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2010年2月19日 (金)

バザーリアの改革【1】改

最近、イタリアのトリエステ県での精神医療改革を描いた本を読んだ。「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」というもので大熊一夫が書いている。岩波書店より昨年10月に発行されたものだ。大熊一夫といえば、1970年ごろに「ルポ精神病棟」を書いた元朝日新聞の記者だ。この本に対する評価は二分されていたのを思い出す。当時世間は知らないことになっていた精神病院の闇を明るみに出し、世間も知らないことには出来なくなった。と言っても「世間」の人はもともと精神病院が悲惨なところだということは知っていた。精神病院での患者殺しは時々には報道されていたからだ。しかし、「世間」は知らないことにすることで肩に荷を背負うことを免れていた。それを大熊の本は明るみに出して、「世間」も逃げ隠れできなくなったのだ。そういう積極的なことを正当に評価する人は多かった。

片方で、このルポは「アルコール中毒」を装って、中くらいに悪い(良い)精神病院に入院したことを書いたものなのだが、大熊は1週間しか入院に耐えられなかった。精神病院の環境がもともとなかった拘禁性の精神病をもたらすものであることがあり、大熊も一週間でこの限界点に達した。もしそれ以上入院していたら彼は本物の「精神病者」になっていたことだろう。大熊は命からがらそこから救出された。しかし、たった一週間で何がわかるかという批判があったことも事実だ。また、「健常者」だから「世間」が評価したのであり、もし「精神病者」が同じ本を書いてもそのような評価は受けなかっただろうという批判もある。

ルポ精神病棟はこのような評価を受けていた本なのだが、今回のイタリア精神病院のルポも評価は二分されている。といっても、評価の二分をもたらしているのは大熊の責任ではなく、イタリアの精神医療に対する評価が二分されていることの反映だ。

大熊の本の欠陥は、肝心要の「精神病者」の声が聞こえてこないことだ。「ルポ精神病棟」でもそうだったのだが、大熊にとっては「精神病者」は客体であり、お客さんであり、闘う主体とは捉えられていないのだ。

イタリアの精神医療改革とはなんだったのかからはじめよう。1970年を前後する全世界的な革命の嵐を背景として大きな精神医療改革のうねりがあった。そのなかでトリエステ県で精神保健政策のチーフとなったのがバザーリアという人物だ。

バザーリアはフランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルを師と仰でいた。この本ではサルトルの思想については書かれていない。サルトルは人間の精神的存在は自由なものであり、何にも縛られないから、人生の選択もまた自由に行なわれていると考えた。「在るようにはなく、無い様にある」のが人間の精神存在であるかと考えた。ナチズムもまた人間によったになわれたのであり、ありうべき「人間性」という抽象存在はないと考えた。キリスト教的な抽象化された理想的な「人間性」という考えを真っ向から否定した。ナチズムも人間的であり人間性であるというように考えた。しかし、彼自身はそれを許した人類に対する批判の目を失ったわけではない。むしろ逆に人類は自由の刑に処せられており、人間は自分の選択したものになるのだから、自分が何者であるかの責任を背負わねばならないと考えた。そして現実の政治の中では誰よりも自由を希求したのだ。

バザーリアもまた誰よりも自由を希求し、自分が何ものになるかは自分の選択によると考えたであろう。当時の精神病院の地獄の番人になることを良しとしなかった。

バザーリアが赴任したときの精神病院は、日本のそれと同じ位悪い状態だった。患者に対する拘束は日常であり、拘束衣で縛られて日光浴をしている患者たちの写真が今でも残っている。鍵と鉄格子の閉鎖病棟で、一旦精神病院に入れられたら一生出られないといわれていた。それも今の日本の精神病院とかぶさる。

バザーリアはその現実を変えなければならないと思った。「自由こそ治療だ」というスローガンを掲げた。患者の自由は大幅に拡大された。患者たちは青い色の木馬を押し立ててトリエステの街中で無届デモンストレーションをおこなった。その木馬が精神病院から外に出るのに高い塀が邪魔だったのでバザーリアは率先してその塀を破壊した。楽しみが必要だというので一日航空機を借り受けて、患者に遊覧飛行を楽しませたりした。   (続く)

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