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2014年1月25日 (土)

階級社会と「精神病者」解放3、戦争と「精神病」【3】

ところでファノンの経験からは、すると「精神病」と自己解放性は矛盾するものかという疑問が生じる。自己解放すると「病者」は「病者」では無くなるのかという疑問だ。ファノンの経験は何を意味するのか。ファノンの経験が新たな「精神病者」が現れなかったという意味なら合点がいく。自己解放性に満ちた社会の一時代は、発病の原因が少なかったのだろうから、精神病が少なくしか現れないのはもっともなことだ。発病が減ることと病気が治ることは違う。
「精神病者」が自己解放性を発揮した時には、その症状にどういう変化が現れるものなのだろうか。私の経験の中では、自己解放性は症状の軽減をもたらすものだったのだが、治るということではなかった。抑圧の例として、短期間の投獄により心神喪失状態一歩手前まで行ったことがある。詳細を言うのはここの場にふさわしくないが、階級闘争の中での疎外のもたらした抑圧的な構造の中では、何度もの「心神喪失」を経験している。逆に、そのような抑圧構造を打倒した後の自己解放性の中ではそのような症状は現れていない。
また、ある癲癇症の人は、思い悩むことがある時に症状があらわれ、そうでないときは消えたと言っている。すると自己解放性は「心神喪失」や症状の表れと反対の概念であるのかもしれない。「心神喪失」などが現れないという症状の軽減は、病気が治るということを意味しない。「精神病」の範囲内での苦痛の軽減といったことである。

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