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2014年2月28日 (金)

「生きづらさ」

吉田おさみ氏のことを書いたところ、普通の精神障がい者の生活と結ぶ線が必要なのではないかというご指摘を受けた。自分の範囲内での生活を守ることが第一の普通の精神障がい者と、それを支える人にとっては階級的「病者」解放論はすぐには結びつかないというのだ。結局昔から言われている「生きづらさ」の問題なのだろう。開き直りが必要だとは昔から言われていることだが、生きづらさも昔から言われていることだ。それを結びつける論理がいまだに見いだされていないということだろうか。薬を飲むだけで世間から違和感を持たれる「病者」にとって今の社会は生きづらい。精神病だなどと分かれば確実につま弾きにされる。社会の片隅でそれと分からぬように生きる「病者」。しかし「病者」であることは多かれ少なかれ近所に知られている。何かと生きづらい。

その中で「病者」解放運動は開き直りが必要だと言ってきた。これはずっと昔から言われてきたことだ。しかし浸透はしてこなかったこともまた一面だ。どう二つを結びつけるのか。あるいは結び付ける必要はないのか。答えを出しては来ていない。開き直りが生きづらさを解決する方法だと言ってきたが、果たして本当にそうなのか。いろいろな疑問に答えを出す必要がありそうだ。

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