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2010年7月 9日 (金)

障害者は地域主権改革に反対しよう

障害者福祉政策の「規制緩和」による社会保障費大幅削減
             
地域主権戦略会議との対決。

この問題は、私たちの対応が立ち遅れている内に、どんどんと既成事実化されています。閣議決定された「地域主権戦略大綱」はこの2~3年の間に実施すべきことを提起しており、11年度からはその根幹を成す一括交付金化などが始まります。いったい何が始まっているのでしょうか。

昨年12月14日、内閣府に「地域主権戦略会議」が設置されました。

国は国防や外交、教育の根幹だけを握り、地方自治体に教育・福祉の大きな権限と予算を譲渡する大改革といわれています。廃藩置県以来の改革だと言います。明治維新以来の改革といいながら、明治維新の封建制からの脱却といった、明確な展望を示せる者はいません。民主主義的改革と打ち出されています。確かに大きな変化が生じることに疑いはありません。しかし、羽仁五郎の「都市の論理」における「都市は自由にする」という提起に比しても、真の地方自治でもないし、中身が一切説明されていないのも特徴です。何が変わるのか、会議のメンバーとその発言から推測するしかありません。

会議のメンバーの一人である大阪府知事の橋下は、在日朝鮮人や北朝鮮をヤクザ・暴力団だと言って公然と差別し、朝鮮高校を府の補助の対象外とするなどと、まるで右翼団体、「在日特権を許さない市民の会」=在特会かと見間違うほどです。テレビ映りのいいように振舞うオポチュニスト(ご都合主義者)で、おおよそ民主主義改革とは縁もゆかりもない人物です。橋下が自らが民主主義とはかけ離れた手法を用いながら地方分権を叫んでいるのは、自らにより大きな権力を要求しているだけです。自治体の長や議員により大きな権力を与えるのが「地域主権改革」であり、真の地方分権でも民主主義改革でもありません。このような人物によって行なわれる改革が障害者の利益にならないことは誰でも分かります。

また、メンバーの平野博文(内閣官房長官・当時)は「中央集権の統治機構は非常に高コスト。自立した国、地方、国民であって欲しい。国と地方自治体が最低限しなければならない部分は何か。国民の自立を前提として施策を打っていく。」と第一回会議で発言しています。「国民の自立」というのは、「自助・共助・公助」という考え方で、「自助」を中心にするという意味です。「国民は政府や行政の世話にならず、一人で勝手に生きて行け」と言いたいのです。

国から地方自治体に支給される予算の8割は社会保障と教育予算です。政府の狙いはこれを削減することにあるのであって、決して民主主義の推進や、福祉の増進などではありません。国の2007度予算の社会保障関係費はは21兆4,769億円(前年度比5,352億円増、伸び率2.6%)であり、国の一般歳出の45.74%を占めています。小泉改革で毎年2200億円の社会保障予算が削られたのですが、菅政権もそれを上回る改悪をしようとしているのです。

小泉政権の「三位一体の改革」は、地方にいくつかの権限を譲渡し、財源も渡すといううたい文句でした。しかし、実際には地方に譲渡する財源は、補助金、交付金を大幅にカットしたものでした。「地方分権改革」はそれを巨大な規模で行なうものです。単純に「三位一体の改革」的なものを拡大するのではなく、従来の思想・体制の変革という大きな規模で行なう社会保障の文字通りの解体です。改革の規模ではやはり明治維新以来の大改革なのです。それを新自由主義の思想で行なうのです。自民党政権でもなしえなかった、憲法の下での戦後民主主義的なもの、価値観を解体し、剥き出しの資本主義の弱肉強食の論理に置き換える「大改革」です。

真の地方自治ではなく

沖縄県民が新たな基地建設に反対し、名護市市長選で明確に市民の基地反対の意志が示されたにもかかわらず、名護市辺野古沖に新基地を建設しようとしている民主党政権が「地方の自治」などという言葉をもてあそぶことは、いったい何を意味するのでしょうか。
現実の地方自治体は民主的とばかりはいえません。

私の住んでいる尼崎市は、都市部ですが自治体の実体は地域ボスの集合体です。似たような地方は少なからず存在するのではないでしょうか。土建屋ボスを中心にした地域支配のところも多いと思います。それは改めなければならない現実です。しかし、そういう地域ボス支配に依存しているのが、いまの日本の資本主義支配のありようではないでしょうか。真の地方自治は、そのような社会支配のひっくり返しとしてしか実現できないでしょう。
地方自治体の民主化という明確なビジョンのない地方任せは、真の地方自治、民主主義をもたらすものではありません。地域ボスにより大きな権力を与えるだけです。大阪府の橋下知事が進めたいのは巨大な独裁権力をもった首長です。橋下の主張する会議の結論は、それを全国に拡大するということしか意味しません。

地域主権戦略大綱

「地域主権戦略大綱」が10年6月22日に閣議決定されました。

「地域主権改革」の定義は、「日本国憲法の理念の下に、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにするとともに、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことが出来る様にするための改革」だとされています。「国民の自立」という謳い文句が福祉切りすての合言葉です。「自分で勝手に生きていってくれ」という要求であり、「福祉に頼るな」ということでもあります。

また、「おのずと地方公共団体間で行政サービスに差異が生じてくるものであり、地方公共団体の首長や議会の議員を選ぶ住民の判断と責任は極めて重大になる。」として、福祉削減の責任を住民に転嫁しています。障害者などのマイノリティの利益が守られるかどうかも地域住民の意思に従うということであり、国による保障という考え方は捨てられています。これでは「障がい者制度改革推進会議」でいくら良い議論を積み重ねても、実行のための手段を持たないという空疎なものとなるしかありません。障害者福祉に地域間格差は広がるし、福祉予算はより縮小再生産されていきます。

施設などの設置基準を規制緩和して自治体の勝手にさせることと、国の地方自治体への財源保障である「ひも付き補助金」をなくし、使途を定めない「一括交付金」化するということを柱としています。自治体の自由裁量権を増やして国と自治体を対等な立場の新たなパートナーとするといううたい文句です。

規制緩和

まず「国民の自立」の名のもとに、また、「地域間格差は国民の責任」の名のもとに福祉予算を削減していく。それに抵抗するものは、地域ボスの支配によって、「村八分」にあわせていく。それが地域主権改革の実体ではないでしょうか。

「大綱」の中では、都道府県議員選挙に小選挙区制を検討し、「道州制」についての検討も射程に入れていくとしています。

小泉改革は民間に対する規制緩和で資本主義の危機の犠牲を労働者人民に押し付けました。それは貧困を拡大し、大きな貧富の格差を生みました。ワーキングプアといわれる社会層を作り出しました。その規制緩和を、今度は国と地方自治体の間で行おうというのです。巨額の財政危機からの「財政再建」という労働者や障害者には何の責任もないことを、その犠牲によって成し遂げようという規制緩和です。財政が破綻しているのは、巨大な公共事業や巨額の銀行救済などの資本家救済策を重ねてきた結果によるものであって、労働者や障害者が責められる筋のものではありません。いかなる改革でも巨額の財政赤字を解消することはできないのであって、犠牲のみを障害者や労働者に強いていく規制緩和です。

地域主権推進法案は、「鳩山政権の一丁目一番地」と位置づけられており、菅政権になっても所信表明の中で述べられています。

「一括交付金の対象・括り方」

一括交付金の対象として、横軸に大きく社会保障、義務教育、その他と分け、縦軸に経常と投資と分けて、経常の中をさらに三つに分けて、現金給付として生活保護、子ども手当て・・・、保険として高齢者医療、国保、介護・・・、サービスとして障害者福祉、母子保健・・・とし、投資として医療施設、保育所・・・としています。

それらを「一括交付金の対象の整理」をします。「一括交付金の括り方」として、縦軸を経常と投資に分けて、横軸を大まかな政策分野別に、○○分野、△△分野、□□分野と括るとされています。この分野別に交付金を一括して自治体に渡します。この○○分野というブロックは省庁の壁を越えて括る、ともされています。

生活保護や障害者福祉や介護保険が一括交付金の対象とされ、それらがいくつかの分野として一括でくくられるというイメージのようです。何と何を一括分野とするのかはここには書かれていませんが、障害者福祉と介護保険との統合の問題も再浮上するかもしれません。大阪市のように独自の生活保護切りすて策を提案しているところもすでに存在しています。

労働者派遣法の轍を踏んではならない

社会保障・義務教育関係のうち「基本的に全国画一的な保険・現金給付や地方の自由裁量拡大に寄与しない義務的な負担金・補助金」は一括交付金の対象外だといいます。生活保護は始めは対象とならないように読めます。しかし、労働者派遣法でも、最初はもっともらしい事を言って対象を極めて限定して、労働者の利益になるといううたい文句で制定しましたが、一度できてしまうと対象をどんどん拡大して、製造業の日雇いまでも対象を無制限に拡大していったのです。それが生きて行けない労働者群を生み出したのです。その轍を踏んではならないと思います。約2兆円の(社会保障費の約10%)生活保護費だけが聖域とは考えにくいです。

生活保護という国家による生存権保障の要の予算が、自治体の好きなように使える一括交付金化するということであれば、憲法25条(生存権保障)の実質的な改悪です。

大綱から少し長く引用します。

「一括交付金の対象範囲
(1)基本的考え方
・    一括交付金化する「ひも付き補助金」の対象範囲は最大限広く取る。
・    補助金、交付金等を保険・現金給付、サービス給付、投資に整理し、地方の自由裁量拡大に寄与するものを対象とする。
(2)対象範囲の整理方針
・    社会保障義務教育関係―――「社会保障。義務教育関係」については、国として確実な実施を保障する観点から、必要な施策の実施が確保される仕組みを検討するとともに、基本的に、全国画一的な保険・現金給付に対するものや地方の自由裁量拡大に寄与しない義務的な負担金・補助金等は、一括交付金の対象外とする。
・    その他―保険・現金給付に対するもののほか、一括交付金の対象としないものは最小限に限定する。具体的には、災害復旧、国家補償的性格のもの、地方税の代替的性格のもの、国庫委託金、特定財源が国費の原資であるもの等に限定する。
・    一括交付金化の対象外となる補助金、交付金等についても、できる限り使途の拡大や手続の簡素化に努める。
(3)実施手順
投資に係る補助金・交付金の一括交付金化は平成23年度以降段階的に実施する。経常に係る補助金・交付金等の一括交付金化は平成24年度以降段階的に実施する。これにあわせて、経常(サービス)に係る国庫負担金の扱いについて検討する。」
その他「括り方については各府省の枠にとらわれず使われるようできる限り大きいブロックに括る。ブロックごとに使途を自由にする。国は、一括交付金化の実施状況を点検し、PDCAサイクルを通じて制度の評価・改善を図る。」などとされています。

障害者は犠牲に

マスコミはこの「点検」、PDCAサイクルを理由に、「国が関与し続ける」という批判をしています。(PDCAサイクルとはPlan(計画)Do(実施・実行)Check(点検・評価)Act(処置・改善)をいいます。)マスコミは「地域主権改革」を推進する立場から、あれが足りないこれが足りないという批判をしているのです。

「障害者」福祉政策は明示に一括交付金の対象とされています。障害者福祉を削るという場合、「障がい者制度改革推進会議」とそこでの議論はじゃまものとなります。最近の推進会議無視の「障害者自立支援法の一部改正案」は、この路線のもとで行なわれたものと言ってよいでしょう。厚労省の山井政務官は「一部改正案」は議員立法だから政府が口を出せないと言っています。そんなことが通用するなら推進会議で何を議論しても議員立法の方が優先するということになってしまいます。

分断と蹴落としあい

一括交付金化で、たとえば障害者福祉のどこに重点をおくかは自治体の自由になります。「身体」「知的」「精神」の各障害間で分断が行なわれて、予算の分捕りあいに落とし込まれるかもしれません。より少なくなったパイのなかで、競争と蹴落とし合いが始まるかもしれません。しかもブロックはより大きく括られているから、障害者予算と他の予算が一つのブロックとなっていて、障害者予算は削られる一方といったことも起きてきます。巨額の財政赤字を抱える自治体では、赤字解消が優先されることになるでしょう。

法制定の行程表が明らかにされています。「地域主権一括法案」、地方自治法の一部改訂、「国と地方の協議の場法案」は、参議院先議だったので、4月28日に参議院を通過していて継続審議とされており、来年の通常国会には本格法案が出されてきます。また、一括交付金化は11年度から順次始まります。

真の改革とは

必要なのは労働者や障害者が自由に生きていくための施策であり、その実現のための民主主義の制度です。地方自治体もまた労働者民衆の手に取り戻すことが必要なのであって、「地域主権改革」のように地方自治体の長や議会議員の権力を大きくするだけの規制緩和では民主主義は育ちません。橋下が推進するような「地域主権改革」は、まったく民主主義とは反対方向を向いた独裁権力を地方に作ることを意味します。地方自治体首長の任命制さえも要求されているのです。

必要なのは労働者や障害者が自由に生きていくための福祉であり、その入れ物としての民主主義です。それを実現する国家であり、地方自治体です。障害者もまた、国と地方自治体の真の改革のために闘わねばなりません。民主主義は弱者、少数者を守る機能を持たせなければ、ドイツでナチスが、イタリアでファシストが選挙で選ばれて政権についたその轍を踏むことになってしまいます。民主主義イコール多数決ではないのです。その民主主義を作ることは労働者の責任であり同時に少数者の側の責任です。障害者自らが国政や地方自治に口を出し、手を出し、関与し、政策決定に加わっていくことが真の民主主義なのです。障害者が街頭デモや集会をするのにはそういう意味合いがあるのです。

「地域主権改革」は、逆立ちした、障害者に犠牲を押し付けるだけの規制緩和です。絶対に反対です。

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