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2017年1月26日 (木)

革命と「精神病者」

イタリア精神医療改革

 

イタリアで、「精神病者」を解放した改革の実践者たちである精神科医バザリアとその弟子たちは、本質的にも実態的にもパリ5月革命を継承した人たちでした。彼らは精神医療の改革者にならなければテロリストになっていただろうと言われています。バザリアはサルトルの弟子を自称していました。当時イタリアには「赤い旅団」がいて首相暗殺などで暗躍していました。68年が生み出した膨大な革命者群のなかから、バザリアの改革に人生をかけた人たちが生まれたのです。

バザリア改革とはイタリアのトリエステ県から始めてイタリア全土で精神病院を廃止した闘いです。1978年のバザリア法で当時日本と同じように極めて拘禁的・拘束的だった精神病院が廃止されていきました。当時の日本では精神病院の建設ラッシュで全盛期を迎えるのと対照的です。

ただ、映画や本、イタリアからきた講演者などで紹介されているイタリアの精神医療改革の中では、「病者」は解放される客体と位置付けられていて、自己解放の主体だったのかという疑問がつきまといます。「精神病院はいらない」という本の中に出てくるのですが、私と同じ疑問を持った「病者」が日本で講演したイタリア人にその質問をしています。答えは「イタリアでは日本と違って、医療者と『病者』が対峙する必要がなかった。敵対的関係ではなかった」というようなものでした。しかしそれは本当でしょうか。イタリアでも精神医療は「病者」を「健常者」中心の社会の型にはめようとしているのではないでしょうか。(「ともに生きる№7」でフーコーの言葉を引用したように。)「病者」の自己解放は必要だったのではないでしょうか。それはイタリアでも「病者」自身によって創られ語られるべきことではないのでしょうか。

そういう疑問はあるのですが、バザリア改革を描いた映画「むかしmattoの街があった」の中で、バザリアが院長として赴任した精神病院で拘束衣と鎖で縛られた「病者」を解放していく過程で、「病者」が自己解放に目覚めていく描写は感動的でした。私が長い人生で映画を観て2度目に感じた感動でした。パリ5月革命の思想がそこには見えました。自己解放という言葉が浮かびました。私が人生をかけてきた人間解放の思想が、この改革の中にあると思えました。それは映像による感動ではなく、描かれた事実による感動でした。

バザリア改革は1970年代的だと書いている「病者」活動家もいて、過去の遺物だという意味なのかもしれません。68年革命が残した達成物ではあるのでしょう。前述のようにフーコーの言う新たな目に見えない鎖でつないだだけではないのかという疑問に、ぜひとも答えてほしいと思います。自己解放という契機をどう内包しているのか、解放の主体としての「精神病者」自らの言葉があるのでしょうか。

 

日本での「病者」解放と抑圧者

 

日本の「精神病者」は、まず抑圧者と闘わないといけません。精神医療は抑圧装置であることを「ともに生きる№7」で書きました。自己解放の組織はずの「反スターリン主義革命的共産主義の党」である革共同全国委が抑圧者になってきたことを「ともに生きる№8」で書きました。「精神病者」にとっては、医療者は抑圧者です。医療者は「病者」解放のために人生をかけるのでなければ、抑圧者たる自己を乗り越えられないと思います。党は抑圧しないことを絶えず意識してかからねばなりません。過去、自己解放を歪め、抑圧してきたのが「レーニン主義の党」でした。

私は、目指すべきはパリ・コミューンだと思っています。パリ5月革命も日大全共闘も私は理想としてきました。ロシア革命も当初は解放ですが、その内に抑圧装置を内包していました。革共同の差別的腐敗「指導部」だった武山=岩本を擁護していた元県委員長は「レーニン主義まで否定しなければならないのか」と総括不能になったという話を聞いたことがあります。「レーニンの言葉通りに実践するのがレーニン主義だ」とする訓詁学でやっていたのが革共同全国委でした。「レーニンを疑う」ことは当然です。「レーニンは正しかったがスターリンが歪めた」というのが革共同全国委のテーゼですが、レーニンの中に「歪み」は内包されていなかったのでしょうか。   

 

マルクスを否定すべきか

 

かつて私が支持していた革共同全国委の官僚主義は、全共闘の平等主義・自由主義の対極にあったものだと思います。革共同全国委では「自然発生性への拝跪・自由分散主義」を否定するというのが合言葉になっていました。労働者民衆が自由に革命運動を進めたら必ず敗北するから、組織的系統だった「党」が指令をする必要があるという思想です。やがてそれは、官僚主義、命令主義、軍令主義という疎外体となっていきました。

その後、革共同再建協議会が生まれ、ここは、党内民主主義を大事にしています。

スターリンや、革共同全国委のような官僚制的疎外体を生んだのがマルクス主義のレーニン的な解釈、またはレーニン主義の特殊的解釈だったのだとしたら、解釈の問題であり、マルクスによる全人間の解放の思想までを否定しなくてもいいのではないかという考えが浮かびます。レーニン主義の中に共産主義を歪める要素があるのだとしたら、マルクス主義にまだ赤光はあるのではないでしょうか。マルクスに戻り、そこからレーニンの中の革命的要素を引き出すことなのではないでしょうか。

 

パリ・コミューンを否定できるか

 

マルクスの時代の労働者革命であったのがパリ・コミューンです。これは否定しがたいでしょう。フランス史学者の柴田三千雄は、パリ・コミューンの理想は1968年五月革命で復権されたと書いています。「公務員の選挙とリコール制、政治警察と常備軍の廃止、労働者による仕事場の自主管理などのコミューンのプログラムは、一時の解放感に浸った民衆の願望を集約したものであり、実行する時間もないユートピアに終わった。このリベルテール(絶対自由主義)政治文化は、約一世紀後の『五月革命』に蘇生することになる。」(フランス史10講)

パリ・コミューンがどんな社会だったかはよく知らなくても、私の世代なら五月革命は知っています。世代が違えば知らないかもしれませんが、追体験はできます。

ちなみに、パリ・コミューンのことを知るには、柴田三千雄の「パリ・コミューン」(中公新書)が一番よく、次にアンリ・ルフェーブルの「パリ・コミューン」(岩波文庫)だと思います。これらを読めばパリ・コミューンがどんな革命・社会であったのか分かると思います。

直接民主主義を原理とし、代表を選ぶ時も「議員」ではなくいつでも解任できる「受任者」であったこと。官吏もいつでも解任できて、官僚主義を排したこと。上意下達と下意上達が組み合わされて、上から下への一方通行ではなかったことなどの制度的保障により、民主主義と平等な社会を実現しえたことなどが分かります。

なお、「レーニン主義の党」である革共同全国委でも「受任者網」というのがありましたが、これは上意下達のために上から下に向けて組織されたもので、パリ・コミューンの受任者が下から組織されていたことの真逆です。

 

パリ・コミューンの「可能性」

 

 マルクスは、パリ・コミューンが反動派のヴェルサイユを攻撃するのがもっと早ければ勝利した可能性があると書いています。また国民衛兵中央委員会がコミューンに権力を渡すのが早すぎたとも書いています。またアンリ・ルフェーブルはパリ・コミューンがフランス中央銀行を接収していれば情勢は変わっていたはずだと書いています。

私たちは、パリ・コミューンが勝利した世界を想像することができるのです。もちろん「たら・れば」や空想では何も生まないし、トロツキーのように、パリ・コミューンにマルクス主義の強力な党がなかったことに、その敗北の原因を求めることも、自分を正当とする議論にすぎません。

 しかし、今の帝国主義世界体制に対して、もう一つの可能性を対置することはできるのです。スターリン主義とも違う社会主義・共産主義というもう一つの社会の可能性です。その理想が、68年五月革命で再現されたように、現代にその理想を再現することができないといったい誰が言えるでしょうか。

 五月革命が矛盾を持っていたようにパリ・コミューンも矛盾を持っていました。プロレタリアートの権力の集中か、地域のコミューンの連合かという社会構成の根本問題など対立がありました。しかしそれはプロレタリアの民主主義によって解決されたに違いないのです。

 

対抗文化

 

対抗文化運動の一つとして資本主義を否定しながら、「共産主義も否定する」というものが流行っています。その一つとして、「富裕者課税論」という「税制を変えて、富裕者から税をより多く取ることによって、公正な税制にする」というものがあります。この世界には、貧困を是正するのに十分な富は既に存在しており、不公正な分配が問題なのだという考え方です。十分な富があるという発想は正しいし、過渡期にはそういう、不公正税制の是正は有効だと思います。でもそういう税制を可能にするためにも、資本家の権力を侵害する革命が必要なのではないでしょうか。

革命を、選挙を通じて実現するか、実力闘争の発展上に展望するかは、おそらく両方なのでしょう。アメリカにおける民主党大統領候補選挙でのサンダース氏の大躍進は選挙による社会民主主義革命という可能性を示したものでした。あくまで「社会民主主義」ですが。代表選敗北後もサンダース氏が様々な分野で活躍していることは、次の選挙での勝利の可能性を示しており、選挙を通じた社会民主主義革命の現実性を示しています。いずれにせよ革命の必要性と現実性は否定しがたいでしょう。

私たちには「レーニン主義」(レーニンの言質の訓詁学=革共同全国委的解釈)を否定しても共産主義を否定しない、パリ・コミューンという実物があるのです。コミューン原則に則った共産主義運動、革命党、というものがあり得るのではないかと思います。徹底した党内民主主義を原則とした革命党というものを実現できたら、次の革命という現実性を開くことができます。革共同再建協にはその責任があります。

グラムシが言うように陣地戦と機動戦の組み合わせがこれからの革命運動には必要だと思います。機動戦の空論的追求ではなく、着実に陣地を築いていくことが、今求められることでしょう。資本家階級を打倒し、差別と抑圧のない社会へ。それは一国に留まるものではないでしょうし、国境を越えた資本家への侵害でなければならないでしょう。アメリカ帝国主義との対決にならざるを得ないし、アメリカの労働者との連帯をめざすものでなければなりません。サンダース氏の前進は、アメリカ帝国主義の打倒の社会主義革命の現実的展望を開きました。

目指すところは大きいですが、現実の闘いは小さな私たちがより多くのしょうがい者・労働者民衆と結びつき一緒になって革命を目指すものでなければならないでしょう。小さなことからコツコツと陣地を築き、拡大していく闘い方です。

 

現代のパリ・コミューン=三里塚闘争

 

今年50年を迎えた成田空港反対の農民闘争である三里塚闘争は「パリ・コミューン」をめざす、真の意味での対抗文化なのではないでしょうか。我田引水ではないということを次の二人の言葉で示したいと思います。

「パリ・コミューンは72日だったが、三里塚はもう13年、農民は闘いながら見事に生きぬいている。日本をよくできるのは三里塚だ。」1978年 歴史学者・羽仁五郎

「1970年前後の全共闘運動は、革命の向こうのプログラムという点であいまいでしたが、ともかく変革、つまり断ち切ることを熱望するものだった。精神の課題としてはっきりした運動だったと思います。しかもその断ち切るという方向づけの運動が、今なお続いているという実例があります。僕としては記録を読むのみですが、三里塚、つまり成田空港建設反対闘争です。農民たちの連続性の運動から、変革を考えることのヒントが見え始めている。断ち切るというエモーショナルな運動が、歴史の連続性の中で形をとってくる。そういうところに農民的な生産性が浮かび上がってきています。」1995年1月1日朝日新聞、作家大江健三郎

パリ・コミューンが5月革命に続いたように、5月革命は国境を越えて全共闘に地続きでした。全共闘が求めた「革命」すなわち「断ち切ること」は、場所を変えて三里塚で永続しています。すなわち、「資本主義が農民の犠牲の上でしか延命できないなら、資本主義こそ死ぬべきだ」という思想です。そしてまたそれは「資本主義社会は死ぬべきだ」ということを示す実物として、資本家権力と実力で対決する中で、永続しているのです。パリ・コミューンによって始まった世界革命過程は、永続する革命として、ロシア革命、パリ5月革命、学生反乱、全共闘へと引き継がれ、今日、三里塚に陣地として永続していると言えないでしょうか。

沖縄の辺野古、高江の闘いも、三里塚闘争的発展を恐れていては勝利の展望があるでしょうか。辺野古の闘いは「沖縄コミューン」を展望したものとして、民衆の自治権要求として発展するでしょう。ポストコロニアルの脈絡において、その展望は開けるのではないでしょうか。

革命の現場はしょうがい者・労働者の自由を実現する小さな闘いの積み重ねです。大言壮語や、大局だけを追い求めても、小さな現場の積み重ねがなければ空疎です。人の繫がり、陣地を徐々に拡大させる中で、その一挙的拡大の展望も見えることでしょう。機動戦ばかりを追求し「政治的大言壮語」だけを追い求めることの弊害を私たちは、革共同全国委の中に見てきました。これからの革命運動はその轍を踏んではならないと思います。三里塚に「革命的武装闘争」の過去をノスタルジアするだけの革共同全国委には、三里塚闘争を勝利に向かって解き開く能力もありません。

コミューン原則に則り、パリ・コミューンの敗因を乗り越えるプロレタリア革命運動と、それと結びついたしょうがい者解放運動の陣地の拡大を追及していきたいと思います。

私が高校生解放運動を闘って以来、目指したのは抑圧のない社会です。自由を求める闘い、真の革命は、日々、昨日の自分を乗り越え、今日、自分を縛るものを脱ぎ捨てる過程であり、能動的な実存の革命でもあると思います。見えない鎖と拘束衣を断ち切る日々の積み重ねです。「私たち抜きに私たちのことを決めるな」というしょうがい者の原則は、主体の決起抜きには何も始まらないという原理を示す、極めて能動的な現代における革命運動の原理でもあると思います。

 

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