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2011年6月30日 (木)

怒りネット通信47号

■障害者基本法改定案にいかなる態度を取るべきか

                          古賀 典夫

 4月22日、この改定案は国会に上程されました。権利法とは全くなっておらず、多くの問題をはらんだ法案ですが、現行法と比較すると改善点がある部分もあります。他方、2月15日に厚生労働省が総合福祉部会の検討に対して提出した「第1期作業チーム報告書に対する厚生労働省からのコメント」(以下、厚労省コメント)は、現状の福祉さえ大幅に後退させかねない内容をはらんでいます。
政府の進める「地域主権戦略」も同じように社会保障や福祉の国家責任を投げ捨てようとするものです。この8月か9月には、総合福祉部会の意見が取りまとめられ、「自立支援法」に変わる総合福祉法の法案づくりが始まります。
 わたしたちは、こうした全体的状況をにらみつつ、障害者基本法改定案に対する態度を決めていかなければならないと思います。いや、政府の側もそうした状況を踏まえるからこそ、権利法とはせず、法文全体に5箇所にわたって「可能な限り」という言葉を入れるような条文作りをしてきたのではないでしょうか。
 やはりわたしたちは、現状の福祉さえ後退させる動きがあるからこそ、権利法を要求するのだ、ということを主張すべきだと思います。「可能な限り」などという言葉は許せないと主張すべきです。そうした主張を持った運動展開をしなければ、「自立支援法」に変わる法案を眼ぶる攻防に対しても不利な状況に立たされてしまうのではないでしょうか。
 以下では、基本法改定案の内容を紹介しながら、その問題点を指摘して行きたいと思います。

●新設された条文

 新設された条文がいくつかあります。この部分は改善といえるかと思います。
 「国際的協調」と題する第五条。ただし、福祉を低い水準に合わせようとなる可能性もあるかもしれませんが。
 「療育」と題する第十七条は、「障害児」の療育についてのものです。 「選挙等における配慮」と題する第26条 「司法手続きにおける配慮等」と題する第二十七条「国際協力」と題する第二十八条 第三十条の2項、3項、第三十二条。これは、国の「障害者基本計画」について、その作成や変更の再に意見を述べることになっていた「障害者」関係の委員会の権限を拡大した部分です。これまでの「中央障害者施策推進協議会」は「障害者政策委員会」という名前になりました。権限も拡大し、基本計画の実施状況の監視、それに基づく総理大臣や関係大臣に対する勧告ができるようになっています。そして、この勧告に基づいて行った施策については、総理大臣などの大臣が政策委員会に報告しなければならないとしています。ただし、当事者の委員を過半数にすべき、という推進会議の意見は反映されず、「私たち抜きに私たちのことを決めるな」という原則は踏みにじられています。

●「障害者」の地域や社会参加は「可能な限り」でしか認めない

 しかし、これらの改善点を上回る問題点があります。推進会議の求めたような権利法とはなっていません。このことは、総合福祉法をも権利法とすべきであると打ち出している総合福祉部会にも重大な影響を与えるでしょう。
 さらに、「可能な限り」という言葉がもっとも「障害者」の生活にとって重要な部分について付けられているのです。
 「全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと。」
(第三条二号)
 つまり、「障害者」の地域生活は「可能な買い義理」でしか実現されず、それも国などが積極的に保障するものではないのです。

 「国及び地方公共団体は、医療若しくは介護の給付又はリハビリテーションの提供を行うに当たつては、障害者が、可能な限り地域社会におけるその身近な場所においてこれらを受けられるよう必要な施策を講ずるものとするほか、その人権を十分に尊重しなければならない。」(第十四条5項)
 「国及び地方公共団体は、障害者である子どもが可能な限りその身近な場所において療育その他これに関連する支援を受けられるよう必要な施策を講じなければならない。」(第十七条)
 入所施設からの地域移行などは書かれていませんし、この条文からするとそれが進まなくても「可能な限り」やっているということになるのでしょう。まして、推進会議が求めた「精神障害者」の社会的入院の解消を全く盛り込まなかったところに、政府の姿勢を読み取るべきでしょう。そして、「精神障害者」、その家族、国連からも、日本の精神医療のあり方が人権上問題があると指摘されながら、あくまで「問題はない」と言い切る厚労省の姿勢があります。だから、「人権を十分に尊重」と言ってもその程度のことなのです。

 「国及び地方公共団体は、障害者が、その年齢及び能力に応じ、かつ、その特性を踏まえた十分な教育が受けられるようにするため、可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、教育の内容及び方法の改善及び充実を図るなど必要な施策を講じなければならない。」(第十六条)
 2月14日の推進会議に示された政府案では、「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ」という言葉はありませんでした。その意味では改善なのですが、やはり「可能な限り」なのです。しかも、2項においては、交流教育の推進が述べられているのですが、これは隔離教育を前提にしているからこその話ではないでしょうか。

 「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されると共に、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること」(第三条三号)
 コミュニケーションなくして、社会参加はあり得ないのですが、それもやはり「可能な限り」とされてしまっているのです。

●「社会的障壁」を取り除くつもりはほとんどない

 基本法改定案では、「障害者」の定義を次のように記述しています。
 「障害者 身体障害、知的障害、精神障害その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であつて、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」(第二条1号)
  このように、「障害及び社会的障壁」と記載すると、「障害」という個人の特性と「社会的障壁」という社会の側の問題が並列されることになります。
 社会モデルでは、社会参加を阻んでいるのは、主要に社会の障壁の問題となります。国連の権利条約は、このような立場にたっています。この立場は社会の側が「障害者」の権利を認めるという立場につながります。
 だから、日本の政府は、社会モデルの考え方に立つことを拒否していると思われます。
 その上で、一応は認めた「社会的障壁」についても、これを除去するつもりがほとんどないことが条文に現れます。第四条1項で、「障害者」への差別、権利利益の侵害をしてはならないとした上で、2項では次のような条文があります。
 「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。」
 この定義だと国や自治体の福祉施策についても「過重」だと判断されればやらなくてもよくなってしまうのではないでしょうか。

●「可能な限り」「過重でない」とはどの程度?厚労省コメントから判ること

 24時間の介助を含めたパーソナルアシスタント制度を求める総合福祉部会側の意見について、厚労省コメントは次のように回答しています。
「財源や人材の制約を踏まえ、また、制度に係る費用を負担する国民の理解を得るためにも、一人で地域で生活を営めるような自立訓練や困ったときに対応してくれる相談支援体制の充実といった他の代替手段の活用など、様々な地域資源の活用により総合的に対応することについても検討が必要と考えられます。」 つまり、相談を受けつつも一人で暮らせるようにならないと、地域生活はできなくてもやむをえない、と言っているのです。常時介助を必要とする人など、地域で暮らすべきではない、とも受け取れる発言です。これが厚労省の「可能な限り」であり、「過重でない」負担なのです。
 もし、こんな見解が認められたら、現在長時間介助を実施している自治体にさえダメージを与え、充実させてきた介助制度が破壊されかねないと思います。
 ここでわたしが言いたいことは、「可能な限り」や「過重でない」負担という言葉を許していると、現状の福祉の水準さえ破壊されかねないということなのです。

●憲法よりも「地域主権戦略」を上におく厚労省

  総合福祉部会側は、国、都道府県、市町村の義務を記し、国については次の
ように記しています。
 国の法制度整備・充実義務、国のナショナルミニマム保障義務、地域間格差是正義務、国の財政支出義務、国の制度の谷間解消義務、国の長時間介護等保障義務
 これらはすべて、憲法25条の生存権、14条の法の元の平等、「障害者」が地域で生きる権利を保障する立場から言えば、当然認めなければならないもののはずです。しかし、厚労省コメントでは、次のように記しています。
 「国及び地方自治体の費用負担や事務のあり方については、閣議決定されている「地域主権戦略大綱」において「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本とし、基礎自治体が広く事務事業を担い、基礎自治体が担えない事務事業は広域自治体が担い、国は、広域自治体が担えない事務事業を担うことにより、本来果たすべき役割を重点的に担っていく」こと等の一定の方向性が示されています。
 特に、近年の福祉法制については、その実施主体を住民に身近な市町村としており、こ
の流れを踏まえた検討が必要と考えられます。」

 このように、憲法よりも「地域主権戦略」のほうを重視しているのです。「地域主権戦略会議」の議論を読むと、国の財政負担を減らすために「地域主権戦略」を行うことは明白です。したがって、このような厚労省の姿勢は、社会保障や福祉を後退させてもかまわないというものです。

●あくまで優生政策を護持しようとしている

  基本法政府案では、推進会議の提案からはなくなるはずの条文が残されています。
 「国及び地方公共団体は、障害の原因となる傷病の予防のため、必要な知識の普及、母子保健等の保健対策の強化、当該傷病の早期発見及び早期治療の推進その他必要な施策を講じなければならない。」(第二十九条2項)
 現行法では「障害の予防」となっている部分が「障害の原因となる傷病の予防となっています。しかしこれだけではもともとの優生政策を助長する内容は変わっていません。「母子保健等の保健対策の強化」という文言が残っているからです。なにしろ、出生全診断は母子保健対策として行われてきたのですから。
 優生政策の意味合いをなくすためには、こうした文言をなくすか、これまでの優生政策への反省を書き記すしかないと思います。

★具体的な運動展開を

 JDFも「今後の国会における議論等によるさらなる改正を求めるものである」とその見解で述べています。そうであるならば、そのための運動展開が必要です。「障害者」自身が怒りと危機感を表明し、社会的にその主張が伝わるような闘いが必要です。
 微力であるにしても、怒りネットはこうした運動を作って行こうと思います。
 

「第1期作業チーム報告書に対する厚生労働省からのコメント」への批判
                                   宮崎一

<厚労省が総合福祉部会の論議に批判コメントを発表>
 障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会で、障害者自立支援法に代わる新法の骨格作りの論議が進められています。9つの作業チームに分かれて詳細な論点整理が行なわれ、1月25日に第1期作業チームの報告書がまとめられました。
新法に盛り込む諸制度の新しい方向性をまとめたもので、今後の新法策定論議は、この報告書を土台にして進められることになります。
 これに対して2月15日の総合福祉部会で、厚生労働省が「第1期作業チーム報告書に対する厚生労働省からのコメント」(以下「厚労省コメント」)なる批判文書を発表しました。第1期作業チーム報告書の方向性に対して、官僚の立場から「拒否」の姿勢を示したものといえます。総合福祉部会におけるこれからの論議に介入する政治的意図をもったものであることは明らかで、強く批判されなければいけません。

全部で10項目35ページに及ぶ文書を一通り読むと、繰り返し出されている論点がいくつかあります。それは厚労省が強調したい点でもあり、また一般論として流布されやすい言い方になっています。新しい制度を作る際に必ず出てくる「実現可能な制度にしよう」という声を使って、障害者自立支援法の骨格を残す方向に今後の論議を誘導しようとしています。その部分を中心に批判の切り口をまとめました。それぞれが全10項目のどの項目で取り上げられているかも記してあります。(10項目の一覧を、文末に記してあります)

[1] 「国民の合意(理解)が必要」論
 (本音:「国民の理解が得られないのでできない」)
     取り上げられている項目=5項目
        1-① 「法の理念・目的」チームの「法の理念・目的」
1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」
        2   「障害の範囲」チーム
        4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」
        4-② 「施設体系~訪問系」チームの「移動支援」

 この「国民の合意」論は、5項目のうち「2」を除く4項目が、次の「財源がない」論と重なっています。“財源がない中で支出増につながるので、国民の理解が得られない”というわけです。「2」は、“公平性・透明性の面から国民の合意が必要”ということです。
 この5項目は、「権利の主体としての障害者」「国家の義務の規定」「権利保障の対象者の拡大」「障害者の自己決定保障」「義務的経費の拡大」と、すべて新しい制度の根幹を規定する部分です。厚労省は、それを正面から否定することができないので、代わって「国民の合意」論を持ち出してきているわけです。 国民の理解が得られなくても、「障害者」の地域生活を保障する新しい制度は作らなければいけないという立場を厚労省にとらせなければいけません。
 住民の反対のためにグループホームの建設が中止に追い込まれるという事例が、全国であります。通常は家を建てる時に近所の人達の合意をとることなどないのに、「障害者」が住む場合は説明を求められて、あげくのはてに拒否される。そのような差別的な状況を打破して地域生活を保障させるのが、新法の役割です。
国民の納得があろうがなかろうが、行政はすべての「障害者」に地域生活を保障する義務があるし、納得しない国民がいるのであれば、逆にそれを説得するのが国と自治体の仕事であること。新法は「国民の合意」のための法律ではなく「障害者」の権利を保障するためのものであることを、あらためて認めさせなくてはいけません。
 
[2]  「財源の確保が必要」論  (本音:「財源がないのでできない」)
     取り上げられている項目=4項目
        1-① 「法の理念・目的」チームの「法の理念・目的」
1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」
        4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」
        4-② 「施設体系~訪問系」チームの「移動支援」

 本当に財源がないのかという問題が、まずあります。2011年度国家予算のうち、障害福祉サービス(介護給付費・訓練等給付費)と地域生活支援事業費を合わせた額は6,787億円。対して、軍事費のうち基地対策等推進費だけで4,337億円で、うち1,858億円は在日米軍駐留経費負担です。米軍関係費を回すだけで、「障害者」関係予算を3割近く増やすことができます。“軍事費を削って社会保障費へ回せ”という批判が、まずされるべきでしょう。
合わせて、もう一つの論点として「限られた財源の中で、さらに『障害者』関連予算が切り縮められている」という、いわば配分率の面からの批判があります。
 GDPと「障害者」関係予算支出の対比の数字があります(2007年度)。日本の公的社会支出はGDP比18.6%でOECD諸国平均の20.5%とそんなに差はありません。
ところが、これを「障害者」関連の公的社会支出に限ると、日本はGDP比0.7%でOECD諸国平均の2.3%の3分の1になってしまいます。「障害者」関連施策を日本がいかに軽視しているかの表れでしょう。

[3] 「地域主権重視=補助金一般財源化の流れに逆行する」論
           取り上げられている項目=5項目
                1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」
              3-① 「選択と決定・相談支援」チームの「相談支援」
         4-② 「施設体系~訪問系」チームの「移動支援」
                 5   「施設体系~日中活動」チーム
                 6   「施設体系~地域生活支援事業」チーム

 ひもつき補助金を縮小して地方が自由に施策を組み立てて予算を使えるようにする(一般財源化)という理屈は、標準的な生活保障がどの地域でも確立しているという前提があって成り立つものです。ところが、日本の場合はそうではないわけです。全国的に貧弱なレベルでしかないところで、それなりの問題意識を持っている自治体がある程度支出を増やしていて、それが「地域格差」につながっていること。この状況で一般財源化したら地域格差がますます広がってしまいます。
 地域格差の責任は国の貧弱な社会保障施策にあることを、ずっと推進会議は指摘してきました。5つという多くの項目でこの「地域主権重視」論が展開されているというのは、「障害者」施策に対する国家責任を何としても回避したいという、厚労省の強い願望の表れです。
 まずは国の財政責任で必要な支援の量をすべての地域で保障させる(つまり社会保障分野では「ひもつき補助金」が必要)ことが求められています。「どこの地域で暮らしていても必要かつ標準的な生活ができる体制」を作らせるのが、当面の課題です。

[4] 一般事業所(企業)の参入制限論
           取り上げられている項目=2項目
                3-① 「選択と決定・相談支援」チームの「相談支援」
4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」

 ここは「エンパワメント支援(ピアサポート)」「パーソナルアシスタンス」のことを言っています。この両事業について、利用者主体のサービス提供組織が中心になって担うことを、作業チームは想定しています。それに対して厚労省は「事業者の指定権限は市町村にある」「(利用者主体でない)事業者が新たに参入することを規制することになる」と、これを回避しようとしています。
 「4-①」のパーソナルアシスタンスの項で、作業チームは導入の必要性を「①利用者の主導②個別の関係性③包括性と継続性」という3点にまとめています。介助者を自分で選べないのでは、自分の生活を自分で組み立てるという人間として最低限の選択権さえ奪われてきたのと同じで、それは制度として保障されなければいけないということがこの3点に含まれています。
 それを否定する厚労省コメントは、「障害者」から人間としての最低限の選択権を奪うものです。さらに、新法の基本理念が「障害者」の自己決定やセルフマネジメントにあることを考えれば、参入が制限されるのはむしろ当然と考えるべきでしょう。
 これは、社会保障分野を営利企業に開放して資本の金儲けの場にしようという国の政策にブレーキをかけることになります。その面からも厚労省としては認めたくないのでしょう。さらに、「障害者」主体の事業所が強化されることは、「障害者」が今以上に団結して制度の改善を要求することにもつながり、そのことへの警戒感もあるでしょう。

[5] 「事業所・学校の合理的配慮を踏まえる必要」論
      (本音:「事業所や学校に過度の負担をかけるのでできない」)
           取り上げられている項目=2項目
        4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」
        4-② 「施設体系~訪問系」チームの「移動支援」

 通勤・通学・入院時等のヘルパー利用制限をなくすとともに、雇用分野・教育分野・介護保険から支援財源を回すべきという作業チームの方向性に対して、厚労省は「それぞれの場面で誰がどこまで責任を持つのか」「事業所・学校による合理的配慮の範囲が決まってから検討」という理由で回避しようとしています。
 厚労省のいう「それぞれの場面において誰がどこまで責任を有するのか」「どの分野から財源を出すのか」というのは、国や自治体の内部で調整するべきことです。一方、「障害者」の側が求めているのは、日常生活支援(介助)が境目無く連続的に保障されることで、職場や学校に通えるようになったり安心して入院できるようになることです。この2つはまったく次元が違うものです。それを意図的に混同させています。パーソナルアシスタンス制度創設や移動支援が拡大することによって、重度「障害者」が職場や学校に通えるようになることを避けたいというのが、厚労省の本音でしょう。
 また、「合理的配慮=過度の負担をかけない」論の扱いにもおかしさがあります。たとえば、職場就労での合理的配慮では企業に過度の負担をかけない範囲でということになっています。経営難で倒産の危機にさらされている中小・零細企業が、「障害者」雇用でさらに経営が苦しくなるのはおかしいのは確かです。その場合は、賃金補填等で国や自治体が支援しなければいけないのです。合理的配慮は、国と自治体こそが制度的・財政的に責任をもって支えなければいけない。
行政の支出抑制を前提とする日本の合理的配慮の論議は、このことを意図的にはずしています。その点からも批判されなければなりません。

[6] 「全国一律な透明・公平な制度」論
           (本音:「透明・公平な制度を作るためには、全国共通の制度にして国が決定権を持たなくてはならない。地域や『障害者』に基本的な決定権は与えられない」)
           取り上げられている項目=2項目
        2 「障害の範囲」チーム
       3-② 「選択と決定・相談支援」チームの「支給決定」

 作業チームの論議では、制度の対象者を「障害と社会的障壁の相互作用で生活に制限を受ける者」とし、支援の必要な人をなるべく広く対象にしようとしています。さらに、制度利用にあたっては、「障害者」本人の自己決定権を基本にした支給決定方法(本人と自治体の「協議・調整」)にしようとしています。それに対抗する形で厚労省が出してきたのが、この「全国一律な透明・公平な制度」論です。
 “支援が必要か否か”という曖昧な基準や、当事者と自治体の協議による支給決定方法では、厚労省のコントロールが利かなくなります。そのことを強く牽制しているコメントです。そしてその裏には、「障害者」施策を介護保険に統合しようという意図を感じ取れます。専門職や各「障害」当事者団体による認定でさえ「全国統一ではない」ことをもって否定していることは、全国一律の介護保険への統合を厚労省がなおも狙っていることの表れです。
 この部分は「障害者」にとっても生活の根幹に関わる部分で、新しい制度の根幹に据えなければいけない部分です。
 たとえば、「知的障害者」と「健常者」の境目は限りなく曖昧です。手っ取り早い指標は知能指数(IQ)ですが、IQが高くても多くの支援が必要な人もいれば逆にIQが低くてもそれほどでもない人もいるというのは、よく言われることです。
必要な支援の内容と量は個人によって違うことを前提にして、認定は地域に任せることを明確にするべきです。
 また支給決定の部分では、例として横浜市の利用者が11,730人いることをあげて「協議・調整」の支給決定方法が困難といっています。しかし、もしセルフマネジメントを基本にするのなら、「話し合い」にそんなに時間をかける必要はありません。出されたサービス利用計画で大きな疑問があるものだけ丁寧な協議・調整をすればよいだけです。厚労省は、行政の職員が納得しなければ支給決定をしないというイメージでいるようで、ここにも「決定権は国(行政)が握りたい」という意図が透けて見えます。
 それに、11,730人全員の生活の様子が毎年毎年大きく変わるということはまず考えられないわけですから、一度支給決定をすれば二度目以降はそんなに時間はかからないのではと思います。

[8] 事業体系
     取り上げられている項目  5「施設体系~日中活動」チーム

 作業チームが、日中活動を「働くこと」「趣味」「居場所」のいろいろな要素を含んだ、「総合的な居場所」としていることを全面否定。相変わらず「訓練系」「日中活動系」に分離し、訓練系事業所での効率を追求するなど、労働能力を基準にした輪切り体制を維持しようとしていることが批判されなければなりません。
 そもそも人は、生活費を得るだけではなく人間関係を作ることも含めて、働くことで「社会に参加している」という実感を得ているわけです。なぜ「障害者」だけが、毎日「訓練」をしなければいけないのか?一人の人間として見ていない証拠です。それがこの事業体系の扱いに表れています。

[9]  「コミュニケーション支援」「移動支援」についての問題のすりかえ
      取り上げられている項目:
  6 「施設体系~地域生活支援事業」チーム

 「コミュニケーション支援」「移動支援」という、人間として最低限必要なものを国の義務的経費にするべきという作業チーム報告に対して、「柔軟性のある支援」を主張。複数人数での利用など柔軟な利用ができるようにするのは当然なされるべきですが、それと「国の義務的経費化」は別次元のことで、問題がすり替えられています。
 これは、「事業のあり方」の次元ではなく「コミュニケーション」「移動」という、人として最低限必要なことさえ認めないということであり、「障害者」の地域生活そのものを軽視するものとして批判されるべきです。

[10] 精神「障害者」をめぐって
     取り上げられている項目  7「医療」チーム

 厚労省「精神保健福祉法等で人権確保に配慮した規を設けている」
      ←強制入院や身体拘束が多い実態を作業チームが課題にしていること自体を否定しています。
 厚労省「医療保護入院者12万人すべて(の入院時の同意)を保護者ではなく)公的機関で担うことは、人数的に無理」
      ←12万人もの強制入院者を産み出した国自身の責任を回避しています。

[11] 行政責任の回避
       取り上げられている項目:
1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」

 作業チームは、
市町村の説明責任と申請妨害に対する制裁事業所整備が国・公共団体にあること
国民への広報・啓蒙の努力義務の3点について、国や公共団体に責任があることを明記するとしています。しかし厚労省は、以下のような理屈でこれを回避しようとしています。
他の福祉制度に同様に規定がないことと、国家賠償法等の既存制度との関係提供体制の確保は、計画的に整備(=財政状況で無理ならできなくても仕方ない)同趣旨は障害者基本法にすでに定められている
[12] 労働者の労働条件保障の回避
       取り上げられている項目:
 1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」

 作業チームでは、「障害者」の生活保障には事業に携る労働者の人件費を適性水準以上にすることが必要としています。しかし、厚労省は労働条件の規定は新法にはなじまないとして、これを回避しようとしています。
 厚労省の本音は、事業所が安上がりの非常勤労働者中心でしか運営できない現
行の体制維持です。

[13] 資格制度
取り上げられている項目
                4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」

 作業チームでは、介助者の資格取得について「入り口を幅広く取り」その上でOJT(実地研修中心の研修制度)を基本にするとしています。実質的に当該の「障害者」が介助者の研修に関われる仕組みにしていこうということですが、厚労省は「従事者の資質を、福祉サービス体系全体の中で整合性がとれるものにする必要がある」として、これを回避しようとしています。


<「厚労省コメント」全10項目一覧>
1-① 「法の理念・目的」チームの「法の理念・目的」
1-② 「法の理念・目的」チームの「国・地方自治体の義務」
2   「障害の範囲」チーム
3-① 「選択と決定・相談支援」チームの「相談支援」
3-② 「選択と決定・相談支援」チームの「支給決定」
4ー① 「施設体系~訪問系」チームの「パーソナルアシスタンス」
4-② 「施設体系~訪問系」チームの「移動支援」
5   「施設体系~日中活動」チーム
6   「施設体系~地域生活支援事業」チーム
7   「医療」チーム


以上

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コメント

読みましたが、医療保護入院は、「強制入院」です。
あまりに無残な精神障害者の屍が散らせてある日本。
何とかして、精神障害者への共感、受容、理解を促していきたいと心を新たにしました。
感謝、感激です☆

投稿: のんびり将軍 | 2011年7月 8日 (金) 15時41分

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