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2009年8月24日 (月)

怒りネット通信 第40号

怒りネット通信
2009年9月4日発行 第40号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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もくじ
・小規模作業所の能力主義的再編について
・小規模作業所と新体系移行問題

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●「障害者自立支援法」撤廃へ、秋の闘いにたちあがろう!
●臓器移植法改悪に抗議します!
 命の選別に反対しよう!

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小規模作業所の能力主義的再編について
「心身障害者(児)訓練事業」の「障害者自立支援法」による再編 
古賀 典夫

 わたしは以下の原稿で、「障害者自立支援法」(以下「支援法」)のもとで進められる小規模作業所の再編の問題を書きたいと思います。しかし、わたしの知識は東京都の状況にほとんど限定されています。
 東京都には、「心身障害者(児)訓練事業」という制度があります。わたしの以下の原稿の中では、この制度の中で補助金を受けている「障害者」関係の集まりを総称して小規模作業所という表現を行います。「児童」を対象としたものや通所訓練などは、作業を行う場というイメージとは異なるものがあり、こういう総称が的確かどうか、という問題はあるのですが。
 各自治体の独自の制度として小規模作業所は作られてきました。そこでぜひ、各地の皆さんがその地域での小規模作業所の状況を教えていただけると、非常にありがたいと思います。また、この原稿は、衆議院解散によって「支援法」改定案が廃案になる前に書いています。

 国は、2012年3月に向かって、「障害者自立支援法」(以下、「支援法」)以前に作られた制度の再編を完了し、「支援法」の体系に組み込もうとしている。この3月31日に国会に提出された「支援法」の改定案でも、この点は全く変わっていない。
 しかし、旧法内施設(「身体障害者」の授産・更生、療護、「知的障害者」の授産・更生など)でも昨年4月段階で新体系に移ったものは28.2%台であり、新体系に移ることの困難さを示している。旧法内施設の移行の困難さについては、改めて調べてみる必要もあるかと思うが、この再編の中でもっとも質的変化を受けるのは、地域の小規模作業所であると思う。
 小規模作業所の新体系への移行は、全国的には昨年4月段階で54.3%になっている、と厚生労働省は発表している。その内59%ほどが「地域活動支援センター」(以下、「地活」)である。「地活」の場合、「地域生活支援事業」の中の制度であるために、予算的な裏づけが不安定である、ということはあるが、これまでの運営の仕方を変えずに移行できるということがある。もちろん、この財政的な不安定さと言っても、本質的には国から入ってくる予算の不安定さに過ぎない。小規模作業所は、法外施設であったために、都道府県と市町村が予算を出し合って運営してきたのであるから、そうした自治体がその気になれば、「地活」への移行でも対応できるはずなのだ。
 ところが、東京都の自治体では、小規模作業所の「地活」への移行を認めようとしていない。個別給付事業への移行を進めている。神奈川県では、いったん「地活」への移行を認めたが、さらに個別給付への移行を求めてきている。
 こうした大都市圏の自治体は、他の地域に比べ、多くの小規模作業所があり、これらの財政支出を減らそうという目的で、個別給付への移行を進めていることは明らかだ。何しろ、国から50%の財政的負担が得られるからだ。
 小規模作業所が個別給付の体系に移行しにくい理由には、日払い制度になることに伴う運営の不安定さ、利用料の徴収(かなり減額されてきてはいるが)、事務量の増加、必要な定員の確保の問題、などがあることはもちろんである。
 定員の問題については、今年度に入って、国は20人以下の報酬単価を設定してきている。しかし、これでさえも日払い制度のために、運営が成り立たない作業所は出てくる。
 しかし、こうした財政や事務だけではなく、小規模作業所の質そのものが変わってしまう側面があるのだ。それが以下で問題にしたい能力主義的再編ということだ。

●小規模作業所をどの体系に移行させようとしているのか

 旧法内施設についても、能力主義的な位置づけはあったのだろうと思う。授産と更生があるということはそういうことだと思う。しかし、実態として、それほど能力主義で分けて入れていたとも思えない。

 「支援法」の場合、就労移行支援は、就労し定着させたかどうかで報酬単価が変わってくる。成果を挙げればそれだけ報酬が増えるがそうでなければ、報酬は減らされることになる。したがって、事業所としては、就労できる可能性のある「障害者」を利用者として確保したいという行動を作り出すことになるだろう。
 就労継続支援Aは、利用者と雇用契約を結び、労働法の適用も受ける。基本は、最低賃金を出すことだし、採算性が求められる。その上で最低賃金の適用除外をやりやすくしているようだが。いずれにしても、こうした条件に当てはまる利用者を集めることになる。
 就労継続支援Bは、Aのような雇用契約でなく、「福祉就労」の形だが、工賃は3000円以上とされている(政令・省令レベル)。したがって、個別給付の中では、小規模作業所が比較的に移りやすい制度でもある。しかし、就労支援と比べて、報酬単価が安いことが指摘されている。また、「工賃倍増5ヵ年計画」を立てることが求められている。こうしたあり方が、日常生活に全介助を必要とする「障害者」などにとってどういうものとなるかは、検討しなければならない。
 もともとは、「工賃倍増5ヵ年計画」による目標工賃を、最低賃金の3分の1などという非現実的な数字が挙げられていた。月に3万5千円から4万円強の工賃ということだ。
 実際上の運用においては、現時点においては、この5ヵ年計画の実施状況を厳しくチェックすることは行われていないようである。これは、とりあえず小規模作業所を新体系に移すことが行政の目標となっているからであろう。5ヵ年計画の終了時などにどのような政策が取られるかは、警戒を要すると思う。

 生活介護は、「障害程度区分」が3以上(50歳を超えている利用者は2以上)の利用者を対象としている。介護、リハビリ、創作活動などの通所施設と位置づけられている。
 ある生活介護施設を見学したが、「身体障害者」と「知的障害者」に分け、「身体障害者」の所では決まった時間に排泄させ、桃太郎の絵本を大人の「障害者」に読み聞かせるなど、かなり違和感を感じた。

 これらの体系の内、就労継続支援B形と生活介護は、「特定障害福祉サービス」と規定され、これを行う事業者の数を制限しようとしている。すなわち、都道府県が作る「障害福祉計画」において、これらの事業の必要量を決めて、その必要量を超える可能性などがある時には、新たな事業者の指定を認めないとしているのだ。
 ところが、就労移行支援や就労継続支援A形には、このような規定はない。このことから明らかなのは、労働につくことはいくらでも推奨するが、そうでない福祉は制限するということだ。ここに「支援法」のイデオロギーが現れている。

 以上の体系のどこかに、東京都の自治体などでは、小規模作業所が移ることを求めている。したがって、「障害者」の労働能力を中心に、ふるい分けが行われることになる。
 上記の体系を複数選択することも可能なのだが、ことなる体系の事業を実施する場合には、その間に仕切りを設けなければならなくしている。
 小規模作業所は、もともと地域で生活する「障害者」の集まる場として作られてきた。集まる「障害者」の状況とそれを運営しようとする人たちの考え方によって、働く場、集まる場、地域の拠点、「障害児」が放課後に集まる場、などさまざまな共同性を持つ場として作られてきた。その中には、さまざまな「障害者」がいる。介助の必要性もさまざまである。
 こうした小規模作業所を、上記の「支援法」の体系に当てはめようとすると、通い続けてきた人たちを分断したりきりすてることになりかねない。
 ある自治体では、「精神障害者」関係の作業の新体系への移行に伴って、通ってきた利用者を「適性」にしたがって作業所間で再配置したという。利用者にとってはこれは共同性が壊される思いが起こることも当然あり、かなり困難なことだと思う。

●「地域デイ」=放課後に子供が集まる場から始まった施設は

 放課後に「障害児」が集まる場、あるいは、学齢前の「障害児」が集まる場として始まった共同の場もある。東京都の制度では、通所訓練事業の中の「地域デイ」という制度を利用している所が多いように思われる。
 この「地域デイ」の場合、子供が大人になって通うことも可能だ。子供の集まる場として始まった所も、利用者が成長し、他の作業所や施設、職場に通うことになったとしてもその利用者が自分の居所として、「地域デイ」などもともと通っていた所に集まることは当然であろう。社会のいたる所に差別があり、「特別支援学校」の教師も3年を超えると次々と移動させられる現在の状況の下では、こうした「地域デイ」のような共同の場は、ますます重要性を増しているとも言えるだろう。
 「支援法」の体系としては、「児童デイサービス」という体系があり、第5条7項に次のように規定されている。
 「この法律において「児童デイサービス」とは、障害児につき、児童福祉法第四十三条の三に規定する肢体不自由児施設その他の厚生労働省令で定める施設に通わせ、日常生活における基本的な動作の指導、集団生活への適応訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう。」
 「地域デイ」などがここに移行することには、日払い方式、定数、事務量の増加、利用料などのほかに、次のような問題が起こる。
 みんなで集まり、楽しむ場として位置づけて運営してきた所にとっては、訓練の場になることについて、正しい抵抗感を持っている。
 また、「児童デイサービス」の対象には、大人になった「障害者」は入らない。
 そのために、「支援法」の体系に移ろうとすれば「児童デイサービス」にプラスして、上述した「支援法」の体系を大人の利用者のために選択しなければならない。

 「支援法」の改定案によれば、「児童デイサービス」は、児童福祉法に移される。
 「支援法」の体系であれば、複数の事業体系を選択した場合、「多機能型事業所」として、いくつかの事業の利用者の合計で20人を越える定員に達すれば良いことになっていた。しかし、法体系が分かれるとなると、こうした形にはならないのではないだろうか。また、担当する役所の課も法体系で分かれているはずなので、その点でも事務的手間はいっそう多くなるのではないだろうか。

●「支援法」の持つイデオロギーについて

 「支援法」の目的を規定した第1条には次のような表現が出てくる。
 「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行」うとされているのである。この「能力及び適性」という言葉が他にも数箇所出てきており、「支援法」の重要なキーワードなのだろう。この「能力及び適性に応じ」という記述は、他の「障害者」関係の法律にはないものである。
 その「能力及び適性」の考え方の基に作られたのがすでに述べてきた個別給付の通所の体系だ。能力別に分相応のところで生活しろ、ということなのだ。
 いや、その生活さえ保障するものではけっしてなかった。応益負担のもたらす、介助の必要な「障害者」ほど重い負担を強いられる政策を考えると、生活が破壊されることも構わないというのが、「支援法」の体系だ。利用料が引き下げられ、「支援法」の改定案では、応能負担の表現が記されているが、これは闘いが追い込んだということである。再び政府側は元の意図を貫こうとするだろう。
 この場合の能力とは、労働能力のことだ。
 厚労省は、05年の国会で「支援法」をめぐる論議が行われている過程から今にいたるまで、「障害者」の所得保障として語るのは具体的なものとしては就労のみを挙げてきた。昨年12月に出された社会保障審議会の障害者部会の報告書(以下、報告書)では、「障害者の自立を支援する観点から、今後とも就労支援の充実と活性化を図っていく必要がある」と記され、「訓練等給付」を設けた趣旨として「集中的な訓練等により、地域生活や一般就労への移行を進めることとしている」とも記されている。
 「支援法」自体の記載においても、就労継続支援のように、期限を決めずに長期にわたって通う場合にも、「生産活動その他の活動の機会の提供を通じて、その知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する」としている。そして、就労継続支援B形は、A形を目指すべきことを報告書では記載されている。
 すなわち、就労至上主義なのだ。そして、就労が進まないのは「障害者」やその関係者に原因があるとしている。
 報告書の元となった厚労省の原案では、次のように記載されている。「一般就労への移行を促進していくためには、広く障害者本人や関係する者の意識を醸成していくことも重要である。働く意欲のある障害者を支援していくと同時に、障害者が潜在的に持っている働く意欲を引き出し、育てていくことも重要である」
 労働現場の問題を語ることなく、これだけを述べているのであるから、「障害者」側にやる気がないからだめなのだ、と言っているようなものではないか!
 そして報告書では、児童デイサービスについても、いよいよ訓練主義をむき出しにしている。「現在の経過的な児童デイサービスや日中一時支援事業について、放課後や夏休み等における居場所の確保が求められていること等を踏まえ、単なる居場所としてだけではなく、子どもの発達に必要な訓練や指導など療育的な事業を実施するものは、放課後型のデイサービスとして新たな枠組みで事業を実施することとすべきである」

 訓練に縛られてきた「障害者」の苦しみ。就労を目指しながら挫折させられたものの痛み。労働現場で無理をして「障害」や病気を悪化させた人の苦しみ。そうしたことは全く省みられていない。
 「支援法」のイデオロギーをまとめれば次のように言える。「働いて生活しろ。福祉は買え。それが自己責任だ」。つまり、新自由主義の発想そのものだ。これでは「障害者」は生きていけない。「支援法」と「障害者」は相容れないのだ。
 わたしたちは、生存権も幸福追求権も絶対に守る。地域で生きることは、人間の文化的な最低限度の生活だ。地域での生活のためには、家族以外の共同性を感じられる場が絶対に必要だ。こうした観点から改めて小規模作業所の存在意義を強調したい。
 また、こうした「障害者」や高齢者などの生存権を支える福祉労働者の生活は、当然にも国を初めとした公的機関が保障しなければならない。

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小規模作業所と新体系移行問題   
村岡 勉

■現在、私が働いている作業所のはじまり

 1988年春、東京のA市において市内在住の障害者2名が、「喫茶コーナーをつくる会」という運動を始めました。
 当時A市内にいくつかの作業所はありましたが、年齢や性別、障害に関係なく通所できるところはありませんでした。特に成人になって障害を負った人たち、年齢を重ねた障害者たちには、日中出て行く所、社会的な関係を結べる場がなく、厳しい状況だったようです。
 そういう中で「障害者が集える場」また、「障害者、健常者関係なく広く一般市民が交流できる場」をつくろうということになったようです。そして、A市中央公民館に障害者が中心となって運営する「喫茶店」をつくる運動が始まりました。
 当時は、障害者が公共の施設で喫茶店を運営することが、ある種ブームになっていました。発起人の2名は、知人、親の会(知的、身体両団体)、市民有志に働きかけ、中央公民館のロビーの一角で、来館する市民に無料のコーヒーを配ることを始めました。すると趣旨に賛同して一緒に活動したいという障害当事者、市民、親たちなど様々な立場の人たちが集まってきました。その後約2年その活動を続けました。
 次第にその活動が認められつつあるなか、市会議員回りを行い、議会陳情にこぎつけました。そして、1991年に心身障害者訓練事業所として補助金を受けることになりました。

◎小規模作業所としてめざしてきたもの

 発起人はじめその周辺の人たちが望んでいたのは、誰もが、自由な形で集える「居場所」であり、その理念に近いものが、心身障害者訓練事業所でした。そんな経緯から、「喫茶運営は手段であり、目的ではない」という理念のもと、ここでの活動や作業、人間関係を通じて、それぞれが人間としての自立や自己実現を目指していました。
 そして、バブル経済の影響あり、ここにずっと留まるのではなく、一般就労について自活するのがベストといった空気があった時期もありましたが、それも今は昔。大きくは、ひとりの人間として、その個性、人生に沿って必要なことを支援するということでやってきたようです。

■生い立ちの違い

 私たち作業所の成り立ちを見てもわかるように、小規模作業所は、地域の状況、そこに住む障害者、家族の思い、その地域性や必要性から生まれています。
 文字通り10箇所あれば、10通りの特色があると思います。
 だからその中から、自分にあったところを選択してきたと思います。
 しかし、これからは、4つか5つのパターンしかなくなり、多様な障害や暮らしの状況に対応できなくなくなります。

■新体系移行は、差別の加担をすること
 
 自立支援法施行後にわかに、行政も、現場職員も、「これからはわが作業所という狭い考えでなく、広く地域でネットワークをつくって、地域で支援していくべき」なんて真顔でいって、あたかもこれまでのことをしっかり総括して、当事者のことを考えた結果行き着いた結論のごとくいっています。が要するに自立支援法を何とか実施しなければならないという体制、行政側がつじつま合わせにつくった考え方です。
 そして、支援法の矛盾を十分知っていながら、体制になびく現場の職員たち・・・。
 どう考えても、障害者を就労、能力によって差別選別し、地域でネットワークをくみ、いくつかのパターンに囲い込んで管理しやすくするためのものでしかないのではないかと感じています。
 現在あるそれぞれの小規模作業所の生い立ちを無視して、むりやりに新体系に移行させ地域に根ざした小規模作業所を破壊し、利用者のゆるやかで自由な地域とのつながり、社会参加を阻む新体系への移行強制は、障害者差別の再生産と強化につながると思います。

■頼もしい?市の自立支援担当者

 新体系移行について市と初めて話をした時、市は「生活介護事業」を勧めてきました。その席でこれまでの型を存続したいと伝えました。すると、A市としてはこのままのカタチを存続させてもいいが東京都が切ってきます。そうなると存続は無理です。
 また、新体系に移った場合に東京都独自の特別加算があるが、それは暫定的なものではないかとの質問に市の自立支援法担当者は「そんなことになったら都に抗議します」と実に頼もしいことを言ってくれました。「おぉ~この係長は東京都にも強気で何でも言ってくれるんだ」と思っていました。
 しかし、その後この頼もしい係長の本当の姿勢を思い知らされるときがきました。ある時、東京都から市を通じて自立支援法についてのアンケートが来ました。新体系移行についての調査だったのですが、その最後に現在抱えている問題、不安などを記入する欄がありました。
 そこで、当時私たちの作業所で一番に不安の声があった、利用料について軽く書き込みました。内容は「新体系に移った場合、利用料発生を不安に思っている利用者家族の方がいます。実際に利用料発生を危惧して退所した人もいます。」といった趣旨のことを記入し、市に提出したところすぐさま、前述の係長からお叱りの電話がありました。「利用料云々とあるが、利用料にこだわっていたら皆さんの所にプラスになりませんよ。それに、本当にこの人は利用料が原因で作業所をやめたのですか?ほかに理由があるのではないのか。こんなこと書かれたら、都から指摘されて困る。」といった趣旨のことをかなり高圧的に言われました。
「おや?係長さん東京都には強気じゃなかったの?っていうか疑問や不安をつぶそうなんて・・・・まさかまさか恫喝しているんじゃないですよね?」
 ちなみに、個別給付に移った場合の東京都の加算が、期限付きだとわかった後、係長にそのことについて意見を求めましたが、聞こえないふりでした。もちろん東京都に抗議したという形跡は全くありません。

■その後の市との話し合い

 2回目の話し合いでは、地域活動支援センターへの移行を希望しましたが、他の区市町村と同様に地域活動支援センターへの移行は、かたくなに拒んでいます。その理由も最初は、精神関係の施設との話し合いの経過、約束から?精神関係以外の施設を地域活動支援センターに移すことはできないというもの。
 しかし、結局は、財政的な理由により地域活動支援センターは認めないというものでした。精神関係の施設との取り決めじゃなかったのか?
 そして、何がなんでも自立支援法に基づく個別給付事業に移ることを勧めて来ました。皆さんのこれまでの実績で可能なのではないのかという提案。(この時点で市担当者は正確な実態を把握しておらず。)
 3度目の話し合いでは、利用者、職員、保護者、理事、オブザーバーなど20数名で話し合いに臨みました。その話し合いにおいても市は、生活介護とB型の多機能型を勧めてきました。
 究極は、とにかく新体系に移りなさい。時間はあまりない。新体系移行に際してでてくる問題は自己責任で乗り切ってください。市は特別な手助けはしない。移行にむけての努力が足りない。よその作業所は努力している。というものどこまでいっても私たち作業所の実態、利用者の状況は無視して新体系移行ありきの姿勢を鮮明に打ち出していました。

◎わたしたちの作業所のチャームポイント

 新体系移行問題の取り組みの中では、利用者、保護者、職員が、一体となって、この問題について悩み、考えていきました。非常に難しい課題を突きつけられている一方で、そのことが、逆にこれまで以上に、お互いの連帯感、信頼感を生みました。
 作業所始まって以来、初めて一人一人が、「自分自身と作業所について」また、「作業所のありよう」といったことについて掘り下げて考え、話し合うことができました。
 新体系移行の検討過程において、他団体、個人との交流、情報交換を行うことができ、他施設とわたしたちの作業所を比較、検討する良い機会ともなりました。そして、これまで見えていなかったわたしたちの作業所の良さを発見することができました。同時に法体系と他の作業所とも照らし合わせつつ、地域にある小規模作業所としてのこの集まりのあり方、役割は何なのか自己点検することもできました。
 その中で見えて来た、この間培ってきた良さを、新体系移行後にどう繋げていけばよいのか、どう残していくのか。残すことができるのか。法律的な問題、運営のみに気をとらわれのではなく、利用者一人一人に思いを馳せながら新体系移行について検討してみました。するとどう考えても、うちの作業所の利用者にとって、メリットはひとつもないことがわかりました。逆に私たち作業所のチャームポイントが浮き彫りになりました。
 人は皆意味があって生まれて来ているのだということ。みんな必ず互いに支えられているし、互いを支えてもいる。その人その人には、いつも無限の可能性があり、存在そのものに意味がある。それはそのまま、わたしたちの活動の中で日々証明されています。

* 様々な障害を持つ利用者が、障害の程度に関係なく、それぞれに存在意義があり、認め合えることができる場です。
* 三障害すべての人がいます。その障害の程度も様々です。しかし、それぞれもれなく互いに支える存在であり、支えられる存在側にあるということです。誰ひとりとして一方通行ではありません

* 私たちの作業所は、どんな状況の人も受け入れながら活動しています。働ける障害者は、就労へ、そうでない障害者は、認めないといった、能力別、障害別、ニーズ別に分けて管理するある国の政策、今の社会の空気の中にあって、わたしたちの作業所は、すべての障害の種類、程度、社会的立場の人が、うまく共存し、しかも、互いに支えあいつつ、その中で確実に成長しつつあります。そして、皆が必要とされ、生き生きとしています。

 行き場所、居場所のない人、仕事をしていたけれど辞めた人、辞めさせられた人、軽いノリで通所したい人、一度気持ちをリセットしたい人などなど基本的にはどんな状況の方でも受け入れて来ました。そして、出入りも自由です。

■例えば私たちが新体系(生活介護事業)に移行すると

 新体系に移行してしまうといろいろな種類の障害者が、互いに支えあい刺激し合う関係性がなくなってしまいます。

 能力別に分けられることで障害の重い人は、年齢、性別を考慮、尊重した支援を受けられない恐れがあります。実際、障害者のデイサービス、生活介護事業などでは、子ども扱いされている現実があります。わたしたちの所の重度障害当事者や親たちはそのことを一番不安に感じています。

 子ども扱いする、されるという中で、人としての自立や自己実現、幸福追求という考え方や権利を剥奪されかねません。

 重度の人にとっては、新体系に移行したら、先行きの希望がありません。そこでは、一人の人間同士のかかわりはなく、ただ、食べて、出して、という物理的介護をうけて保護されている、生かされているという場でしかありません。
 最悪、一生そこでの関係で終わってしまうことが考えられます。

 わたしたちの作業所では、障害の程度や種類で束ねることなく、一人一人のニーズに沿って支援していますが、それができなくなります。

 わたしたちの作業所では様々な立場の人間、障害種別、程度の人間が助け合い、関わりあうことによって、すべての人の生活体験や感性を豊にしています。しかし、障害別、能力別に分けられると非常に狭い世界に閉じ込められ、社会参加が望めません。

 小規模作業所は、規模も小さく小回りがききます。その分利用者の一人一人のニーズに答えられます。しかし、新体系に移行するとそれは崩れます。

 地域にさまざまな特徴を持った作業所があることによって、利用する側は、障害の種類によって選んだり、作業内容で選んだりします。一般就労が無理な人は福祉的就労を実施している所を、福祉的就労も無理な人は、訓練学習中心の所をと、自分の障害状況や暮らしのペースに沿って選ぶことができます。しかし、国が用意しているメニューは、4~5程のパターンしかありません。どこにも出られない、それこそ社会参加ができない多くの人が出て来ます。

 実際にみんなで市内の生活介護事業を行っているところを見学しました。そこの活動内容、理念に共感する人は一人もいませんでした。
 はっきりいって、成人が日常的に通うところではないように思われました。法律的には問題ないのでしょうが、狭いスペースに押し込められ、子ども扱いされ、トイレの時間も決められているのです。
 そのため、ますます新体系移行には抵抗が・・・すくなくとも生活介護事業には移行したくないとの思いを深くしました。

■私たち小規模作業所は移行問題

 A市のことしかわかりませんが、ほとんどの市内の施設関係者は、「自立支援法は良くないが、施設運営の根拠になるのはこの法律しかない」と考えているようです。
 市に対して、新体系移行にNOと言ったのはわたしたちの所だけのようですが、それも何とか抵抗と妥協のぎりぎりの線上にいるという状況です。市の頑なな態度の前に、職員も保護者も、一部諦めかけているという状態です。一方、最後の最後まで抵抗しようと考えている職員、保護者、利用者も、周囲の施設関係者や市を説得できるだけの強さや理論を持ち合わせていないというのが現状です。
 しかしながら、新体系移行に無理があるのははっきりしている以上、抵抗を続けるしかありません。

■福祉労働者は、もっと立ち上がるべきです。

 私たち小規模作業所に関わる人間は、国や自治体の言いなりになっていて本当によいのでしょうか?私のまわりにおいては、自立運動などで障害者と共に戦ってきた介助者は別として、一般的な福祉労働者が、国や行政の施策に対して、抵抗抗議するということはきいたことがありません(私もその一人ですが)。やはり日本の社会福祉は、思想的にもその成り立ちにおいても、下からの相互的な慈善、恩恵ではなく、上から賜る慈善、恩恵としての福祉と空気が根強いと感じています。
 80年前後、盛んに「権利としての社会福祉」ということが言われていました。その背景には、命がけの障害当事者の運動があったと思います。残念ながら、あれから20年足らずで、介護保険、支援費制度そして自立支援法と大多数の福祉労働者は、体制に流されてきました。それを打ち壊すどころか、新しい法律が出来るたびに、いかにそれを早く、より深く理解し、実務に移すかということばかり考えていたように思います。かく言う私自身、怒りネットの人たちとの出会いがなければ、国や行政の方針に何の疑問も持たずに唯々諾々としたがっていたのです。

 まったく役人のいうことは理解できない、これは当事者のためになっていないと感じつつ、言いつつも、それらを問題として体制に提示したり、戦ってこなかったと思います。
 皆さん、自立支援法を語る時、枕詞のように、アリバイ作りのようにこれはおかしな法律だ、福祉を削るなら、国の無駄使いを何とかしろと言います。
 でも施設運営を何とかしなければならない。つまり、職員の生活、労働者としての賃金を何とかしなければならないということ。

◎積極的加担

 さらには、施設運営存続のために、それが、利用者に不利益を被るものだとしても施設運営存続のために何とか法律に乗ろうとする。
 行政と歩調を合わせて、あたかも自治体の職員かと見間違うくらいに行政と歩調を合わせて、法律の実施に協力する。挙句の果てに行政はそんな理不尽なことはしない、悪いようにはしないとのたまっている。
 さらには、手なずけられてしまって、何も言えなくなってしまう。
 どの次元の人も、みんな法律がわるいのはわかっている、当事者にもよくないといいつつも、結果は、なにもやっていない、声をあげない。これは、体制からみれば賛成していることと同じなのではないのでしょうか。
 自立支援法に一部見直しがされた時も、そこまで追い詰めた運動やそのために必死に闘った人たちのことに思いをはせられず、やっぱり、国もこれではまずいといろいろ考えてくれていると、やっぱりわるいようにはしないと、あたかも国が自発的に見直したかのように考えている人。
 もっとショックなのは、そういった運動のやり方自体を批判する人がいることです。

■黙っていることは主体的に足を踏む側にたっているということ

 障害者当事者の人たちは、一部体制に擦り寄っている方々は別として、一貫してこの自立支援法には反対しています。
 この自立支援法は、障害者やその家族の命や暮らしを脅かしているということ。実際に多くの死者もでています。生き死にと直結していると思います。
 その悪法が悪法たるを証明しているのが、私たち福祉労働者がいま、直面している新体系移行の問題だと思っています。法律の一角を容認するということは、自立支援法をさらにさらに強固な怪物にしてしまうことになるのではないのでしょうか?
 目先のことだけで、それに乗っかってしまうことは、協力とか体制に流されるというレベルを越えて、国が決めたことを積極的に主体的に実行し、抑圧する側に立つということと同じだと考えます。「周囲はどうあろうと、私は心の中では反対している。悪法だと認識している。」といくら百万遍言ったところで、何も変わらないし、客観的にみれば、積極、消極とひっくるめて体制に加担、つまり賛成していることと同じなのです。

■福祉労働でなくサービス提供事業者ビジネス

 体制的でも何でもいい、みんな最初は、人の役に立つ仕事、弱い立場の人のために、共生のために・・・・と様々な純粋な動機でこの世界に飛び込んできたはずです。
 でも、これからは、ダイレクトに障害者を食い物にするビジネス、事業者、商売となってしまうのです。社会福祉とか権利の保障といった概念が消えていきます。
 しばらくは、初心を忘れずにやれるかもしれませんが、時間の経過と共に流されかねません。多くの人たちが自立支援法に流されてしまっているように。
 この体系では、運営をより安定させるためには、利用者を集めなければならないし、できるだけ多く通ってもらわなければなりません。かならず当事者側にしわ寄せや無理が生じます。
 サービスを提供する事業者といいながら、ひとり一人の実情にあったサービスにならない、ギブアンドテークにはならないのです。さらに時間がたてば、福祉があった時代のことを知らない世代の職員が出てきます。
 自分たちの暮らし、施設運営はもちろん大切ですが、当事者や今私たちが身を置いている社会福祉の分野が物理的な面はもちろん理念としても切り崩されてしまったら、私たちがこの仕事を選んだ意味がなくなるし、一番弱い人の暮らしの切捨ての次は、必ず次の切捨ての対象を求めて来るような気がします。
 差別者の立場に立つ福祉労働者としての利益と被差別者である障害者の利益が何とか共存でき、その先に真に差別者と被差別者が手を結べる未来が思考できるような福祉労働、支援の形を目指す時に来ているのではないかと考えています。

 知識不足や経験不足を省みず、かなり独断的なないようになったことどうかご容赦下さい。

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「障害者自立支援法」の撤廃をもとめる集い
◆日時
9月20日(日) 13時開場  13時半開会
◆場所
西宮市立勤労会館(JR西宮駅から南へ徒歩7分)
兵庫県西宮市松原町2-34
079-843-1662
◆主催
9・20集い実行委員会(呼びかけ:怒りネット関西)
◆連絡先
西宮市上之町34-10 住田方
090-3054-0947
◆プログラム
様々な立場からの発言(障害者、福祉労働者、医療労働者、事業者…)
会場からのフリ-ト-ク                  

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