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2015年5月

2015年5月29日 (金)

報道・非正規雇用問題

◆平成272015)年519日 日本経済新聞 電子版

 非正規雇用、正規化で440兆円経済効果 ILO世界試算

 【ジュネーブ=原克彦】国際労働機関(ILO)は19日発表した2015年版の「世界の雇用・社会見通し」で、正規雇用と非正規雇用の賃金格差を是正すれば世界で3兆7千億ドル(約440兆円)の経済効果があるとの試算をまとめた。非正規雇用の拡大で賃金が抑制された結果、消費が抑制され投資も冷え込んだとし、各国に安定雇用の推進を求めている。

 ILOは、フルタイムで継続雇用されている労働者を正規雇用とし、それ以外のパートタイムなどを非正規と定義付けている。賃金格差の合計は2008年には1580億ドルだったが、金融危機後に急拡大し、13年は12180億ドルに達した。雇用の正規化で格差を埋めれば需要不足が解消されるほか、投資を刺激するなどの乗数効果も生まれ、世界の国内総生産(GDP)を3.6%押し上げるとしている。税収増にも貢献する。ライダー事務局長は非正規雇用の正規化について「理想論ではない。この分野で(政策の)行動の余地はある」と訴えた。特に不安定な雇用形態のしわ寄せが女性に向かいがちであることを問題視している。世界の労働者に占める正社員の比率は26%にとどまる。所得水準の高い国では64%だが低い国では6%で、中間所得国でも14%だ。世界で最も多いのはフリーランスのような雇用形態で働く人で、全体の35%を占める。さらに家業のために無給で働く人が11%いる。途上国では労働契約をしていない労働者も多いという。正規雇用と非正規雇用の賃金格差は欧州連合(EU)全体を含む先進国で8890億ドルにのぼり、途上国ではアジア太平洋が1490億ドルで最大だ。途上国では経済発展に伴い徐々に正社員が増えつつあるものの、増加のペースは鈍っているという。

 

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2015年5月28日 (木)

65歳問題交渉結果-1

A市と65歳問題で交渉しました。こちら側は、怒りネット世話人と怒りネット関西の事務局員と妻と私の4人。市側は健康増進課の係長2人でした。1人はいつも話をする人で、メインにしゃべっていたのは障がい者畑や生保などをいろいろと渡ってきたという人でした。

私の申し入れはなぜ要介護認定を受けないかを書いたものです。

結論は、要介護認定を受けて自立と判定されたら今と同じ時間(家事援助を月に14時間)を保障するが、介護保険の要支援に相当すればその保証はないということでした。別の機会に介護保険のケアマネージャーに聞いたところでは要支援1になると月5時間しか保障されない(9時間の不足)ということでした。A市の場合、今まで要支援になった人に、障がい者施策から上乗せしたことはないということでした。希望者がなかったからだと市は言いますが、圧迫して希望させなかったのかもしれません。介助時間が多く必要な人には要介護認定が重く出て保障されてきたと言いますが、精神の場合、要介護認定は軽く出るので、何か信用できないことを言っているなという感じでした。厚労省が言っていること(2月18日事務連絡)は承知しているということでした。

だから、要介護認定を受けるにあたって、要支援に認定されず自立と認定され、障がい者総合支援法には該当するという狭いきわきわの線の診断書を主治医に書いてもらい、自立という要介護認定が出るが、障がい者総合支援法では障害程度区分で今まで通りの判定が出れば、現状維持ができるということになります。何か綱渡りのような芸当ですね。

私のように、介護保険と障がい者施策では「自立」概念の定義が異なると言って、要介護認定を拒否した人が今までいないが、65歳になったらただちに介助を打ち切ることはしないということでした。私は介護保険優先という制度に納得がいかないから要介護認定を受けないつもりなのですがそういう人は今までいなかったから、対応に困っている感じでした。65歳の誕生日後も説得を続けるということで介助はその間保障するということでした。今までも準備が間に合わずに65歳の誕生日をまたいで保障したことがあると言っていました。

誕生日の3カ月前までにはどうするか市としての結論を出すこと。それまでに市の障がい団体を入れたガイドライン協議会で諮るか市が決めるかで結論を出せると思うということということでした。3か月前以前にガイドライン協議会の審議の模様が分かればいいなと思います。3か月前になって突然に結論を聞くというのでは、不安が募りますから。

要介護認定を受けることは任意であり強制はできないことは確認しました。

1時間30分の交渉でしたがへとへとに疲れました。燃え尽きた感じです。

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2015年5月24日 (日)

年金訴訟

地元の「年金者組合」の年金引き下げに対する裁判説明会に参加しました。2013年以降今年までに年金が2.5%引き下げられたうちの最初の1%の年金引き下げに対する違憲訴訟が行われます。6月に提訴の予定です。「年金者組合」は高齢者の団体ですが、障がい年金で提訴する人を積極的に募っていたそうです。私たちも原告として提訴することにしました。

今回、提訴するのは昨年に行った12万人以上の不服審査が却下され、再審査請求を行った約2万人の中から、希望者が行うものです。だから、その時に再審査請求をした人しかできません。今回提訴する2.5%の引き下げは、「マクロ経済スライド制」にもっていくために、「過去に下げるべきであったのに下げなかった分」を引き下げるというものです。

追加提訴で「マクロ経済スライド制」による引き下げに対する違憲訴訟も行うそうです。「マクロ経済スライド制」は、物価上昇に伴って年金を引き上げる時に、物価上昇相当分から決められた率を引いた率しか上げず、物価上昇相当分を上げずに相対的引き下げを行うものです。おおよそ30年間で30%の相対的引き下げです。これでは暮らしが成り行きません。厚生年金のある人でも、多くの人が生活保護基準を下回ることになります。

今年の6月にスライド制が適用された通知が来るので、審査請求を行い順次提訴に持っていきます。不服審査は組織でなくとも誰でもできます。多くの皆さんが違憲訴訟に立ち上がられることを訴えます。 年金者組合では今回の訴訟で県で原告100人を目指すそうです。支援する会も積極的に作っていくそうです。

本来は、将来社会への移行期や過渡期の社会では富裕者課税ですべての高齢者、障がい者に最低保障年金を導入することが望ましいと思います。 そこに持っていくためにも、引下げは許さないという闘いをしたいと思います。

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2015年5月18日 (月)

5/17県民大会・翁長さんの演説全文

沖縄タイムスより

沖縄県民大会:翁長雄志知事あいさつ全文

   那覇市内の沖縄セルラースタジアム那覇で17日に開かれた「戦後70年止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」での翁長雄志知事のあいさつ全文を掲載する。

 ハイサーイ、ぐすーよーちゅーうがなびら。うちなー県知事ぬ翁長雄志やいびん、ゆたさるぐとぅうにげーさびら。新辺野古基地を造らせないということで、ご結集いただいた皆さん、外野席もいっぱいであります。3万人を超えて、4万、5万と多くの県民が集まっていると思っております。うんぐとぅあちさぬなか、うっさきなーあちまてぃくみそーち、いっぺーにへーでーびる。まじゅんさーに、ちばらなやーさい。

 私は多くの県民の負託を受けた知事として、県の有するあらゆる手法を用いて辺野古に新基地は造らせない。この公約実現に向けて全力で取り組んでいくことを、今皆様方に改めて決意をいたします。

 先月、私は安倍晋三首相、菅官房長官と会談させていただきました。お二人との会談内容を国民の皆さまが注目することになり、ほとんどの中央メディアの世論調査で、国民は平均して(反対が)10%ほど上回る意思を表示していただきました。本土と沖縄の理解が深まったことに、大変意を強くいたしております。さらに、辺野古基金においても本土からの支援が多く寄せられていると聞いており、心強い限りで、ともどもにこの沖縄から日本を変えていきたい、こう決意をしているところであります。

 しかし私が、沖縄の民意を伝えたにもかかわらず、日米首脳会談の共同会見において、安倍首相が「普天間飛行場の危険性を辺野古建設によって一日も早く除去する」と発言されました。私は強い憤りを感じております。安倍首相は「日本を取り戻す」と言っておりますが、私からするとこの「日本を取り戻す」の中に、沖縄が入っているのかと強く申し上げたいと思います。「戦後レジームからの脱却」とよく言っておりますが、沖縄に関しては「戦後レジームの死守」をしていると、私はこう思っております。沖縄の基地問題無くして、日本を取り戻すことはできません。

 日本の安全保障は、日本国民全体で負担する気構えがなければ、沖縄のほとんどの県民に負担をさせておいて、日本の国を守ると言っても、仮想敵国から日本の覚悟のほどが見透かされ、抑止力から言っても、私は、どうだろうかなと思っているわけであります。

 特に沖縄から見ると、日本が独立し、沖縄が切り離されたサンフランシスコ講和条約の祝賀式典で万歳三唱する姿を見ると「また同じ歴史が同じ歴史が繰り返されることはないだろうか」あるいは「ミサイル数発で沖縄が沈むことはないだろうか」「将来の子や孫が捨て石として犠牲とならないか」。沖縄に責任を持つべき責任世代としてしっかりと見極めていかなければなりません。

 そして、これは強調しておかなければなりません。政府は普天間基地の危険性の除去はこの問題の原点だと言っておりますが、沖縄から言わせると、さらなる原点は普天間基地が戦後米軍に強制接収されたことにあります。

 何回も確認を致します。沖縄は自ら基地を提供したことは一度もございません。普天間飛行場もそれ以外の基地も、戦後、県民が収容所に収容されている間に接収され、また居住所等をはじめ、強制接収されて、基地建設がなされたのであります。自ら土地を奪っておきながら、「普天間飛行場が老朽化したから」「世界一危険だから」「辺野古が唯一の解決策だ」「沖縄を負担しろ、嫌なら沖縄が代替案を出せ」こういう風に言っておりますが、こんなことが許されるでしょうか。

 私はこのことを日本の政治の堕落だと言っているわけであります。

 自国民に自由と人権、民主主義という価値観を保障できない国が、世界の国々とその価値観を共有できるでしょうか。日米安保体制、日米同盟というものは、私はもっと品格のある、世界に冠たる誇れるものであってほしいと思っています。

 一方、(外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会の)2プラス2共同発表には、世界一危険だと指摘されている普天間飛行場の5年以内の運用停止が明示されていません。普天間飛行場の5年以内の運用停止について、前知事は県民に対し「一国の総理および官房長官を含め、しっかりと言っている。それが最高の担保」だと説明しています。  5年以内運用停止は前知事が埋め立て承認に至った大きな柱であります。しかし、米国側からは日米首脳会談でも言及することはありませんでした。5年以内運用停止は辺野古埋め立て承認を得るための話のごちそう、話くゎっちー、空手形だったのではないかと私は危惧しております。今日までの70年間の歴史、いつも困難の壁があるときは、必ず、話のごちそう、「話くゎっちー」をウチナー県民にも、国民にも聞かせて、それを乗り越えたら知らんぷりと。これが70年の沖縄基地問題の実態です。

 私は安倍首相にお聞きしました。ラムズフェルド元国防長官が13年前、普天間基地は世界一危険な基地だと発言し、菅官房長官もそのことを再三再四言うなかで、辺野古が唯一の解決策だといっている。辺野古基地ができない場合、本当に世界一危険な普天間基地は固定されるのか、首相に聞きましたら返事はありませんでした。しかし私は自由と人権と民主主義の価値観を、共有する国々との連帯を目指す日米同盟がそんなことはできないと思っています。

 新辺野古基地の建設を阻止することが普天間飛行場を唯一解決する政策です。 中谷防衛相との対談では、今日の中国の驚異を説明し、数字を挙げ、新辺野古基地が唯一の解決策だと話をした。「いかに現在が危機的な状況であるか」「自衛隊の増強も必要だ」「沖縄がいかに安全保障にとって重要か」と、得々と説明しております。しかし考えてみると沖縄のこの70年間、冷戦構造時代のときも大変でした。今も危機があるといっているが、私たちは積極的平和主義の名の下に、中東まで視野に入れながら、これから日米同盟が動くことを考えると、沖縄はいつまで世界の情勢に自らを投げ捨てなければいけないのか。私はこれについてしっかりと対処していきたい。  安倍首相が、二つのことが前に進んでいると私に話しました

。  一つは嘉手納以南の(返還の)着実とした進展、もう一つはオスプレイは全国に配備し、少しずつよくなっていますよと話ました。こういう話を聞くと本土の方々はなかなかやるじゃないか、少し前に進んだんだなあと思っていると思います。

 しかし、私は首相に申し上げました。首相がおっしゃるように普天間飛行場が新辺野古基地に移り、そして嘉手納以南が返された場合、一体全体、何%基地が減るんですか。これは、73・8%が73・1%。たったの0・7%しか減らないんですよ、みなさん。

 何でかというと、全部県内移設だからです。外に持って行く話ではまったくないんです。これが本土の方々には分かっていない。嘉手納以南をみんな返すぞと、こういうことで分かっていない。

 それから、オスプレイ。あれは森本敏元防衛相の5年前の著書の中で沖縄にオスプレイが配備されるだろうと書いてあります。見事に的中しております。そして、その中に何が書いてあったかといいますと、あの新辺野古基地はオスプレイを100機以上もってくるために設計されて、これからすべて、オスプレイが向こうに置かれるんだということが、あの森本さんの著書の中に書いてあるんです。

 ですから、今本土で飛んでいるオスプレイは一定程度が過ぎたら、みんな沖縄に戻ってくるんです。これを日本の政治の堕落だということを申し上げているんです。  どうか日本の国が独立は神話だと言われないように、安倍首相、頑張ってください。

 ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしていけない)。

5月18日(月) 紙面

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2015年5月17日 (日)

障害年金審査の地域格差

精神障がい者の障害年金の審査ではねられる割合に地域格差が大きいと言われていたが、数字で見るとその大きさにあらためてびっくりする。
障害基礎年金の非該当になる割合。すなわち、主治医が障害年金相当と診断しているにもかかわらず、審査で別の専門家が非該当としてしまう割合だ。精神の場合、0%のところや一桁台のところが多い。その中で兵庫県は61.3%と突出している。それを追うのが佐賀県の41.7%で、平均は15.4%。兵庫県の突出ぶりが目立つ。以前から、兵庫県では「うつ病圏の人ではねられる人が増えている。以前は通っていた程度の人がはねられるようになった。」という話は聞いていた。それが数字で示されたのだ。神戸新聞の報じた兵庫県だけの家族に関する収入調査が影響しているということもあるのだろうが、それだけとは言えないものを感じる。審査にあたる専門家は兵庫県で4人。その質が影響していることもあるのではないだろうか。
厚労省は今年になってから専門家検討会を開き等級判定のガイドラインを作るという。非該当0%の県を、平均の15.4%に合わせるような改訂ならとんでもないことだ。主治医が年金相当と診断しているならよほどのことがない限り、それが認められるべきだ。福祉的就労で等級が下げられた例もあるという。そんなことをしたら、障がい者の社会参加の場が狭められるばかりではないか。
下や「平均」に合わせるのでなく、精神障がい者にとって良いところに合わせるのが望まれる改革ではないか。

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2015年5月14日 (木)

山城博治さん(62) 連戦連敗「今度こそ」

沖縄タイムス 5月11日

 

 沖縄を語る 次世代への伝言 19

 

反基地「郷土愛」胸に 連戦連敗「今度こそ」

 

山城博治さん(62)沖縄平和運動センター議長

 

 山城博治さん(62)が、ゲート前にいない。

 名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ。

 昨夏から300日を超えた新基地建設への抗議行動で、初めての長期不在だ。

 行動に代表者はいない。

 参加者はばらばらに来る。

それでもみんな、山城さんの指示には自然と従う。

そこには沖縄平和運動センター議長の肩書きではなく、信頼関係がある。

 夏は灼熱の山形鉄板の上に座り込み、冬は寒風の仮設テントに1カ月連続で泊まり込んだ。

 最前線で、誰よりも体を張ってきた。

 激しい言動と気配り。

 不思議な二面性で、行動をここまで続かせてきた。

 時に烈火のような抗議で、仲間にさえ「過激派」と言われることがある。

 基地侵入を問われ逮捕もされた。

 一方で、参加者を縛ることを嫌う。

 「個人それぞれの考えが大事。

 行動だけ一緒にできればそれでいい」と言う。

 「来た人にさみしい思いをさせたくない」と、マイクを回した。

すると、語る、歌う、踊る、いろんな人が現れた。

ゲート前は今、運動としてはかつてないほど多様で、笑顔が多い。

 対峙する民間警備員や機動隊員にも、個人として声を掛ける。

 「仕事は仕事。全員が好きでやっているわけじゃない」と、身をもって知っているからだ。

 県職員時代の1987年、皇族が来県する海邦国体の事務局にいた。

 県民の反対を押し切り、卒業式で徹底する日の丸や君が代のテープを大量に準備した。

 徴税担当として、滞納者の家に上がり込んで家具を差し押さえたこともある。

 

 振り返ると、高校時代は基地付きの本土復帰に反対して校舎をバリケード封鎖し、除籍処分になった。

2004年、平和運動センター事務局長に就いてからは、パトリオット(PAC3)配備、東村高江のヘリパッド建設、オスプレイ配備と、反基地運動の現場に立ち続けた。

 結果は連戦連敗。

だが、意に介さない。

 「何度つぶされても平気。

 抵抗の積み重ねで、少しずつ世論は変わってきた」

 抗議は県民の怒りに後押しされ、県民も抗議の継続に力を得る。

 今、ゲート前には連日100人超が押し寄せ、県民全体は新基地反対の知事を選んだ。

 沖縄の世論を動かし、沖縄の政治を動かせば日米両政府だって止められる。

 「今度こそできる」と力を込める。

 「沖縄が日米中の軍事の濁流に飲み込まれる前に、ここ辺野古で防波堤の決壊を食い止めたい。

 保守とか革新とかではなく、郷土を愛するからだ」

 悪性リンパ腫を公表し、現場を一時離れている。

 病院のベッドの上で、電話に応じて言った。

 「現場に立てないのは悔しい。本当に。でも、戦後70年の年に、こういう闘いができる県民をあらためて誇らしく思っている」

 

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辺野古新基地阻止 島ぐるみの団結実感

 戦後70年続く不条理 闘う県民誇らしい

 

沖縄が本土から切り離されたサンフランシスコ講和条約発効の1952年生まれ。

 「父は沖縄戦で防衛隊に取られ、南部戦線をさまよった。両方の膝と、背中から脇腹にかけての3カ所、銃弾が貫通した。

 傷口にわいたウジ虫を草でつついて出した、といった戦場の話を聞いて育った」

 「父はハワイの捕虜収容所から帰り、南洋から帰った母と結婚。

 軍作業員になった。

 実家があるうるま市豊原は、ほとんどの人が軍で食べてきた。

だから軍とすら言わない。

 『現場まーやが(どこか)』と。

 今、キャンプ・シュワブのゲート前で向き合う警備の基地従業員も重なって見える。

 逮捕された時に自分を拘束した従業員にも、恨みつらみはない」

 

最初に社会の矛盾を感じたのは。

 「中1だった65年、 B52爆撃機が嘉手納基地に飛来した。

 先生に連れられ、デモをした覚えがある。

 本土復帰が決まった69年の佐藤・ニクソン会談は前原高2年の時。

 基地自由使用の密約は、高校生にも見え見えだった。

 佐藤首相訪米反対と学園の民主化を訴えて、約150人のハンストを1週間続けた。

マスコミや警察も来て大騒ぎになった」

 3年生になって、やはり基地付きの本土復帰に反対して仲間4人で校舎の一部を封鎖するバリケードストをやった。

 先生にあっという間に解除され、僕は除籍処分になった。

 『退学させられる理由はない』と登校しては、机といすごと先生に引きずり出される、の繰り返し」

 

ゲート前で逮捕された時と同じ光景だ。

 「やっていることはあまり変わらないね。

ただ、除籍になった時、母が涙を流しながら『頑張れ』と言った。

それで、むちゃばかりはできないと目が覚めた。

その後はガソリンスタンドボーイ、水道配管、土木工事となんでもやった」

 

最終学歴は大学卒。

 「兄の勧めもあって、大検を受けて進学した。

 実は高校時代、全国のいろんな大学のセクト関係者が会いに来て『うちに来ないか』とスカウトされていた。

だけど僕は、反復帰論の新川明さん、川満信一さんの本をバイブルのように読んでいた。

 国家をどう相対化するか、日本の支配層とどう縁を切るかばかり考えていたから、本土のセクトには全く興味はなかった」

 

卒業後は。

 「県庁に中級職で入り、学校事務をした。

 思ったような、沖縄全体に関わる仕事ができず、2年目に辞めた。

 司法試験を受けるため東京の専門学校に行ったが、学費が続かない。

 上級職で県庁に入り直した。

 専門学校で学んだ法律の知識は今、現場でハッタリをかますのに役立っている」

 

転んでもただでは起きない。

 「県庁では基地従業員の離職対策、次は不発弾処理担当、と充実していた。

 公務員人生がおかしくなってくるのは87年海邦国体の事務局に行ってから。

 当時の西銘順治知事は『天皇をお迎えして沖縄の戦後を終わらせたい』と考えていた。

だんだんスポーツに名を借りた政治プロパガンダだということが分かってくる。

87年の卒業式は日の丸・君が代強制で大荒れになった。

 旗やテープを大量発注して配布の準備をしたのが僕だった。

すっかりやる気をなくし、残業する同僚を残して午後5時で帰ったり、国体反対のビラを職場でまいたりもした」

 

国体の事務局職員が国体に反対と。

 「耐えきれず、ある日係長に辞表を出した。

まだ結婚して数カ月だったのに、妻も理解してくれて。

 結局、係長が引き留めてくれたが、国体本番が終わるとすぐ県税事務所の徴収担当へ異動になった」

 「徴収担当は、県庁の中で生活保護を担当する福祉事務所の次にきつい部署と言われていた。

 異動してすぐ、先輩に連れられて人家に上がり込み、クーラーや冷蔵庫に差し押さえのシールを貼った。

 暴力団抗争の真っ最中、それと知らずにコザの組事務所に行ったこともあった。

 若い衆に囲まれたが、意を決して議論した。

 『見たところ数万円が払えないようでもない。みなさんの事情は聴くが、税金だから払ってもらわないと困る』。

 親分には話が通じた。

 逆に、徴収に行った家庭のあまりの貧しさに『頑張ってください』とだけ言って帰ったこともある」

 

組合活動はずっと続けていたのか。

 「本格的には名護市民投票2年後の99年、名護に異動してから。

 『今は大変な時だ』と説得され、県職労北部支部長になった。

その後2004年に沖縄平和運動センターの事務局長に就いた」

 

そして、反基地闘争の現場に入っていく。

 「東村高江のヘリパッド建設問題には、着工した2007年から関わってきた。

 山中の工事現場入り口にテントを張って1人で泊まり込み、沖縄防衛局が来るのを警戒する生活。

 防衛局の車を高江から名護市内まで街宣車で追いかけ、マイクで『前にいるのは基地建設を強行する防衛局の車です。市民の皆さん、一緒に止めましょう』とやったこともある。

 局職員への傷害容疑で書類送検され、那覇地検に相当調べられたのがこの時。

 極端なストレスで全身が硬直し、救急搬送されたことがあった。

 斜面を降りてきた職員をよけただけで、結果は不起訴だった」

 

12年のオスプレイ配備阻止行動で、普天間飛行場のゲートを封鎖した。

 「台風で暴風警報が出ている中、仲間に呼び掛けて車でゲートを封鎖した。

ああいう行動は組織の論理ではできない。

 一方で、組織力が必要な運動もある。

 自分は組織人と一市民の間を行きつ戻りつしている」

 

今回、辺野古の新基地建設反対行動は。

 「自由な個人の集まり。

 問題が大きすぎると、組織では担えない。

ここでは、10年前からいる人もきょう来た人も、かつての労組の親分も若い人も、同じ仲間。

それぞれが自腹で、主体的に来てくれている。

 信頼と友情があって、行動だけ一緒にできれば、個人の考えは違っていい。

 戦後70年にわたる沖縄の不条理を解き放ちたいから、人の関係性も自由でないと。

 誰かの命令に従うだけなら、沖縄の未来は始まらない」

 

一番きつかったのはいつ。

 「どこでも、運動の形をつくるまでが大変。

 昨年7月、座り込みを始めた当初はゲートから入る全ての車を止めては、機動隊に排除されていた。

ところが、毎日やっているうちに、どれが海の作業に向かう車か、分かるようになってきた。

 機動隊も、なんでもかんでも排除するわけではない。

 机上でなく、現場でぶつかり合うと、相手の考えが分かってくる。

やり方は悪いけど、時間がないから」

 「夏休みに入ってから、親子連れが多くなった。

ぶつかっているだけでは駄目だと思っていたら、歌三線が始まった。

だんだん形ができていった」

 

集会では、多くの参加者に発言の機会をつくっている。

 1人で来た人に寂しい思いをさせて帰すなら、運動は広がらない。

あなたのことを見ています、ここでマイクを握って、帰ったらあなたの回りにも伝えてほしい、と。

 大衆運動は気配りだから」

 「実は以前から、シュプレヒコールにも少し違和感があった。

ほかのスタイルを見つけられないから続けるけど、言葉は前向きなものを選んでいる。

 『闘うぞ』ではなく、『海を守ろう』『未来に残そう』と」

 

「カヌー隊と連帯して」と話す時は涙ぐむことが多い。

 「よく『泣き虫博治』って言われる。

カヌー隊は海上保安庁の暴力にさらされ、非常にきつい。

でも彼らなしで運動は成り立たない。

ゲート前でも、気持ちを一つにすることを心掛けている」

 

対峙する相手に語りかける場面がよくある。

 「警備員は普通の現場だと思って本土から来る。

みんな最初はびっくりするけど、帰る時には『沖縄の人ってすごいですね』と言ってくれる。

 今回病気を公表したら、警察官も『思いは伝わっていますよ』『早く治して帰ってきてください』と。

 帰ってきたら、彼らがまた困るのに。

 現場はそこがおもしろい」

 

行動には、本土からも多くの人が訪れる。本土との関係をどう考える。

 「民衆同士、自立しながら連帯することは害じゃない。

 薩摩侵攻から400年。

 沖縄側が本土との関係にこだわりすぎて、逆に本土にくぎ付けにされていると感じる。

 例えば薩摩が侵攻しなかったとしても、他の欧米列強が攻めてきたかもしれない。

 本土の呪縛から自由になって、東南アジアや太平洋の小さな独立国に目を向ける方が、自立に役立つと思う」

 

現場の運動と県民世論は、互いに支え合っているようにも映る。

 「僕は現場で何度もつぶされているけど平気。

だから、『本気じゃないんだ』と言う人もいる。

そうではなくて、もともと現場の運動だけで決着がつくと思っていない。

 県民の声をまとめて現場で必死に抵抗し、その積み重ねで世論をまた大きくしていく。

 最終的には市長や知事を代えて、その力で国を止める。

だから、もし昨年の知事選で翁長雄志さんが負けたら、と思うと怖かった。

ここの運動もたたきのめされていただろう」

 

振り返って、ここまでの評価は。

 「今回、国は海に臨時制限区域というわなを用意して、抗議の市民を逮捕しようと待ち構えた。

 陸でも総がかりで包囲網をつくってきた。

しかし、県民はそれを打ち破った。

 毎日各地からバスが走り、日替わりで親子連れや経済人が来る。

 継続性といい規模といい、かつてないほど圧倒的だ。

それは沖縄が自信を持ち始めた表れ。

 保守だ革新だ、ではなく郷土を愛するから。

 島ぐるみの団結を実感している」

 

歴史的な意味をどうとらえているか。

 「復帰運動や反CTS(石油備蓄基地)闘争、喜瀬武原の実弾砲撃演習反対闘争。

へこたれず、粘り強く続いた戦後沖縄の運動の上に、今がある。

たまたま、そこに僕たちがいる。

 先輩たちが刻んできた歴史は常に意識している」

 「今、蔑視してきた中国が軍事的に台頭し、日本人は屈辱と恐怖を感じている。

かつてないほど緊張が高まっている。

 辺野古で防波堤が決壊したら、日米中の軍事の濁流が沖縄全体に流れ込んでくる。

 沖縄戦のあの光景がもう一度繰り返されるかもしれない」

 

悪性リンパ腫を公表し、闘病生活に入った。

 「なぜ今なのか。

あと少しくらい待てないのか。

 残念でならない。

あえて公表したのは余計な心配を掛けたくないのと、その間は仲間に頑張ってほしい、と伝えたくて。

 石にかじりついてでも戻ってくる」

 「病院のベッドの上にいても、現場を思わない日はない。

 荒れ狂う国と、それに耐え抜く仲間の姿。

 涙を流しながら新聞を読んでいる。

 戦後70年の年に、現場にこれだけの人が集まり、知事が頑張っている。県民の闘いを誇らしく思う」

 

 (聞き手=北部報道部・阿部岳)

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2015年5月 8日 (金)

財務省の社会保障削減案の規模

朝日新聞の記事なので読まれた方も多いと思いますが、先日の財務省の社会保障削減案は、最大で2兆円規模の削減だと出ています。とてつもなく大きな規模の改悪が準備されていることになります。 与党や高齢者の抵抗でそのままで実施できないだろうと書いてありますが、一切実施させない闘いを準備する必要があると思います。

以下朝日記事。

黒字化、経済成長頼み 財政健全化、政府目標 社会保障費削減も前提

2015年5月8日05時00分      

政府がまとめる2020年度までの財政健全化計画では、10%への消費増税を除く新たな負担増は求めない方針だ。現時点の試算では、経済成長による税収増と本格的な歳出削減で合わせて9・4兆円もの財源を確保する必要がある。高齢化で社会保障費が年々増えるなか、そんな高すぎる目標を達成できるのか。

▼1面参照  

「基礎的財政収支」(PB)とよばれる国と地方の政策予算の赤字額は現在16・4兆円で、政府はこれを20年度までに黒字化する目標を掲げる。安倍晋三首相が昨年11月、10%への消費増税の1年半先送りを発表した時に、財政健全化計画をこの夏につくる方針もあわせて示していた。

 内閣府は今年2月、20年度のPBの赤字額についての2通りの試算を公表した。国内総生産(GDP)の成長率が将来も実質1%弱で推移する「現状パターン」だと赤字は16・4兆円で変わらず、実質2%以上の「経済再生ケース」の場合は景気回復による税収増などで、赤字は9・4兆円に圧縮される。いずれも17年に消費税が10%に引き上げられることによる税収増はおり込み済みだ。

 新たな計画では経済再生ケースを採用。「アベノミクス効果」などで、足もとの税収は法人税を中心に順調な伸びを見せており、20年度までの税収は大幅な上積みが可能と見積もった。経済成長に伴う税収増を最大限見込んで、新たな増税は盛り込まない。16年の参院選や憲法改正を見据え、世論の反発が少ない「負担増なき財政再建」を打ち出したい事情もある。

 16年から導入する国民一人ひとりに番号を割り振る「マイナンバー(社会保障・税番号)」もプラスになるとはじく。課税逃れなどを防ぎやすくなるとの理屈だが、税務調査の効果などは未知数で「たいした額にはならない」(政府関係者)との声もある。こうした政策や税収増が9・4兆円の赤字をどれだけ縮めると見込むかは、調整中だ。

 目標達成には、高いハードルが待ち受ける。

 歳出カットのカギを握るのは国の予算の3分の1を占める社会保障費だ。財務省は4月、75歳以上の医療費窓口負担を原則2割へ引き上げることや、年金支給開始年齢を66歳以上に遅らせることなどを盛り込んだ社会保障改革案をまとめた。これらをすべて実現しても抑制効果は最大「2兆円程度」とされる。与党や高齢者らの反発が予想され、財務省案のまま改革を実現させるのは難しい。

 歴代政権は、高い成長シナリオに基づく財政健全化目標を立てては失敗してきた。橋本政権は1997年度に「03年度までに新たな赤字国債の発行をゼロ」との目標を掲げたが果たせず、小泉政権も06年度に「11年度に基礎的財政収支を黒字化」との目標を打ち出したが、達成できなかった。  (疋田多揚)

 ◆キーワード  <基礎的財政収支> 政策に必要な予算を借金に頼らずにまかなえているかをみる数字で、財政が健全かを測る指標。プライマリーバランス(PB)ともいう。税収やその他の収入から、政策にかかる予算を引いて出す。政策予算以外には「国の借金」である国債の返済と利払い費がある。

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2015年5月 6日 (水)

生活保護住宅扶助の引き下げについて知っておくべきこと

生活保護住宅扶助の引き下げについて、8割から9割に人は住宅扶助費を引き下げられなくて済むということがあまり知られていません。もちろん闘えばということですが。 それは今回の引き下げには経過措置の例外規定が付いており、「転居によって通院の便が悪くなる人、障がい者などで自立を阻害する人」については従前の額を支給することになっているためです。 もちろん今回の引き下げそのものは許しがたいもので、上のものは経過措置なので今生保を受けている人には適用されますが、新たに受ける人については適用されません。 精神病院からの退院促進を考えると引き下げられた家賃額が適用されるわけで許せないものです。引き下げを許さず取り消させる闘いが基本になることは言うまでもありません。 その上で、いま生保を受けている人については絶望する必要性はないということを知っておく必要があると思います。

「150421.pdf」をダウンロード

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2015年5月 3日 (日)

財務省主計局文書の続き

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ここまであからさまに財政収支のために社会保障を解体すると言われると、何かそれに正当性もあるのだろうかと思ってしまう書きぶりです。しかし防衛費は聖域、公共事業にも切り込まず、ただただ社会保障悪玉論を展開していることは明らか。消費税は社会保障のために使うと言っていたのを忘れたかのよう。
夏の「財政健全化計画」でメニューを盛り込み、年末に工程表を策定するという具体的スケジュールも書き込まれています。
私たちの側は、生活の必要性を正面から主張し、プライマリーバランス論のまやかしをついていくしかないと思います。防衛費を聖域にするな。公共事業に切り込めと。

「150501zaimu005.pdf」をダウンロード

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2015年5月 2日 (土)

財務省主計局の社会保障解体方針

財務省主計局が社会保障全般にわたって見直しの提案を行う資料を出しています。

その中で生活保護の改悪も提案しています。

生活保護に限らず社会保障全般を改悪するものです。

財政制度等審議会 財政制度分科会で提案されたものです。

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「150501zaimu003.pdf」をダウンロード



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