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2015年6月

2015年6月26日 (金)

住宅扶助費引き下げをめぐる闘い――その後

生保のワーカーは1週間後に電話すると言っていましたが、6月22日、私(事務局)に電話ありました。その後、ワーカーから本人にも電話がありました。

22日の電話では、ワーカーは「今後、検討会議を開いて検討する。来年4月までには結論を出す。他にも同様のケースがあるだろうから合わせてケース会議を開く。市によって取り扱いが違うことはあってはならないことだ。全員が(ア)(イ)(ウ)の対象になるわけではない。近所に引っ越しても不利益にならない人はいる。近所に引っ越すのが第一である。(住宅扶助費を下げないかどうかは)個別の検討になる。ケース会議を開いて検討する。(決めるのは誰か?について)直属の上司はスーパーバイザー(係長級)のSである。一人で決めるのではなく合議で決める。Sも私と同じことしか言えないと思う。本人に引っ越せない事情があるかどうかを確認したい。本人に電話してもよいか。先日は本人にきついことを言ってしまったようだが、本人に電話しても大丈夫か。本人に聞いて引っ越せない事情があれば検討する。」と言っていました。

その後本人に電話があり、本人から転居できない事情を説明したそうです。ワーカーは来年4月(扶助費引き下げがあるとしたらそれが始まる時期)までに決めると言っていたそうですが、本人は不安でありもっと早く決めてほしいと思っている状況でした。

6月25日ワーカーから本人に電話があり、引き下げないことが認められるだろうということでした。

私からワーカーに確認したところ、「他の同様の案件がケース会議にかけられるのでそれを待っていた。そちらが認められたので、Cさんのケースも認められるだろうということだ。」ということでした。

具体的にどの条件が当てはまるか聞いたところ「(イ)(就労)が考えられる。病院の先生の意見書があれば(ウ)(自立の妨げ)も身体障がい者等の等がついているから該当するかもしれない。詳しく先生に書いてもらうように本人に言った。」ということでした。

これは主治医が引っ越すことは精神的に悪影響が大きすぎるから無理だと言っていることを指しています。そのような意見書を書いてもらえると本人が言っていました。

しかし、大阪府の6月15日付文書については「B市には来ていない。上司も知らない。先日、朝日新聞に記事(厚労省への申し入れの記事のこと)が出ていると指摘されたのでそれを見て、そういうものがあるらしいことを知った。どのようなことが書いておるのか。」といいます。

「例外を最大限活用し、強硬に転居指導をしないようにという内容らしい」ということと、枚方市や堺市には来ていることを伝えました。再度どこで文書が止まっているのかを調べてもらっています。

とりあえず、この案件は認められる方向ということでよかったです

私が通う同市にあるDクリニックの主治医が、同様の案件で数件相談を受けていると言っていたので、そちらにも知らせておきました。

精神科クリニックで同様の相談が持ち上がっているケースが他にもあるのではないかと思います。できるだけ、「例外」を適用させれば、何とかなるということを広めていきたいものです。

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2015年6月19日 (金)

住宅扶助費引き下げ――ワーカーの暴言

大阪府B市在住のCさん(女性・48歳くらい)の住宅扶助費のケースです。

住宅扶助費が引き下げられる期限である、契約更新は来年の4月です。 家賃額は上限であり、このままでは3000円くらい引き下げになります。

精神障がい者であり生活保護問題対策全国会議のQ&Aにある(ア)(イ)(ウ)のいずれにも該当すると思われます。 すなわち住宅扶助費を引き下げない場合(通院、通所就労、自立の妨げになる場合)に当たります。 自宅から徒歩5分の障がい者作業所に通所(就労)。月1万円くらいの収入を得ています。

以前から相談を受け、厚労省の文書を渡したりしていました。 本人が、今までも、生保のワーカーに文書を示したりしてきましたが、「その文書なら私も持っている」という返事だったということでした。

6月15日、「心配なら生保のワーカーときちんと話をするように」とアドバイス。 本人からワーカーに話をしたところ「そんなケースを認めたらみんな認めなくてはならなくなるから駄目だ」と言われたということでした。

私から当該ワーカーに電話したところ、「無理に引っ越せとは言っていない。家賃を下げるように家主と交渉するように言っている。家賃が下がらず、引っ越さない場合3万9千円との差額は本人負担になる。」という返事でした。 私から、厚労省の通達は知っているか聞いたところ「(ア)(イ)(ウ)のことなら知っている」ということでしたが「所の方針として差額を本人負担してもらうことになっている」といいます。

私から「厚労省の通達より所の方針を上に置くのはどういうことか」と再度問うと、答えに窮し、では「上司と相談する。今週は計算事務があるので来週でも良いか?」ということになりました。

とりあえずはこんな暴言を吐く福祉事務所もあるということでご報告まで。

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2015年6月14日 (日)

三里塚闘争

6月12日の東京高裁の市東孝雄さんの農地取り上げ訴訟判決は「控訴棄却」ということで、残念ながら敗訴でした。

 一週間前に判決日が弁護士に告知されるという異常な事態でした。弁護団によればこれは、6月15日に控えた「耕作権裁判」へのプレッシャーをかける目的が一つの理由だということでした。

「耕作権裁判」とは市東さんが訴えた耕作権が存在することを求める訴訟です。千葉地裁の裁判官は空港会社に対して、証拠となる文書を隠さず提出するように命令し、空港会社が「ないものはない」と開き直っているという経緯があります。

 要するに、「空港会社への文書提出命令などという真っ当な裁判の手続きなどやらずに、国策裁判としてさっさと市東さん敗訴の判決を書け」という圧力を千葉地裁の裁判官にかける目的があったというのです。高等裁判所が公安の出先機関になってしまっているという、法も民主主義もない時代になってしまっているのです。

 1週間前の判決日告知のもう一つの理由は、いまの政治情勢の中で、三里塚がもう一度広範な労働者・市民の支持を得て、改憲情勢をひっくり返すことを、政治権力者はわずかな可能性さえも恐れたということだと思います。反対同盟は判決日には東京高裁を包囲する大結集を呼び掛けていました。それを困難にする目的があり、公安筋が策動したことではなかったかと思うのです。

私は実は当日は朝から体調不良でした。集合場所には行ったものの、デモに出ることができず、傍聴抽選の時間まで、腰痛でデモに出られなかった人と一緒に待機していました。抽選に外れ、というのも倍率10倍だったのですから外れて仕方なかったのですが、その後の報告会まで残りました。その後、東京駅についた時にはしんどさが頂点に、少しめまいがするほどでした。新幹線で落ち着き少し楽になりました。

 結果、その夜は緊張が取れずに早朝覚醒で次の日1日絶不調でした。眠気と集中力の欠如。本も読めないくらい。結果、その日の重要な闘いであった生活保護の取り組みを欠席せざるを得ませんでした。

三里塚闘争考

成田闘争――三里塚というだけで、「過激派」と眉をしかめる人が多いのが現実です。国家権力の暴力は見逃されやすいのに、抵抗する労働者。市民の実力は過激とマスメディアが書き立てるからではないのかなと思います。

 成田闘争――三里塚というと、かつて朝日新聞が書いたように「一握りの過激派農民が意固地になっているだけ」というイメージが作り上げられています。マスメディアも資本家の持ち物ですから、資本主義に反対する闘いは孤立分散させて、資本主義に無害なものを持ち上げる原理が働いています。いまのオール沖縄の闘いへの本土マスコミの冷淡な対応もその表れと思います。法と民主主義を求めているだけの農民を「過激派」と呼び、一言も報道しないということ自体の中にメディアの本質が現れています。この夏にも迫る沖縄・辺野古の埋め立てに対して、沖縄県民が法の枠を超えた実力闘争に立ったとしたら、本土のマスコミは三里塚のごとくに「暴力反対キャンペーン」で沖縄の闘いをつぶしにかかるのでしょう。本土から沖縄を孤立させず、埋め立てを許さない労働者・市民の闘いが必要です。国家暴力の発動とメディアの「暴力」を許さぬ、圧倒的世論を作り上げる本土での闘いが今ほど求められている時はありません。

 私の行動原理として、少数派、見捨てられがちな人、被差別者の立場に立つという大原則があります。かつて江戸時代には法を犯した「精神病者」は「非人溜」に落とされ、江戸期・明治期のは多くの「病者」は社会で自由に暮らしていましたが座敷牢に幽閉され他「病者」も多くいました。昭和期からは33万人もの「病者」が精神科病院に隔離・収容されてきました。幸運にも私は自由でいられたのですから、少しでも隔離・収容・抹殺の目に遭ってきた人たちと心を通わしたいと思っています。そこから今の行動原理が生まれてきました。

いま少し、江戸期の「非人」の研究や、パリ・コミューンや、1968年パリ5月革命の本を読んでみようと思っています。あちこちに関心が行きますが、一貫性はあるつもりです。私の行動原理とそれは共通しているのではないかと。少数者にこだわりながら、それが多数者、今の言い方では99%となっていく過程、少数者の自由と祝祭としての多数者の革命決起、といったテーマ性です。

三里塚闘争の新たな高揚をどう作り上げていくのか。今の政治情勢とか見合った民衆決起を三里塚と一体化させていくこと。それが今の日本で新たなコミューン蜂起を実現する道ではないかと考えています。

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2015年6月10日 (水)

1週間前に判決日告知の異常・民主主義の危機

6月12日に東京高裁で、成田空港に反対している市東孝雄さんの農地取り上げ裁判の判決公判があります。これは、1週間前に判決日が告知されるという異常なものでした。普通判決日は2~3か月前には告知されるものだそうです。

また法廷が傍聴人30人くらいしか入れないという、公安事件で使う法廷だそうです。この裁判は労働者・市民の関心が高く毎回200人以上が傍聴に駆けつけていました。だから法廷も100人は入れる大法廷を使用していたのです。

労働者・市民が駆けつけることが困難なように1週間前に告知し、小法廷を使用するという姿勢の中に、国家がこの裁判をいかに重視しているかが分かります。 国家権力の、姑息・卑劣な「だまし討ち」の常套手段を裁判にも使うという今回の1週間前告知には怒りを覚えます。そんなに、成田闘争が広がることが怖いんだと思います。

以前から空港反対同盟は判決に当たっては東京高裁を包囲する大結集を呼び掛けていました。1週間前告知とすることでその結集を少しでも減らそうという姑息な意図なのだと思います。

この裁判自身が旧空港公団の「力ずくで農地を取り上げることはしない」という約束を踏み破り、国家暴力を発動して農民の命である農地を取り上げる非道極まりないものです。裁判の内容でも空港会社に一つの理もなく、偽造証拠ででっち上げられた砂上の楼閣ともいえるもので、市東さんが圧倒的に勝っていました。市東さん側の弁論に対して空港会社は一言もこたえられないありさまだったのです。 だからこそ、小林昭彦裁判長は突如として弁論を打ち切ったのです。

市東さんの裁判長忌避が最高裁で争われているなかでの判決は民事訴訟法違反だそうです。 「法律なんて破っていい」「国家意思だぞ文句を言うな」という姿勢の表れこそ、今回の1週間前判決日告知だったのです。

参加したくても都合をつけるのが大変です。

ぜひ多くの仲間が、6月12日金曜日正午・東京高裁包囲デモ出発、午後2時傍聴券抽選、2時30分開廷、3時30分ごろ報告会、にお集まりください。

裁判所が国家暴力の手先になるという民主主義の危機です。障がい者にとっても他人事で済ませてはならない事態だと思います。

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2015年6月 5日 (金)

7・25集会のチラシ

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7月25日は兵庫県の精神障がい者の集会

 

昨日は病棟転換問題の兵庫の会議がありました。支持する政党・党派を超えた共闘が広がっています。725日には兵庫県集会が予定されています。

病棟転換問題というのは、いま厚生労働省が進めている、精神科の病棟を建て替えてグループホームにし、入院患者をそこに移して、退院したことにしてしまうという策略のことです。日本では長期入院の患者が多すぎるという批判、特に国際的批判をかわすために考え出された策です。

長い間悪い病院に入院していたひょうせいれんの会員が、金儲けのため、病院の精神科医による患者の支配関係という権力関係を維持するための病棟転換に反対ということに強く支持してくれています。

 昨日は家族の方も来ておられ、いろいろ勉強になりました。その方のお兄さんが超長期入院なのですが、最初入れられた病院で縛られて電気ショックを受けて、それ以来医療拒否の状態で入院が長期化しているということでした。退院しても自ら医療につながれないから出れないという矛盾に陥っているようでした。

 私の友人にも二度と入院は嫌だと、家から出られないほどの状態なのに入院は拒否している人がいます。隔離・拘束、電気ショックは治る病気も治らなくさせてしまっています。

 私は、自分は精神医療を利用しているから、反精神医療ということではないのですが、こういう話を聞いていると、故・吉田おさみさんの精神医療を否定する過激なアジテーションが、今こそ響かなければならない感じがします。

昨日の会議では、他に、日本精神病院協会が保険点数の関係で病院経営が成り立たなくなっている(保険点数が短期入院へ誘導していること)と悲鳴を上げ、それを救うために病棟転換の話が厚労省から出たこと。長期入院が続くのは、単に精神科特例(医者や看護者の数が一般化よりも少なくてもいいという厚労省の誘導)などが原因で病院経営が、空きベッドを作れないという事情を強調するのではなく、地域に帰る場がない事情も打ち出すべきだ。家族の高齢化で家族は引き取れなくなっていること、家族が嫌がり引き取らないこと、一方でアパート退院やグループホームなどの地域資源の貧困さなどを見るべきだ、といった話が出ました。死亡退院、すなわち死ななければ精神病院から出られない人が年間18000人もいる現状も報告しました。

725日は兵庫の病棟転換問題の300人規模の大集会です。関西近辺の方はぜひお誘い合わせてご参加ください。

「150512.pdf」をダウンロード

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