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2010年1月27日 (水)

怒りネット通信第41号

怒りネット通信
2009年12月24日発行 第41号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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もくじ
・「臓器移植法」との闘いと反優生思想の会へ
・見形さんの提起
・東京体育館にて

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●あらゆる障害者の地域生活を保障することこそ「障害者自立支援法」の撤廃だ!
●命の選別、優生政策に反対しよう!

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「臓器移植法」との闘いと反優生思想の会へ
古賀 典夫

 09前半の怒りネットの最大の闘いは、国会での「臓器移植法」の改悪を阻止
しようとする闘いであった。
 「臓器移植法」改悪案が国会に上程されたのは、05年の夏、衆議院の郵政解
散の直前だった。わたしたちが、「障害者自立支援法」をめぐる国会闘争を展開
していた中であった。上程されたA案は、1997年、法が臓器移植の場合にだ
け「脳死」という概念を設定していたのに対し、「脳死」を一般的な人の死とす
る内容であり、かつ、本人の意思が不明な場合は家族の同意だけで臓器摘出を可
能とするものである。B案は、臓器提供の意思を示せる年齢を12歳以上と規定
し、現行法の運用が15歳以上の意思表示のみを認めているのに対して臓器摘出
年齢を引き下げようとするものであった。これらの法案は衆院解散によって、い
ったんは廃案になるのだが、06年3月31日に再び上程された。これに対して、
「脳死」を人の死とすることに反対してきたグループが集まって、「臓器移植法
改悪に反対する市民ネットワーク」を結成し、毎年数回の国会の議員会館内で集
会を行うなど、活動を展開してきた。「障害者」団体としても、青い芝や全国
「精神病」者集団などが、「臓器移植法」改悪に反対する声明を出してきた。

 「臓器移植法」の改定案は、その後07年に提出されるC案も含め、すべて議
員立法である。国会では、一般的に政府提出法案が優先され、議員立法は後回し
にされる傾向がある。また、「脳死・臓器移植」については、粘り強い闘いが展
開されてきたために、08年度までは、国会審議の焦点とはならなかった。
 しかし09年に入ると、前年の5月に国際移植学会が採択した「イスタンブー
ル宣言」を取り上げ、「渡航移植の禁止の方向が出され、WHOでもそうした方向
が打ち出される」とのキャンペーンを始めた。実は、国際移植学会の出したもの
は、他国の臓器移植機会の減少を招くような事態を禁止するものであって、渡航
移植全般を禁止しようとするものではなかった。WHOでは、臓器売買の禁止が改
めて宣言されようとしていたに過ぎないものであった。ここには、「臓器移植法」
の改悪を進めたい人々の意図的な歪曲的宣伝があった。また、衆議院の解散総選
挙が近いという中で、法案の廃案や自民党の選挙での不利な状況などを予想して
という側面もあったのではないだろうか。そして、通常国会での採決ということ
が現実化してくるのである。

 他方、「障害者」団体にはもうひとつ厳しい状況があった。3月31日に「障
害者自立支援法」の改定案が国会に上程されたのである。この法案については、
すでに『怒りネット通信』の39号で批判したが、利用者に対しても、事業者に
対しても管理を強め、国の福祉水準の下に組み敷こうという狙いがあった。
 この両法案の動きに備えねばならなかったのだが、「臓器移植法」の審議が迫
る中で、4月末には、青い芝と怒りネットが反対声明を出した。
 
●決戦局面へ

 衆議院厚生労働委員会では、06年12月に1度「臓器移植法」に関する参考
人質疑を行った。そして、07年6月にはこの厚労委員会の元に「臓器の移植に
関する法律の一部を改正する法律案審査小委員会」(以下、小委員会)を設置し、
ここで、07年12月、08年6月に2回、09年4月、と参考人質疑を行った。
そして、今年5月22日に、厚労委で小委員会の報告が行われ、27日から法案
の本格審議が開始された。「臓器移植法」の最初の成立の時と同様に、共産党を
除く各党は党議拘束をはずした。
 市民ネットでは、3月から毎月院内集会を行い、議員への働きかけを強めた。
5月12日には、大学教員の集まりである「生命倫理会議」が68名の連名で
「臓器移植法」改悪反対の声明を発表し、記者会見を行った。また、「人工呼吸
器をつけた子の親の会<バクバクの会>」は5月に声明を発表すると共に、記者
会見を行った。

 「障害者」団体も、本格審議入りという中で、次々と声明を発した。5月26
日に「優生思想に基づく「産科医療補償制度」に抗議する障害当事者全国連合」
(現在は、「優生思想に抗議する障害当事者全国連合」と改名。以下「当事者連
合」)と茨城青い芝が、28日にはDPI、6月4日には「自立生活センタークレ
パス」が。
 しかし、厚労委の審議はわずか2回、8時間ちょっとで打ち切られてしまった。
「長期脳死」の子どもたちの存在が指摘されたこと、A案について「脳死」を臓
器移植とかかわりのない場面でも死の基準としてしまうことになるとの指摘、虐
待は子供にだけでなく大人でもありうることの指摘などが行われた。しかし、全
体が「よりよい臓器移植のために」という論理で進められており、強い違和感を
感じた。その中で、自民党の川条議員が、WHOが渡航移植を禁止しようとしてい
るという推進派やマスコミのうそを暴いたことが印象的だった。

●本会議での闘い

 本会議は、6月9日と16日に各法案支持者がそれぞれ意見を述べた。9日に
は、改憲・臓器移植・「尊厳死」を推進してきた自民党の中山太郎議員が、A案
提案者の立場で、「尊厳死」推進の立場からもA案が望ましいとの発言を行った。
そして、18日に採決が行われた。A案推進の議員たちはぎりぎりまで働きかけ
と票読みを行っていた。そして、採決の後にわたしたちは知ることになるのだが、
「A案は、WHOが推奨する臓器移植法案です」などというデマ宣伝を含む文章
を全衆議院議員にまくことまで行っていた。

 これに対してわたしたちは、15日と16日に、「障害者」の統一行動を行っ
た。15日には、青い芝は、広島、滋賀、江戸川、埼玉、茨城から、怒りネット
関西の高見さん、当事者連合の太田さんも参加していただいた。議員回りを行う
と共に、会議室に社民党の保坂議員、公明党の高木議員の秘書を招き、みんなで
議論を行ったりした。翌日には、議員会館に出勤してくる議員や秘書を対象に朝
8時からビラまきを行った。この朝ビラが受け取りが良い。そして、議員回りと
本会議傍聴を行った。
 さらに市民ネットも怒りネットも、18日の採決ぎりぎりまで、議員へのファ
ックスでのアピ-ルや議員回りを行い、説得活動を続けた。怒りネット、青い芝、
クレパスはは18日当日、ビラまきとマイクでのアピールを採決開始直前まで続
けた。

 採決は、A、B、C、Dの順番で行われることになっていた。しかし、A案が賛成
263票、反対167票で可決してしまい、そのほかの案は採決さえされなかっ
た。賛成票の内202人が自民党であった。
 わたしたちは、即座に議員面会所前で怒りのシュプレヒコールをあげ、記者会
見に移った。最初は、市民ネットが発言した。「脳死」と診断されたお子さんと
1年9ヶ月生活されてきた中村暁美さん、ばくばくの会、全国交通事故遺族の会、
全国肝臓病患者連合、大本教。そして、「障害者」団体は青い芝、DPI、当事者
連合、クレパス、怒りネット。それぞれが、怒りと共に参議院での闘いを決意し
ていた。

●参議院での闘い

 直ちに行動を開始した。衆院採決から5日後、DPI、青い芝、怒りネットは、
統一行動の打ち合わせを行い、30日にほかの団体にも呼びかけて共同行動を行
うことを決めた。この日、衆議院のC案に近いE案が参議院に提出された。市民ネ
ットも24日に参議院会館で院内集会を行った。
 26日には、参議院で「臓器移植法」改定案の趣旨説明が行われた。A案の趣
旨説明を行った富丘衆院議員は「全身麻酔を掛けることはありません」などとこ
れまた完全なうそをついた。臓器摘出にかかわる保険点数では麻酔を使用するこ
とが計算されており、また97年法の下での臓器摘出においても、麻酔の使用が
報告されているのだ。また、「長期脳死のお子様は、脳死判定の専門家による無
呼吸テストを含む法的な脳死判定が行われていません」などと、「長期脳死」者
の存在を否定するような発言を行った。これらは後で追及されることになるのだ
が。

 26日、青い芝と怒りネットは、議員回りを行った。この日は、参院厚生労働
委員長の辻議員、同委員会理事の谷議員と会うことができた。この人たちは民主
党で、よく話を聞いてくれた。しいて言えば自分の意見を述べないことが気にな
ったが。また、議員運営委員会理事の秋元議員とも話すことができた。自民党の
彼は「臓器移植は、日本の文化に合わない」と語っていた。ところがこの3人、
7月13日の採決の時には、最後にはA案に賛成したのだ。
 これも後からわかるのだが、与党と民主党の間では、「臓器移植法」改定案だ
けは通過させて国会を解散することで打ち合わせが進んでいたようだ。翌週の3
0日から参考人質疑が厚労委で始まるが、この日の委員会審議冒頭に辻委員長は、
誰を参考人とするかについて委員長一任を要請した。これに反対する議員は誰も
いなかった。その結果、「脳死・臓器移植」推進者が参考人の大部分となり、大
半はA案の推進者であった。衆議院が、賛成、反対のバランスをとって、参考人
を招いていたのとは大違いである。

 そして、翌週の6日(月曜日)からは参考人質疑と見学と質疑を毎日行い、金
曜日には本会議での法案の趣旨説明まで行ってしまうという強行スケジュールが
行われた。これでは、共産党の小池議員が言うように、議事録さえ確認できない
まま議論をすることになってしまった。人の生死のかかった法案は、かくも乱暴
に取り扱われたのだった。

●必死の闘い

 6月30日、青い芝、DPI、当事者連合、クレパス、怒りネットの5団体は、
共同行動を行った。それぞれの団体が出した声明文を持って、参議院の全議員に
働きかけようというものであった。30人を超える仲間が参加した。また、全障
連が29日に、「病」者集団が7月3日に声明を出した。
 6日の週に入ると、審議打ち切りの情報が入り、こうした「障害者」関係団体
がファックスでの説得をも展開する。
 市民ネットは8日に院内集会を開き、宗教者8団体(仏教6団体、神道、キリ
スト教)がそれぞれA案に反対する発言を行った。大本教の方々は、全参院議員
に働きかけると共に、各地で街頭宣伝も行った。
 青い芝、クレパス、怒りネットは、9日に20名弱の人数で傍聴を行い、厚労
の委員たちの中からも「傍聴席を見て」などの声が上がっていた。この厚労委員
会は、「臓器移植法」の改定案の審議については最後のものとなったのだが、傍
聴者の誰もそんな感じを受けずに終わってしまった。何しろ、午後の段階になっ
て初めて、A案を修正したA'案の趣旨説明が行われたのだ。この案は、「脳死」
の定義を97年法の定義に戻し、臓器移植の場合にのみ「脳死」を人の死とする
ものだが、家族の同意だけで臓器摘出が可能である点は、A案と同様だった。
 さらにこの午後の時点で、民主党の谷岡議員からは、次のような発言が行われ
ていたのだ。
 「昨日、私も脳死は人間の科学的な死だというふうに、大学時代から思ってま
いりました。生物の勉強を私もしてまいりました。そして、それに私自身は疑い
を持っておりません。でも、昨日の視察に行かせていただいて、私はあの17歳
の脳死状態下と言われる子を見て、この子は死体じゃないと私は思ってしまいま
した。同時に、18歳の心肺移植をしなければ助からない女の子と話をして、私
はこの子を何としても助けてあげたいと思いました。それは非常に矛盾すること
であります。」

 議論は、まさにこれから尽くされるべきだったのだ。だから、議員を通じてス
ケジュールを聞かされていた者以外は、傍聴者の誰もがこれで審議が打ち切られ
たなどとは思わなかった。この打ち切り方に、わたしたちはいっそう怒りを燃や
して行動を強化した。怒りネットと青い芝は、厚労委員会の審議打ち切りに抗議
するビラをつくり、翌日の朝8時からのビラまきを行い、午前中は本会議の傍聴、
そして午後は夕方まで議員への働きかけを行った。
 招かれた参考人の発言の中からは、後述するようにきわめて危険な発言が行わ
れ、臓器移植そのもののはらむ問題点が示された。他方、議員の「脳死・臓器移
植」問題への批判も衆議院の時以上に行われたと思う。
 
 小池議員は、厚労省研究班の報告において、「無呼吸テスト」も含む「脳死判
定」を行った事例でも、「長期脳死」となった子どもたちがいる事実を突きつけ
ると共に、臓器摘出時に全身麻酔を使っている事実もつきつけ、A案提案者に認
めさせた。社民党の福島みずほ議員も「長期脳死」の子供の状況を取り上げると
共に、「臓器は社会の資産」などとする参考人の発言を批判。民主党の森議員な
どが「A案はWHO推奨」といううそを追及した。国民新党の亀井亜紀子議員は次の
ように述べている。「人の物を取ってはいけません、人を殺してはいけません、
こういう倫理というのは、どれだけ、五十年、百年たとうとも変わらない倫理だ
と思うんですね。・・・今回の法律は、やはり人を殺してはいけない、人の物を
奪ってはいけないというのを臓器提供の場合は例外としましょうと、そういうふ
うに言っているのではないかと思うのです。」
 そして、民主党の円議員は本会議で、A案答弁者のこれまでのうそを明らかに
した。

●本会議採決

 衆議院では、前述のように2度にわたって趣旨説明と意見表明が行われたが、
参議院では1回だけであった。そして、13日には採決が行われ、その後に、民
主党が衆議院で内閣不信任決議、参議院で問責決議を上げて、国会解散にもって
いく、ということが実際には与党と合意しながら決められていた。わたしなどは、
採決の前に解散とならないのか、などと期待したりしたが、国会とはそんなに民
主的な所ではなかった。このことを念頭においておくと、A'案提案者のまったく
不可解な行動がわかるというものである。
 市民ネットも「障害者」団体も最後まで、ファックスを使い、採決直前まで議
員回りを行った。青い芝、DPI、クレパス、怒りネットが横断幕を広げマイク
を使い、アピール行動を行った。

 採決はA'案から行われた。賛成票72票、反対票135票で否決された。次にA案が
採決されて、賛成票138、反対票82で可決された。なんとA'案賛成者のうち55
名がA案に賛成したのだ。この中にはA'案の提案者、趣旨説明を行った議員も含
まれている。つまり、A'案賛成者が鞍替えしなければ、A案は過半数を取れず否
決されていたのだ。上述した辻、谷、秋元議員もこうした鞍替え組である。解散
の政治日程のための取りまとめのための行動だったのだ。またしてもわたしたち
は「国権の最高機関」の最低の姿をみせつけられることになったのだ。

 採決後、中村暁美さんはショックのあまり傍聴席で動けなくなった、とのこと
だ。「国会で何が決められようと、わたしの娘は「脳死状態」と診断されてから
1年9ヶ月の間、生きていました。このことをこれからも語り続けていきます」
と記者会見で語られた。市民ネット、「障害者」団体、生命倫理会議と怒りの発
言が続いた。

 こうして闘ってきたわたしたちは、今改めて闘いを開始している。
 市民ネットは、「臓器移植法を問い直す市民ネットワーク」と改称し、討論集
会、院内集会を行い、さらにシンポジウムも企画している。厚労省への要請と質
問も提出する。
 「障害者」団体も、8月5日に「臓器移植法」との闘いを総括し、今後の活動
について話し合いを行った。そして、「障害者」の仲間を初めとして、もっと優
生思想・政策との闘いを強化する必要性を訴え、「脳死・臓器移植」のみならず、
出生前診断など優生政策との闘いを今後とも連帯して闘っていくことを確認した。
そして、9月15日に第2回目の集まりを持ち、「反優生思想の会」との名称で、
代表は全国青い芝の会の会長の金子さんになっていただいた。またこの日に、ク
レパスの見形さんにご自身の体験と思いを語っていただき、優生思想・政策との
闘いの重要性を語り合った(別掲参照)。12月15日には第3回の集まりを予
定している。多くの皆さんの参加をお願いします。

 今回最悪の法案が国会を通過してしまった。しかし、この闘いの中で、さまざ
まな立場の人たちの連帯が生まれた。特に、「脳死」とされた方のご家族が闘わ
れたことは重要である。
 そして、今まさにわたしたちは、臓器移植そのものを問題として闘っている。
この7月までの国会で示されたことはその必要性を強力にわたしたちに自覚させ
た。このことについて最後に触れたい。

●命の切捨てを進める臓器移植

 05年以降の「臓器移植法」をめぐる国会の論議をみるだけで、臓器移植を推
進するということが「価値なき命」を作り出し抹殺を煽動するものであることを
改めて強く認識させられる。
 新臓器移植法となったA案の推進者たちは、「脳死」を人の死としたほうが、
「脳死者」の家族は苦しまずに臓器提供に同意できる、と主張する。つまり、
「脳死」が社会的にあらゆる場面で人の死として取り扱われるべきであることを
主張したのだ。
 今年7月7日に行われた参議院での参考人質疑の場で、日本移植支援協会副理
事長・高橋和子氏は「長期脳死」とされる子供たちについて「たくさんの税金を
使って延命している」と発言している。無駄な医療費を打ち切れ、ということだ。

 臓器移植推進者たちにとって、「価値なき命」と考える対象は、「脳死者」だ
けには止どまらないようだ。
 河野太郎議員と共にA案を作り上げた福島豊前議員は、06年12月11日の
衆院厚生労働委員会の参考人質疑において、次のように発言した。
 「人の存在というのは何かという問題だなと私はずっと思ってきているんです
けれども自己があるかどうかということなんだろうな、本質的な問題というのは。
 脳死に関しての臨調では、有機的統合性という話でまとめたんですけれども、
いささかあいまいだなと私は思っていまして、むしろ人の自己としての存在の一
貫性というものがいかに保たれているかという問題なんじゃないか。そして、自
己というものはどこに存在するかというと、やはり私は、脳という座においてし
かないんじゃないかなと思うんですね。ただ、脳がどこまで破壊されたときに自
己という存在がもう存続しませんというふうに言えるかどうか、ここのところは
いろいろと議論があるんじゃないかなという気はしているんです」

 さらに、今年7月7日の参議院での参考人質疑において、大阪大学大学院医学
系研究科先端移植基盤医療学教授の高原史郎氏は、次のように語った。
 「生とは何かという御質問だと思うんですけれども、私の理解、まあ一医師と
しての考えですけれども、いわゆる人格として、個人として成り立っているとい
うのは、やはり私は脳が正常に働いている状態だと思います。」
 そして、高原氏は、「社会の資産としてのそういう臓器」とも語っている。
「価値なき命」とされた人の臓器は、「社会の資産」と言いたいのではないか。

 なぜこのような発想が出てくるのだろうか。臓器移植推進者が根っからの強烈
な優生主義者なのかどうかは判らない。しかし、ある者の臓器を摘出し、別の人
に移植することを推進するという発想は、命の選別を肯定していることは確かだ。
そして、臓器に病気を持つ人の数と比して、「脳死」となる人の数はあまりにも
少なく、したがって臓器摘出の対象をますます増やす以外になくなる、というこ
とも確かだろう。
 参議院審議の過程で示された数字をみるだけで、「脳死者」だけでは移植用臓
器がまったく足りなくなることが判る。
 今年7月2日の参考人質疑で、昭和大学医学部救急医学教授・日本救急医学会
理事・有賀氏は、「年に大体2000ほどの臓器提供に供される可能性のある脳
死患者が出るだろう。しかし、日本全国ではそれが情報としては100ぐらいで
あります。」と語った。この2000という数字は、「脳死」となる可能性を推
計したものであり、100と言うのが、実際に移植用臓器の摘出対象となるかど
うかの検討対象になっている、ということだろう。
 これに対して、6月30日には、厚生労働省健康局長上田博三氏は、「平成2
1年3月31日現在で社団法人日本臓器移植ネットワークに登録されている移植
希望者数は、心臓が128名、肺が111名、肝臓が239名、腎臓に至っては
1万名を超える方等々ということで極めて多くの待機患者がおられまして」と述
べている。
 また、7月6日の参考人質疑で全国腎臓病協議会会長宮本氏は、「今現在、2
8万人の人工透析患者のうち、お手元の資料にありますように、私を始め、将来、
腎臓移植を希望する患者は、11、438人が只今、日本臓器移植ネットワーク
に登録されております」と述べている。
 これだけでも「移植用臓器不足」は明らかだが、上述の高原氏は次のような数
字をあげる。
 「心臓移植によって救えたはずの患者さんの数は、少なく見積もって年間40
0人から500人です。肝臓移植で年間救えたはずの方が2200人から230
0人。私の専門とします腎臓移植に至っては、血液透析、腹膜透析をされる、さ
れている今約28万人の患者さんの中の適用は約15万人以上です。移植によっ
て生命予後を延ばす効果を考えますと、数千人の効果があります。つまり、臓器
移植を受けていれば助かっていた可能性の高い人の数は年間1万人以上」。
 「肝臓移植を例に取ります。今、C型肝炎の患者さんの数は約2百万人と言わ
れています。今後数年、少なくとも10年以内に数万人の患者さんが肝臓移植を
必要とします。これらの患者さんにおいて生体移植のドナーが見つかるとは限り
ません。実際に行われる数は年間4~500例です。腎臓移植においては、40
万人程度にまで透析の数が増えると言われています。現在の年間の生体臓器移植
の数は1000人から1100人ですから、今後10年以内に3倍、4倍に増え
る見込みはほとんどありません。医療経済的にも、現在、血液透析で1兆数千億
円のお金が掛かっております。実際に臓器移植のニーズは非常に高いと考えてい
いと思います。」
 臓器移植希望者の数を超え数字を挙げる彼の言うニーズとは、患者のニーズで
はなく、政府のニーズだろう。腎臓の場合に透析よりも移植のほうが安上がりと
いう計算が発表されているが、それだけではなく、「脳死状態」を初めとする人
々の命を切り捨て医療費を削減できればとも考えているのではないだろうか。

 アメリカでは、臓器不足のために生体間移植が「死体」からの移植を上回って
いると言われる。そして、この「死体」とされている人も、「脳死」とされた人
はもちろん、「遷延性意識障害(植物状態)」で死亡宣告された人、人口呼吸器
を止められて殺されたALSや筋ジストロフィーなどの人たちも含まれているので
す。バージニア州など「遷延性意識障害」を死とする州もあり、メディケード
(生活保護のような制度)の対象者が「遷延性意識障害」となれば、この制度は
打ち切られる。
 それでも「移植用臓器不足」は解消されていない。世界中どこでも、「臓器不
足」が続いている。だから、臓器売買はけっしてなくならないし、闇での臓器摘
出目的の殺人もなくなることはないのだ。臓器移植に頼る限り、「価値なき命」
の対象拡大と臓器がらみの犯罪は不可避だ。

 第2次世界大戦にいたる20世紀前半に、世界各国に優生政策としての断種法
制定が行われていき、それと共に「価値なき命」を殺す「安楽死」の主張がやは
り世界各国でボルテージが上がっていった。そして、行き着いた先はナチスの抹
殺政策であった。
 今、「臓器不足」として「価値なき命」を作り出し、それと並行して「尊厳死
・安楽死」の政策や主張が強められている。わたしたちは、こうした状況がナチ
ス以上の事態をもたらすおそれがある、と言わざるを得ない。
 人の死を期待する臓器移植に頼らない医療こそ進めなければならない。

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見形さんの提起
9月15日、反優生思想の会の報告より

 この日の集まりではまず、自立生活センタークレパスの見形信子さんから、優
生思想、優性政策とはなんなのか、という問題について提起をしていただきまし
た。見形さんは、着床前診断に反対して活動している「神経筋疾患ネットワーク」
の代表もされています。

 見形さんは、脊髄性筋萎縮症で、24時間の介助が必要な方です。幼いときか
ら病院に併設された施設で20年近くを過ごされたそうです。教育もそこに隣接
された養護学校で受けました。
 そこには、筋ジストロフィーの人たちも入所していました。その中には、デュ
シャンヌ型の人たちもいて、若くして病気が悪化し、人口呼吸器をつけ、やがて
亡くなっていく姿に接してきました。
 そうして亡くなった人たちの兄弟が1年か2年経ったある日やってきます。久
しぶりにあいさつをし会話もします。しかし、なぜ来たのかは話してくれません
でした。
 なぜ来たのかは、後で判ってきました。彼・彼女たちが結婚して子供を作る時
のことを考えて、筋ジストロフィーが遺伝するかどうかを調べに来ていたのです。
 「障害を持って生まれてはいけないのだろうか。筋ジストロフィーの子が生ま
れてはいけないのだろうか」、高校生の年齢の見形さんは悩みました。見形さん
にも妹さんがいます。彼女は健常者です。「わたしの存在を迷惑だと思っている
んだろうか。彼女が結婚を考えたときに、『おねえちゃんみたいな子が生まれた
らいやだ』と言われたらどうしよう」とも考えてしまいます。
 さらに「わたしがこうやって、障害を持って生きていては、社会の迷惑なのだ
ろうか。いっそ死んだほうがいいのだろうか」とも思いました。
 同じ施設に入所している人の中には自殺してしまう人もいました。施設の中で
は外の社会とのつながりもなく閉塞的で、情報も偏ってしまいます。夢や希望が
持てないと悲観してしまった場合、サポートもありません。職員からの虐待もあ
ります。耐え忍ぶか、何も感じないように自分を否定して生きるしかなかった、
とのことです。
 そして見形さんは施設を飛び出し、さいたま玉市で暮らし始めました。その中
で、「障害があってもそのまま社会の中で生きていけるんだ」と思えるようにな
ったそうです。環境を変えることによって考え方も変わった。これは見形さんに
とって大きな変化でした。
 自分の命・存在に向き合って生きていける仲間、いっしょに行動していける仲
間を、一人でも多く増やしていきたい、とのことです。それが自立生活運動の大
事な要素ではないか、と語られました。

 他方、社会自体はますます人の命を選別する方向に動かされ、障害者もそこに
巻き込まれていく危機感を、見形さんは感じられています。
 優生保護法が母体保護法と変わっても、超音波診断や羊水検査などの出生前診
断が行われ、さらに、2004年からは着床前診断も行われるようになりました。
障害を持つ胎児が中絶され、障害児となる遺伝子を持った受精卵が選別され破棄
されていくことに、強い恐怖を感じる、と語られます。
 今年に入って、筋ジストロフィー患者の遺伝子を登録するシステムが作られま
した。障害児の親たちは、「元気な子を生みたい」、「子供の病気を治したい」
との思いがあり、障害者本人にも自分の障害を否定し「自分の世代で終わってほ
しい」と思う人もいます。
 こうした発想から障害者自身も巻き込まれていきます。
 こうした命の選別のシステムを作っておいて「生むか生まないかは、あなたの
自己決定です」と女性個人に迫ることはおかしい、とも語られます。「わたしの
親も一緒につらい想いをしてきたと思います」として、周囲や社会からのサポー
トがない中で障害児を生み育てることの大変さがあることも指摘されました。そ
の中で生むか生まないかの決断を迫ることは、女性の自己決定という形で優生思
想を推し進めるものだと感じているそうです。

 「高校の生物の授業の中で、自然界の生物はある一定の法則によって突然変異
を起こしている、と習いました。それを人間だけは、人為的にコントロールしよ
うとしています」と指摘されます。そして、上述のような命の選別のシステムを
作り上げてきています。アメリカでは、精子バンクを通じて、好みのタイプの男
性の精子を手に入れ、好みのタイプの子供を作ろうとすることまで行われていま
す。
 こうした命の選別を行う思考が優生思想であり、その中には究極的には障害者
を絶滅してしまおうという発想もあると思う、と指摘されました。だから、優性
思想を許してはいけない、とも述べられました。
 「脳死」を人の死とする「臓器移植法案」に反対して国会行動を行いましたが、
人の命に関する問題について短期間で不十分な議論のまま、「脳死」を人の死と
する法案に賛成のボタンを押していく議員たちに恐ろしいものを感じた、と語ら
れました。
 生きる権利を保証しないでおいて、「死んで役に立て」ということがいわれて
いる気がします。そして、「尊厳死」も含めて、「死ぬ権利」が強調されていま
す。こんなもの、権利などではない、と見形さんは指摘されます。

 優生政策は、古くはギリシアのスパルタで行われていたことが知られ、ナチス
の障害者虐殺をも招きました。延々とと続く優生思想に対して、1970年代に
青い芝の皆さんが闘いを開始されました。しかし現在、障害当事者の運動として、
命に向き合う運動があまり行われていないように思われる、と指摘されました。
 障害者、健常者を問わず、優生思想のはびこる社会を変えていく仲間を草の根
的に増やして行きたい。そしてそのためにも、日々障害者が地域でサポートを受
けながら生きていく実践が大事、とも提起されました。誰もが病気や高齢になれ
ば、体が動きにくくなり、社会生活がしずらくなります。地域の中でいろいろな
状況の人々が、いろいろな関わりを持ちながら生きていくことは、障害者だけで
なく、人間すべてにとって良いことのはず、と語られます。こうした社会のあり
ようを作り出していくことが、優生思想と対抗していくひとつの方向ではないか、
と語られました。
 他方、その自立生活運動を取り巻く状況も、10年前とは様変わりしているこ
とも指摘されました。格差社会とか貧困が目前にあって、障害者ばかりが大変な
どと言っていられない状況になっているからです。この状況は、運動の困難さを
作り出していますが、同時に、そうした人たちと共同して考え闘っていけるチャ
ンスをも作り出している、と言われます。
 障害者の側も、今までの運動の成果に頼るのではなく、権利は、たとえそれが
憲法などに書かれていたとしても、与えられるものではない、という認識に立た
ないといけないことを語られました。議員にただ話しただけでは動いてはくれま
せん。自分たちの力で権利は獲得するものだ、と。今こそ運動を立て直していく
べきことも提起されました。

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東京体育館にて
『たんぽぽ通信』第90号より

 毎年6月と2月に千駄ヶ谷の東京体育館で、大規模な障害者のための就職面接
会が行われています。たんぽぽでも、毎年何人かの人が、一般就労を目指してこ
の面接会に挑戦しています。仕事の内容が、高いスキルを求めていない会社には
数十名の人が殺到しその一方で仕事の内容が、高いスキルや資格を求めている会
社には面接希望者が少なめという光景。なかなかハードルは高いものがあります。

●晴れて一般就労のはずが・・・

 それでも、たんぽぽの利用者A君は、数年前この面接会に挑戦して、見事一般
就労の道に進みました。数年間はがんばっていました。しかし、昨年8月にはこ
の不況で仕事も出勤日数も激減、リタイヤしてしまいました。
 障害者の就労が声高に叫ばれる今日この頃ですが、前記のA君のようにきちん
と真面目に働いていても、ずっと安定して働き続けるということは難しいようで
す。

●首切り以前に待ち受ける壁

 不況下での首切りが、障害者のような弱い者からなされてしまうということは、
あります。しかし、そうならなくても、日々生き生きとして、職場に出勤してい
る障害者の人がどれほどいるでしょう。会社では仕事はあるものの、健常者との
壁、差別によっていつも孤独を感じている障害者。かたや特別な枠で入社してい
るという偏見で、一緒に働く同僚として認めていない周囲の健常者社員・・・。
学校時代に障害者、健常者と分離しておいて社会に出るなり、さあ共にといわれ
ても、双方が戸惑ってしまうのは当たり前です。

●二重三重の負担

 私の身近な知人も、若い頃一般就労につきました。障害者ゆえの不当な扱いに
耐えながら働いていましたが、体を壊し現在は一般就労どころではない状況です。
ずっと働き続けることは、身体障害の人にとっては、精神的負担に加えて、肉体
的な犠牲(時には命にかかわる)を伴います。

●求職者の高齢化?

 さて、今年の面接会ですが、例年にはない違いに気付きました。
 いつもなら、比較的若い人が多く、面接の順番待ちで殺到しているのは、清掃
関係の会社ホテル、レストランでの補助作業的な職種でした。一方、事務関係、
0A関連の会社は比較的ゆったりしているという光景でした。
 しかし、今年は逆に、後者の方に面接希望者が殺到しているという印象を強く
受けました。また、年齢層も、これまでは新卒から30代前半の人たちが主流だ
ったのですが、今年は、40代、50代の人たちが目立っていました。しかも、
年齢が高い人ほどOA関連の高いスキルが求められる会社の面接に臨んでいるで
はありませんか!服装、身のこなしから十分な就労の経験があることも容易に推
察することができました。スーツや化粧もさまになっている・・・?
 吹き荒れる不況の中、健常者さえも、非正規社員の多くが、契約を打ち切られ、
路頭に迷うことを余儀なくされています。
 そのことと今回の面接会の様変わりに、因果関係があるかどうかわかりません。
が、ないとも言い切れないという気がします。
 面接会の変わりようが、ついこの間まで一般就労していた多くの障害者が職を
失っていることを物語っているように感じました。
 高いスキルを持っていそうな方々でさえも大変な状況です。知的障害、身体の
障害が重い人たちにとって、一般就労は夢のまた夢。

●働きたくても働けない

 個別の肉体的な事情。就労の場、教育の場での制度、社会全体の構造の矛盾や
責任を棚にあげておいて、「働ける障害者は○、そうでない障害者は×」という
空気が社会全体に蔓延しようとしています。その流れを止めるべく私たち一人ひ
とりの意識と社会のあり方を変えていくべき時なのではないかと感じています。

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