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2009年7月 7日 (火)

急性薬物中毒の場合脳死判定は可能か?

守田です。今回送信する文章の要点は3項目です。
1、 現行の臓器移植法の審議の過程で、脳死判定に積極的で著名な医師が「脳死判定は確実にできる」と国会で参考人意見を述べたことが、脳死判定の対象外=除外例とすべき急性薬物中毒患者・中枢神経抑制剤投与例については嘘であったこと。
2、 各発言がなされた当時は周知の事実ではなかったことですが(学識経験者は知っていなければならないことですが)、急性薬物中毒の症状が予想以上に長く残ることについて、現代では広く重大な問題と認識されるようになったこと。
3、 脳死判定の対象から除外すべき急性薬物中毒患者が非常に多いと想定されるにもかかわらず、法的脳死判定においても除外されていない。検証会議はまったく検証していないことについての指摘です。
 まず、脳死判定の対象外(除外例)とすべき急性薬物中毒、中枢神経抑制剤投与例について、念のため説明しておきます。
 患者が薬物を自殺目的や誤って大量に飲む場合があります。また医療機関では患者を治療する目的で、様々な薬物を投与します。手術する時に麻酔をかけます。少量の麻酔薬で安全に手術を行うためにも、筋弛緩剤が同時に使われます。患者の治療に有害な体動や反射を抑えるためにも、筋弛緩剤が投与されます。脳を休ませる目的で薬物が投与されることがあります(バルビツール療法)。
 このように様々な薬剤が患者に投与されて、その薬物の影響で患者は昏睡状態や自発呼吸を消失した状態や瞳孔が開いた状態に陥ることがあります。脳死に類似した状態になって、薬物の影響でそうなっていることに気づかれなければ、誤って脳死と判定される恐れがあります。急性薬物中毒の状態、中枢神経抑制剤に影響された状態にある患者は、時間が経てば回復する可能性があるため脳死判定の対象から除外すべきことが昔から規定されています。
 これからやっと本題ですが、まず、過去の衆議院・厚生委員会議事録から武下浩、加来信雄、竹内一夫の発言を紹介します。
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第132回国会 衆議院 厚生委員会議事録第15号(1995年6月13日)参考人=社会保険小倉記念病院長・日本学術会議会員・武下浩p6 私は、竹内基準で脳死は間違い無く判定できるということを申し上げたいと思います。p7 竹内基準で十分に脳死の判定が可能で、間違うことはありません。示された前提条件、除外例を厳格に守り、確実に検査を行なえば、竹内基準による判定は科学的である。(中略)脳死状態になりますと、一般的対応では数日のうちに心停止、心臓が止まります。(中略)省令として予定されている判定法、竹内基準に準拠は、医学界からも十分に支持される内容と考えます。

第136回国会 衆議院 厚生委員会議事録第31号(1996年7月12日)に掲載された派遣委員の福岡県における意見聴取に関する記録 平成八年六月二十日(木) 
(50/68) 意見陳述者=久留米大学医学部教授・加来信雄
 脳死に対して正しく判定できるか否かについて今なお論議が続いていますが、高度の救急医療を行っている施設においては、脳死の判定は正しく行えますし、竹内基準を基本としたもので十分であります。そして、脳死判定後にそれを評価する組織委員会が機能することも必要であろうと思います。

第140回国会 衆議院 厚生委員会議事録第13号(1997年4月8日)参考人=杏林大学学長・竹内一夫p3
 脳死の判定基準の最初に「前提条件」あるいは「除外例」というものが厳重に設定されております。(中略)まだこういう治療方法をやればいいのじゃないかということが、余裕が残っている場合には当然脳死の判定はすべきではないというのが脳死判定の常識だと思っております。
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 上記のように武下、加来、竹内は「脳死判定はちゃんとできる」と国会議員に保証したのです。竹内らは、多数の論文で「各国で誤診とされた脳死患者は、中枢神経抑制剤の影響が残る状態で脳死判定を行なわれたケースがもっとも多い」と書きました。ところが、竹内らが知らない重大なことがあったのです。

有効血中濃度域が不明の薬物が多いこと
 竹内は「脳と神経」誌2002年7月号掲載の「脳死の判定」p557~p563において、「船橋市立医療センターの唐澤らによると脳死判定に影響を与える29種類の薬物のうち、有効血中濃度域がわかっているものは12種類しかないという」と書きました。薬物中毒状態かそうでないかは、血液を採取して血中の薬物濃度を検査しますが、そもそも、どれだけの薬物濃度だったら神経活動に影響があるのか判っていなければ薬物の濃度を測定しても意味がありません。竹内は「除外例というものが厳重に設定されております」と国会で参考意見を述べ臓器移植法の制定に大きな影響を及ぼしながら、本当は除外すべき薬物がどれだけあるかも知らなかったように思われます。

血中の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度が乖離していること
 次に書くことがさらに重要なことですが、薬物中毒になっているのかいないのかは、脳の血流が低下していると見込まれる患者の場合は、血液を分析してもあてにならないということです。それは、血中の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度が大きく異なるからです。
このことについて、日本医事新報は2001年に4042号p37~p42に守屋文夫氏(高知医科大学法医学)による「脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離」を掲載しました。守屋氏は、臨床的脳死状態で薬物を投与された患者が約72時間後に心停止し、解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍 の薬物が大脳から検出されたことを報告し、薬物が投与された患者の脳死判定は慎重に行うべきことと、「第三者機関による脳死判定の検証では、薬物分析のための血液と脳組織の採取が望ましい」と検証方法についても提唱しています。血液検査では、薬物中毒患者かそうではないのか判らないということです。この知見は、同時に読売新聞も報道した。「脳死判定に新たな難題」という見出しだったと思いますが、この段階で一般人にも周知の情報になりました。

 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が乖離していることの報告は、私が見た範囲では1994年以降で以下の文献にもあります。
 斎藤剛は日本法医学雑誌48巻補冊p93(1994年)に、ペントバルビタール投与期間28時間、投与中止後4日で死亡。バルビタール濃度は小脳皮質で血液の7.7倍だったと報告。
 實渕成美は、日本法医学雑誌51巻2号p181(1997年)に、脳死から7日後、脳中薬物濃度の血中濃度に対する比はジアゼパムで14.1倍だったと報告しています。
 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が、脳不全患者では乖離してくること。また、脳死判定のために患者の脳組織を採取する検査はできないため、「患者の治療目的の麻酔も含めて、脳死判定に影響する薬物を摂取ないし投与された患者は、その影響が無くなっていると判断できる情報がある場合以外は、脳死判定の対象外とする、除外例とする」としなければならないはずです。竹内らは脳死判定基準の権威と見なされており、何回も脳死判定基準について書いているのですから、臓器移植法の成立前からこうした警告を発すべき立場にあったと私は思います。
 ところが竹内は、さきほど紹介した「脳と神経」誌2002年7月号では、脳内薬物濃度が末梢血中の数十倍も高濃度な「脳死」患者がいることについて「脳死判定の目的で被験者の脳組織を採取するような検査は、まず実施不可能であろう」と述べるにとどまりました。

脳死判定の対象外とすべき患者を対象とした、やってはいけない脳死判定の横行
 竹内らが関与している厚労省検証会議は、昔ながらに「薬物投与終了後から長時間が経過したので脳死判定に影響なし」としています。一例をあげると、2004年に神戸市立中央市民病院で法的に脳死と判定された患者は、第31例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0318-1.html によると「6月29日に、フェニトイン(250mg)が一回投与されたが、臨床的脳死診断の開始まで約4日が経過しており、脳死判定への影響はないと考えられる」としています。
 7月2日の参考人質疑で、福島議員が柳田邦男参考人に「実際今回検証されて、これは問題ではないかとか、いかがだろうかというケースはあったんでしょうか」と質問したところ、柳田参考人は「結論を言いますと、ありませんでした」と応えました。そもそも脳死判定の対象外とすべき患者にまでも、脳死判定を遠慮なくやっていることに認識さえもないから、柳田はこのような回答をしたのでしょう。
 竹内ら厚労省の検証会議に関係している脳死判定医は、脳死判定の対象外とすべき薬物中毒の可能性のある可能性のある患者について、十分な知識を持っているはずです。ところが、検証会議では何の指摘もしない。だから柳田も問題を認識していないのでしょう(新聞も読まない人だとすればですが)。結果として、脳死判定の対象外(除外例)とすべき患者を対象とした脳死判定を横行させています。


脳死判定除外例も脳死判定し、人体実験まで行った医師の後悔
 昨年の市民会議の学習会で私が報告したことですが、熊本大学の木下順弘教授は、2007年11月2日、日本脳死・脳蘇生学会のワークショップでこう話しました。「残存薬物の問題ですが,急性薬物中毒は,判定の対象から除外すると,ごく簡単に竹内基準はなっていますが,日常臨床では,鎮静剤や抗痙攣薬,時には筋弛緩薬のような薬物を脳死判定以前に使っていることは多々あると思います。そして,それらの薬物に影響が一切ないのかと問われた時に,私は自信を失いました。特に守屋らの報告ですが,血液中の濃度と,薬物の脳内濃度は一緒なのかという問題を突きつけられた時,非常に頭を悩ませました。つまり,脳血流がそもそも非常に少ない段階では,薬物は血中から脳のほうへ移行していかないかもしれませんが,脳循環がいい時に,高濃度の薬物が脳の中にたくさん溜まって,その後脳循環が停止したら,その薬物はずっと脳の中に残存し続けているのではないかと言われた時に,そうでないと自信をもって誰が言えるでしょうか。ましてその活性代謝産物まで調べないといけないと言われた時に,この問題は頭を悩まし,できれば避けてとおりたいというぐらいの気持ちです」と。

 1980年代に木下教授は、大阪大学の特殊救急部時代に脳死前提の人体実験をしています。当時、特殊救急部では患者の治療中に鎮静剤や抗痙攣薬,筋弛緩薬を投与した場合、投与終了から24時間経過したら脳死判定を開始していました。この当時は、投与終了から1日たったら、薬の影響は抜けると思い込んでいた。ですから木下らは、本当な脳死ではないかもしれない患者を対象に、患者の治療目的で投与した麻酔剤などの影響が残っている状態で脳死と思い込んで脳死判定をしてしまった可能性がある、そして脳死患者の救命に反する心臓の筋肉の採取、ホルモン投与など人体実験を行ってしまった。加えて、脳死ではないかもしれない患者を検査して、「脳死になった患者の医学的生理的な状態はこうです」と論文を発表してしまっています。

 木下らは、脳不全患者の人権、生命を侵害したことに加えて、患者家族には脳死であると不正確な説明をした、それだけではなくて脳死患者の生理的状態・医学的情報について、脳死ではない可能性のある患者の情報も混在させて発表した、その論文が今も脳死患者の情報として引用されうる状態にある、という3重の罪を重ねています。(各施設の脳死前提の人体実験の概要はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/experiment.htm を参照)
 木下は「この問題は頭を悩まし,できれば避けてとおりたいというぐらいの気持ちです」と講演していますが、避けて通れる立場ではありません。脳死判定の対象外、除外例とすべき患者までも脳死判定をしてしまうことは、これほどまで長年にわたって当事者を悩ませることです。
 では法的脳死判定は、どのような効果を持つのでしょうか。患者から臓器を取り出すこと、生命維持を終了することにより、患者を死に至らしめるのです。いい加減な脳死判定を行うならば、木下教授が講演したように、家族・脳死判定医・さらにその臓器をもらった移植患者に永遠に傷を残すでしょう。法定脳死判定手続きにも不信を蓄積し続けます。


国会審議も見直しが必要
 脳死判定の除外例について、生存している患者の脳内薬物濃度を測定する技術は開発されておらず、開発できたとしても有効域がわからない薬物を投与した患者を「脳死」判定対象から除外することは、不可能です。存在しない前提条件、除外例を守ることはできないのに、竹内らは国会で参考人として「示された前提条件、除外例を厳格に守り、確実に検査を行なえば、竹内基準による判定は科学的である」と述べたのです。国会における論議を白紙に戻さなければならないと思います。

以上

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