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2009年2月 8日 (日)

「救う人と救われる人」

昨日アップしたイタリアの精神医療について、メールの方でもお便りが来ています。

あの記事を読む限り「救う人と救われる人」という基本構図は変わっていないように書かれていますね。「精神病者」は医療者によってすくわれるだけの存在だと。ちょうど今イタリア精紳医療改革の主導者バザリアの弟子の書いた本を読んでいるのですが、どうもそういう構図はあるようです。記事が悪いのではなく、記事は正確に書いているのではないかという感じがします。もっとも、弟子が多ければ多いほど元の主張が歪められる、弱まるということはあるでしょうから、どこまでがバザリアの責任かということはあると思います。

日本では、全国「精神病」者集団というものがあり、僕も執行委員である事務局員をしていました。その後代表の転向問題が生じて決別していますが。その当時の「病」者集団は、より重度の人の立場に立って、精神医療改革をしていこうという運動体でした。司法精神医学に対して最も激しく闘った存在でした。

僕と地元の精神科医との関係性はバザリアには想像も付かないものであることでしょう。「病者」が精神科医との運動で主導的役割を果たしているからです。もちろん精神科医の主体性もあるのですが、そこには「救う人と救われる人」という彼我の関係性はありません。こういう闘いの存在はまだまだゲリラ的であり、日本でも精神医療改革といわれるものが「救う人と救われる人」の関係性であるのは事実です。しかし、ゲリラにはゲリラの闘い方があります。最小の兵力で最大の兵力を打ち破ることはできます。

それは日本で始まった司法精神医学の破綻の現実です。ここが力関係を覆すポイントです。

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