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2021年6月

2021年6月30日 (水)

10・31大フォーラムの宣伝動画

10・31大フォーラムの宣伝動画です。短いですのでご覧ください。画面の最初に「10・30集会」と出てきますが、「10・31」の間違いです。

2021年6月28日 (月)

コロナ情勢と大フォーラム兵庫会場

なお、10月にコロナ禍の情勢がどうなっているかは予想しにくいのですが、トレピエ・ホールはコロナのため定員の半分で運営するように要請されており、125人まで参加可能です。ぜひ大勢ご参加ください。

これから、オリンピックで感染爆発が予想されており、一方でワクチン接種は高齢者には一定いきとどきそうですが、企業での接種がワクチン不足で止められるなど、10月にまでどれほどいきとどいているか予想するのが困難です。

いずれにせよ、定員の半分での運営は続きそうです。悪くすれば閉鎖もありえるのですが、いまの政府の悪政からすれば、良くなるという予想をすることは困難です。10/31までには総選挙もあると思われますが、当日までにコロナ情勢が改善しているとは思えません。

会場は広いところで、席も離して設置する予定ですので、感染がないように気をつけます。ぜひ、大勢おこしください。

兵庫会場は尼崎女性センター・トレピエ

今年の兵庫会場は尼崎女性センタートレピエホールを予定しています。トレピエは阪急武庫之荘駅から南に徒歩約5分です。兵庫だけでなく、大阪からも足を伸ばせるところなので、ぜひ関西各地からお越し下さい。
#尼崎
#障害者
#フォーラム
#精神

2021年6月27日 (日)

厚労省データ班

6/1大フォーラムの厚労省交渉の一場面。厚労省コロナ対策室データ班はなんとマスコミが流すニュースからデータを集計しており、厚労省独自で保健所から集めたデータは集積していないという驚くべき返答。

反差別運動

左派の運動家でさえも、自分は積極的には差別をしていないから差別問題はクリアしているという考えが根強い。障害者が社会的に差別されている間は、または、労働者が障害者差別の上に暮らしている間は、労働者も解放されないという発想の転換が必要だと思う。そういう労働者民衆の変化がないと障害者に対する差別観念からは脱却できない。インクルーシブな社会、すなわち「包摂」する主体は、労働者民衆と被差別民衆の相互関係なのだから、労働者民衆の側からも動かねばならない。
大フォーラム兵庫(尼崎)会場は、障害者が広く集まるとともに、そういう労働者の変化も実現していきたいと思っている。

2021年6月26日 (土)

インクルーシブ社会の実現をめざす

私たち大フォーラム実行委員会が完全実現を求めている『骨格提言』は障害者らが集まって『障害者権利条約』の実現のために作られた国の政策方針です。裁判でも政府は実現を約束しています。しかしいまや自公政権はこれをなきものにしようとしています。
私たちのめざすものはインクルーシブ社会と言うこともできます。インクルーシブ社会というのは、社会を構成する人は、多様な属性やニーズを持っているのだから、性別や人種、民族や国籍、出身地や 社会的地位、障害の有無などによって排除されることなく、誰もが構成員の一員として分け隔てられることなく、地域であたりまえに存在し、生活することができる社会のことです。日本語では社会的 包摂、包容と訳されます。

2006年12月、国連総会において、あらゆる障害者の権利と尊厳を保障することを内容とする『障害者の権利に関する条約』が採択されました。日本政府は2014年1月に批准しています。この条約は、「私たち抜きに私たちのことを決めるな(Nothing About Us, Without Us.)」というスローガンのもと、多くの障害者が条約制定過程に直接かかわり、成立しました。インクルーシブ社会は、この条約の基本理念のひとつです。


虐待防止法改正にむけてロビー活動

日本共産党の宮本議員が大フォーラム実行委員会との意見交換会をホームページにアップされました。

意見交換の内容は障害者虐待防止法が、施行時の附帯決議に違反して見直しがなされていないこと。とくに精神科病院でのひどい虐待にもかかわらず、精神科病院が虐待防止法の通報義務の適用対象外である現状を変えて欲しいことです。

大フォーラム実行委員会は他の野党議員や与党議員にも働きかけています。

http://miyamototooru.info/11465/

2021年6月25日 (金)

「困っていない」障害者

髙見元博(ひょうせいれん)

先日、大フォーラム実行委員会の「語る会」という障害者同士の座談会で、僕が「薬を飲んでいれば普通に暮らせるから困っていることはない」と言ったのが、みんなには意外だったらしい。厳密にいえば、介助は月に30時間受けているから少し言葉足らずだったと思う。「介助を受けているから困っていない」ということも言うべきだった。「薬は1日30錠飲んでいる。薬が悪いという思想はないから、別に困っていない」とも言った。

障害者イコール「困っている人」というありきたりな構図があるが、そんなものに縛られたくはない。「困っていない」障害者がいてもいいではないか。病者運動の先輩の理論家だった香川悟さんは「精神障害者には体験談だけさせて、理論は専門家・医者が喋る」講演会の在り方に異議を唱えていた。僕が理論を語るのは彼に続く意味もある。マルクス主義で精神障害者の解放の道を探ることも彼に続いている道だ。精神障害者が「困っている体験」を語り「同情を引く」なんて最低だ。

たしかに、僕も薬が合うまでは大いに困っていたが、合う薬の組み合わせが見つかり、普通に暮らしている。では、自己解放の必要がないかというとまったくそうではない。さまざまな精神障害者差別があるし、僕も差別視されている。差別からの解放はどうしても必要だ。障害者いこーる「困っている人」だから助けてやるというパターナリズム(父権主義)は差別の最たるものだ。

だからこそ、僕は困っていないと言う。差別者に対して「お前に差別されるいわれはない」という立場に立とうとするのだ。上から目線に対して、同等の立場の立とうとするものこそが、僕の開き直りなのだ。

2021年6月19日 (土)

闘って生きぬこう

コロナ禍で障害者差別が加重されている。障害者施設、精神科病院ではクラスターが多発。建物の構造と詰め込み収容のため。大阪の精神科病院ではコロナ患者の死亡率は一般の28倍以上だ。この中でオリンピックを強行するという政権。障害者の命より資本家の金儲けの方が大事だとする「価値判断」をしているのだ。障害者が生きぬくには闘うしかない。

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