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2018年8月

2018年8月31日 (金)

沖縄=ヤマトの連帯

いま、日本の行方を決めるのは安倍か石破かの選択にあるのではなく、沖縄県知事選で玉城デニーさんが当選することと、ヤマトのわれわれの力で辺野古新基地建設阻止・埋め立て阻止の世論を作れるかどうかに絞られています。しょうがい者も、自らの課題と同じように沖縄=ヤマトの課題に挑戦することがしょうがい者解放につながるのではないでしょうか。

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2018年8月17日 (金)

フレンズ124号

KSKP

フレンズ

編集人:兵庫県精神障害者連絡会

フレンズ・ニュース年間会費1000円

郵便振替 00960-1-140519加入者名共生舎

発行人:関西障害者定期刊行物協会

              大阪市天王寺区真田山町2―2東興ビル4階

事務も精神しょうがい者が行っているので、省力化のため、郵送ではなくEメールで受取っても良いという方は、gen1951@nifty.comにご連絡ください。                                    

 

2018年8月(№124)

 

 次回フレンズ例会は8月26日(日曜日)午後1時にJR神戸駅改札口で待ち合わせです。食事会を行います。いつもと違うのでお間違いの無いように。日頃のストレスを思いっきり食べて解消しましょう。多くのご参加をお待ちします。初めての人も久しぶりという人もぜひ参加してください。今回はお店に予約が必要なのであらかじめ電話下さい。電話は090-3054-0947(髙見)です。

今号は★「私の組織論」怒りネットの古賀典夫さん。みんなで、どういう運動を作るのか考えていきましょう。★三田市知的しょうがい者監禁事件の集会と裁判について。★『不幸な子どもの生まれない運動』は終ったのか? 6・30集会にしょうがい者ら170人参加。★相模原殺傷事件から2年、神戸でデモ。

 

 

私の組織論

 

怒っているぞ!障害者切りすて!全国ネットワーク(怒りネット)・古賀典夫

 

 以前に、フレンズの高見さんから、「しょうがいしゃ運動の組織論を論じよう」と提起されている志郎さん(俳句を投稿されている方)のことが紹介されました。

 ご紹介いただいてからずいぶん時間がたってしまいました。ご紹介いただいた時から書いてみたい思いがあったのですが、ゆとりがなくてできませんでした。何か書きたいという思いがあり続け、以下のようなことを書いてみました。

 

 私としては、当面、現在問題になっている事柄について、様々な発想をもっている人々がともに解決を目指して行動する中で、組織論についての答えは出てくるように思います。

 その上で、まず必要なことは、このような運動を成功させる主体である私たちの向き合い方、実存のありようから考えてみる必要があるかと思います。

 私はとりあえず、次のようなことを考えています。

 

(1)世界の人々の状況から、自らを問い直す

 仲間内だけの発想でなく、まして国内だけの認識や発想でもなく、世界の人々の苦しみ、葛藤、喜びの前に、自らの発想や行動を日々問い返して行きたいということです。

 私自身、世界の人々の状況を把握しているなどとは思いません。常に学び続ける以外にはないと思っています。

 しかし、世界の人々の情況に寄り添って物事に向き合うことが、排外主義に流されることを防ぎ、狭い利害にとらわれることから抜け出る方法だと思っているのです。

「障害者」運動ということで言えば、世界中に「障害者」はおり、あらゆる民族、階層の中にいます。したがって、「障害者」運動そのものが、世界を対象にする以外にないと思うのです。

 

(2)自らが抑圧者となる危険性への自覚

 私たちが差別・抑圧と闘うことは当然であり、生き死にのかかった問題です。また、この闘いへの参加も呼びかけていくことも当然です。

 しかしその中で、自らが抑圧者になってしまうことの危険性を、常に自覚して行動することが必要です。「障害者」運動を考えたときに、このことは非常にわかりやすいと思うのです。様々な「障害者」が出会う中で、それぞれやれることが違うのですから、場面によって、それぞれが相手を無視したりしてしまうことは大いにありうることです。これは、「障害」ということを念頭におかなくても、人間の能力はそれぞれ違うのですから、誰かを無視したり、軽視したり、できないことを責めたりなどすることは在りうるわけですが。

 「障害者」の中には、当然のことではありますが、男性も女性もいます。男性か女性かによって、経験してきたことも実際にかなり違うものがあります。女性の「障害者」がセクシャルハラスメントを受けることはかなり多いと思われます。また、社会的にあるジェンダーに縛られることによって、「障害者」の男性と女性の間にも抑圧が発生します。いやそれだけでなく、「健常者」の女性と「障害者」の男性との間でも、抑圧関係が起きてしまう可能性もあります。

 また、すでに述べたように、あらゆる民族の中に「障害者」がいるのですから、それぞれの民族の置かれた状態が、それぞれの「障害者」の状況を規定します。在日の「障害者」の経験と日本人「障害者」の経験も、実際にはかなり違います。この間でも、日本人「障害者」の側が抑圧者となってしまうことがあるわけです。この場合も、「障害者」が排外主義者として、登場してしまうことも実際にあるわけです。在特会には、一時、「障害者」が一定数加わっていました。被差別部落出身者であるかどうか、あるいは、お金があるのかどうか、など、抑圧関係は様々な部分で発生します。こうした様々な文脈の中で、自らが抑圧者となってしまうことの危険性を常に意識することが重要だと思うのです。

 

(3)人を生かすこと

 運動の仲間内を考えても、そこにいる人たちはみんな個性的な人たちです。得意な部分、苦手な部分、強さ、弱さ、それは様々に違います。

 こうした仲間を生かしあう発想が必要なことは、論を待たないでしょう。そして、これまではあまり一緒に運動をしてきていない人たちが、一緒に運動をしようとすれば、ますますこうした発想が必要だと思います。

 また、社会の中には、様々な必要性から、様々な取り組みを行っている人々がいます。世界的な観点からその活動が正しいものならば、大いに敬意を払うべきだと思います。私たちの側が、当面は一緒に行動することができなかったとしてもです。

 大事なものは、「障害者」をも含む世界の人々の生活です。このためには、いわゆる物取り型の運動も、社会変革運動も、反戦運動も必要です。そして、目的を実現しようとするならば、様々な人々との協力が必要なことは当然です。この協力を作り出すためには、人を生かす発想が必要だと思います。

 

(4)語り合うこと(コミュニケーション)について

 状況の認識、それぞれの考えや立場を理解しあうためには、コミュニケーションが重要であることは、もちろんです。ここでは、言語の壁についてはとりあえずおいておいて、コミュニケーションにおける構えとでも言うべきことを述べたいと思います。

 宗教、思想家、学者の言ったことなどの権威に頼らず、経験を伝えあい、論理をお互いにたどり、理解しあうような語り合い方を作り出していけたら、と思うのです。語り合うことは、お互いの発想を確かめ合うことであり、共通の行動を作り出すには、お互いの発想をすり合わせていく必要があります。ついつい、自分の言いたいことを語るのに一生懸命になることによって、相手の反応や発想を確かめないで進められてしまうこともありがちかと思います。これでは、まとまるものもまとまらなくなってしまうでしょう。もちろん、考えを確かめ合った結果、共同の行動を作り出すことができないこともあるでしょう。しかし、相手がどうしてそのような発想をもってしまうのかを確認することも、けっして無駄ではないと思います。

 

(5)生き方を貫くために闘う

 この立場で、差別・抑圧・搾取と闘うわけですが、では、誰と闘うのかです。

 世界の人々と分かち合うことを拒否する人たちと闘わなければならないでしょう。世界のたった8人が、世界人口の半分の人たちが持つ富と同じ富を独占している、との報告があります。また、自らの権力を保持するために、他国にいる人や周囲の人を抑圧する人々もいます。普通の市民が排外主義者となることもあります。こうした人々に、分かち合うことを呼びかけますが、同時に、抑圧に対しては徹底的に闘うことが必要です。そうでなければ、殺される人、閉じ込められ続ける人、苦しみを受け続ける人たちが存在し続けることになるからです。

 こんなことを考えながら、私自身の思考や行動の在り方を点検して行きたいと思っています。                            (了)



三田市知的しょうがい者監禁事件を許すな6/16集会

 

6/16三田市の知的しょうがい者監禁虐待事件を弾劾する集会が三田市でありました。知的しょうがい者が親によって自宅納屋の中の小さな檻に20数年間監禁されていた事件です。集会は70人くらいの参加でした。被害者本人が集会に来られないこと自体がおかしいと、被害者抜きで事件の処理が行政とメディアによって進められていることのおかしさが糾弾されていました。裁判が被害者抜きで進めないよう申し入れをしたそうです。集会は大フォーラムの呼び掛け団体でもあるCIL三田が主催し、リメンバー7/26神戸アクションが共催しました。大フォーラムからは東京の古賀典夫さん(怒りネット)も参加しました。ピープルファーストの住田理恵さんや尼崎の岸田さんも発言していました。

集会の後、大勢で街行く人にビラを配布し事件を許さないと訴えました。

6/27同事件の神戸地裁判決がありました。執行猶予が付いた極めて軽い刑でした。しょうがい者虐待事件では親に同情が集まるというおかしな世論を背景にしたものです。しょうがい者にとっては許し難い判決でした。検察が控訴しなかったので判決は確定しました。私たちは被害者を地域に取り戻したいです。

また628日付神戸新聞三田版の同事件神戸地裁判決を報じる記事での差別的記述(「これが監禁罪になるのか」という声を掲載)の問題がありました。これについては話し合いの結果、知的しょうがい者と、しょうがい者を地域で育てた親の声を神戸新聞が掲載しました。(詳報次号)。まだまだ問題は山積しています。責任を持って取り組み、しょうがい者が人間を取り戻す闘いの前進を実現しよう。

 

 

630集会『不幸な子どもの生まれない運動』は終ったのか?」にしょうがい者ら170人                                            

 

神戸市内で行われた集会には遠くは東京からも会場にあふれんばかりの170人以上が参加し熱気にあふれるものとなりました。兵庫県の同運動とその賛美、それに対する糾弾の過程が報告されました。『不幸な子どもの生まれない運動』は、1966年から、優生思想に基づき「しょうがい者は不幸を背負った子どもだから生まれないようにしよう」として県が推し進めた施策。羊水診断でしょうがい児を産まれる前に見つけることと、しょうがい者に対する強制不妊手術を県の予算で推し進めました。1974年、大阪青い芝らの抗議行動によって中止に追い込まれました。ところが、2016年、兵庫県立こども病院の移転記念誌に、その運動を賛美する文章が掲載されました。しょうがい者や支援者の抗議によっても、兵庫県はホームページから同記事を削除しただけで記念誌は放置。再度の申入れには回答もしないということに抗議してこの日の集会は開かれました。兵庫県の形式的で謝罪もしない総括もしないという態度にあらためて怒りが湧きました。

同運動を中止に追い込んだ大阪青い芝の元事務局長から当時の闘いが振り返られました。県立こども病院に今年4月まで務めていた看護師から労働者の側からいかに闘ったのかの報告がありました。そして強制不妊手術と今の実態が報告されました。しょうがい女性から出生前診断の差別性が糾弾されました。しょうがい者は不幸だという差別的な決めつけが全くの差別的偏見であり、幸福か不幸かはその人自身が決めること、生まれて来てはならないといったい誰が決められるのでしょうか。さらに、われわれの内なる優生思想を問い、日本の外への侵略の歴史と内での優生思想が同質のものではないかと問う報告がありました。

会場からはピープルファースト兵庫や奈良と京都の脳性麻痺者から発言がありました。私からは日本の精神科病院の74%(私立精神科病院の90%)を組織する日本精神科病院協会(現在会員数1206)が1953年に精神しょうがい者(知的しょうがい者を含む)を社会の危険物だと決めつけ子どもを生まないように優生手術の予算を国に要求したという体質が、最近の「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という日精協誌の主張に至るまで貫かれ、差別は過去のものではないことを発言しました。

寄せられた感想としては「この国が今日参加していた人たちのような人たちだけで出来ていたらいいのにね」というものがありました。

集会を受けて今後兵庫県に対する要求と交渉が続きます。これからも、関心を失うことなく兵庫県に同運動の総括を付けさせるために闘い続けましょう。そして、寝屋川市の精神しょうがい者監禁殺害事件、三田市の知的しょうがい者監禁傷害事件、各地で繰り返されるしょうがい者施設における殺害、傷害事件を許すことなく、また2016726日の相模原市津久井やまゆり園事件を忘れることなく、722神戸の「やまゆり園事件を忘れない。障害者を殺すな」デモンストレーションを闘いました。この運動を10/30「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラムに繋げていきましょう。

 

 

しょうがい者殺傷事件の忘却を許さず神戸デモに150

 

2016726日に相模原市の津久井やまゆり園でしょうがい者19人が殺された事件から2年を迎える722日、リメンバー726神戸アクションが呼び掛けた「障害者を殺すな722神戸デモ―――やまゆり園事件を忘れない」にしょうがい者ら150人が参加しました。元町商店街と三ノ宮センター街という兵庫県随一の繁華街を1時間にわたりデモ行進。兵庫ピープルファーストと大阪のパンジーの知的しょうがい者団体を先頭に「障害者と健常者を分けるな!19人の名前を出せ!施設に入れるな!精神病院に入れるな!同じ学校に通いたい!地域で暮らしたい!障害があっても生まれたい!障害者は不幸じゃない!」とシュプレヒコールをあげ、道行く人々の注目を浴びました。デモの解散集会でパンジーの仲間は「施設はだめ。しょうがい者を施設から助けだそう。」「2度とこのような事件を繰り返してはならない」と声をあげました。世間が事件を忘れていき、被害者遺族の内の3人が名前を出すのを嫌がるため未だに19人の名前も公表されません。この流れに抗する今年で2回目の神戸デモでした。

 

 

《俳句のコーナー》

 

俳句は季節を表す言葉=季語の入った五七五の十七文字の一番短い詩です。肩肘張らず、詩情と心もちが大事です。上手い下手は関係ないので、一度投句してみませんか。初心者歓迎です。和歌でも結構です。

涙出づ一人じゃないと夏帽子  志郎

看護師が水を飲め飲め熱中症  志郎

夏の海子らと作った砂の城   俊彦

通学路子らの声なく夏木立   俊彦

扇風機掃除急いでごろ寝する  晶子

台風一過トコトコインコ足音す 晶子

病葉の一葉逝きて道半ば    元博

不条理事件迫害おそる炎暑哉  元博

 

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2018年8月 7日 (火)

福祉が「再犯防止」目的に転換されようとしている

729日東京都内で、心神喪失者等医療観察法廃止全国集会が行われ92人が参加しました。心神喪失者等医療観察法なくす会/国立武蔵病院(精神)強制・隔離入院施設問題を考える会/認定NPO大阪精神医療人権センター/心神喪失者と医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワークの共催です。新しい視点が立って良い集会でした。「健常者」の再犯防止策を正面から批判しました。福祉が司法の枠内に取り込まれようとしているそうです。専門職団体は職域が拡がるといって歓迎している。いつもの構図です。その専門職の一人が講師で、専門職のレジストを呼び掛けました。

講演は「法制審の『社会内処遇』の問題点とリーガルソーシャルワークの在り方を考える」と題し、社会福祉士・精神保健福祉士・NPO法人サマリア理事長の黒田和代さんが行いました。

講師は本人のための福祉が事件を繰り返して本人が苦しむことも結果として防ぐという実践をしている人。この場合、福祉が事件を防ぐというのは結果であり、防犯が目的ではない。目的はあくまで本人が日々を過ごしやすいように補助することです。

ところが政府は「健常者」や知的しょうがい者の再犯が多いと言って、抜本的に再犯防止策を展開しようとしている。政府がやろうとしているのは「社会内処遇」といって福祉の目的を再犯防止に転換すること。「福祉的支援を受ける事」を起訴猶予の条件とし、「逆らったら起訴するぞ」という脅しで「福祉」の「指導・監督」に従わせるというものです。それは福祉を司法の枠内に取り込み、専門職を再犯防止の手先にする。本人のための福祉から転換して「国民のため」、社会防衛のための「福祉」になる。原理が転換すれば手段も変わる。方法も変わる。マジョリティの安心のためにマイノリティの人権を否定する。福祉専門職が再犯防止を目的として管理監督のために動くことの怖さ。大きな転換が始まろうとしていることを見ないといけない。

今は福祉専門職は本人のためを原理原則にしている。テレビドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」の場面を考えてみたら良いのです。福祉職が再犯防止のためにマイノリティに接し始めたらどんな恐ろしいことになるか。医療観察法で事件を起こした精神しょうがい者に対して行われていることが、マイノリティ全体に襲い掛かるのです。無関心であってはなりません。

 集会では、医療観察法経験者のメッセージが読み上げられ、国連・恣意的拘禁作業部会が措置入院に関して違法判断を行った概略が報告されました。

私も発言しました。国立精神・神経医療センターの研究部長藤井千代氏とひょうせいれんの意見交換会での「『病者』の症状が社会が偏見を持つ原因」という趣旨の藤井氏の発言を批判、また、医療観察法病棟での自殺者の多さを批判しました。観察法の下での自殺者は入院者で13人、通院者で自殺と推定される者46人に上ります。「本人のための医療」という表看板とは裏腹にいかに酷いことが行われているかの証左です。

陣形を広げ医療観察法の廃止と「健常者」や知的しょうがい者に対する「社会内処遇」を許さずに闘いましょう。

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