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2008年8月14日 (木)

欠格条項

法律の言う「合理的差別」というのが許されざる差別であることは言うまでもない。別の言い方で、「絶対的欠格条項」はまちがいだが、「相対的欠格条項」ならよいという考え方が「障害者」団体の中にもある。高見免職は「相対的欠格条項」によるものなので私たちの立場は「相対的」であろうが「絶対的」であろうが欠格条項は撤廃せよということだ。

「絶対的欠格条項」とは「障害者」であればその職につかせることは出来ないという問答無用の職業からの排除だ。「相対的欠格条項」とは、一定の条件を設け、その条件のかなわない場合に職業から排除する法律だ。一見すると相対的欠格には合理的配慮があるように見える。だから「障害者」団体が相対的欠格ならかまわないとしているのだ。

高見免職は合理的理由があるとするのが大阪高裁判決であることは既述した。高見は十分な配慮をしたとしても就労にかなわない状態であったから免職は適法であるというものだった。これは相対的欠格条項の中に当てはまるものだ。「障害」のために職業に就くことが困難な場合には職業から排除することは適法であるというものだ。これが相対的欠格条項の考え方だ。一見して合理的なように見える。

では神戸地裁判決とはどこが違うのか。神戸地裁判決は「相対的」の幅を広く取ったもので「相対的欠格」も憲法違反であるという原告主張は入れなかった。しかし、実質的には「相対的」の幅を広くした結果として「欠格条項」全体を否定する判決となっている。

神戸地裁判決は、郵政省が高見免職に当たって、十分に復職するための条件を検討しなかった点を取り上げている。就労できる適当な職があったはずだし、そのように適当な職があるかどうかを検討しなかった点で首切りのための首切りになっていることを指摘した。相対的欠格といっても運用次第では絶対的欠格条項と同じ質を持つものだし、そのような絶対的欠格は間違っていること、したがって相対的欠格であってもまちがいであることを指摘したものだ。

だから、合理的差別は適法という考え方を容認することは、あらゆる差別を「合理的」とする余地を残すことになり、「障害者」が不合理な差別だといくら主張ても裁判所が「合理的だ」と判決する可能性が極めて高いこと。「合理的差別は容認する」というような法律を作ってはならないことを指摘したい。

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コメント

「高見免職」の詳細については下記アドレスまで。

http://homepage3.nifty.com/kyouseisha/

投稿: ゲン | 2008年8月16日 (土) 00時13分

裁判所の使う差別の概念は、プラグマティズムの「差異」づけの発想に近いものですね?!ここには、差別-被差別の関係を根本からなくそうと言う立場は、捨て去られています。やはり、私達が弁証法的な立場に立ちきり、勝利の中で、差別問題を止揚していかなければならないのでは、ないでしょうか?!

投稿:  | 2008年8月17日 (日) 07時31分

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