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2014年1月15日 (水)

階級社会と「精神病者」解放1「病者」の歴史【3】

もう一度概観すれば、ヨーロッパは17世紀以来の歴史の中で収容社会化する。労働の賛美と資本主義的生産様式の中では労働できない者、しない者の対比の中で、最貧困層はピネルによって解放されるまで収容されていた。この中に「狂者」も含まれていた。理性に反するものの一つとして、狂気は罪とされた。
ピネル以降に精神病という概念はできた。ちょうどこの時期に、大量の労働者が生まれ、その中から大量の「病者」が生まれた。労働とその強化は、休んでも回復しない病気を生み出し、大量の「精神病者」が生み出されることになった。これは工業化以降に起きたことである。初めから、精神病には極度の抑圧社会である資本主義の階級性が刻印されている。

日本ではどうであったか。「病者」は私宅監置されていた時代が長い。1900年精神病者監護法によって座敷牢を合法化した。現状の追認である。19年精神病院法によって私的監置から公的収容へと移行する。座敷牢の解消としての精神病院収容政策の中で、精神病院に2万人収容した。一方、大多数の監置に至らぬ「病者」は社会で暮らしていたのである。
戦後、本格的収容社会化する。精神衛生法(50年~88年)から、精神保健法、精神保健福祉法体制のもと33万人入院者という体制に移行した。背景には高度経済成長に伴う農村から都市への大量の人口の移動があった。大量の労働者が疲弊して入院することになる。戦前は結核が社会病であったが、戦後、精神病が中心になる。ライシャワーアメリカ駐日大使が「病者」によって負傷させられたという事件を契機に措置入院が増えたことも重なった。政府は私立病院に補助金を付けて精神病院建設を進めた。暴力的入院政策が取られたことを一つの契機として、33万人体制は出来上がったのだ。
ヨーロッパでは数世紀を掛けた変化が日本では短期間のうちに政策的に重なって進められた。労働が美徳であり怠惰は背徳であるという観念は、狂気を罪悪であるとみなす観念と共に、西欧化の流れの中で人為的に取り入れられた。資本の本源的蓄積過程で進められた工業化は戦後高度成長期に、影をなす膨大な「病者」の存在を前提としていたが、それらの者は暴力的収容政策の元、文字通りの暴力によって支配されていた。それは1970年代から始まる「病者」解放運動の時期まで続いたのである。

このように「病者」の歴史は資本主義社会によって規定されており、階級的性格を有している。それは歴史的存在であり、新たな歴史の中で変わるべき性格のものである。苦痛を取り除く医療は必要かもそれないが、「狂気」という存在様式を廃止する必要は必ずしも存在しない。「狂気」という存在を社会が再び認めることこそが、「病者」解放の目指すべき地点なのではあるまいか。「病者」が「病者」であるがままに差別から逃れる社会。差別されない一人の人間として生きられる社会は、歴史のひっくり返しとしてまったく可能なのだということを、歴史自身が示しているのだ。狂気がかつては差別の対象で無かったように、未来社会において差別されない在り様となることは可能なのだ。「病者」解放とは、「病者」ではなくなることではなく、「病者」であるがままに一人の人間として生きられる社会の実現のことなのではあるまいか。それは「病者」に対する価値観の転換であり、「狂気」の歴史的復権のことである。とすれば、「病者」解放とは「狂気」の復権のことなのだ。資本主義的工業化が、狂気を否定し罪としたのであるから、「狂気」の復権とは資本主義の否定であり、「病者」解放とは、資本主義的階級社会の否定であり引っくり返しのことなのだ。そこに、「狂気」の復権の根拠が存在する。「狂気」の歴史の考古学はそのことを示している。

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コメント

高見さま お久しぶりです。だいぶ前に自分でも試みて中都で挫折してきた分野なので、これからが楽しみです。
断片的ですが感想を書かせていただきます。
1)狂気の定義ですが、中世およびそれ以前と現代とではやはり異なると思いますので、フーコー以外の文献的考察が必要と思います。(中井久夫、小俣など)
(異端審問の問題や感染症の問題も)
2)狂気について肯定的な論調だと思いますが、その時代の共同体にとって都合の良い「狂気」は認められ、」都合の悪い「狂気」は異端として迫害され、処刑され、共同体からの追放=死があったと推察できます。
3)中世とそれ以前にとって閉じ込めと虐殺の対象は主に感染症(ハンセン氏病、およびペスト)だと思います。
フーコー自身ハンセン氏病の流行が去った後の収容施設に狂人が閉じ込められ始めたと記載があるはずです
4)近代以前の最大の問題はやはり、慢性的な食糧不足、飢餓、感染症だったと思います。ですからあまり美化することには少し違和感があります。
5)ただし以上の問題も推察の域を超えないことと、フーコーが狂気のことに光を当てたことは、」決して古くない問題と思うので、どうか他の文献も紹介してください。
6)17世紀以降の問題については、マルクス資本論の県史蓄積過程のところやエンゲルスのイギリスの労働者階級の状態等が相当リアルにそのときの状況をリポートしていると記憶しています。資本主義、帝国主義の発展が病者を増加させたことはまちがいない事実と思います。
7)そのうえで狂気の復権というか狂気でどこが悪い!
人間の生理現象なのだから特別視せず、本人が生きられるような社会をみんなでつくっろうという意見にとても賛同します。
8)経験的にみて、精神症状といわれるものの大半は、体の不調からおこります。脱水、空腹、疲労、睡眠不足、休憩不足、過剰な労働、熱い時、」寒い時、そして対人関係の大変さ、戦争などの大きなショックからおこることはよく知られています(突然、なんのきっかけもなく起こる例は実は少ないでしょう)そこのところをケアすればよくなるものが無理をさせられて発症すると思っています。無理をさせるのが資本主義です。だから「精神病」は社会的、身体的病としてとらえるべきと考えています。(蟻塚DRや高木DRの意見が聞きたいです)このあたりは、アメリカのサリヴァンが「分裂病は対人関係の病である」などで実例症例で書いているはずです
9)感想を断片的ですが書かせていただきました。私が最も共感するのは、吉田さんや江端さんもそうですが、「狂気でどこが悪い。人間の当たり前の減少じゃないか、都合が悪いからと言って排除=隔離するな!おれたちにだって太陽の下をゆっくり歩く権利があるんだ!」ということです。
続きが楽しみです。お互いにがんばろう
青梅の山奥にて

投稿: 吉川健明 | 2014年1月16日 (木) 23時38分

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