の集会として法の撤廃を求めるものとして開催したということでは大きな意義があるのではないでしょうか。これから本格的に運動を作っていくということだと思います。
◆岩崎晶子
 集会開催の全過程を担ったのは、去年の6・5の「怒りネット関西」旗揚げ集会以来2回目です。今回は、いろんなことが重なり、実行委員会を最後にもう1回やった方がいいのに、できなかったので追い込みの1週間が大変でした。
 署名のお願いをしている作業所や事業所に、本来なら出かけて行ってお話をしなければならないのに、引きこもり状態で、結局電話で呼びかけさせてもらいました。その中でお話に出たのは、事業所として生き残っていくために必死で、法が通ったあとで撤廃運動する暇はない、というのが多かったです。また、「障害者」の保護者が運営されているところでは、「これまで尼崎は伊丹に比べて2倍以上の利用時間をかちとってくれたり、職員さんも良くがんばってくれていたけど、今回の法律の処理を怒りながらやってはります」というお話を聞き、「これは市の職員さんを味方につけなくちゃ!」と思いました。4・9は、ちょうどお花見の時期と重なっていて、「行事があるので」と言うところがものすごく多く、それは大変残念でした。また、「個人的には絶対撤廃でないと許せません、いつもニュース読ませてもらってます。でも組織の縛りがありご一緒する事はできかねます」という方もいらっしゃいました。反対に、「小さなかたまりで活動だけしててはこれからは何もできません。少しでもつながりを大きくして、みんなで行動していくようにしないとと思っています。今後ともよろしく」という力強いお返事もいただき、今後、日程が合えば一緒に行動したいので連絡します、というところもありました。こちらから働きかける事の重大さを感じました。
 また、新しい参加者にビラをみて来てくれた人が多かったので、何か集会や行動があるならば、できるだけ宣伝しに行かないといけないな、と思いました。
 H君が機転を利かせて、たまたま知った集会にフラッと参加してくれ、そこで4・9を訴えてくれて、それで来てくれた若夫婦もいらして、H君もうれしそうだったけど、私もすごくうれしくて、「やったらやっただけの事は何かつかめるはず」と思いました。たとえ失敗という「何か」であっても、次に失敗しないためのお勉強になります、無駄な事は何一つ無い、と思えました。
 できるだけ会場からの意見をたくさんもらおうと、怒りネットの発言はできるだけ少なくするようチャレンジしました。少ない発言者の中でも、去年の6・5にも参加してくれ、自分の職場として、入居者さんの生活の場としての施設の矛盾を話してくれた福祉労働者が、今年は「平和でなければ福祉は無い、障害者差別を無くすという切り口から、世の中を変えて行きたい」というものすごくはっきりとした意見が聞けてすごくうれしかったです。
 会場からいただいた意見は、事業所の運営のために自治体との交渉に取り組む、と言うお話が、さし迫った問題として語られました。こういう地域での交渉にも今後は共にたたかうことをしていかないとだめだなぁと思いました。小学校の先生からの「学校に来れなくなってる障害者の生徒がいる、座敷牢が始まってるんです」というお話など、知り得ない話も聞けて大変充実していました。また、「就業支援と言うならば、まず高見君を職場に戻せ!」というご意見には、ハッとしました。本当だ、高見闘争って、そういうことだったはずだ、と思いました。
 自立支援法はまだまだ一般的には知られていません。これから、もっともっと宣伝して共にたたかってくれる人とつながって行きたいと思いました。
◆石川豊子
 今まで障害者自立支援法への闘いに参加していなくてすみませんでした。とんでもない法律が成立してしまったのですね。障害を受けた人たちが大変な闘いを繰り広げていたのに私は協力できませんでした。4月9日にくわしく説明してもらう中で、これでは生きていけないと絶望して自ら命を断つことを強要するように仕向けられたような法律と感じました。怒りをつなげて、国会での闘い、資本家への追及、こんな法律を許しているまわりの大多数の人々に怒りの炎を次々つけて広げ、こんな法律を作った自民党・公明党へ抗議をしていきましょう。ごめんなさいを言わせましょう。
 でも現実は自分のことしか見えない人ばかり、怒りがめらめら広がらない、困ったものです。私は今年春闘で賃下げに抗議して24時間のストライキをしました。尼崎市の嘱託職員(一年契約)も正職員と同様に賃下げに唯々諾々としていてはなめられてしまいます。私の仕事は尼崎養護学校の生活介助員です。障害を受けた子供たちは今の世の中に希望のないことをすでに何度も何度も知らされ、つらい思いをさせられ2000年からすでに中学生を中心に6人もの命が消えてしまいました。何人死のうと子供たちへの視線は変わらず、教育委員会は子供大切にはしていないことがはっきり分かりました。生きる希望を失った子供たちはあっけなく突然消えてしまいます。そんな職場を変えたくて福祉へ暖かい施策を求めてたくさんの応援の方々と共に抗議行動をしました。低賃金にもあたりまえでがまんしていたのが声を上げ始めました。労働者が正当なことに目をつぶり言いたいことも言えない社会は弱いものがつぶされてしまいます。労働者が労働者として自覚を持ち、障害を受けた子供たちのかわりに叫び声をあげなければ、次々とひそかに消されてしまいます。このたびのストライキで10年分の思いを市や教師や介助員に向かって叫べました。なんだかすっきりして元気になれました。子供たちからごほうびをもらった気分になれました。思ったより反発はなく、応援の声があちこちであり、勇気を出してやってよかったと思いました。障害に心を閉ざし、排除していく社会を打ち砕き、手を取り合って仲良く暮らせる社会をめざして、自分たちのまわりで声をあげ、楽しい闘いを広げ、豊かな社会を実現しよう!! 共に闘いましょう。
◆K.K
 自由で手作りの良さを感じました。「継続は力なり」と思います。是非、一緒に障害者自立支援法を撤廃させましょう。私も力になれれば幸いです。
◆Y.O
 まず絶対に「障害者」の声を無視して成立してしまった障害者自立支援法を許せません。障害者が必死の思いで国会前でハンスト闘争までやり、国会前での連日の抗議闘争、国会傍聴(これには私も参加しましたがひどいもので、「障害者を殺す気か!」発言に対して「まだ殺していない!」という差別丸出しの許せない人権侵害暴言あり)を闘ったにもかかわらず、わたしたちの声は届かなかった。くやしさ、怒りでいっぱいです。
 初めて参加された人を含めて、そんな思いをもった人たちが集まった4・9.自身の障害者解放の原点から、すべての人間解放の方向を福祉労働者の感動的な発言(「障害者の切捨ては人権侵害」「国はお金がないといいながらイラク侵略戦争に協力するな!」「自立支援法は人権の無視」「利用者と対等であればあるほど感じる矛盾が怖い」「体をすり減らさないと成り立たない矛盾、競争社会の中に入る怖さ、一人では考えられない。いろんな人と結びついてどうしていかなあかんと考えていかなあかんと思う」「おかしなことには声をあげていかないといけない」・・・・)から再度、自分を取り戻すとてもいい集会でした。
 その他会場からの発言の中でも病者から「この闘いは障害者だけではなく、労働者の闘い健常者の闘いでもある」との必死の叫び、また教育労働者からは「愛国心」を入れるという教育基本法改悪の問題。教育に手をつけられたら戦争だ、と強調する。そして、解雇撤回闘争を闘う全逓の労働者からは、お国のために命を投げ捨てろと言っている資本主義は権力者が生きるためのみにあるし、その矛盾を打倒していかんと。賃金奴隷として生産手段を奪い返し、労働者社会にしていかないと・・・という発言からはそういう労働現場の不合理性からも病者が多数生み出されてくる矛盾を感じること
にもなりました。
 ただ、現実に成立してしまった。国が地方に負担を押し付ける。地方は財政難として福祉を切り捨て、自己負担を強引に推し進めてくることに対してはなんとしても各自治体に対して、とくにガイドヘルプなどの「地域生活支援事業」に関しては撤廃、少なくとも現状維持の要求行動の必要性も強調されていましたがそのとおりと思います。
 じゃ自分自身はどうなのか?ととらえ返してみると、医療の現場にいながら、まだ基調提案の中身の把握が不十分であるため、再認識と反省。そしてだからこそ、同じ労働者仲間、障害者に対しても訴え、語りかけられない弱さを痛感した集会でもありました。ただ、自立支援法撤廃の署名については多くの障害者、労働者の仲間が協力してくれたことは大きな財産です。これをこの声を生かしていく役割だと。そのためにも、もっともっと自身が障害者として、労働者として、現実に肉薄し、追いついていかないと・・・・
 そして言語化していくことの大切さも学びました。
 多少のズレ(?)は恐れずに言語化していく中でこそ次第に自身の思い、怒りと結びつくものであると思うのです。怒りのないところに行動は伴わない。さらに今後自身の課題として声にできない声も体現することのできるあり方への変革をかけて、障害者解放、あらゆる領域で、今の戦争へと向かう国の方向を許さない闘いを担っていく決意です。
◆平田
 私は昨年からこの運動にかかわってきました。まだまだ不勉強なのですが、この自立支援法が、「障害者」が生きるために「サービスを買う」ことを強制するという、およそ人間や社会というものに対して転倒した、理不尽きわまりないものであり、廃案・撤廃しかないと思い、ささやかながらかかわってきました。
 そんな中、この集会の実行委に参加して、関西定期刊行物協会に加盟する団体の名簿の一部をわたされ、署名と集会のよびかけに行こう、ということになりました。私としては、当該の「障害者」関係団体・組織に、直接話しに行くのは初めてのことでした。直接行けたのは何件かしかありませんでしたし、署名用紙をわたして趣旨を説明するくらいしかできませんでしたが、"現場の怒り"に学ぶ非常にいい機会でした。
 地域での「障害者」の自立を支援する団体の所に行った際、そこが主催する、自立支援法についてのセミナーがあることを教えてもらい、自立支援法の実際について知りたいと思い、参加しました。その集会は、全体としては"自立支援法に反対だが、実際に始まる以上、その中でどうしていくのか"という趣旨のものでしたが、誰ひとり納得している人はいない。むしろいろんな形で怒りを表現されていました。その場で署名の呼びかけをさせてもらい、集会後に出口の所で署名用紙を配ったところ、ほとん
どの人が快く受け取ってくれました。また、そこで出会った方で、4・9集会に来てくださった方もいました。その方は、「昨年、御堂筋デモにあれだけ多くの人が参加したのに、マスコミはどこも取り上げてくれなかった。一緒に参加した友人は、非常にショックを受けている」といいます。本当に多くの人が、「障害者」を先頭に、支援法反対に立ち上がった。しかし、法は強行されてしまった。"いったいこれは何なんだ!"という素朴な怒り、理不尽に対する言いようのない思いが、まだまだうずまいていると思います。もちろん、当該の「障害者」の方々や関係事業で働く方々は、この法の下で生きていくために必死であり、単純にその怒りが爆発する、というものでもない現実があることも事実だと思います。
 4・9集会の現場では、聴覚「障害者」のためのディスプレーのパソコン入力に必死で、内容を十分に聞くことはできなかったのですが、「チラシを見た」というだけで参加された方も含め、「自立支援法撤廃」を鮮明にした集会を成功させることができた、と思っています。当該である「障害者」、関係事業で働く労働者、それ以外の労働者、とそれぞれの立場から意見表明があり、基調報告で提起された「『障害者』の側にも、労働者にも」「社会保障・福祉の解体、民衆の権利の否定、命の否定、戦
争への道を止めること」のために、展望をつかんでいく、そのひとつの出発点になったのではないかと思っています。すでに実際に部分的に施行され、10月からの全面施行にむけ、さらに運動を広げる、しかも本当に撤廃までのねばり強い運動を作り出していくためには、まだまだ課題は山積で、こんな文章を書いている自分も、取り組みはまだまだと痛感しながら書いていますが、みなさんとともに、頑張っていきたいと思います。在日無年金障害者の発言に心打たれて
岩崎 晶子
●4月23日、入管法・外登法撤廃の集会に行ってきました。
 署名は少なく、81名でした。でも、「持って帰って集めてくる」という人が、私が頼んだだけでも5人はいましたので、その方たちから1枚でも送り返してくだされば、と思っています。
 いつもは「メインゲスト」という感じで有名人を目玉にして、「あの人の話だったら聞きたい」みたいな人の集め方だったんですが、今年はそんなものは無し、みんな、市井の運動している人ばかりで構成されました。それでも人数は若干増えていたそうです。「良かった、みんな本気で在日・滞日の人たちの不安定な状況、差別された状況を何とかしたい、と思って集まってるんだ・・・」とうれしかったです。私はこういう市井の運動家の人たちの生の声が聞ける方が良かったです。
 
 私は特に、在日の全身性麻痺の方からの発言に心を打たれたと言うか、「私って何も知らなかった」と衝撃を受けました。私たちの「障害者自立支援法」のたたかいや、数年後に迫る介護保険との統合にも関係してくることですので、長いですがぜひ読んでほしいと思います。
 在日の方の多くは無念金です。「障害者」も高齢者も。何とか親戚や兄弟姉妹などから、少しばかりでも援助を受けれる人はいいですが、そうでない人の生活は、壮絶だと想像できます。
 そしてその方が訴えられたのは、施行された「障害者自立支援法」によって、在日無年金者からも1割を取る、という矛盾、「どうして?」と。「自立支援法」は「年金収入がある、という前提で考えられているが、私たちは、年金も無いのに、どうして1割負担だけは強制されるの?」って・・・。「今以上に親戚や兄弟から援助を受けなくてはいけなくなり肩身の狭い思いを強いられます。自立とはおおよそ無縁です」と。
 あまりに自分が無知だったことの衝撃から、少しですがカンパをさせていただき、名刺をいただきました。お話を聞いたことを怒りネットのパンフレットに載せたいのですが、と、直接連絡を取ってみたら、「ぜひ、私がしゃべった原稿そのものを載せてほしい。私にできることは、現状を少しでも多くの人に知らせること。そうやってパンフレットに載せてもらえるとうれしい。」と言っていただき、下記の原稿を送ってくださいました。皆さん、ぜひ、彼女の訴えを全部聞いてください。そして、私たちの運動の中にも、こういう問題点も欠かさないように進めていけたらと思います。
●在日無年金障害者として~今を生きる、わたしの役割~
 みなさんこんにちは! 金順喜と申します。
 私は、日本で生まれ育った在日3世の障害者です。私には障害基礎年金がありません。今回はその立場から意見を述べたいと思います。
 日本の国民年金制度は、長く私たち在日外国人障害者を排除してきました。今年43歳以上の在日外国人障害者と79歳以上の在日外国人高齢者は、完全な無年金状態にあります。
 国籍条項が撤廃された1982年1月時点で、20歳を超えていた在日外国人障害者には障害基礎年金が支給されません。1986年4月時点で60歳を超えていた在日外国人高齢者には、月額3万円程度の老齢基礎年金すら支給されません。現在私たち在日障害者は「自己の責任によらず無年金のまま放置されている在日障害者及び在日高齢者」に対して相当の給付金を支給する救済措置を講じるよう求めています。
 「内外人平等(日本人も外国人も平等の権利を保障するべき)」をうたった難民条約や「国籍による差別の禁止」を定めた国際人権規約などに日本も批准しています。それで、国籍条項撤廃以降に来日している在日外国人障害者には短期留学生であっても日本人障害者とまったく同じ制度によって障害基礎年金が支給されています。それなのに1982年1月1日時点で既に二十歳を超えていた在日外国人障害者には、ずっと、国籍による差別が残されたままなのです。帰化しても支給されません。2004年に無年金障害者救済法が作られましたが、またしても在日外国人障害者は救済対象から排除されています。在日無年金高齢者に至ってはほとんど無視されたままです。
 これまでの障害者年金訴訟の経過を簡単に述べたいと思います。
  2000年3月、こうした差別をなくしてほしいと、京都の在日韓国・朝鮮人ろう者たち7名が裁判所に訴えました。諸外国にはもはやこうした年金差別はないこと、原告らは日本で生まれ、日本で育ち、ずっと日本で働いて税金も払ってきていること、制度の不備から同じ在日外国人障害者でも年齢によってもらえる者もらえない者が不当に分けられてしまっていること、これらは国際人権規約から見ても差別であり、すぐに改められるべきものであることなどなどを裁判の中で訴えてきました。
 ところが、2005年10月27日大阪高裁は京都地裁よりも後退する内容で、原告の訴えを退ける判決を下しました。何故なのでしょう? 小笠原・沖縄返還の際にも中国残留孤児にも救済措置が設けられたのに、なぜ、私たちだけが無年金のまま放置され続けるのでしょうか? 日本で生まれ、日本で育ち、日本で納税し、一生を日本で暮らしていく人々です。それも 大部分の人々は 戦争の時の日本の植民地政策のために土地や仕事を奪われ、やむを得ず日本に渡ってきた人々とその子孫です。戦争中は同じ「日本臣民」として日本に奉仕することを強制され、日本が戦争に負けると、今度は本人の意思に関わりなく日本国籍を奪われ、一転して「外国人」扱いとなりすべての社会保障から閉め出されました。それでも、もはや「祖国」に帰ることもできず、日本で暮らしていくしかなかったのです。法律上も他の一般的な外国人と区別して「特別永住者」とされています。なのに、その後やってきた外国人には平等に年金を支給して私たちを年金から閉め出し続けることがはたして「正当」なのでしょうか?
 4月1日障害者自立支援法が施行されました。無年金障害者も食事や排泄といった「生きていくための介助」に定率利用料の負担をしなくてはならなくなりました。そもそも自立支援法は、生きるための介助が必要な重度の障害者には「障害基礎年金」という収入があることを前提に設立されています。現に、低所得1の収入基準額は年収80万円以下で2級の障害基礎年金受給者を念頭に設けられました。無年金障害者には「障害基礎年金」が受給されていないにも関わらず、負担額が生じました。収入がないので負担額を支払うために、親兄弟親戚のさらなる援助が必要になります。
「障害者自立支援法」という名の法律が年金障害者の自立を阻む結果となっています。とりわけ、在日無年金者は、昨年施行された「特定障害者に対する特別給付金支給法」の対象からも外されています。ちょうど、障害者自立支援法の原案を構成していた最中のことです。国、厚生労働省は私たち在日無年金者に対しては、当然に何らかの免除規定を設けるものとかすかな期待がありました。
 障害基礎年金を受給している障害者でさえ、その負担を最小限にするため、施行前「住民票の世帯分離」を行っています。「利用料を支払うと生活保護基準となる世帯に対しては生活保護受給世帯と同様の減免がある」という障害者自立支援法の「世帯収入」は住民票に基づくという定義。これらを解釈する限り、在日無年金障害者も外国人登録を世帯分離し個人別登録とすることにより、収入は障害当事者個人の収入のみで計られ、在日無年金者はゼロ免除になるものと考えておりました。
 しかし、手続き上、生活保護の担当窓口に生活保護申請をして、その判断を仰ぐということになったため、同居家族の収入までもが収入に計算されてしまっています。
 在日外国人の場合、生活保護は法の準用に過ぎず、いかなる審査に対しても不服申し立ての資格がありません。また、在日重度障害者は障害基礎年金がないため、自立生活ができていません。必ず、親兄弟親戚と同居しています。さらに、月額7500円の定率負担額が生じました。在日無年金障害者は本年43歳以上であり、両親と死に別れるまたは、両親が生計の長ではなくなる時代に入っています。生きていくための介助を削れば、尚更、家族の負担が増えます。このような状況の中、私のような当事者は安心して生活することができません。「障害者自立支援法」という名の法律が、逆に在日無年金者の自立を阻み、生活苦を増す政策となっています。早急に救済措置をとるよう、強く求めます。在日無年金者については、生活保護制度の基準に関わりなく、当事者の収入のみで判断するよう改善するよう求めます。
 議会中さる、2月20日、障害者自立支援法に異議あり!「応益負担」に反対する大集会実行委員会の名で要望書提出と行政行動を行いました。当日はJCILの有志何人かと、京都府議会(各政党および会派)・市議会(各政党および会派)・議会事務局を回りました出席者全員が自分の窮状を訴えましたが、私の番になり、このように質問しました。
◇利用者負担について
 昨日届いた受給者証によれば、私の負担金額は7500円です。
 私には障害基礎年金が支給されていません。免除申請書用紙には該当要件に無年金が設けてありませんでした。京都市が3万6000円プラス京都府が1万8000円の在日無年金者特別給付金を受給していますが計5万4000円では京都市による負担軽減でも生活できるはずがありません。
 無年金障害者と無年金高齢者の年齢差がおよそ30歳であることから、同一家庭での親子共々無年金状態のケースも少なくありません。福祉サービスや医療費などの自己負担がどう変化するか、その変化のためにサービス利用や生活にどのような影響があったか、今後も当事者として、多くの人々と連帯し、「障害者自立支援法案」が在日無年金の自立をより阻むものでなくなるよう制度の改善を求めていきます。
 差別の壁はまだまだ厚く、針で穴を通すようにしか進みませんが、ゆっくりでも堅実に前進したいと思います。不当な差別に対して「黙らないこと」が当事者としてのわたしの役割だからです。(原稿は以上)
● また、集会のプログラムにはさんであったビラから学んだことですが、“「年金がもらえないから80歳を超えてもなお働きつづけなならん・・・」在日無年金高齢者・障害者に年金を!”と特別給付金法改正請願賛同署名に取り組まれています。そして、5月中には署名を国会に提出に行くということでした。
 さらに裁判でも闘っておられます。在日韓国・朝鮮人無年金高齢者のハルモニ(おばあさん)たち5人が、この問題で国を相手取って争っておられます。80歳を超えるハルモニたちが「このままでは死にきれない!」と車椅子に乗って、あるいは杖にすがりながら裁判を闘っておられるそうです。
 裁判はお金も労力も大変だと思いますが、それでもなお裁判でたたかおう、と決断されたハルモニの、怒りの強さを思うと、これまでの人生がいかにひどいものだったか、そしてそういう日本政府に対する「間違いは正す!」と言う強い気持ちの現われだと思いました。
 5月11日と6月8日の裁判では、そのハルモニたちが証人席に立ち、これまでの生き様を語る、と言うことでした。5月11日は行けませんでしたが、6月8日には、ぜひ都合をつけて、ハルモニの生き様、差別と厳しい生活、精神的な打撃・重圧などの、生の声を聞き、真実を学びに行きたいと思っています。
 無年金の方々の置かれている状態、その人たちからも一割負担をさせる・金を取る、ということを考えたことがなかった自分が、どれだけ無知で想像力がなく、無年金の方々に対してなんて申し訳ない状態だったんだろうと、本当に情けなかったです。これからは、無年金の方々のこと、最重度の方々のこと、一番苦しんでおられる方々のことをきちんと含めたものの考え方をしなければ、本当の「障害者」解放にはならないと思いました。賛同カンパにご協力をお願いします!
これまでみなさんの会費(1口1000円)やカンパで会計をまかなってきましたが、現在赤字です。そこで広くカンパを呼びかけたいと、この度郵便振込口座を開設しました。会費でもニュ-ス講読料でもどんな形でも結構です。ご協力をよろしく。
■口座番号  00180-8-721588
■口座名称  怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワ-ク

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