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2014年1月16日 (木)

階級社会と「精神病者」解放2、「収容から「医療」へ」という視座から【1】

現状認識のために、日本における精神医療史を概観する。
一見すると医療化が進んだ「進歩の」歴史のように思われるかもしれないが、そうであったのか。「医療化」のもたらしたものはなんであったか。これから何をもたらすのか。
①    逸脱・規範に乗らないものが社会の中で暮らしていた時代。
宗教家、神がかりの人、「狂人」は社会の中で暮らし、受容されていた。
②    規範に乗らない者が収容の対象となった時代。
「狂人」・放浪者・乞食・「ろうあ者」・罪人を収容の対象とする。そのための道具(監獄・精神病院)と金が必要だった。資本蓄積が進んだ結果だ。
戦後精神衛生法の時代まで混沌とした収容が続いていたとはいえ、それは医療の名によって行われた。しかし、医療といっても、監禁・拘束とロボトミーや精神外科などの原始的なものだ。それは収容の延長上にあるものだった。
③    「医療化」の時代。資本蓄積が更に進む。
向精神薬の開発が劇的変化を生んだ。それまでの拘束、ロボトミー・精神外科から主流を取って代わった。それをも背景として医療改革の流れが精神科にも及んだ。1960年代、70年代、精神神経学会をめぐる闘争がそれである。精神医療民主化闘争として東西で同時的に闘われた全共闘運動だった。西のプシ共闘、東大赤レンガという運動が闘われた。精神神経学会の民主化をめぐる闘争は激しいものだったが、民主化は中途半端なものに終わった。その総括をするのは私の任ではない。大多数の民間精神病院は手付かずのまま、「病者」を暴力で支配していた。東西の改革運動は各地に医師たちが分散する形で終息した。
1984年宇都宮病院での患者虐殺事件がおきた。国際的批判の高まりにより精神衛生法から精神保健法に変わり、拘禁の時代が終わるかに見えた。しかし、その後も何度かの大和川事件やいくつもの精神病院の不祥事が続くのだった。患者を「私的財産」と見なす精神病院の経営に何の変化も見られなかった。
この時代は、社会活動に参加できない者が対象になる時代だった。統合失調症や典型的うつが主な対象だった。社会の矛盾が生んだ「病者」に対して、病気の側面のみを問題にする体制はこの時期には出来上がっていた。社会活動に参加できない者が「病者」と見なされた。
また、不登校・ひきこもりが社会問題とされ、学校に行けない者が精神医療の対象にのせられた。社会の矛盾が学齢期の者にまで拡大したものだ。

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