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2018年1月

2018年1月14日 (日)

試論


2018年、安倍政権と対決し・しょうがい者解放を

安倍政権のしょうがい者政策との対決
Ⅰ、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」という攻撃との闘い
① 「我が事・丸ごと」地域共生社会、「地域包括ケアシステム強化法」について
日本政府の基本的方向性は福祉解体です。福祉の「保険化」を通して権利としての福祉を解体し、国の福祉の義務を外すのです。憲法25条の空洞化です。今回、「保険化」のみならず、地域住民のボランティアなどとしての動員を通して、福祉を国・自治体の義務から外してしまうという新たな攻撃が加えられています。それが「『我が事・丸ごと』地域共生社会」論であり、その具体化としての「地域包括ケアシステム強化法」の攻撃です。しょうがい者運動がオルタナティブとして掲げてきた「共生社会」の言葉を剽窃して福祉解体を成し遂げてしまうというあくどい攻撃です。
「我が事・丸ごと」というのは、地域の問題は地域住民の「互助」によって解決するという意味で言われています。
新たな「共生社会」論の対策の第一弾として打ち出されたのが、「地域包括ケアシステム強化法」(2017/5/26成立)です。
「地域包括ケアシステム強化法」は国会ではまともな審議がなくて、しょうがい者にどういう影響があるのかまったく議論もされませんでした。今後政省令で決まりますが、介護保険としょうがい者介助を同じ事業所で行う、新たな「共生型サービス」の運営基準が現行水準から後退することが心配されています。介護保険にしょうがい者介助を統合する第一歩として位置づけられる攻撃です。大きな影響を受けるであろう高齢者についてもどういう影響を受けるかの生活実態が全く把握されていません。高齢者にとっては、要介護度を軽くすると事業者と自治体などに報奨が支払われるという誘導によって、要介護度を軽くすることが自己目的化されてしまい、保険あって介護なしという状況が強要されます。
周知のとおり政府はしょうがい者介助と介護保険を統合するつもりでいます。介護保険は徹底的に医療モデルで設計されており、しょうがい者が求める障害者権利条約の実現を始め、これまでに積み上げてきたものを一切破壊する内容を持っています。「骨格提言」の実現とは介護保険で進められる政策と真っ向ぶつかるものです。
② 実現本部の下の統合
安倍政権の「骨太の方針2016」(2016/6/2)、「ニッポン一億総活躍プラン」(2016/6/2)で打ち出され「『我が事、丸ごと』地域共生社会実現本部」発足(2016/7/15)によって方向性が決められました。地域住民、NPO、社会福祉法人等への丸投げと、「自助、共助、互助」のみが強調されて「公助」すなわち国家の役割は一言もないという形で憲法25条の空洞化が狙われています。しょうがい者運動から「他人事・丸投げ」と批判されています。
「地域の社会資源」として「ボランティア、PTA、老人クラブ、こども会、NPO等」を例示し、その上に市町村の包括的相談支援体制を置き、それらを再編的に支配する。国家は「実現本部」としてその上に君臨し、総体として国家支配下に編成、再編しようとしています。ボランティア活動の国家的再編とでもいうべきあくどい攻撃です。
介護保険利用者の夫婦で年金年額400万円程度から3割負担になるなど利用者負担増、介護保険料の負担増が「所得に応じて」行なわれますが、その実態は決してより高額の所得者からより多く取るという制度ではないし、それらの所得者の生活実態の把握はされていない机上の計算です。
③ 「アベノミクス・第3の矢」
安倍政権は「アベノミクス」なるインチキな経済政策の「第3の矢」として社会保障を組み込みました。「生涯健康で自立し、役割を持てる社会」「相互に支え合い子ども、高齢者、障害者などの多様な活躍の場のある社会」「暮らしと生きがいを共に創る『地域共生社会』へのパラダイムシフト」「タテワリからまるごとへ」等ときれいごとを並べますが、その実態は、社会保障制度を「GDP600兆円化」の中に位置づける「福祉の商品化」と、公的サービスの後退です。お金のない人たちへの支援は地域住民やNPOの「互助」で対応させるというものです。
「地域包括ケアシステム強化法」の中で「共生型サービスの創設」と謳い、介護保険と障害福祉のサービス統合に着手しています。「共生型サービス事業所」が作られる方向ですが、その実態は闇の中です。65歳問題で手が付けられている介護保険への大統合が策動されているのは間違いありません。しょうがい者関係の事業所が介護保険をも使えるようにすることで、「同じ事業所なのだから介護保険に移っても大丈夫」ということで、抵抗運動をなくそうとしているのです。一定の所得者については65歳からの介護保険料を減免することと一体で、65歳問題をめぐる闘いを抑え込もうとするものだと思います。
④ 安倍政権の憲法=生存権=基本的人権の否定
健康で文化的な生活を保障する生活保護費の正当な根拠のない引下げに明らかなように、政府は低所得者がどうなろうと、社会保障切り捨ての攻撃を貫くつもりでいるのです。2018年の生活保護費引き下げは総額160億円と言われています。前回2013年の最大10%引き下げに続き、今回は最大5%の引き下げであり、その影響は大きなものです。前回引き下げに対して約950人の原告による裁判が起こされていますが、健康で文化的な生活を割り込む引き下げだったのです。その生活実態に踏まえない今回の引き下げは生存権という最も基本的な人権を否定し、安倍政権が生活保護利用者が病気になろうが死のうが構わないという無慈悲な立場に立っていることを示しています。憲法25条の否定であり、福祉の根本的考え方の否定です。安倍政権はそこまで決意している政権だということなのです。
精神保健福祉法改悪の流れと一体で進む福祉の空洞化というのが、安倍政権のこれからのしょうがい者政策(対策)の実体ということです。
⑤ 介護保険の実態と私たちの闘い
「老健は在宅復帰を目標にする」と言えば聞こえは良いが、在宅復帰できなさそうな高齢者はそもそも入所できない場合があるそうです。病院への入院からの受け皿として老健がありますが、在宅にはなかなか復帰できないほどリハビリテーションの時関数が少ないのです。そもそも介護保険は家族介護を前提としています。一人暮らしの金のない高齢者(高齢のしょうがい者も)は介護保険を使っての在宅生活はできない制度設計になっているのです。
「地域包括ケアシステム」というのは自宅を病室に例えて、地域を病院のように設計することだそうですが、そもそもが施設・病院のベッド数削減という経済的な動機をもつ新自由主義改革です。だから一人暮らしができるような介護を保障しようとしていないのです。本人が野垂れ死んでも構わないという思想で制度設計されているのです。
このような中で、実際に医療や介護を行っている病院・施設の中では如何にして良い部分を生かして、残していくかという苦労をしているそうです。
私たちしょうがい者・市民にも出来ることは、介護保険の設計思想そのものを根底から批判し変えて行くことです。65歳問題、「共生型サービス」で攻防が始まっている介護保険問題をどう闘って行くのか。一つの指標になるのは介護保険の現実そのものです。
⑥ どう闘うか。大フォーラム実行委員会の闘い
これらを安倍政権(資本家とその政府)はその部門の全体重をかけて実現しようとして来ます。対する闘いはどうでしょうか。「『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会」の闘いは、これらの攻撃を迎え撃つものへと発展するでしょう。この数年間、政府の攻撃、差別施策や、社会に存在する優生思想に対して多くの人々、団体が闘ってきました。困難な闘いを続ける人々とともに「大フォーラム実行委員会」もまた闘ってきました。闘うしょうがい者団体等に幅広い共闘を呼び掛けて一定程度実現してきました。「骨格提言」というしょうがい当事者がまとめあげたしょうがい者政策は、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」攻撃と真っ向対決する闘いの柱でもあります。
「地域包括ケアシステム強化法」に対抗し、もともと民衆の自発性によって広がっているボランティアを、民衆の利益になるものとして組織していくこともまた必要です。民衆はこどもの貧困に対抗する「こども食堂」の広がりなどに表れているように、自発的に福祉の欠如を補い、それを公的なものへと変えていく流れを作るものとしてボランティア活動などの自発的決起をしています。政府の攻撃は、ボランティアへの住民の立ち上がりを公的な福祉の充実という方向へ発展させるのではなく、全く逆に、公的福祉の解体のための手段として位置づけている点があくどいのです。理論的には、「小さな政府」をめざし「自己責任論」による福祉切り捨てを柱とした新自由主義改革に対抗する「繰り出し梯子理論」(注)の発展形による福祉の保障と位置付けられるでしょう。
私たちは、ボランティア活動を公的福祉の充実を求める方向性を明確にしながら民衆の自発的決起の一助となるように活動しなければならないと思います。それこそが、グラムシの言うところの陣地戦の考え方です。強靭な支配を構築しているところの資本家と政府による市民社会支配に対抗する、民衆の価値観とその実物化である社会的組織(アソシエーション)を下から作っていくことによって、民衆の陣地を拡大するという考え方です。資本家とその政府の市民社会支配を切り崩し、空洞化させて、それにとってかわる市民運動の実体を作っていくことによって、敵の塹壕を切り崩し、味方の陣地を広げていくこと。最後の決戦としての革命的行動は市民社会の支配力を失った空疎な国家権力を打ち倒すために闘われる。民衆の社会的運動(アソシエーション)が市民社会を二重権力的に支配するようにもっていくこと。
しょうがい者にとっては「大フォーラム実行委員会」はそういう社会的組織・アソシエーションそのものとして存在していると思います。もちろん、それ以外にも社会的組織(アソシエーション)は多数存在しています。私が言いたいことは運動内のヘゲモニー争いではありません。革命的諸勢力はアソシエーションを内在的に支え発展させるという役割を果たすべきなのであって、間違っても主導するとか導くとか指導するとかの上からの介入をするべきではない。それは暴力的支配に至らないとも限らない介入の仕方だからです。民衆の自発性・主体性をとことん大事にすることが、民衆の運動が発展し社会的組織にまで発展する秘訣です。私たちはそれを今まで実現してきたし、これからもそうするでしょう。組織の中に上下関係を作らないように努力することが肝要です。私たちの決して上からの介入ではない、上下関係を作らない民衆の中での在り様こそが、民衆運動を発展させる要諦です。
(注)繰り出し梯子理論
民間慈善事業が,ナショナル・ミニマムの保障を前提に,そこからあたかも梯子を繰り出すように,クライエントに対して独自の個別的支援を行うことによって,精神的,身体的にみてより高次の福祉を達成するという考え方のことで,イギリスでウェッブ夫妻が提唱した。同一の対象をめぐって公私社会事業が協働する可能性を示したものである。それまでの「平行棒理論」(要救護者をその道徳性から分類したうえで,救済に値する者は民間慈善事業が,救済に値しない者は非人道的な救貧行政が扱うべきだとする考え方のこと。公私の社会事業組織体を交わることのない2本の平行棒にたとえて,厳格な役割分担を規定したものであり,ベンジャミン・グレイが提唱し、慈善組織協会の活動原理となった。)と対立する理論。
「繰り出し梯子理論」はウェッブ夫妻が1911年に著した「貧困の予防」に出てくる。日本では、GHQ公衆衛生局福祉課がこれらの理論を使って説明し、1958年に厚生行政を指揮した黒木和克がその理論を使って説明したことで、一般化した。占領期の「最低限の生活」「公私分離の原則」の説明で広く紹介されたことから、公私関係論の出発点と位置付けられるに至った。
【参考文献】
『地域包括ケアを問い直す 高齢者の尊厳は守れるか』 【企画】大阪社会保障推進協議会 【発行】日本機関誌出版センター

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2018年1月 8日 (月)

2018年、安倍政権と対決し・しょうがい者解放を

 

安倍政権のしょうがい者政策との対決

 

Ⅰ、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」という攻撃との闘い

 

 

 

 「我が事・丸ごと」地域共生社会、「地域包括ケアシステム強化法」について

 

 

 

日本政府の基本的方向性は福祉解体です。福祉の「保険化」を通して権利としての福祉を解体し、国の福祉の義務を外すのです。憲法25条の空洞化です。今回、「保険化」のみならず、地域住民のボランティアなどとしての動員を通して、福祉を国・自治体の義務から外してしまうという新たな攻撃が加えられています。それが「『我が事・丸ごと』地域共生社会」論であり、その具体化としての「地域包括ケアシステム強化法」の攻撃です。しょうがい者運動がオルタナティブとして掲げてきた「共生社会」の言葉を剽窃して福祉解体を成し遂げてしまうというあくどい攻撃です。

 

新たな「共生社会」論への対策の第一弾として打ち出されたのが、「地域包括ケアシステム強化法」(2017/5/26成立)です。

 

「地域包括ケアシステム強化法」ではまともな審議がなくて、しょうがい者にどういう影響があるのかまったく議論もされませんでした。今後政省令で決まりますが、介護保険としょうがい者介助を同じ事業所で行う、新たな「共生型サービス」の運営基準が現行水準から後退することが心配されています。介護保険にしょうがい者介助を統合する第一歩として位置づけられる攻撃です。大きな影響を受けるであろう高齢者についてもどういう影響を受けるかの生活実態が全く把握されていません。高齢者にとっては、要介護度を下げると事業者などに報奨が支払われるという誘導によって、要介護度を下げることが自己目的化されてしまい、保険あって介護なしという状況が強要されます。

 

 

 

 実現本部の下の統合

 

 

 

安倍政権の「骨太の方針2016(2016/6/2)、「ニッポン一億総活躍プラン」(2016/6/2)で打ち出され「『我が事、丸ごと』地域共生社会実現本部」発足(2016/7/15)によって方向性が決められました。地域住民、NPO、社会福祉法人等への丸投げと、「自助、共助、互助」のみが強調されて「公助」すなわち国家の役割は一言もないという形で憲法25条の空洞化が狙われています。しょうがい者運動から「他人事・丸投げ」と批判されています。

 

「地域の社会資源」として「ボランティア、PTA、老人クラブ、こども会、NPO等」を例示し、その上に市町村の包括的相談支援体制を置き、それらを再編的に支配する。国家は「実現本部」としてその上に君臨し、総体として国家支配下に編成、再編しようとしています。ボランティア活動の国家的再編とでもいうべきあくどい攻撃です。

 

介護保険利用者の夫婦で年金年額400万円程度から3割負担になるなど利用者負担増、介護保険料の負担増が「所得に応じて」行なわれますが、その実態は決してより高額の所得者からより多く取るという制度ではないし、それらの所得者の生活実態の把握はされていない机上の計算です。

 

 

 

 「アベノミクス・第3の矢」

 

 

 

安倍政権は「アベノミクス」なるインチキな経済政策の「第3の矢」として社会保障を組み込みました。「生涯健康で自立し、役割を持てる社会」「相互に支え合い子ども、高齢者、障害者などの多様な活躍の場のある社会」「暮らしと生きがいを共に創る『地域共生社会』へのパラダイムシフト」「タテワリからまるごとへ」等ときれいごとを並べますが、その実態は、社会保障制度を「GDP600兆円化」の中に位置づける「福祉の商品化」と、公的サービスの後退です。お金のない人たちへの支援は地域住民やNPOの「互助」で対応させるというものです。

 

「地域包括ケアシステム強化法」の中で「共生型サービスの創設」と謳い、介護保険と障害福祉のサービス統合に着手しています。「共生型サービス事業所」が作られる方向ですが、その実態は闇の中です。65歳問題で手が付けられている介護保険への大統合が策動されているのは間違いありません。

 

精神保健福祉法改悪の流れと一体で進む福祉の空洞化というのが、安倍政権のこれからのしょうがい者政策(対策)の実体ということです。

 

 

 

 介護保険の実態と私たちの闘い

 

 

 

「老健は在宅復帰を目標にする」と言えば聞こえは良いが、在宅復帰できなさそうな高齢者はそもそも入所できない場合があるそうです。病院への入院からの受け皿として老健がありますが、在宅にはなかなか復帰できないほどリハビリテーションの時関数が少ないのです。そもそも介護保険は家族介護を前提としています。一人暮らしの金のない高齢者(高齢のしょうがい者も)は介護保険を使っての在宅生活はできない制度設計になっているのですす。

 

「地域包括ケアシステム」というのは自宅を病室に例えて、地域を病院のように設計することだそうですが、そもそもが施設・病院のベッド数削減という経済的な動機をもつ新自由主義改革です。だから一人暮らしができるような介護を保障としていないのです。本人が野垂れ死んでも構わないという思想で制度設計されているのです。

 

このような中で、実際に医療や介護を行っている病院・施設の中では如何にして良い部分を生かして、残していくかという苦労をしているそうです。

 

私たちしょうがい者・市民にも出来ることは、介護保険の設計思想そのものを根底から批判し変えて行くことです。65歳問題、「共生型サービス」で攻防が始まっている介護保険問題をどう闘って行くのか。一つの指標になるのは介護保険の現実そのものです。

 

 

 

 どう闘うか。大フォーラム実行委員会の闘い

 

 

 

これらを安倍政権(資本家とその政府)は全体重をかけて実現しようとして来ます。対する闘いはどうでしょうか。「『骨格提言』の完全実現を求める大フォーラム実行委員会」の闘いは、これらの攻撃を迎え撃つものへと発展するでしょう。この数年間、政府の攻撃、差別施策と最も激しく闘ってきたのが「大フォーラム実行委員会」だったことを考えれば、その必然性もまた明らかです。「骨格提言」というしょうがい当事者がまとめあげたしょうがい者政策は、「『我が事・丸ごと』地域共生社会」攻撃と真っ向対決する闘いの柱でもあります。

 

「地域包括ケアシステム強化法」に対抗し、もともと民衆の自発性によって広がっているボランティアを、民衆の利益になるものとして組織していくこともまた必要です。民衆はこどもの貧困に対抗する「こども食堂」の広がりなどに表れているように、自発的に福祉の欠如を補い、それを公的なものへと変えていく流れを作るものとしてボランティア活動などの自発的決起をしています。政府の攻撃は、ボランティアへの住民の立ち上がりを公的な福祉の充実という方向へ発展させるのではなく、全く逆に、公的福祉の解体のための手段として位置づけている点があくどいのです。

 

私たちは、ボランティア活動を公的福祉の充実を求める方向性を明確にしながら民衆の自発的決起の一助となるように活動しなければならないと思います。それこそが、グラムシの言うところの陣地戦の考え方です。強靭な支配を構築しているところの資本家と政府による市民社会支配に対抗する、民衆の価値観とその実物化である社会的組織(オーガナイゼーション)を下から作っていくことによって、民衆の陣地を拡大するという考え方です。資本家とその政府の市民社会支配を切り崩し、空洞化させて、それにとってかわる市民運動の実体を作っていくことによって、敵の塹壕を切り崩し、味方の陣地を広げていくこと。最後の決戦としての武装蜂起は市民社会の支配力を失った空疎な国家権力を打ち倒すために闘われる。民衆の社会的運動が市民社会を二重権力的に支配するようにもっていくこと。

 

しょうがい者にとっては「大フォーラム実行委員会」はそういう社会的組織・オーガナイゼーションそのものとして存在していると思います。革命的諸勢力はそれを内在的に支え発展させるという役割を果たすべきなのであって、間違っても主導するとか導くとか指導するとかの上からの介入をするべきではない。それは暴力的支配に至らないとも限らない介入の仕方だからです。民衆の民主主義をとことん大事にすることが、民衆の運動が発展し社会的組織にまで発展する秘訣です。私たちはそれを今まで実現してきたし、これからもそうするでしょう。組織の中に上下関係を作らないように努力することが肝要です。私たちの決して上からの介入ではない、上下関係を作らない民衆に対する関わり方こそが、民衆運動を発展させる要諦です。

 

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