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2009年10月12日 (月)

脳死臓器移植法廃止を

0910101_2 10月10日に東京文京区民センターで、脳死臓器移植法に反対する集会があり参加してきました。50人くらいの障害者、労働者市民が集まりました。参加者からの発言が出来たので僕も発言してきました。僕の訴えたのは、「精神障害者」は生きる価値なき存在とされていることが脳死臓器移植法の思想とまったく同じだということです。「精神障害者」は心神喪失等医療観察法がすでに13人もの命を奪っているのにもかかわらず、何の反省も検討もされずに継続しているという攻撃を受けています。この法でわずかばかりの事件が防げるほうが、13人の命よりも重たいとされているのです。「精神障害者」の命は鴻毛より軽いと法律で決められているのです。脳死臓器移植法改悪の国会審議のなかで、「生とは脳が正常に働いていることだ」という陳述がなされ、何の問題視もされなかったということが起きています。脳死というのはその人が死んでいることを意味しているのではありません。「脳死判定基準」といういくつかのテストをすることでその人を死んだことにする手続きが行なわれるだけなのです。「脳死判定基準」では本当に脳が死んでいるのかどうかの判定は出来ません。その証拠が「長期脳死」という人たちが少なからずいることです。「長期脳死」の人たちは成長もするし家族の愛で包まれています。その人たちを死体だから移植臓器の材料とすることが許されるでしょうか。さらにはいわゆる植物状態という脳死でもない生を生きている人たちからの臓器移植も狙われています。植物状態というのは脳は完全に生きている人たちです。自分では発語できないけど、周りの音は聞こえているとも言われています。すでにアメリカでは植物状態の人からの移植が行なわれています。

臓器移植の「先進国」といわれる国では、脳死者でさえ足りず移植対象者をどんどん拡大しています。このような移植が行なわれる一方では、移植によらずに治療する技術が進展していません。移植は受けた側も一生拒否反応を抑える薬を飲み続けなければならず、また長生きも出来ていません。移植によらない治療の進歩が求められるのに移植が可能なばかりから、後景化されてしまっているのです。

ナチスドイツの単純な再現はないとか、よりスマートかされたナチズムが生まれて来るとか言われます。しかし、在特会等の右翼団体が街頭行動を繰り返しているのは、ナチズムの再現といわずになんといいうるでしょうか。ネット世界では「基地外」という独特の言い方で「精神障害者」差別がばっこしています。

私たちは脳死臓器移植法がそのような右翼団体と結びついたときに、恐るべき障害者抹殺攻撃が開始されることに警鐘を乱打しないといけません。脳死は死ではないという真実を広めていくのは私たちの仕事です。

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コメント

認知症の親が、逝きました。認知症だから、といわれて、信用を奪われたことがありました。本当のことを言っているのに、認知症だから、盗まれた妄想から「ウソ」を言っているといわれました。また、そんなことが、家族から言われたのです。なんとかならないかな。

投稿: 高齢者 | 2009年10月18日 (日) 17時36分

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