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2010年3月22日 (月)

バザーリアの改革【2】

バザーリアはかくして患者の自由を拡大してきた。そして、ついに広大な敷地を持つイタリア北部のトリエステ県の精神病院を解体してしまった。 

精神病院の院長室は患者が日常を暮らす場に変えられた。患者たちは町で暮らすようになり、それを支援するための地域精神医療センターが各地に作られた。精神病院での閉鎖的医療が解体され地域精神医療に取って代わられた。

バサーリアの試みは完全に成功した。「精神病者」たちは地域で尊厳を持って暮らせる人たちであることが証明された。各地には日本で言うところのケアホーム・グループホームが作られた。もちろん単身による住まいもある。街で暮らすことが困難な人は解体された精神病院の院長室での生活が保障された。もちろん鍵も鉄格子もそこには存在しない。徹底的に地域生活を支える体制が組まれていった。患者たちは次々に地域に出て自立生活を始めた。社会生活を送ることなど二度と出来ないと見なされていた患者たちは、自ら社会で生活する能力が立派に備わっていることを証明した。

そこで重要な役割を果たしたのが協同組合だ。イタリアでは協同組合の文化があるそうだ。患者たちは絵を書く組合、家具を作る組合などなどと地域に根を張った協同組合を設立していった。それが日本における「作業所」と決定的に違うのは、作業所の賃金が月に数千円と最低賃金より遥かに少ないのに比して、協同組合では充分に生活のできる賃金を得られることだ。協同組合の賃金によって、患者たちは地域自立生活が可能なのだ。

かくしてトリエステ県では精神病院は解体され、博物館になってかつての姿を展示している。

バザーリアの先進性

バザーリアの先進性の核心は、「病気を治す必要はない」という思想に立ったことだ。「精神病の者に社会生活は出来ない。完治しなければ社会に出せる存在ではない」という常識的考え方を180度ひっくり返し、「病気と付き合いながら地域で生活すればいい」と考えたのだ。これにはサルトルの思想が影響しているのだろう。キリスト教的な理想的人間像を否定し、「人間存在の本質」を否定したのがサルトルの思想だ。人間は「かくあるべき存在」であるというような本質を持つのではなく、今はない状態に在りたいと望んだ時に獲得するのが人間性だと考えた。人間は「ああなりたいな」と思ったようになる存在だと考えた。「精神病者」もあるがままで人間的な存在であると考えられる。ありたいと思う存在になる自由があるべきだ。キリスト教的規範にあてはまらないものは非人間的存在という宗教的価値観を根底的に否定した革命性がそこには存在する。

バザーリアに精神医療改革を可能としたのは、背景に左翼勢力が政権に就くというイタリア独特の政治環境があったのは間違いない。そのこと抜きには改革は不可能であったろう。それが日本で単純に同じことを実現はできないという政治的背景でもある。だからといって諦めてどうする。小規模であっても精神医療改革を目指す医師はいるし、日本には患者会という革命的な手法がある。患者会を医師や医療従事者に従属させようという輩がいるのはとんでもないことだ。

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