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2012年9月18日 (火)

三里塚

昨日「この国の農業と三里塚」をかんがえる集会に行ってきた。集会の感想ではないところでいろいろと考えていた。「三里塚」というと「暴力学生」「ゲリラ」という連想をする人が高年齢の人にはおおいことだろう。若い人は三里塚と言われても何のことか知らないという人が多いか。

ゲリラにどういう感情を持つものなのだろうか?私などはゲリラというとゲバラを連想しあのラテンアメリカの革命にはあこがれに近い気持ちを持ったものだ。シエラマエストラにこもった10数人のゲリラが1000人のゲリラとなり首都を攻略するストーリーにはわくわくする気持ちで本を読み進んだものだ。若い人には「ゲバラ29歳の革命」の映画が知られている。

三里塚も昔は中南米の農村がそうであるような田舎だった。空港が一期工事のころまでは森林に囲まれた畑の広がる「トトロの森」のようなところだった。今では森は切り倒され、畑は荒れ地となり見る影もない。その中でいまだに5戸余りの農家が農業をしている。私たちが支援に行くのはその中で、いま農地強奪にあおうとしている市東孝雄さんだ。

左翼には都市や労働者は農村や農民より1段上という考え方がある。選民思想の党派は別格として、三里塚を支援している党派にもそれはある。日本でも都市ゲリラが可能か突き詰めた末に何の総括もなしに、転向してしまった党派もある。いまだにゲリラをやめたと言わない党派もあるが、年に1度もやらないまま、こちらも何の総括もない。農民には現代革命はできないとなんの根拠もなく決めつけてしまったのはレーニンだろうか?それともレーニンの言葉で語ったスターリンか?

都市ゲリラがダメだから農村ゲリラという趣旨で言っているのではない。都市ゲリラを突き詰めて駄目だったからと言って、じゃあどうするのかという突き詰めが労働組合運動というのでは苦労のし甲斐がない。労働組合が革命的で労働組合に入れない者は二級革命家とくれば、やってらっれっか。

そんな党派に愛想が尽きたところで、「障害者」の問題で穴を掘ってしまった面もあるのだが。三里塚に実力抵抗の思想を見出し、新たに連帯を求めている人たちがいる。2年連続で沖縄三里塚集会に行ってきたが、そこでは三里塚の思想は実力抵抗として高く評価されている。農民を二級市民とみている党派には、三里塚闘争を勝たせる思想性は既に存在しない。三里塚の思想性をどこまで広く、民衆のものにするかが、これからの民衆運動の勝ち負けを決めるのではないか。

確かに都市ゲリラは駄目だったが、実力抵抗まで駄目となったのではない。ちゃんと総括して前へ進もう。

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