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2016年2月 4日 (木)

反貧困の新たな運動

130日、大阪市内で税制のシンポジウムがありました。生活保護、年金、医療、介護、奨学金、保育と社会保障の切り捨ての対象になっているテーマからの報告がありました。各10分という短いものだったので、それぞれ核心部だけでしたが重要な提起だったと思います。

シンポの後半は税制に関することでした。講演では、経済を拡大することで社会保障費を捻出するという発想ではなく、税制を変えることでそれは可能だということ。中間層をいかに獲得するかというような話だったと思います。私が慣れ親しんでいる、資本家階級を打倒することで解決するという発想とは全く違う発想だったので、消化するのに時間がかかりました。

主催者の提起では、レジュメにはあって発言では省かれたところに富裕者課税などもあり、今の資本主義社会を前提として、いかに貧困層のために社会を作るか、それは可能なのかという問題意識だと思いました。

4時間に及ぶ集会でしたが途中だれることもなく、最後まで集中することができました。私は資本家を打倒することを考えますから、意見の違いはあると思います。しかし違いは違いとしたうえでいかに一致点を見出すことはできると思いました。

 

昨年10284000人集会から反貧困運動の新たな潮流を形成しようという試みが始まっています。まだ始まったばかりの運動です。1028130に見るように共産党が加わっていますが、共産主義とかマルクス主義とかとは違う思想的な背景を持った運動です、130の講演者は近代経済学(ケインジアン)だと名乗っていました。

それをどう見るか。左翼ではないからと拒否し潰れたらいいと思うのでしょうか。左翼に獲得すべきだと思うのでしょうか。私は違うと思います。左翼ではない運動ですが、反貧困運動が潮流になることを歓迎するというのが私の立場です。共産党は積極的に参加していますが何を考えているのかは分かりません。反貧困運動をしている共産党系の人たちは好感の持てる人たちですが。左翼はどう考えるのでしょうか。われわれに左翼でない運動を育てるという度量が要求されているのではないでしょうか。「オール沖縄」とはそういうことではなかったかと思います。反貧困運動が育つこと、左翼でもなければマルクス主義でもない運動を、「左翼やマルクス主義に獲得する」という立場では無しに、(それなら革共同全国協です)、関わるという度量を持てるかどうか。

度量と言うより、いかなる社会を作ろうとするのかというテーマでもあります。民衆の自然発生性を許容できるか否か。自然発生性は共産主義に収斂されてこそ意義があるという狭量な立場に立つのか。かつてのわれわれはそうでした。

私はそうではないと考えます。左翼でもなく、マルクス主義に発展するわけでもない運動を育てるという立場に立ちたいと思います。ケインジアン=近代経済学のまま、共産主義社会の一員になるという立場を想定しうるからです。思想は左翼でもなくマルクス主義でもないが、共産主義社会を構成する、共産主義社会を実現するための、構成者の一人となることを想定しうるからです。

パリ・コミューンを見よ。マルクス主義者、共産主義者がいったい何人いたでしょうか。ロシア革命の左翼エスエルとさえ両立しえなかった狭量さとの対比でも。

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