-怒りネット通信-

2009年8月24日 (月)

怒りネット通信 第40号

怒りネット通信
2009年9月4日発行 第40号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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もくじ
・小規模作業所の能力主義的再編について
・小規模作業所と新体系移行問題

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●「障害者自立支援法」撤廃へ、秋の闘いにたちあがろう!
●臓器移植法改悪に抗議します!
 命の選別に反対しよう!

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小規模作業所の能力主義的再編について
「心身障害者(児)訓練事業」の「障害者自立支援法」による再編 
古賀 典夫

 わたしは以下の原稿で、「障害者自立支援法」(以下「支援法」)のもとで進められる小規模作業所の再編の問題を書きたいと思います。しかし、わたしの知識は東京都の状況にほとんど限定されています。
 東京都には、「心身障害者(児)訓練事業」という制度があります。わたしの以下の原稿の中では、この制度の中で補助金を受けている「障害者」関係の集まりを総称して小規模作業所という表現を行います。「児童」を対象としたものや通所訓練などは、作業を行う場というイメージとは異なるものがあり、こういう総称が的確かどうか、という問題はあるのですが。
 各自治体の独自の制度として小規模作業所は作られてきました。そこでぜひ、各地の皆さんがその地域での小規模作業所の状況を教えていただけると、非常にありがたいと思います。また、この原稿は、衆議院解散によって「支援法」改定案が廃案になる前に書いています。

 国は、2012年3月に向かって、「障害者自立支援法」(以下、「支援法」)以前に作られた制度の再編を完了し、「支援法」の体系に組み込もうとしている。この3月31日に国会に提出された「支援法」の改定案でも、この点は全く変わっていない。
 しかし、旧法内施設(「身体障害者」の授産・更生、療護、「知的障害者」の授産・更生など)でも昨年4月段階で新体系に移ったものは28.2%台であり、新体系に移ることの困難さを示している。旧法内施設の移行の困難さについては、改めて調べてみる必要もあるかと思うが、この再編の中でもっとも質的変化を受けるのは、地域の小規模作業所であると思う。
 小規模作業所の新体系への移行は、全国的には昨年4月段階で54.3%になっている、と厚生労働省は発表している。その内59%ほどが「地域活動支援センター」(以下、「地活」)である。「地活」の場合、「地域生活支援事業」の中の制度であるために、予算的な裏づけが不安定である、ということはあるが、これまでの運営の仕方を変えずに移行できるということがある。もちろん、この財政的な不安定さと言っても、本質的には国から入ってくる予算の不安定さに過ぎない。小規模作業所は、法外施設であったために、都道府県と市町村が予算を出し合って運営してきたのであるから、そうした自治体がその気になれば、「地活」への移行でも対応できるはずなのだ。
 ところが、東京都の自治体では、小規模作業所の「地活」への移行を認めようとしていない。個別給付事業への移行を進めている。神奈川県では、いったん「地活」への移行を認めたが、さらに個別給付への移行を求めてきている。
 こうした大都市圏の自治体は、他の地域に比べ、多くの小規模作業所があり、これらの財政支出を減らそうという目的で、個別給付への移行を進めていることは明らかだ。何しろ、国から50%の財政的負担が得られるからだ。
 小規模作業所が個別給付の体系に移行しにくい理由には、日払い制度になることに伴う運営の不安定さ、利用料の徴収(かなり減額されてきてはいるが)、事務量の増加、必要な定員の確保の問題、などがあることはもちろんである。
 定員の問題については、今年度に入って、国は20人以下の報酬単価を設定してきている。しかし、これでさえも日払い制度のために、運営が成り立たない作業所は出てくる。
 しかし、こうした財政や事務だけではなく、小規模作業所の質そのものが変わってしまう側面があるのだ。それが以下で問題にしたい能力主義的再編ということだ。

●小規模作業所をどの体系に移行させようとしているのか

 旧法内施設についても、能力主義的な位置づけはあったのだろうと思う。授産と更生があるということはそういうことだと思う。しかし、実態として、それほど能力主義で分けて入れていたとも思えない。

 「支援法」の場合、就労移行支援は、就労し定着させたかどうかで報酬単価が変わってくる。成果を挙げればそれだけ報酬が増えるがそうでなければ、報酬は減らされることになる。したがって、事業所としては、就労できる可能性のある「障害者」を利用者として確保したいという行動を作り出すことになるだろう。
 就労継続支援Aは、利用者と雇用契約を結び、労働法の適用も受ける。基本は、最低賃金を出すことだし、採算性が求められる。その上で最低賃金の適用除外をやりやすくしているようだが。いずれにしても、こうした条件に当てはまる利用者を集めることになる。
 就労継続支援Bは、Aのような雇用契約でなく、「福祉就労」の形だが、工賃は3000円以上とされている(政令・省令レベル)。したがって、個別給付の中では、小規模作業所が比較的に移りやすい制度でもある。しかし、就労支援と比べて、報酬単価が安いことが指摘されている。また、「工賃倍増5ヵ年計画」を立てることが求められている。こうしたあり方が、日常生活に全介助を必要とする「障害者」などにとってどういうものとなるかは、検討しなければならない。
 もともとは、「工賃倍増5ヵ年計画」による目標工賃を、最低賃金の3分の1などという非現実的な数字が挙げられていた。月に3万5千円から4万円強の工賃ということだ。
 実際上の運用においては、現時点においては、この5ヵ年計画の実施状況を厳しくチェックすることは行われていないようである。これは、とりあえず小規模作業所を新体系に移すことが行政の目標となっているからであろう。5ヵ年計画の終了時などにどのような政策が取られるかは、警戒を要すると思う。

 生活介護は、「障害程度区分」が3以上(50歳を超えている利用者は2以上)の利用者を対象としている。介護、リハビリ、創作活動などの通所施設と位置づけられている。
 ある生活介護施設を見学したが、「身体障害者」と「知的障害者」に分け、「身体障害者」の所では決まった時間に排泄させ、桃太郎の絵本を大人の「障害者」に読み聞かせるなど、かなり違和感を感じた。

 これらの体系の内、就労継続支援B形と生活介護は、「特定障害福祉サービス」と規定され、これを行う事業者の数を制限しようとしている。すなわち、都道府県が作る「障害福祉計画」において、これらの事業の必要量を決めて、その必要量を超える可能性などがある時には、新たな事業者の指定を認めないとしているのだ。
 ところが、就労移行支援や就労継続支援A形には、このような規定はない。このことから明らかなのは、労働につくことはいくらでも推奨するが、そうでない福祉は制限するということだ。ここに「支援法」のイデオロギーが現れている。

 以上の体系のどこかに、東京都の自治体などでは、小規模作業所が移ることを求めている。したがって、「障害者」の労働能力を中心に、ふるい分けが行われることになる。
 上記の体系を複数選択することも可能なのだが、ことなる体系の事業を実施する場合には、その間に仕切りを設けなければならなくしている。
 小規模作業所は、もともと地域で生活する「障害者」の集まる場として作られてきた。集まる「障害者」の状況とそれを運営しようとする人たちの考え方によって、働く場、集まる場、地域の拠点、「障害児」が放課後に集まる場、などさまざまな共同性を持つ場として作られてきた。その中には、さまざまな「障害者」がいる。介助の必要性もさまざまである。
 こうした小規模作業所を、上記の「支援法」の体系に当てはめようとすると、通い続けてきた人たちを分断したりきりすてることになりかねない。
 ある自治体では、「精神障害者」関係の作業の新体系への移行に伴って、通ってきた利用者を「適性」にしたがって作業所間で再配置したという。利用者にとってはこれは共同性が壊される思いが起こることも当然あり、かなり困難なことだと思う。

●「地域デイ」=放課後に子供が集まる場から始まった施設は

 放課後に「障害児」が集まる場、あるいは、学齢前の「障害児」が集まる場として始まった共同の場もある。東京都の制度では、通所訓練事業の中の「地域デイ」という制度を利用している所が多いように思われる。
 この「地域デイ」の場合、子供が大人になって通うことも可能だ。子供の集まる場として始まった所も、利用者が成長し、他の作業所や施設、職場に通うことになったとしてもその利用者が自分の居所として、「地域デイ」などもともと通っていた所に集まることは当然であろう。社会のいたる所に差別があり、「特別支援学校」の教師も3年を超えると次々と移動させられる現在の状況の下では、こうした「地域デイ」のような共同の場は、ますます重要性を増しているとも言えるだろう。
 「支援法」の体系としては、「児童デイサービス」という体系があり、第5条7項に次のように規定されている。
 「この法律において「児童デイサービス」とは、障害児につき、児童福祉法第四十三条の三に規定する肢体不自由児施設その他の厚生労働省令で定める施設に通わせ、日常生活における基本的な動作の指導、集団生活への適応訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう。」
 「地域デイ」などがここに移行することには、日払い方式、定数、事務量の増加、利用料などのほかに、次のような問題が起こる。
 みんなで集まり、楽しむ場として位置づけて運営してきた所にとっては、訓練の場になることについて、正しい抵抗感を持っている。
 また、「児童デイサービス」の対象には、大人になった「障害者」は入らない。
 そのために、「支援法」の体系に移ろうとすれば「児童デイサービス」にプラスして、上述した「支援法」の体系を大人の利用者のために選択しなければならない。

 「支援法」の改定案によれば、「児童デイサービス」は、児童福祉法に移される。
 「支援法」の体系であれば、複数の事業体系を選択した場合、「多機能型事業所」として、いくつかの事業の利用者の合計で20人を越える定員に達すれば良いことになっていた。しかし、法体系が分かれるとなると、こうした形にはならないのではないだろうか。また、担当する役所の課も法体系で分かれているはずなので、その点でも事務的手間はいっそう多くなるのではないだろうか。

●「支援法」の持つイデオロギーについて

 「支援法」の目的を規定した第1条には次のような表現が出てくる。
 「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行」うとされているのである。この「能力及び適性」という言葉が他にも数箇所出てきており、「支援法」の重要なキーワードなのだろう。この「能力及び適性に応じ」という記述は、他の「障害者」関係の法律にはないものである。
 その「能力及び適性」の考え方の基に作られたのがすでに述べてきた個別給付の通所の体系だ。能力別に分相応のところで生活しろ、ということなのだ。
 いや、その生活さえ保障するものではけっしてなかった。応益負担のもたらす、介助の必要な「障害者」ほど重い負担を強いられる政策を考えると、生活が破壊されることも構わないというのが、「支援法」の体系だ。利用料が引き下げられ、「支援法」の改定案では、応能負担の表現が記されているが、これは闘いが追い込んだということである。再び政府側は元の意図を貫こうとするだろう。
 この場合の能力とは、労働能力のことだ。
 厚労省は、05年の国会で「支援法」をめぐる論議が行われている過程から今にいたるまで、「障害者」の所得保障として語るのは具体的なものとしては就労のみを挙げてきた。昨年12月に出された社会保障審議会の障害者部会の報告書(以下、報告書)では、「障害者の自立を支援する観点から、今後とも就労支援の充実と活性化を図っていく必要がある」と記され、「訓練等給付」を設けた趣旨として「集中的な訓練等により、地域生活や一般就労への移行を進めることとしている」とも記されている。
 「支援法」自体の記載においても、就労継続支援のように、期限を決めずに長期にわたって通う場合にも、「生産活動その他の活動の機会の提供を通じて、その知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する」としている。そして、就労継続支援B形は、A形を目指すべきことを報告書では記載されている。
 すなわち、就労至上主義なのだ。そして、就労が進まないのは「障害者」やその関係者に原因があるとしている。
 報告書の元となった厚労省の原案では、次のように記載されている。「一般就労への移行を促進していくためには、広く障害者本人や関係する者の意識を醸成していくことも重要である。働く意欲のある障害者を支援していくと同時に、障害者が潜在的に持っている働く意欲を引き出し、育てていくことも重要である」
 労働現場の問題を語ることなく、これだけを述べているのであるから、「障害者」側にやる気がないからだめなのだ、と言っているようなものではないか!
 そして報告書では、児童デイサービスについても、いよいよ訓練主義をむき出しにしている。「現在の経過的な児童デイサービスや日中一時支援事業について、放課後や夏休み等における居場所の確保が求められていること等を踏まえ、単なる居場所としてだけではなく、子どもの発達に必要な訓練や指導など療育的な事業を実施するものは、放課後型のデイサービスとして新たな枠組みで事業を実施することとすべきである」

 訓練に縛られてきた「障害者」の苦しみ。就労を目指しながら挫折させられたものの痛み。労働現場で無理をして「障害」や病気を悪化させた人の苦しみ。そうしたことは全く省みられていない。
 「支援法」のイデオロギーをまとめれば次のように言える。「働いて生活しろ。福祉は買え。それが自己責任だ」。つまり、新自由主義の発想そのものだ。これでは「障害者」は生きていけない。「支援法」と「障害者」は相容れないのだ。
 わたしたちは、生存権も幸福追求権も絶対に守る。地域で生きることは、人間の文化的な最低限度の生活だ。地域での生活のためには、家族以外の共同性を感じられる場が絶対に必要だ。こうした観点から改めて小規模作業所の存在意義を強調したい。
 また、こうした「障害者」や高齢者などの生存権を支える福祉労働者の生活は、当然にも国を初めとした公的機関が保障しなければならない。

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小規模作業所と新体系移行問題   
村岡 勉

■現在、私が働いている作業所のはじまり

 1988年春、東京のA市において市内在住の障害者2名が、「喫茶コーナーをつくる会」という運動を始めました。
 当時A市内にいくつかの作業所はありましたが、年齢や性別、障害に関係なく通所できるところはありませんでした。特に成人になって障害を負った人たち、年齢を重ねた障害者たちには、日中出て行く所、社会的な関係を結べる場がなく、厳しい状況だったようです。
 そういう中で「障害者が集える場」また、「障害者、健常者関係なく広く一般市民が交流できる場」をつくろうということになったようです。そして、A市中央公民館に障害者が中心となって運営する「喫茶店」をつくる運動が始まりました。
 当時は、障害者が公共の施設で喫茶店を運営することが、ある種ブームになっていました。発起人の2名は、知人、親の会(知的、身体両団体)、市民有志に働きかけ、中央公民館のロビーの一角で、来館する市民に無料のコーヒーを配ることを始めました。すると趣旨に賛同して一緒に活動したいという障害当事者、市民、親たちなど様々な立場の人たちが集まってきました。その後約2年その活動を続けました。
 次第にその活動が認められつつあるなか、市会議員回りを行い、議会陳情にこぎつけました。そして、1991年に心身障害者訓練事業所として補助金を受けることになりました。

◎小規模作業所としてめざしてきたもの

 発起人はじめその周辺の人たちが望んでいたのは、誰もが、自由な形で集える「居場所」であり、その理念に近いものが、心身障害者訓練事業所でした。そんな経緯から、「喫茶運営は手段であり、目的ではない」という理念のもと、ここでの活動や作業、人間関係を通じて、それぞれが人間としての自立や自己実現を目指していました。
 そして、バブル経済の影響あり、ここにずっと留まるのではなく、一般就労について自活するのがベストといった空気があった時期もありましたが、それも今は昔。大きくは、ひとりの人間として、その個性、人生に沿って必要なことを支援するということでやってきたようです。

■生い立ちの違い

 私たち作業所の成り立ちを見てもわかるように、小規模作業所は、地域の状況、そこに住む障害者、家族の思い、その地域性や必要性から生まれています。
 文字通り10箇所あれば、10通りの特色があると思います。
 だからその中から、自分にあったところを選択してきたと思います。
 しかし、これからは、4つか5つのパターンしかなくなり、多様な障害や暮らしの状況に対応できなくなくなります。

■新体系移行は、差別の加担をすること
 
 自立支援法施行後にわかに、行政も、現場職員も、「これからはわが作業所という狭い考えでなく、広く地域でネットワークをつくって、地域で支援していくべき」なんて真顔でいって、あたかもこれまでのことをしっかり総括して、当事者のことを考えた結果行き着いた結論のごとくいっています。が要するに自立支援法を何とか実施しなければならないという体制、行政側がつじつま合わせにつくった考え方です。
 そして、支援法の矛盾を十分知っていながら、体制になびく現場の職員たち・・・。
 どう考えても、障害者を就労、能力によって差別選別し、地域でネットワークをくみ、いくつかのパターンに囲い込んで管理しやすくするためのものでしかないのではないかと感じています。
 現在あるそれぞれの小規模作業所の生い立ちを無視して、むりやりに新体系に移行させ地域に根ざした小規模作業所を破壊し、利用者のゆるやかで自由な地域とのつながり、社会参加を阻む新体系への移行強制は、障害者差別の再生産と強化につながると思います。

■頼もしい?市の自立支援担当者

 新体系移行について市と初めて話をした時、市は「生活介護事業」を勧めてきました。その席でこれまでの型を存続したいと伝えました。すると、A市としてはこのままのカタチを存続させてもいいが東京都が切ってきます。そうなると存続は無理です。
 また、新体系に移った場合に東京都独自の特別加算があるが、それは暫定的なものではないかとの質問に市の自立支援法担当者は「そんなことになったら都に抗議します」と実に頼もしいことを言ってくれました。「おぉ~この係長は東京都にも強気で何でも言ってくれるんだ」と思っていました。
 しかし、その後この頼もしい係長の本当の姿勢を思い知らされるときがきました。ある時、東京都から市を通じて自立支援法についてのアンケートが来ました。新体系移行についての調査だったのですが、その最後に現在抱えている問題、不安などを記入する欄がありました。
 そこで、当時私たちの作業所で一番に不安の声があった、利用料について軽く書き込みました。内容は「新体系に移った場合、利用料発生を不安に思っている利用者家族の方がいます。実際に利用料発生を危惧して退所した人もいます。」といった趣旨のことを記入し、市に提出したところすぐさま、前述の係長からお叱りの電話がありました。「利用料云々とあるが、利用料にこだわっていたら皆さんの所にプラスになりませんよ。それに、本当にこの人は利用料が原因で作業所をやめたのですか?ほかに理由があるのではないのか。こんなこと書かれたら、都から指摘されて困る。」といった趣旨のことをかなり高圧的に言われました。
「おや?係長さん東京都には強気じゃなかったの?っていうか疑問や不安をつぶそうなんて・・・・まさかまさか恫喝しているんじゃないですよね?」
 ちなみに、個別給付に移った場合の東京都の加算が、期限付きだとわかった後、係長にそのことについて意見を求めましたが、聞こえないふりでした。もちろん東京都に抗議したという形跡は全くありません。

■その後の市との話し合い

 2回目の話し合いでは、地域活動支援センターへの移行を希望しましたが、他の区市町村と同様に地域活動支援センターへの移行は、かたくなに拒んでいます。その理由も最初は、精神関係の施設との話し合いの経過、約束から?精神関係以外の施設を地域活動支援センターに移すことはできないというもの。
 しかし、結局は、財政的な理由により地域活動支援センターは認めないというものでした。精神関係の施設との取り決めじゃなかったのか?
 そして、何がなんでも自立支援法に基づく個別給付事業に移ることを勧めて来ました。皆さんのこれまでの実績で可能なのではないのかという提案。(この時点で市担当者は正確な実態を把握しておらず。)
 3度目の話し合いでは、利用者、職員、保護者、理事、オブザーバーなど20数名で話し合いに臨みました。その話し合いにおいても市は、生活介護とB型の多機能型を勧めてきました。
 究極は、とにかく新体系に移りなさい。時間はあまりない。新体系移行に際してでてくる問題は自己責任で乗り切ってください。市は特別な手助けはしない。移行にむけての努力が足りない。よその作業所は努力している。というものどこまでいっても私たち作業所の実態、利用者の状況は無視して新体系移行ありきの姿勢を鮮明に打ち出していました。

◎わたしたちの作業所のチャームポイント

 新体系移行問題の取り組みの中では、利用者、保護者、職員が、一体となって、この問題について悩み、考えていきました。非常に難しい課題を突きつけられている一方で、そのことが、逆にこれまで以上に、お互いの連帯感、信頼感を生みました。
 作業所始まって以来、初めて一人一人が、「自分自身と作業所について」また、「作業所のありよう」といったことについて掘り下げて考え、話し合うことができました。
 新体系移行の検討過程において、他団体、個人との交流、情報交換を行うことができ、他施設とわたしたちの作業所を比較、検討する良い機会ともなりました。そして、これまで見えていなかったわたしたちの作業所の良さを発見することができました。同時に法体系と他の作業所とも照らし合わせつつ、地域にある小規模作業所としてのこの集まりのあり方、役割は何なのか自己点検することもできました。
 その中で見えて来た、この間培ってきた良さを、新体系移行後にどう繋げていけばよいのか、どう残していくのか。残すことができるのか。法律的な問題、運営のみに気をとらわれのではなく、利用者一人一人に思いを馳せながら新体系移行について検討してみました。するとどう考えても、うちの作業所の利用者にとって、メリットはひとつもないことがわかりました。逆に私たち作業所のチャームポイントが浮き彫りになりました。
 人は皆意味があって生まれて来ているのだということ。みんな必ず互いに支えられているし、互いを支えてもいる。その人その人には、いつも無限の可能性があり、存在そのものに意味がある。それはそのまま、わたしたちの活動の中で日々証明されています。

* 様々な障害を持つ利用者が、障害の程度に関係なく、それぞれに存在意義があり、認め合えることができる場です。
* 三障害すべての人がいます。その障害の程度も様々です。しかし、それぞれもれなく互いに支える存在であり、支えられる存在側にあるということです。誰ひとりとして一方通行ではありません

* 私たちの作業所は、どんな状況の人も受け入れながら活動しています。働ける障害者は、就労へ、そうでない障害者は、認めないといった、能力別、障害別、ニーズ別に分けて管理するある国の政策、今の社会の空気の中にあって、わたしたちの作業所は、すべての障害の種類、程度、社会的立場の人が、うまく共存し、しかも、互いに支えあいつつ、その中で確実に成長しつつあります。そして、皆が必要とされ、生き生きとしています。

 行き場所、居場所のない人、仕事をしていたけれど辞めた人、辞めさせられた人、軽いノリで通所したい人、一度気持ちをリセットしたい人などなど基本的にはどんな状況の方でも受け入れて来ました。そして、出入りも自由です。

■例えば私たちが新体系(生活介護事業)に移行すると

 新体系に移行してしまうといろいろな種類の障害者が、互いに支えあい刺激し合う関係性がなくなってしまいます。

 能力別に分けられることで障害の重い人は、年齢、性別を考慮、尊重した支援を受けられない恐れがあります。実際、障害者のデイサービス、生活介護事業などでは、子ども扱いされている現実があります。わたしたちの所の重度障害当事者や親たちはそのことを一番不安に感じています。

 子ども扱いする、されるという中で、人としての自立や自己実現、幸福追求という考え方や権利を剥奪されかねません。

 重度の人にとっては、新体系に移行したら、先行きの希望がありません。そこでは、一人の人間同士のかかわりはなく、ただ、食べて、出して、という物理的介護をうけて保護されている、生かされているという場でしかありません。
 最悪、一生そこでの関係で終わってしまうことが考えられます。

 わたしたちの作業所では、障害の程度や種類で束ねることなく、一人一人のニーズに沿って支援していますが、それができなくなります。

 わたしたちの作業所では様々な立場の人間、障害種別、程度の人間が助け合い、関わりあうことによって、すべての人の生活体験や感性を豊にしています。しかし、障害別、能力別に分けられると非常に狭い世界に閉じ込められ、社会参加が望めません。

 小規模作業所は、規模も小さく小回りがききます。その分利用者の一人一人のニーズに答えられます。しかし、新体系に移行するとそれは崩れます。

 地域にさまざまな特徴を持った作業所があることによって、利用する側は、障害の種類によって選んだり、作業内容で選んだりします。一般就労が無理な人は福祉的就労を実施している所を、福祉的就労も無理な人は、訓練学習中心の所をと、自分の障害状況や暮らしのペースに沿って選ぶことができます。しかし、国が用意しているメニューは、4~5程のパターンしかありません。どこにも出られない、それこそ社会参加ができない多くの人が出て来ます。

 実際にみんなで市内の生活介護事業を行っているところを見学しました。そこの活動内容、理念に共感する人は一人もいませんでした。
 はっきりいって、成人が日常的に通うところではないように思われました。法律的には問題ないのでしょうが、狭いスペースに押し込められ、子ども扱いされ、トイレの時間も決められているのです。
 そのため、ますます新体系移行には抵抗が・・・すくなくとも生活介護事業には移行したくないとの思いを深くしました。

■私たち小規模作業所は移行問題

 A市のことしかわかりませんが、ほとんどの市内の施設関係者は、「自立支援法は良くないが、施設運営の根拠になるのはこの法律しかない」と考えているようです。
 市に対して、新体系移行にNOと言ったのはわたしたちの所だけのようですが、それも何とか抵抗と妥協のぎりぎりの線上にいるという状況です。市の頑なな態度の前に、職員も保護者も、一部諦めかけているという状態です。一方、最後の最後まで抵抗しようと考えている職員、保護者、利用者も、周囲の施設関係者や市を説得できるだけの強さや理論を持ち合わせていないというのが現状です。
 しかしながら、新体系移行に無理があるのははっきりしている以上、抵抗を続けるしかありません。

■福祉労働者は、もっと立ち上がるべきです。

 私たち小規模作業所に関わる人間は、国や自治体の言いなりになっていて本当によいのでしょうか?私のまわりにおいては、自立運動などで障害者と共に戦ってきた介助者は別として、一般的な福祉労働者が、国や行政の施策に対して、抵抗抗議するということはきいたことがありません(私もその一人ですが)。やはり日本の社会福祉は、思想的にもその成り立ちにおいても、下からの相互的な慈善、恩恵ではなく、上から賜る慈善、恩恵としての福祉と空気が根強いと感じています。
 80年前後、盛んに「権利としての社会福祉」ということが言われていました。その背景には、命がけの障害当事者の運動があったと思います。残念ながら、あれから20年足らずで、介護保険、支援費制度そして自立支援法と大多数の福祉労働者は、体制に流されてきました。それを打ち壊すどころか、新しい法律が出来るたびに、いかにそれを早く、より深く理解し、実務に移すかということばかり考えていたように思います。かく言う私自身、怒りネットの人たちとの出会いがなければ、国や行政の方針に何の疑問も持たずに唯々諾々としたがっていたのです。

 まったく役人のいうことは理解できない、これは当事者のためになっていないと感じつつ、言いつつも、それらを問題として体制に提示したり、戦ってこなかったと思います。
 皆さん、自立支援法を語る時、枕詞のように、アリバイ作りのようにこれはおかしな法律だ、福祉を削るなら、国の無駄使いを何とかしろと言います。
 でも施設運営を何とかしなければならない。つまり、職員の生活、労働者としての賃金を何とかしなければならないということ。

◎積極的加担

 さらには、施設運営存続のために、それが、利用者に不利益を被るものだとしても施設運営存続のために何とか法律に乗ろうとする。
 行政と歩調を合わせて、あたかも自治体の職員かと見間違うくらいに行政と歩調を合わせて、法律の実施に協力する。挙句の果てに行政はそんな理不尽なことはしない、悪いようにはしないとのたまっている。
 さらには、手なずけられてしまって、何も言えなくなってしまう。
 どの次元の人も、みんな法律がわるいのはわかっている、当事者にもよくないといいつつも、結果は、なにもやっていない、声をあげない。これは、体制からみれば賛成していることと同じなのではないのでしょうか。
 自立支援法に一部見直しがされた時も、そこまで追い詰めた運動やそのために必死に闘った人たちのことに思いをはせられず、やっぱり、国もこれではまずいといろいろ考えてくれていると、やっぱりわるいようにはしないと、あたかも国が自発的に見直したかのように考えている人。
 もっとショックなのは、そういった運動のやり方自体を批判する人がいることです。

■黙っていることは主体的に足を踏む側にたっているということ

 障害者当事者の人たちは、一部体制に擦り寄っている方々は別として、一貫してこの自立支援法には反対しています。
 この自立支援法は、障害者やその家族の命や暮らしを脅かしているということ。実際に多くの死者もでています。生き死にと直結していると思います。
 その悪法が悪法たるを証明しているのが、私たち福祉労働者がいま、直面している新体系移行の問題だと思っています。法律の一角を容認するということは、自立支援法をさらにさらに強固な怪物にしてしまうことになるのではないのでしょうか?
 目先のことだけで、それに乗っかってしまうことは、協力とか体制に流されるというレベルを越えて、国が決めたことを積極的に主体的に実行し、抑圧する側に立つということと同じだと考えます。「周囲はどうあろうと、私は心の中では反対している。悪法だと認識している。」といくら百万遍言ったところで、何も変わらないし、客観的にみれば、積極、消極とひっくるめて体制に加担、つまり賛成していることと同じなのです。

■福祉労働でなくサービス提供事業者ビジネス

 体制的でも何でもいい、みんな最初は、人の役に立つ仕事、弱い立場の人のために、共生のために・・・・と様々な純粋な動機でこの世界に飛び込んできたはずです。
 でも、これからは、ダイレクトに障害者を食い物にするビジネス、事業者、商売となってしまうのです。社会福祉とか権利の保障といった概念が消えていきます。
 しばらくは、初心を忘れずにやれるかもしれませんが、時間の経過と共に流されかねません。多くの人たちが自立支援法に流されてしまっているように。
 この体系では、運営をより安定させるためには、利用者を集めなければならないし、できるだけ多く通ってもらわなければなりません。かならず当事者側にしわ寄せや無理が生じます。
 サービスを提供する事業者といいながら、ひとり一人の実情にあったサービスにならない、ギブアンドテークにはならないのです。さらに時間がたてば、福祉があった時代のことを知らない世代の職員が出てきます。
 自分たちの暮らし、施設運営はもちろん大切ですが、当事者や今私たちが身を置いている社会福祉の分野が物理的な面はもちろん理念としても切り崩されてしまったら、私たちがこの仕事を選んだ意味がなくなるし、一番弱い人の暮らしの切捨ての次は、必ず次の切捨ての対象を求めて来るような気がします。
 差別者の立場に立つ福祉労働者としての利益と被差別者である障害者の利益が何とか共存でき、その先に真に差別者と被差別者が手を結べる未来が思考できるような福祉労働、支援の形を目指す時に来ているのではないかと考えています。

 知識不足や経験不足を省みず、かなり独断的なないようになったことどうかご容赦下さい。

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「障害者自立支援法」の撤廃をもとめる集い
◆日時
9月20日(日) 13時開場  13時半開会
◆場所
西宮市立勤労会館(JR西宮駅から南へ徒歩7分)
兵庫県西宮市松原町2-34
079-843-1662
◆主催
9・20集い実行委員会(呼びかけ:怒りネット関西)
◆連絡先
西宮市上之町34-10 住田方
090-3054-0947
◆プログラム
様々な立場からの発言(障害者、福祉労働者、医療労働者、事業者…)
会場からのフリ-ト-ク                  

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2009年5月23日 (土)

怒りネット通信 第39号

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怒りネット通信
2009年 5月19日  第39号

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もくじ                                
「障害者自立支援法」体制を撤廃しよう!
鈴木訴訟の報告                      
「臓器移植法」改悪に反対する                

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●「障害者自立支援法等の一部を改正する法律」案を廃案に!
● 障害者自立支援法を撤廃しよう!
● 臓器移植法改悪案に反対しよう!
● 国会闘争にたちあがろう!

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「障害者自立支援法等の一部を改正する法律」案を廃案に
「障害者自立支援法」体制を撤廃しよう!

古賀 典夫

 3月31日、見出しに記した「支援法」の改定案が閣議決定されて、国会に上程されました。全体は8条と付則からなっており、「支援法」だけでなく、児童福祉法、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」、「精神保健福祉士法」、社会福祉法他の改定を伴うものです。
 ここでは、現行の「支援法」がもたらしたものは何であり、改定案はこれをどのように変えようとしているのかを書いてみたいと思います。いろいろなご意見、ご批判をいただければありがたいです。わたしとしては、そうした議論をも通しながら、「支援法」体制の撤廃の運動を高めていきたいと思います。

★介護保険体制に近づけた「支援法」

 現行「支援法」は、「障害者」の福祉制度を介護保険の体制に近づけるものでした。厚労省は、05年に「障害者」を介護保険の体制に組み込むことを狙っていましたが、「障害者」とその関係者の反対運動によってこの目論見は打ち砕かれました。しかし厚労省は介護保険制度によく似た制度として、「支援法」を作り出しました。
 「支援法」と介護保険法の似た点としては、応益負担、「障害程度区分」とそのための市町村審査会、利用者も事業者も締め付ける管理体制などです。
 今年2月に発表された「与党障害者自立支援に関するプロジェクトチーム」の方針によれば、「今回の法改正では、介護保険法との整合性を考慮した仕組を解消し、障害者福祉の原点に立ち返り、自立支援法により障害者の自立生活に必要十分なサービスが提供されるという考え方に立って、給付のあり方を抜本的に見直す」と書かれています。しかし、実際には応益負担の部分について手直しが行われたぐらいで、他の部分については、ますます介護保険制度に近づける法改定さえ狙われています。

●応益負担制度について

 「支援法」改定案によると、利用者の負担は、「当該支給決定障害者等の家計の負担能力その他の事情をしん酌して」決めるとのことなので、確かに応能負担の表現をとっています。その基準は政令で定めることになっています。
 補装具や「自立支援医療」、児童福祉法に定めようとしている規定も含めて、こうした応能負担の表現が取られています。
 そして、その利用者負担の最高限度が1割だとされているのです。1割にこだわっていますが、このことからしても、「支援費制度」やそれ以前の応能負担のようには利用料を引き下げる気がないことが想像されます。 さらに、この法案の説明資料として作られている「障害者自立支援法等の一部を改正する法律案の概要」には、次のような記述が出てきます。

 「1。利用者負担の見直し
(課題) 類似の対策により、負担上限額は大幅に引き下げられており、実質的に負担能力に応じた負担になっているが、法律上は1割負担が原則となっている。
→ 法律上も負担能力に応じた負担が原則であることを明確化。
(ただし、サービス利用量が少なく、1割負担の方が低い場合には1割)」 そして、利用者負担が一番少ない通所の場合の負担上限を上げて、以下に現在でも利用料が「少ない」かを強調しています。

 これまでにも論じてきましたが、応益負担の発想は、福祉は買うものである、ということです。全額を利用者が負担するとあまりにも高額なので、公的に一定割合を補助するということで、その補助が当面9割だったのです。そこには、お金がなくて買えない人が出てもやむをえないという発想がありました。こうした応益負担制度を、理念としてはいったん断念させた意義は重要なものであり、「障害者」の闘いが勝ち取った成果です。
 しかし、政府はあくまでも利用料の実質の更なる削減を拒否し、できるだけ1割負担に近づけることを狙っていると、わたしたちは「支援法」改定案から読み取るべきではないでしょうか。
 そのほか、利用料について、いくつか改定する点が書かれています。
・グループホームやケアホーム利用者について
                
 入所施設利用者の場合、利用料や食費、光熱費などを徴収後、手元に一定の金額(2万5千円など)が残るように給付する制度があります。この給付を「特定障害者特別給付費」と言います。
 グループホームやケアホームについても、これと同様の給付を行うことが改定案に盛り込まれています。その場合は、食費、家賃、共益費を徴収後に行うということなのでしょうが。
 施設の場合は、一月に2万5千円などですが、これがどのくらいになるのかは、政令などで定めることになるのでしょう。
 施設に入所している「障害者」からこの2万5千円がいかに低く、生活を圧迫するかが述べられてきました。
 グループホームやケアホーム利用者は、昼間に通所や通勤していることが前提になりますが、そうすると交通費などはどうなるか、ということもあるでしょう。

・補装具、「自立支援医療」の利用料

 このいずれもが応能負担になります。しかし、ホームヘルプや通所と併用した場合の状況については、違ってきます。

 補装具については、「高額障害福祉サービス費」の対象とするとされています。 現行法の「高額障害福祉サービス費」の対象として書かれているのは、「障害福祉サービス費」(ホームヘルプや通所や入所の関連)と介護保険の介助を受けた場合のことでした。このほかにも、家族の中で複数が「障害者」関係の介助を受けた場合がこの「高額障害福祉サービス費」の対象となることになっています。
 今度の法案では、補装具の利用料についても、この「高額障害福祉サービス費」の計算の対象とされています。
 これは改善ではありますが、「高額障害福祉サービス費」の場合、利用者はいったんはそれぞれの利用料を支払わなければなりません。その利用料の合計額が一定の水準を越えた場合に、後で行政が払い戻すというシステムです。したがって、補装具などを手に入れる際の負担の大きさはやはりあります。

 「自立支援医療費」は、やはり別です。別個に費用が徴収されます。
 もちろん、「地域生活支援事業」に必要な利用料も別です。こうして、ホームヘルプや通所などでの応能負担を超えてさらに必要な福祉のために支出を余儀なくされる構造は続けようとしているのです。

 利用料については、その基準や金額のみならず、利用料を計算する世帯員の範囲、資産の範囲などまで広い範囲を政令や省令で規定しています。「支援法」全体が政令・省令などに委任しているところが多すぎることも問題です。こうしたことについては、今度の改定案ではますますそうした方向になっていると感じます。
 利用料がどうなるのか、これは運動の強弱に係っています。世界的な大不況の中、政府は福祉予算の削減、利用料を増やすことを狙ってくるのは明らかだと思います。「障害者」の地域での生活を保障できない国や政府は倒すべきだ、という思想を持って闘っていかなければならないと思います。

●「障害支援区分」、ケアマネージメント、国庫負担基準

 「障害程度区分」は、「支援法」改定案では、「障害支援区分」と名称が変えられ、その定義も変えられます。
 また、わたしがケアマネージメントと言っているのは、福祉の支給を申請した人について、福祉の利用計画案を作成したり、市町村の支給決定後に、正式な利用計画を作成することです。これまでは、支給決定の後に、市町村が必要と認めた「障害者」について、利用計画を作成することになっていましたが、今後は支給決定前に案を作成するほか、定期的に受けている福祉が適切化どうかをチェックすることも加わります。
 以上の変更については、どちらも2012年4月施行とされていますが、これらと「訪問系サービスに係る国庫負担基準」との関係が問題となります。国庫負担基準が介護保険の利用限度額のような役割を果たしてしまうのではないか、と思われます。もしそうなった場合には、介助時間数を大幅に削減される人が続出することが考えられます。
 以下、この点をもう少し詳しく述べたいと思います。

 「障害程度区分」の定義は、「障害者等に対する障害福祉サービスの必要性を明らかにするため当該障害者等の心身の状態を総合的に示すものとして厚生労働省令で定める区分をいう」となっていました。つまり、心身の状態を示すのが「障害程度区分」だったわけです。
 しかし「障害福祉サービスの必要性を明らかにする」ために、こんなことは必要ありません。「障害者」の生活の状況を聞いていっしょに考えれば十分なはずです。ましてや、この程度区分が「客観的基準」などとすることは決して容認できません。しかし、「支援法」の改定案はさらに危険な方向に持っていこうとしています。
 「支援法」改定案の「障害支援区分」の定義は、「障害者等の障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合いを総合的に示すものとして厚生労働省令で定める区分を言う」としています。つまり、「必要とされる標準的な支援の度合」を示すものとしているのです。
 これまでの「程度区分」は、「心身の状態」を示すものなのだから、その「障害者」の置かれた環境、その「障害者」の希望などと共に、支給決定の一つの要素として解釈することができます。ところが「支援区分」になると、「必要とされる標準的な支援の度合」ということで、支給決定の中心要素となることは明らかです。この「度合い」に対応した福祉の種類や量がどのように表現されてくるかは、政令や省令などによるのかもしれませんが、環境や希望により、たとえ支給決定の量(ホームヘルプの時間など)が標準よりも上積みされれば、それは「例外的なもの」「贅沢なもの」とされてしまうのではないでしょうか。

 昨年12月に発表された社会保障審議会の障害者部会の報告書で強調された相談支援体制の強化は、「支援法」改定案に新設されている30の条文となっています。この中に上述したケアマネージメントも出てきます。
 改定案の条文では、わたしがケアマネージメントと言っているものについて、「サービス利用支援」とか、「継続サ-ビス利用支援」という名称をつけています。これを行うのは、市町村が指定する「指定特定相談支援事業者」(以下、市町村相談事業者)です。
 市町村は、福祉の利用を申請した人の支給決定を行うに当たって、福祉の利用計画案を提出するように申請者に要求できることになっています。申請者は、市町村相談事業者に依頼して利用計画案を作ることが想定されています。厚労省の説明では、この計画案は自分で作ることもできる、とのことです。しかし、指定の書類に、指定の様式などで書き込むようにされれば、なかなか個人で作ることは困難になるでしょう。
 そもそも、申請者は、1日も早く支給決定を求めているのです。それなのにどうしてこのような負担を強いるのでしょうか。相談支援は、利用者にとっては無料で受けられたとしても、事務的にも精神的にも負担がかかるばかりか、手続きに時間がかかることにもなるのではないか、と思われます。
 また、市町村の職員と話し合いながら、実際の福祉の利用を決めていく、というあり方がなくされていくでしょう。直接その人の事情や希望を聞く人は、市町村相談事業者になるからです。申請者の実情を知っているのは、この事業者であり、支給決定を行うのは実情を知らない公務員という形になります。こういう構造を作れば、行政の福祉切捨てはやりやすくなるでしょう。そして、その公務員労働者のリストラも進められることになるのです。
 市町村相談事業者は、当然「障害支援区分」を参考にして利用計画案を作成するでしょう。そして、行政側から認められやすい支給量を考えると、そこに「障害支援区分」ごとに規定された「訪問系サービスに係る国庫負担基準」がある、ということになってしまいます。この国庫負担基準内に、ホームヘルプなどの支給量を当てはめようとすることになることが予想されます。どんなに重度の「障害者」にも、1日数時間の介助しか認められないような状況が進みかねないのです。

 ところで、申請者自身が利用計画案を作成できる根拠となる条文は、次のものだと厚労省は言います。
 「前項の規定によりサービス等利用計画案の提出を求められた障害者又は障害の保護者は、厚生労働省令で定める場合には、同項のサービス等利用計画案に代えて厚生労働省令で定めるサービス等利用計画案を提出することができる。」(22条5項)
 このような何を言っているのか、条文そのものから判断できないような法律を作ってはなりません。

 市町村相談事業者は、さらに市町村の支給決定が出た後に、正式な利用計画を作成します。そして、「継続サービス利用支援」も行います。これは、市町村の支給決定の有効期間内に、省令で定める期間ごとに、利用の状況をチェックして計画が適当かどうかを検証して、計画案を作り直すか、その「障害者」などに支給決定の変更を申請したほうが良いと言ったりすることのようです。これを行政の側にたって行われると、「障害者」への管理抑圧体制になりかねません。

 このほか、相談支援事業として、「地域相談支援事業」が創設され、都道府県の指定する相談支援事業者がこれを行うことになっています。この事業の中には「地域移行支援」という入所施設や入院している病院から退院する際に行われる相談支援事業、「地域定着支援」という単身その他で地域で暮らす「障害者」と常に連絡を取り、緊急時にも相談その他の対応をする事業があります。これらの事業は、市町村から支給決定を受けていなければ利用できません。
 緊急時に本当に必要なのは、相談だけでなく介助など具体的な援助のはずですが、これを保障する文言はありません。

 77条の2には、「基幹相談支援センター」の設置が新設されています。これは市町村が設置することのできるものですが、都道府県の指定を受けた相談支援事業所に委託することもできます。このセンターは、「障害者」などへの相談や情報提供を行う「中核的な役割を担う機関として」います。しかし、この条文は「地域生活支援事業」の中に位置づけられています。ということは、統合補助金という不安定な財源の中で運営されなければなりません。あるいは、この統合補助金が大幅に増やされなければ「地域生活支援事業」の中の他の事業予算を圧迫することになるでしょう。

 いずれにしても、「障害者」の実情を把握しているのは相談支援事業者で、枠組みを作り支給決定を行うのは行政という構造が作られていくような気がします。
福祉を切り捨て締め付けていくにはやりやすい構造ですが、「障害者」側からすると改善のための交渉などが行いにくい構造だと思います。

●管理体制の強化

 しかし「事業者が障害者の側に立ってくれれば、良い運用も可能ではないか」とのご意見もあるでしょう。ところが、そうはいかない仕組みを政府は作ろうとしていると思うのです。それが、ケアマネージメントなどが始まる前に施行される事業者などへの管理体制の強化です。「支援法」改定案の公布から1年6ヶ月以内に施行するということなので、2012年よりもこれが先に来るのです。

 現行の「支援法」には、介護保険法由来の利用者も事業者も締め付ける条文が作られています。9条~12条、48条などがそれです。たとえば12条は、利用者の収入や資産をチェックするために、銀行や雇用主、「その他の機関」、「その他の関係人」から報告を求めることができるというもので、チェック対象はいくらでも拡大解釈ができるようにしています。
 今度の改定案では、第48条を変えて、都道府県や市町村が調査のために立ち入りを行うことのできる対象を広げました。現行法では「サービス事業所に立ち入り」となっているのですが、「事務所その他当該指定障害福祉サービスの事業に関係のある場所に立ち入り」と、いくらでも立ち入りの範囲を拡大できる規定としています。場合によっては、利用者の家や従業員の家まで立ち入りができるという解釈さえできてしまうのではないでしょうか。

 今度の法案では新たに「業務管理体制の整備等」という項目を設け51条の2、3、4という条文を新設しています。51条の2の第1項は次のとおりです。
 「第五十一条の二 指定事業者等は、第四十二条第三項に規定する義務の履行が確保されるよう厚生労働省令で定める基準に従い、業務管理体制を整備しなければならない。」

 では42条の3項は何かというと次のとおりです。
 「3、指定事業者等は、障害者等の人格を尊重するとともに、この法律又はこの法律に基づく命令を遵守し、障害者等のため忠実にその職務を遂行しなければならない。」

 この業務管理体制とは、事業所の代表だけでなく、業務に関する担当責任者を作らせようとしているのではないか、と思います。この体制を、1つの都道府県で活動する事業者は都道府県知事に、2つ以上の都道府県で活動する事業所は厚生労働大臣に提出することになります。
 そして、この業務管理体制について、都道府県だけでなく厚労省も、事業者に対するチェックができるようになっています。ここでも、書類の提出、関係者への質問、そして立ち入り調査ができます。この立ち入りの対象は、「当該指定事業者等の当該指定に係る事業所若しくは施設、事務所その他の指定障害福祉サービス等若しくは指定相談支援の提供に関係のある場所に立ち入り、その設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる」としています。

 こうした管理体制の下で、事業者はますます多くの事務的負担を強いられるでしょう。そして、「障害者」の側というよりも、行政の側に顔を向けるようになる所が多くなるでしょう。
 これらの管理体制は、介護保険法をも超えるものだと思います。要介護区分が利用限度額に直結している介護保険制度と比べると、「支援法」改定案においても、支給量については、なお柔軟な運用が可能になっており、その分、相談支援事業者を初めとした事業者を縛らないといけない、という狙いがあるのかもしれません。
 「障害者」も福祉労働者もそして事業所も、このような管理の強化に反対すべきであると思います。その狙いが何か、とことん追求していきましょう。

 「障害者」の福祉を介護保険制度に近づけようとする厚労省の狙いはやはり続いています。わたしたちは、「支援法」体制を撤廃するためにも、介護保険制度をも撤廃させることが必要なのではないでしょうか。

★国の責任を後退させた「支援法」は

 「支援法」以前からある「障害者」関係の福祉法においては、法律を実行する責務や義務を負う主体として、まず挙げられるのは国でした。ところが「支援法」では、市町村や都道府県については、「責務」という言葉がありますが、国についてはありません。しかも国が行わなければならないのは、「助言、情報の提供その他の援助」だけです。憲法25条に完全に違反した法律です。
 こうした発想だからこそ、「国の無責任な姿勢がこの法律には現れていました。
統合補助金という不安定な予算しかつけない「地域生活支援事業」、常時介助の必要な「障害者」にも1日数時間程度の介助しか保障しない国庫負担基準、などがその例です。
 一番重い責任を負わされているのは市町村です。しかし、市町村は財政力などに格差があります。したがって「支援法」の下で、格差が広がるのは当然なのです。
 もっと矛盾したことには、「支援法」の中の市町村の権限は弱いのです。87条によれば、国は「障害福祉計画」に関する「基本指針」を作成します。市町村は88条によれば、この「基本指針に即して」市町村福祉計画を作成しなければなりません。88条の7項によれば、「市町村は、市町村障害福祉計画を定め、又は変更しようとするときは、あらかじめ、都道府県の意見を聴かなければならない。」と規定されているのです。
 「地方分権」などと政府・財界が騒ぎ立てているのはこうした茶番なのです。
そして、これで苦しむのは、「障害者」やその家族、福祉労働者、自治体労働者なのです。

●改定案に新設される2条4項について

 改定案では2条4項に次の文章が書き込まれています。
 「国及び地方公共団体は、障害者等が自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービス、相談支援及び地域生活支援事業の提供体制の確保に努めなければならない。」

 これは努力義務の規定であり、責務とはいえないものですが、一定の改善と受け取って良いのかどうかです。それにしては、腑に落ちないことがいくつかあります。
 国が確保に努める一つは、「障害福祉サービス」とされています。市町村や都道府県では、この部分は「自立支援給付」なのです。「自立支援給付」には、「障害福祉サービス」も入りますが、「自立支援医療」や補装具の給付も入ります。これでは国は、「自立支援医療」や補装具については、保障する努力をしなくてもいいことになってしまいます。
 また、市町村や都道府県は権利擁護も行うことと規定されていますが、国にはそうした責任がないことになってしまいます。
 そして何よりも、「地域生活支援事業」や国庫負担基準のあり方はそのままなのです。
 「支援法」の違憲性は、そのまま続いているのです。
 わたしが想像するには、国などの管理統制の権限を強める中で、せめてこの程度は書かないとバランスが取れないので書き込んだ、といったところではないでしょうか。

★労働能力による分断政策はそのまま

 「支援法」の目的を規定した第1条には次のような表現が出てきます。「障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行」うとされています。この「能力及び適正」という言葉が他にも数箇所に記されています。
 この「能力及び適正に応じ」という記述は、他の「障害」関係の法律にはないものであり、「支援法」のイデオロギーを示しています。この具体的な現れは、通所施設の体系です。
 一般就労を目指しての「就労移行支援。雇用契約を結び、採算性が求められる「就労継続支援A」。福祉的就労とされる「就労継続支援B」。「障害程度区分3」以上の利用者を対象として、日中に介助や創作的活動などを行う「生活介護」。
 すなわち、「能力と適正」に応じて、分相応の所にいけ、ということなのです。
「支援法」本来の応益負担では、より介助の必要な人ほど利用料をとられるため、この「分相応の生活」さえ保障するものではありません。そして、「就労」と名のつく体系に通う人は労働能力の向上に向かっての訓練を強いられ続けるのです。
 「支援法」の発想の中には、いろいろな人が協力し合い助け合っていく共同性の発想は全くありません。こうした共同性が人間の生存権として絶対に必要であるという認識は感じられません。
 「支援法」改定案においてもこの点は全く変わりはありません。事業者を政府の目的に向かって管理統制する体制が強められた分、こうした能力主義は助長されるでしょう。
 地域の小規模作業所には、こうした「支援法」の体系に無理をしてでも入ることが強要されています。このことも含めて、別の現行でより詳しく書きたいと思います。

★無駄の多い「支援法」

 「支援法」の施行に伴い、福祉を提供する事業者は、事務量の増加に苦しんでいます。上述したように、「支援法」改定案が成立すれば、それはさらに悪化するでしょう。
 
●「障害程度区分」も審査会もケアマネージメントもいらない

 「障害程度区分」認定までの認定調査、コンピューター判定のためのシステム構築、市町村審査会の常設など膨大な手間と費用が「障害者」の介助とは無関係なところで支出され続けています。さらに「支援法」改定案では、前述したようなケアマネーメントを導入しようとしていますが、これも無駄です。
 これらも含め、管理統制を強めれば強めるほど、膨大な無駄遣いが発生するのです。

●「障害者基本法」と重複する制度の無駄

 障害者基本法では、国や都道府県に「障害者基本計画」の作成が義務付けられてきました。市町村については努力義務でした。
 「支援法」では、これとは別に「障害福祉計画」を都道府県と市町村に策定することを義務付けています。国については、数値目標などは入らない「基本指針」の策定なのですが。
 本来ならば、基本法の「障害者基本計画」を市町村にも義務付けていくようにしていくべきだったのに、どうしてこのような重複をつくりだすのでしょうか?

 「支援法」改定案では、「自立支援協議会」を89条の2を新設して法定化しました。しかしこれも障害者基本法の「地方障害者施策推進協議会」と重複するものになると思います。
 わたしたちが介助制度の充実を求めれば「福祉予算には限りがある」などという政府が自分たちのやることについてはこのような無駄を平気で行うことに、怒りを感じます。

 以上述べてきたことからしても、「支援法」もその改定案も撤廃・廃案あるのみです。
国会闘争にうって出ましょう!

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・第二次鈴木訴訟
・第二回口頭弁論までの報告
鈴木 敬治

 先月3月23日、第二次鈴木訴訟・第二回口頭弁論が東京地裁で開かれました。
これについて、簡単に報告したいと思います。

 まず、今年の2月、私の移動介護支給量を決める勘案事項調査が為されました。
 大田区側は、私の生活実態に昨年と特に変化がないこと等を口実に、昨年と同じ水準の支給決定を行いました。しかし、私はこれには納得していません。
 なぜなら、昨年の支給決定を私が受け入れたのは、移動介護要綱にある社会参加32時間上限問題について今後、解決に向け話し合う約束を大田区側がしたからです。また、私の移動介護支給量を元の124時間に戻すことについても、話し合いで解決しましょうと、互いに一致することができたからです。しかし、その後、大田区側のこのような姿勢は反転してしまいました。大田区は話し合いを勝手に打ち切りました。第二次裁判が起きたから話し合いを打ち切ると言ってきたのです。
 このような経緯があり、前回受け入れた支給決定についての前提がすっぽり抜け落ちている以上、私としては、到底大田区側の言い分と今回の支給決定を納得することはできません。
 ですから、私は、この新支給決定についても、3月23日に「訴えの追加の手続き」を行いました。

 先日の第二回口頭弁論では、大田区の視覚障害者Mさんが、32時間削減以来5年間、その必要な移動介護支給量を申請しても全て棄却されていることの事実認否と、その関係資料の提出を求めました。また、以前、私が大田区に提出した社会参加活動の詳しい資料を、裁判所側にも出すように求めました。
 しかし、これについて、大田区と東京都は、いずれも提出の必要がないとする姿勢でいます。人の生活実態を根掘り葉掘りしらべ尽しておきながら、不利な公文書を出さずに逃げようとしています。

 以上、簡単ではありますが、第二回口頭弁論について、また最近の報告も含め報告させていただきました。最後に、この裁判について私の想いを述べたいと思います。

 障害者があたり前な生活を行っていくためには、社会参加のための移動介護の保障は必要不可欠なものです。私はこれからも頑張って闘っていきたいと思います。皆さん応援よろしくお願いします。

 追記 昨年11月以来、全国の皆さんから頂いた御署名を4月22日に東京都に提出します。たくさんの御署名をどうもありがとうございました。

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「脳死」は人の死ではない!
「臓器移植法」改悪に反対する

怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク

●人の死を期待する医療は許されない!

 私たちは、障害者に大きな苦しみを与えてきた「障害者自立支援法」(以下「支援法」)の撤廃を求めるなどの活動をしてきました。
 「支援法」成立によって、更生医療や育成医療は解体され、「自立支援医療」の対象とされなかった心臓を始めとする臓器に障害を持つ人たちは大きな負担を強いられることになりました。臓器などに難病を持つ人たちが求める福祉については、政府も与党も答えようとしてきませんでした。
そんな与党のメンバーの中から「臓器移植法」の改定案であるA案が出されてきました。それは「小児の臓器移植」を看板に掲げています。ここに私たちは大きな疑問を感じます。
 A案は、現行「臓器移植法」の「脳死とは」についての規定から、それが臓器移植のためにあるという記述を削除しています。そして、家族の同意のみで臓器摘出ができるようにしようとするものです。
 ここに本当の狙いが示されています。「脳死」を一般的な人の死の基準とすることにより、「脳死」とされた人々の命を切り捨てることです。そして、その人たちを人体部品として使うこと、あるいは、人体実験の道具として使おうということでしょう。

●「脳死・臓器移植」を行っている国々は、いま「滑りやすい坂道」を滑り始めています

たとえば、アメリカでは、メディケイド(生活保護の医療扶助のような制度)は「遷延性意識障害」(いわゆる「植物状態」)と診断されれば打ち切られるようになっています。そうした状態を「死」の基準とする州さえも現れています。
 そして日本においても、A案を作成した一人である公明党の福島議員もこうした考えを表明しています。
 現行の「臓器移植法」もこの坂道に足を踏み入れたものであると思います。しかしA案はいっそうこれを推し進めるものでありますし、また、ほかの改定案も坂道のどこにいるかが違うだけのことだと考えます。
 現行の「臓器移植法」制定までの過程で、「脳死・臓器移植」推進者の議員たちが語ってきたのは、「脳死判定をする前提には、救命治療が尽くされたということがある」と語ってきました。ところが、近年の状況では、救命救急医療体制そのものが崩壊の危機にある状態ではありませんか。また、「臓器移植法」の下での「脳死判定」においても、救命が尽くされたとは言いがたい症例があります。
 また、現行の「臓器移植法」制定の過程では、「脳死」状態となったら数日で心停止になるかのような説明が行われてきました。しかしその後社会的にも知られるようになったのは、「脳死状態」と診断される人たちが病院や自宅で生活している実態です。アメリカでは、そうした状態と診断されてから20年にわたって生活していた人の実態が報告されていますし、日本でも現に8年以上生活されている方々がいます。そうした人々を「死んだ者」として扱うなどということは断じて許されません。
 すなわち、現行の「臓器移植法」自体の存立条件こそが問題になっているのです。そんな折に、A案などを提案してくる議員の良識こそわたしたちは問いたいと思います。

●わたしたちは、「脳死状態」を人の死とすることに反対します。まして、そうした人々から麻酔まで使って臓器を摘出することに反対します。

●私たちは、他人の死を期待する移植医療に反対します。

 こうした移植を肯定するならば、「脳死状態」とされた人にとどまらず、臓器の摘出源を求めて、更なる命の切り捨てが進められるでしょう。
 「臓器移植先進国」は、移植用の臓器不足に陥っています。臓器の病気に対して、移植に頼ろうとすれば、これは不可避なことです。そこで実際に、摘出対象の拡大が狙われたり、臓器売買が発生するのです。そして、レシピエントも選別されるのです。

●脳に傷害をおった人、臓器の病気を抱えた人に、適切な医療と福祉の保証を要求します。

こうした人々の生活を社会全体で支えることが重要です。そのための適切な医療や介助などの福祉が必要です。

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2008年12月 3日 (水)

怒りネット通信 第38号

怒りネット通信
2008年12月2日 第38号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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■もくじ
・「10・31大フォーラム」報告
・もう騙されないぞ!~しあわせは歩いて来ない~
・「自立支援法」撤廃 関西集会報告         

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10・12社会保障審議会で、抜本改革の討論を座長が否定しました!
このままでは、一部の手直しで終ってしまいかねません。

●12・3・厚生労働省抗議行動に集まろう!

11時半クレオ(霞が関の弁護士会館)ロビー集合
12時~13時厚生労働省前ビラまきと集会

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「10・31大フォーラム」報告
新潟・木村

 10月31日、東京日比谷で行なわれた「もうやめようよ!障害者自立支援法 10・31全国大フォーラム」には、会場の野外音楽堂に入りきれない6500人が参加しました。この集会の模様を、各発言を要約して報告します。
 「政党あいさつ」では、制限時間3分のところ7分以上も発言したにもかかわらず、参加者の意識とは程遠い、ほとんど無内容な手直しを自党の成果とする公明党高木議員、あるいは遅れて登場し、冒頭を含めヤジで発言を2度も中断され、司会が途中で会場に向かって「話を聞きましょう」と呼びかける場面もあった自民党伊藤議員の惨めさが印象的でした。
 後半の各地からの実態報告では、全ての発言者が“障害者自立支援法の廃止”をあいまいさのないストレートな表現で訴えている点が特徴的でした。特に、「子供に契約制度はいらない」と発言した池添さん、「精神障害者」の実態と決意を語った全精連の竹内さん「コミュニケーションはすべての人の生きる権利」と訴えた「聴覚障害」の新谷さん、介助者の確保が命がけで、この困難さを無視する行政を厳しく弾劾した木村さん等の発言は障害者自立支援法の矛盾を具体的に暴くもので、全参加者の胸に強く響く内容だったと思います。さらに、違憲訴訟の原告に立った大江さんの発言には、大きな拍手が送られました。

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《政党あいさつ》

■公明党 衆議院議員 高木美智代
 私は与党プロジェクトの副座長として働いた。財務省と戦いながら、2008年までの特別対策を2009年度以降も恒久化した。また利用者負担の上限算定を世帯単位から個人単位へと変えた。所得保障の検討を明記した。障害年金をレベルアップしたい。施設入所者には住宅手当の創設を検討すべき。また障害者虐待防止法を目指すことも書いた。この集会を「もう止めようよ」という司会の話に同感である。

■民主党 参議院議員 大河原雅子
 民主党は昨年9月28日に、障害者自立援法の改正案を提出した。しかし今年4月28日の趣旨説明以外、何ら議論されていない。この間、首相が3人目を迎える。しかも国民の信を問わない政権が続いている。民主党は政権を取り、新しい法制を提示する用意ができている。一日も早い政権交代をお願いする。

■共産党 参議院議員 小池晃
 特別対策、緊急措置などではダメ。障害者自立支援法は根っこが間違っている。こんな制度は止めるしかない。「お金がない」は大ウソ。イージス艦1隻(1400億円)で自立支援法3年分。米軍に対する「思いやり予算」は2500億円。障害者の皆さんを思いやるのが政治の責任。

■社民党 衆議院議員 保坂展人
 景気対策で2兆円を配るという。「カップメン400円」、「ホテルのバーは安い」、と言う麻生総理にも届くのか。設計ミスの水漏れプールにバンソウ膏張ってもダメ。プール自体を取り替えなければいけない。障害者自立支援法は廃止以外にない。佐世保の道路では、十棟の米軍住宅の立ち退きに28億円。お金の使い方が根本的に間違っている。

■国民新党 自見庄三郎
 アメリカ追随の理念なき郵政民営化に反対して国民新党を作った。郵政民営化のお手本アメリカの投資銀行はパーンと爆発した。障害者自立支援法は一番悪い法律。負担が13倍になった人もいる。好きで病気になる人はいない。それを皆の暖かさで助けるのが、福祉であり医療。老いても私は医者。悩み・悲しみ、一番判っているつもり。天下の悪法=障害者自立支援法の廃止を誓う。

■新党日本代表 参議院議員 田中康夫
 どこに戦争始めたら3年間やったうえで見直しをするなんて国があるだろうか。国も地方も、大きな施設を作って、特定の人達に不透明なお金が落ちるような、ハコモノ公共事業行政だった。お金がなくても地域移行は必要。人が人のお世話をする福祉や医療や教育こそは、21世紀の新しい地域の雇用を生み、地域に活力を戻し、若者を呼び戻す。

■自民党 衆議院議員 伊藤公介
 自立支援法は、障害者が健常者と同様に、社会参加をし、平等の立場で働き、対等に契約をすることが目的。しかし現場は机の上とは違う。現場にマッチした制度への手直しが必要。介護現場の平均賃金は21万円、全産業の平均賃金が33万で、10万以上の差がある。報酬単価を見直すことを約束する。障害程度区分の見直しもする。さらに障害者年金をレベルアップさせる。

《経過報告》

■全国大行動実行委員会 DPI議長 三澤了さん
 2004年のグランドデザイン当時から、この法律が障害者の自立を支援しないと主張してきた。この法案は一度廃案になった。しかし郵政解散で国会の状況が変わった中で、まともな審議がされないまま、2005年10月31日に障害者自立支援法として成立した。2006年の4月に実施に移されて以来、全国各地から悪影響が伝えられてきた。2006年・2007年とこの同じ日に、この場に結集し、この法律を一刻も早く、抜本的に変えて欲しいと訴えてきた。こうした声に押され、特別対策・緊急措置等の修正があった。今年もある。しかし結局、部分的なものでしかない。自立支援法は、「3年後の見直し」に向け社会保障審議会障害者部会で作業が進められているが、応益負担を変えるような審議は行なわれておらず抜本的見直しにはならない。「施設から地域へ」のうたい文句とは裏腹に、施設に戻る状況も起こりかねない。この自立支援法による人権侵害の状況を、司法の場で争お
うと全国で30人が自立支援法訴訟に踏み切った。80人の弁護団がついた。先立つ27日には、支えるネットワーク「勝利をめざす会」が生まれた。2006年12月には国連で障害者権利条約が採択され、日本政府も昨年9月に署名した。
権利条約の視点からは、自立支援法は一刻も早くやめなければならない。

《実態報告》

■「北海道無年金障害者を無くす会」 田中さん、山道さん
 本日の最高裁判決は不当判決になりそうだが、私たちの主張には一点の曇りもない。特別給付金法案が成立したのは成果。給付金法の内容はまだ不十分。障害者年金と遜色ない内容に充実させたい。

■「障害乳幼児の療育に応益負担を持ち込ませない会」 池添さん
 子供の分野に障害者自立支援法が持ち込まれて問題は深刻化した。1。負担の上限があっても、療育の利用料以外の出費がかさむ。療育の費用が月4千円でも、補装具等で13万円になる例もある。補装具等は子供なので半年に一回の作り変えや買い替えが必要になる。また双子の兄が療育に通うため、保育園に通う弟の保育料の減免がない。2。子供はよく風邪を引き、休みが増えると療育施設の運営が困難になる。3。措置制度が残っている児童の入所施設では、一つの施設に措置と契約の子供が一緒に生活している。契約の場合は何をするにも値札が付いてくる。措置の子供におやつが出て、契約の子にはおやつ出ないケースもある。支援の必要な子供に契約制度はなじまない。

■「全国精神障害者団体連合会(全精連)」 竹内さん
 障害者自立支援法は、障害者も働いて税金を納めようという法律。しかし精神障害者は働きたくとも働けない。医療費が倍額になった。地域生活に必要な施設作業所では、ベテラン職員がどんどん辞め、若手も育たない。精神障害へのサービスが身体・知的に比べて遅れている原因は、精神障害者が声を上げにくいからだ。何千・何万の精神障害者が家に引きこもったり、病院から退院できないでいる。政治家や厚労省の役人は、障害者の生活を体験し、自立支援法が障害者をどれほど苦しめているか理解すべき。われわれ精神障害者は差別や偏見に負けない。
障害者自立支援法に絶対負けない。国は施設運営を苦しめるな。

■「これでいいのか障害者・障害児福祉、愛知集会実行委員会」 上田さん
 愛知では毎年集会を行なっている。今年も10月3日にシンポジウムを開いた。2部構成で第1部は、自立して生活する人の状況、2部は働く人たちの状況を明らかにした。自立生活障害者では、支給決定された時間があってもヘルパーがいないという実情がある。市町村によって支給時間も違う。また愛知県の介護福祉士の養成施設は、定員の40%しか学生がいない。介護施設に人が来ないのも当然。障害者自立支援法は廃止するしかない。新たなものを作れと訴えていきたい。

■「熊本コロニー」 労働組合書記次長の秋山さん
 福祉工場「熊本県コロニー協会」の約80人の従業員のうち約6割が障害者だが、全員雇用契約を結び最低賃金を上回る賃金を得ている。障害者・健常者の分け隔てなく同じ仕事をしている。雇用契約を結んだ職場に、新たに利用契約を結ばせ利用料を徴収する。会社や役所に勤めながら利用料を払っている人がいるか。
雇用の場に利用契約を持ち込まないでほしい。本日は熊本現地でも、90団体、約300名の人たちで集会を開催する。障害者自身が望む自立支援法になるよう頑張る。

■「障害者自立支援法に地域の声を届けよう。北海道実行委員会」 西村さん
 北海道でもグランドデザイン以降、継続した取り組みを進めてきた。今年も10月26日に北海道でのフォーラムを開催した。今年は特に、障害児の福祉は契約ではなく国の責任で行なう必要があること、福祉労働者と連携した取り組みを進める必要があることが確認されている。さらに入院時のヘルパー問題にあらためて取り組みながら、自立支援法の矛盾と闘っていきたい。

■「きょうされん」副理事長、伊藤さん
 施設の新事業体系への移行の実態は、利用者への支援よりも施設経営の維持が最優先。収入を増やすために利用者の数を増やすが、それに見合った職員の配置が不十分なため、支援の質は後退し、安全確保すらままならない。また小規模作業所では、都道府県の補助金制度はほとんどが廃止か、廃止の方向が確定している。しかし移行先とされる地域活動支援センターは市町村の事業のため、自治体間格差は広がるばかり。地域活動支援センターにおいても、応益負担制度と同様の利用者負担や日払い方式を制度化している自治体もある。障害者福祉からの公費の削減意図は明らかで、職員の待遇にも表れている。

■「東京都中途失聴者・難聴者協会」副理事長 新谷さん
 東京都のコミュニケーション支援事業が、障害者自立支援法によって突きくずされている。手話通訳の派遣は、昨年4月から東京都の事業は完全に廃止され、すべて区市町村の事業に一本化された。その結果、地域格差が拡大し利用数が激減した。また要約筆記者の派遣は、実施状況を確認しないまま東京都から区市町村に事業移管が強行されたため、要約筆記を利用できない地域もある。コミュニケーションは私たちの毎日の生活そのもの。利用に当たって個人に負担を求める不合理さは明らか。コミュニケーションは、私たちだけでなく、すべての人の生きる権利である。

■「日本脳外傷友の会」 東川さん、蛯子さん
 福祉制度の谷間で、制度を利用できない人がいる。高次脳機能障害、高機能自閉症、発達障害、難病等の方々である。医療費の補助も受けられない。本日開催の社会保障審議会障害者部会でこの問題がテーマになっている。蛯子さんは18年前の交通事故で、高次脳機能障害になった。仕事をしていく上で、言われたことを記憶はできるが、記憶したことを思い出せない困難がある。何十回と転職をしてきたが、理容師の仕事をしているとき、いじめを受けた。介護福祉士の試験に合格して、今、老人ホームで介護の仕事をしているが、障害年金はもらえていない。

■「主体的に生きる重度障害者の会」 木村さん
 私は四肢マヒで体調も不安定なため、ヘルパーがいないと死ぬ。事業所がなかなか請けてくれないので、自分でヘルパーを探して事業所に登録して介助に来てもらっている。ヘルパー派遣の時間数があっても、事業所を頼ることができない今の生活は、死と背中合わせ。京都府のホームページを通して、山田京都府知事に何度も嘆願したが、「京都市に依頼した」と繰り返す。京都市も福祉事務所に任せっぱなし。福祉事務所に事業所を探してもらったが、「36ヵ所依頼したが断られた」というだけ。厚労省に直接伝えたが何も変わらない。これが現実だ。
障害者の命を軽く見ないよう、厚労省、京都府、京都市に強く訴える。

■「ピープルファーストジャパン」 大川さん
 今沖縄では支援法が使えないことで問題になっている。病院から退院したくてもできない人や、退院しても生活ができないなどの問題がある。退院して24時間介助を必要とする人が、12~13時間しか貰えない人もいる。3週間前には、10歳の幼い子の命がなくなった。もっと支援法が良ければ、もう少し生きれた。
どんな人でも使える自立支援法を作ってほしい。

■障害者自立支援法違憲訴訟原告 「大阪さつき福祉会」 大江さん
 お金を貰いたいから働いているのに、なぜ利用料を払うのか納得できない。給料を貰うのに利用料を払うのはおかしい。休日出勤もして毎日休まず働いて、給料が上がるように頑張ってきたが、貯金も貯まらない。自立支援法には本当に腹が立っている。応益負担には反対である。今回は頑張って裁判に訴えていきたいと思う。

◆司会:3つ厚労省に反論する。一つ、「特別措置、特別対策を講じた」という
点。障害を自己責任にすることは絶対に妥協できない。どんな措置が講じられ、どんなに値切られても、ゼロにしなければ承服しないと宣言しよう。二つ目、「高齢者も一割払っている」いう点。高齢者の一割負担問題は本当に正しかったのか、もう一度障害者問題から振り返る必要がある。三つ目、「予算がない」という点。障害者にかけている費用の割合は、OECD30カ国中、日本は下から3番目。絶対納得できない。障害者の権利条約、素晴らしい北極星が提示された。障害者を締め出す社会は弱くて脆い社会である。これを反転していくには、この自立支援法をなくすことがバロメーター。

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10・31の怒りネットのビラ

今こそ「障害者自立支援法」を撤廃させよう!
契約制度から地域生活を保障する「措置制度」へ!


 「障害者自立支援法」が成立してから3年がたちました。障害者の激しい反対
や不安に対して、尾辻厚労大臣(当時)は「サービス低下は絶対に起こさない」
と明言しました。さらに、「仕組みとしては応益負担だがきめ細かな配慮を行っ
ており、実質的には応能負担と変わらない」とも言っていました。でも、現実は
どうでしょう。数度にわたる自己負担の「軽減策」にもかかわらず、これが適用
されない人たちを中心に利用料が払えずに介助時間を減らしたりすべてをあきら
める人が続出しているではありませんか。介助時間の削減も全国で数え切れない
ほどの数で起こっています。政府が言ったことは皆うそだったのです。私たちの
生活は、ますますひどい状態に追いやられています。移動介助が充分に保障され
ないために外出できない人、自分の思う通りに食事やトイレができない人、一生
懸命に働いてやっと稼いだわずかばかりの工賃から利用料を取られる人、心中や
障害者殺しも増えています。
 障害者の生活を一生懸命支えている介助者だって悲惨です。ヘルパーで正社員
はほんのわずか、給料は18万とか20万で生活は困難です。ほとんどをしめる
パート労働者はもっとひどい! 年収200万に届かない「ワーキングプア」状
態の人がたくさんいます。良心的なヘルパー派遣業者や作業所の中にはつぶれる
ところも出ています。小規模作業所は軒並み存続の危機です。こんな「支援法」
は撤廃しかありません。

●契約制度が全ての問題の根源

 「支援法」は撤廃するしかないという声は日々強まっています。ただ、契約制
度自体は残したほうがよいのではないかと考えている人もいるのではないでしょ
うか。しかし、「支援法」がこんなに悪い制度になった第一の原因は、契約制度
にあると言わざるをえません。
 契約制度を導入することで、福祉を国が保障するものから、金で買うものに変
えてしまったことです。買った人が支払うのは当然、これが応益負担の根拠とな
っているのです。払えるような所得は働いて稼げというのがこの制度の考え方で
す。契約制度と応益負担とは一体のものであり、契約制度を続ける限り応益負担
もかならずついてくるのです。この中には国の責任で障害者の生活を保障すると
いう考えはありません。実際に、「支援法」の下で国や自治体の責任はどんどん
放棄され、全ては「自己責任」にされてしまっているのです。「支援法」の様々
な問題点は、この契約制度という制度の根幹にもとづいています。契約である限
り、細かな点まできちんと決めておく必要があります。だから、介助は融通の利
かない型にはまったものになり、障害者の生活は本人の意思とは無関係に時間で
細切れにされたものになるしかないのです。何十項目にも及ぶ細かな認定調査も
事業所への日額払いの強制も契約制度では不可避に起こってくるのです。「支援
法」の廃止とは、契約制度の廃止でなくてはならないと思います。
 国は「措置から契約へ」を掲げて契約制度を導入する時に、あたかもそれが
「施設から地域へ」でもあるかのようなことを言ってきました。「支援法」が障
害者が安心して地域で暮らせる制度だと宣伝してきました。でも、それは大嘘だ
ったのです。
 そもそも障害者は30年におよぶ地域自立生活運動をとうして、国に障害者政
策の「施設から地域へ」の転換を迫り、「措置制度」を障害者を隔離する制度か
ら、地域で生きることを保障する制度へと改革してきたのです。その中で「全身
性介護人派遣制度」や生活保護他人介護料、とくに大臣基準を勝ち取ってきまし
た。こうした改革の途中で「措置制度」そのものが廃止され、契約制度に変えら
れてしまいました。
 しかし全身性介護人派遣制度のような「地域自立生活を保障する措置制度」を
「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」をはじめすべての障害者に広げ、
必要な人に必要な介助がゆきわたるようにすることが求められています。
 「支援法(契約制度)」を撤廃し、「措置制度」を地域生活を保障する制度へ
と改革を進めていくことこそが今必要なのではないでしょうか。

●社会保障の解体と改憲を止めよう!

 政府は、毎年2200億円の社会保障費削減方針を撤回しないばかりか、今お
きている世界金融危機に対して何十兆円もの税金を使って銀行や大企業救済に向
かおうとしています。そして、私たちに対しては、「支援法」「後期高齢者医療
制度」を押し付け、生活保護の各種加算を打ち切るだけでは足りずに、通院移送
費を減らし、生活保護費そのものまで削減しようとしています。さらには、「脳
死」臓器移植や「尊厳死」等に見られるように、障害者や高齢者の命さえも奪お
うとしているのです。その行きつく先は、憲法を改悪して自衛隊を軍隊に変え、
私たちの権利や自由を制限して、自分たちが好き勝手に国を動かそうと狙ってい
るのです。
 でも、私たちは黙ってはいません。本日もたくさんの人たちがここ日比谷に集
まりました。「応益負担違憲訴訟」も各地で始まっています。さらに、「ワーキ
ングプア」の若者をはじめとする労働者や高齢者も闘いをはじめています。こう
した人たちとの連帯の輪を広げ、福祉切捨てと改憲-戦争へと向かう動きを止め
て行きましょう。

支援法」を絶対に撤廃させましょう!
国は、障害者の地域生活を責任もって保障せよ!
総選挙で改憲賛成の候補者を全員落選させよう!

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●会費とカンパのご協力をお願いします
今回、振込用紙を同封しました。
・会費は1口1000円です。団体は何口でも結構です。カンパやニュ-ス購読
料の形でも結構です。ぜひよろしく!                  

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もう騙されないぞ!
~しあわせは歩いて来ない 求めて行くもの~
渡辺 豊一(福生市)

◆ビニールハウス育ち

 怒りネットの人達と出会って3年が経ちました。それまで私は障害者問題につ
いては、個人的な問題、責任として考えていて、あまり社会的な問題とは捉えて
いませんでした。なぜ、そういう考え方になったのか自分でもよくわかりません。
昔の障害者のように露骨な差別は受けなかったからでしょうか?
 今から31年前、私は生まれてすぐに親から離れて、2年間清瀬市の障害児の
専門の病院に入って生活をしていました。2歳から武蔵村山小児病院へ移りまし
た。そこは、脳性麻痺者ばかりで差別どころか、それが当たり前だと思っていま
した。逆にいうと健常者とのかかわりがなく、世間を知らずに生きていました。
小学校3年までは病院に入っていました。小学校4年から自宅で家族と一緒に生
活を始めました。学校は、村山養護学校に12年間通いました。中学・高校と先
生や周りの人達にいろいろなことで精神的に鍛えられたと思っていたところ、た
んぽぽに入ったら突き落とされた感じでした。入って半年間は社会の壁にぶち当
たって馴染むのに時間が掛かりました。養護学校時代の時は独特のビニールハウ
スの中で守られてきて、ビニールハウスをいきなり剥ぎ取られ、自立を強く迫ら
れて戸惑いました。でも、今では馴染み過ぎて怖いです。

◆人生ガラガラポォ~ン!

 月日は流れ、18歳の少年も05年当時28歳のおっさんになっていました。
そして、福祉全体が大きく変わり始めて「おかしくなってきている。」と思って
いた矢先、テレビや新聞で障害者自立支援法のことが盛んに報道され、色々な障
害者団体が国会の前でデモや座り込みをしているのをテレビで見て、何だかよく
はわからないけれど、「これは、これまでとは違うぞ」と思い、国会に行きまし
た。最初は、DPIから情報をもらってから国会に行ったのですが、たくさんの
障害者がいて、誰がどこの人なのか全くわかりませんでした。
 偶然最初にお話したのが、世田谷ガチャバンの佐野さんでした。そして、北区
の渡辺さんが、障害者自立支援法のしの字もわからない私たちに法律の概略と矛
盾点についてわかりやすく説明してくれました。そこではじめてというか、やっ
とと言うか、05年当時、自分が置かれている大変な状況に気づくことができま
した。これが、怒りネットの皆さんとの最初の出会いであり、自分の甘さを痛感
する始まりでした。
 そこから私の価値観、人生がガラッと変わっていきました。怒りネットの人達
と一緒にいると、私が知らないことだらけですごく新鮮で、日々勉強をさせても
らっています。いろいろな障害者の問題に関わってきて、勝ち取っていった話を
聞くたびに「今の制度があるのは先輩達のお陰だ。」と最近そう思えるようにな
りました。

◆お陰、さまさまさまです

 たんぽぽにいるといろいろな障害者の人達がいて、時々気をつかったりします。
特に精神障害の人たちとは、私自身がテンションを上げておかないと言われたこ
とに対応できなくなります。また、たんぽぽの職員も今ひとつ勉強不足のようで、
支援法はじめいろいろなことに的確に答えてもらえないということもあります。
しかし、怒りネットでは、広く、深く障害者問題についての話が聞け、しかも、
障害者と健常者とか、年齢の違いとか感じなくてすみます。平等で自由な感じが
します。だから、定例会に参加すると、なぜだか気をつかわず、何でも言えて、
気分的に落ち着きます。で、みんなの頑張る姿を見ていてたんぽぽは甘いと思い
ました。もし、怒りネットの人達との出会いがなければ、今頃はどうなっていた
のだろうかと考えると、ぞっとします。多分、周りに流されて埋もれていたと思
います。国の「福祉切りすて作戦」に騙され続けていたと思います。たんぽぽだ
って同じようにダメになっていたかも知れません。たんぽぽの活動も、怒りネッ
ト皆さんのお陰で進歩したと思います。

◆ボランティアブームへの疑問

 私達の年代の人達は、ボランティアブームの時代で、大学生や高校生が学校の
授業の一環でまた、就職を有利にするためにボランティアを利用していたと今に
なってそう思います。中学生時代からボランティアと一緒に野球観戦や旅行など
していました。私が行くたびに私の分とボランティアの分と二人分払っていまし
た。その頃は、まだ介護人派遣事業を利用ができず、障害者年金がもらえない年
齢で、しかも、母子家庭で、生活保護だったので、母の負担が大きくなっていま
した。当時は、学生さんは、収入がないためボランティアの分も払うのが当然だ
と思っていました。

◆突然の生活保護打ち切り

 二十歳になってから介護人派遣事業を利用できるようになり、障害者年金も、
もらえるようになり、母の負担が少なくなりました。当時、私は介護人派遣事業
については、「母の負担を軽くするため」としか聞いていませんでした。でも、
すごく画期的な事業だと思いながら利用していました。それにちょうどヘルパー
の資格など関係なく、誰でも市や区に申請すれば介護登録できました。この頃は、
資格制限はありませんでした。1日8時間で時給1450円でした。時給に関し
ては各市町村まちまちだったと思います。当時はあきる野市にいたので、その市
はそうでした。
 20歳を過ぎたころ、今の福生市に引っ越しました。すると車があるというこ
とで生活保護はうちきられました。でも、車は遊びや趣味で持っているのではな
く、私のような重度障害とって、車は体の一部であり、暮らしに必要不可欠のも
のです。その後も介護人派遣事業を利用しました。

◆悪くなる暮らし・深まる疑問

 2003年から支援費制度が始まり、今まで介護人派遣事業の人達を継続させ
るのに市と交渉して、事業所に登録してもらって利用していました。支援費制度
が始まったときは介護保険の練習期間だと思っていました。いろいろめんどくさ
いとは思いながらも、悪い制度だという認識はありませんでした。たんぽぽの職
員からも、その他の身近な人達からも疑問、反対の意見、声はありませんでした。
そして気がつくと、いつの間にやら今の障害者自立支援法へと制度がドンドン変
わってきました。
 支援法になって、訪問介護と移送の事業所を利用していて訪問介護の事業所に
今までの介護者も継続してやってもらっています。その人達は映画やカラオケな
どは自分のものは自分で払うという友達感覚で付き合っています。そのほかの人
と出掛ける時は食事以外は全部利用者持ちですが、チョッとおかしいと思います。
確かに事業所に入る単価が下がって生活が大変なのは分かります。利用者の立場
から言わせてもらうと、給料が日払いだったら生活ができないから利用者が負担
するというのは何となく分かります。しかし、1ヵ月分まとめて入るから介護者
は損していないと思う。介護者の自己負担分と時間に対するお金とダブルで取ら
れている感じです。できることなら、介護者の自己負担分と時間に対するお金を
取るのだったらどちらかにしてほしいと私はそう思います。

◆牙を抜かれた若い障害者は・・・

 私は障害者差別禁止法については、良く分かりません。ただ、差別といっても
いろいろあると思います。障害があるだけで健常者と同じ人間としてみてくれな
いで、どうして特別扱いをするのだろう・・。それが大きな差別だと思います。
法律で罰するのではなく、差別が起きないような社会作りが必要だと思います。
そして、差別する人とされる人がお互いに話し合って、互いの立場や痛みを理解
していけば、もっと良い社会になると思います。
 いろいろな人がいるので、一人ひとり考え方が違って当たり前です。今の時代
はメールで会話をする時代ですが、できるだけ直接会って話すと信頼が生まれる
と思います。考え方が違っても話しあって歩み寄るということも怒りネットで学
びました。つくづく私たち若い?障害者は差別や矛盾を見抜く力を奪われている
と思います。何でも恵まれているから、そうなのだと思います。でも、国からも
行政からも本当に健常者と同じように大切にされていないと最近つくづくそう思
います。もっと若いころから障害者差別や社会の問題について勉強できていたら
人生違ったのかなと思う。でも、逆にこの年で気づいたから良かったとも感じま
す。
 埼玉の金子さんはじめ、多くの先輩達が体を張って勝ち取ってきたものを後退
させないよう、私達若い障害者が頑張っていきたいと思います。それにはまだま
だ力不足です。もっともっと自分を鍛えなきゃと感じています。

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「自立支援法」撤廃 関西集会報告
高見元博

★130人が参加

 9月21日に開かれた「障害者も福祉労働者も生きさせろ!『障害者自立支援法』
の撤廃を求める集い」は兵庫県の西宮勤労会館にて、130人の集まりで成功し
ました。集いは「怒っているぞ!障害者切りすて!ネットワーク関西」の呼びか
ける実行委員会の主催によるものです。
 感想を寄せてくれた人によると、落ち着いた、地道な集会で良かった、とのこ
とです。池田直樹弁護士の講演は具体的な問題に即して行われました。なぜ自立
支援法に反対するのか。応益負担による一割の自己負担の問題、介助時間数の削
減で地域自立生活が困難になっている問題が語られました。そしていま準備を進
めている応益負担違憲訴訟の進展具合も語られました。10月31日に提訴するため
に準備がどんどん進んでいます。行政不服訴訟であるために行政とのあつれきを
嫌って訴訟参加者があまり増えて行かないことも語られました。差別禁止法の合
理的配慮の問題も、国との関係ではあってはならないことだというお話でした。
合理的配慮というのは、差別であるかどうかの受忍線を引くものです。ここまで
やってくれたらここから先は我慢するという線を引くのが合理的配慮です。国と
の関係では受忍するのはおかしいということでした。(ただし僕は民間の関係で
も「合理的配慮」は許せないと思います。)質疑応答では生活保護の問題や「障
害者」の虐待問題などの質問が出て、池田弁護士には丁寧に答えていただきまし
た。

★各立場からの報告

 休憩を挟んでフリートークです。「精神障害者」「障害者」の当事者を始め福
祉労働者や事業所の経営の立場からのそれぞれの発言がありました。「障害者」
も福祉労働者も生き難い、生きていけない状態になっていることが縷々(るる)
語られました。問題はあれこれの改良ではなく制度の撤廃以外には解決がないこ
とが浮かび上がりました。地に足の着いた問題意識から語られる中身はお互いの
交流となり、豊かな展望が広がりました。若者の発言は元気いっぱいで明日の力
に溢れていました。
 最後に怒りネット全国の世話人の古賀典夫さんからまとめの提起を受けました。
団結して闘う以外にはないが、こうして「障害者」も福祉労働者も目指すところ
はひとつであることが明らかになり、団結の方向性もまた明らかになっているこ
とが語られました。
 集会宣言で今年も日比谷公園での大集会に参加すること、生存権裁判を支援し
て行くことが確認されました。

★「障害者」と福祉労働者が参加

 参加の際立ったところは「身体障害」の仲間たち、「兵庫県精神障害者連絡会」
をはじめとする「精神障害者」、高槻医療・福祉労働組合と患者さんたち、福祉
労働者をはじめとする関西合同労働組合、部落解放同盟全国連合会、地域の労働
者、「障害者」等です。全国連の若者たちの元気いっぱいの発言はとてもよかっ
たです。
 関西での広がりは、福祉労働者との結びつきがあり、それを包むさらに広くの
労働者の参加があることです。労働者が「障害者」の立場にたって物事を考えよ
うとしています。まだまだ十分なものではないのは言うまでもありません。初め
から十分に理解する人などはいません。しかし、地域日常闘争を支えようという
意欲のある人たちがいることも事実です。「障害者」が生きていくうえでの日常
的な闘いがあります。その日常の生きるための闘いを、支えることは労働者が自
分自身の人間性を取り戻していく過程でもあります。労働者の多くは「障害者」
とは隔離された環境で育っています。それは「障害者」が隔離収容されているか
らです。そのことが労働者の人間性を歪めていると思うのです。そこから「障害
者」と共に生きる中で、自分自身の失っていたものを取り戻すことができるので
す。
 関西での広がりは、そういうことを考える労働者が多数いることを示していま
す。差別に気付き、それを正そうという自然な感情があると思います。労働者も
捨てたものじゃあありません。
 
★「合理的配慮」の問題

 そのように見ていくときに、「合理的配慮」という考え方は許しがたいもので
す。労働者との関係でも、国家・行政との関係でも、「差別してはいけない範囲
を決める」ということは逆に言えば、「差別していい範囲を決める」という考え
方だからです。これは、労働者がいたらなさから差別してしまうというような問
題ではありません。初めから差別する自由を与えるものです。ここからここまで
は差別しても許されるという範囲を決めてしまうものです。そうではなくて、
「いたらなさはあるけど全ての差別を許さない」という立場に労働者を組織する
ことが必要なのです。
 この「合理的配慮」の問題はいままで「障害者」と労働者が獲得してきた地平
をも破壊するものです。国家・行政との関係で受忍線を引くことが許しがたいの
は言うまでもありません。民間でも企業との関係で受忍線を引くことは許せませ
ん。そればかりではなく、個人同士の関係でも受忍線を引くことは許しがたいの
です。現実の差別は個人同士の間で一番激しく現れます。差別するのが労働者で
あるという場合は少なくありません。それに対して差別を糾弾して差別に対して
労働者も共に闘おうということを組織してきたのが私たちの闘いではなかったで
しょうか。関西集会の成功はその成果でもあります。その地平を踏みにじり、労
働者を再び差別すする側に組織してしまう「合理的配慮」という思想は絶対に許
せません。

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2008年11月 6日 (木)

怒りネット通信第37号

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怒りネット通信
2008年10月23日 第37号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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■もくじ
・「契約」から地域生活を保障する「措置」へ
・「障害者差別禁止法」に対する意見書
・障害者職業センタ-の職員の対応
・大田区・移動介護32時間削減問題の近況報告
・鈴木さんの東京都への申し入れ行動報告

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●もうやめようよ!障害者自立支援法 10・31 全国大フォ-ラム に集まろう!
 10月31日(金)12時 日比谷野外音楽堂
 ◎怒りネットは、11時クレオ(霞が関の弁護士会館)ロビ-集合

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「契約」から地域生活を保障する「措置」へ
古賀 典夫

 「支援法」成立から3年がたちました。現在、「支援法」の付則に明記された3年後の見直し時期になっており、政府はこの秋にも改定案を示すとしています。「支援法」の実体が分かれば分かるほど「撤廃しよう」の声は、ますます障害者の間で広がってきています。今年は10月31日に日比谷公園で「もうやめようよ!障害者自立支援法、全国大フォ-ラム」が行われます。ここにみんなで集まって「支援法」への怒りを国にぶっつけてゆきましょう!

●「支援法」のもとで障害者は生きてゆけない!

 応益負担を課すこの制度は、障害が重く介助が必要な人ほどお金が取られます。政府は「就労を促進することで所得保障をする」と言いますが、重度の障害者ほど働くことは困難です。それでも厚労省は、「福祉でも買うことが当然。だから1割負担は当たり前」と言います。買えない人がいてもかまわないとの姿勢を示しました。
 地域での介助制度には、どんなに重度の障害者でも国は数時間の介助保障しか行わない国庫負担基準を決めており、家族などの介助を前提としているのです。その結果、家族も働くことは困難となります。
 「重度訪問介護」など、長時間の介助を必要とする障害者の介助制度については、報酬単価が低く抑えられたため、引き受ける事業所が極めて少ない状態になっています。事実上利用できなくなっています。そこで働くヘルパーの賃金も低くなり、辞めていくヘルパーもあり、ますます困難な状況が強まっています。

 また「支援法」は、ヘルパーの中にも分断を行い、「3級ヘルパー」やこれまでの介助実績によってヘルパーとして働く人の介助には、報酬を30%削減する政策を採っています。市町村が認可する小さな事業所についても、15%報酬を削減しています。そのため、これまでの介助者を失いかねない危機があります。
 この資格制度は、障害者が介助者を得ることを困難にしています。また、お仕着せの講習の内容を、障害者の個性や意向を無視して押し付ける結果ともなっています。
 相談事業、移動の介助、コミュニケーションの支援など多くの福祉がますます財政的に不安定な制度におかれてしまっています。
 報酬単価や補助金を極力削減する政策の中で、福祉労働者の生活もますます苦しくなっています。

 さらに「支援法」は就労の推進に力を入れる、ということを掲げてきました。そのため、一般就労を目指す者、福祉制度の中で雇用契約を結ぶ者、福祉的就労、それ以外、と能力別に選別する制度を作っています。法外の小規模作業所もこうした分断体制の中に組み込もうとしており、地域の人間関係がばらばらにされようとしています。一般就労は、不安定雇用、低賃金が多く、短期間で辞める人も多いのが現状です。

●「支援法」をどう変えることが必要なのか
                                    
 「支援法」が成立する中で、次々と心中や子殺しが起こりました。福祉制度を利用できなくなる人もでました。3年後見直しにあたって、いま何をどのように変えることが求められているのでしょうか。もちろん「支援法」の撤廃です。ただ、その中身が問題です。衆議院選挙が近づくなかで民主党の議員も「支援法」の見直しではなく廃止をかかげはじめました。「障害者権利条約の批准をみとおし、障害者が大半を占める審議会で新たな福祉法を検討する」「総合的福祉法を制定する」というのがその内容です。しかし介護保険制度に賛成し、今も介護保険は廃止しようとしていない民主党のことですから「新たな福祉法」や「総合的福祉法」が同じ契約制度のレ-ルの上で構想されている可能性は大きいと思われます。
 でも必要なのは、契約制度の廃止なのではないでしょうか。「支援法」の悪い所をあげれば山ほどありますが、なんと言っても一番悪いのは「措置から契約へ」の制度の転換の中で、福祉を国が保障するものから、金で買うものに変えてしまったことです。買った人が支払うのは当然、払えるような所得は働いて稼げというこの制度の考え方です。障害者の生活を保障する国の責任は放棄され、すべては自己責任にされてしまいました。「支援法」の様々な問題点は、この契約制度という制度の根幹にもとづいています。「支援法」の廃止とは、契約制度の廃止でなくてはならないと思うのです。
 国は「措置から契約へ」を掲げて契約制度を導入する時に、それが「施設から地域へ」でもあるかのようなことを言ってきました。「支援法」が障害者が安心して地域で暮らせる制度だと宣伝してきました。でも「支援法」が成立してからの3年間に明らかになった実態は、それがウソだったことを示しています。
 そもそも障害者は30年におよぶ地域自立生活運動をとうして、国に障害者政策の「施設から地域へ」の転換を迫り、措置制度を障害者を隔離する制度から、地域で生きることを保障する制度へと改革してきたのです。そのなかで「全身性介護人派遣制度」や生活保護他人介護料、とくに大臣基準の広汎な適用などが勝ち取られてきました。こうした改革の途中で措置制度そのものが廃止され、契約制度に変えられてしまいました。しかし全身性介護人派遣制度のような「地域自立生活を保障する措置制度」を「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」をはじめすべての障害者にひろげ、必要な人に必要な介助がゆきわたるようにすることが求められています。
 必要なのは「契約から措置へ」の転換です。そして措置制度を地域生活を保障する制度へと改革を進めてゆくことです。「支援法」撤廃の中身を、そういうものとして勝ち取ってゆきましょう。

●民衆の生活を保障しない政府はいらない!

 憲法では、政府などが民衆の生活を保障し、社会保障や福祉を増進させなければならないことが規定されています。にもかかわらず、実際に政府が行っていることは、社会保障や福祉を切り捨てることであり、ワーキングプアを拡大させることです。そして、「脳死」を人の死としていくことや「尊厳死・安楽死」を推進することなど、命の切り捨てさえ推し進めています。どんな政党が政権につこうが、こんな政策を推し進めるのであれば、そんな政府はいりません。
 こうした政策を新自由主義の下で、進める政府や政治家、財界関係者は、さらに改憲をも狙っています。自衛隊を正式に日本軍として、軍備増強と海外派兵をいっそう推進める一方で、そうした政策のために一切の人権を抑圧する内容に憲法を変えようとしているのです。法的には、再来年5月以降には改憲の発議ができるようになっています。だから、選挙では改憲や新自由主義を支持する立候補者は絶対に落とさなければなりません。国益を強調して、侵略のための給油をはじめ、あらゆる海外派兵を正当化する人々の当選も阻止しましょう。

  障害者自立支援法の撤廃をかちとろう!
  共に地域で生きあえる保障をかちとろう!
  10月31日に日比谷に結集しよう!

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「障害者差別禁止法」に対する意見書

政策研「障害者差別禁止法」作業チーム 様

日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会
会長 金子和弘

 今回政策研作業チームがつくった「障害者差別禁止法案」をDPIが国会に出す事について、その努力には敬意を払います。しかし全国青い芝の会として長年運動を行ってきた立場から、疑問と危惧を感じておることも事実です。
 それは、まず私たち全国青い芝の会としての差別の捉え方の問題があります。 障害者なら誰もが差別を受けたくないし、したくはないと思うのは当然です。私たち脳性マヒ者は幼い時から「本来あってはならない存在」とされ、社会的にも親兄弟からさえも一人の人間として扱われず、「可哀想な者」「そこに居ては困る者」という両方が矛盾する表裏一体の健全者意識の中で、様々な制限を加えられた「配慮」を強いられ、人間らしく生きる事を奪われ、多くの仲間が親の手によって殺されるというような酷い差別を受け、それと闘い続けてきましたが、その中で感じる事は、差別は単に社会状況から生まれるものではなく、人間が生まれながらにして本能的に持っているものであり、それを人類の歴史の中で何の疑いも無く当然であるかのように人々は受け入れ、差別構造社会が形成され、今の優生思想や能力主義が蔓延する社会が出来上がってきているのだと考えます。

 そういう現実において、おそらく今の日本の中で「自分は差別をしています」なんて言う人はあまりいませんし、大多数は無関心な人だけです。
 このような社会の中で、国に国連の権利条約を受け入れさせる法整備の一環として、「障害者差別禁止法」を成立させようとしていますが、どんなに立派に「障害者差別禁止法(市民案)」を作ってみても、国会の修正協議の過程で、形を変えられ、権利条約の中にある「合理的配慮」が逆に利用され、たとえ私たちから見て差別だと思えるものであっても「不合理的」な主張であると見なされてしまう危険性が大いにあります。そして、もし国会を通る事になれば、法律である以上、法的に制度的に「してはいけない差別」と「しても良い差別」が作り出されると考えるのが当然です。それを役所や役人が決めていく事になると思うのです。だから優生思想の差別性がどこにも記されていない事についても危険性を
感じます。
 その結果、どういう事が起こるのかというと、障害者に競争の原理を根付かせ、社会に役に立つ者だけを受け入れ、そうでない者を合理的配慮の名の下に社会から排除し重度障害者の自立生活は妨げられ、尊厳死や安楽死の法制化につながるという形ができあがってしまうのではないでしょうか。
 つまり「差別禁止法」を作ることは、差別の合理化を図る事だと考えるし、「自立支援法」などが有る限り当然そのような状況にならざるをえないでしょう。
 アメリカのADA法が作られて10年、今、アメリカの障害者たちは本当に喜んでいるでしょうか。安楽死や尊厳死が強要され、多くの障害者が殺されていっています。そして生活に困難していると聞きます。やはりあのADA法は「傷痍軍人」に市民権を与えるためだけのものだったというしかないように思えます。その流れを汲む差別禁止法であるならば、私たち全国青い芝の会は大きな危惧を感じざるをえません。
 今、私たち障害者自身がやるべきことは、差別から逃れようとせず、差別を受けている現実を社会や国に訴えていく事であり、多くの市民一人一人に障害者への差別性を語りかけていくことではないのでしょうか。
 以上の理由をもって、この「差別禁止法」を国会に出すのは慎重に慎重を期すべきであると考えます。
 これは長年にわたり障害者差別と闘ってきた本会としての忠告と受け取っていただきたいと思います。
2008年9 月28日

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厚生労働省の外郭団体『障害者職業センタ-』の職員の対応

 2003年・平成15年秋、私はパートで勤務していた東京都にある大手スーパーの店内にあるスーパーの完全子会社、A株式会社で労災に遭いました。この会社には障害を隠して就労していました。障害者職業センターで私を受け持っていた職員のBさんにお電話で、何回か相談したら、「会社が労災と認めてくれていれば、それで何も問題ないじゃないでしょうか?」で片づけられ、しかも労災で仕事が出来ない期間中に貰える可能性がある、『休業補償』について何もB職員は教えてくれなかった。仕事が出来なくて休んでいる間に、今後の会社内で人間関係や置かれた立場や『休業補書』について不安になり、助言を受けたくて、障害者職業センターに、まずは『休業補償』について教えて欲しくて「社会保険いて詳しく教えて欲しい。社会保険労務士を紹介して下さい」と、お電話でお願いしたが、突き放すように「センターとしてそれは出来ない。会社が労災を認めてくれているから、それだけで良いと思います」で片づけられた。労災で通院したのはC病院です。
 酷い会社で、仕事が出来なくて休んでいる間は、休業補償はおろか有給休暇も取れなかった。
 会社はパートに対して、2003年・平成15年秋頃から無理なシフトを組んで、いつも1日1時間を超えるサービス早出出勤を強制。いつもサービス残業も当たり前。4、5時間働いても3時間分の給料しか出さない。その労働環境をB職員は「今は障害者求人が少ないから、新しい仕事を見付けるのは難しいから、仕方がない。今の会社で適応できているから今の会社で働きなさい」という意味の発言。B職員は障害者の酷い労働環境を平然と黙認。この勤務先には居づらくなり、2004年・平成16年2月一杯で退職。 2004年・平成16年3月、障害者職業センターが発行する『センター判定・知的障害』を利用して、D産業にパート従業員として障害者雇用で入社。週5日勤務で拘束時間は9:30から17:30、休憩時間は60分と15分が2回で計90分。拘束時間から休憩時間を差し引きすると、週の所定労働時間は32.5時間になりますが、いつまでも健康保険や厚生年金に入れてくれませんでした。
 人間関係や仕事で悩んだことがあっても、B職員は、「センターとしてはそちらの就労には関わっていませんから」と言われ、相談に乗ってくれませんでした。
 在庫過剰により仕事が少なくなり、私も含めた多数のパート従業員に対する2004年・平成16年12月2日から翌年1月17日に渡って行われた『一時帰休』か『一時解雇』(この時、会社が行ったのが『一時帰休』か『一時解雇』かのどちらかについては記憶が曖昧)が行われ、不安になりB職員に相談したら、「会社が決めたことだから、仕方がない」で片づけられてしまいました。なお、B職員は、『一時帰休』と『一時解雇』との違いや制度によって適用される労働法や社会保険制度が異なることも全くご存じでは無いようでした。D産業は、2005年平成17年2月で退職。
 2005年・平成17年春頃、障害者職業センタ-で受付の前にあるロビーでB職員さんにお目にかかったら、「(D産業よりも)前のAで働いていた方が良かったと思いますよ」と、不可解な発言。AやAに限らず、私の勤務先の待遇や勤務先で置かれた状態についてきちんと実体把握をなさる意志能力が欠落されていたことが言動で読みとれた。

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大田区 障害者移動介護32時間削減問題 近況報告
鈴木敬治

 東京・大田区で移動介護を利用して暮らす全ての障害者が、移動介護を全員一律32時間に削減されたのは、4年前の4月のことです。
 私、鈴木敬治は、大田区で生まれ56年間大田区で暮らしてきた重度の脳性麻痺者です。
 04年の3月までは月124時間の移動介護を使い生活していました。障害者自立生活運動に飛び込み独り暮らしを始めて26年になります。
 04年の4月に、私ももれなく移動介護を32時間に削減されました。大田区は一方的に32時間に削減した支給量決定通知書を自宅に送りつけてきました。
 こんなこと絶対に許せないと思い、大田区ととことん闘う決意を固めたのです。
 それから4年半以上経つ現在も闘いは続いています。大田区がなんら変わろうとせず、実際なんにも変わっちゃいないからです。
 僕の闘いは、大田区の障害者仲間だけでなく、全都全国の障害者・支援者の仲間に支えられてきました。
 僕は、そのことに深く感謝しています。皆さん本当にありがとうございます。
 支援して下さった皆さんに、最近の状況を以下にご報告いたします。
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 06年11月29日に東京地裁で実質勝訴の判決が出た後、大田区は、判決逃れのために、昨年1月12日に移動介護 月90時間の決定を、勝手に送りつけてきました。
やはり大田区はこちらには何の相談もしませんでした。
 僕はもちろん、移動を(90時間なんかではなく)元の124時間に戻せと言い続けてきました。大田区は判決後、姑息な事に、06年12月28日「移動介護要綱を32時間上限から32時間標準に書き直す予定である」と報道に発表しました。僕はその事を翌日の新聞で知りました。
 07年4月には大田区役所前で、この移動介護削減問題の解決を要求する集会を、全国の障害者の賛同のもとやりました。しかし、大田区はこれを無視しました。
更に07年7月には新区長との直接交渉を求める要望書提出をやりました。しかし、新区長はこれをも無視しました。
 一方、僕の暮らす地域を担当する大田区北センター長との話し合いは続けられました。
 僕は「判決逃れの大田区32時間要綱の『標準』への言葉だけの書き換えなんか認めない」と言い続けてきました。さて、この交渉の中で北センター長は、「移動32時間標準の要綱」については、大田区本庁の障害福祉課長を同席させ、見直しの為の話し合いの場を作ると「約束」しました。しかし注文が多く、僕が東京都に行った、大田区の移動介護削減処分に対する不服審査請求を取り下げて欲しいと言ってきました。さらに見直すのは重度(障害者)訪問介護だけで、視覚障害者、知的障害者の移動介護については見直すつもりはないとも釘を刺してきました。
 ところがおかしな事に、この「約束」は未だに果たされる気配がありません。
何故なんでしょうか。実は、この大田区の「要綱見直し約束」が始まりもしない08年4月22日に、今度は東京都が、これまでの4年分の溜まりに溜まった不服審査請求の全てを全面的に却下したのです。それは東京地裁の判決内容をも踏み越える代物でした。大田区の下した判断と処分は妥当だったとして、鈴木の不服は認めないと却下したのです。これで、お墨付きを得た大田区は形勢逆転と考えたか、その後「約束」の話し合いを始めるそぶりすら見せないのです。全く困った奴らです。

 しかし東京都も本当にくせ者です。4年分の僕の不服審査請求をずっと放置しておきながら、機を見計らって一気に不服を却下したのです。これに対しては、もちろん黙っているわけにはいきません。東京都へは、7月24日に、大田区の障害者仲間のみならず全都の仲間の応援も得て、抗議申し入れ行動を行いました。
この不服却下の理由を読むと、東京都は、当事者である私達大田区障害者の話は一切聞かずに、大田区の話だけを聞き取り、しかも大田区の説明するデタラメな誤った事実に基づいて裁決を下した事が分かります。
 東京都は、大田区障害者の移動介護量削減という不当な大田区の処分を追認し、そして私の不服審査請求を却下したのです。こんなこと絶対許せないので、私たちは抗議の声をあげ、東京都に対し申し入れ行動を行ったのです。
 この7月24日の申し入れに対応した東京都の障害者自立支援課課長の弁明は、大田区の肩を持つものでした。分かってはいましたが、やはり正直あきれかえってしまいました。
 もし、この東京都の弁明が、まかり通ってしまうならば、東京都内の全てで同じように介護量削減がなされても認められることになってしまいます。これは何としても許すわけにはいきません。
 今や、大田区に始まった移動介護削減問題は、全都全国での介量削減をも容認させかねない重大な局面をむかえていると思うのです。
 僕は、これらの現状を踏まえ、この先、まだまだ闘い続けます。
 障害者が当たり前に地域で生きていく為には、こちらから、当たり前の要求をたて、闘いを進めていかなければダメだと思います。闘わなければ悪くなるばかりで何も変わりません。これからも僕は、地域で共に生きる障害者と一緒になって闘い続けます。そして全都・全国各地の仲間と力を合わせて、共に闘い続けます。
 皆さん、どうか、これからも、僕の闘いへの注目と支援をよろしくお願いします。

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大田区の鈴木さんの東京都への申し入れ行動報告
渡辺 博

 大田区の鈴木敬治さんの移動支援削減との闘いは、06年11月の「介助時間の急激な削減は違法」という実質勝利といえる判決を勝ち取りました。この判決を受けて大田区は鈴木さんの移動時間を月32時間から90時間へと増やす決定をしました。しかし、鈴木さんが一貫して要求している、原状回復(月124時間)はあくまでも認めようとしない態度に終始しています。鈴木さんはこの大田区の決定を不服とする東京都への不服審査請求を行いました。

 この不服審査請求は、今年の4月22日に不当にも却下されました。しかも、この却下の理由がまったく許しがたいものなのです。鈴木さんは、一貫して、月32時間に減らされた移動介助を月124時間の元の支給量に原状回復せよと求めてきました。行政訴訟の判決でも「大田区による移動時間削減は違法」と指摘されました。この判決を受けて大田区は昨年1月に移動介助を90時間とするという決定を一方的に通告してきたのです。その後も、大田区との間で、124時間に原状回復するよう交渉を続けてきたのですが、大田区は、いっこうに解決しようとしません。このような大田区の態度の違法性を不服審査として都に訴えたのです。ところが、都の審査委員会は、「32時間から90時間への変更は本人に対する不利益な変更ではない。したがって、不服審査請求の条件にはあたらない」として却下決定を行いました。でも、これは絶対におかしい!こんな論理が通用するなら、自治体が介助をはじめとした障害者支援を削減したいと思えば、たとえば、50時間の介助時間を20時間にいったん減らした上で今度は25時間に増やす。現実には、支給量が半分に減らされたのに行政は、20時間から25時間に増やしたのだから障害者の不利益ではないとして支給量の削減に歯止めがかからない事態を「合法なもの」にしてしまいます。東京都が鈴木さんに対して行った今回の却下決定がまかり通れば、今でさえ、障害者の側がほとんど勝利することのない不服審査制度自体がまったく意味のないものになってしまいます。そうした事態を招かないよう徹底した反撃が必要だと思います。
 今回の却下決定のもうひとつの問題は、事実にもとづかない判断がされているということです。大田区は、06年の行政訴訟判決で違法性が確定した移動支援上限月32時間という規定を変更しようとしていません。ところが、都の聴取には「希望者には32時間を超えて移動支援を見とめている」とウソの回答をしたのです。都は、わざとかうっかりか、これを鵜呑みにして大田区は障害者の要求にきちんと対応しているから鈴木さんの訴えには根拠がないと言っているのです。しかし、現実には、32時間を超えた支給を求めている視覚障害者の申請をことごとくはねつけているのです。
 こんな決定を絶対に許してはなりません。
 「取り戻す会」は、この東京都の決定に対して、7月24日、10月9日の2度にわたって都庁に赴き、申し入れと交渉を行いましたが「不服審査決定についてはお答えできません」の一点張りです。そのあげく、10月9日の話し合いでは「決定に不服があるのなら裁判で争えばよいでしょう」と開き直る始末です。
 今鈴木さんは、大田区とこの東京都の却下決定に対して、第2次の行政訴訟を闘う決意を固めています。10月22日、東京地裁に訴えを起こす準備を進めています。この闘いを支援し勝利しましょう。

●ちょっと一言

 さて、話はまったく変わりますが、「差別禁止法」の制定を要求する動きに対して、さまざまな疑問や批判が、この通信紙上も含めて論じられています。私は、あらためて「障害者差別」についてどのように考え、とらえたらよいのだろうかと考えさせられました。
 一方では「障害者と健常者が交流を積み重ね、理解が深まれば差別は自然になくなる」と考え、実際にもそうした試みを続けている人たちがいます。他方では「誰かを差別するという感情は人間の本能であり、どんなに努力しても、時代が変わってもなくならない」と考える人たちもまた多いのではないかと思います。差別の現実を厳しくとらえ、深く問いなおそうとする障害者のなかに後者の意見が多いように私には思えますし、その姿勢に強い共感を感じます。そのうえで、私の考えを少し書きたいと思います。

 結論から言えば、障害者差別に限らず、部落差別や女性差別、在日朝鮮人などあらゆる差別は今の資本主義社会の下で新たに生み出され、労働者民衆を分断し、対立させ資本家による人民支配を維持するためにことあるごとに持ち出され、煽り立てられてきたと思います。もっともわかりやすい例は、精神障害者の起こした犯罪をことさらに取り上げてマスコミなどを使って「精神障害者は危険で怖い」という差別意識を繰り返し煽動している事実を考えれば明らかです。もちろん、差別は資本主義が生まれる前からありました。しかし、資本主義が発展するにしたがって資本主義以前とは比べものにならないくらい差別は激しくなり、ついにはナチスによる障害者の大量虐殺にまでいきついたのだと思うのです。こんな事態は資本主義以前には想像することもできないことでした。「戦後は、世界が民主化されて障害者抹殺など考えられない」と考える人たちもいるようですが、それは絶対に間違っています。「脳死」、「尊厳死」や出生前診断などはナチスの優生思想と同じ発想にもとづいていることは間違いありません。

 では、差別は絶対になくすことはできないのかと言えば、そうではないと思います。人間は、本質的にお互いに協力し、助け合って生きている存在です。ところが、資本主義の下では資本家のためにどれだけ利益を生み出すことができるかで人間の価値が決まり、したがって、利益を生み出さない障害者は資本家にとっては人間としては認められないのです。だから、差別が生み出され、抹殺の対象とされるのです。私は、障害者の解放にとって、この間違った社会を土台からひっくり返すことが一番大事だと思います。資本主義以前もふくめ数千年の歴史をもつ差別が、一瞬になくなるとは言えませんが、支配する人も支配される人もいない、人間があるがままの姿で生きていける社会を作り出すことによって差別の土台をなくし、そして差別そのものをなくすことができるのではないかと考えて
います。
 この、差別のとらえ方にはいろいろな意見があると思います。折にふれて意見交換しながら、もっともっと深めていきたいと思います。

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2008年9月 9日 (火)

怒りネット通信第36号

りネット通信
2008年9月9日 第36号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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■目次
・合理的差別ということ
・不安と生活困難を感じる社会を変えるために
・障害者、介護保険への移行は無理?
・ヘルパ-さんを探すのは、たいへん
・働けど働けど~ 苦しくなる一方の現場から

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●今こそ、障害者自立支援法撤廃へ
10・31・日比谷公園に結集しよう!


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合理的差別ということ
「差別禁止法」「国連障害者の権利条約」に思う
高見元博


 「差別禁止法」とか「国連障害者の権利条約」とかが新たに出てきて、どう考えたらいいのかが問題になっています。多くの「障害者」団体が何かいいことがあるのではと思っているようです。はたしてそうでしょうか。「合理的配慮」という言葉がキーワードとして出てきています。ここでは、直接そこから離れて、もともと、法律的には合理的差別という考え方があるという問題提起をしたいと思います。法律で差別一般を問題にしたものはありません。(千葉の条例の問題はここではおいておきます。)その中で差別には合理的理由のあるものと不合理なものがあるということが、法律論のなかで言われるそうです。差別という考え方自体が法律論にはないのですが、「差別」であっても合理的理由があれば許されるという考え方があるそうです。

 僕の解雇撤回裁判を例に取ると、一審神戸地裁は不合理な差別であるからとして解雇を取り決すと判決し、大阪高裁・最高裁は合理的な理由のあるものであるから解雇は正しいとしました。僕の解雇撤回闘争というのは郵便配達人だった僕が、「精神障害」で休職期間いっぱい休職していて、休職期限切れの時期に「なんとか復職の道はないのか」と当局と話したときに、当局が「一般並みに働けないならダメだ」ということを言って復職させず、そのまま免職になったというものです。1992年7月6日のことです。僕は解雇撤回を裁判で訴えました。「復職の機会を不当に奪われた」という趣旨の裁判です。その結果神戸地裁で免職取り消しという判決が下りました。当局の控訴によって高裁、最高裁は当局を支持し免職が正当であると逆転判決を下したものです。2000年のことになります。

◆合理的差別論の基準

 ここで合理的、不合理という基準はどこにあったのでしょうか。それが差別を法律的に考える際のキーポイントと思います。神戸地裁は多少能率が落ちても、働くことの出来る職場があったのではないか、というふうに問題を立てました。能率が一般並みでなくても良いという問題の立て方をしたので、それなら原告にも働くことのできる条件があるのではないか、と考えたのです。仕事の内容によっては就労できたかもしれないのにそれを試しもせずに解雇としたのは間違っているという判決でした。不合理な差別であるという線をそこに引いたのです。

 ところが大阪高裁は、「能率の落ちるものを雇用する義務はない」という郵政省の主張を全面的に取り入れました。郵政省は「『障害者』の雇用率は達成しているから個別の『精神障害者』を雇用することは義務ではない。ましてや一般並みの労働の出来ないものを雇用する義務はない。競争社会のなかで能率の落ちるものの雇用を義務付けることは郵便局に不当な不利益をもたらすものであり、不合理である。解雇したことの方が合理的である。能率の悪いものを雇用せよという義務を課する神戸地裁判決はまちがいである。資本主義社会で高見の様に能率の落ちるものを雇用する義務はないはずだ」という趣旨の主張を展開しました。そして僕がいかに重度の「精神障害者」であるかという立証を熱心に行ないました。なお、この時点では「精神障害者」は「障害者」雇用率の対象でもありませんでした。大阪高裁判決はその主張を全面的に取り入れ、そこに合理的差別という線を引いたのです。最高裁がそれを追認したので判例は大阪高裁のものとなりました。

 一般並みの能率の労働ができない者を雇用する義務はない。「障害者」雇用率を達成していれば、個別の「障害者」を解雇しても差別ではないということが合理的だという線です。「資本主義社会では能率の落ちるものを雇用する義務はない」ということが、合理的差別の基準になっています。後に「精神障害者」も雇用率に数えられることになりましたが、それは個別の「精神障害者」の解雇を不当とするものではありません。雇用率を達成していれば個別の「障害者」を解雇しても差別ではないという理屈です。
 これが雇用に関する差別問題の合理的基準をめぐる争いであり、最高裁判決の引いた線です。

◆欠格条項

 法律的に「合理的差別」と言われるものも差別であること代わりはなく、許されざるものであることは言うまでもありません。別の言い方で、「絶対的欠格条項」はまちがいだが、「相対的欠格条項」ならよいという考え方が「障害者」団体の中にもあります。僕の免職は「相対的欠格条項」によるものなので僕の立場は「相対的」であろうが「絶対的」であろうが欠格条項は撤廃せよということです。

 「絶対的欠格条項」とは「障害者」であれば、その職につかせることは出来ないという問答無用の職業からの排除です。「相対的欠格条項」とは、一定の条件を設け、その条件のかなわない場合に職業から排除する法律です。一見すると相対的欠格には合理的配慮があるように見えます。だから「障害者」団体が相対的欠格ならかまわないとしているのです。「絶対的欠格条項」が「相対的欠格条項」に変わったらそれ以上は問題にしないというのが一般的です。

◆「相対的欠格」条項がある限り差別は無くならない

 僕の免職は合理的理由があるとするのが大阪高裁判決であることは既述しました。僕は十分な配慮をしたとしても就労にかなわない状態であったから免職は適法であるというものでした。これは相対的欠格条項の中に当てはまるものです。「障害のために国家公務員に向いていない者は解雇できる」というのが国家公務員法の相対的欠格条項です。誰が「向いていて」誰が「向いていない」かの判断権は雇用者にあります。

 裁判になってもそれが追認されることでしょう。この線がどこに引かれているかはすでに述べたとおりです。いくら「障害者」当該が「僕は国家公務員に向いている」と主張しても、雇用権者が「能率が悪いから向いていない」といえばその職にはつけないことになります。
 「障害」のために職業の求める能率を果たせない者は、職業から排除することは適法であるというものです。これが相対的欠格条項の考え方です。一見して合理的なように見えます。
 では神戸地裁判決とはどこが違うのでしょうか。神戸地裁判決は「相対的」の幅を広く取ったもので、「相対的欠格」も憲法違反であるという僕の主張は入れませんでした。しかし、実質的には「相対的」の幅を広くした結果として「欠格条項」全体を適用しにくくする判決となっているのです。神戸地裁判決は、郵政省が僕の免職に当たって、十分に復職するための条件を検討しなかった点を取り上げています。就労できる適当な職があったはずだし、そのように適当な職があるかどうかを検討しなかった点で首切りのための首切りになっていることを指摘しました。相対的欠格といっても運用次第では絶対的欠格条項と同じ質を持つものだし、したがって相対的欠格であってもこの解雇はまちがいであることを指摘したものです。

 「到底就労できないようなよっぽどのことがない限り免職にしてはならない」という判決です。これでも「よっぽどのことがあれば免職にしてもよい」という論理であり、僕としては容認できないものです。実際に高裁段階では当局は「そのよっぽどのことに相当する『重度の精神障害者』だから免職は正当である」という主張をしました。神戸地裁判決も付け入る隙を与えていたのです。大阪高裁は「合理的差別は正当なもの」という立場に立って、相対的欠格の基準を一般並みの労働が出来るかどうかというところに置いたのです。だから、合理的差別は適法という考え方を容認することは、あらゆる差別を「合理的」とする余地を残すことになります。「障害者」が不合理な差別だといくら主張しても裁判所が「一般並みが基準だから合理的だ」と判決する可能性が極めて高いといえます。それは僕の裁判での最高裁判例がある以上、単なる可能性の問題ではありません。

 民営化された郵便局会社は、この高見免職のやり方を路線的方針化しているようです。最近、復職を求めている「病者」労働者の要望に反して免職にしたという事例があります。免職にしないまでも、復職を求める「病者」労働者の復職を阻むために、主治医が復職可能という診断書を書いても、産業医が復職不可という診断を下して、就労をさせないという事例が続出しています。先ほど書いた免職になった人もこの産業医診断による復職不可という休職処分を繰り返されていたと聞きます。このような免職の事例は陰に隠れて多数あるものと思われます。

 「合理的差別は容認する」「合理的配慮をすれば差別ではない」というような法律を作ったら、何でもかでも「合理的」だとされてしまう現実があるのです。

◆差別の止揚

 結論的には、合理的であろうが不合理であろうが、差別は絶対によくないという立場に立つべきだということです。裁判所という権力機関にその判断をまかせるなどということは最悪です。裁判所というのは国家意思を貫徹するために存在しているのですから、問題がより根本的になるにしたがって、国家意思、すなわち資本家の立場を貫徹しようとします。それを人民のものとするために闘うわけですが、闘いの背景がないところではよりストレートに国家意思が貫かれます。闘いで押し戻すための努力を考えたら、はじめからそのような法律は作らない方が良いに決まっています。

 「合理的差別」、「相対的欠格条項」の立場というのは、ほっておけば全ての差別は合理的だというところに拡大解釈される余地を残すものです。最近の郵便局会社のやっていることはその拡大解釈です。

 「障害者」と労働者のとるべき立場はいかなる差別にも反対、いかなる「欠格条項」にも反対という立場です。その立場に全ての労働者を獲得していったときに、労働者からする差別関係を止揚し「障害者」と労働者が「ともに生きる」社会へ向けての飛躍を実現できるのだと思います。 
 いま「合理的配慮」がおこなわれるなら禁止すべき差別とはみなさないというようなことが言われだしているときに、それが「合理的差別」とどう違うというのか。きわめて憂慮すべきことだと思います。

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今の混迷し不安と生活困難を感じる
社会を変えるために
金子 和弘


 私は40年間に渡り優生思想や能力主義と差別が蔓延する現代社会に障害者運動の立場から様々な問題提起をやってきました。しかし世界は資本主義の横行によって現
在の社会は不安と矛盾と怒りを強く感じざるを得ない状況になってきました。この状況を何とかしたいという思いになるのは私一人ではないと思います。

 さて日本は、この数年間は小泉内閣と安部内閣によって、新しい国造りと称し、構造改革や三位一体改革の名において権力を行使してきましたが、その横暴さは目に余るものがあり、憲法改悪の準備を整へ、戦争に向かっていくことを明確にし、イラクに自衛隊を憲法を無視をして派遣をするなどやりたい放題でした。
 中でも、久間元防衛大臣の「原爆はしょうがない」発言は多くの人たちの反発をかいました。選挙目当てに辞任はしましたが、発言については何ら反省はしておらず、そこの先にあるのはアメリカの原子力艦の横須賀配備であり、他国との危険な戦争準備のための国民誘導発言であったと言わざるをえません。

 その後、自民党は参議院選挙に敗退して安部から福田内閣に変わったが、原油高の影響でガソリンの値上がり、物価の高騰や後期高齢者医療制度や年金の問題で国民の不満や怒りが高まり、支持率が下がり揺さぶられているが、言葉では前向きに対処するような事をいうが何も解決に向かっていません。また先日の洞爺湖サミットにおいては被爆国日本の議長でありながらエネルギー資源を原子力に持って行く案に何の意見も言わず各国の言うとおりになってしまった。これは日本が核を持つのが早まり核戦争の危機を感じさせるのだ。

 そんな中で、私たち国民の所得の格差が大きくなり、生活困難者の増加と自殺者が数三万人を超えた事が報告されています。
 健全者の人でも給料が8万円くらいの人も多くいるし、中でも障害者の生活は「障害者自立支援法」によって色々な制度を使うと年金の50パーセントも取られ、自立どころか生活が成り立たない状況もあります。
 一層深刻なことは、格差やグローバル化を背景とする競争社会からくる社会の荒廃により、人の命をあまりにも簡単に軽く考えるようになってきており、秋葉原の事件のような人間不信がつのり親子兄弟どうしの殺人などの犯罪が多くなったり、弱い者とされ社会に役に立たず邪魔な者とする存在の人の尊厳死とか安楽死がどうどうと語られるなど非常に危険な状況になったと感じています。

 私は障害者運動を長年やって来た者から見ると今の社会状況は、ある意味ではこうなるべくしてなった当たり前の結果だと思うのだ。それはもちろん、国の政策や権力を持った者たちの失敗や奢りもあるが、それを支持し支援してきた多く人たちがいたという事だ。つまり経済成長を第一に生活の向上を願い生産性を上げる事に必死になり競争主義や能力主義を何の疑いもなく受け入れて行った結果だ。
 そこには人間関係が薄くなり、どんな環境に置かれた人とも共存し共生していく意識を無くしてしまい、それについて行けない人たちが多くなってきたからだ。正に人間の本能とも言うべき優生思想を捉え返して来なかったからだ。
 そんな中で本来あってはならないとされる障害者の生活はますます管理と介助保障にしても商品化されていくようで仕方がないし、いよいよ存在そのものが否定され命に関わる危険が出てきた感じがしてならない。

 これからの私達の生活、暮らしは障害者、健全者問わずどうなるのか不安だらけです。今こそ色々な角度から考え社会を変えていく事をしないといけないと思います。単なる階級運動ではなく、人間重視のどんな人でも生きられる運動を作り出すことだと思います。
 私は、このような問題を多くの人と語り、新しい展望を見つけていきたいと考えています。

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7月15日、東京の永田町駅付近で、社会保障審議会障害者部会に向けてビラまき行動を
行いました。
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障害者、介護保険への移行は無理?
(「オ-マイニュ-ス」より)
関根 善一


 以前、「障害者福祉の闇1」の記事で取り上げた「障害者が65歳を迎えると高齢者扱いになってしまう」状態が、いよいよカウントダウンされた。

 今日に至るまで、本人を含む地元の在宅障害者団体および支援者たちが幾度も町田市と話し合いを行い、6月26日に、介護保険1日と障害者自立支援法合わせて、約19時間の介助時間で妥結する結果となった。内訳はこうだ。介護保険介護度5で159時間(約1日5時間相当)、障害者自立支援法介護度6で430 時間(約1日14時間相当)ということだ。

 それまでは月620時間(約1日20時間)の介助時間を得られていた。それは胃腸の働きが弱く、ガスを自力では出せないことから不規則な(本人の意志で)復圧を行うこと、無呼吸症候群やジョクソウ防止のための体位交換が堪えず必要とされていたからで、その他(た)、もちろん全介助あり、本来なら24時間の介助体制が求められて当然な状態だったからだ。それも夜間のヘルパーにボランティアを頼んで24時間態勢を保持していたのだ。

 ところが、65歳を境に1日1時間、さらに減ってしまう。たった1時間と思う人もいるかもしれないが本人にしてみれば大変なことだ。
 1日1時間減る理由は、筋委縮性側索硬化症(ALS)患者で介護保険と障害者自立支援
を併用している人たちとの整合性を図るためだという。しかし、町田市にはALS患者で1人暮らしをしている人はいない。この差は大きいと思うのだが……。

 どうしても合点がいかないことがある。障害者自立支援法は、そのほころびを繕いながらも、この7月から自己負担額が軽減されることになった。大まかに説明すると障害基礎年金1級程度の人は、居宅で6150円から3000円に、通所で3750円から1500円にまで減額される。
 しかし、この7月で65歳になると、介護保険の介護度が5で満額使った場合、障害者自立支援法の自己負担と合算され、本来は3万5000円の1割負担だが、8725円2.5%減額された2万6250円となってしまい、実質、増額されてしまうのだ。体の状態、年金の額、何も変わってはいないのに、同じ障害者でありながら片や減額され、片や増額される……、理解しようにも、これこそ理不尽と言うしかない。
 実は、障害者自立支援法が始まったころ、障害者が65歳を超えて介護保険に移行した場合、障害者自立支援法の自己負担額と合算されるというのは同じなのだが、3%減、6%減というふうに段階的に軽減策を東京都は講じてきたが奇(く)しくも、この7月で期間満了で廃止される。

 引き続き、負担軽減が続くというものは2.5%減の2万6250円のみである。この軽減策を受けるためには次のような要件が満たされなくてはならない。
(1)非課税であること
(2)年間収入が150万円以下であること
(3)貯金が350万円以下であること
(4)不動産を持っていないこと
(5)扶養されていないこと
(6)介護保険料を滞納していないこと
(7)生活保護ではないこと
(8)旧措置者ではないこと

 普通重度障害者の収入は年金手当など含み12万円前後である。しかも、ここで問題にしているのは独居の重度障害者のことを指しているので、これらの用件は(例外は別として)満たす人がほとんどだ。

 いろいろと調べていくうちに、1つ気付かなかったことに出くわした。
 障害者団体と市役所(障がい福祉課)と話し合いを重ねる中で、市側は少ない人員で多くの利用者を扱うデイサービスをしきりに勧めてきていたが、障害者特有の介助については皆無と言ってもよく、障害者が安心していける場所ではないということがわかった。

 それと、デイ使用料と食費については100%利用者の負担となるが上記の要件を満たし申請すると25%引きになるのだという。
 12万円の所得から自己負担をし、足りない介助時間を自腹でやりくりをし、デイの負担まで強いられて本当に人間らしい幸福な生活が送れるというのだろうか。

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ヘルパーさんを探すのは、たいへん
三多摩地区のミキティ


 私はヘルパーをつかって、日曜日に運動に行っています。私は普段は、自分の知っているところにはどこにでも一人で、買い物に行ったり、出かけたりします。でも、日曜日に行っているトレーニングジムとプールの時は、ヘルパーさんを頼んでいます。理由は、ジムの機械のやり方が難しかったり、プールサイドを歩く時に人にぶつかりそうになったりするので、ヘルパーさんに誘導してもらうためです。
 でも、ヘルパーさんが足りなくて、自分の思うように運動に行けません。今私のヘルパーをしてくれている人は、私が前に行っていた八王子の作業所の職員でもある人です。その人は、私との付き合いが長いので、私のことを全部わかっているので、とってもやりやすいです。普段は作業所の職員をしていて、日曜日に私のヘルパーをしてくれます。
 でも、時々日曜日に作業所の仕事があったり、土曜日の夜に他の泊まりのヘルパーの仕事をしたりすると、私の日曜日のヘルパーができなかったり、時間をずらしてやったりとなかなか自分の行きたい時にいくことができません。
 それで他のヘルパーさんも探そうとそていますが、私がやってほしい内容と時間と曜日にあう人がなかなかみつかりません。日曜日にヘルパーをやってもいいと言う人はなかなかいないのかも知れません。それに私は人に慣れるのに人の何倍も時間がかかるので、相性の問題でうまくいかなくて、人が決まらないというのもあります。
 私は毎週日曜日に運動すると決めたいけど、今の状態では月2回が限界で、月1回になってしまうこともあります。

 私のヘルパーさんから聞いた話です。
 そのヘルパーさんが介助に行っている人の中に、24時間介助が必要な人がいます。ヘルパーさんを使いながら何とか一人暮らしをしています。作業所に行っている時間以外はヘルパーさんを必要としています。作業所が休みの日があるので、決められた時間の中でヘルパーさんに来てもらうと、どうしても一人の時間が一日に何時間かずつあります。その時間にどうしてもヘルパーさんが必要な時は、お金を出して来てもらっているそうです。 
 その人のところに来るヘルパーさんを探すのも、とてもたいへんだそうです。ひとつの事業所のヘルパーさんだけではとても足りないので、3つの事業所と契約しているそうです。それでも足りなくて、はじめにもらう一ケ月予定表はいつも埋まっていないので、明日は大丈夫だろうかといつも心配をしていて、安心した生活ができないと言っているそうです。そして、どうしてもヘルパーが足りないところは、コーディネーターの人が入っているそうです。
 今は泊まりのヘルパーをやる人も、前に比べたらすごく減ったと、ヘルパーさんが言っていました。それから、その人は、50代くらいの人なので、やっぱりあんまり若いヘルパーさんは頼みたくないみたいです。また、お風呂の介助をしてもらえる人がなかなかいないので、お風呂に入るのは週に3回が限界だそうです。

 そういうわけで、ヘルパーを利用する人も、事業所も、とても困っています。私もこの先、もし、今すごく慣れているヘルパーさんが何かの事情でやめてしまったらどうしようと、とっても不安です。

働けど働けど
・~苦しくなる一方の現場から~
一地方の福祉労働者


 私が所属する法人は、国による46通達の下、県が整備した社会福祉法人です。特別養護老人ホーム、知的障害者支援施設、保育所、研修施設からなっています。

 かつては、原則県準拠の就業規則により運営され、措置制度での運営がなされていました。当時は、措置費内での人件費比率が100%を超えて県からの持ち出しで運営がなされ、予算要求も間接的に県に求めることができていました。
 しかし、県財政の疲弊が表面化し、全てを独立採算でまかなうよう民営化が図られました。しかも県の財政担当者の天下りというおまけもついて・・・・。そして介護保険、支援費制度の導入、更に障害者自立支援法による障害者施設の新体系への移行と福祉の切捨ては続いています。
 そんな中、利用当事者はもちろんのこと、福祉労働者双方の暮らしや権利を奪いつつあります。大まかに言えば、給与ベース等の労働条件は、使用者側の示す人件費率は60%未満。介護保険が導入されると同時に、激変緩和措置があるとは言え、それまでの給与30%カットでした。更に自立支援法によって3%カットと泣くに泣けない状況に追い込まれています。職員の配置については、最低の配置基準を満たしているとは言うものの、正規職員の配置は、民営化前の4分の1程度です。

 これらに追い討ちをかける最大の問題、原因は使用者の倫理観の無さなのかと思われます。彼らの主眼は、利用者の稼働率が最優先のようです。故に現場を殆ど省みることなく、運営がなされています。そんな中では利用者の実情、家族の思い、職員の声は届きません。福祉の良心は、彼らの市場原理にかき消され、呑み込まれてしまっているかのようです。 

 現在、私が介護員として勤務している特養でも人員不足が慢性化しています。例えば夜勤の際は、利用者75名に対して介護職員が4名程度しかついていません。夏場はTシャツが一絞りも二絞りもできるほどです・・・。そんな職員配置で利用者の人たちに十分なケアができる訳がありません。結局のところ、サービス残業は当たり前、体調が優れない時にも中々休めない状況にあります。労働条件は良くならず、給料も下がる一方で、それでも上からはスキルアップ、資質向上だけは叫ばれています。しかし、そのための研修などについても何らの手当ても支給されません。時間外に、或いは休日を使って、自腹で行っているという現状です。
 しかも、そんな中やっとの思いで資格等を取得しても、これと言ったメリットはないのです。福祉施策の合理化という名の「福祉、弱者切捨て」の潮流、激流のただ中で私たちのような現場の最前線で働く福祉労働者は、疲れた体に鞭打って必死に頑張っているのが実情です。
 この仕事を選択した当初の志も、築き上げて来た今の暮らしも、諸共潰されかけています。私たちは、一体どこまで頑張れば良いのでしょうか?

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2008年7月16日 (水)

怒りネット通信 第35号

怒りネット通信
2008年7月10日第35号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>

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■もくじ
・「差別禁止法」への疑問
・自立支援法実施で振り回された一年
・基準該当事業所の実情
・貧乏人は死ねと言うのかあ !

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●7・15・社会保障審議会 障害者部会・ビラまき行動
 中央合同庁舎 第7号館・金融庁(千代田区霞が関3-2-1)
 7月15日(火)13時 庁舎前集合 13~14時ビラまき

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「差別禁止法」への疑問
古賀 典夫

 「差別禁止法」をつくろうとする日本での動きは、1990年にADA(「障害を持つアメリカ人法」)がアメリカで成立したのを受けてのことだったと思う。そして、国連の「障害のある人の権利に関する条約」(以下、国連条約)の発効を受けて、今再びこうした動きが高まっているようだ。特に、DPIが事務局を担当する「障害者政策研究全国実行委員会」(以下、政策研)は、「障害をもつ人の権利保障と差別を禁止する法律(素案)」(以下、政策件案)を作成し、意見募集を行った上で、次の臨時国会に法案を提出したいとのことである。
 わたしは、上述した法律や条約や案を、そして、「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」(以下、千葉県条例)を読んできた。その上で、こうした動きに疑問を持っている。というよりも危険性さえ感じるのである。今回は、わたしの感じているところを述べ、皆さんからの意見をいただき、さらに深めていきたいと考えている。

■「差別禁止法」の制定で「障害者」の生活は良くなっているのか?

 90年代から現在に至るまで、いろいろな国でこうした法律が制定されている。
しかしそれらの国々で「障害者」の生活はこんなふうに良くなった、と言う話題をわたしは知らない。これはわたしが知らないだけだろうか?

 最近ではADAの評判は悪い。それはアメリカの「障害者」の生活がけっして良くなっていないからだろう。しかし、そんなことは条文を読んだ段階から予想ができたのではないだろうか?
 ある仕事(たとえば、コンピュータープログラム)を同じようにこなせるのであれば、その人の「障害」にかかわる不便さについては、使用者が改善を行って、差別することなく採用しなければならない、としている。もちろん、この保障は一定限度である。利益第一主義、能力主義を前提にして、同じように働ける「障害者」がどれだけいるのだろうか? そして、同じように働けると判断する直接の当事者は使用者である。
 交通や買い物についてのバリアフリー化も行わねばならないことになっているが、それはけっしてガイドヘルパーの保障とはならない。まして、地域生活の保障などには触れられてもいない。
 ほかの国の法律について、わたしは調べることが現在できていないのだが、いずれにしても、これまでに制定された「差別禁止法」がその国にどのような影響を与えたのか(あるいは与えなかったのか)の検証が必要だとおもう。しかし、そのような議論があまりなされていないようにおもうのだが、これもわたしが知らないだけだろうか? わたしの印象では、日本も世界も「新自由主義」政策のもとで「障害者」も民衆全体も苦しくなっていると思うのだが。

■法律で禁止されなかった差別は、合法ということか?

 何を差別と列挙していくかということもあるのだが、わたしが特に言いたいことは、「障害者」解放運動が問題にしてきた能力主義や優生思想(政策)についてはどうなってしまうのか、ということだ。わたしの知る限り、「差別禁止法」でこうした問題を取り上げているものはない。それどころか能力主義などは前提化されてしまっていると思う。
 現代の政治的、経済的関係の中で、そんなことを法律で禁止することはできるとは、わたしも思えない。能力主義や優生思想を包括的に問題にすれば、労働力を商品化している現代社会イコール資本主義の根本を否定することになり、そんな法律が今の議会の中で成立するはずなどないからである。
 では、能力主義や優生思想は「合法的」と「障害者」運動の側は承認するのだろうか。そうではないとわたしは信じたい。だとするならば、この点をどう考えるかの議論が必要なはずだ。しかしやはり、そうした議論が行われたということは聞かない。
 とりわけ政策研案にはこの点で気になる部分がある。「第6章 教育」のところには次のような文章がある。
 「障害をもつ人及びその保護者が、普通教育課程で十分な合理的配慮及び必要な支援を提供しても教育目標に達成できないと判断し、教育機関に申し出、普通教育課程から離脱をした場合には、差別とはみなされない」

 これでは、現在推し進められている能力主義教育の目標達成を肯定し、本人や親などの判断で「特別支援学校」に移ることを肯定しているように思われる。さらには、こうした教育目標は、「特別支援学校」の専門性のほうが達成できる場合があると認めているようでもある。
 70年代から主張されてきた「すべての子供は地域の学校へ」は、「障害児」が地域の学校に入っていくことをも通して、子供たちを分断している能力主義教育そのものの内実を変えていくものとして語られてきたと思う。この主張の代わりに「ノーマライゼーション」という言葉に置き換えられていく中で、能力主義教育の内実を問うことが後退してきたようには思っていたが。何しろ「ノーマライゼーション」とは、「健常者」中心の社会の内実を問うことなく、「障害者」をそこに近づけようということだからだ。こうした中で、「障害者」運動の側が上述のような条文を掲げるならば、親に「特別支援学校」を選ばせようとする政策を展開している文科省に対して、「地域の学校へ」という運動は対抗できなくなってしまうのではないだろうか。
 また、保護者の選択権を認めることが「障害者」運動として正しいのだろうか?
 青い芝は、親は「障害者」の前に現れる第1の敵であるという現実(悲しむべき現実)を直視して運動を展開すべきであると主張してきた。にもかかわらず、上に引用した条文は、「障害者」を隔離する親の選択を認めることになってしまうのではないか。

 もちろんわたしは、「障害者」の生活を改善するために法律を変えたり、制定したりすること一般を否定しているわけではない。「障害者」の地域での生活を保障させるような法律にしていかなければならないと思うし、地域での生活こそ「文化的な最低限度の生活」とすべきであると思っている。また、具体的な要求を法律や制度の中に入れていくことも、必要なことだと思う。
 しかし、現在の社会を前提とした立法という枠組の中で、あたかも差別がなくせるといったような幻想をもってはならないと思う。

■「合理的配慮」の危険性

 国連条約、千葉県条例、政策研案の中には「合理的配慮」という言葉がある。この定義は、国連条約によれば次のとおりである。
 「合理的配慮」とは、特定の場合において必要とされる、障害のある人に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権及び基本的自由を享有し又は行使することを確保するための必要かつ適切な変更及び調整であって、不釣合いな又は過重な負担を課さないものをいう。」
 また千葉県条例の第8条では、「何人も、障害のある人に対し、差別をしてはならない。ただし、不利益取扱いをしないこと又は合理的な配慮に基づく措置を行うことが、社会通念上相当と認められる範囲を超えた人的負担、物的負担又は経済的負担その他の過重な負担になる場合においては、この限りでない。」
 政策研案についての説明文では、「合理的配慮」という名称については、さまざまな議論がありますが、「千葉県条例」や条約で使用されていることもあり採用しました」と書かれているので、同じ意味で使われているのである。
 「合理的配慮」の範囲を誰が判断するのだろうか? 通常は行政や使用者などではないだろうか。そうなると、都合の良い解釈をしてくることは明らかだろう。たとえば厚労省ならば、ホームヘルプの国庫負担基準が「合理的配慮」の範囲と言うだろう。
 もちろん、この範囲について、運動の側と行政などとの間で争点とはなると思う。しかし、運動の側がこのような概念を取り込んでしまうのはなぜだろうか?
 仲間を切り捨てることにもつながるのではないだろうか。

 6月10日、衆議院厚生労働委員会の臓器移植小委員会で、WHOの関係者は、「脳死」と判定された人に医療を続けることは社会的負担として適当ではない、という趣旨の発言を行っている。こんな発言を聞くと、「合理的な配慮」が「障害者」の生存権に置き換わってしまう時が来るような気がしてならないのだが。

■政策研案は「障害者自立支援法」との対抗にはならない

 政策研案を作った皆さんは、このような問題意識で作られたのではないかもしれない。しかし、わたしとしては、今「障害者」運動が直面している当面最大の課題が「支援法」との闘いだと思っている。
 政策研案の地域生活の部分では、「5、国及び自治体の責務  国及び自治体は、地域における統合された環境において生活を送るための移行策の策定及びそのための基盤整備に取り組まなければならない」とある。しかし、これだけでは今の政府でも「はい、やっています」と答えてくるのではないだろうか。地域で生きる権利を認めさせたとしても、地域で生きる保障を勝ち取らなければ、実際に地域で生きていくことはできない。
 さらに言えば、「障害者」が地域で生きることを社会が保障するという考え方でないと応益負担論とも対抗できないのではないだろうか。
 政策研案の説明文によれば、この案は自由権的観点から作られているとのことであり、わたしの言うような保障は社会権的アプローチなのだろう。しかし、このように分けて考える必要もないだろう。「障害者」にとって必要なことを求めれば良いのだと思う。

■補足

 社会権の実現の場合、公権力の介入という問題はある。しかし、政府も自治体も民衆のために仕事をするべきなのであって、そうでなければいらないし、民衆によって打ち倒されるべき存在になるということである。運動の側はそういう気迫をもつべきである。
 公権力との関係での危険性という意味では、千葉県条例は非常に危険な内容を持っていると思う。行政機関による差別を追及できない構造を持っているのだ。
 この条例では、「公共の安全と秩序の維持」という言葉が6箇所にわたって出てくる。この意味は、「犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他公共の安全と秩序の維持」ということになっている。
 これについて、「支障を及ぼすおそれがある」と「関係行政機関の長」が判断すれば、差別事件についての申し立ての調査、説明、改善についての知事の助言を拒否できるのだ。さらにわざわざ、そうした事実があるかどうかさえ言わなくても良いということになっている。
 わたしが、なぜこのような規定をつくったのか、千葉県庁の担当職員に電話で聞いてみたところ、警察からの要請があったとのことだ。いずれにしてもこれでは警察に限らず、行政機関の差別の追及が困難になる。
 このほかにも千葉県条例には問題があるとおもうのだが、あまりそれが議論されていない。「差別禁止」という看板だけで、条文そのものを議論しないのはなぜだろうか。

 わたしとしては、今後さらにこのテーマを深めていきたいと思っている。ご意見、ご批判をよろしくお願いします。

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自立支援法実施で振り回された一年
中込 則江

 私の息子は、出産時の酸欠が原因で脳性マヒになりました。手も足も不自由ですし、しゃべれません。食事やトイレなど生活のすべてに介助が必要です。初めての人には中々わかりにくいですが、身振り手振りでコミュニケーションをします。私は、子どもを地域でみんなと一緒に学ばせたいと考え、息子は小・中学校を地域の普通学級で、高校は都立の定時制に行き、昨年3月卒業しました。今年20歳を迎えました。
 自立支援法の実施で、私たち家族、とりわけ私の生活は大きく変わりました。37,200円の自己負担金をひねり出すために、ヘルパー2級の資格を取り、二年前から自分もヘルパーとして仕事を始めました。出産以来の出来事です。子どもの小さい頃は訓練に通い、小学校に入学してからは3年生まで毎日子どもと一緒に学校に通い介助をしていましたので、仕事をするのは19年ぶりでした。
 3年程前から主人の両親と同居し6人家族になりました。すべての家事を私がしています。仕事は、午後息子のヘルパーさんが来てから出かけますが、午前中に昼食と夕食を6人分用意し、家事をしながら息子の介助もしています。両親は加齢による症状も出ているので気の休まるときがありません。もちろん気だけでなく体も。時々「ワァー」とすべて投げ出したくなるときがあります。
 そんな母とは違い、息子は、高校を卒業したあと現在は在宅生活を楽しんでいます。日中は、ヘルパーさんとあちこち外出―自分で行き先を決めて、映画、スポーツ観戦、高尾山、両国、その他、地域の商店街の行きつけの店の間地味の店員さんに会いにいったりなど―したり、雨に日はTVをみたり、CDを聞いたりして過ごしています。20歳になり、これからが「自立への道」と、大切な地点に立っていることをひしひしと感じながら、でも、あせらずにゆっくりと本人の気持ちを見極めつつ、「自立への道」を探っていきたいと思っています。

 自立支援法の認定調査の聞き取りは、質問内容が本人が直面していることつながらないと思えるものが多く、決して楽しい時間ではありませんでした。また、判定結果は障害が重いと評価されて介助時間がたくさん利用できるといいと思う反面、わが子の自慢をしたい親ごころからすると、子どもの障害を如何に重くて大変かを言い立てなければならないことは、不愉快なことです。質問内容は、聞いていたとおり介護保険とほぼ同じで、担当者もそれは十分承知で、お互いに失笑してしまうところもありました。それでもこんな質問で判定され、生活が変わるのであれば真剣です。
 その中に、床ずれという項目がありました。今は出来ていませんが、それはヘルパーさんの一日4時間と私の20時間の介助の力で出来ていないのであって、仮に私が病気にでもなったら次の日から大変な訳です。
 それにしても、「障害」があるということは、ころほどまでにプライバシーをオープンにしなければいけないのでしょうか? 私は、困ったときに相談に乗ってくれれば充分なのです。それに対応してくれればいいのです。聞き取り調査をし判定され、利用時間が決定されるという方式は、なるべく大変な点を強調し、困っていることをしゃべりまくり最大限の利用時間を得るために、私は子どもを傷つけることを話してしまいます。それが、自分自身でものすごく腹立たしいのです。そして、とても悲しい。やはりこの調査は楽しい時間ではないのです。
 なにより、この調査に欠けていたのは、当時19歳の青春まっただ中を受け止めるものがなにもありません。19歳の青春中のわが子を、老人と同じ質問の枠に入れ込み、日常の子どもの生活の様子を何も知らない医者の判定結果を合わせて、いったいなにがでてくるのですか。この制度を考えた人たちにこちらから質問します。
 応益負担の自己負担金37200円を毎月払い続けるのはやはり大変なことでした。移動も一人では出来ないので2人分の交通費もかかります。制度実施から一年で、自己負担が軽減され6500円になりましたが、あの猛烈に忙しい必死で過ごした一年はいったいなんだったのか。
 軽減策で金銭的負担は、ある程度解消されましたが、今、目の前にある大きな問題は、障害者自立支援法で介助に資格が必要になり、若い男性の介助者が見つからないことです。ヘルパー派遣を事業所に頼んでも、4時間とか6時間などの長時間の派遣は、一定時間(1.5時間)を超えると報酬単価が大幅に下がり利益が上がらないので、引き受けてもらえず、あちこちに電話しましたが、断りの連絡さえもくれない始末です。生活のすべてに介助が必要な息子にとって、これは本当に一大事です。この障害者自立支援法が大きな壁です。
 息子の、自立に向けたこれからの道のりを思うと、いろいろな不安があります。障害のある息子と高齢の同居家族との生活は、想像以上に忙しく金銭的負担も大きいです。高齢者も障害者も安心した生活が送れない国の政策は何なのか。いい方向へ向いているとは思いません。

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基準該当事業所の実情
月又 光子

 24時間介助が必要で寝たきり、ひとり暮らし、二次障害が進み様々な身体症状が現われ日々、主治医と薬や体調についての相談が欠かせない状態の障害者本人が自らの命と生活を守るために事業所を立ち上げて4年。
 支援費制度への移行に伴い世田谷区が公的責任を果たさず、ヘルパー登録から手を引くという事態に対しての苦肉の策だった。一般の事業所では引き受けてくれる所はないだろうとの当人の懸念は見事に当ってしまっている。

 現在、重度訪問介護の人にサービスを提供してくれる事業所が一体どれだけあるのだろうか? 競争原理が働き、「サービス」の質が高まり、選択肢が広がるといわれていたものは、一体どこを探せば見つかるのだろうか? 24時間介助保障を公約として掲げている区に居住し、自立支援法において、あなたは重度訪問介護という、「常時介護を必要とする人」として「サービス」を受けられますよと認定されているにもかかわらず、その公約と法の下で、何故か1日17時間分しか「サービス」を受けられない、「サービス」ができないとされている。

 この理不尽な17時間の支給量分の報酬で、1日24時間365日を6~7人のヘルパーでやりくりしている状態だ。日勤は食事、服薬、排泄、着替え、整容、入浴、移動、体交、リハビリ、外出、コミュニケーションすべてにおいて、常時介助を必要とするとの認定通り、ヘルパーは常にそばに付きっきりで介助している。休憩はなく、食事は介助の合間を縫ってとる。処方箋、薬の受取、買い物、郵便局などの外出は、自宅での治療、施術の間に自転車を飛ばして行っている。就寝中でさえ、体位交換、室温調整など細やかな介助が必要である夜勤の現状はなんと3人。3人で365日の夜を分担介助しているのだ。夜勤の労働時間は13時間。シフトの調整によっては24時間勤務になってしまうことも少なからずある。しかも、3人とも他に仕事を持ち、一つの仕事を終えた後に駆けつけてまとまった睡眠時間の取れない13時間以上の介助にあたることもあるのだ。

 さらに法やシステムの変更によって個人の生活、特に食事や排泄、通院などを制限できるはずもないのに、それらを理由にこの4年の間にやはり理不尽な減額が一方的にされて、現在月に約110万円。日割りすると1日あたり約36000円。24時間で割ると時間あたり約1500円。よく見かけるヘルパー募集上の身体介助の時給1800円~2000円には及ばないが、時給1500円にするとそれだけで事業費はなくなってしまうということになる。(大方が身体介助を伴うものであるのだが...。)
 介助者の交通費、雇用保険、労災、事業所として入らなければならないとされている施設保険、給与計算、税金、保険などの事務仕事分。連絡通信費、外出、通院などでの複数介助分。時間外労働の様々な煩雑な事務、シフト管理事務など一切払えない計算となる。健康診断、福利厚生、社会保険などは高嶺の花で論外だろう。

 また、もっとも重要な新人育成は、現場に入りながら生活パターン、物の置き場所、薬の取り扱い、介助方法を習得してもらうまで、かなりの時間を2人体制で研修してもらうことになるのだが、ヘルパーが足りなくて大変な中、やっと来てくれた新人さんにはその間、交通費すらでないことになる。時間とお金を使い資格は取らなくてはならない、研修中は交通費すら出ない...。これを乗り越えて、研修を終えた新人さんは、晴れて上記のような労働条件の下で働いていただくことになる。

 こんな自立支援法は、絶対になくしたい。

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貧乏人は死ねと言うのかあ!
生活保護受給者(多摩地区在住)

●弱者の気持ちが理解できない偉いさん方

 都道府県、市町村によって違いもあると思いますが、生活保護受給者に対して風当たりが、だんだん厳しくなっているのがわかります。貧乏人は、病院にも自由に行けず、飲まず食わず死ね!と言われているようです。
 私たち弱者は、好きで生活保護を受けているのでも、通院しているのでもありません。弱者の立場になったことのない人が、政治家や法律家になっている国では、いつになっても福祉は良くなりませんね。医療に携わる人は、死なない程度に病人になってみる必要があると言った医者がいましたが、これは真実だと思います。上に立つ者は、弱者の苦労がわかる者でないとダメだと思います。

●生母の死

 今から70年程前、母が病気のために私は胎児8ケ月でこの世に出され、3日目に母は私を残して死んでしまいました。その時既に胎内で股関節脱臼していました。しかし、そのことは、誰も知らない、気付かないまま養女に出されたのです。幸か不幸かそのまま時は過ぎ、老いが近づくまで無事でした。もしかしたら、幼児期から車椅子生活者となっていても不思議なかったそうです。

●生きがいまで奪おうとする行政

 股関節脱臼のことは、50代半ばで腰痛を感じて、医者で診てもらってはじめてわかったのです。それからも通院しながら働きました。60歳近くになると働くこともできなくなり、主人も肝硬変から糖尿になり、壊疸となり左足切断、車椅子となり同時に肺癌末期の宣告を受けました。その主人も3年前に帰らぬ人となってしまいました。その主人が亡くなる前から生活保護を受けていました。主人がいる時は、少額とは言え2人分の年金と生活保護費があったので、少しばかりの余裕はありました。しかし、主人無き後はすべてが半分にされ、出費は同じですから苦しくなりました。現在、私も糖尿になり目に合併症が出ていると言われています。整形外科、内科、それに眼科と医者通いが増えました。すると市の
担当者から、次のようなことを言われました。
・保護の医療費が多すぎる。
・整形外科の費用を9、000円までは自腹で払うこと。
・毎日の通院を週3日に減らすこと。
納得はできませんでしたが、仕方なく週3日にしました。すると次は

・交通費を出すから、通院日を医者に捺印をもらえ。
・交通費が多すぎる、さらに通院を2日まで減らせ。
・こんなに病院に行くならボランティアをやめろ。
一体全体、ここまで市の職員が言う権利あるんですか? 私に死ねというのか!「死ぬときゃ、役所に来て死んでやらぁ~」と言ってやりましたが、担当職員は、うんでもすんでもありませんでした。私にとってボランティアは生き甲斐であり、たとえ、福祉を受けていても、これからもやりたいと思っています。来年は私も70歳です。何歳までできるか、生き抜く挑戦です。市の職員はまだ言います。
・「そんなことするなら、少しでも働いたら?」と言います。
しかし、年齢的に仕事もないし、2万円稼いだら、1万円保護費から差し引くというのです。
・「1万円でもある方がいいでしょう?」と言うのです。でも、私は2万円分の仕事をして1万円しかもらえない仕事ならボランティアの方が良いと思っています。皆さんどう思いますか?ついに頭に来た私は市役所に怒鳴り込みました。
 [何もかも取り上げて!家に閉じこもれって言うのかぁ!」
 「そうなったら精神的に参っていまうぞお~!」
 「そうなったら医療費がもっとかかるぞお!どうしてくれるんだぁ?」
やっぱり返事をくれませんでした。
 こんな国じゃ、この先、私たちのような貧乏人、病人は生き続けられませんよ。皆さんどう思いますか? 弱い者同士、頑張って一緒に訴え続け、怒り続けようではありませんか! 私たちをわかってくれる政治家を選んで力を合わせて頑張りましょう。

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2008年5月29日 (木)

怒りネット通信 34号

怒りネット通信 第34号
2008年5月29日
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>
■障害者自立支援センター スペースつどい
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■もくじ
4・23厚労省交渉の報告         
茨城で聞いた危機的な現状 

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4・23・厚生労働省交渉の報告
新潟・木村

 本年最初の厚労省交渉が、4月23日に衆議院第1議員会館会議室で、63名の参加を得て行なわれました。障害者自立支援法体制下で、いよいよヘルパーの確保が困難になり、生存すら脅かされている実態が、切実な怒りの声として明らかにされました。基準該当事業所に対する低い報酬と、資格問題の不合理さに対して意見や質問が集中しました。

 厚労省側の出席者は、障害保健福祉部から障害福祉課・訪問サービス係の芝海(しかい)係長、同課の松永、雨宮、福祉サービス係の山田、企画法令係の木島、精神障害保健課の平野係長、老健局老人保健課の大内と寺田の8氏。
 一部の担当者が先に退席するとのことで、質問事項(質問書は前号の『怒りネット通信』に全文掲載)の12番~14番の回答を先に受けました。(以下、厚労省側の発言に◆、怒りネット側の発言に◇をつけました)

■自立支援医療について

◆平野:自立支援医療制度について、所得に応じた負担上限月額を設定するなど軽減措置を計っていて、概ね無理のない負担と考えている。また、自立支援医療制度の負担軽減というのは、各医療保険制度の自己負担部分を軽減する制度なので、各医療保険制度自体が、同じ医療保険制度に加入している方々を範囲として設定していることから、自立支援医療も同様、同じ医療保険に加入している方々を世帯として、その世帯の所得で決定する。ただ特例として、自立支援医療を受けられるかたと同一の世帯でも、税制や医療保険、いずれも受診者を扶養しない場合には、受診者とその配偶者を別の世帯と見なすこともできる制度となっている。また障害福祉サービス・補装具・自立支援医療を総合的に合算して負担軽減を図ることは、今後、利用者の負担の実態を踏まえ検討を行なっていきたい。
◇高見:実際に僕の場合、月額で7~8千円の新たな負担が生じている。それを無理がないと言う感覚自体が理解できない。僕は年金だけでやっているが、そこから引かれる。家賃とか除いたら生活保護基準以下から更に引かれている。生活保護を受けていない多くの精神障害者は、同じ状況にある。もともと低い年金額しかないのに7~8千円の負担が増えている。
◆平野:厳しい意見として受け止めたい。自立支援医療を導入する際に、精神の方で5%の自己負担を10%に変えて、実際の医療費負担の増加を計算した結果に踏まえても、現状の基準額が妥当だと認識している。
◇高見:調査しているのか。
◆平野:精神障害保健課には自立支援医療として実際にどれだけ医療費がかかったかの数字はある。自己負担額のデータもある。自己負担が旧制度に比べて増えたのは認識しているが、急激に増えたとまでは言えない。
◇高見: 5%から10%に変ったというが、僕はゼロから10%に負担が変っている。調査の数値を示してもらいたい。最低、手元にいくら残ったら妥当だと考えているのか、次回明らかにして欲しい。
◇古賀:調査のデータは出してもらえるのか。
◆平野:上と相談して、調整させていただきたい。

■退院支援施設について

◇古賀:13番、退院支援施設について。病院から退院支援施設に移った人を、退院に数えるのか否か。
◆雨宮:受け入れ条件が整えば、退院可能な精神障害者について地域生活への移行を進めることは重要な課題と認識している。厚労省として実施している調査は、病院・診療所に現に入院している患者数であって、統計上退院支援施設の入所者を入院者に含めることは困難である。退院支援施設はあくまでも地域移行にむけてのプロセスと考えているので、退院支援施設への入所をもって社会的入院問題が解決したとは考えていない。
◇古賀:退院支援施設に移行した人たちは、どういう数字で表されるのか。
◆雨宮:退院支援施設入所者の数はとっていないが、必要に応じて調査を行ないたい。
◇古賀:「退院した人たち」という形で出してしまうことはないのか。
◆雨宮:患者調査は、3年に一度病院・診療所に対して調査期日における入院・外来患者の状況を調査するものなので、退院支援施設に入所した人は退院した人に含まれる。しかし障害福祉計画でいう地域移行した者にはカウントしていない。つまり退院はしているが、地域移行したとは認識していない。
◇鷹林:前回交渉で、退院支援施設が病院敷地内というケースがあることを認めている。同じ敷地内で看板を書き変えた建物に移しても、入院と同じではないか。問題は社会にどれだけ移行できたかということ。数字のまやかしに過ぎない。
◇古賀:退院支援施設に入った人が、地域移行したなどというデータを示さないようにして欲しい。退院支援施設に何人と(私たちの感覚では入院と示すべきだと思うが)、社会がわかりやすいような形にして欲しい。

■不平等な支給決定(立川・福生の問題)について

◇古賀:1番の質問に戻る。立川・福生(ふっさ)を例にあげているが、今まで福祉を受けていた人と、新しく福祉を利用しようとする人との間で、自治体によって格差が作られている問題。とくに立川市・福生市については厚労省のほうで調査する約束だった。
◆木島:支給決定基準に格差を設けている市町村があり、それが立川市と福生市であると前回話があった。これについては当課の担当者が電話にて連絡を取り、障害者自立支援法第22条に定められている支給要否の決定が行なわれているかどうかの事実確認を行なった。立川市と福生市においては、支給要否決定にあたっては障害者自立支援法施行規則に定められている事項、法令に定められている事項をしっかり勘案して、支給要否決定を行なっているとのことであった。両市の支給決定基準は、市町村がそれぞれの地域の実情にふまえて独自に策定しているものなので、こちらでその内容を判断することはできない。というのは、これは自治事務といって、地方自治法の自治事務という形で法令に規定されているもので、市町村と対等の立場にある国がどうこう言うことができないからである。なお、両市の担当者のかたは、厚労省が昨年4月13日に発出した事務連絡の内容について認識しているとのことであった。
◇古賀:要は、これまで受けてきた人と新しく福祉を受けようとする人の間で、立川市の支給決定基準だと差が出るだろうということを問題にしたのだが、厚労省の問題意識はどうか。
◆木島:必要なかたに必要なサービスが行き渡るようにしていただくのが一番いいと思うが、地域に応じて福祉資源には限りがあると思うので、そちらを市町村の方でしっかりと調整して、必要なかたが必要なサービスを受けられるようにしていただければと考えている。

■「常時介護を必要とする」人に介護を保障しない国庫負担基準

◇古賀:国庫負担基準の問題から、こういう事態がおこっている。必要な人に必要な福祉が行き渡らないような国庫負担基準を作っているから、立川市や福生市のような状況が各地でおこっている。障害者自立支援法において「常時介護を必要とする」障害者に、それを保障する国庫負担基準が出ていない。これが問題ではないか。
◆芝海:国庫負担基準は全国どこでも支援の必要度に応じて、一定のサービス利用が可能となるよう、障害程度区分ごとに設定していて、これにより限られた国費を公平に配分する形をとっている。また地方自治体に対しては、支給決定基準の決定に当たっては、国庫負担基準が個々の利用者に対する支給量の上限ではないことに留意することなど、取り扱いの留意事項も示している。その他として、国庫負担基準における障害程度区分間の流用や、特別対策の在宅重度障害者地域生活支援基盤整備事業の基金により、事業所の収入の激変緩和策を講じている。要望事項に「法律違反の水準ではないか」とあるが、国の負担を規定した障害者自立支援法第95条に、「政令で定めるところにより」という記述があり、その障害者自立支援法施行令で、「介護給付費等については、障害者等の障害程度区分、他の法律の規定により受けることができるサービスの量、その他の事情を勘案して厚生労働大臣の定める基準」という記述がある。この基準と実際とのいずれか低い方の金額を出す形になっているので、厚労省としては、法令に則った形で行なっているので法律違反ではない。
◇T:今厚生省が言ったことは絶対におかしい。私たち「青い芝」は40年前から、常時介護を必要とする障害者に対する介護保障を訴え運動をしてきた。今、自立支援法自体に間違いがある。厚生省は自立支援法そのものを廃止して、新しい制度を作らないかぎり私は納得いかない。障害の区分だとか、障害の程度、障害の分類、そんなの私たちには関係ない。支援費制度ができて、やっとこれから良くなるかと思ってきたのに、それが今度は自立支援法だ。一体誰がこんな法律を作ったのか。重度障害者が地域の中で共に生活ができることが私たちの求めてきたもの。自立支援法は絶対納得がいかない。形式ばかりを言うのは、官僚・役人の一番悪いところ。年金の問題など、問題だらけではないか。厚生省の見解を聞きたい。
◇梶原:自立支援法は、全く逆で自立阻害法だと思う。
◇石田:僕は40数年間、障害者運動一筋にやってきた。今の自立支援法はなしにして欲しい。僕は本当に怒っている。憤っている。みんな怒りをこの場でぶつけよう。障害者を取り巻く状況は非常に厳しい。自立支援法をなくしたいと思っている。
◇里内:「青い芝」で一度要望したが、事務処理を簡素化して事業所を通さなければ、ヘルパーに時給1500円位出せる。
◇古賀:障害者自立支援法体制に対する怒りが、色んな人から発言された。「常時介護を必要とする」という名目で対象者を絞っておきながら、その人たちに常時介護を保障しないような、国庫負担基準を政令で作ってしまうこと自体がむちゃくちゃな話。つまり国は保障しなくてもいいと表明したようなもの。もう一度考えを聞かせて欲しい。
◆芝海:「怒りネット」以外にも同じような要望を受けているが、国としては国庫負担基準が個々の利用者の上限ではないことを示している。重度のかたについて、来年の報酬改定があるので、今行なっている経営の実態調査も踏まえ、今後検討していきたい。
◇鈴木:来年まで僕たちは身体が持たない。今度・今度といっているが、実際にヘルパーやってみろ。俺たちが教えてやる。それやってからこの問題をやれよ。

■高齢者にも必要な介助を

◇古賀:次に3番、われわれの仲間にも、高齢で介護保険の対象になっている人もいる。障害者には必要に応じた介助をすべきだと言うが、高齢者だって同じではないか。
◆寺田:介護保険制度については、給付と負担のバランスのなかで要介護・要支援の状態の程度により、実際に必要とされるサービスの量や質を踏まえて一定の範囲内で保険給付を行なう仕組みとなっている。このような観点から現行の支給限度額は設定されている。要支援者などの平均的な生活実態を踏まえ作成された標準的なサービスの組み合わせに基づき、それに要する平均的な費用の額を基準として作成している。
◇古賀:高齢者の介助もそれぞれの必要に応じて行なうべきではないかという質問。
◆大内:もちろん出せる分だけ際限なく出せればいいが、平成12年の制度開始当初に、ある程度のモデルを考えて、一番高額になるものを基準にして支給限度額を決めた。
◇H:そのモデルケースを具体的に出せるか。
◆大内:後で資料として示すことはできると思う。

■基準該当事業所の厳しい現実について

◇古賀:4番、厚生労働省が基準該当事業所の報酬単価を15%減らしたために非常に苦しい状況になっていることを認識しているか。
◆芝海:話は聞いている。指定事業所と比べて、柔軟な運営になっているので、同じ報酬ではいけないという認識である。
◇酒井:どこが柔軟なのか。
◆芝海:個人での事業の実施が可能である。ヘルパーの配置規準が常勤・非常勤を問わず3人以上で可能。サービス提供責任者が非常勤でも可能。管理者についても非常勤でも可能等の点。また全体の事務費用、人件費や労務管理等ふくめて指定事業所に比べ、少なくて済むということ。
◇古賀:前回、逆に小規模だから事務費の割合が多いことを指摘した。しかし同じ答えでしかない。次に5番に、報酬単価をどのように考えているのか。
◆山田:障害者自立支援法については、従前の支援費制度の報酬水準にふまえ、各事業所の必要経費について総合的に評価を行なって設定している。またサービスの利用実績において報酬を支払う日額払いを導入した。しかしながら制度改正に直ちに対応できないところも多く見られることから、18年度補正予算の特別対策として平成20年度まで従前の報酬額の9割を保障する激変緩和措置と日額報酬払いの導入に伴う改変措置を実施してきた。今般の緊急措置においては事業者にとって経営の安定化を図る緊急的な改変措置を実施することで、今年度4月より通所サービスの報酬単価を4.6%引き上げるなどの対策を実施した。今後は、与党プロジェクトチームが昨年12月に報告した、「障害者自立支援法の抜本的見直し」という報告書にもとづいて、現在全国の事業所に調査を実施している。
◇古賀:総合的というが、具体的に事業所の必要経費、社会保険、賃金等、総合するにはそれぞれをどの程度に考えるかの根拠があるはず。
◆芝海:中身については示すことができない。
◇沼尻:私はT市からきた。実は私が利用している事業所は指定事業者だが,3人いたヘルパーの一人が辞めて2人になった。2人ではヘルパーが回せないので、事業所をたたむかも知れないと言われた。T市は受け入れてくれる障害者専門の指定事業者が数箇所しかないのに、その1つがなくなる。私たちはいつまでこの苦労に耐えなければいけないのか! ヘルパーを探すのは私たちの責任か。明日のヘルパーの心配をいつまでしなければいけないのか! みんなこの単価のせいではないのか。私たちはすごく大変な思いをして明日の心配をして暮らしている。簡単に言うな! ヘルパーが明日いなくなった場合の心配なんてあんたたちにはないだろう。今すぐ答えろ!!
◆芝海:ヘルパーの確保は、今非常に重要な問題になっていると厚生労働省としても考えている。ヘルパーの養成や確保について全体的に考えている。報酬単価については、来年4月の報酬改定に向けて検討を進めていきたい。
◇沼尻:明日ヘルパーが辞めたら皆さんが来てくれるのか。
◇鷹林:今日、ぜひここに来て訴えたいと希望していた基準該当事業所の人が、結局休みが取れず来れなかった。その人のところでは、一年365日を6人でやっている。それで昼夜2交代、日中の人は11時間、夜勤の人は13時間である。6人のうち夜勤に入れる人は3人だけ。来る予定だった人は36時間ぶっ続けの勤務もやっている。一人倒れたら成り立たなくなる。指定事業者で引き受けてくれる所がなかったから基準該当を立ち上げざるをえなかった。ボロボロになりながら勤務している。いい介助ができない可能性だってある。労働基準法から言ってどうなのか。重度訪問介護は単価が低い。やっていけない。先ほど基準該当は事務量が少ないとか柔軟にできるなどと言われたが、そうではない。一人で色々複雑な事務をやらなくてはいけない。この実態をどうするのか。
◇J:20万切る給料で家族養っていけない。事業所に言っても、重度訪問介護の単価が安いから給料を上げられないと言われる。重度訪問の方が介護が大変で、この単価では無理。人がどんどんいなくなる。介護の人手が足りない。10時間・20時間の勤務も当たり前。家族とも会えない。そんな労働してたら、介護者も倒れる。
◇沼尻:ヘルパーは事務処理と介護と両方やらなきゃならない。
◇古賀:今重度訪問介護の事業所やヘルパーの状況をどう認識しているのか。
◆芝海:国会での質問などで、特に重度訪問の単価が安いという批判を受けている。ヘルパーの勤務も厳しいという状況を聞いている。現在行なっている経営実態調査の結果もみて、来年の報酬改定にともなって、国庫負担基準についての議論も予定している。
◇古賀:事業所の必要経費、社会保険、賃金等は考えているのか。
◆芝海:報酬のなかに、そうした事務費的なものが入っている。
◇古賀:事務費はどのくらいの割合とか、そういう根拠となる数字。
◆芝海:どれくらいの割合かということについて、この場では答えないが、ある。
◇古賀:なぜ答えないのか。
◆芝海:この部分について、どのように答えるべきなのかについては、相談をして、答えたいと思う。
◇酒井:とにかく事業所が重度訪問介護という低い単価ゆえに運営が成り立たないことと長時間介助を受けている人が、介助者を確保できなくて生活できないということは表裏一体。こうした厳しい実態について、データを集めていると言ったが、24時間介助を必要としている人たちに、24時間全部支給量が出ている自治体があるのかないのか。そういうデータはあるのか。
◆芝海:それはない。
◇酒井:世田谷では、24時間必要な人に、最大で1日16時間・17時間しか保障されない。地方はもっと厳しい。24時間の残りの時間は、どのように介助者を確保していると思っているのか。
◆芝海:例えばボランティアを使うとか、そういう所もある。
◇酒井:事業所が持ち出しているケースもある。だから運営が成り立たない。私たちは、まさにそうだ。そういうケースは聞いていないのか。
◆芝海:聞いていなかった。
◇高林:足りないところはボランティアでやれと言うのか。
◆芝海:ボランティアでやれとは言っていない。市町村が支給決定をした時間数とが、まずあって、支給決定に当たっては、障害程度区分や利用者にどれくらいの支給量が必要かの審査を行なっているので、基本的には国庫負担基準を上限に考えるものではないという話はこちらからしているので、それ以上のものというのが―。
◇古賀:今回でなくていいので、あらためて答えを検討してもらいたい。常時介助を必要としている人と、国庫負担基準との間に乖離があるということは認識していると思うがそのうえで、地域で常時介助を必要としている人がいっぱいいて、その人たちがどう生活しているのか。それに関して調査をすべきだと考えるが、どうか。
◆芝海:都道府県を通じて、どうなっているか聞くことはできると思う。
◇古賀:是非それを聞いて欲しい。現在行なっている事業所調査はいつ頃できるのか。
◆山田:昨年度3月(2008年3月)末に全国に配送している。内容としては、平成19年度一年間の経営状況や事業の実施状況、職員の配置、賃金の状況等を全国的に把握できるように調査している。 6月中旬までに回答をお願いしている。来たものから順次集計して秋頃には結果を出せるようにと考えている。結果は公開予定である。
◇渡辺:調査について、ぜひとも要望したい。事業所に調査を求められると、また事業所の事務量が増えるので、別途調査費を支給して欲しい。そういう考えはあるのか。
◆山田:できるだけ事務量を増やさないよう、十分な配慮をしたつもりである。
◇古賀:その事業所調査には、基準該当も入っているのか。
◆山田:含めている。

■資格問題について

◇古賀:8番だが、重度であればあるほど短い研修期間で入れたり、全く研修がなくても入れる。だったら他でも、例えば知的障害者・精神障害者なんかは、「気心が知れる」というような関係を作らなければ介助は難しい。しかしそういう配慮はされていない。ヘルパー2級以上じゃないと普通の単価が出ない。その点をどう考えるか。
◆芝海:知的障害者とか精神障害者のかたに対して、気心という点で介助に当たるのは同じだと思う。ただ知的障害者や精神障害者の独特の障害特性についてヘルパー養成研修において理解していただきたい。もちろんヘルパーの量も確保したいのだが、基本的に質の確保が必要だと考えている。
◇古賀:11番まで進める。次9番。重度の人は、入院のときもコミュニケーションとか着替えとか色んな問題がある。したがって入院の時も、今厚労省は認めていないが、介助が必要ではないか。
◆芝海:ここは本来、保険局医療課から回答させでいただく話だが、今日担当者がいないので、メモを預かっている。「付き添い看護について、患者の費用負担が重いこと、また患者個人の雇用によるため、医療機関の負担との連携が取りにくいことにより、サービスの質の確保の上で問題があること等が指摘されていたところである。このようなことから付き添い看護を必要としない看護・介護体制を早急に確立すべきとの医療保険審議会の平成5年12月8日の審議等をふまえ、原則として平成7年度末までに付き添い看護を廃止することとして、平成6年6月に健康保険法等の改正を行なったところである。現在、医療機関の看護士により患者の病状に応じた十分な看護が実施されることを目標としており、付き添い看護を認めることはできない」というメモである。
◇古賀:10番に行く。厚労省も見解で認めているように公的な研修をうけることと利用者に対して良好な介助を保障することはイコールではない。ヘルパー資格には減算を設けているが、同一労働同一賃金という観点からもおかしい。それについて答えて欲しい。
◆芝海:10番11番は、つながりがあるので、一緒に答える。厚生労働省としては、18年3月1日の課長会議でも示しているが、居宅介護は、1級2級ヘルパーを基本とすることとしていて、3級ヘルパーその他の「見なし」のかた等が、サービス提供を行なった場合は減算している。3級ヘルパーが身体介護を行なう場合の30%減算というものは、介護保険制度と標準をとった形となっている。基本的にヘルパーの質の確保を行ないたいという方向性をもっていて、そういう観点から1級2級を基本としている。それから利用者が推薦すれば公的な研修を受けなくともヘルパーとして認めてもいいのではないかとの質問だが、より多くの研修を受けていただくことで、より知識も蓄えていただき、サービスの質の向上も図られると認識しているので、今のところこの研修がなくてもヘルパーとして認めるという考えはない。
◇古賀:資格と質の向上とは関わり合いがないということ。気心を知るような人間関係と作っていくことと、資格とは関係がない。その辺はどうか。
◇M:研修を受けたからといって素晴らしいヘルパーになるわけではない。逆に研修を受けてきたから、弊害も起きている。今までよりも悪くなっている! 障害をわかっているような顔して付き合っているだけ。気心が知れて付き合うということではない。
◇木村:「広く従業者を確保する観点から研修時間の短縮を行なう」と、量を確保するために、資格要件を緩和すると言ってる。資格要件と量の矛盾は、厚労省自身が認めている。では今、ヘルパーの量は確保されていると思うのか。
◇桐沢:自立支援法のおかげで、学生たちが極端に減っている。なぜなら、資格を取らなきゃ介助に入れない。資格を取るには十何万かかる。十何万出してヘルパー資格取る学生などいない。
◆山田:介護職員の人材不足は今社会問題になっていて、厚生労働省と全体で、昨年12月の与党プロジェクトチームの報告書、『抜本的な改革について』という報告書の中で、去年の夏に改定された指針を踏まえた適切な給与水準の確保や、人材の育成システムの推進とされていて、これを踏まえて、抜本的に見直しを行なうと、大臣も今後とも様々な声に耳を傾けながら実態をよく把握しながら、把握したうえで残された課題について抜本的な見直しを行ないなさいという指示が、国会でも答弁があったので、これをよくふまえて、厚生労働省全体として考えていかなければならないと認識している。
◇P:資格とは関係なく、良いヘルパーがたくさんいるのはいいことだと思う。たくさんいれば、選べるから良質の介助を得られる。しかし現実は、T市の話のように、確保自体がものすごく大変になっている。その対策がなければ、質の向上など無意味。
◆山田:来年度の報酬改定と合わせて、厚労省全体としてヘルパーの確保について検討することになると思う。資格の弊害についても、本日の意見にふまえ、厚労省全体として考えていくべきと認識している。
◇古賀:厚労省全体での検討というが、今後具体的にどんな検討方法を取るのか。
◆山田:作業は、福祉人材確保指針を所管している福祉基盤課がまとめてやっていて、具体的な進め方は把握していない。
◇酒井:資格問題についての私たちの訴えを、厚労省は受け止めると理解していいのか。
◆山田:実際にそういう声が上がっているのは事実。事実は、受け止める。
◇酒井:自分達が推薦した人を公的ヘルパーとして認める自薦方式だが、支援費以前、厚労省は人材活用せよと毎年、都道府県に通達を出していた。とにかくヘルパー数が足りなかったので、地域で現に支えている人たち、特にコミュニケーション取れる人たちをおおいに活用しなさいと、毎年通達を出してきた。そのことで自薦方式が大きく広がった。しかし支援費以降、厚労省は私達の要求に耳を貸さず、資格要件を強要してきた。
◇高林:一方で介助したくても資格がないからできない人がいて、他方で介助を求めている人もいっぱいいて、仕事がない若い人たちがいっぱいいる。資格が大きなハードルになっている。
◇酒井:重度包括の人たちには自薦方式になっている。資格がなくていい。
◇古賀:自薦方式で問題になったということがあるのか、ないのか。
◆芝海:自薦方式に何か問題があるのかは正直わからない。要は公費を使っているので、国民が納得するような形が必要。
◇鷹林:自立支援法から公費になったわけではない。
◇高林:自薦方式の方がはるかに安上がりではないか。
◆芝海:研修を受けて、資格を取っていただくのが基本だと考えている。重度包括は色んなサービスを包括的に組み合わせることによって、重度障害者の中でも、より重度の方に対応してもらう趣旨なので、居宅とか重度訪問介護のヘルパーと少し違っている。
◇古賀:よけい困難性が高いではないか。答えに矛盾がある。
◇高林:全部自薦方式にしろと言う訳ではないく、併せて使えるようにしろということ。
◇古賀:この矛盾点についてはこれまでも指摘してきた。この8番につき、文章で回答を いただけないだろうか。
◆芝海:検討させて欲しい。

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茨城で聞いた危機的な現状
古賀 典夫

 このところ、茨城にいく機会があって、そうした中で非常に介助保障が危機的な状況になっていることを知りました。
 まずは、介護保険の事業者も含めて、車を使っての移送事業が次々と崩壊して行っているということです。筑波市や土浦市周辺だけでも、3つの事業所が撤退する事態になっています。その内の1つの事業所は、300人の利用者を抱えているとのことでした。職員は30人です。石岡市の方でも、やはり移送事業者が閉鎖となってしまったとのことですので、茨城県全体でどのくらいの事業所が閉鎖になっているのか、かなり危機的な事態だということが予想できます。もちろん、全国的なことでしょう。
 原因としては、やはり報酬の問題です。これまで移送事業のいわゆる福祉タクシーは、身体介護30分の単価=2310円で送迎をおこなってきたそうです。ところが国が移送は1000円だとの方針を徹底させる動きがあり、そのため事業者が採算に合わず撤退を始めているのです。介護保険では要介護4以上だと2310円が認められるようですが。
 都市部から離れると、公共交通機関は少なく、車社会で身じかな商店もなくなっています。外出不能状態となってしまいます。

 また、「重度訪問介護」を引き受ける事業所がないという状況も進んでいます。筑波市周辺では、2件しかありません。「支援法」の登録事業所になっている所でも、実際には引き受けられないとして断っているのです。これも報酬単価が安く、採算が合わないためです。そのため、筑波市が「重度訪問介護」の支給決定をしたとしても、それを受けることができず、「身体介護」に変更せざるをえない方々が出ているそうです。そのため、「重度訪問介護」の支給決定時間数よりも、少ない時間数になってしまっているのですが、全く介助を受けられないことを考えるとやむをえないということで、支給決定の変更を申し出ざるをえないそうです。

 ひたちなか市は、15万人都市だそうですが、この市内で日曜日に「視覚障害者」が使えるガイドヘルパーは1人しかいないそうです。しかも、18時までしか使えないそうです。
 事態はますます悪化しているようです。

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2008年4月 4日 (金)

怒りネット通信 第33号

怒りネット通信 第33号
2008年4月4日
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>
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■もくじ
・厚労省交渉の質問事項
・大田区障害者移動介護削減問題の活動報告
・頑張る障害者? わたしにはムリ!
・介助支援の二側面について
----------● 4・23・厚生労働省交渉に集まろう!
13:00 第1衆議院会館ロビ-集合
14:00 から交渉
----------
厚生労働省交渉における質問事項
 昨年4月11日、6月27日の交渉を踏まえ、また、昨年12月以降に明らかにさ
れた改定点も踏まえつつ、以下の質問を行いますので、ご回答ください。
(1)前回交渉の際、昨年4月以降にホームヘルプを申請した利用者とそれ以前から
の利用者の間で、支給決定基準に格差を設けている市町村があることを指摘し、その
実例として立川市と福生市の例を示しました。これについて厚労省側は、「この立川
市と福生市のことについては、具体的に持ち帰って見させてもらって検討したい。ど
ういった取り扱いになっているのかを市町村の担当者に話を聞いてみたい。」とのこ
とでした。調査した結果、および、その結果についての見解を示してください。
(2)これまでの交渉において厚労省は、ホームヘルプにかかわる「国庫負担基準」
について「限られた国費を公平に配分する」ために必要であると述べてきました。し
かし、この基準で保障されるホームヘルプの時間は、最重度の利用者を対象とする
「重度障害者等包括支援」(以下、「包括支援」)でも1日に8時間程度に過ぎませ
ん。
 「障害者自立支援法」の第5条では、「重度訪問介護」、「行動援護」、「包括支
援」の対象者は、「常時介護を要する障害者」とされています。「国庫負担基準」は、
この必要とする常時の介護さえ保障するものではなく、法律違反の水準であると考え
ます。
 厚労省としての見解を示してください。
(3)この間の交渉で厚労省は、「厚生労働省としては、支給決定にあたり、申請の
あった障害者等について勘案事項に関する一人一人の事情を踏まえて、適切に行うこ
とが重要であると考えている」との考えが示され、一律に上限を設けてはならないこ
とが述べられました。このような見解は本来高齢者の介助制度についても同様と考えま
すが、見解を示してください。
(4)前回交渉で、「基準該当事業所」に関する15%の減算は、実態調査も行われ
ることなく決められたことが明らかになりました。現時点において、この減算措置が
「基準該当事業所」の存続を脅かしているという認識はお持ちですか?
(5)そもそも、報酬単価の設定は、どのような計算で行われているのか、示してく
ださい。その中で、事業所の必要経費、保険、賃金などの割合をどのように考えてい
るのでしょうか? 厚労省として、ヘルパーにはどのくらいの賃金が支払われるべき
であると考えているのか、明らかにしてください。
(6)前回交渉で「報酬は10月にセットされたばかりなので、すぐに見直しという
わけには行かないが、今後必要に応じて、事業所の経営実態を含めた施行状況を把握
しながら、次期報酬改定で、その必要性を検討していきたい。」との見解が示されま
した。次期報酬改定は、いつを予定しているのでしょうか? そのための「事業所の
経営実態を含めた施行状況を把握」するための調査はいつどのような形で行われるの
でしょうか?
 
(8)現在、応益負担制度が作られてしまった結果、報酬単価を上げれば利用者の負
担が増え、利用を困難にする構造が作られてしまっています。この7月からホームヘ
ルプや施設利用については、支払いの上限額が引き下げられるとのことですが、応益
の原則は変わりません。昨年12月7日に発表された「与党障害者自立支援に関する
プロジェクトチーム」の報告書では、「利用者負担については、低所得者の負担を更
に軽減するなど、負担の応能的な性格を一層高める」との方針が示され、ことし7月
の支払いの上限額引き下げにつながっています。
 しかしそれならば、なぜ応能負担に戻そうとしないのでしょうか?
 「障害者基本法」の「基本的理念」である第3条ではその1項で「すべて障害者は、
個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する」と
規定されています。この理念からすれば、介助やそのほかの保障について益と考える
のは間違いであり、応益負担は直ちにやめるべきだと考えますが、見解を示してくだ
さい。
(8)前回交渉で、「全身性障害者をはじめとする重度の障害者は、個々により介助
の仕方やコミュニケーションの方法が色々あって、見守りを含む介護の時間が長時間
に及ぶことを考えると、支援技術も必要とされる一方で、その方の障害に応じたサー
ビスを提供できる介助者が必要だということで、重度訪問介護や重度障害者等包括支
援といった重度の障害者に対するサービスについては、広く全身性障害者に対する介
助者を確保するという観点から、研修時間を短くするなどの配慮をしている」との見
解が示されました。
 しかし、コミュニケーションの問題で言えば、ほとんどが居宅介護の対象とされて
いる「知的障害者」や「精神障害者」についても、一人一人のコミュニケーションに
個性があり、気心を理解する習熟が不可欠です。にもかかわらずそうした配慮は行わ
れていないと思いますが、この点についての見解を示してください。
(9)現在厚労省は、障害者の医療機関入院時の介助者派遣を認めていません。しか
し、「重度の障害者は、個々により介助の仕方やコミュニケーションの方法が色々あ」
ることは、入院の場合も同様です。医療機関だけでは対応できないのが現状であり、
自費で介助者をつけたりボランティアに頼まざるをえない状況があります。
 入院時の介助者派遣を公的な制度として実施すべきであると思いますが、厚労省と
しての見解を示してください。
(10)厚労省も上述の見解で認められているように、公的な研修を受けることと利
用者に対して良好な介助を保障することはイコールではありません。したがって、ヘ
ルパー資格による減算措置を撤廃するべきであると思いますが、見解を示してくださ
い。
(11)また、利用者もしくは事業者が推薦すれば、公的な研修を受けていなくても、
公的な制度のヘルパーとして認めるようにすべきであると思いますが、見解を示して
ください。
(12)補装具と「自立支援医療」については、利用者負担の上限額は全く変わって
いません。特に、「自立支援医療」については、世帯単位で所得を計算するというこ
とも改められていません。なぜこれらについて、「障害福祉サービス」と同様に改め
ないのですか?
(13)前回の交渉において厚労省から「退院支援施設に入ったことをもって社会的
入院の問題が解決されたとは考えていない」との見解が示されました。そうであるな
らば、統計上でもそうした意識を反映したものとしなければならないはずです。「退
院支援施設」入所者も、入院者の一部として統計上も示していきますか?
(14)来年は「障害者自立支援法」の改定時期となりますが、「社会保障審議会・
障害者部会」も解散されている中で、どのような手続きで改定作業を進めるのか、明
らかにしてください。                      
以上
----------
大田区障害者移動介護削減問題の活動報告
鈴木敬治
 おととし、11月29日に東京地裁で判決が出たあと大田区は判決のがれの為に、昨年
1月12日に移動の社会参加分90時間の決定を、勝手に送りつけてきました。こちらには
何の相談もなしにです。僕はもちろん、移動を元の124時間に戻せと言い続けてきまし
た。4月に交替した課長は124時間だしてやるから、資料を出せと言ってきました。僕
は関わっている活動の状況を示す資料を出しました。しかし課長は6月にトンヅラして
しまい、替わりにセンター長が出てきました。何も変わらないまま、こんどは一か月
分の詳しいスケジュールを出せと言って来ました。僕はそんなことは応じられないと
拒否しました。
 少し戻りますが、昨年4月13日には、支援者にたくさん集まってもらい、大田区役所
前で、この問題の解決を要求する集会をやりました。どうもありがとうございました。
4月集会は100人でやりきりました。そして、7月には新区長との直接交渉を求める要望
書提出をやりました。しかし新区長はこれを無視してきました。
 その後、北センター長とは8月中まで話し合いを続け、途中、中断をはさんで、12月
から再び交渉を開始しました。大田区内、全都各地の障害者の仲間達も応援に来てく
れて、解決を求める、ねばり強い交渉を続けました。判決のがれの大田区32時間要綱
の、『標準』への言葉だけの変更は認めないと言い続けてきました。交渉の中で北セ
ンター長は、『32時間標準』については、大田区本庁の障害福祉課長を同席させた話
し合いの場を作ると約束しました。
 自分個人の介護支給量のことですが、僕はこれまでずっと、1日24時間介護を要求し
続けて来ました。北センター長は「あなたの介護支給量は一日20時間までです。その
うち移動は月90時間でいっぱいです。ですが要綱は見直したいと思います」と言って
きました。私は、移動の32時間上限問題をうやむやにするセンター長のこんなやり方
にはだまされません。むこうの言うことは、いつもその場しのぎのだまくらかしだか
らです。そうやってこちらを黙らせようとしているからです。
 12月に再開した交渉の中で弁護士は、20時間での、だまくらかしは認められませ
ん。未だに支給されていない34時間分の移動の残りを、プラスして支給する様に求め
ました。
 今年に入って、2月1日の支給決定の最終期限に慌てた北センター長は、何とか20時
間でお願いしますと、繰り返し、言ってきました。私は、あくまで、1日24時間が必
要ですし、移動は124時間に戻して下さいと突っぱね、一人一人に必要な支給決定をし
て下さいと主張し続けました。
 2月1日になり、とうとう北センター長は区の最上層部とかけあい、20時間に残り
の34時間をプラスした支給決定を認めると言ってきました。しかし、この34時間は移
動としてではなく、見守りとしての支給であると言っています。私は、これはこれで
大きな前進であると受け止めています。しかし、まだまだ移動として認めない大田区
の姿勢は根本的に糾さねばなりません。また、センター長は、弁護士の提案を受け入
れたのだから、東京都への不服は取り下げて欲しいとお願いしてきています。そして、
重度身体障害者の介護サービスは見直すが、視覚障害者や知的障害者らの移動支援は
別だなどと、勝手な理屈も言っています。障害者の間に分断を持ち込むことは許せま
せん。
 この現状を踏まえ、この先、まだまだ闘いは続きます。障害者が地域で生きていく
為には、こちらから、当たり前の要求をたてて、闘いを進めていかなければダメです。
闘わなければ悪くなるばかりで、何も変わりません。これからも僕は地域の障害者と
共に闘い続けます。そして全都、全国各地の仲間と力を合わせて、共に闘い続けます。
皆さん、これからも僕の闘いへの注目と支援をよろしくお願いします。
----------
頑張る障害者? わたしにはムリ!
多摩地区に住むミキティ
 私は、2月に2度障害者の集団面接会に行きました。最初は面接会に行く気がなか
なかしませんでした。でも、家族や通っている施設の職員にすすめられて、行くこと
にしました。正直な気持ちとして最初は就職するというより、その場所に行くこと自
体がとてもいやでした。自分の中で不安や心配の方が先に立って、どうしても行く気
になれませんでした。でも、自分の将来のことを考えるとやっぱり行かないといけな
いかなと思って行こうと決めました。
 最初にハローワークに行って登録をしました。登録の時は書類とかアンケートみた
いなものを書きました。ハローワークの人に少し質問をされたりしました。私はハロー
ワークに行くのも緊張します。登録すると登録カードと面接会が近くなると「障害者
の求人のいちらん表」が送られてきました。そうしたら、送られた、いちらんを見て
自分に合う仕事の内容の所をチェックして印をつけました。その後自分の受けたい会
社の分の枚数のりれきしょを書いて、写真屋さんに写真をとりにいきます。その時も
とっても緊張します。写真をとる時は、髪のかたちや洋服も一生けん命考えます。
 面接の日の朝、持ち物の忘れ物がないかとかいろいろチェックをしました。家を出
る時も、きんちょうで泣きそうでした。いつもなら一人でどんどん歩けるのに、この
日は、歩くのも何か重かったです。にげてもいいなら、にげ出したいような気持ちで
した。じっさいに面接に行ってみると、たくさんの会社の人がきていて、面接を受け
る人もたくさんいました。私は人の多さにびっくりしました。
 面接を受ける会社の番号札をとって、順番を待っていました。待っている問もドキ
ドキしていました。面接官の人に、会社まで何分かかるかとか、どうしてこの会社を
選んだのかとか聞かれて、自分が思うようにはなかなか答えらませんでした。
 私が受けた面接の中で、とてもひどいことを言う会社の面接官がいました。私は、
ふだんから人と話すのが苦手で、きんちょうするともっとしゃべれなくなってしまい
ます。それでも何とか声に出してしゃべろうしていました。自分の名前も精一杯でし
た。その時面接官の人が、「仕事する気は本当にあるの? 就職するってことは、いや
でも他の人と話さなくてはいけないってことですよ。」
 ※同行した職員が、「初対面の人には、特に緊張してしまうので、今は話せなくなっ
ていますが、慣れてくれば大丈夫だと思います。」と助け船を出しても、全く聞き入
れてもらえず…。
 さらに面接官は「もうちょっとがんばって話そうよ。そうでないと今のままのあな
たでは正直うちの会社で受け入れるのは無理。もう少し話せるようになって、それで
もうちの会社を受けたいと思ったら、面接してあげてもいいよ」と言って、その場で
履歴書を返されました。すごくショックでした。突き返された履歴書をにぎりしめ、
職員の人に支えられらながらやっとの思いで席を立ちました。何歩か歩いて会場の隅
に近付いたとき、くやしくて、腹がたって、どうしょうもなくて大声で泣きました。
 私ははやっとの思いで面接に来たのに、自分という人間が、ここにくること自体が
まちがっていると、私には聞こえました。私がここまで話せるようになるのに、とて
も時間かかったのに! そういう気持ちはあの面接官、あのオヤジは、かけらもわかっ
ていないし、わかろうともしない人だと思いました。
 あの場所は障害者のための面接会で、いろいろな人が来るわけだから、すらすらしゃ
べれる人ばかりではないと思います。私のように人と話すのが苦手な人は他にもいる
と思うので、もう少し人の気持ちのわかる人が面接官になってほしいと思いました。
あの言い方は、何か普通の人か、もっともっと障害の軽い人に言うような言い方だと
思いました。それ以下の人は話にもならないと、上から下をみて物を言っているよう
にきこえました。本当、腹立たしくて、くやしくて…あのおやじ絶対に熟年離婚され
るぞ!
 たんぽぽで、私と一緒に就職面接に行って頑張っている人がいます。その人は、た
んぽぽでもいろいろな仕事ができる人です。でも、その人は会話がよくできないのと
一度決めたことは絶対に変える事のできない人です。でも、その人の特徴をわかって
仕事を教えてくれる人がいれば、できる仕事はたくさんあると思います。
 障害者の就職はとてもむずかしいと思います。私みたいに人の前で話すのがとって
も苦手な人はそれだけで会社に入れない場合がけっこうある。また、私みたいに目に
障害がある人はそれだけではずされます。ふだんから私に接している人は、私の思い
とか障害の特ちょうとかをよく理解しているからいいけど、私のことを全然知らない
就職面接官がほんのちょっとした面接だけで全部を判断してしまうから、それはやめ
てほしいと思います。それと話す時はもう少しやさしくというか他の言葉でわかりや
すく言ってほしいと思う。
 それぞれの障害の人が、それぞれできる事、少し時間をかければできる事など会社
の人に見つけてもらい、その仕事を自分に無理なく、一生けんめいにできるようなこ
とを考えてほしいと思います。ひとりひとりの可能性を信じて会社の人も仕事を考え
てほしいと思います。障害者にやさしい会社をふやしてほしいです。そして会社で働
ける障害者の人数が、少しでも多くなればいいなあと思います。今のままでは差別が
ないとは言えないし、大きな差別、小さな差別関係なく、ちょっとした人の考え方、
感じ方によっては差別と思う人がいると思います。それをなくしていくことが大事だ
と思います。
 障害者が、どこかの会社に就職するということはいろいろな問題や自分の苦手なこ
ともたくさんやらなければいけないので、とても大変だなあと思っています。私は今
あんまり就職する気になれません。まだ、いろいろな意味で自分の就職する準備がで
きていないと思います。
 今から何年先かわからないけど、親がいなくなった時どうするかということはあま
り予想できません。だから就職面接に行っているのは練習のためと義務っぽい感じで
す。ていうか、面接のあとで、行った人たちと、おいしいお酒を飲むのが楽しみです。
だから、また行くつもりですよ!!
   お・わ・り
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介助支援の二側面について
高橋良平(府中チェルシー 介助支援労働者)
◆はじめに
 介助をはじめて8年目になります。そのなかでいろいろ自分なりに感じたこと、考え
たことを今回「介助支援の二側面」というタイトルでまとめてみました。とはいえ、
私が身体的に「健常者」であり、また介助支援者という立場であるという現実から、
また、私自身の興味関心の問題から、話題は非常に限定的です。タイトルもそれを反
映して「介助支援」という耳慣れない用語を冒頭に掲げています。これらの用語の定
義については次の段落の「介助とは何か?」で一定明らかにしていますが、このよう
な説明は、用語の定義の背景にある条件との関連でなされなければ、理解としては中
途半端なものになってしまう可能性があるという意味では危険です。
 たとえば、現行において介助保障は国の義務でありますが、はたして国だけの義務
なのか? 社会はどうなのか? 人間としての共同性としてどうなのか? といった
議論がとても重要であったりするからです。とはいえ、私にはそのような部分につい
て展開できるだけの能力はありません。そのような意味では中途半端なそしりはまぬ
がれないと思います。それは個人的に今後の課題としたいと思います。このように、
あまり完成度の高い文章ではありませんが、最後までお付き合いいただければ幸いで
す。

◆介助とは何か?

 私は介助とは、端的にいえば当事者が自身に行う行為であると考えています。そし
て、その行為を支援する者が一般的に「介助者」と呼ばれている私のような存在であ
ると考えています。ですので、介助者は正確には「介助支援者」というふうにその呼
び名をかえるのが正しいと考えています。そしてそうであるがゆえに、介助支援者が
行う行為は「介助支援」と呼ぶのがふさわしいと考えます。
 これから私は、介助という行為のなかでの介助支援という側面から二つの議論を進
めていきます。しかし、これは介助そのものの議論ではありません。というのも、そ
のような大きなテーマについて、それを直接の対象とすることは私の能力にもとると
いうこともさることながら、やはり原則的に当事者の方からの発言や意見が重要であ
ると考えているからです。こちらの想像と思い込みで語ることも可能だとは思います
が、人格や尊厳に関係することなので、慎重な順序と手続きを必要とすると考えてい
ます。以上の理由から、まずは当事者の方からの提起であろうと考えています。

◆介助支援の二側面―その1「人権保障」支援―
介助支援には大きく二つの側面があると思います。そのひとつが、「人権保障」支
援です。現行憲法では25条の生存権規定と13条の幸福追求権規定が具体的な介助の際
の人権保障支援の立脚点になると思います。
 これらの規定への注目は、憲法9条の改悪を柱とする改憲攻撃に如何なる態度で応ず
べきかを個人的に思案していた時期に、大田区鈴木さん「移動制限」撤廃裁判の弁護
側主張文章に二つが如何に重要であるかが展開されていたことによります。当事者の
生きた闘いこそは介助支援の大切な大切な糧になるのだと改めて身に染みました。鈴
木さんの闘いに敬意を表します。またこの闘いの成果を全体のものにするためにも、
介助支援には憲法25条と13条の理念が具現化していることを確認することは大切なこ
とだと思います。それで憲法25条と13条を以下に掲載します。

 第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
二 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及
び増進に努めなければならない。

 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対す
る国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最
大の尊重を必要とする。

◆介助支援の二側面―その2「人格の独立」支援―(ー)
「人格の独立」支援。当然といえば当然かもしれませんが、じつは重要でかつ難し
いのが「人格の独立」だと思います。というのも世の中、差別と格差が根深いからで
す。また日本においては「公共の福祉」概念の誤使用によって、著しく人格の独立が
侵されています。また日常的にも人格の序列化、従属化が多いと考えます。

労働者は、労働力が商品化され計量化され序列化されています(能力主義)。生産手
段も商品化されているので経済的に独立した人格を有していると仮定されている資本
家も大変です。しかもその大変さは労働者に転嫁されるので労働者同士の競争は激化
します。働く者のあいだの格差と働く者と働かない者のあいだの格差が存在していま
す。現に憲法25条の話が出ると、決まって「劣等処遇の原則」という言葉が出てきま
す。これは「働いているものより低い状態に働いていない者を置くことが『勤労精神』
のためにのぞましい」という考えです。しかし、そんなこと言う前に「仕事をしっか
り確保しろ!」と言うべきでしょう。そしてさらに、「出来る仕事をしっかり確保し
ろ!」と言わなければなりません。いずれにせよ、現実の経済環境を無視した暴言で
も、日々差別や抑圧を受けている主体には直接的な打撃になることもあります。とく
に介助現場では、そのような言葉に傷つく人が多いように感じます。このような打撃
に対して原則的な反撃を加えることも「人格の独立」支援の重要な内容でしょう。そ
れは労働者の主体的な問題であるとともに、介助支援の支援対象者である当事者に対
する態度性の問題にもつながります。ちなみに社会における競争が激化すればするほ
ど「人格の破壊」は進みます。この社会では毎年3万人以上の方がみずから命を落とし
ていますが、そのなかでも精神的な困難を抱えている人が多いと聞きます。また身体
に困難な「障碍」を抱えている方にとっても、その過去におけるさまざまな障害を考
えるに、「人格の破壊」という形容が当てはまるケースがあると思います。以上のこ
とから、あえて「人格の独立」支援を介助支援の二つ目につけ加えてみました。

◆おわりに
 
 介助支援の二側面を運動として定義することが本稿における私の目的でした。しか
し結局私が書いたことは、「介助とは何か?」で書いたように、介助という具体的な
生きた<出来事>ではなく、その周辺の細かい<物事>でしかありませんでした。と
はいえ、それは介助を介助支援という側面から語ることの限界と言えるでしょう。し
かし、限界を明らかにすることは、必ずしも絶望を意味するものとは思ってはいませ
ん。むしろ、そのような限界のなかで、既存の価値規範や制度をずらすことが重要だ
と考えるからです。そのような意味で、一歩引いた地点から何ができるのかが介助支
援の特徴であるとも考えています。

それと私は、介助支援労働者の立場からの障碍者解放運動への連帯の内容には、当事
者の差別からの解放運動への主体的連帯はむろんのこと、自らも参加している差別的
な経済体制の主体的な根本的変革もまた介助支援労働者としての労働の性質から含ま
れる必要があると考えていました。そしてこれまで、そのような当事者性から導き出
される運動性と介助支援に必要な活動性の両方に妥当する側面というのは、それ自体、
介助当事者と介助支援労働者両者の媒介となる共同性の萌芽のようなものを有してい
るのではないかと密かに考えていました。しかし、それは今まで私の主観性に規定さ
れたものでしかありませんでした。というのも、発表するのは今回がはじめてだから
です。なので今、正直、あまりたいした内容でもないのに「どんな反応がくるのだろ
うか?」とビビッています。ですが、このような機会をせっかく頂いて、また、介助
支援の内容も展開しているので無反応は致せません。なので意見のある方はドンドン
ご意見ください。私も可能なかぎり意見していきたいと思います。
 さいごに、この文章を掲載していただいた怒りネットのみなさまに感謝します。読
者のみなさまもご読了ありがとうございました。紙面のみならず、会議の場やさまざ
まな現場でもお会いできればさいわいです。
(了)

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2008年3月 3日 (月)

怒りネット通信 第32号

怒りネット通信 第32号
2008年3月3日発行                
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KSK『きずな』
怒りネット通信
2008年3月3日第32号
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>
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■もくじ
・怒りネットのこの間の行動
・介助者(ヘルパー)の資格制度はすぐにやめろ!
・資格問題について
----------
■怒りネットのこの間の行動
古賀典夫
 怒りネットは、1月18日に国会行動を行った他、2月25日の「大行動実行
委員会」の呼びかける厚生労働省行動にも参加しました。
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■1月18日行動報告
 この日は、16人の参加で行動を行いました。最初に参議院前で行動を行いま
した。悲しいことに、ビラの印刷ミスがあり、ビラを撒くことができませんでし
た。
 その代わりに、横断幕を広げ、マイクで訴えを行いました。障害者は、「支援
法」によって苦しい状況におかれてきたことを、また、介助をしている人は介助
労働者の苦しい状況について訴えを行いました。
 その後、議員まわりに出かけました。与党の立場について答えたのは、衛藤晟
一事務所の秘書でした。この事務所で、昨年12月7日に与党プロジェクトチー
ムがまとめた報告書を受取りました。この秘書の説明によれば、この1年は議論
の年とする。そのうえでプロジェクト報告の緊急措置は行うとのことでした。今
年の7月から上限額を、低所得1の人は月1500円、低所得2は3000円と
するなど。そして、来年が3年目となるので本格的な見直しを行う、とのことだ
ったそうです。
 通所施設については、この4月から定員の150%(1日につき)や125%
(3ヶ月平均)の受け入れを可能にする、などを行うとのことだったそうです。
これでは、経営はともかく利用者と労働者は大変になるだけのことだと思います
が。
 ほかの与党事務所は、理事に任せている、とか、国対に任せているのでよく分
からないなどと明確な答えをしようとしませんでした。
 民主党の谷事務所の秘書の話は、次のようでした。
 与党が審議に応じてこないので、審議ができなかった、との答えだったので、
わたしたちの方から、もっと強行に進めて良いのではないか、という趣旨の質問
をしました。これに対しては、「与党は強行採決などを行ってきたが、それと同
じようにはしたくない」とのことでした。
 ただし、12月26日には、与党の反対を押し切って、「支援法」の見直しを
行う例の法案を、厚生労働委員会に付託したとのことでした。委員会に付託して
おかないと、継続審議の手続きが行えないからそうしたのだそうです。
 「当面は、応益負担の問題を緊急の問題として変えることをしたい。その上で、
今国会にも総合福祉法を提出して、その中で皆さんの要望を盛り込みたい」との
ことでした。
 この「総合福祉法」の話を聞いた怒りネットのメンバーは、「いったい何を出
してくるつもりなんだ」とむしろ心配になりました。
 民主党の足立議員本人と話すことができました。足立議員も、与党がのってこ
ないと、審議には入れないとのことだったそうです。
 民主党の中村議員本人とも会いました。議員自身が部屋に誘い、「頑張ります」
とのことだったそうです。
 また民主党の大河原議員本人と会いました。23日に質問を行うので、「支援
法」についても取り上げるとのことでした。
 議員まわりの後に、参議院会館の会議室で報告や自己紹介をしながらの議論を
行いました。ヘルパー資格の問題が論議の中心になりました。
 資格がないために、賃金を安くされているヘルパーは、資格を取るために金を
出すのも困難であり、時間としても難しい。
 障害者の側からは、介助者を獲得することが困難になっていること、自分の状
況に合わせて介助してほしいのであって資格など関係ない、などの話が出されま
した。
 参加者からは、「資格を取って、仕事としてかかわるあり方が、障害者と一緒
に運動を作っていこうとする姿勢を一層なくすことになっているのではないか」
との指摘が行われました。このことについては、みんなそう感じていましたが、
ではどうやっていったら良いのか、ということでなかなか答えが見つからないと
いう思いでした。
 古賀からは、ヘルパーの労働運動を作り出していくことが答えにならないかな
あ、との思いを語らせてもらいました。
 他の参加者から次のような指摘もありました。与党プロジェクトの報告では、
「障害福祉サービスの質の向上、良質な人材の確保と事業者の経営基盤の安定の
ため、平成21年4月に障害福祉サービス費用の額の改定を実施」とあるが、この
表現からすると、介護福祉士が何人いれば、報酬単価をいくらアップする、など
と資格による分断と報酬単価アップがセットで行われる可能性もあるので、注意
が必要である、と。
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■2月25日 厚労省行動
 わたしたちは、この「大行動実行委員会」の交渉と行動を21日にDPIのメー
ルマガジンで知り参加しました。呼びかけから間もない行動であるにもかかわら
ず、各地から多くの障害者が参加していました。厚労省前では遠くは、兵庫県、
宮城県、福島県の方々も発言されていました。
 政府と与党が応益負担の上限をさらに半分にし、介護保険との統合をいったん
あきらめるという状況ではありましたが、みんな決して楽観できる状況にはあり
ません。厚労省前の発言者は、介助が危機的な状況にあることについて厳しく厚
労省を追及する発言を続けました。ヘルパーの方も、その労働条件の大変さや
「弱い者いじめ」をする政府の政策に対しての怒りを語られました。
 田無市の益留さんからは、「65歳以上の「障害者」(部分的には40歳以上
も)介護保険の対象とされており、そのため、介助保障が苦しくなる可能性があ
る。この問題について取り組む必要がある。」との提起がありました。重要な問
題だと思います。
 交渉団の報告で、わたしが印象に残っているのは、厚労省側が「自立支援法と
権利条約は矛盾するところはない」との趣旨の発言を行ったということです。ま
た、「障害程度区分」の見直しについて、厚労省の選んだ団体とのみ検討をして
いる状況が報告されました。「障害者自立支援法の抜本的見直し」と言っても、
社会保障審議会の障害者部会はいまだに解散されたままです。このまま都合の良
い団体とのみ検討し、「障害者団体の声を聞いた」などとされてはたまったもの
ではありません。
 寒い中、3時間以上にわたる行動が展開されました。怒りネットの仲間も発言
し、闘いの進むべき方向についての提起を行いました。
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■資料-2・25厚労省行動でまいたビラ
■通常国会で障害者自立支援法を撤廃させよう!
応益負担を今すぐ廃止せよ!
国は障害者の自立生活に責任をとれ!
 厚労省前をご通行中の皆さん! 厚労省前にお集まりの障害者の皆さん! 介
助者、支援者の皆さん!「障害者自立支援法」を今すぐ廃止するために、共に闘
いましょう!!
 おととし10月から全面施行された「自立支援法」のもとで、私たち障害者の
生活は困難を極めています。多くの障害者がこの現実に怒っています。昨年10
月30日には,全国から6500人もの障害者、家族、施設職員やヘルパーなど
が日比谷公園一帯に集まり「自立支援法の全面見直し」を求めて抗議行動を行い
ました。
●「契約制度」で障害者の生活は守れない
 こうした障害者の闘いに押されて与野党の全ての党派が「自立支援法見直し」
を語り始めています。民主党は、1割の自己負担(応益負担)の凍結を軸とする
「見直し案」を国会に提出しています。与党も、プロジェクトチームを作って
「自立支援法見直し案」を打ち出しました。
 民主党は、国会に提出した「見直し案」について、「応益負担廃止法案」だと
宣伝していますが、これは明らかにうそがあります。実際の「見直し案」では
「(障害者の)所得保障が確立するまでの間、応益負担を凍結する」と言うもの
であり、逆にいえば、「所得保障が確立すれば」応益負担でかまわないと言って
いるのも同然です。応益負担とは、福祉制度を利用すればするほど自己負担が増
えるという仕組みです。したがって、障害が重く、制度を利用する割合が多い人
ほどたくさんの自己負担が強いられるという、およそ福祉とは合い入れない制度
なのです。
 障害者福祉は、2003年の「支援非制度」の導入から国が福祉を保障する
「措置制度」から個人個人が民間業者と契約を結ぶ「契約制度」へと大きく変わ
りました。確かに「措置制度」のもとで障害者の施設への隔離が推進されてきた
のも事実です。しかし、一方で、「全身性介護人派遣制度」など、地域自立生活
の保障を一つ一つ勝ち取ってきたのも「障害者福祉は国が保障すべきもの」とい
う考え方を土台にしてきたからです。「契約制度」への転換は、福祉を国が保障
するものから個人が民間業者と契約を結んで買うものへと変質させたのです。だ
からこそ、重度になればなるほど負担が重くのしかかる応益負担などというとん
でもない考え方が当然のように出てくるのです。
 当初、多くの障害者団体が「契約制度になれば福祉サービスを提供する事業者
と利用者である障害者とが対等の立場になる」「サービスを自由に選べる」と考
えていましたが、現実はまったく逆です。障害者が「サービスを選ぶ」どころか、
民間業者が「儲かる障害者を選ぶ」という事態になっています。
 これは、なにも障害者に限ったことではありません。契約・派遣の労働者の権
利は「契約制度」によって守られているでしょうか? 「契約制度」で企業と個
人が対等の立場になれるのならなぜ「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」な
どと呼ばれる労働者が大量に生み出されなければならないのか?「契約制度」で
障害者の生活は守れないどころか、命さえ奪われかねないというのが現実ではあ
りませんか!?
 さらに、「自立支援法」では障害者の生活の実態とはまったくかけ離れた「障
害程度区分」を設定し、区分ごとに国庫負担額を決めています。したがって、そ
れ以上の介助などの制度を適用しようとする場合、全額が自治体の負担になりま
す。その結果、介助時間などは事実上国庫負担の範囲に限定されることになり、
充分な介助が受けられない障害者が続出しています。また、ヘルパー派遣業者や
各種の施設に対する報酬単価が引き下げられたり、月払いから日払いに移行した
結果、経営状態が悪化し、職員が減らされたり、時給が下げられたりと、ただで
さえ劣悪な労働条件のもとで働いているヘルパーや施設の労働者はより以上の労
働条件の悪化にさらされています。「自立支援法」は、私たち障害者にとっても、
障害者の生活を支える労働者にとっても、我慢のならない悪法なのです。
 実際、「自立支援法」のもとで、無理心中を含めた障害者殺しが続発していま
す。また、精神障害者に対する事実上に保安処分である「心神喪失等医療観察法」
の下で、佐賀県にある肥前病院の特別病棟に閉じ込められていた精神障害者が自
殺に追い込まれるという事件もおこっています。
●「自立支援法」撤廃へ力を合わせよう!
 臨時国会で政府は、アフガニスタンへの侵略戦争を支援するための「給油新法」
を衆議院での再可決を強行してまで成立させました。さらに政府は民主党をもま
きこんで、自衛隊をいつでも海外派遣できるようにするための恒久法の成立を狙
っています。米軍再編のために3兆円とも言われる巨額の税金を投入しようとし
ています。他方で、高齢者医療をはじめとする医療制度を改悪し、私たちに高額
の自己負担を強制しています。ついに、最低限度の生活を保障するものとしての
生活保護の支給量の削減に手をつけようとしています。「自立支援法」や介護保
険制度なども含めて、年金・医療・福祉といった社会保障全体の破壊に乗り出し
てきているのです。さらに、命に差別と選別を持ち込む臓器移植法の改悪案が継
続審議になっています。「安楽死」を合法化するための尊厳死法を提出しようと
する動きもあります。世の中の役に立たない障害者や高齢者は早く死んでくれと
言わんがばかりの攻撃です。こんな世の中、もうがまんできません!
 「集団自決は軍が強制したものではない」という教科書における歴史の改ざん
に対して沖縄の人たちは12万人の県民大会を開いて抗議しました。こうした人
たちと連帯して私たちも、昨年10月30日の大行動を引き継いで、こうした運
動をさらに、さらに大きく広げ 、戦争に向かう世の中を根本的にひっくり返し
ていきましょう!
 「自立支援法」を必ず廃止させようではありませんか!
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■介助保障における介助者(ヘルパー)の資格制度はすぐやめろ
金子和弘
 私は37年間にわたり脳性マヒ者の立場から人間として当然に生きられるよう
に自立と解放を目指し生存権、生活権、確立の運動をおし進めると共に、何ら制
度的に確立されていない中で自立生活をし、差別社会に対して様々な問題提起の
運動をしてきました。
 なかでも脳性マヒ等で24時間介助が必要な重度の障害者にとって自立生活を
営んで行くのに大きな問題になるのは介助者の確保でした。
 何十年前までは介助者が見つからず、ご飯も食べられない、トイレにも行けな
い、死と直面する場面もありながらも、色々な健全者に、そして国や行政や社会
に、自分たちの存在を呼びかけながら、頑張っていた私を含め多くの仲間がいま
す。
 そんな中から、国を始め行政が自薦ヘルパーを認め、いろんな人たちか私たち
の介助にかかわってくるようになって喜んでいました。
 ところが2003年に、私たちの反対の声を聞かずに国は強硬に支援費制度を
施行し、そのあげく「資格を持たない、無資格(自薦ヘルパー等)のヘルパーは居
宅介護に従事出来ない」という見解を出し、全く現実を無視した事を押しつけま
した。
 それをそのまま「障害者自立支援法」にまで入れてしまいました。
 その結果、多くの仲間達は、今まで関わりを持ち育ててきた介助者の関係が絶
たれ、そこに入ってきたのは資格を持った事業所から派遣されたビジネス感覚の
ヘルパーであったわけです。そこには利用者の言うことを聞かずに、研修で学ん
だマニュアルどおりに動き、そして寝起きや着替えや食事や排泄まで時間が決め
られ、介助の時間が切れると用事が終わらなくても帰ってしまうヘルパーもいま
す。また同性介助もままならない等、人格を無視し管理されるような状況になり
ました。
 まさに施設の中にいるのと同じ感覚です。それはヘルパー個人が悪いわけでは
なく、そのような制度を作りシステム化した国や厚生労働省の責任です。
 私たちは施設が当事者の人権や人格を無視し、管理する恐ろしさを感じたから
こそ、地域で自然に自分の意志で思うように、人間として生きたいと施設や病院
から出て自立生活をしているのです。
 その事を真っ向から否定したのがこの資格制度であり、あまりにも当事者の人
間としての尊厳を軽く見たものであることは明確であります。
 何故なら人間は色々な人がいて千差万別です。一口に「障害者」と言ってもそ
れは同じです。それぞれに自分の生活があり、食事や移動や入浴やトイレの時間
ややり方は、それぞれに違います。
 自分にあった生活をするために介助者に様々な指示を出し、それをやらせるの
が介助であり、一方的に押しつけられるのは介助ではありません。
 だからこそ私たちは色々な人と関わり、その中から自分に合った人を介助者と
して選んで育ててきたのであって、別に特別な知識とか経験など無くても何の問
題もなく十分やって来たのです。
 それをこの資格制度は、介助を特別なものと社会的に定義づけ、人間対人間と
してのこれまでの関係を壊す結果をもたらしたのです。私たちは強く抗議してき
ました。
 この資格制度は2006年4月から施行された「障害者自立支援法」にも受け継が
れ、さらに厳しくした事は、私たち当事者を差別し、軽視し、愚弄するものにし
か過ぎません。
 これまでの国や行政の話し合いの中で、資格の話になると、ヘルパーの「質」
云々とおっしゃいますが、資格のあるヘルパーがどんな人の介助をもうまくやれ
るとは到底思いませんし、やれません。またこの人たちは、やれないと分かった
ときに資格の講習で学んだ事を押しつけてくる事が多くあります。これは本末転
倒の状況です。
 このように現実的でないことを、いかにも資格を取ると何か素晴らしい介助者
になって何でも出来るような錯覚を与え、資格のない介助者まで差別し、当事者
から切り離していくのは「完全参加と平等」という理念から考えても当然許され
ることでは無いのです。つまり介助はどんな人にも出来る可能性があるのに、国
や行政の都合でそれをつぶしてしまっていることは大きな問題であり、改めるべ
きだと言ってきました。
 現に事件や問題を起こすのはヘルパー資格のある人たちではないのですか。
 そして私たちは自らの意志で24時間、いつでもどこでも介助者を選び使いな
がら生活し、生きているという実感を味わえるようにし、介助者にも資格の有り
無し関わらずしっかりと生活の保障をしていくのが本当の意味での介助保障なの
です。 
 1日でも早く資格制度を廃止して頂くことを願っています。
 ところが最近の国会の厚生労働委員会等で与党、野党、問わず「きめ細かな介
護者資格制度の確立を」とか「介護者育成専門学校の充実を」等と私たちの願う
こととは違う事を議論されている事に強い怒りを感じます。特に、最近は資格の
ある人が少なく一人の介助者のあまりの過酷な負担になって介助の現場から離れ
ていく人か多くなって、そのしわ寄せが障害者にきています。これでは何のため
の資格制度なのか分からないし命に関わる状況が起きています。
 これは絶対に許されるものではありません。即刻、廃しすべきだ訴えたいと思
います。
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■資格問題について
新潟・木村
 私は、新潟市内で桐沢さんの介助に入って十数年になります。桐沢さんの自薦
ヘルパーとして、現在「(社福法人)新潟市社会福祉協議会」(以下社協)の臨時
職員という身分で働いています。今は他に職業を持っていないので専業ヘルパー
です。
 さて、障害者自立支援法との闘いの重大なテーマに資格問題があります。今回
は、この資格問題の重要性について、私の思うところを少し述べてみたいと思い
ます。
◆自薦介助者の確保が困難に
 「『障害者』の介助に入るには資格が必要」。2003年の支援費制度のスタ
ートからそういう「決まり」になりました。怒りネットは、支援費制度への移行
に際しても、今日の障害者自立支援法との闘いでも、厚労省との攻防の重大なテ
ーマのひとつとして、この資格問題に取り組んでいます。介助に資格が必要とい
うことは、その資格を取るための特別の負担がかかります。ヘルパー2級には1
30時間の研修が必要で、費用も数万~10万円近く要します。2003年3月以
前は、当該の「障害者」が認めれば介助者には特別な資格が無くても、役所に申請
すれば「自薦ヘルパー」として働くことができたわけですから、それ以降は、介
助者になろうとするには、時間と費用という大変なハードルができてしまったこ
とになります。「障害者」の立場から言えば、自薦介助者の確保が著しく困難にな
ったわけです。
◆自薦ヘルパーの重要性
 ヘルパーには、事業所が派遣してくれるヘルパーと自薦ヘルパーがあります。
事業所から派遣されてくるヘルパーにも、「常勤ヘルパー」と「登録ヘルパー」
があります。「常勤ヘルパー」は、事業所へ出勤してから訪問先へ行くタイプのヘ
ルパーで、正規職員もいれば臨時職員もいます。また「登録ヘルパー」というの
は特定の利用者のところに直接訪問するタイプ(直行直帰)の臨時職員のヘルパー
です。「常勤ヘルパー」の場合も「登録ヘルパー」の場合も、利用者の決められ
た介護時間枠に、決して穴をあけないように、派遣要員について事業所が責任を
取る代わりに、利用者が人物を選ぶことができません。一方、「自薦ヘルパー」の
ほうは、介助要員を利用者自身で確保しなければならないという大きなリスクを
負うのですが、自分の選んだ人物を介助者にすることができるという大きな利点
があります。
 事業所は、利用契約を結べば支給量の範囲・支給時間枠の範囲でヘルパーを派
遣してくれるわけですが、桐沢さんは、自薦ヘルパーの利用も認めている新潟市
社協と契約し、常勤や登録などのいわば「業務ヘルパー」と、自薦ヘルパーを併
せて利用しています。
 「障害者」にとって、自分で選んだ介助者とそうではない介助者では、使い勝手
が全然違うと思います。理想の介助者は、多分親友でしょう。親しい友人なれば
こそ、相手の心理も、求めているものも理解できると思うし、さらには「障害者」
の社会参加や、権利擁護活動にも問題意識を共有できると思うからです。「障害
者」のQOL(生活の質)という観点からは自薦介助者は不可欠だと思います。「健
常者」たる介助者の側も、「障害者」との継続的で深い交流を通じて、この社会
の仕組みが「健常者」のために作られている現実、誤ったものさし(価値基準)に
よる差別の不合理さ、人間関係の本来のあり方等について深く考えさせられ、共
に生きる社会の実現を目指す主体となることができるからです。
◆学生介助者が「風前のともし火」に
 資格要件ができたおかげで、桐沢さんの介助体制でいえば、いよいよ学生介助
者の獲得が困難になってきています。大学の入学式などで募集ビラを配って介助
者を集めているわけですが、こうしたビラに関心を示して連絡してきた学生でも、
あるいは先輩学生の紹介で桐沢さんのところへ来た学生でも、ヘルパー資格がな
い限り無報酬のボランティアということになります。学生はアルバイトをしない
と生活が大変です。したがって、他でバイトをしなくてもいい程度の報酬がない
と、当人が介助したいと思っていても、その機会がどうしても制限されてしまう
わけです。それでも、ヘルパー研修に挑戦してくれる学生がいるので、今のとこ
ろ学生介助者がゼロという事態にはなっていませんが、年々確実にジリ貧・先細
り状態になっています。
 いわば「風前のともし火」という状態です。
 それでも自薦介助者はどうしても確保しなければなりません。一方で、社協な
どが開催するヘルパー2級研修の終了式に出向いて募集ビラを配らせてもらった
りしています。こちらは関心を示して連絡して来た人は、当然にもヘルパー資格
を持っているので、即ヘルパーとして働けます。ただし主婦層が大半で、学生と
の決定的違いは多くの場合最初から報酬を目的にしていることです。子供のいる
共働きの主婦など、社会人の場合は、一定のまとまった賃金を期待しているので、
毎月の定期性が重要で、しかも夜間はほとんど不可能です。ところが学生の場合、
動機は必ずしも報酬だけではありません。社会貢献だとか、「障害者」問題への
関心など様々です。介助予定が不定期でもOKだし、何よりも夜間を得意として
いる点で、重度の「障害者」には無くてはならない存在です。その学生の獲得が
今困難になっているわけです。
◆「障害者」問題とは、「健常者」自身の問題
 ところで、「障害者」が国の福祉切り捨て攻撃で様々な困難にあっていること
は、「障害者」に直接の責任があるわけではありません。もちろん「障害者」自
身がそうした攻撃と闘うことは当事者としての課題だろうと思いますが、あくま
で国策の犠牲者、被害者だと思うのです。「障害者」の反対語は「健常者」にな
るわけですから、「健常者」の側にこそ「障害者」問題に対する認識の強化、
「障害者」を迫害する社会の変革のために行動する大きな責任があるはずだと思
います。
 私は、桐沢さんと一緒に、介助者の学生たちを誘って、「水戸事件」の民事裁
判の傍聴に長いこと参加してきました。「水戸事件」民事裁判というのは、知的
障害のある従業員たちに対して、性的虐待を含む暴虐な差別・虐待を繰り返して
いたダンボール加工会社の社長(赤須)に対して、元従業員の女性被害者が原告と
なって、謝罪と賠償を求めて約十年にわたって闘い続け、ついに勝利した裁判で
す。裁判傍聴を通じて、「障害者」差別・虐待は、まさに「健常者」の問題であ
ることを痛感しました。こうした差別とまだ充分に闘うことができていない自分
達の現実を恥ずかしく思いました。「健常者」こそが「障害者」問題を自分自身
の問題として、意識的に取り組む努力をしなければならないと思います。
◆介助者は「障害者」とともに闘おう
 介助者にヘルパー資格が必要とされたことによって、大変深刻になっているこ
とは、「障害者」問題を自らの問題と考える介助者が消えつつあるということで
す。
 「障害者」の問題で、厚労省交渉や国会行動、あるいは集会などで上京する場
合、介助者は本来自分の問題として取り組む必要があるはずです。「障害者」の
困難の多くは、「健常者」のために作られているこの社会の仕組みに原因がある
わけですから。「健常者」には「障害者」の痛みや困難を認識する努力が必要だ
と思います。そうでなければ、「健常者」自身が心の貧しい、みすぼらしい存在
になってしまうからです。
 しかし、介助者が「ヘルパー」と呼ばれ、介助が「サービス」などと称される
昨今では「障害者」が集会や闘いに参加する際の介助者は、あくまで時給いくら
の「お仕事」になっている。極端に言えば、何の集会なのか、どういう行動なの
か、全く知らなくてもいいわけです。まあしかし、様々な職業、ただ金だけのた
めに働く人はいないと思うし、報酬のおかげで介助者も集会や闘いに参加でき、
現実には介助者も巻き込まれて、結局自分の問題になってしまうわけだから、そ
れで良いともいえるのですが―。介助者の意識の中にある、こうした相反する二
面性は、介護が商品化していることによって、まさに商品自体が持っている矛盾
の反映でもあるのですが、介助者の意識を、親友と介護ロボットを両端とする天
秤に仮定すると、ヘルパー資格要件によって、介助者の意識がロボット側に大き
く傾斜してしまったことは間違いないように思います。
 以上のように、ヘルパー資格問題は、「障害者」の立場から言えば、自薦介助
者の確保を困難にし、特に「障害者」問題を自分自身の問題と感じることのでき
る介助者を獲得しにくくしました。介助者にとって「障害者」問題は「自分の問
題」なのか、それとも「他人事」なのか。ヘルパー資格問題は、「他人事」にし
か感じられない介助者を確実に増やしていると思います。
 障害者自立支援法は、まさに問題がてんこもりです。応益負担による自己負担
の重さ、無意味で不合理な障害程度区分認定、支給量の制限、ヘルパー資格によ
る報酬減算、規準該当事業所への減算など、国の福祉切り捨て政策によって「障
害者」の生活は決定的に脅かされています。ヘルパー資格問題とは、こうした物
理的・物質的迫害とはちょっと質を異にする攻撃として、闘う主体を分断し破壊
する攻撃としてかけられているように思います。2003年の利用契約制度(支
援費制度)のスタートによって、障害者団体が介護事業に参入することを通して、
「障害者」が事業者と利用者に分断されました。同時にスタートしたヘルパー資
格要件は、「障害者」と「健常者」の溝をいっそう深くしたと思います。
 私たち「健常者」たる介助者は、自分達がしばしば無自覚に「障害者」差別に加
担している現実を省みて、「障害者」と共に、資格要件に反対するなど、障害者
自立支援法と全力で闘わなければならないと思います。          

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2007年12月 2日 (日)

怒りネット通信 第31号

怒りネット通信 第31号
2007年12月2日発行                            
KSK『きずな』
<怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク>
■発行
神奈川県身体障害者団体定期刊行物協会         
------
■もくじ                            
怒りネットの秋の闘い
10・30全国大フォ-ラムの報告
9・30関西怒りネット集会報告
8・29相模原アピ-ル行動&交渉
地域で生活することができなくなってきている    
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●今がチャンス!・修正ではなく、あくまで障害者自立支援法の撤廃をめざして闘おう!
------
怒りネットの秋の闘い
古賀 典夫
 全国の障害者は、今年も「障害者自立支援法」への怒りをたぎらせ、闘いを展
開していますが、私たち怒りネットも関西の集会をはじめ、「支援法」の撤廃を
掲げて闘ってきました。
 10月3日には、国会議員への働きかけを行いました。実はこの日は、厚生労
働省交渉が予定されていましたが、厚労省側がこれを拒否してきたのです。この
ことへの怒りをも胸に、法そのものの撤廃を目指して、国会行動としました。与
党に抗議するとともに、民主党案への批判もおこなってきました。民主党案は1
割の応益負担という法律本則の条項を変えるものではなく、一時的な凍結をはか
るものですが、「自立支援医療」や補装具についてはそうした凍結さえもおこな
わないものです。
 さらに、10月30日の大フォーラムに結集するとともに、撤廃の闘いを障害
者をはじめとする民衆自身の闘いでかちとることを呼びかけるビラを配布しまし
た。大フォーラム終了後には、国会の参議院会館前に青い芝の方々と共に登場し、
ビラまきと座り込みに入りました。そして、翌日の昼まで宣伝活動を行いました。
 警察の対応は、2年前よりもはるかにひどくなっていました。以前は、取り囲
んで「泊り込むな」と言っていたものが、今回は、麹町警察署の前田係長を先頭
につかみかかってくる状況でした。見ため「健常者」と思われる仲間に「責任者
は誰だ」と聞いてきて、古賀が「私だ」と言うと、「本当に責任者なのか」と差
別的な対応をします。「泊まらせない」と言ってくるので、法的根拠を尋ねると
「警察法2条だ」といい、内容を尋ねると「法律など知らなくてもいい」などの
暴言を浴びせてきます。実際には何の根拠にもなりません。こうしたやり合いの
中で、泊り込み行動を行いました。
 夜は雨が降り出す中で、ビニールシートをみんなでかぶって頑張り、と言って
も楽しく交流し、翌日は朝7時には街宣を行いました。国会関係者や議員への働
きかけをおこなう大フォーラムの主催者にもビラを手渡しました。
 現時点で国会では本格的な審議に入っていません。これは与党が審議を拒否し
ているためのようです。しかし与党も闘いに追いつめられており、現在の上限額
の引き下げを再来年度以降も続ける方向や介護保険との統合は行わないなどを打
ち出してきています。障害者や労働者みんなの闘いをさらに強め、「支援法」の
撤廃をかちとりましょう。
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10・30全国大フォーラム報告
新潟・木村
 10月30日、東京の日比谷野外音楽堂において「私たち抜きに私たちのこと
を決めないで『障害者自立支援法』全国大フォーラム」が開催されました。厚労
省前の集会と合わせて全国からの参加者の数は6500人とのこと。私はビラま
き等で動き回っていたので、日比谷野音の集会には部分的にしか参加していませ
ん。この報告は録音を元にしていますが、集会の中身全てが録音されているわけ
ではなく、録音状態も良くないので、利用者の側の声を一番紹介したかったので
すが、残念ながらそれが困難です。そのため今回は、冒頭の各政党のアピールと、
政党シンポジウムに限って報告しようと思います。
 すでに、関係諸団体のニュースや刊行物で大まかな内容は報告されているわけ
ですが、ここでは各政党の議員の発言を少し詳しく紹介することにします。
 野党議員の発言には随時拍手が沸き起こるのに対して、与党の発言には多くの
ブーイングと野次が飛んでいました。シンポジウムでは、公明党の高木議員の発
言に一時会場が騒然となり、司会が静かにするよう注意する場面もありました。
■政党アピール
自民党:障害者支援議員連盟会長 (衆)伊藤公介
民主党:次の内閣 厚生労働大臣 (参)谷博之
公明党:社会保障調査会障害者福祉委員会 委員長 (衆)高木美智代
共産党:政策委員長 (参)小池晃
社民党:(衆)保坂展人
国民新党: 副代表 (参)自見庄三郎
◎伊藤(自民党):自由民主党は岩永峯一、石原宏高らの有志議員で、すべての障
害者を支援する自由民主党議員連盟を発足した。障害者自立支援法については、
障害者がしっかり契約者となって自立してほしいとの強い願いがある。ひとつは
応能負担か応益負担かということだが、自立支援法は、収入のしっかりしている
方から負担いただくことを基本にしており、応能負担のような内容になっている。
2つ目は、誇りを持って応分の負担をするという精神は大切であるが、収入の認
定は、家族を含めず障害者本人の収入に限るべきであると思っている。3点目は
福祉現場で働く人たちの待遇を改善するために報酬単価を上げること。日割りか
月割かという問題では、日割りの方が利用者にとって、好きな施設を選択できる
のでいいのではとの声もあったが、施設を経営する視点からは問題があり、報酬
単価を上げることによって解決できると思う。
◎谷(民主党):民主党は9月28日、参議院に障害者自立支援法の一部を改正
する法律案を提出した。一割の応益負担を、もとの支援費制度の応能負担に戻す
ということ。施設の収益につき従前額の100%を保障すること。自立支援医療
その他について抜本的に見直しをするということ。あとは、この法案を、全党の
皆さんに賛成していただくこと。11月に入ったら参議院厚生労働委員会で法案の
趣旨説明が行われる予定。与党の皆さんは、今の自立支援方法そのままで解決し
ようとしているが、それでは本質的な解決にならない。法律を改正し、将来包括
的な障害者施策の総合福祉制度をつくるべきと考えている。
◎高木(公明党):私は弟が学生時代の交通事故のために高次脳機能障害となった。
診療しながら全力で働いている姿を見て、何としてもこうした障害を個性として
認め合う社会を目指して頑張っていきたい。この障害者自立支援法、当初介護保
険との統合をめざしたが、経営の安定化を図って行くために大きな課題が残って
いる。今年一月、補正予算によって1200億の特別対策を講じた。一割負担は、
すでに4%から5%になっている。また事業者についても9割保障させていただ
いたが、さらにもう一段と思っている。今与党政権合意においてプロジェクトを
立ち上げて協議をしている。何としても皆さんに安心して暮らせる社会が築ける
ように、与党として全力をあげる。
◎小池(共産党):共産党は先日、障害者自立支援法の実態調査を行い6割以上の
方から一万円以上の負担増になったとの回答を得た。多少の手直しでは問題は解
決しない。根っこにある応益負担をきっぱり止める。そのために力を合わせてい
きたい。民主党の皆さんが応益負担を止める法案を出している。私たち日本共産
党もこの法案に賛成。この法案を実現して、福祉サービスだけじゃなく、医療も
補装具も、食費も元の応能負担にもどしていこう。与党も応益負担の問題には気
づいているので、この法案に賛成していただけるものと確信している。応益負担
を一年止めるために必要な額は510億円。イラクでの戦争、インド洋での給油
支援など、年1650億円。人殺しのために使うお金があるなら、障害者が人間
らしく生きていくために使う方がいい。
◎保坂(社民党):臨時国会の会期はあとほんのわずか。まずは応益不負担を止め
るために民主党が法案を提案しているが、何が何でも通すということが大事。私
たちは今朝、会議を開いた。与野党逆転のなかでいろんな法律を通したいが、一
番はやはりこの障害者自立支援法を止めるということを確認した。絶対これを臨
時国会会期中に通していくべき。障害者権利条約が署名された。大きなこと。そ
の精神で日本の障害者福祉制度を変えていかなくてはならない。3年後の見直し
ではなく、この臨時国会で応益負担を止める。沖縄では超党派で12万の人が教
科書の曲げられた事実は許せないと立ち上がっている。ぜひこの障害者自立支援
法の撤回と、障害者権利条約に基づく新しい法制度を作っていこう。
◎自見(国民新党):私は医師で、31年間医者をしている。38歳から60歳ま
で実は自由民主党の衆議院議員をしていた。前回、郵政民営化法案に反対して離
党した。私は自由民主党にいたとき、医者だったので厚生委員として、もっとも
厚生省の政策に影響のある立場にいた。昭和の年金大改革で、障害基礎年金を作
った。福祉というものは、本当に必要な人には必要である。国民新党は、強きを
くじき弱きを助ける。精一杯この法律を改正することをお誓いする。
■ 政党シンポジウム
自民党:厚生労働委員会 副会長代理 (衆) 菅原一秀
民主党:障害者自立支援法見直し作業チーム主査 (衆) 園田康博
公明党:社会保障制度調査会 障害者福祉委員会 委員長 (衆) 高木美智代
共産党:障害者の全面参加と平等推進委員会 委員 (参) 紙智子
社民党:平和市民委員会 委員長 (衆) 保坂展人
▲ 自立支援法の評価に関して
◎菅原(自民):障害者自立支援法の理念は間違っていない。しかし、理念と現実
にずれができている。自立支援法が、身体障害、精神、知的の3つをひとつに統
合したことは是とするところ。また国が財源をしっかり義務として出すことで、
責任を明確化した。しかし利用者負担の一割が重過ぎる、工賃より利用料の方が
多いのはおかしい、事業者の収入が減ってしまったことなど、あまりに急激に、
皆さんの理解を得ずに作ったために、問題も生じてきた。そこで新たに1200
億円の特別対策を講じた。一割負担の上限額を4分の1にした。あるいは、事業
所に対する激変緩和策として従前額の9割を保障するということもやってきた。
障害者施策の国費が減ったという指摘があるが実際は毎年10%伸びている。こ
のことは皆さんご理解いただきたい。
◎園田(民主):障害者自立支援法、応益負担廃止法案を参議院で提出している。
応益という問題は、障害福祉サービスにとって不要。自立支援法には与党も問題
があるからこそ1200億円の特別対策をやった。特別対策をせざるを得ないこ
と自体、この法の間違いを物語っている。所得保障、所得の確保が、ずっと言わ
れてきたが議論が進んでいない。先ほど障害程度区分という話があったが、本当
にこの障害程度区分というものが必要なのかというところから話を進めたい。さ
らには地域生活支援事業における地域間格差の問題は、自治体に全部丸投げして
しまったこと自体が間違いだった思っている。
◎高木(公明):今障害者自立支援法について、どう評価するかということだが、
障害のある方が普通に暮らせる地域作り、社会作り。この理念を進めて欲しいと
の多くの声を頂戴している。精神障害が対象に入ったこと。何と言っても予算に
ついて、国が責任を持つとはっきり明記をしたことは大きい。しかし、支援費の
財政は破綻寸前だった。苦渋の選択の中から生まれたのがこの自立支援法。国の
義務として予算を保障する。その代わり一割をお願いしたい。こういう流れでス
タートした。負担軽減のために昨年度の補正予算において、特別対策を講じた。
自立支援法、まだ多くの課題がある。例えば、世帯単位の収入認定を個人単位に
するべきだと考えている。利用者負担については、現在の特別対策を恒久化する
ために闘う。その他の課題も全力で取り組む。すでに与党プロジェクトがスター
トしている。責任ある財源措置をしっかりとりながら前に進めていく。
◎紙(共産):最大の問題はやはり応益負担の問題。生きるために必要なこと、
食べること、お風呂に行ったり、外出したり、こういうことを益と見なして、何
でこれに負担をかけなきゃならないのか。昨年の1万5千人の巨大な力が、政府の
特別対策1200億円の補正予算を組ませた。それでもサービスの利用を減らさ
なければならない、働いているヘルパーさんを減らさなければいけない等々の事
態が続いている。支払い方式が日割り化したことによって、事業所に対する影響
も大きい。障害者に対するサービスを止めた事業所も出てきている。また居宅の
介護、訪問介護の事業でも、重度の身障者に対する報酬があまりにも低い。地域
で自立した生活をと言っているけれども、生きていくことすら不可能になりかね
ない。早期に抜本的な見直しが必要だと考えている。
 
◎保坂(社民):この障害者自立支援法を作ったのは大失敗。悪法以外の何物でも
ない。だいたい自民党の総裁選挙で福田さんが、抜本的見直しを公約にすること
自体、抜本的に問題があるということを物語っている。「抜本的に」という言葉
の意味は、少し手を加えるとか、ちょっと予算を付けるとか、応急処置をすると
いうことではない。福田さんの答弁の中で、だんだん後退している。当初は、
「抜本的な見直し」だったが、次に自民・公明の政権合意では「抜本的見直しを
検討する」、また衆議院本会議では、「施行後3年を目途にした見直し条項を踏
まえ」などと言っている。「施行後3年の見直し条項」などはもともとあった。
抜本的な見直しといっても何だか分からない。根本が悪いのはいくら手直しして
もダメ。障害者権利条約の署名、そして国内法の制定、ここにしっかり規準をあ
わせて、応能負担に戻すこと。一割負担を廃止すること。施設への日額制を月額
制にもどし、かつ報酬単価を見直すこと。事業者収入の安定化を図り、福祉職員
の安定雇用をはかること。障害程度区分の見直しを行い、自閉症や知的障害者の
特性に応じた支援策を作ることが必要。本人や家族たちに夢を与えるような障害
者施策をこの日本で打ち立てて欲しい。そして福祉の現場に夢を持たせるような
施策をしないと日本の福祉は本当にジリ貧になってしまう。
▲ 見直しの中身について
◎園田(民主):スケジュールだが、もう待てない。すぐにでもこの障害者自立支
援法を見直して欲しいということで、私どもはこの提出法案を含めて議論をして
きて、まずはこの自立支援法を止めなくてはいけない。緊急避難的な応急処置で
はあるけれども、応益負担を廃止して応能負担に戻していく。それに準ずる利用
者負担、事業所への支援という形で考えている。9月28日の提出後、スケジュ
ールの関係で議論に入っていないが、何とかこの臨時国会で通して、来年1月か
らでも準備に入りたいと思っている。このように自立支援法をまず凍結・廃止を
しておいてから、20年度中には、応能負担を中心骨格とした総合サービス法案
を作って提出したい。与党からも、「法律の骨格は定率一割負担だが、軽減策を
講じて応能的な負担に抑えてきた。これを恒久的なものにしていきたい」という
言葉があった。しかし恒久的なものといっても、定率(応益)負担という考え方が
法律の骨格では、問題の解決にはならない。
◎高木(公明):私は障害者自立支援法の基本となる、皆様が安心して地域で普
通に暮らすという理念の部分は堅持すべきではないかと思っている。課題がある
ことは事実。法改正というが、政省令でできるもの、また予算措置でできるもの、
それぞれ分けなければいけない。「自立支援法をぶっ壊す」という話だが、自立
支援法は基本的には理念法というふうに解釈しているが、理念まで否定してはい
けない。私自身の考えだが、応能負担というのは、果たしてそれでいいのかと思
っている。本来であれば、やはり所得保障をきちっと国としてやるべきで、その
上で、これだけ皆様に所得を保証させていただくから、ぜひ利用分の1割は、今
現実には4%か5%だが、ご自分の懐から払うことが大事なのではないかと思っ
ている。予算措置でできるもの、今与党のプロジェクトも11月12月の予算編成に
総力を挙げている。予算、政省令、そして法改正、この3段階で考えていかなけ
ればいけない。
◎保坂(社民):厚生労働省という役所に任せて、障害者自立支援法を良くするこ
とを期待できるだろうか。やる前からこうなることは分かっていたではないか。
自立支援法を「ぶっ壊す」ことが障害者福祉を壊すことではない。障害者福祉を抜
本的に「ぶっ壊した」のがこの自立支援法ではないか。法改正、政省令にゆだね
るというのは、厚労省の役人に任せるという話になってくる。一番の欠点は、当
事者の皆さんの声を聞かないことだ。障害者自立支援法を抜本的に見直すために
は、まず皆さんの声、実態をしっかり聞かなければいけない。スケジュールだが、
臨時国会の会期、11月10日まで。本当に時間がない。私たちはやはり応益負担の
廃止と月額制への回復という部分はこの臨時国会でどうしてもやりたい。結局こ
の「集会は開かれたけど、国会では議論になりませんでした」とは絶対にしない
ようにしたい。
◎紙(共産):理念という話があったが、この理念に反して逆行しているのが障害
者自立支援法だと思う。やはり応益負担の撤廃という問題と、事業者の経営に対
する支援というのは急務だと思う。「緊急避難的」という話だが、民主党の法案
について、率直に言って不十分だと思う部分もあるが一刻も早く参議院で議論し
て、何としても通すべきだと思う。応益負担制度を速やかに撤廃するという問題
と、それから報酬単価の引き上げ、それから日額払いを月額払いに戻す、小規模
作業所を安定した運営にするべきこと、小規模作業所の移行について要件の緩和
措置をとること。それから地域生活支援事業につき、自治体による格差が広がっ
ている中で自治体のかかった費用の2分の1を国が負担するようにして行くべき
ではないか。障害程度区分の認定手続きを見直すこと。児童に対しては障害程度
区分を導入しない。また退院支援施設は、社会的入院の解消にはならないので、
導入の即時中止を提案している。
◎菅原(自民):障害を持って生まれた、あるいは中途障害でも、それは人間とし
て不条理である。誰でも年を取る、年を取るという事は、人間として不条理だ。
この不条理に対して、政治的な法制がいかに力を尽くすか、それが障害者福祉。
今までは措置でやってきた。しかしながら、障害を持つ方も一人の人間として生
きる権利を行使していく、そのための契約制度。今回の法律はやや飛躍しすぎた
観がある。この法律をすべて見直すこともひとつの考え方。現実問題を見ると理
念そのものが正しかったのかという疑念も出てくる。今後、自民党の障害者特別
委員会で毎週議論を行う。抜本改革について色んな声があった。小泉・安部と続
いてきた改革中心路線から、福田さんの路線は皆様がたの生活に温かみ感じさせ
る政治を目指して頑張っていく。
▲ スケジュールについて
◎園田(民主):年金・医療の問題が今日から審議入りをしている。次の審議は、
この法案の審議に入っていただけるのではないかと思っている。野党の足並みが
そろっていないという話しもあるが、与党の皆様がたにも理解いただけるように
配慮している。延長しろと言える立場ではないが、ぜひこの臨時国会での成立を
図りたい。自立支援医療と食費、補装具等、この問題も併せて考えて行きたい。
やはり国庫負担規準というものを設けることなく、自治体が負担した部分の2分
の1を必ず国が面倒を見るということ。国が責任を取るということは絶対にやら
なければいけないことだと思っている。
◎高木(公明):どうも、話しを聞いていると、野党の皆様が言う見直しのポイ
ントと、与党として認識しているポイントと、ポイント的にはほとんど同じとい
う印象がある。いずれにしても、抜本的に与党は見直す。私どもはその見直しに
向けて、ひとつは利用者負担をもう一段軽減できないか。そしてまた、事業者に
対しても、今90%保障までやっているが、もう一段階人件費相当分を出すこと
ができないか、これに対する工夫を今させていただいている。また重度訪問介護
の移動支援の報酬単価をどのように見直していくか。併せて所得保障を出すとい
うこともしっかり考えていく。またさらに地域生活支援事業についても、新たな
格差を地方から生むわけには行かない。これに対する予算措置がどこまで可能か、
さらには障害児の問題。こうしたことを総合的に考えながら今国会において、予
算の成立を目指して具体的なポイントをしっかり掲げながら、ひとつひとつ皆様
のお声をいただきながら考えていきたい。
◎紙(共産):民主党から出されている法案は、これは一歩でも二歩でも、今の
緊急事態を打開するには大事だと思っている。公明党さんも、結局は見直すと認
識されていることは大事だと思うが、枠内にとどめるという話しで終わっている。
それではいけないと思う。問題は財源をどこからどう措置するかという話しであ
って、さっきも言ったが、応益負担を元に戻すために必要な予算はそんなに大層
なものではない。510億円程度。本当に与党が決断すればできなくはない。
◎保坂(社民):会期がわずかしかない。私たちは民主党の法案には賛成。国会
での議論は大切。国会で障害者自立支援法の見直しについて、与野党違いがあっ
ても、この臨時国会でしっかり議論しなければいけない。ついこの間まで、私た
ち教育基本法特別委員会で毎日朝9時から5時まで連日の審議をした。自立支援
法によって福祉が大変な目にあっているという事態だから、参議院のなかで特別
委員会を設置するのもひとつの案だと思う。実は私、96年に当選してからこん
なに暇な国会はあんまり体験していない。それこそテロ特措法一点集中である。
この臨時国会でどうにかこの自立支援法の見直しの議論に入るという合意を私は
この場で得ることができたら素晴らしいと思う。
◎菅原(自民):応益負担という法の当初の趣旨は、障害を持つ方も持たない方も、
一人の人間としてその権利を行使できるということ。しかしながら障害があると
いう状況は人として不条理である。そこに力を注ぎ、支えていくのが政治の役割。
これを起点とするならば応益というのは、やや乱暴な厚生労働省の考えがあった
のではないかと私は思う。理念は大事だと言ったのは、どんなに厳しい状態でも、
少しでもサービスに対する負担が可能であればきちんと払う。そのことによって、
一人の人間として自立できるという観点は大事にしていきたい。けれども現実に
は課題が多いということ。なかなか難しい問題ではあるが、皆で関心を持ち議論
をしていくこと大事だと思う。
◎園田(民主):私は一個人として、テロ特措法の問題であまりにも時間がかかり
すぎていると思う。ただ自立支援法の問題は延長してでもしっかりやるべきであ
って、今日の皆さんの声を国会対策のほうにしっかり伝えていきたい。
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「障害者自立支援法」撤廃を求める集い報告
怒りネット関西
 9月30日、尼崎労働福祉会館でおこなわれた怒りネット関西の呼びかけの実
行委員会主催「障害者と労働者の力で『障害者自立支援法』の撤廃を求める集い」
には、151人の障害者と労働者が集まりました。様々な障害者が「自立支援法」
で困っていることなど撤廃を求める発言が続きました。「撤廃しかない」という
ことが強く感じられた集いでした。しかも、その「撤廃」の展望も明らかになり
ました。介護保険当事者団体との共闘も始まりました。また、労働運動から「撤
廃」を共に闘おうという力強い連帯アピールも行なわれました。
■集いでの発言から(要旨)
◆Nさん(障害者)
 精神と身体の重複障害でヘルパー20時間使っている。障害程度区分は例えば
1人で買い物が出来るかと問う。何とかできると判断され「自立」とされてしま
う。知的障害、精神障害では低く認定される。ガイドヘルプが使いにくくなった。
訪問調査はプレッシャーがある。詰問的で早く終わってくれと思う。
◆Oさん(自治体労働者)
 行政で働いている。無理心中がある。「生きさせろ」の声を受け止め共に闘っ
て行きたい。格差社会で労働者も生きづらい。仕事を探すこと自体を資本のもう
けにしているのは許せない。障害者が資本にとって利用価値があるかどうかで選
別されていく。民営化・非正規雇用も本質ではつながっている。おかしいことは
おかしいと声をあげて行きたい。
◆Mさん(高槻医療・福祉労組)
 安倍政権下で労組が7月に、医療ネットワークを潰そうとする弾圧を受けた。
完全黙秘で不起訴釈放された。患者と労働組合が共に弾圧と闘った。多くのご支
援ありがとう。昨年、市役所前で700人で闘った。地域での闘いの水路となって
いる。自立支援医療は「申請主義」でひどい制度だ。他府県では申請もれになり
3割負担になった人もいる。その徴収を私たちがやらされることに憤りを感じる。
憲法9条・25条を守る闘いは一体だ。法の撤廃を勝ち取っていこう。
◆Aさん(施設入居障害者)
 施設には障害の軽い人もいるが支援法になって人間関係がむちゃくちゃになっ
た。職員の減員がひどい。パソコンもゆっくりできない。トイレに行くにも「ま
たか」と嫌な顔される。自立支援法で職員の数が減って大変になった。職員も大
変だ。福祉は昔よりひどくなったことは、あってはならないことだ。自立支援法
は廃止すべきです。僕は友人に廃止を訴えている。障害者と労働者の力で廃止を
勝ち取ろう。
◆Fさん(障害者)
 前にヘルパーにお金を取られた。行政に言っても「まあまあ」と言ってごまか
す。
◆Bさん(介護保険当該)
 介護保険の施行8年になる。毎月毎月、保険料を取られる。その上に1割負担を
取られる。申請して認定まで一ヶ月かかる。認定認定で介護を受けられない事も
多い。腰を痛めて起き上がることができないという人が受けられなかった。介護
保険は何の役にも立たない。ヘルパーさんが来ても短い時間で何もしてもらえな
い。こんな介護保険なんていらない。
◆古賀典夫さん
 「障害者自立支援法」と介護保険制度の改悪によって、「障害者」、高齢者、
その家族、福祉労働者のすべてが苦しみの中に突き落とされている。 厚生労働
省がホームページで発表しているところによれば、昨年度1年間での家族などに
よる高齢者の虐待が通報件数としては1万8393件、この内市町村が調査して
虐待と判断したのが1万2575件。施設での虐待は、273件と発表されてい
る。もちろんこれらは、氷山の一角だと思う。それにしても、家族関係は、介護
保険によって追い詰められている状況が明らかになっていると思う。
 NHKによれば、昨年1年間で、「障害者」や高齢者を介助している家族が殺す
「介護殺人」や心中が40件あったと報道している。 介助労働者の労働条件も
引き下げられており「きょうされん」の調査でも、賃金が下げられた、休暇が減
ったという例が多い。「きょうされん」に加盟している施設で昨年72人が職場
を辞めている。ほかの団体の関係者からも賃金の元になる報酬単価が下がったの
で、非常勤化が進んだり労働が過密化している状況が報告されている。
 わたしの知り合いで介護保険のヘルパーをやっていた人の話によれば、これま
では3時間で行っていた介助を1.5時間で行わなければならない状況になってい
るという。政府系の法人である「介護労働安定センター」の調査によれば、介護
保険のヘルパーの43.9%が時間給として賃金を受け取っている。その時間給
の平均が1140円。税込みの月収では、「正社員」ではヘルパーと施設の介護
職員共に15万1000円以上18万1000円未満の層が最も多く、「非正社
員」のヘルパーでは5万1000円以上8万1000円未満の層が最も多い。結
局介護保険は、労働者も苦しい状況に追い込んでいる。 自治体労働者もひどい
目にあっている。過労で倒れた人も各地ででている。自殺も起こっている。「障
害者のための仕事が忙しいならまだ良いが、障害者福祉を切るためにこき使われ
るのはたまらない」という声が出ている。そういう中で「障害者」の便宜を図ろ
うと、違法すれすれのことまで行って「障害者」やヘルパーを守ろうとしている
自治体労働者もいる。わたしたちはこうした自治体労働者を守らなければならな
い。労働運動と「障害者」の闘いで、「支援法」を撤廃するようにもっていくの
が本筋だ。
 市役所に対する「障害者」の闘いも昨年以来、さまざまな闘いが行われてきた。
市役所にデモをかける闘い、人口呼吸器をつけた「障害者」も含めて庁舎内に泊
り込み覚悟で押しかける闘いなど。
 東京都の板橋区では24時間の介助保障が行われてきたが、区側は昨年これを
止めたい意向を「障害者」に伝えてきた。これに対して、「障害者」側は区との
交渉と共に、区役所内で横断幕を広げ、ビラまきとアピールを行うなどの抗議を
展開し、区側の方針を跳ね返した。今年は10・30に日比谷で「支援法」の根
本的見直しを求める大きな集会がもたれる予定だ。民主が応益負担の凍結といい
自公も見直しと言っている。
 民主党案はけっして応益負担廃止法案ではない。ホームヘルプや施設への通所
や入所の費用負担を、支援費制度の時の応能負担に当分の間戻そうというものだ。
自立支援医療や補装具は、1割の応益負担のままだ。自立支援法撤廃しかない。
 「支援法」を成立させる過程で与党にも動揺があったが、法案に賛成した御用
団体の存在があり、法成立となった。最大の御用団体である育成会の当時の常務
理事は、「障害者」の財布の中よりも国家財政の方が重要だと発言してきた。そ
の結果、会員家族の中で少なくとも3件の子殺しや心中が起こってしまった。し
かし、事務局の労働者は「支援法」に反対してきた。今、理事会側はこうした職
員への弾圧を進めているが、職員は労働組合に結集し闘っている。 そうして闘
う労働者はいう。「理事や施設経営者は、障害者の権利擁護とはいうが、労働者
の権利を守ろうとはしない。労働条件や労働者の権利が守られないと、障害者の
権利も守れない状況になってしまう」と。そして、労働者自身が自らと利用者の
権利を守るために動き出している。 福祉予算の削減は、「障害者」や高齢者は
もちろん、労働者にも襲い掛かる。福祉きりすて・低賃金に障害者・高齢者・労
働者が共に反撃していこう。団結して法をぶち破っていこう。
◆Cさん(精神障害者)
 戦争反対、侵略反対と一体で闘おう。
◆Dさん(視覚障害者)
 日本の文化に同情というものがある。社会参加させない。同情という名の暴力
だ。「美しく聞こえる言葉」の裏側に潜む「落とし穴」を、私たちは常に意識す
る必要がある。
◆Eさん(精神障害者)
年に一回診断書を行政に提出しなければならない。行政に管理されてしまう。
「心神喪失等医療観察法」ができて「処遇困難者病棟」に送られて抹殺されてい
く。生活保護も年金がもらえず就労しているが3K職場しかない。
◆Fさん(労働者)
 ヘルパーからの労働相談がある。自立支援法撤廃へ向けともに闘っていきたい。
解雇撤回闘争で神戸地裁で画期的勝利判決を勝ち取った。社会に広めていきたい。
◆Gさん
 夫が労災で障害者になった。行政訴訟8年でようやく労災認定がされた。
◆メッセージ
 かつて難民は遠い国の出来事でした。今、日本中で難民が溢れている。介護難
民、医療難民などだ。自立支援法は国家の役に立たない者は死ねということ。見
直しは政府が民意に屈したものだ。私達一人一人の行動が大事なのです。全ては
あなたから始まるのです。
◆Hさん
 この集会は生きるか死ぬかという実感がある。天皇は軍服を脱いだだけでのう
のうと生きている。軍国主義が復活している。教科書問題は日本の問題だ。東京
で集会をやろう。
◆Iさん(精神障害者)
 福祉労働者のアンケートを行なった。83%がやりがいがあるとしながら将来は
分からないという人が6~70%いる。時給は700円だ。金にならない障害者
は殺すという時代だ。政治的闘いと生活レベル立ち上がっていくということだと
思う。
◆Jさん
 障害児の親です。自立支援法について教育労働者の間で関心が低い。作業所は
経営が成り立たなくなっている。子どもの就職先がない。自立支援法になってか
ら生活も赤字だ。民主党も突き上げながら、原則的に闘っていく。
◆Kさん
 高校生です。父の友達が孤独死した。知的障害者だった。何週間も発見されな
かった。そういう人はたくさんいる。世の中をよくしようという団結が必要だ。
正義のための闘いの先頭に立つ。
(以上)
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8・29アピ-ル行動&交渉
久保田幸記(障害者の生活を創る会)
 去る8月29日に相模原市にある障害者2団体(生きる会、障害者の生活を創る会)
が参加者52名を集めて、デモ行進と相模原市に障害者自立支援法やJR矢部駅に
対する要望書2部を提出した。それを基に市との交渉をする交渉団を送り出し残
りのメンバーで市民に行動の理解を得るためにビラ配りをしました。我々はこの
行動は地域で当たり前に生活がしたいと言っているだけです。
 市との交渉の結果、進展があったのは入院時のコミュニケーション支援という
形でヘルパーさんが入るのを具体的に検討を始めたこと、一方進展が無かったの
は矢部駅の地下通路のバリアフリー問題で市側は構造上の問題でスロープは作れ
ないと言っていましたが、個人的な意見を言わせて貰えば可能な気がします。
 災害時や停電時にエレベーターが動かなくなった場合、車椅子利用者や高齢者
の人の移動が困難になります。貴方ならどうしますか?
 僕がこの行動に参加した理由は今の生活を少しでも良くしたいと思っているか
らです。
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地域で生活することが、できなくなってきている!
自立生活センター グッドライフ代表 石田義明
 東久留米市に自立生活センターをつくって15年くらいになる。今まで、施設か
ら出たいという重度の障害者の自立を促進してきた。そして何人もの人が今自立
生活を送っている。重度の身体障害者も24時間介護を受けて生活している。施設
から地域へという流れができてきているように思う。施設へ行っても最近は、地
域で生きるのがよいことだという考えのところが多くなってきた。自立について
は、重度の場合、親や兄弟の反対は強いが、実際に重度の人が自立生活をしてい
るのを見ると理解してくれる人もいるし、障害者も自立しようという思いが強く
なったり、自信をもったりする。
 自立は、自己決定、自己責任が基本で、このことは大変むずかしくて理解して
もらえない障害者もいる。でも、根気良く付き合って自立生活を支援している。
今の政治家は自分の発言に責任をもっていない人が多いので困る。根気良く付き
合って責任をわからせないといけないのかと思うとたまったものではない。また、
役人は人権がわかっていないと思う。ボクの自立生活を見せれば少しはわかるの
ではないかと思う。障害者が求めているのは保護ではなく、地域で生きるための
環境づくりだ。自立支援法になって市町村の負担が大きくなり、それが難しくな
った。介護時間を減らされている人が多くいる。施設から出しにくくなってきた。
 今、市役所の方からさかんに「施設から出さないでくれ」と言われることに対
し、ボクは「出たいって言ってるんだから本人の意思を尊重してくれ」と言うが、
「とにかく財源がない」の一点張りで話にならない。そういうことがずっと続い
ている。らちがあかない。東京都や国とそのあたりの話をやっていく必要がある。
 自立支援法は、支援と言いながら、実際は自立阻害法で施設から地域へという
流れを止める法律だと思う。ボクの目標は全国の施設の解体。施設では、今まで
いろいろな暴力行為や人権侵害が利用者に対して行われてきた。施設という閉じ
こめられた場所では障害者が人間らしく生きることはできないと思う。あたりま
えのように地域で生きる制度をつくっていきたい。だから、自立支援法はなんと
しても撤回させる必要がある。その方向で国と闘っていこうと考えている。そう
しないと、地域で生活する人がいなくなってしまうし支援がむずかしくなってし
まう。
★障害者自立支援法について問題と思うこと
1。今は24時間介護者を入れて地域生活をしているけれど、介護時間が減らされ
るのではなかと思って心配している。少しの時間でも介護者がいないと、食事、
トイレ、外出、移動、寝返りなどができなくなるので困る。
2。施設から出たいと言う人を出せなくなるのではないかと思う。今以上にいろ
いろな制限をうけて、その中で生きていかないといけないので、地域で生きよう
と思う人が減ってしまうのではないか。僕は、施設ではなく地域で障害者も生き
ることが大切だという考えで自立生活を支援してきた。それが困難になる。
3。応益負担になると生活が苦しくなる。又、医療費が負担になると、薬を病院
からもらって飲んでいるので大変だ。
4。コンピューターによる障害程度区分審査は問題。なぜ、導入しないといけな
いのか。障害者の生活をコンピューターで判断するのは必要ないと思う。又、審
査会の委員に当事者が入るべきだと思う。学識経験者とかは頭で判断してしまう。
現実を知らない。
5。ヘルパーやケアマネージャーの資格は必要ない。資格があると型にはまって
しまう。資格をもっているから、いいヘルパーではない。経験上、そう言える。
6。国や行政に言いたいことは、障害者の生活を全然わかっていないということ。
実際に生活を見ないで、書類だけで判断するのは危険だと思う。それと無駄な支
出をやめて欲しい。増税に頼る前に、いろいろ考えることがあると思う。以上で
す。

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2007年9月22日 (土)

怒りネット通信 第30号

怒りネット通信 第30号
2007年9月22日発行                           
■もくじ
厚生労働省に対する質問
鈴木裁判
  判決後の報告と新たな決意
  8・29相模原行動の報告
青い芝「優生政策の対する見解書」
東京都に対する申し入れ書
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●10・3・厚生労働省交渉に集まろう!
13:00第1衆議院会館ロビ-集合(14:00~交渉)
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厚生労働省に対する質問
 本年4月11日、6月23日の交渉を踏まえ以下の質問を行いますので、ご回答ください。
(1)昨年11月29日の東京地裁の判決にもかかわらず、大田区は鈴木さんの新たな支給決定を行おうとしていません。6月27日の交渉の席上では、厚労省として「どういった事情で支給決定に時間がかかっているのか等を含めて、国から大田区に対して事実確認をし、一週間以内に結果を連絡する。」とのことでした。その調査の結果についてここで改めて報告してください。さらに、今後どのような対処が必要と考えられるか現時点での見解を示してください。
(2)前回交渉の際、昨年4月以降にホームヘルプを申請した利用者とそれ以前からの利用者の間で、支給決定基準に格差を設けている市町村があることを指摘し、その実例として立川市と福生市の例を示しました。これについて厚労省側は、「この立川市と福生市のことについては、具体的に持ち帰って見させてもらって検討したい。どういった取り扱いになっているのかを市町村の担当者に話を聞いてみたい。」とのことでした。調査した結果、及び、その結果についての見解を示してください。
(3)これまでの交渉において厚労省は、ホームヘルプにかかわる「国庫負担基準」について、「限られた国費を公平に配分する」ために必要であると述べてきました。しかしこの基準で保障されるホームヘルプの時間は、最重度の利用者を対象とする「重度障害者等包括支援」(以下、「包括支援」)でも1日に8時間程度に過ぎません。
 「障害者自立支援法」の第5条では、「重度訪問介護」、「行動援護」、「包括支援」の対象者は「常時介護を要する障害者」とされています。「国庫負担基準」は、この必要とする常時の介護さえ保障するものはでなく、法律違反の水準であると考えます。厚労省としての見解を示してください。
(4)この間の交渉で厚労省は、「厚生労働省としては、支給決定にあたり、申請のあった障害者等について勘案事項に関する一人一人の事情を踏まえて、適切に行うことが重要であると考えている」との考えが示され、一律に上限を設けてはならないことが述べられました。
 このような見解は本来高齢者の介助制度についても同様と考えますが、見解を示してください。
(5)前回交渉で、「基準該当事業所」に関する15%の減算は、実態調査も行われることなく決められたことが明らかになりました。現時点において、この減算措置が「基準該当事業所」の存続を脅かしているという認識はお持ちですか?
(6)そもそも、報酬単価の設定は、どのような計算で行われているのか、示してください。その中で、事業所の必要経費、保険、賃金などの割合をどのように考えているのでしょうか?
 厚労省として、ヘルパーにはどのくらいの賃金が支払われるべきであると考えているのか、明らかにしてください。
(7)前回交渉で「報酬は10月にセットされたばかりなので、すぐに見直しというわけには行かないが、今後必要に応じて、事業所の経営実態を含めた施行状況を把握しながら、次期報酬改定で、その必要性を検討していきたい。」との見解が示されました。
 次期報酬改定はいつを予定しているのでしょうか? そのための「事業所の経営実態を含めた施行状況を把握」するための調査は、いつどのような形で行われるのでしょうか?
(8)現在、応益負担制度が作られてしまった結果、報酬単価を上げれば利用者が利用できなくなる構造があります。そもそも、生きていくのに不可欠な介助を益だとする考え方そのものにわたしたちは反対です。
 応益負担制度を廃止すべきと考えますが、厚労省の見解を示してください。
(9)前回交渉で、「全身性障害者をはじめとする重度の障害者は、個々により介助の仕方やコミュニケーションの方法が色々あって、見守りを含む介護の時間が長時間に及ぶことを考えると、支援も必要とされる一方で、その方の障害に応じたサービスを提供できる介助者が必要だということで、重度訪問介護や重度障害者等包括支援といった、重度の障害者に対するサービスについては、広く全身性障害者に対する介助者を確保するという観点から、研修時間を短くするなどの配慮をしている。」との見解が示されました。
 しかし、コミュニケーションの問題で言えば、ほとんどが居宅介護の対象とされている「知的障害者」や「精神障害者」についても、一人一人のコミュニケーションに個性があり、気心を理解する習熟が不可欠です。にもかかわらず、そうした配慮は行われていないと思いますが、この点についての見解を示してください。
(10)現在厚労省は、障害者の医療機関入院時の介助者派遣を認めていません。しかし「重度の障害者は、個々により介助の仕方やコミュニケーションの方法が色々あ」ることは、入院の場合も同様です。医療機関だけでは対応できないのが現状であり、自費で介助者をつけたりボランティアに頼まざるを得ない状況があります。
 入院時の介助者派遣を公的な制度として実施すべきであると思いますが、厚労省としての見解を示してください。
(11)厚労省も上述の見解で認められているように、公的な研修を受けることと利用者に対して良好な介助を保障することはイコールではありません。したがって、資格による減算措置を撤廃するべきであると思いますが、見解を示してください。
(12)また、利用者もしくは事業者が推薦すれば、公的な研修を受けていなくても、公的な制度のヘルパーとして認めるようにすべきであると思いますが、見解を示してください。
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判決後の報告と新たな決意
鈴木敬治
 大田区の移動介護32時間上限の闘いに、これ迄多くの皆さんが応援して下さり、本当に感謝しています。2004年4月に32時間を上限とする要綱を、大田区の障害者に押し付け、支給量を強制的に削減した大田区の処分は、「違法」と裁判で判決されて既に半年以上になります。この間全国でも同様の介護支給量削減や、上限規制が大田区に続けとばかりに拡がっています。今年4月13日には、全国130以上の障害者団体の賛同のもと、多くの皆さんの結集を得て、大田区役所包囲行動を取り組みました。ここに改めて、御賛同頂いた皆様及び、お忙しい中御結集頂いた皆様に心より厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。
 その後の4月末には支給量削減処分の責任者である西野区長が私達の前に一度も姿を現すことなく引退を余儀なくされ、消えました。新区長のもとで、解決への期待は高まりました。が、現在(6月20日)に至るも、私、鈴木敬治の本来の移動介護支給量は認められることはなく、回復は果たされておりません。ここで、改めて、皆さんにこの間の経緯と私の新たな決意を明らかにしたいと思います。
 まず、裁判(昨年11月29日に判決)後の経過報告を簡単におこないます。昨年12月28日に、要綱が32時間上限から32時間を標準にすると変更される予定であることを、マスコミ報道によって知りました。そして今年1月1日付けで大田区はついに要綱を改めました。後の1月12日には役所から、私の移動介護の支給量が90時間に決定したと通知が届きました。この決定は、行政が勝手に決めたもので、私は納得しませんでした。そもそも支給量の変更は、利用者の申請があって初めてなされるものですが、私はその時点では申請は出していません。しかも90時間の決定で誤魔化そうとは、何ともお粗末で情けないばかりです。
 なので私は、1月~3月上旬の間に、この勝手な決定がどんな根拠でなされたのか、また、私は124時間に戻してほしいのだということで話し合いをおこなってきました。そして3月中旬には、移動介護量が減らされる前の124時間に戻すよう変更申請を提出しました。所管センターだけでは判断できないために、3月27日か28日に本庁の障害福祉課長と各センター(東、西、南、北)の地域福祉課長との間で、調整会議がもたれました。このとき私はできる限りの資料を提出しています。その会議で、私の支給量を決定するための話し合いがもたれたと聞いています。
 本来、法律では申請があってから1ヵ月以内に支給決定がなされなければなりません。しかし、4月に新支給決定は出ませんでした。それは、役所の人事異動でことごとく担当者が入れ替わってしまい、ふりだしにもどってしまったからでした。その後、何回も調整会議が開かれ、私は足りない資料を提出したり、聞きとりに何度も応じました。そのさい私は、非常にプライベートなことまでこと細かく話しました。が、本当はこんなことはしたくありませんでした。なぜなら、ここには新たな問題が発生しているからです。それは、改められた新要綱のもとで、くどい位に、移動の状況を示す資料の提出を求められ、又、社会参加の状況を役所が調査するという前代未聞の事が行われ出したからなのです。これについて大田区は「公費による移動の保障が、ふさわしいものであるか否かを判断しなければならないから」だと正当化しています。ですが、私は、行政が今度こそ本気でこの問題に取り組んでいると信じて、あえて協力しました。
 北センターの課長からは、あなたの問題はきわめて重要で大きな問題であり、区内の障害者に大きな影響を与えるので慎重に判断しなければならないと聞き、決定延期を我慢しながら今の今まで待っている状態が続いています。北センターの課長は6月にはいり心労のために倒れ長期療養を余儀なくされてしまい、北センター長が自らこの問題に乗り出しています。なぜここまで支給決定が遅れているのか説明を求めても答えようとしません。新しい要綱のもとでの申請は私が最初のケースでした。その後、区内の障害者の何人かが申請をし、32時間を越える決定がおりたと6月18日本庁で聞かされました。しかし、私に関してはいつまで決定がのばされるのか、まったく見当がつかないのが実情です。これでは行政サービスの公平さに疑問をいだかざるをえません。
 ここまでが判決以降現在(6月20日)迄のおおまかな流れです。
 以上の状況のもとで、現在、私が大田区に求めている内容を整理すると次の諸点になります。
(1) 3月14日付で私が提出した変更申請に関して、区側が新支給決定を長期間とどこおらせている理由をきちんと明らかにし、説明責任をはたしてください。
(2) 私の移動介護支給量をもとの水準である124時間、さらに旧日常支援に含まれていた通院分23時間をあわせると、現行の自立支援法のもとでは147時間になるという新支給決定をただちにおこなってください。
 私の移動をめぐる問題の解決は、私だけの問題ではなく大田区に住む2万人の障害者の暮らしにもつながっているものです。そして全国の障害者の権利にもつながっていると考えています。重要な点は、一人一人の必要量に応じた支給量が認められることにあります。要綱の32時間は、表現のうえで「標準」と変えられたものの、じっさいには上限のなくなった今でも、32時間の文言に苦しめられている人がほとんどです。「32時間」という表現そのものが、もはや廃止されるべきであり、そもそも要綱とか基準等というもので障害者の生活を切り刻む様なやり方そのものが誤りなのです。さらに言えば、障害者について重要な政策を決めるときは、障害者当事者の声をきちんと聞き、特に若い世代が自由に意見を言える場をつくっていくことが大変重要であると私は考えています。
6月20日
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■4・13集会での発言
 皆さん、本日は忙しいとこを集まってくれて、どうもありがとうございます。私は重度の脳性マヒの障害です。大田区で55年暮らしてきました。自立生活運動の先輩たちに刺激されて独り暮らしを始めました。年をとるにつれ障害は重くなり、1日24時間の生活すべてに介助が必要です。外出する時ももちろん、介助が必要です。なのにこれまでの長い闘いで東京都や自治体に認めてきた介護保障は支援費制度が作られてからは、ボロボロにされました。大田区のこの移動介護32時間上限がその例です。他にも町田とか世田谷とかいくらでも例があります。重度障害ほど介護に上限をつけられて苦しめられてきました。町田では新しい人は国の負担にする、月125時間以上は認めないと言ってきました。これが障害者自立支援方になって、一気に全国に広がりました。この4月からは立川では24時間介助の必要な重度の人でも国の負担の月177時間しかみとめないと言ってきました。4月から千葉では、視覚障害者の移動支援は送りと迎えだけしか認めません、20時間に減らすと言ってきました。もう、めちゃくちゃです。障害者は役所の世話にならず自分で働きなさい。重い障害の人は介助の世話にならずがまんしなさい、役所はそれが自立支援だと言ってきます。お年寄りの介護保険では、どんなに介助の必要な人でも、月125時間しか使えません。そしてお金を払いなさいと言われます。厚生労働省が、これに合わせて障害者福祉を削ろうとしたことが全ての原因だと思います。厚生労働省は自分で選べて、自分で決めて、必要な人に必要な介護ができますよと、言ってきました。全てウソっぱちでした。なんで政府はこんなことをするのでしょうか。
 僕はこう思います。戦争の為の予算と福祉の為の予算をはかりにかけているからです。人殺しの戦争のために税金を使いたい人達が今の政府を動かしているのは事実です。大田区では自立支援法になって、国の示す介護料が、さらに下げられて、介助者は生活ができなくなり、辞めていってしまい、とうとう移動や長時間介護をやっていた基準該当事業所がつぶれてしまいました。政府は足りないヘルパーを、今後フィリピンから連れてくると言っています。福祉の切捨てとヘルパーの安上がり、使いまわしと戦争の為の予算作りは三位一体です。これが根本の原因だと思います。こんな事のために私たちが犠牲にされるのはまっぴらごめんです。大田区の違法な要綱の問題は、移動の32時間上限だけではありません。日常生活の動作全てに基準時間が作られていて、その上限を全てたしても、10時間にしかなりません。移動とあわせて1日11時間なのです。見守り介護は医療行為のみとか、移動は政治的活動には使えないとか、入院の時はいっさい介護は認めないとか、キリがありません。
 おととい、怒りネットが呼びかけた厚生労働省交渉の中で、僕の裁判問題をとりあげてもらいました。はっきり違法だと言っているんだから、厚生労働省は大田区や全国の自治体に指導や通達をしなさいと訴えました。厚生労働省は逃げ腰でしたが、最後に検討しますと言いました。今更検討するのだからどうしようもありません。国や都は一人一人の必要を聞いて、支給決定することになっていますと言いながら、その責任について放棄しています。許せません。しかし大田区の移動32時間上限に対するこの3年間の闘いは、大田区だけでなく、都や国を揺さぶっています。負けられません。全国の障害者の『命』と『権利』がかかっていると思っています。この3年間、僕は見ず知らずの人に体当たりで支援を訴えてきました。つらかったり励まされたり、山あり谷ありでした。今は、本当に闘って来て良かったと思います。これからが私達障害者の本当の闘いの始まりです本日集まってくださった皆さんと、共に手をつなぎ、これからも僕はがんばります。みなさん、本日はどうもありがとうございます。最後まで皆さんのご協力を宜しくお願い致します。
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8・29相模原行動の報告
●行動に参加して
古賀
 昨年夏に引き続き、神奈川県相模原市の「障害者の生活を創る会」は、8月29日にアピール行動を行いました。東京都大田区の鈴木さんや東久留米市の石田さん、町田市の関根さん、わたしなど、他の地域に住む怒りネット関係者も参加させてもらいました。
 相模原駅から市役所までは、2キロ近くあるのでしょうか? その間、デモをしました。駅前に集合していると「今日は何かあったんですか」と声をかけてくる若者もいました。市役所では、出迎えてくれる仲間もあり、報道のカメラもありました。また市役所前で、市内の矢部駅の地下通路を車椅子利用者も含めて皆が使えるものにしてほしいという署名を、担当の部長に手渡しました。総数1362名です。その場で新聞社の取材もあったそうです。
 その後、交渉団を送り出しました。交渉団は、都市交通計画課、障害福祉課との交渉を行ったそうです。市役所前に残ったメンバーは、ビラまきを行い、市役所職員や市民へのアピールを続けました。ギターを弾きながら自作の歌を歌われていた方もいらっしゃいました。わたしもハーモニカで参加。
 都市交通計画課とは、矢部駅問題で交渉しましたが、進展はなかったそうです。障害福祉課との話し合いでは、長年、要望し続けていた入院時の介助派遣について「コミュニケーション支援として、具体的に検討を進める」という回答を得ることができたそうです。
 暑さが心配されていましたが、この日は曇って涼しく、雨も降らないという天が味方をしていました。参加者は52名。作業所の職員が減り、行動に参加しにくい状況も起こっているそうです。
 でも、こうして町をも巻き込むようなアピール行動派非常に重要だと思います。また今後も続けていこう、と最後に皆で確認しました。
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●アピール行動と交渉の反省
猿渡
 29日までの準備はすごく大変だった。
 障害当事者のみならず、支援者や事業所のヘルパーなどへのことも訴えたが、今年の夏は猛暑だったせいか、当事者の帯状疱疹とか職員らも出てこなかった。
 せっかく、自立支援法も当事者のみならず、事業所にとっても死活問題だと思っています。それは、ヘルパー単価激減およびなり手の減少や大都市特例の廃止などで、本当は身近な事業所がヘルパー講座を開催できたものが、県の指定を受けないとできなくなっていること、受講料の問題なども大きいと思っています。
 いくら男性ヘルパーを志望して受講しにきても、自分の就業時間と障害当事者の利用時間帯が違うし、サービスからサービスへの移動時間の保証がないこともあげられる。
 以前は、地域(近所)の人たちにビラをまいてシャロームなどで、障害者の生活のサポートをしながら、生活課題なども考えていってたし、2級ヘルパーのような資格だけでなく、志しや人間関係、向こう三軒両隣のような助け合いや近所付き合いなどからやってきたけど、支援費制度など、全部が資格がないと、サービスをしないという感じになってしまい、障害者と地域やヘルパーが、お金を介しての関係になってきたのも原因だと思う。
 いままで、全部ではないがシャロームなどを見ても、メンバーが近隣の和泉短大や地域に住んでいる方にビラをまき、介助者を集め、社協などに募集を載せたり、介助者のお子さんが、介助をしたりということにもなってきたのは事実。
 でもケア住で生活しているメンバーの介助派遣や在宅のヘルパーなど思いのあるものがヘルパーという仕事から去っていく。
 そういうことを考えたら、事業所も単価の激減や事務の繁雑か慢性的なヘルパー不足などで困っているのであれば、事業所も出てくるべきだ。
 制度が変わり補助金などの問題もあり、地域のなかに点在をしてたケアつき住宅(現在福祉ホーム)も大型化しないとやっていけなくなってきた。
 でも地域で生活するというのは、4・5人ぐらいの少人数で中まで生活するのがそうじゃないかと思う。
 しかし、収入や職員配置の問題などもあり1ヶ所で集まり生活。それでは、ケアつき住宅などではなくて福祉施設になる気がする。
 ディサービス(生活支援)の職員が長い時間働けないのは、労働条件や介助のことも多くかかわってくる気がします。
 そして、当事者も定率負担の問題も2年間だけの軽減であってずっと出ないのでじっさいもんだいこれからどうなっていくとか、入院時のヘルパー問題もコミュニケーション支援も含めて、実際問題 脳性まひなどの障害や、筋肉の緊張の問題、介助方法、コミュニケーション方法などと人権についても話していかないといけないと思う。
 特に言語障害があると、精神年齢についても実際年齢より低く見られたり、訴えをきちんと聞いてもらえないことも多いと思うので、医者や看護士、助手などの医療従事者においても配慮や障害特性などを考慮して医療を受けられるように、検討会のなかに障害当事者(特に医療にかかりにくい人や差別を受けたもの)がはいり長く検討していく必要があると思います。
 そして、生活支援や就労移行支援・継続支援・作業所・ディサービスのメンバーなども自分たちが作業所やディサービスなどに通っていて、自立支援法に対しての不安感はないのかと疑問を感じてしまう。
 確かに今年の夏 猛暑などで体調を崩した人も多いと思うが、はやり自分が生きていくために必要な制度やサービスなので、全部がお金とか資格でなく「志」のある、福祉に関心のある人をふやす必要があると思います。
 介護保険との統合問題も今回は今のところはない、しかし次回ぐらいは統合だろう!
 政策、対象年齢の違い、余暇の考え方、スタンスの違い、介護保険は基本は家族介護。色々問題があると思う。
 今回は昨年に引き続き、少し進展をしたことはよかったと思います。
 参加してよかったです。
 次回はもっと多くの人数で、アピール行進できるといいと思います。
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優生政策に対する見解書
日本脳性マヒ者協会「全国青い芝の会」会長 金子和弘
内閣総理大臣 安倍晋三殿
 我々は、日本脳性マヒ者協会全国青い芝の会の者である。人類の歴史を振り返るならば侵略と殺戮の繰り返しと言っても過言ではない現実がある。そうした歴史の中で、我々脳性マヒ者をはじめとする障害者は常に社会の厄介者として扱われ、健全者社会の中では「本来あってはならない存在」として位置付けられ、絶えず抹殺される対象として扱われてきた。
 特に、20世紀初頭からこうした優生思想が世界的に広がりを見せてきた。これはイギリスや欧米をはじめとする産業革命による生産第一主義のもと、出来るものと出来ないものとに人間を振り分け、優劣をつけるようになってきた影響によるものだが、その顕著な例として、第2次世界大戦前にナチスが自国民の障害者を抹殺したことである。日本においても、明治以降近代化の名のもとに、生産性の低い障害者は「座敷牢」といわれるように家の隅に隠され、社会からの隔離された生活を余儀なくされてきた。また戦時中に作り上げられた国民優生法のもと、障害児者の隔離・抹殺が強まり、戦後文化的生活が叫ばれていく中にあっても、障害者は「あってはならないもの」として扱われ、国民優生法から優生保護法と名を変えただけで、障害児者殺しや親子心中に代表される事件が今なお後を絶たない現実がある。また高度経済成長を成し遂げようと障害者を社会の「厄介者」として養護学校や施設に隔離・抹殺する政策が強まっていったのも事実である。一方、優生思想と医学の結び付きも強められてきた。そのきっかけとなったのは、第1次世界大戦時に戦傷者に対し輸血がされていたことから輸血が広められたことである。その後、角膜移植や臓器移植へと繋がってきているのである。
 そして現在、医学の急激な進歩により、障害者を生まない社会を構築しようとしてきている。1960年以降心臓移植をはじめとする臓器移植が先進国において実施されてきた。また、近年では、障害者や経済的弱者がいかにも社会に役立つかのようなキャンペーンの中で臓器の売買や開発途上国においては臓器を供給する側として扱われているのが今の社会状況である。このような社会において、命の平等性はおろか望む命、望まない命として医者を中心に命の選別を強化しようとしている。さらには脳死臓器移植をさらに進めようとする脳死臓器移植法「改正」案や尊厳死の法制化などが検討されている状況である。
 このような状況の中、我々全国青い芝の会は、脳性マヒ者の立場から厚生労働省や国会に対して命の平等性を確立する働きかけを35年間に渡り積み重ねてきた。我々が目指しているのはただ一つ、地域社会で当たり前の生活をすることであり、差別されない医療・労働・教育の充実を目指し、運動を展開しているのである。
 しかし、今年に入り医学界において、次々と我々の生存権を脅かす事件が相次いで起こっている。3月富山県射水市で起きた人工呼吸器を無断で取り外した安楽死事件や愛媛で起きた病腎臓移植などである。行った医者は公然とそのことが社会正義だと言わんばかりの態度で、また先刻述べたように、国会議員を中心とした脳死臓器移植法「改正」・尊厳死の法制化の具体的な動きも活発化してきている。
 我々全国青い芝の会としては、このような障害者の生存権を脅かす動きに対して、命の平等性を守る立場から、確固とした反対の意思を表明するものである。
8月13日
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8・27「処分・処分と暴走する都教委をとめよう!」都庁包囲アクション
怒りネットの申し入れ書
東京都知事石原慎太郎殿、教育長中村正彦殿
 私たち「怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク」(怒りネット)は、福祉切捨てなど障害者の生存を脅かすあらゆる問題と闘い、地域で共に暮らすことのできる社会を目指しています。このほど私たちは、東京都教育庁が、障害児を育てる教職員を退職勧奨の対象としていることを知りました。
 この政策は、障害者の存在を「厄介者」として否定し、障害者と共に生きようとする家族の存在をも否定するものです。そして、このような政策は、昨今増大している障害児殺しや心中をますます増大させることになります。行政機関、とりわけ東京都の教育庁がこうした政策を行うということは、社会的に障害児と共に生きる家族(労働者)を否定する状況を広げ、障害者とその家族の生存を脅かすことになる、と声を大にして抗議します。
 そして、疾病、育児、介護などの事情を抱える労働者に対し退職を勧奨して切り捨てることは、共に生きる社会を否定する行為であり、障害者の生存を否定する方向へと社会を動かす政策です。断じて容認できません。
 多くの障害者が2000年に石原知事が、府中療育センターの障害者に対してその生存を否定する発言を行ったことに抗議してきました。また私たちは、東京都教育委員会が「日の丸・君が代」を、反対する教職員を処分してまで押し付けることに懸念を持ってきました。そしてこのほど、上述の退職勧奨にかかわる通知の内容を知るにいたり、東京都の教育政策に断固抗議の声を上げなければならない、という思いに駆られました。
 東京都および東京都教育委員会が押し付けようとしている「君が代」に象徴される社会とは、障害者の生存もその家族の生存も否定する社会であり、民衆を苦しめる社会でしかないことがますます明らかになったからです。愛国主義とは、結局のところ、民衆を踏みにじる国家を作ろうとする思想であることが明らかになったと思います。
 こうした観点から以下のことを求めます。
1。障害児・者の家族である教職員への退職勧奨等職場からの追い出しを絶対に行わない事。
2。疾病、育児、介護などの事情を抱える教職員に対し、退職勧奨など職場からの追い出しとなる行為を絶対に行わないこと。
3。上述してきた教職員への退職勧奨を規定した通知や規則を撤回すること。
4。「日の丸・君が代」の押し付けを直ちに止め、教職員への処分を撤回すること。

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2007年8月 2日 (木)

怒りネット通信 第29号

怒りネット通信 第29号 
2007年8月2日                       
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もくじ
6・27厚生労働省交渉の報告
怒っているぞ!憲法改悪自立支援法7・7集会の報告
 
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6・27厚生労働省交渉の報告
木村(新潟)
 今回は、前回の交渉とほとんど同じテーマで、前回曖昧だった点を、さらに深く追求する交渉になりました。具体的な質問事項は前号(28号)の『怒りネット通信』に載っているので参照してください。
 各地で一律の上限を定めた違法な支給決定が横行している実態に対して、厚労省に実態調査と、指導を強く求めてきたわけですが、厚労省は、「自治事務に関すること」と称して、「指導や命令はできない」、できることは「事務連絡等による周知徹底」との頑なな繰り返しに終始しました。「指導」と「周知徹底」には、厚労省なりに大きな意味の違いがあるのでしょうが、要は違法状態が改善されるように厚労省が具体的な行動を起こすこと、責任をとることだと思います。
 冒頭、4月13日に「国庫負担規準が利用者個人の上限ではない」との事務連絡を出して、再度の周知を図ったことが明らかにされました。この文書は、ある障害者団体の情報紙に掲載され、自治体との交渉の武器に使えると書かれていました。前回の交渉が4月11日であったことを考えれば、2日後の対応ということになり、私たちの交渉が一定の力を発揮したことは明らかです。今後も具体的な指摘で、厚労省がしぶしぶでも対応せざるを得ない状況を作っていきましょう。
 規準該当事業所に対する15%の減算根拠に関して、前回「経営実態調査をやっていて、それを踏まえたもの」と述べていたことは、「間違いだった、踏まえたものではなかった」という訂正がありましたが、こんなふざけた話があるでしょうか。そもそも経営実態調査自体、ありもしないデタラメに違いありません。その場しのぎの口からデマカセを許してはならないと思いました。その場しのぎという点では、「持ち帰って検討」というのも、一体何のために持ち帰り、何を検討するのかはなはだ曖昧です。追求をかわし、先送りするための方便のように聞こえました。
 介護保険と障害施策の統合は、片や「上限を決めている制度」で、他方は「上限を決めるべきではない制度」です。統合の不合理さはもちろんですが、そもそも介護保険自体がとんでもない制度だということを今後さらに明らかにしていきましょう。
 利用者が重度になればなるほど、ヘルパー研修の時間が軽くなる矛盾は、結局ヘルパーの熟練には資格が関係ないことを、国が自ら告白しているということです。介護保険の統合についての矛盾と、ヘルパー資格に関する矛盾は、厚労省の大きな弱点かもしれません。さらに追求したいところです。
 以下、交渉の概要です。(厚労省側の名前に◆ 怒りネット側に名前に◇をつけました)
 厚生労働省側からは、11名もの大勢が出席しました。障害福祉課の元木係長、保積係長、大城係長、企画課地域生活支援室の内野係長、社会援護局福祉基盤課の余語係長、職業安定局需給調整業課(介護労働対策担当)の南摩係長、精神障害保健課の川田係長と木下係長、老健局総務課の大竹係長と荻田係長、大内係長の11名。ちなみに前回4月11日にも出席していたのは元木、保積、大城、内野の4氏。

■「4月13日に通達を出した」と言うが、大田区は何も変わっていない。
◇古賀:上限をつけている自治体があるので指導して欲しいと要望して、検討するとのことだった。この約束はどうなったか。
◆保積:これまで平成18年6月26日の主幹課長会議、平成19年3月23日付け『社会援護局障害保健福祉部長通知『介護給付費等の支給決定について』において、国庫負担基準が、障害者個人個人の利用者に対する支給量の上限ではないことを市町村に対して周知してきたが、更なる周知徹底を図る趣旨から平成19年の4月13日付けで『障害者自立支援法に基づく支給決定事務にかかる留意事項について』を発出して、適切な支給量の設定に留意いただくようお願いした。
◇古賀:直接の指導を要請してきた。各自治体の支給決定基準は把握しているのか。
◆保積:市町村が定めている支給決定規準は、市町村がそれぞれの地域の実情を踏まえ独自に策定しているものなので、その内容について、市町村への個別の指導を行うことはできない。指導を行うために支給決定規準を把握する考えはない。ただ前回お話を聞いたので、4月13日付の文書で再度周知徹底をはかった。
◇鈴木:大田区では相変わらず変わっていない。1ヶ月で支給決定が出るといっていたのに3ヶ月経ってもまだ出ない。指導して欲しい。
◆保積:自治事務なので、国から大田区に対して早く支給決定しろといった指導はできない。支給決定までの期間が1ヶ月というのは確認できない。支給決定に関し不服があれば、都道府県の不服審査もある。
◇A:不服審査の仕組みはもちろん知っているし、現にやっている。しかし東京都は大田区任せで事実上棚上げにしている。4月11日の交渉以降、大田区に連絡したのか。
◆保積:大田区に対し一回連絡を取った。「標準の32時間を越える申請がある場合は、希望者本人からの聞き取り調査を行って個別の事情を勘案して支給決定をすることとしている。32時間を上限にはしていない」とのこと。
◇A:しかし今こういう現状である。それでいて厚労省が何もできないで済むと思うか。
◆保積:どういった事情で支給決定に時間がかかっているのか等含めて、国から大田区に対して事実確認をし、一週間以内に結果を連絡する。

■そもそも国庫負担規準が問題
◇古賀:各地で支給量に上限が設けられ、支給量の引き下がりが起きている。このような違法状態はそもそも国庫負担規準に問題がある。どう思うか答えて欲しい。 
◆保積:国庫負担規準には、全国どこでも支援の必要度に応じて一定にサービス利用が可能となるように障害程度区分ごとに設定している。市町村が支給した分だけ国庫負担することは、限られた国費を公平に配分する必要から適当ではない。市町村が行う支給決定は、障害者一人一人の状況を総合的に勘案することとしているので、支給量の引き下がりの事実をもって、この市町村の行った支給決定が適切か否かという判断はできないが、今後とも市町村における適切な支給量の設定が図られるように、必要に応じて周知していきたい。
■立川・福生の差別要綱は法の下の平等に反する
◇酒井:立川市と福生市の支給決定規準要項には、「平成18年4月1日時点で障害福祉サービスを利用している者に限定する」として、従来から長時間介助を利用している者と新規申請者を区別している。こういう差別適用を要綱の文面で謳っているのは問題ではないのか。
◇B:そもそも自立支援法は、全国一律の客観的な規準に基づいて同様のサービスを受けられるという趣旨でつくったはず。全国どころか同じ市内で違っている。この要綱は、法の下の平等に反する。憲法にも自立支援法自体にも違反している。
◆保積:この立川市と福生市のことについては、具体的に持ち帰って見させてもらって検討したい。どういった取り扱いになっているのかを市町村の担当者に話を聞いてみたい
◇C:何のために持ち帰り、何を検討するのか。
◆保積:全部読んで、法律に基づいたプロセスで支給決定が行われているかを確認する。

■「上限をつけるな」と明記している2002年の通達
◇A:厚労省は、ホームヘルプの上限問題で、2002(平成14)年に、『ホームヘルプ上限問題についての見解』という文書を出して、上限を付けないように指導するという通達を出している。「在宅福祉施策の推進、訪問介護(ホームヘルプサービス)事業について、サービス態勢の確保および充実として、サービス量の上限については撤廃するようこれまで関係市町村への指導をお願いしてきたところであるが、いまだ制限を設けている市町村に対しては、一般的なサービス量の制限を設けないよう引き続き指導する」と。2002年に言っている。指導しているではないか。皆知っている。
◇D:(各地の違法な上限設定について)、こういう問題が出てくるのは、とっくに分かっていたじゃないか。私たちはこういうことが出てくるのが分かっていたから、さんざん、何度もここへ来て話し合いをしてきた。あなた方は曖昧な対応しかしなかった。ちゃんと責任を取れ。責任の擦り付けをするな。
◆保積:とにかく厚生労働省としては、市町村が定めている支給決定規準は、市町村がそれぞれ支給量の設定とか、支給の要否について、地域の実情を踏まえて独自に作っているものなので、その内容について市町村への指導を行うのは困難である。
◇E:福生市は全部国からの指導を受けてやっていると言った。
◇F:2002年の通達と矛盾していても、国としては何もできないというのか。
◆保積:これまでも通知とか課長会議とか、先の事務連絡において、市町村に対して文書を発出して適切な支給量の設定が行われるように周知している。国として何もしていないということではない。

■上限について矛盾する介護保険と障害施策の統合はおかしい
◇古賀:介護保険との統合、有識者会議の言葉で言うと「普遍化」の問題について。介護保険は明確に一律の上限を作っている。厚生労働省は障害福祉の関係では、支給決定に一律の上限を作らないと述べてきた。矛盾しているのに両者の統合を進めようとするのはおかしいではないか。
◆大竹:今普遍化という話があったが、確かに有識者の方々が集まって検討していただいていた。中間報告もまとまって、普遍化という意見もあったが、一致したわけではない。色んな意見があり、今後も議論を続けていくことになっているので、必ず一緒になるという方向付けがなされているわけではない。介護保険については、支給限度額を定めていて、「横出し・上乗せ」という形で、重なる部分については介護保険から支給して重ならない上乗せ部分は障害保健福祉制度から支給するという形で今も運用している。したがって介護保険は、すべての介護サービスを介護保険から支給するという制度にはしていない。
◇古賀:やはりそこは納得ができない部分で、これは介護保険の有識者会議で障害者団体からも介護保険になったら一律に上限が付けられてしまい厳しくなるとの発言があった。これに関してはさらに障害福祉課と介護保険課の方で、どういう関係が考えられるのか、改めて見解を求めたいと思う。

■「経営実態調査に基づく算定」はウソだった。
◇古賀:前回交渉の冒頭、世田谷の規準該当事業所からの発言で、経営の困難さが明らかになった。これについて、今どう考えているか。
◆保積:障害者自立支援法施行後の現場における実態や状況については、他の団体の方からも様々な意見を伺っている。この問題については報酬自体の問題だけではなく支給量にも関わることでもあり、厚生労働省としては、今後とも市町村において適切な支給決定が行われるよう、さらに必要に応じて周知徹底を図っていきたい。新体系の報酬については昨年10月に施行されたばかりなので、すぐに見直しとはいかないが、今後、事業者の経営実態等を含めた施行状況を把握しながら、次期報酬改定において、その必要性を検討していきたい。
◇古賀:前回支援費制度から自立支援法に移る過程で経営の実態調査が行われたということだった。その調査結果を公開するよう要望したが、できないという話であった。あらためて、なぜ公開できないか聞きたい。
◆保積:前回、規準該当事業所の減算の根拠として、経営実態調査をやっていて、それを踏まえた形になっているということを申し上げたが、あの後、再度確認する中で、この減算については経営実態調査を基に算出しているものではなかったことが分かったので前回の発言を撤回する。
◇古賀:じゃあ15%カットの根拠は何か。
◆保積:15%カットは、規準該当事業所については、指定事業所と比較して、個人事業主でも事業実施が可能。ヘルパーの配置規準についても、常勤非常勤を問わず3人以上でできる、サービス提供責任者についても非常勤でも可、管理者についても非常勤でも可、など、各種の規制を受ける指定事業所と比べて、特段の規準の緩和を図っていることから、柔軟な運営ができ、所要経費を軽減できるという認識の下で、自立支援法になった時に、制度改革にあわせて指定事業所に払われる報酬の85%とした
◇G:そもそも重度訪問介護の単価設定の根拠を聞きたい
◆保積:重度訪問介護については、長時間滞在して、見守りも含めて介護を行っていくことで、大体8時間くらいで身体介護の1時間4000円を一日3回行ったものと同じくらいの単価になるように設定している。重度訪問介護は長時間を前提に設定しているので、短時間だけで見ると確かに身体介護よりは報酬が低くなっている。

■安い賃金で、ヘルパーがどんどん消えていく
◇里内:慢性的な介助者不足だ。その原因にヘルパーの給料の低さがある。僕のヘルパーは時給800円だ。それでも僕と契約している事業所は赤字だ。時給800円では一生できる仕事ではない。これではヘルパーはすぐ辞めてしまう。
◇古賀:介護報酬が低すぎることがコムスン問題の一因。介護労働者の報酬の安さとか、そこで無理している状況がある。介護の労働を今後どうするのか。
◇I:医療行為が必要な利用者に対する配慮をどう考えているか。30%、15%の減算で、事業所はすごく大変になった。(熟練した介助者でも)2級資格持っていないヘルパーは事業所として儲からないから解雇されてしまい、私にも半分しか入らなくなった。医療行為が必要な利用者に対しては、事業所がきちんと研修する必要があるが、報酬が少ないためにそれが不可能になっている。世田谷にも医療行為が必要な利用者が何人かいるが、皆本当に困っている。
◆保積:特に重度の人については、7.5%とか、15%という加算の措置を図っている
◇I:図っていても、事業所が派遣できない。
◇古賀:二つある。ひとつは、ヘルパーに医療行為ができないので、看護士が派遣されなければならないが、それも単価が低いから行く人がいない。もうひとつはヘルパーに15%などの加算を行うためには、その分講習を受けなければならないが、講習を受ける余裕もない等のことが重なって起きている構造的な事態。
◇J:報酬が低いから、結果的に必要な人に必要な介護が届かない仕組みになっている。
◆保積:報酬は10月にセットされたばかりなので、すぐに見直しというわけには行かないが、今後必要に応じて、事業所の経営実態を含めた施行状況を把握しながら、次期報酬改定で、その必要性を検討していきたい。

■重度ほど研修が軽い不合理。熟練介助者が資格とは無関係なことを告白。
◆保積:サービスの質を確保する観点から、基本的には居宅介護については、居宅介護従事者養成研修修了者としている。しかしながら、全身性障害者をはじめとする重度の障害者は、個々により介助の仕方やコミュニケーションの方法が色々あって、見守りを含む介護の時間が長時間に及ぶことを考えると、支援技術も必要とされる一方で、その方の障害に応じた、サービスを提供できる介助者が必要だということで、重度訪問介護や重度障害者等包括支援といった、重度の障害者に対するサービスについては、広く全身性障害者に対する介助者を確保するという観点から、研修時間を短くするなどの配慮をしている。
■介護福祉士が基本になれば、他の資格はまたまた減算か
◆余語:介護福祉士の養成のあり方について、今国会に「社会福祉士介護福祉士法等の一部を改正する法律案」ということで法案を提出し、審議をしていただいている。もともと介護福祉士制度は昭和63年にスタートして、ほぼ20年経っているが、大きな見直しはしてこなかった。一方で障害者や高齢者の福祉サービスは、制度の見直しや介護の方法など変わってきているので、法律を見直し、資格の取り方やその定義規定を見直しているところ。具体的には、介護福祉士の資格取得方法の一元化が改正の中身。
◆保積:法案ということもあって、今のところ介護福祉士と他の障害ヘルパー資格との間で、報酬上の違いを設けることは考えていない。報酬上の話は次期報酬改定において必要に応じて検討したい。
◇古賀:次期報酬改定はいつか
◆保積:決まっていない。

■退院支援施設は医療費削減の手段に過ぎない
◆大城:(1)退院支援施設はあくまで地域移行に向けてのプロセスと考えていて、この退院支援施設に入ったことをもって社会的入院の問題が解決されたとは考えていない。統計上施設入所者としてカウントすることはないが、自立に向けてニーズに応じた支援が必要で、地域に向けての途上にあると考えている。(2)精神科病院における精神保健福祉士業務については、精神障害者の方々の社会復帰に関する相談に応じて助言や指導、日常生活への適応のための必要な訓練なり、その他の援助を行うということである。他方退院支援施設については、自立訓練事業所、就労支援事業所ということで、入浴とか排泄・食事等に関する自立した日常生活を営むための必要な訓練なり、生活に関する相談等をさらに就労に必要な知識・能力向上のための訓練を行うところである。自立訓練事業所・就労支援事業所には作業療法士の配置はない。(3)入院している方と退院支援施設に入所している方の予算だが、入院されている方の入院費用ということであれば、17年度社会医療診療行為別調査によれば平均38万円程度。他方退院支援施設については、18万~22万円程度。(4)退院支援施設は、事業者の手上げ方式であり、国として全国で何ヵ所何人分整備するという計画はない。

■家族介助なしには成り立たない介護保険をどうする
◆大竹:家族介助なしには地域での生活は成り立たないとの指摘だが、介護保険自体高齢者の介護を社会全体で支える仕組みとして創設したもの。そうした中でも今後、認知症や一人暮らしの高齢者が増えるので、そうした人でも地域で暮らし続けることができるように体制を整備していくということで、地域包括ケアの体制が整備できるように、先般の改正で地域包括支援センターという総合窓口を作って、地域で高齢者を支える仕組みを作っている。
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怒っているぞ!憲法改悪・障害者自立支援法 7・7集会の報告
藤本

■主催者あいさつ(渡辺)
 私たち怒りネットは、障害者自立支援法の撤廃を掲げて国会闘争、そして昨年の10・31の1万5千人の障害者の闘いへと、本当に全力で闘い抜いて来ました。その結果一定の緩和措置を勝ち取りました。障害者が地域での生活を守るために、この障害者自立支援法は絶対に撤廃しなければなりません。
 この間、国会では憲法の改悪に向けた国民投票法、改憲手続法といった法律が強行採決されてしまいました。25条をはじめ私たちの権利を定めた憲法というものを守っていく改憲を許さない闘いをしなければなりません。本日は自立支援法から憲法改悪までという広いテ-マで飯島さんよりお話をお聞きし、今後の運動の力にしていきたいと思います。

■講師飯島さんからのお話
◆権利としての福祉の危機
 まず障害者自立支援法についてですが、これについてはもうみなさんの方がよくご存じだと思います。福祉サ-ビスを給付する時に、生活保護の水準にも満たないような年金暮らしの障害者に応益負担ということを強いるわけです。つまり、給付の量に応じた相応の自己負担をしてもらうという制度です。名前は自立支援法なんて、格好いいんだけれども、内容はとんでもなくて、障害者の自立を防止する法律です。特に印象的なのは、国が義務的負担を負うサ-ビスは、大きく介護給付と訓練等給付に分かれています。結局、障害者が介護と訓練の対象としてしか考えられていない。障害者が自立した人間と見られていないということです。どこが自立支援法なのでしょうか。
 さらに色々なサ-ビスを見てみると、障害の程度に応じた能力別の振り分け、再編成といったことが行なわれています。そして、「自立」と言うなら、自己決定というのが原則です。自分のことは自分で決めるということです。しかし、自立支援法において、サ-ビスを受ける際に自分で決められるでしょうか? 認定審査会の審査を受けて決めていくのです。介護給付などについては程度区分というものがあり、それによっては受けたいサ-ビスも受けられない状態が出てくる訳です。自己決定を尊重している制度とはとても言えないと思います。
 結局、何がねらいだったのかというと、社会福祉にかけるコスト、国の責任そういうものをできるだけ軽くしていこうという考え方でつくられています。こういった中で、戦後60年かけてコツコツコツコツ作り上げてきた「権利としての福祉」という考え方が破壊されてしまい、昔のように、障害者には恩恵を与えていけばいいんだという発想に戻ってしまっています。
◆教育基本法の改悪
 さらには教育基本法も改悪されてしまいました。以前教員をやっていたことがあり、統合教育のことを若い頃からずっとやって来ました。この教育基本法の改悪についても非常にショッキングな出来事でした。
 教育基本法というのは、憲法と同じように、国民を第2次世界大戦へ導いてしまった教育の反省から生まれた法律です。戦後60年間、時の権力も容易に手をつけることができなかった非常に志の高い法律です。ところが、このたび改悪されてしまいました。ただでさえ色々な問題を起こしている学校教育は、これからはなだれを打って崩れていく、荒廃していくだろうと考えています。
 今日の日本の教育というのは、競争主義と管理主義で成り立っています。それが今後さらに広がっていくのではないかと考えています。このように2つの法律を取り上げただけでも、こういう大きな問題があります。非常に深刻な問題です。
◆9条の真価を問い直す
 今、矢継ぎ早に色々な法律ができてきています。しかも、それらが国民生活や民主的なしくみを壊していくという方向で法律ができています。その向こうには一部のお金持ちとそれに癒着する国家権力が、好き勝手をできるような国のかたちが見えてくるような気がします。
 憲法改悪の中でも一番焦点になるのは、第9条です。9条というのは平和主義をもとにして戦争を放棄している条文ですが、戦後ずっと聖域として手がつけられなかった。しかし、一方で9条を変えたくて仕方なかった人たちがいます。戦後も虎視たんたんとその機会をうかがって来ました。ところが、いま簡単に手がつけられるようになってしまった。非常に重大で残念な社会状況が生まれていると思っています。
 特に最近はイラクへの大義なき派兵の強行。防衛庁の省への格上げ、国民投票法の成立等、改憲への伏線を着々と作り上げて来ました。この動きは残念だけれども簡単には止められないと思います。けれども諦めてはいけないと思っています。地道な活動を行なうことによってこれらの動きを止めて、2度と戦争が起こらないような社会にしていかなければならないと思います。状況としてはよくないけれども、こういう機会に日本国憲法の良さを、9条の意味を、真価を問い直し元気を出してやっていく必要があります。
◆教育と福祉
 第25条は生存権。第1項では「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利をする。第2項では「国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。つまりすべての国民が権利として、文化的で健康的な最低限度の生活を営む権利を持っている。そしてその責任は国にあるという非常に高らかなことを謳っています。この趣旨に沿って戦後の日本は福祉を充実させて来た。しかし、次第におかしな方向へ進んでいくことになってしまいました。最近の例で言えば、2000年の社会福祉法の成立。契約制度という自己負担を強いていく制度が出来上がった。そして介護保険、支援費制度、今回の自立支援法で総仕上げをされてしまったのです。
 さらに障害者も介護保険に統合されていくという論議の中、もっともっと問題のあるしくみされてしまう可能性があります。
 第26条は教育のことを規定しています。普通教育というのは、戦前の反省に基づいたもので、例えば針、按摩といった技術的なものだけを習得するだけのものではなく、一般的な教育をすべての国民に受けさせるという主旨です。当然普通学校に行く法的な根拠になっている訳です。しかし、実際には分離教育がどんどん進んでいます。
 特に教育基本法と学校教育法の改悪がされてしまいました。こういった中で障害のある方を非常に特別視して、特別支援教育の中に組み込んでいこうというしくみが強くなってしまいました。分離教育がますます強まっているということで、憲法26条も危うくなっているのです。教育を選ぶ権利を有しているということは、少なくとも普通教育を受けるのか、特別支援教育を受けるのか、その選択権は本人にあります。あるいは親にあります。それが選ぶ権利がないということになって来たら問題です。
 憲法27条というのは、すべての国民に勤労の権利を保障している。すべての方を働かせるように国は努力をしなければならないのです。ところが、障害のある方は養護学校を卒業すると約半数の方々が、福祉施設に入らざるを得ない。あとは家庭に居たりと・・・ そう考えていくと就職という方は2、3割です。福祉施設に行っている方が就職していける割合は年間1%です。100人に1人しかいません。勤労の権利なんて保障されていません。それで障害のある方は三重苦にあっていると表現するのですが、25条で生存権が侵され、生活に非常な困難を抱えている。26条で分離教育を強要されている。27条で勤労の権利を剥奪されている。世の中がつくった本当の意味の「障害」により、この「三重苦」にあっています。障害者にとって「法の下の平等」は実現されているとは言えません。
 これまで、問題を抱えつつも憲法をひとつの理想として、羅針盤として、目標を立ててやって来ました。しかし、今はそういう社会状況ではなくなりました。さらには9条が改悪されようとしている。平和な社会があるから福祉が充実できるのです。戦争のあるところでは国民一人ひとりのためではなく、国家のために教育が行なわれます。戦争になると障害者、子供、女性、その他社会的少数派の人々が割りを食う社会になってしまうことを私たちは学んでいます。
 憲法25条、26条、27条の条文の主旨をきちんと支えていくには、9条で規定している平和主義がないと絶対にダメだと考えています。ですから、何はともあれ、9条の改悪は絶対に阻止するという姿勢で私は行きたいと考えています。戦争というのは言うまでもなく、人と人の殺し合いです。それを国家規模でやるわけですから、そんな社会にはしたくないと思っています。
◆自立支援法ごり押しの先には憲法改悪                    
 自立支援法は、先程から言っている通り自立を支援するものではありません。内容も嘘だらけです。国や官僚は、なぜ、こんな嘘がつけるのでしょうか。
 自立支援法は、もともとは「障害者福祉サ-ビス給付法」という名称だった。それなら内容的に問題があっても、まだ身の丈に合うかなと思います。ところが、内閣法制局が圧力をかけた結果、厚労省があの美しい法律名をつくったのです。障害者福祉のサ-ビスを一元化したと言いますが、少しも良くなっていません。介護保険のしくみを合わせやってしまっただけのことです。精神の方々は医療の負担が重くなってしまいました。一元化したから使いやすいという話ではありません。
 それから、障害者がもっと働ける社会と言っています。施設の障害者が1%しか社会に出ていけない。そこでつくったのが、就労移行支援、継続支援、それらが充実したと言っていますが、規制が非常に強い。能力で選別してある程度の能力がなければサ-ビスすら受けられない。また、地域の限られた資源を活用できるように規制緩和する。内実は、空き教室、空き店舗を使用するなど、要するに安上がりでやりなさいということです。
 「国に責任はないから、事業所の方々競争してやって下さいよ。競争に負けたらおしまいですよ、強い者が勝ち残っていくのですよ。」 こんなことではサ-ビスは充実しません。ホ-ムヘルプサ-ビスが支援費でのびてしまった。その量を調節してみんなが公平に受けられるようにするんだ言っています。しかし、ホ-ムヘルプサ-ビス自体が十分でなかったのです。また、「サ-ビスの費用をみんなで負担して支え合うしくみをつくる。」と言っています。しかし、現実は支え合うのではなく、本人が負担しろということです。嘘ばかり言って強引に通してしまった。この嘘に騙されている私たちも情けない。この調子で憲法が改悪されていったらたまらないと思っています。       
◆自国民にそっぽを向き米国にしっぽを振る?
 自立支援法が、さらに介護保険制度と合体すれば、一番大きな問題は、財政負担の問題です。保険というのは保険料と税金からなりたちます。保険料を取るだけでは済まされません。税金も取らないといけない。そうなると消費税が一番取りやすい。だから時期を微妙にずらしはしますが、結局は介護保険をつくる時には両方やって来ます。
 そうすると、たとえば利用者負担が一割、保険料一割、消費税10%・・・というようなことになり、応益負担だけでは済まされなくなります。保険料と税金をさらに納めなければならないのです。非常に厳しい状況になります。
 なぜそうするのか。「国にお金がない」といいます。そこで財源論をきちんと議論していく必要があると思います。“お金がない”なんてことはないと思います。9条との関連で言えば、やはり軍事費です。戦争に関係するお金をもっと減らして国民の命やくらしを守る方にお金を遣うことはある程度できます。
 例えば、在日米軍の駐留経費の70%、35億ドルを日本が負担しています。この日本の負担は、日本以外のアメリカの同盟国26ヵ国の負担の合計よりも多いのです。湾岸戦争の時は、115億ドル、約1兆円を多国籍軍に出しました。イラク派兵では毎日1億円のお金が遣われました。そこまでしてイラクに自衛隊を送っても、国際世論はもとより、アメリカ自体もブッシュの派兵が問題にされています。大変な赤字を抱えて問題になっています。それを今だに日本だけが支持している始末です。副島隆彦という方の本によると、アメリカはイラクで1日10億ドル日本円で1110億くらいのお金を浪費した。その半分のお金を日本が負担していることになります。2003年から2004年のイラク戦争の費用として、日本はアメリカの国債を買い、1年間で30兆円ものお金を貢いだと言
われています。自分の国の国民に対しては、年金暮らしの人たちからもあり金残らず巻き上げるのに、どうしてアメリカの言いなりになって、こんなことをしなければならないのでしょうか。
 とにかく、このまま行ったらとにかく危ないと思います。そんな動きよりも、自分たちの生活を大事にしてくれるような日本を築いていかないといけないと思います。そういった意味で障害者自立支援法もきちんと見なおしてもらい、そして憲法も改悪させないということに力を入れてやっていきたいと私は考えています。

■司会者(酒井)より
  飯島さんありがとうございました。白を黒と言い包めるような政治家や官僚がトップにいる中、それらを見抜く力を私たちがつけていかねければならないということでお話をお聴きしました。安倍首相も、さすがにここに来て美しい国というのはもう言えなくなった。あまりに嘘八百が多いという感じがしています。それでは各地からの報告、意見、質疑応答に入ります。

■各地からの意見・質疑応答
◇桐沢(新潟)
  支援法になり4月以降、新潟の場合継続されている。移動サ-ビスが、新潟の場合ヘルパ-資格がなくても取れるようになり助かっている。私のように自立生活を行なう障害者にとっては、介護者を集めるということは資格云々の問題ではない。
◇木村(新潟)
  新潟では特にこの間問題にしているのは資格問題。自立支援法になってからは、みなしの人は30%減とか色々なことが新たに決められていった。支援費の時に必要だったガイドヘルパ-がなくなった。2003年支援費制度以前は、無資格で入れた。1997年に全身性障害者支援事業が始まり、報酬が出るようになる。2003年から資格が必要になってくると報酬も段々上がって来て2003年の直前では全くの無資格で、時給1800円といった単位だった。その中で学生等も入って来る。2003年からはヘルパ-2級の資格が必要になって来る。当時はみなし資格でカバ-できていたが、それからすでに4年目、みなし資格の人はほとんどいなくなってしまっている。
  厚労省の交渉の中でも重度の障害者、重度包括支援だとか、重度訪問介護については研修時間が短くていいという。この矛盾は何だと言ったら、結局は特殊なニ-ズがあるから、広く全身性障害者に対する介助者を確保しなければならないという。つまり資格といったハ-ドルを上げておきながら、結局誰もいなくなるということに彼らも気付く一定の量を確保しなければならない。障害者の介助体制を圧迫しながら、消滅するぎりぎりのところは確保する。生かさず殺さずのところをバルブで調節するための資格要件なののではないか。
◇里内(茨城)
  私が契約しているJIL系の事業所から他人介護加算を正しく支払わなかったら、契約しないと言われた。当事者の利益を守るのが筋なのに障害者が障害者を管理する構図になってしまっている。
◇佐藤(相模原市)
  相模原市では、ちょうど1年前の8月に画期的な行動を起こして、市役所と交渉してある程度要求を飲ませました。あれから1年、相模原市独自の予算はついたのですが、1ヵ月に1回の集まりでは、益々地域では生活できないという報告がたくさん出されています。今年は障害者だけでなく、もっともっと多くの仲間に呼び掛けて大きな行動にしたいと話が盛り上がっています。何をどう要求するのか、具体化して今年の秋にでもやれればいいなとみんなで話し合っているところです。
◇松本(板橋)
  板橋の方は大体月に1回くらいのペ-スで行政との話し合いを行なっています。そこで新区長になった坂本さんが従前を確保するとした。また、新潟からも出ていたマンパワ-の問題、それについては板橋区は2つの方法を考えている。ひとつはヘルパ-になる時にかかる費用をつける。支給料を上げる。どちらかを考えている。介護保険のヘルパ-も入っているということでそういうのが出て来ました。しかし、ヘルパ-になるための助成ではなく、報酬単価を上げてほしいという要求を出している。
  自立支援法そのものが欠陥だらけで非常に困るが、それがあっても、生きていかないといけない。それを柔軟に利用するためには、向こうとパイプを切らないで話し合っています。また、区内の主だった障害者団体を集めた所で話し合っています。
◇渡辺(福生市)
  今度新しい車椅子をつくることになったのですが、補装具費は一割負担になっています。都内の区市町村のデ-タ-によれば、免除の所もあります。それで福生市と交渉したのですが、それはできないと言われました。納得できません。
◇石田(東久留米)
 社保庁の天下りをなくさせたい。資格制度をなくさせる運動をしたい。
◇鈴木(世田谷)
  世田谷区自身が基準該当事業所になっていて、受け入れが難しい個人の介助者等の受皿になっている。
◇「知的障害者」の親
  親も年を取って子供の面倒が見られなくなりつつあるという現実の中で悶々としている。知的障害者の介助者の場合、資格があっても、何の役にも立たない人がいます。資格以前に志がない人は、本人とも信頼関係をつなげない。今は介助者も少なくなりつつある。支援法のよって益々生活が輪切りにされていって、生活しているんだか、制度に合わせて生きているんだかわからなくなっている状況です。こんな法律は早く無くして生きているのが楽しいという暮らしに戻りたい。
◇大田区鈴木敬治さんの現状報告(渡辺より)
  昨年11月29日、東京地裁で鈴木さんの移動支援が、月124時間が32時間に削減そして、これを大田区の要綱によってそれを一律上限にするということについては、これは違法、不当であるという判決が出されました。
  鈴木さんは損害賠償も含めて要求していたが、それは認められなかった。しかし基本的には事実上勝利したという判決でした。それを受けて大田区と32時間削減した移動時間について直ちにもとに124時間にもどせということをずっと要求して来ている。
 ところが実はそれ以来半年たって、今だに勘案事項調査というのを受けて外出にどれだけ費やしているのかということも含めて資料を揃えて行政に出しているのですが、それ以降いまだに決定が下りていません。現在区との話し合いを続けているところです。
  6月27の厚労省交渉の際にもこういう不当な決定の引き延ばしは違法なのではないか、厚労省がきちんと指導すべきである。少なくとも事実関係について区に問い合せろと要求しました。その後7月2日に厚労省の担当者から電話がありました。大田区の障害福祉課の佐々木さんという人に対して事情を聞いた。しかし、厚生労働省としては、事実関係を確認できなかった、よって指導はできません。というひどい回答だったということです。
◇古賀
  障害者団体、障害者運動の中で国連の差別禁止条約等についての期待が高まっています。それとの関係で千葉県条例が実際の条文よりも期待を持たれています。その反面、改憲に対する闘いが弱いという感想を持っています。その辺のことで感じられていることをお話いただければと思います。
◇飯島
  今、一番大事なのは、憲法改悪を阻止すること。これまでも、国会で審議しなくて済む周辺的な法律や条例を、官僚がどんどん変えてしまっている。そして本来の憲法や教育基本法を形骸化させていく。現在の条例つくりの動きの中でも、憲法の内容を歪めていく内容が盛り込まれてしまっている。そして、いつの間にか本丸の憲法が変えられてしまうという傾向があると思う。細かいことには力を注ぎながら改憲反対をしない。条例つくりをしつつも、自立支援法はそのままという状態だという感想を持っています。
◇その他参加者から
  障害者の暮らしが保障されるためには、同時にそれを支える介助者の暮らしも保障されなければならない。現在の状況下では、障害者自身のくらしはもちろんのこと介助者のくらしも脅かされつつある。実際、参加していた介護者の中からも福祉労働に対する将来への不安の声が多く挙げられました。
◇最後に
 今後も自立支援法撤廃の闘いと憲法改悪を阻止する闘いを、多く人たちと共闘し継続していこうと参加者全員で力強く確認しました。
※今回怒りネットへのカンパアピ-ルが行なわれ、約40名の参加者より、合計11、102円のカンパが集まりました。今後の闘いに有効に使用させていただきます。

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2007年7月23日 (月)

怒りネット通信 28号

怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワ-ク 
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■もくじ                            
6・27 厚生労働省交渉の質問と要請
障害者と共に改憲戦争への道を止めよう
堀かつ子さんの追悼文
堀さんの詩『美的名前は何のため?』
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●627厚生労働省交渉に集まろう!
13:00 第1衆議院会館ロビ-集合(14:00~交渉)
●77障害者自立支援法を撤廃にしよう集会
13:00 都立障害者福祉会館
(都営三田線三田駅下車1分またはJR田町駅下車5分)
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6・27 厚生労働省交渉の要望と質問
怒っているぞ!障害者きりすて全国ネットワーク
柳沢厚生労働大臣殿
 4月11日の交渉(以下、前回交渉)を踏まえ、以下の質問と要望を行います。厚
生労働省としての見解を示してください。
(1)前回交渉では、「厚生労働省としては、支給決定に当たり、申請のあった障害
者等について勘案事項に関する一人一人の事情を踏まえて、適切に行うことが重要で
あると考えている」との見解が示されました。この見解は、昨年11月29日に、東
京地方裁判所・杉原則彦裁判長が行った判決とも一致するものです。しかし現実には
大田区を始め、こうした見解に反する支給決定基準、あるいは、運用を行っている自
治体があることをわたしたちは指摘しました。こうした違法状態を正すために、以下
の諸点についての見解を求めます。
 1。 わたしたちは前回交渉のための質問状の中で、こうした違法な支給決定基準
を設けたり、あるいは、違法な運用を行っている自治体に対して、通達などによる厚
労省の指導を求めました。交渉においても、こうした自治体に対する個別の直接的な
指導を通達などで行うよう求めました。
 これに対して、保積係長より「全国の自治体での、上限を一律に定めている状況が
多いということを聞いたので、通達については、前向きに検討する。」との建設的な
回答をいただきました。この検討結果を示してください。
 2。 1。にかかわる前回交渉のやり取りの中で、厚労省は各自治体の支給決定基
準を把握していないことが明らかになりました。指導のためには、こうした把握が必
要と考えますが、そうした調査は行われましたか?。 あるいは、行う準備は進めら
れていますか?。
 3。 上述した昨年11月29日の判決で、違法な運用を行っていると指摘された
大田区は依然としてこうした運用を事実上続けています。移動介護の「32時間の上
限」を「32時間の標準」と書類上は改めましたが、「32時間上限」という方針に
よって引き下げられた移動介護の支給決定は、その後も改善されないまま現在に至っ
ていることを前回交渉でも指摘しました。司法判断によって判例ともなったこの問題
を、福祉行政に責任を持つ厚労省は是正のための措置を早急に行うべきと考えます。
大田区についての指導方針を明らかにしてください。
 4。 5月13日に報道された全国市長会のアンケート結果によると、回答のあっ
た545市の内326市が福祉などの住民サービスを縮小・廃止していることが明ら
かになりました。これは、国の地方交付税削減の影響であることも明らかになりまし
た。
 日本国憲法第25条第2項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社
会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しており、今
回の市長会の調査では、違憲状態となっていることが示されました。
 厚労省としては、どのようにこれを是正するのか、明らかにしてください。
 5。 このような自治体の現状を考えると、ホームヘルプに関する国庫負担基準は、
自治体に支給決定の上限を一律に作らせる原因となっていることは、ますます明らか
になっていると思います。厚労省の示す、一人一人の事情を踏まえた適切な支給決定
を実現するためには、2002年度までのように支給決定の実績に対する国庫負担を
行うことが必要であることは明らかです。
 違法状態を助長することとなる国庫負担基準を改めるべきと考えますが、見解を示
してください。
 6。 わたしたちは前回の質問状及び交渉で、国庫負担基準の影響で、とりわけ新
規にホームヘルプなどを利用しようとする人が不利な状況に置かれることを指摘して
きしました。
 1つの例として、立川市の支給決定基準をも示しました。そこでは、昨年の4月以
降にホームヘルプの支給申請をしたものは、国庫負担基準の水準か、事情を考慮して
も、その1.5倍までの支給決定しか行われないものとされています。こうした支給決
定基準や運用が他の自治体でも見られます。
 こうした状況についての厚労省としての見解を示してください。また、こうした状
況が起こることは、国庫負担基準のあり方に影響されていると考えますが、見解を示
してください。
 7。 従来の利用者についても、宮城県名取市を始め支給決定時間を削減する自治
体が出ています。こうした状況は、上述の東京地裁の判決内容、及び厚労省の見解と
も反することになると思いますが、改めて見解を示してください。また、そうした実
情は把握していますか?。
 8。 介護保険制度は、要介護程度区分について、「利用限度額」という一律の上
限を定めています。これは、上述の東京地裁の判決内容や上述の前回交渉で示された
厚労省の見解からすると、障害者の介助制度としては問題がある、ということになる
と思いますが、見解を示してください。障害者に問題があるものは、高齢者にも問題
があると、わたしたちは考えますが、この点についても厚労省の見解を示してくださ
い。
  
(2)基準該当事業所、「3級ヘルパー」や実務経験から資格ありと都道府県が認め
たヘルパーに対する報酬単価の減算をただちに撤廃するよう改めて要請します。
 1。 前回交渉で、世田谷の基準該当事業所の関係者から、事業所として1時間当
たり1400円でやりくりしなければならない状況が語られました。こうした状況が
あることを厚労省としては、認識していましたか?
 また、このような財政状況で、無理のない介助が続けていけると考えられるかどう
か、見解を示してください。
 2。 基準該当事業所に対する報酬を減算した根拠となっているものとして、保積
係長は「支援費から自立支援法に移行するときに、経営実態調査というものをやって
いて、それを踏まえた形のものになっている。」と発言されました。わたしたちはこ
のデータを公開するよう前回交渉の場で要請しましたが、松山さんは「データは出せ
ない」と発言されました。
 税金を使って調査し、しかもそれが報酬単価の設定という政策の根拠となっている
のであれば、公開するのが当然であると考えます。改めて公開するよう要請します。
 もし仮に、公開できないと言われるならば、その正当な理由を示してください。
 3。 減算率15%という数字は、どのような計算から出てきたのか、明らかにし
てください。
 4。 「3級ヘルパー」や実務経験から資格ありと都道府県が認めたヘルパーにつ
いて、報酬単価の減算率30%という数字は、どのような計算から出てきたものなの
かを示してください。
 5。 支援費制度の時には、基準該当事業所についても、4。のヘルパーについて
も、減算はありませんでした。「障害者自立支援法」となって、なぜ減算措置をとる
ようにしたのか、その根拠を示してください。
 6。 4。のヘルパーと「2級、1級」ヘルパー及び介護福祉士は同一の労働を行っ
ている、とわたしたちは考えます。厚労省は、講習を受けていることによって、労働
に違いが出てくるように言われます。
 どのように労働に違いがあるのか、この点を明確に示してください。また、その労
働の違いが現場で現れている実態調査などがありましたら、示してください。
(3)前回交渉では、以下の質問について全く整合性のある回答をいただけなかった
とわたしたちは認識しております。そこで再度同じ質問をいたします。
 わたしたちは、障害者と向き合い、人間関係を作っていくことをヘルパーとなる人々
に求めてきました。そうした良好な介助関係を作ることにとって、資格制度は何の担
保にもならないばかりか、邪魔にすらなってきました。厚労省も、居宅介護のヘルパー
には多くの研修を求めておきながら、「重度訪問介護」の介助者資格は10時間の研
修、「重度障害者等包括支援」にいたっては、特別な資格を求めないとしています。
障害者が推薦すれば、公式の「介護従事者研修」を受けたかどうかに関わりなくヘル
パーとして認め、通常の報酬を出す形に改めるべきだと考えますが、見解を示してく
ださい。
 1。 あらためて、「重度」の人手あればあるほど、研修を少なくしている根拠を
示してください。
 2。 松山さんは「重度訪問介護」や「包括支援」従事者について、「重度でコミュ
ニケーションの難しい人ということなので、研修でどうということではなく、その方
その方 に関してというのが必要」と前回交渉で語られました。しかし、コミュニケー
ションについての個別の習熟が必要な場合は、居宅介護の利用者についてもいえるこ
とでしょう。むしろ、コミュニケーションに習熟する過程がその人の介助に習熟する
過程のはずです。
 にもかかわらず、居宅介護従事者に多くの研修を課しているのは何故でしょうか?。
(4)前回交渉の際に質問状に上げていたにもかかわらず、介護福祉士の問題につい
ては「担当者がいない」とのことで、答えていただけませんでした。そこで再度質問
します。
 今国会に上程されている法案で、介護福祉士の養成のあり方が変えられます。今後
さらに介護福祉士と他のヘルパー資格の間での報酬上身分上の差別が作られていくの
ではないかと危惧しますが、見解を示してください。
(5)退院支援施設については、わたしたちはやはり反対するものであり、入院者の
地域生活を早急に実現する政策をこそ行うべきであると考えます。その上で、以下の
質問にお答えください。
 1。 前回交渉で清水専門官は、「医療から見れば確かに退院ということになるが、
障害福祉計画における地域移行にカウントするわけではない」と語られました。そう
すると、退院支援施設入所者は、施設入所者としてカウントすることになるのですか?。
 2。 これまで精神病院の中で作業療法士や精神医療ソーシャルワーカー(PSW)
がかかわって行ってきたことと退院支援施設で行われることは、どこが違うのですか?。
 3。 ある人物が精神病院に入院している場合と退院支援施設に入所している場合、
支出される予算の金額はどのように計算していますか?。
 4。 退院支援施設は、全国で何ケ所、何人分整備する予定ですか?
(6)わたしたちはあくまでも障害者への介護保険の適用について反対です。その上
で、以下の質問にお答えください。
 1。 厚労省として、介護保険制度の見直しについては、どのような段階にありま
すか?。
 とりわけ、障害者への適用については、どのような方向になっていますか?
 2。 前回交渉で、老健局の小祝さんは、「介護保険以前は老老介護等の家庭内介
護が一般的であった」と語られました。しかし、現在の介護保険制度では、家族介助
なしには地域での生活は成り立たない状況にあります。こうした状況をどのようにし
ていく方針でしょうか?
 3。 やはり前回交渉で小祝さんは、「介護労働者の労働環境や雇用環境等、改善
に努めていくことが必要だと考えている。」と語られました。具体的にはどのような
政策を行おうとしているのですか?
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障害者と共に、憲法第九条改憲・戦争への道を止めよう
茨城青い芝の会
 私たちは、青い芝という脳性まひ者の団体です。
 私たちは、障害者が施設や親元で一生を終えるのが当たり前の時代から、厚生省や
行政の末端である市役所に座り込んだり、バスの乗車拒否に抗議してバスターミナル
を占拠したり、世に問題提起をして、みなさんの意識に障害者を植えつけてきました。
 また、ハードな面でも公共施設にエレベーターができたり、ヘルパー制度ができて
きたり、私たちが主張する地域福祉がま