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2014年2月14日 (金)

階級社会と「精神病者」解放4、階級闘争と「病者」解放の内的関連性【6】

この章は重要なところでした。この論全体の中でもきわめて重要でした。みなさまからのご意見ご批判をお願いします。章のタイトルと中身があっていないというご意見を伺っています。もっともなことだと思うので更なる公表時にはタイトルをを変えようと思います。最初につけていたタイトルと、吉田氏の検討が長くなったことによる中身の不一致が生じました。まだどういうタイトルがいいか考え付いていません。以下本文。

病気の苦痛を改善することと、病気が社会的に悪だと捉えることもイコールでは繋がらない。病気を改善してはならないというのでは実際の感性に反する。現実には精神病は改善することはあれ完全に治ることはめったにない。改善の結果として「治る」ということがあったとしたら、それはそれで結構だが、再発の問題もある。改善しようとすることが「病者」を否定することというのは、そのような現実に踏まえていない。病気の原因が社会の側にあると主張することは、価値判断をすれば、悪は社会の側だということを言っているのである。それと「病者」の存在が悪であるということはイコールの数式で結ばれることではない。「病者」を価値判断し悪と決めつける大多数の考え方に反対していることにかわりはない。
だから結論として、吉田氏が主張したことと違い「精神病」は社会が作り出したものだということが分かっても、それと「精神病者」が有罪であり悪であるという立場はイコールでは繋がらない。そういう立場もありうるが違う立場もありうる以上、吉田氏のイコールの数式は成立しない。
精神病は何ら否定されるべき不正常な状態を意味しない。一つの人間存在の形式であるに過ぎない。苦痛は最大限取り除くべきであるということは、苦痛の少ない精神病が存在しえないということを証明するものではない。苦痛が精神病の実体であるのだろうか。違うように思える。実際、苦痛の少ない精神病というものは存在している。実感として、苦痛は最大限取り除かれるべきだ。それは精神病を否定することと同義ではない。

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