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2010年2月17日 (水)

バザーリアの改革【1】

最近、イタリアのトリエステ県での精神医療改革を描いた本を読んだ。「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」というもので大熊一夫さんが書いている。岩波書店より昨年10月に発行されたものだ。

大熊一夫といえば、1970年ごろに「ルポ精神病棟」を書いた元朝日新聞の記者だ。この本に対する評価も二分されていたのを思い出す。当時世間は知らないことになっていた精神病院の闇を明るみに出し、世間も知らないことには出来なくなった。と言っても「世間」はもともと精神病院が悲惨なところだということは知っていた。精神病院での患者殺しは時々には報道されていたからだ。しかし、「世間」は知らないことにすることで肩に荷を背負うことを免れていた。それを大熊の本は明るみに出して、「世間」も逃げ隠れできなくなったのだ。そういう積極的なことを正当に評価する人は多かった。

片方で、このルポは「アルコール中毒」を装って、中くらいに悪い精神病院に入院したことを書いたものなのだが、大熊は1週間しか耐えられなかった。精神病院の環境がもともとなかった精神病をもたらすものであることがあり、大熊も一週間でこの限界点に達した。もしそれ以上入院していたら彼は本物の「精神病者」になっていたことだろう。しかし、たった一週間で何がわかるかという批判があったことも事実だ。また、「健常者」だから「世間」が評価したのであり、もし「精神病者」が同じ本を書いてもそのような評価は受けなかっただろうという批判もある。

ルポ精神病棟はこのような評価を受けていた本なのだが、今回のイタリア精神病院のルポも評価は二分されている。といっても、評価の二分をもたらしているのは大熊の責任ではなく、イタリアの精神医療に対する評価が二分されていることの反映だ。

イタリアの精神医療改革とはなんだったのかからはじめよう。1970年を前後する全世界的な革命の嵐を背景としている。イタリアのトリエステ県で精神保健政策のチーフとなったのがバザーリアという人物だ。バザーリアはフランスの哲学者ジャンポールサルトルを師と仰ぎ何よりも自由を希求していた。

この本ではサルトルの思想については書かれていない。サルトルは人間の存在は自由なものであり、何にも縛られないから、人生の選択もまた自由に行なわれていると考えた。ナチズムもまた人間によったになわれたのであり、「人間性」という抽象存在はないと考えた。ナチズムも人間的であるというように考えたのだが、それを許した人類に対する批判の目を失ったわけではない。むしろ逆に人類は自由の刑に処せられており、人間は自分の選択したものになるのだから、自分が何者であるかの責任を背負わねばならないと考えた。そして現実の政治の中では誰よりも自由を希求したのだ。バザーリアもまた誰よりも自由を希求し、自分が何ものであるかは自分の選択によると考えたであろう。当時の精神病院の地獄の番人になることを良しとしなかった。

バザーリアが赴任したときの精神病院は、日本のそれよりも悪い状態だった。患者に対する拘束は日常であり、拘束衣で縛られて日光浴をしている患者たちの写真が今でも残っている。鍵と鉄格子の閉鎖病棟で、一旦精神病院に入れられたら一生出られないといわれていた。それも今の日本の精神病院とかぶさる。

バザーリアはその現実を変えなければならないと思った。「自由こそ治療だ」ということがスローガンになった。患者の自由は大幅に拡大され、患者たちは青い色の木馬を押し立ててトリエステの街中で無届デモンストレーションをおこなった。一日航空機を借り受けて、患者に遊覧飛行を楽しませたりした。

そして、ついに広大な敷地を持つ精神病院を解体してしまった。精神病院の院長室は患者が日常を暮らす場に変えられた。患者たちは町で暮らすようになりそれを支援するための地域保健センターが各地に作られた。精神病院での閉鎖的医療が解体され地域精神医療に取って代わられた。

バサーリアの試みは完全に成功した。「精神病者」たちは地域で尊厳を持って暮らせる人たちであることが証明された。各地には日本で言うところのケアホーム・グループホームが作られた。もちろん単身による住まいもある。街で暮らすことが困難な人は解体された精神病院の院長室での生活が保障された。もちろん鍵も鉄格子もそこには存在しない。精神病院は博物館になってかつての姿を展示している。

バザーリアはそこに留まっていなかった。イタリア全土から精神病院をなくすための法律・バザーリア法が制定されて、単科精神病院は姿を消した。といっても根強く隔離収容を追及する精神科医は残っており、反バザーリアはとバザーリア派はいまでも争っている。バザーリア自身は急病で亡くなっているのだが、そのあとを継ぐ医師たちが頑張っている。

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