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2009年8月 7日 (金)

8・6ヒロシマに行ってきました

090806

8・6広島に行ってきました。≪8.6ヒロシマ平和の夕べ≫という集まりでした。300席の会場が埋まり、空席もありますが後ろに立ってみていた人も多かったので、ほぼ300人近くの集まりでした。

元国立市長の上原公子さんが司会をつとめ、メインは元被爆者青年同盟の河野美代子さんです。元破壊活動防止法被告だった青木忠さん、爆心地から700メートルで被爆した米澤てつ志さん、原発いらん山口ネットワークの三浦翠さん、京大原子炉実験所の元講師の小林圭二さんからも発言がありました。

河野さんは、戦後の言論統制の中で被爆者が声を出し続けた闘いが今日に続いているといわれ、被爆者青年同盟として自分の親に被爆の実態を聞くこと、親になぜヒロシマに原爆が投下されたのか加害の歴史を語ることを使命とされたそうです。

河野さんは田母神元航空幕僚長が「慰霊祭のヒロシマに行って核武装の必要性を言う」と発言してヒロシマに乗り込んで講演会をしていることをとくに強く批判しました。改憲・核武装を主張している「日本会議」の主催による挑戦的な集会です。彼らの中で大きな勢力である統一教会(原理研)は、PTAの中にも入り込み役職を占めることで、平和教育、人権教育、性教育を「偏向」だと槍玉に挙げることで文科省のお先棒を担いでいるそうです。

慰霊式典の子どもたちの誓いの言葉に感動したといわれ、慰霊碑に刻まれている峠三吉の墓標という詩を読み上げて話を終わりました。

青木さんは故郷の因島空襲のことも知らずに反戦を言っていたことを空疎だったと言われ、公の記録ではほとんど死者が出なかったといわれていることの実態を調べたそうです。当時、1万人の働く日立造船の工場があり、そこを狙った空襲で大きな被害が出たそうです。

米澤さんのお話を聞くのは3回目だったのですが今回は「反戦老人クラブ」を作ろうとしているといわれていました。笑い声が出たのですが、僕も後12年もしたら老人の域に入ります。笑い事ではありません。

三浦さんは1982年に原発が計画されて以来反原発で闘っておられるそうです。祝島は絶対にあきらめないと結ばれました。

小林さんは原子力の平和利用など無いと語られました。

すべてのまとめは僕の印象によるものなのでご本人の中心として言いたかったこととは違うかもしれません。とくに河野さんの言いたかったことは違うと思うのですが、田母神と日本会議、統一教会というフレーズが強く印象に残りました。慰霊の日、多くの人の命日に来て泥を投げつけるようなやり方の無神経さの中に彼らの持つ人間性に対する攻撃性が良く現れています。

話の脈略ではないのですが、河野さんの映されたスライドの中に、慰霊碑を拝むチェ・ゲバラのものがあり、ゲバラファンの僕としてはいたく感動しました。感動といえば、日大全共闘の秋田明大さんが会場に来ておられるという紹介があり、立ち上がり挨拶されたのですが、ちょうど会場の反対側で遠すぎて顔が分からなかったのが残念でした。また知花昌一さんも紹介されました。

アメリカに従順なことで延命している自公政権も終わります。労働組合の「連合」が支持しているからといって民主党が労働者の代表な訳ではありません。民主党もアメリカ従属をすることで「政権交代可能な」ブルジョワ政党としての正体をさらそうとすることでしょう。僕たちは民主党の裏切りを許さず、来年の改憲のための国民投票法施行のなかで民主党に9条改憲をさせないための大衆闘争を地道につくっていくことが対抗策です。民主党をして裏切りたくても裏切れない労働者や被差別民衆の自己解放的な闘いをつくっていくことです。

9月20日には≪今こそ「障害者自立支援法」の撤廃を求める集い≫があり、27日には三里塚空港(成田空港)、関西新空港の軍事利用を許さぬ関西集会があり、10・11には三里塚現地闘争があります。これら一つ一つの闘いを地道に組織化していくことが、憲法9条改悪を許さぬ闘いだと思います。

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