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2010年10月18日 (月)

怒りネット通信 No.45

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2010年10月28日発行

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10月29日日比谷大フォーラムに集まろう!

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もくじ
・第二次鈴木行政訴訟に勝利!
・10月29日日比谷大フォーラムに集まろう!
・心神喪失等医療観察法の問題点

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第二次鈴木行政訴訟に勝利!
―大田区による移動介護支給量削減の撤回を勝ち取りました-
鈴木敬治

7月28日勝利判決

 7月28日は東京地裁103号法廷で画期的な判決が言い渡されました。判決で、『考慮すべき事項を考慮しないことにより社会通念に照らし妥当性を欠き、裁量権の範囲を超えたものとして、取り消すべき違法があるといわなければならない。従って、原告の請求は理由がある。』とし、被告大田区の処分の違法を認定して取り消したのです。東京都の不服審査請求手続きについて、および国賠については極めて遺憾ながら却下されました(よって完全勝利には至らずです)。メインである対大田区では全面勝訴の判決主文でした。マスコミも注目し、NHKニュースで当日朝も含め報道され、また翌日の新聞各紙で「支給量削減は違法」の記事が掲載されました。

僕の率直な気持ち

 僕は判決を言い渡された時、「ヤッター!」と心の中で叫びました(実は、判決日が近づくにつれ不安な気持ちが高まって来ていました。前夜は、準備を全部終えてお酒も少し飲みましたが、いろいろ考えているとなかなか寝付けませんでした)。その後、傍聴に駆けつけてくれた60名ぐらいの方一人一人から「お祝い」の声を口々にかけてもらい、喜びが徐々にこみ上げて来て涙が止まりませんでした。こんな嬉しいことは僕のこれまでの人生の中でそう何回もあることではありません。
 僕は、この勝利判決は決して僕一人の力によるものではなく、全国の障害者や地域の労働者の心底からの支え、また弁護団の「身銭を切った」「同志」としてのがんばりの力によってはじめて勝ち取られた「戦果」だと思います。そして、障害者運動の長年の積み重ねの上に勝ち取った判決だと思います。ですから、僕はこの喜びをそのような多くの人々といっしょにかみしめたいと思います。皆さまに勝訴と言う最上の「お礼」ができて本当にうれしいです。

判決の意義

 現在、全国各地で障害者福祉施策における公的支援(自立支援給付での居宅介護、重度訪問介護その他の支援・地域生活支援事業での移動介護)において、自治体では要綱などでそれぞれ「月何時間を標準」などと称して支給量を制限している実態があります。本判決は、介護時間の安易な制限は違法になることを明らかにし、個々の障害者の実状、必要性を勘案して支給量を保障するべき法的責任が行政にあることを明らかにしたものとして大きな意義があると思います。また、障害福祉施策における公的介護の権利を巡る訴訟において、初の原告障害者側の勝訴判決でもあると言えます。その意味で、他の自治体に対する波及力―闘いの「武器」として大いに活用すべき位置を持っていると言えるでしょう。

大田区のプレス発表

 大田区側は、控訴期限ギリギリの8月11日に控訴断念をプレス発表しました。しかし、その中で述べている「控訴しない理由」は怒りなくして読めない代物です。そこでは、大田区は判決文から①『要綱の定め自体に違法性はない』『標準時間を32時間としたことについて一定の合理性を肯認し得る』、②支給量の認定に必要な資料について『本件は、辛うじて認定が可能となった例外的事例』という箇所を引用しています。まったく自分たちに都合の良い一部分のみを引用してきたもので往生際の悪い居直りそのものです。しかし、判決の趣旨はまったく違います。判決文ではっきりと要綱については『32時間が上限としてではなく・・・・・所要の加算を前提とする標準として運用される限りにおいて・・・・・一定の合理性を公認しえるものである』と明示しているのです。判決の重点、趣旨は、あくまで『所要の加算を前提とする』に置かれているのです。まったく判決の趣旨のご都合主義的な捻じ曲げとしか言いようがありません。
 そして何より大田区が長年違法状態を続けて来て僕に対して苦痛を強いてきた現実に対する一片の謝罪もなかったことです。本当に怒りが湧いてきます。はっきり言って、大田区の障害者に対する姿勢自体は全然変わっていないのです。大田区は、裁判所にこんなにはっきりと指弾されているのにもかかわらず、ここに至っても責任逃れにきゅうきゅうとしているだけです。

僕たちの記者会見

 大田区のプレス発表の翌日、僕たちは記者会見を行いました。僕たちとしては、東京都および国賠の敗訴はまったく不当であり悔しいけど、メインの移動介護量をめぐる訴えについては基本的に勝訴であることから控訴はしないことにしました(8月12日判決確定)。なお、弁護士の方からは膨大な判決文の中には行政への配慮からか、大田区が引用している箇所以外にも問題視すべき箇所が結構あると指摘されています。今後の検討課題になると思います。
 会見の中で僕は、大田区のプレス発表に対し「僕の件を『例外的事例』と言っていましたが、僕は僕一人のために闘ってきたのではなく障害者みんなの為に闘って来たのです。要綱をこのまま続けようとしているのもおかしいです。大田区は障害者の生活のことを分かってないのです。僕はこれからも要綱を撤廃させ、大田区の障害者に対する姿勢を根本的に改めさせるための話し合いを続けて行きたいと思います。」と述べました。

※判決確定後、8月23日付けでようやく「判決の趣旨にのっとり」と支給量決定の通知がありました。

僕のこれからの闘い
 僕はこれで闘いが終わったのではなく、これからも闘いを続けて行きます。先に述べたように大田区とはいまだ「決着」はついていないのです。話し合い-運動を続けて行くつもりです。
 僕は今回の裁判闘争を振り返って、やはり障害者自身がはっきりと社会に対して主張することが大切だと思いました。そうでないと世の中は変わりません。
 これからも、更に地域―全国の障害者の仲間、労働組合や市民の仲間と結びついてゆきたいと思います。本当にありがとうございました。これまでは支援されることばかりでしたが、これからは身体の許す限りどんどん障害者や労働者の闘いを支援して行きたいと思います。よろしく。

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◇地域で暮らす権利を勝ち取ろう!
★福祉きりすてはもう許さない!
★10月29日日比谷大フォーラムに結集しよう!
古賀 典夫

 わたしたちは今、重大な岐路にたっています。「障害者自立支援法」を完全に廃止し、地域で暮らす権利を獲得するのか、「地域主権改革」の名のもとに福祉きりすてと国の生存権保障の義務を投げ捨てる動きに飲み込まれていくのか。この生きるか死ぬかの岐路にいると思います。

 わたしたちは、「自立支援法」が成立したあの05年10月31日の悔しさを決して忘れることはできません。心中などで失われた人々の命をけっして忘れません。
 この状況を逆転していく大きな一歩をわたしたちは、06年10月31日の1万5千人が結集した日比谷の大フォーラムで切り開きました。前日まで「自立支援法の見直しの必要はない」としていた厚労省を、大フォーラムの一日後には「見直しを検討する」といわざるを得ないところに追い込んだのです。

 この一年の状況を決するのは、各地での運動を積み重ねながら、どれだけの人々が10月29日の日比谷大フォーラムに結集するかにかかっていると言えます。
今の状況を考えれば、06年を超える結集が必要なのではないでしょうか。全力で共に成功させましょう。

★「自立支援法」改定案をめぐる動き

 自民党や公明党関係者からは、今の臨時国会で「自立支援法」改定案を成立させたい、との意向が示されています。
 他方民主党の「障がい者政策プロジェクトチーム(座長=谷博之・参議院議員)」は、「障害者」団体からヒアリングを行い、この臨時国会でどうするか検討しています。『福祉新聞』2499号は次のように伝えています。
 「週1回ペースでヒアリングを続け、自立支援法改正案を議員立法で臨時国会に提出するかしないか、改正しない場合は現状にどう対応するか、改正する場合はどのような内容の法案にするか、11月ごろまでに判断する方針だ。」
 ここから読み取るべきことは、やはり10月29日の日比谷にどれだけ「自立支援法」撤廃派が集まるか様子を見ている、ということではないでしょうか。この臨時国会は、
12月3日までとされています。11月に法案を提出すれば、通過させる時間は十分にあるのです。
 日比谷への大結集を実現して、法案提出をなんとしてもあきらめさせなければなりません。 

★民主党の「地域主権戦略」とは

 この点についてはすでに『怒りネット通信』44号において、高見さんが指摘されていますが、ここで改めてまとめてみたいと思います。
 この「地域主権戦略会議」の設置を決定したのは昨年11月17日の閣議でした。そのときに決められた「地域主権戦略会議の設置について」という文章では、その目的を次の2点としています。
①「地域のことは地域に住む住民が決める「地域主権」を早期に確立する」こと②「地方分権改革推進委員会の勧告を踏まえた施策を実施する」こと

 ① については、民主党の沖縄に対する姿勢から、それがまやかしであることが判ります。沖縄県民、県議会、名護市民が新基地建設に反対を表明しても、あくまで基地押しつけを行おうとしているのですから。
 では具体的な中身にかかわる②は、何を推し進めようとしているのでしょうか?

 「地方分権改革推進委員会」は、自民党安倍内閣によって2007年4月に発足しました。この委員会の設置根拠となっていたのが地方分権改革推進法です。
この法律は、今年3月に失効しましたので、この委員会も現在は存続していません。昨年、民主党政権に変わっても、この委員会の委員は自民党政権の時から変わらないメンバーで続けられ、第3次と第4次の勧告を出しています。

 民主党は「地域主権改革」を「一丁目一番地」、すなわち、民主党政権にとってもっとも根本的な政策である、としています。ところが、その政策の具体的な中身は、自民党政権の下で目指されていたものと変わらないものなのです。
 07年5月30日に、地方分権推進委員会は、「地方分権改革推進にあたっての基本的な考え方」を発表します。その中身は確かに今年6月に出された「地域主権大綱」に引き継がれていることが判ります。
 安倍内閣は、小泉改革を引き継ぎ、その新自由主義政策をより徹底しようとしていました。そのためこの「考え方」においても、「自己決定・自己責任」、「受益と負担の明確化」、「官から民へ」という言葉が踊ります。これらは、「自立支援法」も含めた福祉きりすて政策を推し進めてきた概念であることをわたしたちはけっして忘れません。
 そして、地方分権改革とは、「地方自治を担うべき地方政府」の確立を目指すものであると位置づけ、さらに、「将来の道州制の本格的な導入の道筋をつけるもの」とされています。そのためには、「国が本来やるべき仕事のみに専念」するとして、国と地方との役割分担が強調されます。
 「住民生活に直結した行政分野(まちづくり、社会保障など)において、徹底した役割分担の見直し」という表現があるのですが、社会保障や街づくりは国が本来やるべき仕事ではないと言いたいようです。この考え方は、「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」を国の義務としている憲法第二十五条とは相容れません。安倍内閣は改憲を目指していましたが、民主党もこうした考えを受け継ぐということでしょうか。

 民主党政府が今年の通常国会に提出した「地域主権推進一括法案」は、衆議院で継続審議となり、総務委員会に付託されています。「自立支援法」など福祉関係法の改悪も含まれています。施設・設備・人員・運営の基準を、都道府県の条例に委任しようとするもので、地域間格差をますます広げる内容です。
 6月に出された「地域主権戦略大綱」では、福祉や義務教育関係の予算を一括交付金の対象とすることが打ち出されています。一括交付金は、来年度から実施するとされており、段階的にその範囲を拡大していくとされています。そして、そのための法案を来年の通常国会に提出するとしています。
 仮に、国がこれまで出してきた予算を減らさないとしても、地域間格差は大きく開くでしょう。今でも都市部から離れれば、制度はあっても実際に福祉を受けられない状態が起こっています。そうした地域では、「障害者」などの運動も強くはありません。

 それどころか、「地域主権戦略」は、予算を減らすことが前提とされていると言わなければなりません。昨年12月14日に開かれた「地域主権戦略会議」では、

・「お金がここまで足りなくなってしまっているような状況の中で、必然的にやらざるを得ない」(鳩山、当時の首相)
・「中央集権の統治機構で来たために非常に高コストな社会構造になっています」
(平野、当時の官房長官)
などの発言が行われています。
 他方、この「大綱」では、「全国画一的な保険・現金給付に対するもの」などは、「一括交付金化の対象外とする」と述べられています。生活保護費や医療保険、介護保険、年金などがこれに当たると思われます。

 こうした動きの中で、「障害者も介護保険制度に入ったほうが安全」などというキャンペーンも行われる可能性があり、注意が必要です。何よりも確認しておかないといけないのは、これらが一括交付金の対象外とされるのも当面に過ぎないということです。この9月に行われた民主党の代表選の過程で小沢議員が発表した政策集では、国民健康保険、介護保険、生活保護制度なども含めて「社会保障関係費」として一括交付しようとする構想が記されています。そして、一括交付という形にすれば、国の補助金総額の7割や5割で、自治体は運営していける、と主張しています。
 いずれにしても、社会保障全体がきりすてられる結果になることは間違いありません。社会保障を充実させる国の責任こそ明確にさせなければならないのです。

 そればかりではありません。07年の「考え方」に書かれている税源委譲という言葉は、今年の「大綱」ではなくなっています。それに変わって「地方消費税の充実」や「課税自主権の拡大」という増税路線が記されているのです。この20年あまり、高額の所得については、個人についても法人についても減税してきました。法人税の減税はさらなる推進が語られています。経済的に苦しい庶民に、ますます税の負担を負わせる方向です。
 社会保障をきりすてる「地域主権」関連法に対して、わたしたちは反対を突きつけていかなければなりません。この秋の臨時国会と来年の通常国会は、これらの法案との闘いです。やはり、日比谷の大結集が大きな意味を持ちます。

★菅内閣は、「障害者制度改革推進会議」の第1次意見をありのままに受け止めよ

 「障害者制度改革推進会議」の「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)につきましては、『怒りネット通信』44号で若干触れましたが、これを受けた菅内閣の閣議決定の内容は、第1次意見の重要な部分を省いています。閣議決定は、この第1次意見を「最大限に尊重」としながら、実はいかに値切るかが狙われているということだと思います。ここでは、第1次意見の何が省かれているのかについて、主なものをポイント的に紹介します。

●総論的な部分
①「障害者」が政策の決定過程に参加することの重要さ、
②「地域において自立した生活を営む権利」の権利という言葉、
③「24時間介助等を含む支援制度の構築」
④「制度の構築に当たっては、地域間格差が生じないよう十分に留意する」こと、

●労働、雇用について
①「法定雇用率の水準」、「特例子会社」、「障害者雇用納付金制度(納付金の額、助成金の対象と期間等)」が検討対象から外されていること、
② 低賃金除外制度について、検討対象から外している。

●教育について
①「障害の有無にかかわらず、すべての子どもは地域の小・中学校に就学し、かつ通常の学級に在籍することを原則」とすること
②「学校において適切な教育を受けることを保障するためには、教育内容・方法の工夫、学習評価の在り方の見直し、教員の加配、通訳・介助者等の配置、施設・設備の整備、拡大文字・点字等の用意等の必要な合理的配慮と支援が不可欠」であるということ。

●所得保障について
 住宅家賃の減免が検討対象から外されている。

●医療について
①「精神保健福祉法の抜本的な改正」と「精神医療の一般医療体系への編入」

② 第1次意見では、「障害者」が必要とする医療全般の応能負担化の検討を求めているのに対し、閣議決定では、「自立支援医療」のみを検討対象にしている。
③ 障害者や児童に対する受診拒否の実態を把握し、改善のための措置を講ずる」こと

●「障害児支援」
 地域において一般児童と共に育ち合うこと

●「虐待防止」について
 第1次意見では、「虐待行為者の範囲」として、「親族を含む介助者、福祉従事者、事業所等の使用者(従業員を含む。)」、「学校や精神科を始めとする病院等における関係者」をあげている。
 閣議決定では、「速やかに必要な検討を行う」としているのみ。

●「情報アクセス・コミュニケーション保障」について
 コミュニケーション保障の権利など。

●「政治参加」について
 「選挙権、被選挙権に関する成年被後見人の欠格条項については、後見人が付いているかどうかで差別化する人権侵害の側面が強いことから、廃止も含め、その在り方を検討する」こと

●「司法手続」について
 「被疑者取調べの全面可視化」、「手続的な保障がないままに自白がなされた場合には、証拠として採用されないような仕組み」、「非拘禁中の『障害者』への適切な配慮」、裁判傍聴、逸失利益が低く出る問題、などの検討
 また、文科省は、「推進会議」のヒアリングにおいて、現在の「特別支援教育」が「日本型インクルーシブ教育」だなどと発言しています。
 こうした政府の姿勢を強力に正していくためにも、10月29日の大結集を実現しましょう。

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心神喪失等医療観察法の問題点
高見元博

報道されたケース

 最近、立て続けに医療観察法に関する大きな報道が二つあった。一つ目は、8月4日、共同通信。「医療観察法で初の重大再犯/2人殺害容疑で逮捕の男」というもの。医療観察法で入院処遇されていた人が退院後に殺人事件を起こしたという。制度の有効性が問われるケースだ。
 この人は45歳、大阪市で5月、男性2人を刺殺したとして殺人容疑で逮捕されたが、事件の約3カ月半前まで、医療観察法の入院治療を受けていた。2005年の施行以来、医療観察法対象者が重大な再犯の容疑で逮捕されたケースが明らかになったのは初めてだという。この人は08年、大阪市西淀川区のコンビニで客を殴った傷害容疑で逮捕されたが起訴されず、同法対象者として佐賀県内の保安施設(肥前精神医療センターのことだと思う)に入院。その後大阪府内の病院に移り、ことし1月末に裁判所の判断で「処遇終了」となり退院、一般の精神科に通院していた。記事には書いていないが、観察法による強制通院と思われる。

 この人は1997年に全日空機内で乗員に刃物を突き付けたとしてハイジャック防止法違反容疑で逮捕されたが「心神喪失状態だった」と不起訴になった。98年には福岡県での殺人事件で福岡地裁が限定的な責任能力を認定。実刑が確定し服役した。

 医療観察法は、殺人や放火など重大事件の容疑者や被告が心神喪失・耗弱を理由に不起訴処分や無罪となったケースで、検察官の申し立てで裁判官と精神科医による合議の審判を開き、保安施設への強制入院や指定病院への強制通院を命令できる手続きを定めた法律。2001年に大阪教育大付属池田小で児童8人が殺害された事件を口実に成立、05年7月に施行された。「重大な事件」というが全治5日間の傷害事件にも適用されている。

医療観察法の無効性

 医療観察法の推進派は、同法により、「重大な事件を繰り返す『精神障害者』に重厚な医療を施して再犯を防ぐことができる」と言っていた。裏側にあるのは「再犯可能性のない100人を拘禁しても一つの事件が防げればよい」という理屈だ。もっとも表立ってはそこまで言わないが。今までに約1000人が入院処遇とされてきたが、それで1000件の事件が防げたとは誰も言わないだろう。同法国会審議の過程で、「再犯可能性のない多数の人が拘禁される」という事実が明らかになっていた。それでも同法を成立させた理屈が、「重大事件を繰り返す『精神障害者』が実際にいることにどう対応するのか」というものだった。「100人の無実の人を拘禁してでも一つの事件を防がねばならない」という理屈と言われても仕方のない論争だったと思う。
 

ところが今回明らかになったことは、医療観察法では一つの重大事件を防ぐことはできないということだ。1000人の無実の人は何故に拘禁されたのか、まったく無意味に拘禁されてきたということではないか。

 推進派の、日弁連医療観察法部会事務局長の伊賀興一は、「法律は有効だが、誤診があった」と言っている。なんと無責任な言い分か。少し長くなるが記事の全文を引用する。「医療観察法は国が精神科医療に直接責任を持つ初めての制度。その部分で評価すべきで、基本的に有効に機能していると考えている。ただ、今回は医療観察法に乗せるかどうか判断する際、人格の偏りを病気と誤診してしまったケースではないか。入院中の医療や退院の判断に問題があったとの議論にはならないだろう。そもそも裁判所は「責任能力あり」と判断すべきだった。ただ、刑務所に行っても再犯の防止にはつながらず、今回のようなケースに対応するために別の制度の整備を検討する必要がある。」と言うのだ。
 『この人は「人格障害」であり、「精神障害者」ではなく、心神喪失ではなかった。そこに誤診があり、裁判所が医療観察法に乗せたことが間違いだ』と言う意味だ。しかも、新たな保安処分の必要性にまで言及している。この人が国会での論争過程で推進派が示した「重大な事件を繰り返す『精神障害者』」その人であったのかどうかは不明だ。しかし、明らかにこのようなケースがあるから医療観察法は必要だと言ってきたのは間違いない。そのケースに対して同法が無効だと分かったら、今度は刑務所出所者に対する保安処分が必要だというケースにしてしまう。なんとご都合主義な言い分であることか。

 無効な法律は廃止しかないことを示す事件だ。

もう一つの報道

 「心神喪失被告を16年拘置、目にはし刺し死亡」という見出しの事件だ。読売と朝日と東京新聞が報じた。8月8日の事件だ。読売を引用する。
 「精神鑑定で心神喪失と診断され公判が停止された後も、16年近く千葉刑務所(千葉市若葉区)で拘置されていた40歳代の男性被告が死亡したことがわかった。自傷行為とみられる。同刑務所が9日発表した。発表によると、被告は7月30日午前0時過ぎ、両目にはしが刺さった状態で発見され、8日に病院で死亡した。はしは木製で被告のものだった。
 千葉地検などによると、被告は1992年(中略)、強盗殺人罪で起訴された。
精神鑑定で心神喪失とされ、千葉地裁松戸支部は94年12月に公判停止を決定したが、その後も同刑務所に拘置された。(中略) 男性の元弁護人は「裁判所がなぜ放置してきたのかわからない。鑑定書で自傷他害の恐れがあると指摘されていた通りになったのだから裁判所に責任があるのではないか」と話している。(後略)」
 なんと惨い事件であることか。医療観察法に乗せていたらどうかという問題ではなく、「精神障害者」を生かすも殺すも法務省のしたい放題だとということを示す事件だ。明らかに医療が必要なケースだ。もともと刑務所での「精神障害者」への医療はまったく保障されていない。原則無罪推定であるはずの未決の人を拘禁する拘置所でさえ、医療は保障されていない。以前は「精神障害者」が逮捕された場合、外から薬を差し入れすることができた。ところが最近ではそれはできなくなっている。拘置所の医者が必要と認めた場合に処方されるが、必要な量は出ないことが多い。この人の場合は未決で刑務所に拘禁されていたのだから拘置所と同じことになる。
 ずいぶん昔のことになるが、大阪拘置所で闘う「精神障害者」が殺された事件を思い出す。事件を起こして大阪拘置所に収監された「精神障害者」の鈴木さんが、拘置所の医師による反医療行為によって殺された事件だ。遺族とともに拘置所の責任を問う賠償訴訟を起こして勝利した。賠償を取ったからといって亡くなった人が生き返るわけではないが、少なくとも責任を問うことはできた。今回の事件も同様の問題だ。

医療観察法病棟の実態

 今年になって私たちの発行した「保安処分病棟からの生還」という冊子によって、保安病棟の内部の実態を初めて明らかにすることができた。

 この冊子は、今年(2010年)の1月に、3ヶ月前に保安病棟を退院したという人から私に連絡が入ったことから始まる。過去に自殺者が出たことのある保安病棟で、この方自身が自殺未遂を繰り返すほど酷い待遇だったことを告発するものだった。詳しくは同書を読んでほしい。(郵便振替にて00960-1-140519共生舎に400円を振り込んで御注文ください。通信欄に怒りネット通信で見たということと、書名を書いてください。)
 保安病棟はまったく医療的環境ではないことが明らかになっている。入院者は苦痛の大きい環境から一日も早く退院したいため、医者や看護師に対して決して正直な症状を言わない。入院者は毎日毎日「評価項目」で縛られているからだ。
「評価項目」というのはどこまで社会復帰が可能になっているかを点数で評価するものだ。医療者の側がミーティングを開いて患者に点数を付けていく。入院者は良い点を取らないと退院できないとみんな知っている。良い点を取るためには元気なふりをするしかない。しんどい症状があってもそれを言うことはない。そのような環境下で、はたして医療が成立するだろうか。

 この人の場合は途中で薬が効かなくなり、薬を飲むとかえって脳が締め付けられるように苦しい症状が出たのだが、それに対する対応をしてもらえなかった。
苦しさのあまりに自殺未遂を繰り返したのだ。しかし、そのことに対する精神科的医療対応も全くしてもらえなかった。看護師は「あなたが故郷に帰るか死ぬかはあなたの選択の問題だ」と言ったというのだ。これが自殺しようとした人にいう言葉か。

 本書をご一読いただければ、今まで私たちが決して大げさなことを言ってきたわけではないことを、知ってもらえると思う。ぜひ、ご購読をお願いしたい。
(以上)

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コメント

松葉杖の障碍者が、被告です。暴力行為等の処罰に関する法律違反で起訴された労組役員です。
とにかく、松葉杖の被告に手錠をしめ、腰縄をつけて、法廷を出入りするのには、驚きました。松葉杖で歩行困難な障碍者に逃亡のおそれなどありません。
むしろ、腰縄などが、松葉杖にからまるなどの危険の方が大きいです。歩行困難なのは、障碍者ばかりではありません。高齢者は皆歩行困難と言ってもいいくらいです。杖で転ぶなど、大腿骨骨折など、大事になります。打撲ではすみません。こんなん何とかするべきです。
この間、桐分校の中卒の話がテレビでありました。先生を正当に批判しても、懲罰です。
正当な要求が、しかし、被告に通らないと言うのはおかしいです。被告はまだ有罪でさえないので、無罪であるのですから。
とにかく、歩行困難な障碍者、松葉杖の障碍者に、腰縄、手錠というのは、間違っています。

投稿: 昨日の裁判 | 2010年10月19日 (火) 10時22分

昨日の京都の空き缶条例反対行動、人多かったです。多くの障碍者が参加していました。労働組合、釜が埼、部落解放同盟、弁護士などの参加がありました。

投稿: 空き缶条例 | 2010年10月21日 (木) 09時44分

松葉杖の人に腰縄ですか。日本の刑事司法は根本が間違っています。被疑者が犯罪をやっているかどうかではなく、犯人を作るために裁判をやっていると思います。常に弱いものいじめです。権力をもっているものが犯罪をやっても罰せられません。それに反抗したら犯罪者にされてしまいます。
三里塚の空港に反対している農民たちを見ているとそのことが痛感させられます。犯罪をしている権力は見過ごされ、抵抗する農民は投獄されています。
でも抵抗を止めたら世の中暗黒です。厚労省の村木さんのように検察の描いた絵図で犯罪者にでっち上げられ、獄に送られる。獄の外にいても何時自分の番が来るかとおびえて口をつくまないといけない。そんな世の中にしないために、声を上げ、抵抗する人を増やしていきましょう。

投稿: ゲン | 2010年10月23日 (土) 19時25分

反戦反貧困反差別の集会が雨の中ありました。10月29日の障碍者自立支援法反対の声などがなかったように思えて、ちょっと残念。沖縄基地反対は分かるが、戦争反対は、福祉を求めることと同じなんだとも思うので、是非、入れてほしく思った。雨のデモは、しかし、がんばる気持ちが、染みこんだ。

投稿: 1024京都 | 2010年10月26日 (火) 11時08分

松葉杖を付いている障碍者の方を手錠をかけ腰縄をするのおかしいです。凶悪犯じゃない。日本政府は、全米の国の方に日本の国は難しい国と言われています。障碍者の方を苦しめればいいのでしょうか!

投稿: 精神障碍者 | 2011年1月 1日 (土) 01時09分

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