-多事争論-

2009年11月12日 (木)

「心神喪失等医療観察法」によって13人もの自殺者が 

命より観察法で守られるものは重いのか?

心神喪失等医療観察法(保安処分)によって強制入院、強制通院になった人の内、自殺者が13人もでています。入院で3人、通院で10人です。実に、対象となった千数百人の約1%も占めています。これは、偶然のことではなく、医療観察法と自殺に因果関係があることを示す数字です。

肥前精神医療センターの事例

その内、詳細が判明しているのは、2007年12月に起きた九州の肥前精神医療センターでの自殺事件です。
当該の方は、神奈川県にある職場で陰湿ないじめにあって統合失調症を発病ました。そして、職場を放り出されるようにして熊本の実家に戻されました。しかし、病気は改善されず、そこで心神喪失状態で刑事事件を起こし、鑑定、審理の結果、肥前精神医療センターの保安病棟に強制入院となりました。はじめての外出訓練のときに、二人ついていた看護師の目を盗んで逃走しました。そして、横浜の元の自宅・職場の近くまで逃げて鉄道自殺しました。この逃走距離の長さは、一時的・発作的な自殺ではなく、本人の絶望の底深さを示すものと考えられます。
しかるに、肥前精神医療センターの設けた第三者委員会は、「医師との信頼関係はあった」から、医師、病院、制度にはいっさい責任無しと結論付けました。厚生労働省はそれを追認し、さらに、報告書の全面開示を拒否し、開示されたものは半分が黒塗りでした。
どのように言おうが、患者の自殺というのは医療者としては敗北です。ところが、第三者委員会と厚生労働省は、現場の医師がマニュアルどおりに手順さえ踏んでいればどのような事態になっても国が援護・防衛してくれるという前例を作ったのです。

その他の12例

その他の12例については、政権交代によってようやく極一部が開示されました。
開示されたものによれば、「自殺事案の入院・通院期間別の内訳として、入院について、6ヶ月以内2件、1年6ヶ月を超えて2年以内1件。通院について、6ヶ月以内4件、6月を超え1年以内5件、1年を超え1年6月以内1件」としています。入院の長期化という結果がすでに現われています。
入院者の自殺の様態については、肥前の例の他、「外泊訓練中に自殺1件」「病院内での自殺1件」とし、通院者については「自宅において自殺を図り死亡5件、自宅外で自殺を図り死亡5件」としています。
入院中に自殺した3人についてはいずれも、「自殺の動機は不明」「遺書や遺言はなかった」「自殺の兆候はなかった」「医師との関係は良好であったと思われる」「治療内容および治療方針については、本人に説明し同意を得た上で治療を行なっていた」「とくに不満は言っていなかった」としています。入院中に自殺の3人について、外に出たいと言っていなかったか、強制入院との因果関係はという質問に対しては、「外出の希望を踏まえて、外出訓練を実施していた」「外出・外泊の希望を踏まえて、外出・外泊を実施していた」「とくに外に出たいと言っていなかった」としています。
また、どこの病院で自殺者が出ているかは秘匿すべき個人情報だとして開示しませんでした。まったく不当なことです。厚労省は報告などの全情報を開示すべきです。

「精神障害者」の命は軽いのか

13人もの自殺者にもかかわらず、厚生労働省は、何の反省も検討もせずに漫然と制度を維持し続けています。「医師との関係は良好であり、治療内容及び方針に本人は同意していた」と言ってしまえば、現場も制度も許されるというのです。自殺の兆候をつかんでいなくても「関係は良好だった」とは、何という言いぐさでしょうか。また、周囲や家族に遺言も遺書も残していないと強弁しています。しかし、肥前の例では遺族に本人の付けていた手帳を渡さずに、数ページが破り捨てられていたという、不審な動きをしています。遺族は自殺の真相を隠す目的があったのではないかと見ています。あくまで「医師との関係は良好であった」のだから、医師には責任はないし、病院にも制度にも落ち度はないと、「死人に口無し」を決め込んでいるのです。厚生労働省には、真相を解明し、次の自殺を防ぐという姿勢はいっさいないのです。
もし仮に、医療観察法で防げる事件があるとしても、それと引き換えにして13人もの死を我慢しないといけないのでしょうか。13人の「精神障害者」の命はそんなに軽いのでしょうか。13人の「精神障害者」の命より、そして次に現われる自殺者の命より、わずかばかりの事件を防ぐほうが重いということなのでしょうか。

医療観察法で予防される事件はあるのかそもそも疑問

山上皓ら保安処分の推進派は、犯罪を繰り返す「精神障害者」の8割は、もともと事件を繰り返していた「健常者」で、刑務所に収容中に「精神障害」を罹患した人だと言っています。それを防ぐには医療観察法は適していないのではないでしょうか。劣悪な刑務所の処遇を改善することがそのような例を防ぐ手段です。
何千人もの「精神障害者」の人権を侵害して、わずかばかりの事件を防ぐという法の構造そのものが問題なのです。すでに千数百人が対象となり、予防拘禁と不定期刑を受けています。また、この法の下で、1割の長期入院=社会的入院が生まれることを厚労省も認めています。
約1%の人の自殺が必然とされるような法は撤廃しかありません。私たちは、医療観察法には手直ししたり改善する余地はなく、いったん法を撤廃し、一から制度を作り直すしか問題解決の道はないと考えます。刑事事件を起こした人を特別視することがそもそもの間違いだと考えます。政権交代した今、小泉新自由主義政権のポピュリズム、ファッショ的手法によって作られた悪法をいま一度冷静に見直し、撤廃に向け、共に闘われんことを訴えます。

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2009年9月 2日 (水)

<路上生活者>6割以上が精神疾患

下記の記事が配信されてきました。
ここからは、例えば自殺者の9割りは「精神病者」だからといって、自殺対策を「精神病者」対策とするような愚作と同じ轍を踏まないようにする必要を感じます。自殺には失業や経済的な原因で精神疾患に罹るというように,「精神病」になる原因を取り除くことが最大の対策であって、自殺予防というならその第一の原因を取り除かないといけません。

路上生活者の6割以上が「精神病者」であるということから、すでにそうなっている人に対する対策として生活保護に繋げることとは別に、本当の対策は路上生活を生まないように失業対策、住宅対策、生活保護などの福祉対策を組む事であることとを強調したいです。そして「精神病者」がそれだけを理由として解雇される日本の社会の矛盾の解決が必要と思います。ここを解決しないと次から次に路上生活に追い込まれる「精神病者」が生まれます。高見解雇を正当とした、国家のありようを糾さねばなりません。

<路上生活者>6割以上が精神疾患 池袋周辺で医師らが調査
9月2日15時2分配信 毎日新聞

 路上生活者の6割以上がうつ病や統合失調症など何らかの精神疾患を抱えていることが、東京の池袋駅周辺で精神科医らが実施した実態調査で分かった。国内でのこうした調査は初めて。自殺願望を伴うケースも目立ち、調査に当たった医師は「精神疾患があると自力で路上生活から抜け出すのは困難。状態に応じた支援や治療が必要だ」としている。【市川明代】

 国立病院機構久里浜アルコール症センター(神奈川県横須賀市)の森川すいめい医師らが昨年末~今年1月上旬、池袋駅周辺で路上生活者の支援に取り組むNPO法人「TENOHAS I(てのはし)」(清野賢司事務局長)の協力を得て実施。駅1キロ圏内に寝泊まりする路上生活者約100人に協力を求め、応じた80人を診察した。

 それによると、うつ病が40%、アルコール依存症が15%、統合失調症など幻覚や妄想のあるケースが15%。複数の症状を発症しているケースもあり、不安障害やPTSD(心的外傷後ストレス障害)なども含めると63%(50人)が何らかの精神疾患を抱えていた。失業してうつ病になったり、疾患が原因で職に就けないなどの理由が考えられる。重症者は調査に応じられないため、実際はより高い割合になるとみられる。

 一方、約半数が「死んだほうがいい・死んでいたらよかった」などと考え、「自殺リスク」があることも判明した。路上生活歴は平均5年8カ月だったが、6カ月未満が20人で最も多く、森川医師は「公園や河川敷と異なり、家を無くしたばかりの路上生活者が多く、自殺につながりやすい」と懸念する。

 

森川医師によると、精神疾患を抱えると、▽自分には生活保護を受ける権利がないと思い込む▽自ら福祉事務所に相談に行けない▽福祉事務所の職員と話がかみ合わない--などの理由で路上生活から抜け出すのが困難になるという。

 森川医師は「国は精神科病床の削減を進める方針で、精神疾患を抱える路上生活者が増える可能性もある。専門性の高いケースワーカーの育成が急務」と指摘する。  調査メンバーは今後、路上生活者の中に数多く含まれるとされる発達障害や知的障害についても調べる。

 

◇【解説】新政権は早急に対策を  路上生活者の6割が精神疾患を抱えている実態を指摘した今回の調査は、国に支援策の見直しを迫るものだ。

 国の最新調査(09年1月)では、全国の路上生活者数は前年比1.6%減の1万5759人。自治体の大半が日中に職員が目視で人数を数えているが、路上生活歴が短い場合、一見して分かりにくいうえ、深夜の駅周辺に寝場所を確保する傾向があり、「今の調査方法では実態がつかめない」との批判が出ている。7月の完全失業率は過去最悪の5.7%を記録し、路上生活者がさらに増える可能性がある。

 行政側の従来の路上生活者支援は、ケースワーカーが短時間面接し、一時保護施設にあっせんするなどして終わるケースが多かった。

 しかし、短期間で一時的な支援では、精神疾患の有無を把握することは困難。路上生活者を減らすためには、ケースワーカーが繰り返し当事者に接触し、必要に応じて医療につなげるシステムづくりが不可欠だ。

何よりもまず新政権は、路上生活者と精神疾患に関する全国規模の調査を行い、実態を把握する必要がある。【市川明代】

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保安病棟の自殺者数2

法務省の担当課の押切さんに電話して、法務省として把握している自殺者数を聞きました。厚労省担当者が通院の自殺者数は法務省が把握しているといっていたためです。結論的には通院では9人把握しているとのことでした。統計表では2008年までに死亡している人の数は、入院・通院合わせて14人です。2009年についてはまだ統計が発表されていません。この14人には病死が含まれています。僕の方では病死として一人の方を確認しています。もう一方病死の方がいるという意味と思います。

法務省の回答は、把握している数ということであり、あいまいな余地を残しています。これで確認されるのは入院3人、通院9人の計12人ということです。

法務省の対応がころっと変わっていました。政権交代の効果のようです。以前は統計が発表されるのを待てということであり、自殺者数として尋ねても答えてもらえませんでした。この変化がうまくいけば、自殺者についての報告書類の公開も可能かもしれません。厚労省は遺族の希望をたてに公開しませんが、死者については個人情報保護法の対象外ですし、遺族の希望と死んだ後も保護者責任をとらせる不当なものです。推進派のやっているモニタリング調査に本人同意をとっているとは思えずダブルスタンダードということもあります。

いくらこちらが正論であっても、従来の厚労省・法務省は権力を行使して不当なことを罷り通らせてきました。しかし、政権交代によって流れが変わっているようです。こちらが不当な要求をしても通らないのは当然ですが、正当な要求については通らせることが出来るかもしれません。それが政権交代効果のようです。

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2009年8月29日 (土)

保安病棟の自殺者数

精神神経学会のときに、8月22日の医療観察法シンポジウムの席で、僕の質問に対して厚労省の得津氏は、最新の自殺者数について答えると約束しました。そこで今日得津氏に電話して確認しました。結論的には12人、入院で3人、通院で9人ということだそうです。入院については直接厚労省が把握しているとのこと。通院については法務省が把握していて、聞ている数だということでした。通院について最新の情報は法務省が把握しているそうです。また、どこの病院で何人かということは答えられないといっていました。どこの病院かということは運動側で把握している人がいるのかもしれません。
また、詳細については「遺族の希望」をたてにして公表を拒否しています。しかし、推進派のやっているモニタリング調査では本人の了解を得ずに情報を提供していることからするとダブルスタンダードというしかありません。モニタリング調査というのは、任意のサンプルをとってする実態調査ですが、個人情報は他者には公開しないことになっていますが、研究者には公開されています。この調査に本人同意をとっていないことは、それ自体が問題ではあるとはいえ、二重基準になっていることは確実です。また「遺族」として死んだ後も保護者責任をとらせるものでまったく不当なことだと思います。
10月に予定されている厚労省交渉ではこれらの点を追求する必要があると思います。

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2009年8月26日 (水)

富田試案

精神神経学会で発表された富田試案について、詳細を読んでみました。学会での発表では結論部分がはしょりながらだったのです。結論として提起しているところを読むと、措置入院、医療保護入院を中心とした強制入院を柱とする提案でした。これではちょっと飲み込めないものです。イギリスの例などを参考にしたのかなとも思います。イギリスでは司法精神病棟を中心とした入院施設と、他の大半の「精神病者」は通院を中心とした処遇になっているそうです。

富田試案は措置入院、医療保護入院に人的配置を重くし、いまの精神科特例をなくする方向性が出されています。その面では評価できます。任意入院については触れられていないのは、任意の人は入院させないで処遇するということなのか、手厚い人的配置をしないから書いていないのかは判然としません。

医療観察法病棟を廃止し、社会的入院15万人の退院で浮いた予算を精神医療の底上げに使うという発想は大いに評価できるものです。措置と医療保護を中心とするということの意味をもっと明確にしてもらうことが必要です。いまの措置と医療保護の貧弱な人的配置を考えれば、そこを手厚くするということは評価できるのですが、根本的に措置と医療保護が必要なのかという議論がまずなされないといけないと思います。そうでないと措置病棟が実質的な司法精神病棟になってしまうだけではないのかという疑問があるからです。

医療的判断に裁判官が関与するという医療観察法が、保安処分であることは明白です。裁判官は「再犯のおそれ」ありという判断をするためにのみ関与するのです。医療的判断に裁判官が関与するという矛盾は医療観察法をなくすることによってのみ解消されます。

医者だけが判断するからといって司法精神病棟である限り「再犯のおそれ」の判断をするのであり、精神神経学会の「再犯の恐れは判断できない」という見解を否定することになります。そこの疑問について富田医師は答える必要があります。

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2009年8月22日 (土)

精神神経学会

今日は精神神経学会の医療観察法シンポジウムがあり、ビラまきとシンポへの参加を行なってきました。ビラについては近日中にアップします。医療観察法病棟の自殺事件を糾弾する内容のビラです。シンポジウムは最初に厚労省が法施行後の状況についてしゃべり、法の内部にいる医者の発言、日弁連の幹部の発言がありました。この幹部は法の廃止では無く法をよりよくするという許しがたい立場でしゃべっていました。こんな人物が日弁連の幹部だとはそれ自体が許しがたいです。

富田医師が医療観察法をなくするだけではなく、精神医療全体の改革の試案を提起されました。多くの点でうなづけるものでした。社会的入院15万人の社会復帰を通して財源を作り、精神医療のかさ上げを図ると言う大胆な提案です。詳細はまた別の機会に譲ります。医師の中にも捨てたもんではない人たちがいまだにがんばっているのは、僕らと合流すれば大きな力になると思いました。

質疑では僕も発言し、厚労省の役人に自殺問題での情報公開を求めました。厚労省は遺族の了解が得られていないということをたてに公開出来ないと許しがたい発言でした。遺族の了解どころか本人の了解もなく患者の情報を反動的精神科医に垂れ流しているくせに何を言うのでしょう。再度質問をしようとしたら、他の人には再質問を認めていたのに、司会の反動的精神科医であるIWは再質問を封じてしまい、聞きたかったこと、言いたかったことが言えませんでした。IWといえば医師としての自己の権力を最大限に振るい、兵庫県下の「精神障害者」運動に介入して歪めてきた張本人です。医師の権力に少しでも逆らうと、「暴力分子」とレッテルを貼り、運動を潰そうとして来たという札付きの人物です。

厚労省とそれをかばうIWという構図が出来上がっていました。10月に「医療観察法をなくす会」としての厚労省交渉があるそうなのでそこに対決は持ち越されました。またそれとは別に、社民党が政権に入ることになれば、政権与党からの議員質問という構図にもなります。社民党が与党になった時には態度をかえるということがない限り、肥前の自殺問題で質問をしてくれた構図が、与党議員からの質問ということになります。官僚がそれを拒否できるのかどうか、大いに見ものです。

そのためにも社民党には選挙でがんばってもらわなければなりません。世論調査では議席減が予想されていますが、大事な人には通ってもらわねばなりません。

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2009年8月18日 (火)

隣人の運命

隣の部屋の「病者」とおぼしき人が最近引っ越していった。一ヶ月くらい前からすがたを見なくなり、最近は見たことのない人たちが出入りしていたのだが、ごく最近にはそれらの人たちも見なくなり、荷物もなくなっている。引越しは僕の留守にやったのだろうか、見かけはしなかった。

隣人というのは大声で独り言を言う人物だった。大家は二階の部屋から瀬戸物を投げたといって迷惑がっていた。不動産屋を通して立ち退くように通告していると大家は言っていた。大声で独り言を言うというのは、直接に誰かに危害をくわえるわけではない。そういう人は昔から多くの人の隣人として暮らしていたことだろう。ちょっと驚いたりする程度のことであり、誰も迷惑するわけでさえない。

そういう人を許容でせきない社会になっているのだ。これに医療観察津法が影響していないはずがない。観察法は「精神病者」を犯罪予備軍と規定するものだ。再犯を繰り返す「病者」がいるという扇動の元で一気に法制化された。あの小泉ポピュリズムの極致というべきものだ。小泉はニセのターゲットを作って労働者を扇動して、それを社会から排除するという手法をとった。それをポピュリズムという。郵政民営化すれば景気がよくなるなどという、風が吹けば桶屋が儲かる的な、何の脈絡があるのかも分からないことをいって人気を博した。それにはテレビ・新聞が大きな役割を果たしたことはいうまでもない。

風が吹けば桶屋が儲かるのかどうかは分からないが、郵政民営化をすると「病者」が社会から排除されるという因果関係は確かに存在したのだ。おかげで隣人は住居を追われ、どこに行ったのかも分からない。

このような社会のありように終わりを告げることが出来るかどうかの正念場が来ている。単純に民主党政権だからいいというわけではないが社民党が政権の一角を占めれば大きな変化がくるのは確かであろう。社民党といっても様々だが、幾人かは推薦できる人たちもいる。何でもかでも反対といっていれば気持ちはいいかもしれないが、世の中を変える力とはならないだろう。本当の革命というものはダイナミックなものだ。動の中に動を見出す力がないとそのダイナミズムは捉えられない。隣人の運命は元に戻せないが、さらに多くの犠牲者を生み出さないために、大きな変化を作り出そう

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2009年7月 8日 (水)

脳死臓器移植時には麻酔薬を使っている事実

守田です。法的脳死判定・臓器摘出で麻酔がかけられたと判る患者は、報道や医学文献で分かる範囲に限定しても1、2、9、12、30、40、47、53例目の計8例に麻酔が投与されています。報道または文献の要旨は以下のとおりです。

法的脳死判定1例目(高知赤十字病院)
*     「臓器摘出開始時に、急に血圧が上昇した。そのため麻酔を実施した」、と主治医が記者会見にて公表。
*     西山 謹吾:心臓移植の麻酔、日本臨床麻酔学会誌、20(8)、S146、2000
 今まで使用してきた抗生物質、ステロイドの投与、筋弛緩剤の投与が必須である。あくまで脳死患者であるから、脳以外は正常と考える必要がある。すなわち脊髄反射により高血圧を来たすことはあり、降圧剤が必要になることもある。これに対しては吸入麻酔が調節性に富んでおり使いやすい。脈搏に関しては大きな変動はない。

法的脳死判定2例目(慶応大学病院)
*     川瀬 斌:臨床の現場から 脳死判定医が語る臓器移植、中央公論、150-160、1999年9月号
 心臓摘出の部分は日本臓器移植ネットワークに、麻酔代と手術にかかわった医師五人、看護婦3人という最小限の人件費だけをあとで請求しましたが(後略)*Aikawa Naoki:A 35-year-old Man with Cerebral Hemorrhage andPheochromocytoma:The Second Brain-dead Organ Donor in japan(大脳出血及び褐色細胞腫をもった35歳男 日本における脳死臓器提供第2例)、The Keio Journal ofMedicine、49(3)、117‐130、2000
(事前の超音波検査により、肝および副腎近傍に腫瘤のあることがわかったため、移植用臓器の摘出前に良性か悪性かを調べるため生検が施行され、それぞれ肝海綿状血管腫、副腎褐色細胞腫と診断された。下記は、生検時に昇圧剤や降圧剤を投与しても血圧・心拍が大きく変動したため、ガス麻酔が必要だったことを報告している)
ムライ医師 :生検を行ったのは私ですが、肝臓の針生検を行った際に、患者の血圧は 非常に高くなりました。そしてその後、副腎から楔状に生検組織が採取された時は、 患者の血圧は大きく変動しました。タケダ先生、あなたは外科手術の時の血行動態の記録を持っていますか?
タケダ医師 : 褐色細胞腫の診断は、通常は術前になされています。褐色細胞腫は血中のカテコー ルアミンの濃度(レベル)が上昇しますので、拮抗薬が使われたり、循環血液量の低下を補うために血液製剤が投与されます。 褐色細胞腫の患者は手術直前の、この様なコントロールのもとであっても血圧の変動は依然として激しいことが多いのです。 しかしながら、今回の症例では、褐色細胞腫の診断は手術中(当サイト注:生検中に?)になされました。我々のデーターを調べてみますと、血行動態は、非常に激しく変動しており血圧はある時は210/120mmHgに上昇し、直後には80/75mmHgまで低下したことが記録されています。 心拍数は一般的にはだいたい100拍/分ですが、手術中には140拍/分まで上昇しています。しかし、こういった事態は、我々が何も対処を行わずにいた間に起こったわけではありません。我々は様々な降圧剤、昇圧薬を投与しましたが、血圧の異常な変動は収まりませんでした。 さらに、脳死の患者さんに対して麻酔が必要かどうかは、興味ある点でしょう。通常は筋弛緩薬のみを投与します。しかし、この患者には血圧コントロールのために一定量の吸入麻酔薬が必要でした。
アイカワ医師:2回目の脳死判定をもって、脳死患者となりました。引き続いて行われた臓器摘出手術やその手技における患者のマネージメントに関わる管理は、いくらかの麻酔薬は使用されますが、「麻酔管理」と呼びません。「ドナーの呼吸・循環管理」 と呼びます。 ここまでお伝えした中で、何かご質問はございますか?

法的脳死判定9例目(福岡徳州会病院)
*     三浦 泰:脳死臓器提供者の麻酔経験、麻酔、50(6)、p694、2001 ベクロニウム(筋弛緩薬)4mgを静脈注射した。臓器摘出手術の開始直後に一時的に高血圧となったため、ニトロプルシド(血管拡張薬)とイソフルラン(ガス麻酔)0.5%を数分間投与した。
法的脳死判定12例目(川崎市立川崎病院)
*     西部 伸一:臓器移植と手術室(一般病院麻酔科の立場から)、日本臨床麻酔学会誌、21(8)、S181、2001
 臓器移植法に基づく臓器摘出手術の経験のある施設から適宜アドバイスを得ることができたため、比較的支障なく臓器摘出手術の麻酔へかかわることができた。しかし、ドナー管理中の電解質以上および摘出手術中の血圧管理には困難が伴った。

法的脳死判定30例目(日本医科大学付属第二病院)
*     大島 正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号)、S59、2004および付属CD\endai\1-023.html
 フェンタニル0.1mg、ベクロニウム20mgで麻酔導入し、酸素-イソフルランで維持した。各摘出予定臓器周囲の剥離と臓器の視診、触診後、ヘパリン20,000uを静注し、灌流用カテーテルを挿入した。その際徐脈を来したためアトロピン0.5mgを静注した。脳死後も脊髄反射が残存するため、筋弛緩薬は必須である。胸骨縦切開時の血圧上昇時にフェンタニル、イソフルランを使用した。徐脈時にはアトロピンは無効とされるが、我々の症例では有効であった。
*     大島 正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔 あらためて感じたコミュニケーションの重要性~「命のリレー」に携わって、LiSA、11(9)、960-962、2004
 この資料にも、麻酔投与とアトロピンが効いたことが記載してある。
 注:脳死判定の補助検査としてアトロピンテストを行なう施設もある。アトロピンを投与して脈拍が増加すると脳死ではないと判断される。

法的脳死判定40例目(浜松医科大学医学部附属病院)
*     木下 恵理:本院における脳死ドナー移植の経験、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第26回大会抄録号)、S208、2006
*     木下 恵理:本院における脳死の麻酔、麻酔、56(9)、1119、2007
 ドナーの麻酔は少量の吸入麻酔薬と、筋弛緩にて行った。脳死移植ドナーの管理において、純粋に医学的な麻酔管理だけでなく実務上必要な事柄が多く、麻酔科医の負担が大きかった。

法的脳死判定47例目(帝京大学医学部附属市原病院)
*     長谷 洋和:脳死ドナーからの臓器摘出術の麻酔の実際、日本臨床麻酔学会誌(日本臨床麻酔学会第26回大会抄録号)、S208、2006
 脳死という特殊な状態に医学的な麻酔管理が必要であった上に、各臓器摘出チームから個別に細かな依頼に対応しなければならなかった。脳死ドナーからの臓器摘出の経緯と麻酔管理を紹介する。

法的脳死判定53例目(札幌医科大学付属病院)
*     山本 清香:レミフェンタニルを使用した脳死ドナー患者の麻酔管理、臨床麻酔、31(8)、1353-1355、2007
 手術室入室後、有害な不随意運動と十分な筋弛緩を得るため、ベクロニウム5mgを単回投与した後、5mg/hrで持続投与した。手術刺激に伴う循環変動に対処するため、レミフェンタニルを0.06μg/kg/min持続投与で開始し、体重1キロ当たり毎分0.1~0.3μg/kg/minの範囲で循環を管理した。

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2009年7月 7日 (火)

急性薬物中毒の場合脳死判定は可能か?

守田です。今回送信する文章の要点は3項目です。
1、 現行の臓器移植法の審議の過程で、脳死判定に積極的で著名な医師が「脳死判定は確実にできる」と国会で参考人意見を述べたことが、脳死判定の対象外=除外例とすべき急性薬物中毒患者・中枢神経抑制剤投与例については嘘であったこと。
2、 各発言がなされた当時は周知の事実ではなかったことですが(学識経験者は知っていなければならないことですが)、急性薬物中毒の症状が予想以上に長く残ることについて、現代では広く重大な問題と認識されるようになったこと。
3、 脳死判定の対象から除外すべき急性薬物中毒患者が非常に多いと想定されるにもかかわらず、法的脳死判定においても除外されていない。検証会議はまったく検証していないことについての指摘です。
 まず、脳死判定の対象外(除外例)とすべき急性薬物中毒、中枢神経抑制剤投与例について、念のため説明しておきます。
 患者が薬物を自殺目的や誤って大量に飲む場合があります。また医療機関では患者を治療する目的で、様々な薬物を投与します。手術する時に麻酔をかけます。少量の麻酔薬で安全に手術を行うためにも、筋弛緩剤が同時に使われます。患者の治療に有害な体動や反射を抑えるためにも、筋弛緩剤が投与されます。脳を休ませる目的で薬物が投与されることがあります(バルビツール療法)。
 このように様々な薬剤が患者に投与されて、その薬物の影響で患者は昏睡状態や自発呼吸を消失した状態や瞳孔が開いた状態に陥ることがあります。脳死に類似した状態になって、薬物の影響でそうなっていることに気づかれなければ、誤って脳死と判定される恐れがあります。急性薬物中毒の状態、中枢神経抑制剤に影響された状態にある患者は、時間が経てば回復する可能性があるため脳死判定の対象から除外すべきことが昔から規定されています。
 これからやっと本題ですが、まず、過去の衆議院・厚生委員会議事録から武下浩、加来信雄、竹内一夫の発言を紹介します。
・     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第132回国会 衆議院 厚生委員会議事録第15号(1995年6月13日)参考人=社会保険小倉記念病院長・日本学術会議会員・武下浩p6 私は、竹内基準で脳死は間違い無く判定できるということを申し上げたいと思います。p7 竹内基準で十分に脳死の判定が可能で、間違うことはありません。示された前提条件、除外例を厳格に守り、確実に検査を行なえば、竹内基準による判定は科学的である。(中略)脳死状態になりますと、一般的対応では数日のうちに心停止、心臓が止まります。(中略)省令として予定されている判定法、竹内基準に準拠は、医学界からも十分に支持される内容と考えます。

第136回国会 衆議院 厚生委員会議事録第31号(1996年7月12日)に掲載された派遣委員の福岡県における意見聴取に関する記録 平成八年六月二十日(木) 
(50/68) 意見陳述者=久留米大学医学部教授・加来信雄
 脳死に対して正しく判定できるか否かについて今なお論議が続いていますが、高度の救急医療を行っている施設においては、脳死の判定は正しく行えますし、竹内基準を基本としたもので十分であります。そして、脳死判定後にそれを評価する組織委員会が機能することも必要であろうと思います。

第140回国会 衆議院 厚生委員会議事録第13号(1997年4月8日)参考人=杏林大学学長・竹内一夫p3
 脳死の判定基準の最初に「前提条件」あるいは「除外例」というものが厳重に設定されております。(中略)まだこういう治療方法をやればいいのじゃないかということが、余裕が残っている場合には当然脳死の判定はすべきではないというのが脳死判定の常識だと思っております。
・     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 上記のように武下、加来、竹内は「脳死判定はちゃんとできる」と国会議員に保証したのです。竹内らは、多数の論文で「各国で誤診とされた脳死患者は、中枢神経抑制剤の影響が残る状態で脳死判定を行なわれたケースがもっとも多い」と書きました。ところが、竹内らが知らない重大なことがあったのです。

有効血中濃度域が不明の薬物が多いこと
 竹内は「脳と神経」誌2002年7月号掲載の「脳死の判定」p557~p563において、「船橋市立医療センターの唐澤らによると脳死判定に影響を与える29種類の薬物のうち、有効血中濃度域がわかっているものは12種類しかないという」と書きました。薬物中毒状態かそうでないかは、血液を採取して血中の薬物濃度を検査しますが、そもそも、どれだけの薬物濃度だったら神経活動に影響があるのか判っていなければ薬物の濃度を測定しても意味がありません。竹内は「除外例というものが厳重に設定されております」と国会で参考意見を述べ臓器移植法の制定に大きな影響を及ぼしながら、本当は除外すべき薬物がどれだけあるかも知らなかったように思われます。

血中の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度が乖離していること
 次に書くことがさらに重要なことですが、薬物中毒になっているのかいないのかは、脳の血流が低下していると見込まれる患者の場合は、血液を分析してもあてにならないということです。それは、血中の薬物濃度と脳組織内の薬物濃度が大きく異なるからです。
このことについて、日本医事新報は2001年に4042号p37~p42に守屋文夫氏(高知医科大学法医学)による「脳死者における血液および脳内の薬物濃度の乖離」を掲載しました。守屋氏は、臨床的脳死状態で薬物を投与された患者が約72時間後に心停止し、解剖して各組織における薬物濃度を測定したところ、心臓血における濃度よりも53倍 の薬物が大脳から検出されたことを報告し、薬物が投与された患者の脳死判定は慎重に行うべきことと、「第三者機関による脳死判定の検証では、薬物分析のための血液と脳組織の採取が望ましい」と検証方法についても提唱しています。血液検査では、薬物中毒患者かそうではないのか判らないということです。この知見は、同時に読売新聞も報道した。「脳死判定に新たな難題」という見出しだったと思いますが、この段階で一般人にも周知の情報になりました。

 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が乖離していることの報告は、私が見た範囲では1994年以降で以下の文献にもあります。
 斎藤剛は日本法医学雑誌48巻補冊p93(1994年)に、ペントバルビタール投与期間28時間、投与中止後4日で死亡。バルビタール濃度は小脳皮質で血液の7.7倍だったと報告。
 實渕成美は、日本法医学雑誌51巻2号p181(1997年)に、脳死から7日後、脳中薬物濃度の血中濃度に対する比はジアゼパムで14.1倍だったと報告しています。
 脳組織内薬物濃度と血中薬物濃度が、脳不全患者では乖離してくること。また、脳死判定のために患者の脳組織を採取する検査はできないため、「患者の治療目的の麻酔も含めて、脳死判定に影響する薬物を摂取ないし投与された患者は、その影響が無くなっていると判断できる情報がある場合以外は、脳死判定の対象外とする、除外例とする」としなければならないはずです。竹内らは脳死判定基準の権威と見なされており、何回も脳死判定基準について書いているのですから、臓器移植法の成立前からこうした警告を発すべき立場にあったと私は思います。
 ところが竹内は、さきほど紹介した「脳と神経」誌2002年7月号では、脳内薬物濃度が末梢血中の数十倍も高濃度な「脳死」患者がいることについて「脳死判定の目的で被験者の脳組織を採取するような検査は、まず実施不可能であろう」と述べるにとどまりました。

脳死判定の対象外とすべき患者を対象とした、やってはいけない脳死判定の横行
 竹内らが関与している厚労省検証会議は、昔ながらに「薬物投与終了後から長時間が経過したので脳死判定に影響なし」としています。一例をあげると、2004年に神戸市立中央市民病院で法的に脳死と判定された患者は、第31例目の脳死下での臓器提供事例に係る検証結果に関する報告書
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0318-1.html によると「6月29日に、フェニトイン(250mg)が一回投与されたが、臨床的脳死診断の開始まで約4日が経過しており、脳死判定への影響はないと考えられる」としています。
 7月2日の参考人質疑で、福島議員が柳田邦男参考人に「実際今回検証されて、これは問題ではないかとか、いかがだろうかというケースはあったんでしょうか」と質問したところ、柳田参考人は「結論を言いますと、ありませんでした」と応えました。そもそも脳死判定の対象外とすべき患者にまでも、脳死判定を遠慮なくやっていることに認識さえもないから、柳田はこのような回答をしたのでしょう。
 竹内ら厚労省の検証会議に関係している脳死判定医は、脳死判定の対象外とすべき薬物中毒の可能性のある可能性のある患者について、十分な知識を持っているはずです。ところが、検証会議では何の指摘もしない。だから柳田も問題を認識していないのでしょう(新聞も読まない人だとすればですが)。結果として、脳死判定の対象外(除外例)とすべき患者を対象とした脳死判定を横行させています。


脳死判定除外例も脳死判定し、人体実験まで行った医師の後悔
 昨年の市民会議の学習会で私が報告したことですが、熊本大学の木下順弘教授は、2007年11月2日、日本脳死・脳蘇生学会のワークショップでこう話しました。「残存薬物の問題ですが,急性薬物中毒は,判定の対象から除外すると,ごく簡単に竹内基準はなっていますが,日常臨床では,鎮静剤や抗痙攣薬,時には筋弛緩薬のような薬物を脳死判定以前に使っていることは多々あると思います。そして,それらの薬物に影響が一切ないのかと問われた時に,私は自信を失いました。特に守屋らの報告ですが,血液中の濃度と,薬物の脳内濃度は一緒なのかという問題を突きつけられた時,非常に頭を悩ませました。つまり,脳血流がそもそも非常に少ない段階では,薬物は血中から脳のほうへ移行していかないかもしれませんが,脳循環がいい時に,高濃度の薬物が脳の中にたくさん溜まって,その後脳循環が停止したら,その薬物はずっと脳の中に残存し続けているのではないかと言われた時に,そうでないと自信をもって誰が言えるでしょうか。ましてその活性代謝産物まで調べないといけないと言われた時に,この問題は頭を悩まし,できれば避けてとおりたいというぐらいの気持ちです」と。

 1980年代に木下教授は、大阪大学の特殊救急部時代に脳死前提の人体実験をしています。当時、特殊救急部では患者の治療中に鎮静剤や抗痙攣薬,筋弛緩薬を投与した場合、投与終了から24時間経過したら脳死判定を開始していました。この当時は、投与終了から1日たったら、薬の影響は抜けると思い込んでいた。ですから木下らは、本当な脳死ではないかもしれない患者を対象に、患者の治療目的で投与した麻酔剤などの影響が残っている状態で脳死と思い込んで脳死判定をしてしまった可能性がある、そして脳死患者の救命に反する心臓の筋肉の採取、ホルモン投与など人体実験を行ってしまった。加えて、脳死ではないかもしれない患者を検査して、「脳死になった患者の医学的生理的な状態はこうです」と論文を発表してしまっています。

 木下らは、脳不全患者の人権、生命を侵害したことに加えて、患者家族には脳死であると不正確な説明をした、それだけではなくて脳死患者の生理的状態・医学的情報について、脳死ではない可能性のある患者の情報も混在させて発表した、その論文が今も脳死患者の情報として引用されうる状態にある、という3重の罪を重ねています。(各施設の脳死前提の人体実験の概要はhttp://www6.plala.or.jp/brainx/experiment.htm を参照)
 木下は「この問題は頭を悩まし,できれば避けてとおりたいというぐらいの気持ちです」と講演していますが、避けて通れる立場ではありません。脳死判定の対象外、除外例とすべき患者までも脳死判定をしてしまうことは、これほどまで長年にわたって当事者を悩ませることです。
 では法的脳死判定は、どのような効果を持つのでしょうか。患者から臓器を取り出すこと、生命維持を終了することにより、患者を死に至らしめるのです。いい加減な脳死判定を行うならば、木下教授が講演したように、家族・脳死判定医・さらにその臓器をもらった移植患者に永遠に傷を残すでしょう。法定脳死判定手続きにも不信を蓄積し続けます。


国会審議も見直しが必要
 脳死判定の除外例について、生存している患者の脳内薬物濃度を測定する技術は開発されておらず、開発できたとしても有効域がわからない薬物を投与した患者を「脳死」判定対象から除外することは、不可能です。存在しない前提条件、除外例を守ることはできないのに、竹内らは国会で参考人として「示された前提条件、除外例を厳格に守り、確実に検査を行なえば、竹内基準による判定は科学的である」と述べたのです。国会における論議を白紙に戻さなければならないと思います。

以上

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2009年7月 6日 (月)

脳死判定基準の原理から

関西市民の会の、守田憲二さん(ホームページ:死体からの臓器摘出に麻酔?の開設者http://www6.plala.or.jp/brainx/)から脳死問題で重要なメールを怒りネット古賀さん宛にいただきました。ホームページに公開して良いという了解をいただきましたので3回に分けて掲載します。

古賀さん、おはようございます。守田です。
 7月2日の参議院厚生労働委員会における参考人質疑について質問をいただきました。こちらで調べなければならないこともあり、正確に回答するには長文になりますので、何通かに分けて送信します。

 まず、日本移植学会理事長・寺岡の発言の再録からです。寺岡は、厚生省研究班による小児脳死判定基準で「脳死と判定された後に回復した事例はありません」と発言しました。
 以下が私の反論ですが、まず脳死判定の原理、その原理から想定される限界を踏まえなければなりません。
 脳死判定は5つの必須検査で構成されます。このうち頭皮上に電極を置いて脳波を測定しても、脳の深部、脳幹部の状態がわからないことは頭蓋内脳波や鼻腔脳波の研究で示されているとおりです。
 他の4つ(深昏睡、瞳孔の散大固定、脳幹反射の消失、自発呼吸の消失)は、刺激を加えて反応の有無を調べる原理で共通しますが、このような検査は、果たして反応するに足る十分な刺激を加えているのか判らない、という問題があります。
 例えば瞳孔を見る時に光を当てますが、その時に室内の明るさ、当てる光の強さ、照射時間により結果は異なります。そもそも脳死判定基準は、対光反射の有無を検査する際に、室内の明るさについて、当てる光の強さについて、照射時間の長さについての規定がない検査です。室内の明るさは何ルクスにしておくのか、照射する光は何カンデラの懐中電灯を使って、何秒間当てたら十分な刺激を与えたといえるのか?長時間、強い光を当てたら瞳孔が動くかもしれませんが、失明をさせる恐れのある検査はできない。そんなことをする医師はいない。

 深昏睡の検査は痛み刺激を与えますが、これも与える痛み刺激の強さについての規定がない検査です。1平方センチあたり何キロの強さで何秒間押しても反応がなければ、深昏睡といえるのか。強く押せば、患者は目覚めるかもしれないが、患者を傷つけるほどの激烈な痛み刺激を与えることはできない。そんなことをする医師はいない。しかし、米国のザック・ダンラップ事件

 この資料について解説します。米国、カナダ、英国の脳死判定基準は、無呼吸テストで自発呼吸がないことを確認する動脈血二酸化炭素分圧レベルが異なります。英国は50mmHg、カナダは50mmHgから55mmHg、米国は60mmHgです。このような微妙な炭酸ガス刺激の強度の違いで自発呼吸をする、脳死ではないことがわかるケースがあります。死亡宣告をされたり、されなかったり、臓器摘出をされたり生体解剖として臓器提供は拒否されるケースがあります。では我が国の脳死判定基準を満たした状態は、まったく本当の脳死なのでしょうか?
 厚労省基準は、動脈血に溶け込んでいる炭酸ガスの圧力(二酸化炭素分圧)が60mmHg以上になったら無呼吸テストを終了してよいとしていますが、その閾値と設定された60mmHgを越えてから、呼吸をした患者が多数報告されています。値の低いほうから8例を並べると以下のとおりです。

1~2例目:日本大学付属病院では2例、64.7mmHgと72.2mmHgで自発呼吸をした(脳蘇生治療と脳死判定の再検討、p97)
3例目:帝京大学医学部附属市原病院では59歳女性が66.4mmHgで自発呼吸をした(日本救急医学会関東地方会雑誌8巻2号p524~525)
4例目:京都大学付属病院では86mmHgで自発呼吸をした(麻酔37巻10号臨増S66)
5例目:米国ワシントンDCのChildren's National Medical Centerでは、3歳男児が91mmHgで呼吸。同日2回目の無呼吸テストでは71mmHgで呼吸をし、その後数日間は人工呼吸の設定を超えて規則的な自発呼吸を始めた。現在、患児は気管切開と胃ろう造設がなされ慢性病棟で介護されている(Critical care medicine26巻11号p1917-p1919)
6例目:日本医科大学付属病院では、54歳女性がPCO2(肺胞内二酸化炭素分圧)が100mmHgを超えてから自発呼吸をした(人工呼吸器装着時の連続測定でPCO2の最高値は、PaCo2よりも1~5mmHg低いとされる)(救急医学12巻9号S484)
7例目:米国ニュージャージー州のCooper Hospitalでは、髄膜炎の3歳女児は、第2病日に自発呼吸のあったことを除いて脳死判定基準を満たした。無呼吸テスト開始から8分45秒後に息を1回吸った。その時の血液ガス分析結果はpH6.94、PaCO2は112mmHgだった(Journal of child neurology10巻3号p245-p246)
8例目:公立昭和病院では、36歳男性が呼吸刺激薬ドキサプラムを併用した無呼吸テストで119.6mmHgで自発呼吸をした(脳死・脳蘇生研究会誌10巻p64-p66)
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 無呼吸テストを長くし過ぎて動脈血二酸化炭素分圧を80mmHg以上とか上げると、血液が酸性に傾き過ぎる。pH7.2くらいになると、血液中のヘモグロビンから酸素が切り離されにくくなって患者の負担が大きくなりすぎて本当の脳死作成法になるから、これ以上無呼吸テストを長くするわけにもいかない(上記の報告は長くしすぎています。医師が患者を傷つけている)。となると、脳死判定の最重要テストとされる無呼吸テストは、ある程度のところで止めなければならない。これは自発呼吸能力の廃絶を証明できないこととイコールです。

 さらに、いったんは無呼吸とされて脳死判定されながら、大阪大学付属病院(日本救急医学会雑誌2巻4号p744~p745、1991年・Pediatrics96巻3号p518~p520、1995年)


 脳死判定基準を満たした状態は、重症の脳不全であることはわかるけれども、年齢が低くなるほど精度が落ちてくる。成人でも、現代では心停止の予告はできない判定になっていると思います。脳死という言葉も、死の型を分類する時に限って使う用語にすべきと思います。
 脳死判定基準の原理から、は以上です。
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http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery0.htm#40d-respiration-3m では40日後に自発呼吸が復活した。
 公立高畠病院(日本小児科学会雑誌99巻9号p1672-p1680、1995年)
http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery15.htm#126d-eeg-11y では9ヵ月以上経過後に自発呼吸が復活しています。
 この大阪大学付属病院、公立高畠病院の脳死からの復活例は、昔のことですから現行の脳死判定基準とは細部が異なりますが、「一時的に脳死判定基準を満たした後に回復してくる患者を、区別できない恐れがある」ことは十分に指摘できるでしょう。

 A案支持者が盛んに「無呼吸テストも行った法的脳死判定ならば、正確に判定できる」と宣伝していますが、根拠がないデマ、煽動です。脳波も、神経学的検査も、無呼吸テストも脳の機能の不可逆的停止を原理的に証明できる検査ではない。過去の脳死判定のすべてに、何を判定していたのか?という疑問があります。

何を判定できているのか不明の判定基準 許容される行為と許容されない行為の分別が必要
 日本移植学会理事長の寺岡は、厚生省研究班による小児脳死判定基準で「脳死と判定された後に回復した事例はありません」と発言しましたが、そもそも脳死判定基準を満たした状態が何を意味するのか。確定的なことはいえないことを、脳死判定基準の原理から踏まえておかなければならないと思います。
原理的に、何を判定できているのか皆目不明の脳死判定基準を満たした患者を対象に、重大なことを行うこと。死亡宣告をしたり、さらには臓器摘出までも行うことは暴挙というしかないでしょう。
http://www6.plala.or.jp/brainx/wrong.htm#D では、患者の親族が足の裏をナイフで切ったり、爪の下の柔らかい部分に痛み刺激を与えることで脳死ではないことを発覚させて、生体解剖を回避しました。臓器摘出時の激烈な痛みで、はじめて深昏睡から覚めて、そのまま生きたまま臓器を切り取られて殺された患者もいるのではないかと想定されます。

 人工呼吸器の普及で脳死が認識されたように、自発呼吸能力が廃絶したことの確認、無呼吸テストは「脳死判定の骨格」と言われる最も重要なテストです。息をこらえると、血液に溶け込んでいる酸素が減り二酸化炭素が増えてくる。この状態を呼吸中枢が感知して息を吸い込む動作が起こる。この原理から無呼吸テストは、低酸素と高炭酸ガスの両方の状態を作って、自発的呼吸が出現しないか確かめる必要があります。ところが、脳死判定基準における無呼吸テストは、酸素を投与しつつ人工呼吸器を止める。高炭酸ガス刺激だけ加えているが、低酸素刺激は行っていません。
 また、どれだけの炭酸ガス刺激を加えても反応がなかったら「自発呼吸がない」と判断してよいかの科学的根拠もありません。重大な資料を紹介します。カナダの脳死判定基準で脳死とされ、アメリカに臓器提供しようとして、アメリカの脳死判定基準で判定したら息をしたために、家族が臓器提供の同意を撤回したケースです。*Simon D.Levin(McMaster University Medical Center):Brain death sansfrontiers、The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE、318(13)、852-853、1988
37週で出生した2530グラムの女児が、生後41時間後にカナダの脳死判定基準を満たした。動脈血二酸化炭素分圧を54mmHgまで上昇させて、自発呼吸がなかった。米国の移植組織により 心臓の利用が検討され、60時間後に米国の脳死判定基準(無呼吸テスト時に動脈血二酸化炭素分圧を60mmHgまで上昇させる)にもとづいてテストされた。この女児は動脈血二酸化炭素分圧が59mmHgまでは無呼吸だったが、その後64mmHgに上昇するまでsteadilyな(しっかりとした)呼吸をした。臓器提供の同意は、両親により撤回された。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2009年7月 5日 (日)

やしきたかじんの番組

「たかじんのそこまでいって委員会」という番組で怒りネットが取り上げられました。番組は1時間半のものです。冒頭から憲法9条を亡き者とすることがいろいろ論じられているという驚くべき番組でした。僕自身は以前保安処分が取り上げられたときに一回見ただけだったのですが、保守の論壇という感じの設定の番組でした。そのなかで脳死臓器移植問題が二番目のテーマとして約30分にわたって議論されました。その冒頭の問題提起の中で移植推進派とバランスをとるように「臓器を取るのはいいことだということになれば、どんどん脳死判定基準を緩和したり、植物状態の人を死としたりすることが広がっていく。」という発言(古賀さんのものだそうです。番組内では固有名詞は出てきませんでした)が「障害者団体」の発言として紹介され怒りネット全国のホームページのアップが写されました。各コメンテーターの意見は一様ではなく、桂ざこば氏が反対(臓器移植に反対)、宮崎氏(てつやだったか下の名前は不確か)がD案支持、その他のメンバーはA案支持というものです。D案提出者の民主党議員も出てきて、A案対D案という対立構造で議論が進みました。脳死ということ自体が国民的合意もない中、保守論壇も分裂しているということが端無くも現われたものです。A案とD案の違いは脳死を人の死とするか、臓器移植の場合に限って死とするかという違いです。議論にはかみこみませんでしたがざこば氏の立場は保守の中でも移植には反対というものが根強くあるということを示しています。A案支持者は法案にも詳しくなく、「やってみてだめだったら法律を変えればいい」ということが結論とされるという代物でした。脳死臓器移植反対派の意見を広めていく余地はまだまだ広いということを示した番組と感じました。

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2009年6月19日 (金)

脳死法改悪案可決

脳死臓器移植法改悪が最悪のA案が衆院可決されました。自民のみならず民主の幹部もA案に賛成投票しています。

A案は脳死を人の死と規定、今までは臓器移植の場合のみに脳死は人の死とされていたものが一般化されました。脳死後8年間生きている人や1年以上生きていた人などが多数存在します。それらの人は「死体に対する治療」という矛盾した状態になります。もし保険適用がはずされるようなことがあれば、高額な治療費を支払えずに見殺しにするような場合も想定されます。文字通りの優生思想です。生きていく価値のある生と生きる価値なき生という峻別がなされることになります。

さらに15歳以下にも拡大して本人の意思ではなく家族の意思で移植が出来るようにされました。子どもの場合とくに脳死判定後長期間生きている例が多数あります。親にとって厳しい判断が必要になります。そのような圧力を加えることがいいことなのでしょうか。そもそも人の死を前提にして生きるということが良いことなのかどうか、そういう議論は国会でなされていません。審議時間もわずか8時間というものです。

今後は、参議院での審議となります。僕も6月15日には国会議員オルグをしましたが、民主党からも賛成者を出してしまったことがあり、参議院ではさらに慎重に国会議員に働きかける必要があります。

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2009年6月11日 (木)

脳死臓器移植法の改悪阻止を

「脳死」を人の死として臓器移植するための法律の改悪が狙われている。WHO世界保健機構が臓器売買を防ぐために外国へ渡航して移植を受けることを禁じる方向であることが理由だ。ただこの渡航移植の禁止は、新型豚インフルエンザで忙しくなったために先延ばしにされている。脳死臓器移植法改悪だけが先行するかたちとなっている。今は禁止されている15歳以下の子どもの脳死移植を認めるかどうかが焦点となっている。

今の法律で15歳以下に認められていないのは主に自分の意志を表示することの出来ないものの脳死移植は認められないというのが理由だ。だがそれだけではなく、子どもの脳死の場合、脳死後の延命が1年半続いた例など、「脳死イコール人の死」とはいえないという実態があることがある。子どもの場合だけなのかどうかは不明だが、明らかに子どもの場合は脳死イコール死とは言えない。大人の場合でも脳死臓器移植のために臓器を取り出すときには痛がってのたうちまわるために、麻酔をかけないとメスを入れられないという実態があり、それを死体と言えるのかどうか大いに疑問がある。

子どもの場合親の意志での脳死移植を認めた場合、虐待で脳死になった子供の人権が守られないという問題がある。また、15歳以下の子どもの生前の意志を確認することはほとんど出来ないから、今の脳死移植の基準を大きく変える必要がある。本人が望んでいない場合にも拡大しなければならず、もともと国民的合意のない脳死は人の死という基準を法律によって強制するという大きな矛盾が生じる。

脳死を人の死とするのは、生きる価値なき生命が存在するという新たな基準を設けることであり、そのようなことを国家が国民に強制するというのはとんでもない強権政治となる。とくに、脳性まひ者や「精神障害者」にとっては生きる価値なき生命を認めるということは、自分たちに対する死刑判決に等しい。生きる勝ちなき生命として殺されてきた重度障害者の歴史がある。「母よ殺すな」と立ち上がってきた脳性まひ者の歴史がある。脳死立法そのものが重度障害者に対する死刑判決に等しいのだ。

そのような脳死法改悪が16日の衆院本会議を通過しようとしている。成立には参議院をさらに通過しなければならないが、一旦動き出せばマスコミの扇動などもあり一気に進むことも予想される。6・14改憲阻止の全国闘争からさらに2日間、国会に駆けつけて闘おう。

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2009年6月 4日 (木)

障害低料郵便

「障害者」低料定期刊行物に対して、警察権力・マスコミを総動員した反動的キャンペーンがなされています。不正利用を黙認してきたと思われる権力がここに来て摘発を行ったのは、郵政民営化に伴って「障害者」低料郵便を廃止してしまおうとする意図が透けて見えます。腐敗の構造はまさに民間手法で私服を肥やしてきたダイレクトメール会社と企業、郵政官僚、背後にいる国会議員です。それを何か障害者低料郵便制度に問題があるかのように描きあげ、「逆差別」を煽るマスコミの姿勢は許せません。

 障害者低料郵便制度が始まったのは、東京の障害者団体が同人文芸誌を発行するのに、第三種郵便の特例が使えないかというところから始まったそうです。第3種郵便は8割有料購読が条件なのですが同人誌だったのでその条件を満たしていたそうです。その点、最初から第四種として無料で始まった点字郵便とは違うのです。

 この8割購読という条件が障害者団体を苦しめています。高見支える会ニュースは一括購読という形で条件をクリアしています。500部以上発行、8割以上有料購読という条件を満たすのは簡単ではありません。いま障害者低料郵便が社会的問題になっているのを好機として、8割購読という条件を撤廃させる闘いを追求していきたいところです。制度の中でやりくりするのも一方法ですが、制度そのものを良い様に改変させる闘いの方が本筋ではないかと思います。全国の障害者定期刊行物協会としてその方向で話が進んでいるようです。僕たちとしてもわが問題として闘って行きたいところです。

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2009年5月 7日 (木)

隣人

家賃が安いからだろうか?僕の隣にも「病者」らしき人が入っている。直接確認したわけでもないので断定は出来ない。いつも一日中家にいるようだ。それが分かるというのも僕がそうだからだが。日中よく出会う。

困ったことに酔っ払ったように大声で独り言を言う人なのだ。別に僕が困りはしないのだが、大家が迷惑がっている。不動産屋に出て行ってもらうように言っているというのだ。とくに対処のしようもないが、「僕は迷惑ではない」とだけは言ってある。これで追い出されでもしたら他人事ではすまなくなる。僕も大声を上げるという症状があるからだ。誰かが迷惑だといえば追い出されるのか。

幸い日本では借家人の権利は大きく、簡単に追い出すということにはならない。そんなことをしていたらホームレス化してしまうからだ。

「病者」の特権としての変人ぶりの一つと捉えてもらうしかない。大家もあまり無理なことは言わないようにしてもらいたいものだ。独り言を言ったり、大声を出したりしたからといって誰かに危害が及ぶものではないのだが、保安処分推進の一環としての「病者」イコール危険な存在というキャンペーンがいきわたっている。マスコミや政府の流したイメージは強烈なものだから、みんなそう思っている。今は大声だけだが明日には人を殺すかもしれないというわけだ。

保安処分が狙った「病者」は危険な存在だから隔離収容しておくという考え方は多くの国民に浸透している。大家の対応もその一つだ。追い出し反対同盟でも作るとするか。

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2009年2月15日 (日)

与党の白旗

与党が応能負担にすると言い出したのは「障害者」の闘いについに与党が白旗を揚げて降伏するということです。6500人の「障害者」が厚労省前に集まり国会に押しかけた。それも3年続けて。各地では違憲訴訟が提訴された。それらの闘いの前に与党は持たなくなってしまった。「障害者」に敵対するものとして選挙を闘わなくてはならなくなった。20%を下回る政権支持率もそれが一因だ。ついに与党が白旗を掲げた。

しかし、その言葉はそのとおりに受け取れるだろうか。与党にとっては選挙が目的であり、当面をごまかせればそれでよい、選挙後に本当のことがばれてもかまわないと言うことだからです。

応能負担に戻すと言っても、いったいどれだけの自己負担になるのかまったく不明です。4年間も「障害者」を苦しめ続けたことに対する反省の言葉はいっさいなく、今の負担上限と変わらない額を自己負担させられる可能性は大いにあります。ともかく反省の言葉もなく、謝罪もなしに応能負担だから文句を言うなとしてくる可能性は大きい。そもそも支援費で予算が足りなくなったと言い出したのですからそこの反省がなければ今の自己負担とさして変わらないという可能性のほうが大きい。政府は「応益負担と言っても上限を下げたから応能負担と変わらない」と言ってはいなかったでしょうか。

年金アップは消費税導入(税制の抜本改革)と引き換えという、労働者と「障害者」を争わせる構図があります。いくら年金がアップしても消費税で消されてしまうのでは意味がありません。それに厚生年金をもらっている場合の年金がアップされるという保障はありません。年金額は変わらず消費税のアップのみがのしかかると言う可能性は大いにあります。

戦線を立て直す意味でも与党の白旗と嘘についての研究と暴露が早急に必要です。

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2009年2月 8日 (日)

「救う人と救われる人」

昨日アップしたイタリアの精神医療について、メールの方でもお便りが来ています。

あの記事を読む限り「救う人と救われる人」という基本構図は変わっていないように書かれていますね。「精神病者」は医療者によってすくわれるだけの存在だと。ちょうど今イタリア精紳医療改革の主導者バザリアの弟子の書いた本を読んでいるのですが、どうもそういう構図はあるようです。記事が悪いのではなく、記事は正確に書いているのではないかという感じがします。もっとも、弟子が多ければ多いほど元の主張が歪められる、弱まるということはあるでしょうから、どこまでがバザリアの責任かということはあると思います。

日本では、全国「精神病」者集団というものがあり、僕も執行委員である事務局員をしていました。その後代表の転向問題が生じて決別していますが。その当時の「病」者集団は、より重度の人の立場に立って、精神医療改革をしていこうという運動体でした。司法精神医学に対して最も激しく闘った存在でした。

僕と地元の精神科医との関係性はバザリアには想像も付かないものであることでしょう。「病者」が精神科医との運動で主導的役割を果たしているからです。もちろん精神科医の主体性もあるのですが、そこには「救う人と救われる人」という彼我の関係性はありません。こういう闘いの存在はまだまだゲリラ的であり、日本でも精神医療改革といわれるものが「救う人と救われる人」の関係性であるのは事実です。しかし、ゲリラにはゲリラの闘い方があります。最小の兵力で最大の兵力を打ち破ることはできます。

それは日本で始まった司法精神医学の破綻の現実です。ここが力関係を覆すポイントです。

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2009年1月26日 (月)

福祉新聞2419(1/26)の記事について考える

福祉新聞に厚生労働省が失業者対策として介護職を活用するという方針であることが報じられている。新たなワーキングプア層を形作るのが正しくないならば、介護職の賃金アップが同時に行われなければならない。「障害者」介護職で5.1%の報酬単価のアップといわれているが、山間僻地対策などが主な使い道であり、都市部のワーキングプアをなしている介護職の底上げとは違うものだ。

また、このことは、大企業が何兆円もの内部留保をそのままに、株主配当は減らさずにワーキングプアである非正規雇用労働者の職を奪い、命の危機におとしめていることの責任は、厚生労働政策として、いっさい問わないということでもある。簡単に職を奪うような非正規雇用のあり方を変えて、非正規雇用の正規雇用化を推し進めることが厚生労働省のやるべきことだ。規制緩和で非正規雇用化を推し進めた厚生労働政策の反省から、非正規雇用の正規雇用化を推し進めるための規制をかけることが厚生労働省のやるべきことだ。いまや正規雇用も首切りが襲おうとしている。いっさいの首切りを許さぬことは、労働者の生命線だ。

新たなワーキングプアを作り出すだけの介護職増では問題はまったく解決しない。

以下記事

■厚労省に雇用チーム

■介護を失業者の受け皿に

 舛添要一・厚生労働大臣は16日、人手不足に悩む介護・医療・保育などの分野で雇用を拡大するためのプロジェクトチームを厚労省内に設置したと発表した。失業者の受け皿として介護分野などを位置付け、就職支援の具体策や財源などを検討する。

 同チームは当面、離職者を介護人材として養成、就労支援する仕組みの確立を目指す。

 具体的には、ハローワークの専門コーナーを通じて職業訓練をあっせんする。受講は無料で、2009年度に約2万6000人(推定)の受講を見込んでいる。また、雇用保険を活用した受講者への生活支援や未経験者を雇用した介護事業主への助成制度も活用して就労を促進する。

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2009年1月14日 (水)

ホームレスと生活保護

「年越し派遣村」との関係でホームレスの人に生活保護を支給させることが「例外的なこと」であるかのように言われている節があります。それは違うのです。ホームレスこそ最も生活保護が必要な人たちです。法的にもそれは保障されているのです。

前提的に、小泉構造改革による毎年2千億円以上の社会保障費削減を受けて、保護の現場である自治体窓口で「水際作戦」というものが行われています。北九州市で「おにぎりが食べたい」という遺書を残して餓死した人など、餓死者が何人も出たというのがこの「水際作戦」です。失業や病気で蓄えもなくなり、援助してくれる親族がいなければ誰でも生活保護を申請することができます。行政は申請があると14日以内に保護を開始するかどうかを決めて、開始するときには保護費を支払わないといけません。これは法律で決まっていることです。

保護費削減のために行政がすることは、「申請をさせない」という手段なのです。これが「水際作戦」といわれるものです。申請用紙をとにかく渡さないのです。65歳以下だとまず「働けるだろう」と、就職口とがなくとも言われます。「労働能力がある」と「働ける」はちがいます。就職口がなければいくら若くて労働能力があっても働けません。でも申請用紙をくれません。それくらいはまだましなほうで、明らかに病気で「労働能力がない」人に対してでも申請用紙を渡さないというのが北九州市のやっていたことです。

僕は申請はできて保護費を受給していた間、「統合失調症で労働能力がない」という診断書を出しているにもかかわらず「働け、働け」と言われ続けました。その後「障害年金」がでるようになって、保護費との差額が年金の方が一万円少ないだけになると、それを口実に、「自立できるだろう」と保護を廃止しようとしました。僕は今は別の理由で保護から外れていますが。

湯浅誠氏は「生活保護受給マニュアル」のなかで「申請用紙をもらえなかったら自分で用紙を作って申請してしまえ」とアドバイスしています。それほどこの「水際作戦」はひどいのです。

ホームレスの場合は、「住所、住居がないと受給できない」として申請を拒否されます。これも「申請書を渡さない水際作戦」によって行われるのです。法的には、住居がないことで申請を拒否してはならないことになっています。当然です。住居もないホームレスこそ「健康で文化的生活」とは程遠いのであり、憲法25条の保障によって生活保護を最も受けるべき人だからです。住居がないことを理由に生活保護の申請を拒否することは違憲・違法なのです。

それと、住居の保障とは別のことです。住居がないことは「健康で文化的生活」とは程遠いのですから、生活保護というなかには定まった住居を保障することが含まれています。契約に必要な敷金も生活保護費として支給されます。もちろん家賃も保証されます。だから本人・支援者のすることは指定された家賃の範囲内で住居を見つけることだけなのです。なお兵庫県の場合家賃は4万2500円ですから木造アパートの風呂付ぐらいには入れます。条件によればマンションも可能です。連帯保証人がいなければそれを代行する会社があります。

保護費の支給は14日以内というこてとですがどうしてもそれまで待てないなら貸付金というものがあるそうです。今回の「年越し派遣村」への対応では7日ぐらいで支給する方向だそうです。職権で即日支給ということも可能だと言われています。
その日から住む所がない人を対象とした短期入居施設というものもあります。ともかく当座の住むところを保障させてアパートを探し、アパートも見つかったら、働ける人はそれから職探しをすればよいのです。

今回の「年越し派遣村」を対象にして行った行政の対応は、「例外的」なことではなく、まったく当然の行政としての義務を果たしただけなのです。今までやっていたことが違法なのです。

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2009年1月 7日 (水)

パレスチナの殺戮を止めよう

昨年末から始まったイスラエルのガザ侵略は死者700人という事態を迎えている。地上軍の投入が始まり、先年のイラク・ファルージャの殺戮を想起させるものとなっている。ファルージャの殺戮は米軍が包囲し動くものはすべて射殺したという掃討作戦だった。イスラエル軍は避難所にまで砲弾を撃ち込み多くの犠牲者を出している。この中で国連による戦争停止の決議にはアメリカのみの反対で動きが止められている。一番最近にはエジプト政府の提案にアメリカは賛成したが、これは恒久的停戦ではない。あくまで抵抗するパレスチナ人の殺戮が目指されているのだ。

この殺戮をやめさせるための行動が提起されている。1月9日(金)12:00米領事館前集合ということである。大阪梅田に行ける人はここに集まろう。

それが無理な人は、抗議先は、駐日イスラエル大使館 広報室/文化部 FAX:03-3264-0792
 駐日イスラエル特命全権大使 ニシム・ベンシトリット
        Ambassador Nissim Ben-Shitrit

  イスラエル大統領 President Shimon Peres

○駐日アメリカ大使館 FAX:03-3505-1862
  J・トーマス・シーファー駐日米国大使
      Ambassador  J. Thomas Schieffer
  ジョージ・W・ブッシュ 米国大統領
      President George Walker Bush

へ抗議のファックスを送ろう。全世界で労働者民衆が立ち上がっている。民衆の力で即時無条件の停戦を実現しよう。

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2009年1月 4日 (日)

「社会奉仕命令」

下記の報道がありました。何か良い事のように言われていますが、今までなら執行猶予になっていた人たちに対して、「奉仕命令」で拘束するということになる可能性が高いです。最近の罰則強化の流れを見ていると今までよりも罰がゆるくなる方向性とは見ることができません。刑法の改悪がこれを前例として進められるのではないかという恐れがあります。刑法改悪・保安処分導入がこれを契機に進められる可能性が大いにあります。「知的障害者」・高齢者に対する保安処分導入へ道を開くものです。警戒を強めねばなりません。

また、高齢者介護を罰則として盛り込むことは、今でさえ社会的位置づけの低い介護労働をさらに低めるものにしかなりません。刑罰で「奉仕する」者と同じ仕事をする介護職の社会的地位はさらに低められるでしょう。

私たちはこのような刑法の改悪には反対です。

◆平成20年12月30日 朝日新聞 朝刊


 「社会奉仕命令」導入へ 刑務所外で更生促す

 犯罪者を刑務所に入れずに街で清掃などをさせる「社会奉仕命令」と、刑期の途中で刑務所から釈放して社会のなかで更生させる「一部執行猶予」の制度が日本で初めて導入される見通しとなった。受刑者の再犯防止と社会復帰を効果的に進めながら、刑務所の「過剰収容」も解消する狙い。硬直化していると言われてきた日本の犯罪者の処遇政策を多様化させる転換点になりそうだ。

 法制審議会(法相の諮問機関)の担当部会で導入に向けた意見がまとまった。法務省刑事局が年明けにつくる素案をもとに議論を再開し、法制審は夏ごろまでに最終答申をまとめる見通し。法務省はこれを受けて法案作りに着手し、早ければ09年秋の臨時国会にも法案を提出する。「社会奉仕命令」は一部の先進国ですでに導入されている。刑罰の一種とする国もあるが、法制審はドイツに近い「保護観察の条件」と位置づける方向。保護観察付きの執行猶予判決を受けた被告や仮釈放で保護観察となった受刑者から、奉仕活動で立ち直るきっかけがつかめそうな若年層を中心に選ぶことになりそうだ。具体的な奉仕の内容は、老人ホームでのボランティア活動や街中での清掃作業を想定している。ただ、相応の作業の量を確保できるか不透明で、指導する保護観察官などの増員が必要になる可能性もあり、今後の検討課題だ。「一部執行猶予」は、例えば3年の懲役刑で最初の1年は刑務所で過ごさせ、残り2年の刑の執行を猶予して、普通の暮らしをさせながら社会に復帰させる仕組み。判決の時点であらかじめ社会に出る時期が決まっている点で、従来の仮釈放とは異なる。対象には薬物犯罪の受刑者などを想定。薬物のない刑務所内で過ごさせるより、むしろ社会の中で誘惑に負けない力を育てるという発想だ。薬物依存からの脱却を支援する団体で、尿検査やカウンセリングを義務づけることを検討している。

 06年7月、当時の杉浦正健法相が現行の刑罰に代わる処遇のあり方を検討するよう諮問していた。

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2008年12月28日 (日)

新たな保安処分

下記新聞記事に付き。新たな保安処分へ向けた布石です。高齢者・「知的障害者」の再犯率が高いという事から、「知的障害者」を「心神喪失等医療観察法」を改訂して収容できるようにしようという動きがあります。しかし、これらの人たちの再犯率が高いというのは、生きていくすべが無いから犯罪をせざるを得ないということではないでしょうか。生活保護をはじめとする生存権保障があれば犯罪などしないですむのです。必要なことは隔離収容することではないと思います。

平成20年12月19日 読売新聞

 北九州・小倉の更生施設、来月初旬着工へ 5月以降に開所
 

北九州市小倉北区の小倉港湾合同庁舎内に設置予定の刑務所仮出所者のための宿泊施設「自立更生促進センター」について、法務省は来年1月初旬に着工し、同5月以降に開所する方針を決めた。19日午後に地元説明会を開き、理解を求める。センターは、社会復帰を目指す男性仮出所者(定員14人)が約3か月間宿泊し、自立に向けた研修や職業訓練を受ける。

法務省は、来年春の開所を目指し、11月中旬に庁舎の改修工事を始める予定だったが、福岡県トラック協会北九州支部など港湾関連3団体が「治安悪化が心配される」と反対したことから、延期していた。同省は不安を払拭(ふっしょく)するために▽センターに警察官立寄所を設け、県警に定期パトロールを要請▽センター内に防犯カメラ・センサーを設置▽周辺に防犯灯を設置--などの対策をまとめた。

センターについて、当初、福岡市と京都市、福島市に開所予定だったが、いずれも住民らが反発。福岡市、京都市では計画を凍結し、福島市では施設は完成したものの、開所に向け住民との協議が続いている。

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2008年12月20日 (土)

3年後見直し

厚生労働省による『障害者自立支援法施行後3年の見直しについて(社会保障審議会障害者部会報告書)』が以下のページで公開されています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1216-5a.pdf

法の3年後見直しで実施されることになっていた所得保障が空文化し、片方で自民党の抜本見直しの中身も入れられていないようです。所得保障には少しの期待もあったので、がっかりです。あくまで応益負担を維持するということであり、将来の介護保険との統合を諦めていないようです。

介助の国家保障を勝ち取る以外には中間の道はないということを示すものです。このような法の中身をそのままにして「障害者権利条約」の批准ということでは、何も解決しません。

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2008年12月 8日 (月)

農地死守

成田空港建設予定地敷地内の空港反対派農民である、萩原進さんの著書「農地収奪を阻む」を読んでいます。第一部と二部の途中まで読み進んだところです。第一部は成田空港の建設のための農地収奪との闘いの歴史が書かれています。

これを読んでいると自分の人生と完全に重なるのです。最初に空港予定地となり、強制代執行による農地収奪の過程は、僕はまだ外部から応援をしていて逆に元気付けられたりしていた時期です。

空港建設が進み、反対派の切りくずしが行われている時期、開港阻止の闘いの時期は、支援者として集会に行ったりしていた時期です。全逓青年部から大衆動員をして成田闘争に参加していた時期です。親組合と激しい論争をしていたことを思い出します。当時親組合のヘゲモニーを握っていた社会党社会主義協会派は「有事立法がなければ成田の軍事利用はない。選挙に勝つことが戦争を止めることだ」と主張していました。その有事立法のときには彼らが何の闘いも組まなかったわけですから、戦争反対ということがためにする政治利用主義に他ならなかったことが明白です。協会派の制動にもかかわらず成田現地にまで組合員大衆は参加していました。

その後精神障害を罹病していた時期は二期工事との闘いの過程でした。なかなか闘争にもいけずにいました。それ以後足が遠のくのですが、もちろん成田では二期完成を目指して、激しい切りくずしが行われていました。この時期のことは始めてこの本で知った切り崩しの実態が明らかになりました。支援者として闘争に参加していても、表面的なことしか知らされず切り崩しの実態は隠されていたのです。これは内輪の者を信用できずに政治利用主義的動員しかしない党派の問題があります。党派は自党のなかの者でさえ信用せずに嘘を言って利用していたのです。ヒエラルキーを築き、上のものには本当のことを言うがヒエラルキーの下のほうのものには嘘を言うのでした。僕が下のほうの者であったことは言うまでもありません。

党派がさまざまにかかわる中で現地農民はそれらに左右されることはなく、一貫して闘いっていたことをこの本は教えてくれます。成田空港反対闘争は「農地死守」という農民の闘いなのです。「農地死守」は小ブルの主張という党派の利用主義の自己破産が最近も明らかになりましたが、農民が農地を死守して闘ってきたことの価値創造性もこの本の中で明らかになっています。

成田闘争のことを知らないという方、マスコミの流す「過激派農民」キャンペーンしか知らないという方はぜひ本書を読んでほしいと思います。成田闘争の本来の姿がここには描かれています。「農地死守」には、マスコミなどが流す情報からは知ることのできない意味がこめられているのです。

本書はアマゾンで購入することができます。

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2008年11月19日 (水)

"肥前精神医療センター自殺事件を問う"をよんでください

  この度、『保安処分病棟に反対する有志連絡会』は、上記の本を発刊いたします。

昨年(07年)12月14日に、佐賀県の肥前精神医療センターの「心神喪失等医療観察法」=保安処分病棟の収容患者が、横浜の自宅近くまで逃走したすえに鉄道自殺するという事件がありました。肥前精神医療センターは一切を隠蔽し自殺があったことも認めないという対応をしています。厚生労働省はさまざまな言い逃れを数ヶ月も続けた末に、公開した報告書は3分の2近くも黒塗りされていました。

 有志連絡会では公開された部分を手がかりに、この事件が、一人の人が命をかけて保安病棟を糾弾したものであるということを読み取りました。この人の絶望の末の自殺は、いま、保安病棟に収容されている300余人の置かれている絶望的な状況を示すものでもあります。

闇から闇に葬らせてはならない

 保安病棟には、刑事事件を起こして心神喪失か心神耗弱で刑務所に行かなかった人たちが収容されています。しかし、その処遇は刑務所にいかなかったから良いと言えるものではありません。「一度事件を起こした『精神障害者』は再犯を繰り返す」という何の根拠もない差別にもとづく収容なのです。保安病棟には、軽微な傷害事件を起こした人も、そもそも医療の対象でない「知的障害者」や「人格障害とされた人」も多数収容されています。

 政府自身も「再犯予測はできない」と認めているにもかかわらず、「再び同様の行為をしない」と証明できないと収容されます。これは不可能な「再犯予測」です。そして、ぎりぎりと責めたてられるのです。精神的拷問といってよいものです。電気ショックという「肉体的拷問」さえ行われています。それが、いかに収容者に絶望をもたらすものであるかを示しているのが今回の自殺事件です。

一人は全員のために全員は一人のために

 ぜひ本書を購入して読んでいただき、この人が自殺というかたちで糾弾していることに向き合っていただきたいのです。「一人は全員のために全員は一人のために」という、労働者の生きる原則に照らしたときに、この一人の人が自らの命に代えて糾弾した保安病棟の絶望的状況、そこにいまだに300余人が収容されているという現実を一日たりとも許すことはできないのです。もちろん、本を読むだけでそれらの人たちが解放されるわけではありません。しかし、一人でも多くの人がこの現実を知って怒りの声を上げることが、保安病棟の解体、収容されている人たちの一日も早い解放につながります。

 A5版、100ページ、500円です。ぜひ労働者の闘いの一環として保安病棟の一日も早い解体に取り組んでいただきたいのです。ぜひ本書を購入してご一読お願いします。そして周りの人に本書を勧めてください。その拡大の中に保安病棟の解体の展望が広がります。

 保安病棟の解体、収容者の一日も早い解放のためにぜひ本誌を読み、広げてください。

 ご購入は郵便振替 00960-1-140519 加入者名 共生舎 に一冊につき500円を振り込んでください。送料は当方で負担します。

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2008年11月11日 (火)

成田農民の闘いから日本の農政を考える集会

以前から掲示している、成田空港反対農民の市東孝雄さんの農地取り上げに対して、この問題を食と農の問題として考える集会が開かれます。11月16日(日)、千葉市のホテル プラザ菜の花(千葉県庁そば)での、「市東さんの農地取り上げに反対する会」主催の「11・16千葉 食と農業・農地問題を考える講演&パネル・ディスカッション」です日本の農政、といえるものがあるとすればですが、工業製品の輸出と引き換えに農産物を輸入自由化して日本農業を破壊してきたことが正しいといえるのか。FTA.EPAでの農産物の輸入の拡大。あげくに食料自給率40%という危機的状態にまで陥っている。日本の農政と「食と農業・農地問題」を考える必要があるのではないか。農業問題、とりわけ遺伝子組み換え問題などで、日本の先頭に立って論陣を張っておられる科学ジャーナリストである天笠啓祐さんの講081116 演です。

11・16千葉 食と農業・農地問題を考える講演&パネル・ディスカッション

日時・11月16日(日) 午後1時開場

会場・ホテル プラザ菜の花 (JR千葉駅でモノレールに乗り換え、千葉県庁下車。駅前の県庁の反対側にあるホテル)

主催・市東さんの農地取り上げに反対する会

会費・資料代 1000円

●講演・天笠啓祐さん(市民バイオテクノロジー情報室代表、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン代表)

●パネルディスカッション ―― 講師を囲んで

  萩原進さん(成田氏農民) / 林伸子さん(全日農アルバイト) / 坂本進一郎さん(反対する会代表、秋田県大潟村農民)

●特別報告 「残土・廃棄問題ネットワーク・ちば代表」 藤原寿和さん

●市東孝雄さんと葉山岳夫弁護士のお話し

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2008年10月25日 (土)

2011年地デジ化の失敗

先日、地デジテレビのことを書きましたが実際にはもっとひどいことになっているようで、もし仮に2011年に地上波アナログ放送を停止してしまうと、テレビを見ることのできない地域や、生活保護ではなくとも地デジテレビを持たない世帯がかなりあるそうです。2011年の施行は無理というのがテレビの現場の意見だとか。そもそも何も困っていないものを中止するということ自体に無理があり、家電メーカーを儲けさせるためだけの施策ということがありました。そんな手口には乗らないという賢い世帯がかなりあるそうです。

日本の政府の施策は資本家を如何に儲けさせるかであり、一般労働者のことなど一切考えていないこと、労働者は賢くもそのような手口には乗っていないことが明らかになった事態と思います。生活保護世帯に対する差別的扱いとともに地上波テレビ廃止に反対していきましょう。

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2008年10月24日 (金)

成田農民の農地取り上げ

成田空港に反対している地元農民の市東孝雄さんの農地の強制取り上げの動きが強まっています。下記のあて先に抗議をしてください。

抗議のメール → naa1@naa.jp (成田空港会社)
抗議の電話  → 0476-34-5400        (成田空港会社)

経過が少し複雑です。

市東さんの農地はもともとの成田空港の建設予定地にあります。成田空港会社の前身である空港公団は農地を強制代執行によって取り上げて空港を完成しようとしていました。しかし、反対運動の力によって強制代執行は阻まれ続け、ついに執行の期限が過ぎてしまい、代執行は実施不可能になってしまいました。

しかし、空港の完成をあきらめない空港会社は市東さん宅の真上数十メートルに飛行機を飛ばし、また空港内でのジェット噴射による騒音で嫌がらせし、市東さんを追い出そうとしてきました。しかし、そのようないやがらせでは追い出すことはできませんでした。

実はかなり以前に空港会社は市東さんの農地を旧地主から買い上げていたのです。市東さんは戦後の農地解放のときに先代が戦地から帰ることができなかったために「小作農」のままになっていたという事情があります。この買い上げは農地法に違反したものでした。ところがここに来て空港会社はそもそも違法な農地買い上げを開き直り、市東さんへの農地取り上げを策動してきたのです。千葉県知事の堂本がこれに荷担し、農地取り上げのための耕作権解除をするというひどいことがありました。

そして今、空港会社は市東さんから農地を取り上げるための訴訟を起こしたのです。これが不当なものであることは、空港会社が繰り返してきた農地法違反を開き直り、農地法によって農地を取り上げるというところにあります。

より本質は、空港建設という資本家の利益のためには農民から農地を取り上げてかまわないのだという農民軽視にあります。いま日本の食料自給率は40%に落ち込むというほど農業は破壊されています。これは工業製品の輸出の代償とした農産物の輸入によって農業は犠牲となってきたのです。工業化が直接に農業破壊につながったということもあります。

成田の空港建設もまた、資本家の利益のためには農地を強奪してよいのだという考え方によって進められてきました。文字どおりの農地の強制取り上げも1970年直後に行われています。空港を建設することが公益であるという考え方もありますが、実際には過度な空港建設によって、できた供給にあわせて需要が喚起されるということを繰り返してきたのであって、需要があって建設されてきたのではありません。今では羽田の拡張が進み、成田パッシングということも起きているほどです。成田素通りということです。需要ということでは、成田の拡張はまったく必要がないのです。無理に需要を作り出すための供給過剰状態を作り出そうということなのです。そのために現に耕作している農地を取り上げるなどということは言語道断です。

市東さんは農地取り上げに反対するための逆訴訟も起こして闘っておられます。人権の観点からも農業を守るという観点からも、この農地取り上げに反対していきたいところです。

上に書いた抗議先に多くの抗議の声を届けましょう。

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2008年10月21日 (火)

ネット依存症

先おとついまで使用していたパソコンがダウンしてしまい、あたらしいものを購入しました。ソフトの復旧、再入力に丸まる二日間かかってしまい、へとへとに疲れました。以前のパソコンは調子が悪くなっていたので、NECダイレクトで組み立てたものを注文していたのですが、到着したときには古いほうが完全にダウンしてしまいました。立ち上げもできない状態で、いくつものソフトがダウンし情報を失ってしまいました。ワードなどはミラリングをしていた外部HDに保存できていたのですが、アウトルックエキスプレスとインターネット関係は完全に情報を失ってしまい、携帯に入っていたアドレスから復元できるところは復元しました。携帯には入っていなかったものも多数ありそれらは失ってしまったのです。

まだ復元できていないのはファックス送信関係です。まずハードの組み換えが必要でありいまだ手付かずになっています。神戸市民救援会議に連載している「医療観察法の廃止のために」というシリーズはファックス送信ソフトで送っていたのですが、今月はどうなることやら。ハードを組みなおしても情報を失っている可能性があります。いまだ開いてみないとわからないわけです。

こうなってみて、いかにITに支配された環境にいるのかがよくわかりました。IT抜きに今のペースでの活動はできないのです。アナログな会議とか交流会はもちろんあるのですが、「病者」同士の連絡にはインターネット電話を使っています。このインターネット電話は完全無料ですので使い勝手はよいのですが、それが使えない3日間は、その会話もできませんでした。一時間も話していても無料という環境が途切れると、その交流も途切れてしまいます。

スピードと使いやすさと引き換えに、ネットなしでは成立しない生活になってしまっていること、ここを閉められたらという弱点をなしていることを改めて痛感しました。使い勝手の良さは使うとして、ネット依存症になっていることの自覚と、弱点を攻められたときの対処について、捉える必要があるなと思っています。

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2008年10月17日 (金)

地デジテレビのこと

テレビニュースで報道され、誰の発言だったのか忘れてしまったが、政府が生活保護受給世帯に2011に実施されるテレビ地上波の廃止に関して、地デジ対応チューナーを支給するという発言があった。何か良いことのように報道されていたが、ちょっと待って欲しい。この地デジ対応チューナーというものは、地デジの電波を変換して、地デジテレビでないものでも見られるようにするというものだからだ。すなわち、画像の解像度は今の非地デジテレビのものなのだ。決して地デジの解像度でテレビが見られるというわけではない。貧乏人は地デジなど見られなくても良いという意味なのだ。

支給するというなら地デジテレビを支給すべきだ。それが憲法で保障されている平等権というものだ。

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