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2013年2月20日 (水)

三里塚と私たち

201302182

2月18日、三里塚(成田)の市東孝雄さんの農地取り上げ訴訟があり、市東さんが証言台に立った。この裁判は、成田空港会社が市東さんの畑を農地法に基づいて取り上げようとしていることをめぐって争われている。市東さんが小作として耕している畑が空港の誘導路をへの字に曲げていることから、24時間空港化を目指す空港会社が、地主から秘密裏に買い取り、千葉県農業委員会が農地の転用を許可した。立ち退きを拒否している市東さんと訴訟になっている。空港会社は地主から買い取ってから20年近くもそれを秘密にし、市東さんは旧地主に地代を払い続けていた。もともと戦後の農地解放で小作農は土地の権利を獲得したが、市東さんのお父さんは抑留中であったために手続きができず、小作のままになっていたという経緯がある。お爺さんの代から3代90年にわたり作ってきた畑だ。

この日の闘争には、300人くらいが集まり、朝から集会デモがあった。午後からは傍聴と集会が並行して行われた。市東さん本人の尋問は、一言で言って、「公共と私権の対立」「工業と農業の対立」「国家の意思と個人の生存権の対立」という構造が浮かび上がった。3代90年にわたって作ってきた土、特に父の市東東市さんの代から完全無農薬で作ってきた土は、他に移転することのできないものだ。空港会社は表土50センチをはがして新しい土地に移転することを示したが、それは農業を知らないものの言うことだ。移転することは土を捨てることを意味し、農家として死を意味する。自分はここで農業を続けていきたいだけだ。TPPで工業製品がうれれば農業製品は輸入すればいいという議論がなされているがそれと同じ構造がある。フクシマ・沖縄と国益のためには私権を侵害してもいいという国策論がある。それと三里塚の闘争は同じ構造だ。生存のための闘いであり譲ることのできないものだと述べられた。

成田で言う「公共」とは資本の利益のことしか意味していない。JALの大量不当解雇事件などから浮かび上がるのは資本の利益のための増便が、片方で労働者の非正規雇用化と無権利化、労働運動破壊と、体内時計を無視したローテーションの強制の中での労災の発生と解雇として進んでいる。片方で、成田で現在でも朝6時から23時までの離発着で健康破壊が進んでいるのに、さらに朝5時から24時までの離発着枠の拡大が進められ、周辺住民の生活権が侵害されている。その先には24時間空港化が計画されており周辺は人の住めないところにされる。それで得られるのは資本の利益であり、利用者や労働者、周辺住民の利益ではない。「公共と私権の対立」とは資本の利益と労働者・農民・市民の普遍的な利益の対立のことだ。

さらに、食料自給率が40%以下と低下している中で、自動車や電化製品を輸出するために農業製品の無関税化を進め、農業を破壊するTPPが進められようとしている。三里塚はその縮図だ。空港政策という資本の利益のためには農業は犠牲になれという農業破壊だ。また、空港建設と今進められている航空自由化と言う国策のために、個人は犠牲になれという攻撃は、資本の利益と国益を一体化させ、個人の人権・生存権を否定する点で、普天間の県内たらいまわしの沖縄基地政策や、福島で起きている原発の犠牲を県民・子どもたちに強制している政策と全く同じ構図ではないか。

三里塚(成田)では一人の農民の運命とされていることは、日本の農民すべての縮図であり、労働者・市民と国家権力の関係の縮図だ。

私たちがどちらの立場に立つべきかは言うまでもない。

201302181
 

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コメント

ひと・人により意見は違う。
だから、社会のことは政治的に決めなくてはならない。
議場では、誰かが相手に意見を譲ることが前提になる。
この場合、小異を捨てて大同につく。
無哲学・能天気では、大同はない。
大同がなければ、小異にこだわらざるを得ない。
小異は山ほどある。‘議論は、まだまだ尽くされていない’ ということになる。
政治家は、結党と解党を繰り返して、離合集散を本分のようにしている。
政治哲学の無いところに、政治音痴は存在する。温故知新が必要である。
国民に‘我々は何処から来たか。我々は何者であるか。我々は何処に行くか。’ を考える習慣がないと、政治は迷走する。

所詮、この世は仮の世。真っ当な世の中はこの世の外にある。
住み慣れたこの世に別れを告げて、まったく新しい来世に暮らすことになったら、あなたはどのような世の中の到来を望むか。
ひたすら、現世の普遍を願うのか。予定通り年中行事を繰り返し、何の変化もなければ天下泰平の世の中と言うことになる。
それでは、我が国は世界に取り残されてしまう。あなた自身に世界観はあるのか。
いつまでも、泰平の世の中に住む能天気の日本人ではいられない。
アングロ・サクソンの哲学から次々と繰り出されてくる現実対応策に翻弄されることになる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2013年2月20日 (水) 20時22分

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