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2009年11月

2009年11月24日 (火)

「殺すな」心神喪失等医療観察法の廃止を求め、「精神障害者」と労働者などが全国集会

0911221  11・22差別と拘禁の医療観察法の廃止を!全国集会&マリオン前リレートークが76人の参加で行なわれました。

「精神障害者」と精神科医療労働者の司会で進められました。

「精神障害者」による基調報告が行われました。「医療観察法は2003年7月に成立、05年7月に施行された「精神障害者」差別立法だ。「精神障害者は危険で何をするか分からないというイメージが作られ拡大された。この法の下での13人の自殺が示すことは、収容されている本人のための医療などといううたい文句どおりではありえないことだ。医療の対象とならない人も収容されている。10%の人は入院が長期化され社会的入院となると厚労省も認めている。2010年に法で定められた見直し時期が来るが、法に見直し規定があっても無視されることは今までもあった。民主党も医療観察法の見直しということは言っていない。政策提言ではダメ。民衆的運動が必要だ。」

弁護士の足立さん。「日弁連刑事法制委員会医療観察法部会の見解は、いい面を評価すべきという意見と保安処分的側面をなくしたいという意見の妥協の産物だ。法を積極的に評価していると取られても仕方ない。内心じくじたるものがある。廃止されるように頑張って行きたい。」

大阪、京都、青森、兵庫の「精神障害者」が発言。兵庫からは「自殺者が13人も出ているのに、厚生労働省はなんらの対策も立てずに情報隠しばかりをしている。『精神障害者』の命はそんなに軽いのか。1970年代に脳性まひ者の全国青い芝の会が『殺すな』と声を上げた。今こそ『精神障害者』が『殺すな』と声を上げよう。」

 全国精神医療労働組合協議会の有我さん。「私たちは治安のために働いているのではない。イタリアのバザリア医師の取り組みに触れる機会があり、実際にイタリアに行ってきた。バザリア医師のトリエステ地方での取り組みで、強制入院のための病院はなくなった。司法病院を除いて、『他害』(他人に危害を加えること)のために強制入院となることはない。『精神障害者』の尊厳が損なわれることはない。力で抑え込んではかえって悪い結果となる。警察の介入は、『精神障害者』が医師や看護師から暴力を受けないためにのみ行なわれる。そういう取り組みを社会全体で、政治が支えている。トリエステ地方では司法精神病院の解体が進んでいる。対象者は年間0人から1人くらいしか現われない。地域のなかで治療しないで、地域から切り離されては治療にならない。司法精神病院の廃止法案を出している。などなど。それらを見聞きして、『やればできるさ』という思いで取り組んで行きたい。」

 DPI日本会議の三澤さんから連帯の挨拶を受けました。大賀さんのまとめで、通常国会初日から国会行動を行なうこと、署名運動に取り組むことが提起されました。

 弁護士の池原さんの音頭でシュプレヒコール。「差別と拘禁の医療観察法を廃止するぞ。予防拘禁法を廃止するぞ。医療観察法を廃止するまで闘うぞ。」と声を上げました。

 その後銀座マリオン前に移動して約1時間街頭演説と署名行ないました。

 これに先立つ、10月29日には、国会院内集会が同じ主催者のもと開催され、9人の議員と18人の議員秘書が参加。全体では50人が参加しました。医療観察法廃止のための国会行動として、大きな関心を集めました。

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2009年11月12日 (木)

「心神喪失等医療観察法」によって13人もの自殺者が 

命より観察法で守られるものは重いのか?

心神喪失等医療観察法(保安処分)によって強制入院、強制通院になった人の内、自殺者が13人もでています。入院で3人、通院で10人です。実に、対象となった千数百人の約1%も占めています。これは、偶然のことではなく、医療観察法と自殺に因果関係があることを示す数字です。

肥前精神医療センターの事例

その内、詳細が判明しているのは、2007年12月に起きた九州の肥前精神医療センターでの自殺事件です。
当該の方は、神奈川県にある職場で陰湿ないじめにあって統合失調症を発病ました。そして、職場を放り出されるようにして熊本の実家に戻されました。しかし、病気は改善されず、そこで心神喪失状態で刑事事件を起こし、鑑定、審理の結果、肥前精神医療センターの保安病棟に強制入院となりました。はじめての外出訓練のときに、二人ついていた看護師の目を盗んで逃走しました。そして、横浜の元の自宅・職場の近くまで逃げて鉄道自殺しました。この逃走距離の長さは、一時的・発作的な自殺ではなく、本人の絶望の底深さを示すものと考えられます。
しかるに、肥前精神医療センターの設けた第三者委員会は、「医師との信頼関係はあった」から、医師、病院、制度にはいっさい責任無しと結論付けました。厚生労働省はそれを追認し、さらに、報告書の全面開示を拒否し、開示されたものは半分が黒塗りでした。
どのように言おうが、患者の自殺というのは医療者としては敗北です。ところが、第三者委員会と厚生労働省は、現場の医師がマニュアルどおりに手順さえ踏んでいればどのような事態になっても国が援護・防衛してくれるという前例を作ったのです。

その他の12例

その他の12例については、政権交代によってようやく極一部が開示されました。
開示されたものによれば、「自殺事案の入院・通院期間別の内訳として、入院について、6ヶ月以内2件、1年6ヶ月を超えて2年以内1件。通院について、6ヶ月以内4件、6月を超え1年以内5件、1年を超え1年6月以内1件」としています。入院の長期化という結果がすでに現われています。
入院者の自殺の様態については、肥前の例の他、「外泊訓練中に自殺1件」「病院内での自殺1件」とし、通院者については「自宅において自殺を図り死亡5件、自宅外で自殺を図り死亡5件」としています。
入院中に自殺した3人についてはいずれも、「自殺の動機は不明」「遺書や遺言はなかった」「自殺の兆候はなかった」「医師との関係は良好であったと思われる」「治療内容および治療方針については、本人に説明し同意を得た上で治療を行なっていた」「とくに不満は言っていなかった」としています。入院中に自殺の3人について、外に出たいと言っていなかったか、強制入院との因果関係はという質問に対しては、「外出の希望を踏まえて、外出訓練を実施していた」「外出・外泊の希望を踏まえて、外出・外泊を実施していた」「とくに外に出たいと言っていなかった」としています。
また、どこの病院で自殺者が出ているかは秘匿すべき個人情報だとして開示しませんでした。まったく不当なことです。厚労省は報告などの全情報を開示すべきです。

「精神障害者」の命は軽いのか

13人もの自殺者にもかかわらず、厚生労働省は、何の反省も検討もせずに漫然と制度を維持し続けています。「医師との関係は良好であり、治療内容及び方針に本人は同意していた」と言ってしまえば、現場も制度も許されるというのです。自殺の兆候をつかんでいなくても「関係は良好だった」とは、何という言いぐさでしょうか。また、周囲や家族に遺言も遺書も残していないと強弁しています。しかし、肥前の例では遺族に本人の付けていた手帳を渡さずに、数ページが破り捨てられていたという、不審な動きをしています。遺族は自殺の真相を隠す目的があったのではないかと見ています。あくまで「医師との関係は良好であった」のだから、医師には責任はないし、病院にも制度にも落ち度はないと、「死人に口無し」を決め込んでいるのです。厚生労働省には、真相を解明し、次の自殺を防ぐという姿勢はいっさいないのです。
もし仮に、医療観察法で防げる事件があるとしても、それと引き換えにして13人もの死を我慢しないといけないのでしょうか。13人の「精神障害者」の命はそんなに軽いのでしょうか。13人の「精神障害者」の命より、そして次に現われる自殺者の命より、わずかばかりの事件を防ぐほうが重いということなのでしょうか。

医療観察法で予防される事件はあるのかそもそも疑問

山上皓ら保安処分の推進派は、犯罪を繰り返す「精神障害者」の8割は、もともと事件を繰り返していた「健常者」で、刑務所に収容中に「精神障害」を罹患した人だと言っています。それを防ぐには医療観察法は適していないのではないでしょうか。劣悪な刑務所の処遇を改善することがそのような例を防ぐ手段です。
何千人もの「精神障害者」の人権を侵害して、わずかばかりの事件を防ぐという法の構造そのものが問題なのです。すでに千数百人が対象となり、予防拘禁と不定期刑を受けています。また、この法の下で、1割の長期入院=社会的入院が生まれることを厚労省も認めています。
約1%の人の自殺が必然とされるような法は撤廃しかありません。私たちは、医療観察法には手直ししたり改善する余地はなく、いったん法を撤廃し、一から制度を作り直すしか問題解決の道はないと考えます。刑事事件を起こした人を特別視することがそもそもの間違いだと考えます。政権交代した今、小泉新自由主義政権のポピュリズム、ファッショ的手法によって作られた悪法をいま一度冷静に見直し、撤廃に向け、共に闘われんことを訴えます。

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2009年11月 3日 (火)

10・30障害者大集会

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10月30日障害者の大集会が開かれた。障害者自立支援法を廃止させ障害者が望むような新制度を作らせようと、全国から1万人が結集した。日比谷野外音楽堂には7000人、その他第二会場、厚生労働省前と展開した。

怒りネットは参加者にビラを配布したあと、2会場に別れて集会に参加。怒りネット関係で30人が参加した。集会後は国会方面と東京駅方面と分かれてデモンストレーション。写真下は国会へ向けてのデモ。

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