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2009年5月23日 (土)

怒りネット通信 第39号

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怒りネット通信
2009年 5月19日  第39号

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もくじ                                
「障害者自立支援法」体制を撤廃しよう!
鈴木訴訟の報告                      
「臓器移植法」改悪に反対する                

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●「障害者自立支援法等の一部を改正する法律」案を廃案に!
● 障害者自立支援法を撤廃しよう!
● 臓器移植法改悪案に反対しよう!
● 国会闘争にたちあがろう!

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「障害者自立支援法等の一部を改正する法律」案を廃案に
「障害者自立支援法」体制を撤廃しよう!

古賀 典夫

 3月31日、見出しに記した「支援法」の改定案が閣議決定されて、国会に上程されました。全体は8条と付則からなっており、「支援法」だけでなく、児童福祉法、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」、「精神保健福祉士法」、社会福祉法他の改定を伴うものです。
 ここでは、現行の「支援法」がもたらしたものは何であり、改定案はこれをどのように変えようとしているのかを書いてみたいと思います。いろいろなご意見、ご批判をいただければありがたいです。わたしとしては、そうした議論をも通しながら、「支援法」体制の撤廃の運動を高めていきたいと思います。

★介護保険体制に近づけた「支援法」

 現行「支援法」は、「障害者」の福祉制度を介護保険の体制に近づけるものでした。厚労省は、05年に「障害者」を介護保険の体制に組み込むことを狙っていましたが、「障害者」とその関係者の反対運動によってこの目論見は打ち砕かれました。しかし厚労省は介護保険制度によく似た制度として、「支援法」を作り出しました。
 「支援法」と介護保険法の似た点としては、応益負担、「障害程度区分」とそのための市町村審査会、利用者も事業者も締め付ける管理体制などです。
 今年2月に発表された「与党障害者自立支援に関するプロジェクトチーム」の方針によれば、「今回の法改正では、介護保険法との整合性を考慮した仕組を解消し、障害者福祉の原点に立ち返り、自立支援法により障害者の自立生活に必要十分なサービスが提供されるという考え方に立って、給付のあり方を抜本的に見直す」と書かれています。しかし、実際には応益負担の部分について手直しが行われたぐらいで、他の部分については、ますます介護保険制度に近づける法改定さえ狙われています。

●応益負担制度について

 「支援法」改定案によると、利用者の負担は、「当該支給決定障害者等の家計の負担能力その他の事情をしん酌して」決めるとのことなので、確かに応能負担の表現をとっています。その基準は政令で定めることになっています。
 補装具や「自立支援医療」、児童福祉法に定めようとしている規定も含めて、こうした応能負担の表現が取られています。
 そして、その利用者負担の最高限度が1割だとされているのです。1割にこだわっていますが、このことからしても、「支援費制度」やそれ以前の応能負担のようには利用料を引き下げる気がないことが想像されます。 さらに、この法案の説明資料として作られている「障害者自立支援法等の一部を改正する法律案の概要」には、次のような記述が出てきます。

 「1。利用者負担の見直し
(課題) 類似の対策により、負担上限額は大幅に引き下げられており、実質的に負担能力に応じた負担になっているが、法律上は1割負担が原則となっている。
→ 法律上も負担能力に応じた負担が原則であることを明確化。
(ただし、サービス利用量が少なく、1割負担の方が低い場合には1割)」 そして、利用者負担が一番少ない通所の場合の負担上限を上げて、以下に現在でも利用料が「少ない」かを強調しています。

 これまでにも論じてきましたが、応益負担の発想は、福祉は買うものである、ということです。全額を利用者が負担するとあまりにも高額なので、公的に一定割合を補助するということで、その補助が当面9割だったのです。そこには、お金がなくて買えない人が出てもやむをえないという発想がありました。こうした応益負担制度を、理念としてはいったん断念させた意義は重要なものであり、「障害者」の闘いが勝ち取った成果です。
 しかし、政府はあくまでも利用料の実質の更なる削減を拒否し、できるだけ1割負担に近づけることを狙っていると、わたしたちは「支援法」改定案から読み取るべきではないでしょうか。
 そのほか、利用料について、いくつか改定する点が書かれています。
・グループホームやケアホーム利用者について
                
 入所施設利用者の場合、利用料や食費、光熱費などを徴収後、手元に一定の金額(2万5千円など)が残るように給付する制度があります。この給付を「特定障害者特別給付費」と言います。
 グループホームやケアホームについても、これと同様の給付を行うことが改定案に盛り込まれています。その場合は、食費、家賃、共益費を徴収後に行うということなのでしょうが。
 施設の場合は、一月に2万5千円などですが、これがどのくらいになるのかは、政令などで定めることになるのでしょう。
 施設に入所している「障害者」からこの2万5千円がいかに低く、生活を圧迫するかが述べられてきました。
 グループホームやケアホーム利用者は、昼間に通所や通勤していることが前提になりますが、そうすると交通費などはどうなるか、ということもあるでしょう。

・補装具、「自立支援医療」の利用料

 このいずれもが応能負担になります。しかし、ホームヘルプや通所と併用した場合の状況については、違ってきます。

 補装具については、「高額障害福祉サービス費」の対象とするとされています。 現行法の「高額障害福祉サービス費」の対象として書かれているのは、「障害福祉サービス費」(ホームヘルプや通所や入所の関連)と介護保険の介助を受けた場合のことでした。このほかにも、家族の中で複数が「障害者」関係の介助を受けた場合がこの「高額障害福祉サービス費」の対象となることになっています。
 今度の法案では、補装具の利用料についても、この「高額障害福祉サービス費」の計算の対象とされています。
 これは改善ではありますが、「高額障害福祉サービス費」の場合、利用者はいったんはそれぞれの利用料を支払わなければなりません。その利用料の合計額が一定の水準を越えた場合に、後で行政が払い戻すというシステムです。したがって、補装具などを手に入れる際の負担の大きさはやはりあります。

 「自立支援医療費」は、やはり別です。別個に費用が徴収されます。
 もちろん、「地域生活支援事業」に必要な利用料も別です。こうして、ホームヘルプや通所などでの応能負担を超えてさらに必要な福祉のために支出を余儀なくされる構造は続けようとしているのです。

 利用料については、その基準や金額のみならず、利用料を計算する世帯員の範囲、資産の範囲などまで広い範囲を政令や省令で規定しています。「支援法」全体が政令・省令などに委任しているところが多すぎることも問題です。こうしたことについては、今度の改定案ではますますそうした方向になっていると感じます。
 利用料がどうなるのか、これは運動の強弱に係っています。世界的な大不況の中、政府は福祉予算の削減、利用料を増やすことを狙ってくるのは明らかだと思います。「障害者」の地域での生活を保障できない国や政府は倒すべきだ、という思想を持って闘っていかなければならないと思います。

●「障害支援区分」、ケアマネージメント、国庫負担基準

 「障害程度区分」は、「支援法」改定案では、「障害支援区分」と名称が変えられ、その定義も変えられます。
 また、わたしがケアマネージメントと言っているのは、福祉の支給を申請した人について、福祉の利用計画案を作成したり、市町村の支給決定後に、正式な利用計画を作成することです。これまでは、支給決定の後に、市町村が必要と認めた「障害者」について、利用計画を作成することになっていましたが、今後は支給決定前に案を作成するほか、定期的に受けている福祉が適切化どうかをチェックすることも加わります。
 以上の変更については、どちらも2012年4月施行とされていますが、これらと「訪問系サービスに係る国庫負担基準」との関係が問題となります。国庫負担基準が介護保険の利用限度額のような役割を果たしてしまうのではないか、と思われます。もしそうなった場合には、介助時間数を大幅に削減される人が続出することが考えられます。
 以下、この点をもう少し詳しく述べたいと思います。

 「障害程度区分」の定義は、「障害者等に対する障害福祉サービスの必要性を明らかにするため当該障害者等の心身の状態を総合的に示すものとして厚生労働省令で定める区分をいう」となっていました。つまり、心身の状態を示すのが「障害程度区分」だったわけです。
 しかし「障害福祉サービスの必要性を明らかにする」ために、こんなことは必要ありません。「障害者」の生活の状況を聞いていっしょに考えれば十分なはずです。ましてや、この程度区分が「客観的基準」などとすることは決して容認できません。しかし、「支援法」の改定案はさらに危険な方向に持っていこうとしています。
 「支援法」改定案の「障害支援区分」の定義は、「障害者等の障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合いを総合的に示すものとして厚生労働省令で定める区分を言う」としています。つまり、「必要とされる標準的な支援の度合」を示すものとしているのです。
 これまでの「程度区分」は、「心身の状態」を示すものなのだから、その「障害者」の置かれた環境、その「障害者」の希望などと共に、支給決定の一つの要素として解釈することができます。ところが「支援区分」になると、「必要とされる標準的な支援の度合」ということで、支給決定の中心要素となることは明らかです。この「度合い」に対応した福祉の種類や量がどのように表現されてくるかは、政令や省令などによるのかもしれませんが、環境や希望により、たとえ支給決定の量(ホームヘルプの時間など)が標準よりも上積みされれば、それは「例外的なもの」「贅沢なもの」とされてしまうのではないでしょうか。

 昨年12月に発表された社会保障審議会の障害者部会の報告書で強調された相談支援体制の強化は、「支援法」改定案に新設されている30の条文となっています。この中に上述したケアマネージメントも出てきます。
 改定案の条文では、わたしがケアマネージメントと言っているものについて、「サービス利用支援」とか、「継続サ-ビス利用支援」という名称をつけています。これを行うのは、市町村が指定する「指定特定相談支援事業者」(以下、市町村相談事業者)です。
 市町村は、福祉の利用を申請した人の支給決定を行うに当たって、福祉の利用計画案を提出するように申請者に要求できることになっています。申請者は、市町村相談事業者に依頼して利用計画案を作ることが想定されています。厚労省の説明では、この計画案は自分で作ることもできる、とのことです。しかし、指定の書類に、指定の様式などで書き込むようにされれば、なかなか個人で作ることは困難になるでしょう。
 そもそも、申請者は、1日も早く支給決定を求めているのです。それなのにどうしてこのような負担を強いるのでしょうか。相談支援は、利用者にとっては無料で受けられたとしても、事務的にも精神的にも負担がかかるばかりか、手続きに時間がかかることにもなるのではないか、と思われます。
 また、市町村の職員と話し合いながら、実際の福祉の利用を決めていく、というあり方がなくされていくでしょう。直接その人の事情や希望を聞く人は、市町村相談事業者になるからです。申請者の実情を知っているのは、この事業者であり、支給決定を行うのは実情を知らない公務員という形になります。こういう構造を作れば、行政の福祉切捨てはやりやすくなるでしょう。そして、その公務員労働者のリストラも進められることになるのです。
 市町村相談事業者は、当然「障害支援区分」を参考にして利用計画案を作成するでしょう。そして、行政側から認められやすい支給量を考えると、そこに「障害支援区分」ごとに規定された「訪問系サービスに係る国庫負担基準」がある、ということになってしまいます。この国庫負担基準内に、ホームヘルプなどの支給量を当てはめようとすることになることが予想されます。どんなに重度の「障害者」にも、1日数時間の介助しか認められないような状況が進みかねないのです。

 ところで、申請者自身が利用計画案を作成できる根拠となる条文は、次のものだと厚労省は言います。
 「前項の規定によりサービス等利用計画案の提出を求められた障害者又は障害の保護者は、厚生労働省令で定める場合には、同項のサービス等利用計画案に代えて厚生労働省令で定めるサービス等利用計画案を提出することができる。」(22条5項)
 このような何を言っているのか、条文そのものから判断できないような法律を作ってはなりません。

 市町村相談事業者は、さらに市町村の支給決定が出た後に、正式な利用計画を作成します。そして、「継続サービス利用支援」も行います。これは、市町村の支給決定の有効期間内に、省令で定める期間ごとに、利用の状況をチェックして計画が適当かどうかを検証して、計画案を作り直すか、その「障害者」などに支給決定の変更を申請したほうが良いと言ったりすることのようです。これを行政の側にたって行われると、「障害者」への管理抑圧体制になりかねません。

 このほか、相談支援事業として、「地域相談支援事業」が創設され、都道府県の指定する相談支援事業者がこれを行うことになっています。この事業の中には「地域移行支援」という入所施設や入院している病院から退院する際に行われる相談支援事業、「地域定着支援」という単身その他で地域で暮らす「障害者」と常に連絡を取り、緊急時にも相談その他の対応をする事業があります。これらの事業は、市町村から支給決定を受けていなければ利用できません。
 緊急時に本当に必要なのは、相談だけでなく介助など具体的な援助のはずですが、これを保障する文言はありません。

 77条の2には、「基幹相談支援センター」の設置が新設されています。これは市町村が設置することのできるものですが、都道府県の指定を受けた相談支援事業所に委託することもできます。このセンターは、「障害者」などへの相談や情報提供を行う「中核的な役割を担う機関として」います。しかし、この条文は「地域生活支援事業」の中に位置づけられています。ということは、統合補助金という不安定な財源の中で運営されなければなりません。あるいは、この統合補助金が大幅に増やされなければ「地域生活支援事業」の中の他の事業予算を圧迫することになるでしょう。

 いずれにしても、「障害者」の実情を把握しているのは相談支援事業者で、枠組みを作り支給決定を行うのは行政という構造が作られていくような気がします。
福祉を切り捨て締め付けていくにはやりやすい構造ですが、「障害者」側からすると改善のための交渉などが行いにくい構造だと思います。

●管理体制の強化

 しかし「事業者が障害者の側に立ってくれれば、良い運用も可能ではないか」とのご意見もあるでしょう。ところが、そうはいかない仕組みを政府は作ろうとしていると思うのです。それが、ケアマネージメントなどが始まる前に施行される事業者などへの管理体制の強化です。「支援法」改定案の公布から1年6ヶ月以内に施行するということなので、2012年よりもこれが先に来るのです。

 現行の「支援法」には、介護保険法由来の利用者も事業者も締め付ける条文が作られています。9条~12条、48条などがそれです。たとえば12条は、利用者の収入や資産をチェックするために、銀行や雇用主、「その他の機関」、「その他の関係人」から報告を求めることができるというもので、チェック対象はいくらでも拡大解釈ができるようにしています。
 今度の改定案では、第48条を変えて、都道府県や市町村が調査のために立ち入りを行うことのできる対象を広げました。現行法では「サービス事業所に立ち入り」となっているのですが、「事務所その他当該指定障害福祉サービスの事業に関係のある場所に立ち入り」と、いくらでも立ち入りの範囲を拡大できる規定としています。場合によっては、利用者の家や従業員の家まで立ち入りができるという解釈さえできてしまうのではないでしょうか。

 今度の法案では新たに「業務管理体制の整備等」という項目を設け51条の2、3、4という条文を新設しています。51条の2の第1項は次のとおりです。
 「第五十一条の二 指定事業者等は、第四十二条第三項に規定する義務の履行が確保されるよう厚生労働省令で定める基準に従い、業務管理体制を整備しなければならない。」

 では42条の3項は何かというと次のとおりです。
 「3、指定事業者等は、障害者等の人格を尊重するとともに、この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し、障害者等のため忠実にその職務を遂行しなければならない。」

 この業務管理体制とは、事業所の代表だけでなく、業務に関する担当責任者を作らせようとしているのではないか、と思います。この体制を、1つの都道府県で活動する事業者は都道府県知事に、2つ以上の都道府県で活動する事業所は厚生労働大臣に提出することになります。
 そして、この業務管理体制について、都道府県だけでなく厚労省も、事業者に対するチェックができるようになっています。ここでも、書類の提出、関係者への質問、そして立ち入り調査ができます。この立ち入りの対象は、「当該指定事業者等の当該指定に係る事業所若しくは施設、事務所その他の指定障害福祉サービス等若しくは指定相談支援の提供に関係のある場所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる」としています。

 こうした管理体制の下で、事業者はますます多くの事務的負担を強いられるでしょう。そして、「障害者」の側というよりも、行政の側に顔を向けるようになる所が多くなるでしょう。
 これらの管理体制は、介護保険法をも超えるものだと思います。要介護区分が利用限度額に直結している介護保険制度と比べると、「支援法」改定案においても、支給量については、なお柔軟な運用が可能になっており、その分、相談支援事業者を初めとした事業者を縛らないといけない、という狙いがあるのかもしれません。
 「障害者」も福祉労働者もそして事業所も、このような管理の強化に反対すべきであると思います。その狙いが何か、とことん追求していきましょう。

 「障害者」の福祉を介護保険制度に近づけようとする厚労省の狙いはやはり続いています。わたしたちは、「支援法」体制を撤廃するためにも、介護保険制度をも撤廃させることが必要なのではないでしょうか。

★国の責任を後退させた「支援法」は

 「支援法」以前からある「障害者」関係の福祉法においては、法律を実行する責務や義務を負う主体として、まず挙げられるのは国でした。ところが「支援法」では、市町村や都道府県については、「責務」という言葉がありますが、国についてはありません。しかも国が行わなければならないのは、「助言、情報の提供その他の援助」だけです。憲法25条に完全に違反した法律です。
 こうした発想だからこそ、「国の無責任な姿勢がこの法律には現れていました。
統合補助金という不安定な予算しかつけない「地域生活支援事業」、常時介助の必要な「障害者」にも1日数時間程度の介助しか保障しない国庫負担基準、などがその例です。
 一番重い責任を負わされているのは市町村です。しかし、市町村は財政力などに格差があります。したがって「支援法」の下で、格差が広がるのは当然なのです。
 もっと矛盾したことには、「支援法」の中の市町村の権限は弱いのです。87条によれば、国は「障害福祉計画」に関する「基本指針」を作成します。市町村は88条によれば、この「基本指針に即して」市町村福祉計画を作成しなければなりません。88条の7項によれば、「市町村は、市町村障害福祉計画を定め、又は変更しようとするときは、あらかじめ、都道府県の意見を聴かなければならない。」と規定されているのです。
 「地方分権」などと政府・財界が騒ぎ立てているのはこうした茶番なのです。
そして、これで苦しむのは、「障害者」やその家族、福祉労働者、自治体労働者なのです。

●改定案に新設される2条4項について

 改定案では2条4項に次の文章が書き込まれています。
 「国及び地方公共団体は、障害者等が自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービス、相談支援及び地域生活支援事業の提供体制の確保に努めなければならない。」

 これは努力義務の規定であり、責務とはいえないものですが、一定の改善と受け取って良いのかどうかです。それにしては、腑に落ちないことがいくつかあります。
 国が確保に努める一つは、「障害福祉サービス」とされています。市町村や都道府県では、この部分は「自立支援給付」なのです。「自立支援給付」には、「障害福祉サービス」も入りますが、「自立支援医療」や補装具の給付も入ります。これでは国は、「自立支援医療」や補装具については、保障する努力をしなくてもいいことになってしまいます。
 また、市町村や都道府県は権利擁護も行うことと規定されていますが、国にはそうした責任がないことになってしまいます。
 そして何よりも、「地域生活支援事業」や国庫負担基準のあり方はそのままなのです。
 「支援法」の違憲性は、そのまま続いているのです。
 わたしが想像するには、国などの管理統制の権限を強める中で、せめてこの程度は書かないとバランスが取れないので書き込んだ、といったところではないでしょうか。

★労働能力による分断政策はそのまま

 「支援法」の目的を規定した第1条には次のような表現が出てきます。「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行」うとされています。この「能力及び適正」という言葉が他にも数箇所に記されています。
 この「能力及び適正に応じ」という記述は、他の「障害」関係の法律にはないものであり、「支援法」のイデオロギーを示しています。この具体的な現れは、通所施設の体系です。
 一般就労を目指しての「就労移行支援。雇用契約を結び、採算性が求められる「就労継続支援A」。福祉的就労とされる「就労継続支援B」。「障害程度区分3」以上の利用者を対象として、日中に介助や創作的活動などを行う「生活介護」。
 すなわち、「能力と適正」に応じて、分相応の所にいけ、ということなのです。
「支援法」本来の応益負担では、より介助の必要な人ほど利用料をとられるため、この「分相応の生活」さえ保障するものではありません。そして、「就労」と名のつく体系に通う人は労働能力の向上に向かっての訓練を強いられ続けるのです。
 「支援法」の発想の中には、いろいろな人が協力し合い助け合っていく共同性の発想は全くありません。こうした共同性が人間の生存権として絶対に必要であるという認識は感じられません。
 「支援法」改定案においてもこの点は全く変わりはありません。事業者を政府の目的に向かって管理統制する体制が強められた分、こうした能力主義は助長されるでしょう。
 地域の小規模作業所には、こうした「支援法」の体系に無理をしてでも入ることが強要されています。このことも含めて、別の現行でより詳しく書きたいと思います。

★無駄の多い「支援法」

 「支援法」の施行に伴い、福祉を提供する事業者は、事務量の増加に苦しんでいます。上述したように、「支援法」改定案が成立すれば、それはさらに悪化するでしょう。
 
●「障害程度区分」も審査会もケアマネージメントもいらない

 「障害程度区分」認定までの認定調査、コンピューター判定のためのシステム構築、市町村審査会の常設など膨大な手間と費用が「障害者」の介助とは無関係なところで支出され続けています。さらに「支援法」改定案では、前述したようなケアマネーメントを導入しようとしていますが、これも無駄です。
 これらも含め、管理統制を強めれば強めるほど、膨大な無駄遣いが発生するのです。

●「障害者基本法」と重複する制度の無駄

 障害者基本法では、国や都道府県に「障害者基本計画」の作成が義務付けられてきました。市町村については努力義務でした。
 「支援法」では、これとは別に「障害福祉計画」を都道府県と市町村に策定することを義務付けています。国については、数値目標などは入らない「基本指針」の策定なのですが。
 本来ならば、基本法の「障害者基本計画」を市町村にも義務付けていくようにしていくべきだったのに、どうしてこのような重複をつくりだすのでしょうか?

 「支援法」改定案では、「自立支援協議会」を89条の2を新設して法定化しました。しかしこれも障害者基本法の「地方障害者施策推進協議会」と重複するものになると思います。
 わたしたちが介助制度の充実を求めれば「福祉予算には限りがある」などという政府が自分たちのやることについてはこのような無駄を平気で行うことに、怒りを感じます。

 以上述べてきたことからしても、「支援法」もその改定案も撤廃・廃案あるのみです。
国会闘争にうって出ましょう!

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・第二次鈴木訴訟
・第二回口頭弁論までの報告
鈴木 敬治

 先月3月23日、第二次鈴木訴訟・第二回口頭弁論が東京地裁で開かれました。
これについて、簡単に報告したいと思います。

 まず、今年の2月、私の移動介護支給量を決める勘案事項調査が為されました。
 大田区側は、私の生活実態に昨年と特に変化がないこと等を口実に、昨年と同じ水準の支給決定を行いました。しかし、私はこれには納得していません。
 なぜなら、昨年の支給決定を私が受け入れたのは、移動介護要綱にある社会参加32時間上限問題について今後、解決に向け話し合う約束を大田区側がしたからです。また、私の移動介護支給量を元の124時間に戻すことについても、話し合いで解決しましょうと、互いに一致することができたからです。しかし、その後、大田区側のこのような姿勢は反転してしまいました。大田区は話し合いを勝手に打ち切りました。第二次裁判が起きたから話し合いを打ち切ると言ってきたのです。
 このような経緯があり、前回受け入れた支給決定についての前提がすっぽり抜け落ちている以上、私としては、到底大田区側の言い分と今回の支給決定を納得することはできません。
 ですから、私は、この新支給決定についても、3月23日に「訴えの追加の手続き」を行いました。

 先日の第二回口頭弁論では、大田区の視覚障害者Mさんが、32時間削減以来5年間、その必要な移動介護支給量を申請しても全て棄却されていることの事実認否と、その関係資料の提出を求めました。また、以前、私が大田区に提出した社会参加活動の詳しい資料を、裁判所側にも出すように求めました。
 しかし、これについて、大田区と東京都は、いずれも提出の必要がないとする姿勢でいます。人の生活実態を根掘り葉掘りしらべ尽しておきながら、不利な公文書を出さずに逃げようとしています。

 以上、簡単ではありますが、第二回口頭弁論について、また最近の報告も含め報告させていただきました。最後に、この裁判について私の想いを述べたいと思います。

 障害者があたり前な生活を行っていくためには、社会参加のための移動介護の保障は必要不可欠なものです。私はこれからも頑張って闘っていきたいと思います。皆さん応援よろしくお願いします。

 追記 昨年11月以来、全国の皆さんから頂いた御署名を4月22日に東京都に提出します。たくさんの御署名をどうもありがとうございました。

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「脳死」は人の死ではない!
「臓器移植法」改悪に反対する

怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク

●人の死を期待する医療は許されない!

 私たちは、障害者に大きな苦しみを与えてきた「障害者自立支援法」(以下「支援法」)の撤廃を求めるなどの活動をしてきました。
 「支援法」成立によって、更生医療や育成医療は解体され、「自立支援医療」の対象とされなかった心臓を始めとする臓器に障害を持つ人たちは大きな負担を強いられることになりました。臓器などに難病を持つ人たちが求める福祉については、政府も与党も答えようとしてきませんでした。
そんな与党のメンバーの中から「臓器移植法」の改定案であるA案が出されてきました。それは「小児の臓器移植」を看板に掲げています。ここに私たちは大きな疑問を感じます。
 A案は、現行「臓器移植法」の「脳死とは」についての規定から、それが臓器移植のためにあるという記述を削除しています。そして、家族の同意のみで臓器摘出ができるようにしようとするものです。
 ここに本当の狙いが示されています。「脳死」を一般的な人の死の基準とすることにより、「脳死」とされた人々の命を切り捨てることです。そして、その人たちを人体部品として使うこと、あるいは、人体実験の道具として使おうということでしょう。

●「脳死・臓器移植」を行っている国々は、いま「滑りやすい坂道」を滑り始めています

たとえば、アメリカでは、メディケイド(生活保護の医療扶助のような制度)は「遷延性意識障害」(いわゆる「植物状態」)と診断されれば打ち切られるようになっています。そうした状態を「死」の基準とする州さえも現れています。
 そして日本においても、A案を作成した一人である公明党の福島議員もこうした考えを表明しています。
 現行の「臓器移植法」もこの坂道に足を踏み入れたものであると思います。しかしA案はいっそうこれを推し進めるものでありますし、また、ほかの改定案も坂道のどこにいるかが違うだけのことだと考えます。
 現行の「臓器移植法」制定までの過程で、「脳死・臓器移植」推進者の議員たちが語ってきたのは、「脳死判定をする前提には、救命治療が尽くされたということがある」と語ってきました。ところが、近年の状況では、救命救急医療体制そのものが崩壊の危機にある状態ではありませんか。また、「臓器移植法」の下での「脳死判定」においても、救命が尽くされたとは言いがたい症例があります。
 また、現行の「臓器移植法」制定の過程では、「脳死」状態となったら数日で心停止になるかのような説明が行われてきました。しかしその後社会的にも知られるようになったのは、「脳死状態」と診断される人たちが病院や自宅で生活している実態です。アメリカでは、そうした状態と診断されてから20年にわたって生活していた人の実態が報告されていますし、日本でも現に8年以上生活されている方々がいます。そうした人々を「死んだ者」として扱うなどということは断じて許されません。
 すなわち、現行の「臓器移植法」自体の存立条件こそが問題になっているのです。そんな折に、A案などを提案してくる議員の良識こそわたしたちは問いたいと思います。

●わたしたちは、「脳死状態」を人の死とすることに反対します。まして、そうした人々から麻酔まで使って臓器を摘出することに反対します。

●私たちは、他人の死を期待する移植医療に反対します。

 こうした移植を肯定するならば、「脳死状態」とされた人にとどまらず、臓器の摘出源を求めて、更なる命の切り捨てが進められるでしょう。
 「臓器移植先進国」は、移植用の臓器不足に陥っています。臓器の病気に対して、移植に頼ろうとすれば、これは不可避なことです。そこで実際に、摘出対象の拡大が狙われたり、臓器売買が発生するのです。そして、レシピエントも選別されるのです。

●脳に傷害をおった人、臓器の病気を抱えた人に、適切な医療と福祉の保証を要求します。

こうした人々の生活を社会全体で支えることが重要です。そのための適切な医療や介助などの福祉が必要です。

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